2008/10/13

広東地方の郷土料理シリーズ、遅ればせながらの2008年「夏の巻」の1

 昨年の夏に始まり、季節ごとの恒例行事となった広東地方の郷土料理シリーズ。クリエイティヴ・プランナー/ディレクター、デザイナーでもある青木さん、BMGのちょいわる親父こと藤原君を中心に、毎回、様々なゲストを迎えることになった通称「青木宴」ですが、今年の夏の巻、諸々の事情から8月には開催できず、9月に入ってようやく実現と相成りました。

 まずは素材の調達で難渋しました。
 たとえば旬の野菜。今年の夏、埼玉の東松山の農業、加藤紀行さんの各種の茄子、胡瓜の類はOK。ところがそれ以外に栽培を依頼した各種の瓜の類が今年は発育不全のまま、充分な成果を得られませんでした。加藤さんが作る野菜は、野菜そのものが自力で育つのを待つ。しかも、自然にまかせた栽培ですから、天候にも左右される。

 人間だって、野菜だって、同じ生き物。季節の移り変わり、気候の変化をそのまま受けとめ、生きている、育っていくんですから。そうです、地球の温暖化現象を肌で感じているのは、人間ばかりじゃない、ってことですから仕方がない。
 「育ってくれるのを待つしかないんです」と、加藤さん。

 そんなことから夏の旬の野菜の調達は、他に委ねるしかない。福臨門の夏の野菜を尋ねたところ、先に「夏の味」で紹介してきた時とほぼ変わりなし。「夏の味」で、最も印象に残ったのは「八寶冬瓜盅」。今のところ、今年であった美味では三陸シーファームの「ばふんうに」に続く、今年出会った美味、ナンバー2に揚げられます。 その理由は先に紹介してきたように、「昨年は沖縄でしたが、今年は愛知産のものでして。それに、下拵の方法を変えたましたので」とは福臨門の八尾さんの話(そうそう、八尾さん、福臨門を退職しました)。

 「青木宴」は季節の郷土料理、家庭料理が中心。そこに干貨素材を使った料理、宴会料理の華となる豪華な素材による「大菜」的な料理を組み入れるのが恒例です。ということでは「冬瓜盅」は、旬の素材、それに、宴会料理の華。しかも、具材豊富で正統的、オーソドックな「八寶冬瓜盅」もいいですが、具をふかひれだけにした「冬瓜盅魚翅」などは「青木宴」にはうってつけ。実際、青木さんに話を持ちかけたら、大乗り気でした。

 加藤さんの野菜でも、茄子は夏のお薦め料理の素材に使われてるってことで問題なし。「青茄子」と「加茂茄子」です。が、私としては加藤さんの今年の「真黒茄子」、例年と違って、煮込むと甘さが際立つのに惹かれていたこともあって、なんとか「真黒茄子」を素材にした料理を組み入れたいと思った次第。
















 問題はそれ以外の夏野菜です。「「白瓜」、「節瓜」があります。青菜では「莧菜(ひゆ菜)」がありますが」との話でしたが、「夏の味」で試した「莧菜」は、今ひとつ。

 「白瓜」、「節瓜」も、産地、配給元を教えられて思わず「う~ん」と唸りました。いや、他のところで食べる機会があって、なんだかいまひとつ。福臨門ならきっちり調理してくれそう。とはいっても、素材自体、香り、風味に乏しい感じ、だったもんで。生意気言ってすんません!

 それから、魚介類。夏らしい魚介、ということでは、これも「夏の味」で堪能した「老虎魚」があります。長崎から直送ものってことでしたが、その手配がなかなか厄介で、収穫次第とのこと。
 関西なら、地元で「夏のふぐ」として親しまれている「あこう」こと「きじはた」のいいのが入手できそうだ。揚げたり、煮込み物にするなんて、様々な調理が可能です。ところが、東京の築地に「きじはた」はありだそうですが、関西のそれに比べると・・・・なんてことで。

 それより、東京だと「あいなめ(あぶらめ)」の質が、安定してるように思えます。もちろん、私が出会った限りの話ですが、悪い印象を覚えたことがない。福臨門も銀座に開店当初、魚の料理は「あいなめ」を中心に扱っていました。後に、各種の「はた」の調達が可能になり、様々な調理方法で食べる機会がありました。

 もっとも、私自身の好みからすると、蒸し魚、煮込みの「紅炆」にしろ、「あいなめ」がベスト。というのも「きじはた」、「あずきはた」、「あら」、「くえ」とされる「はた」の類、香港のそれに比べると、生息する海が違うせいか、身が締まっている感じです。それが「あいなめ」だと、しっとり身が潤んでいます。蒸し物にしろ、煎り焼き煮込みにしろ、はらり、ほろりと身が崩れながら、しゅわっとした緻密な触感がある。そこんとこが私にとっては肝心なポイント、味わいところです。

 「あいなめ」を素材に、蒸し物の「清蒸」でもなく、煎り焼き煮込みの「紅炆」でもなく、他に何か出来ないか。なんていいながら、実は「あいなめ」を素材に、広東地方の郷土料理の料理手法の「油浸」、早い話が、唐揚げに出来ないのだろうか、などと思っていたわけです。

 「あいなめ」の調達が難しいってことなら、「きす」、「めごち」など、天麩羅でお目にかかる白身の小魚、根魚を素材にして、塩、胡椒風味で味付けにして煎り焼きにする「椒鹽」か、漬物の「冬菜」を使って、蒸して調理する、なんてのは出来ないのだろうか。

 とどのつまり、頭の中で大きく膨らむのは「九肚魚/てながみずてんぐ」のこと。
 詳しくは8月の「赤坂璃宮」の銀座店の2を是非ご参照を。 譚さんの頭にも「九肚魚」があったものの、日本では調達が不可能。なんか似たもの、置き換えられる魚ってことで、探しだしたのが「めひかり」だった。なんて風に、白身の小魚、小ぶりの根魚類を素材に、広東地方の郷土料理の再現をなんとか実現したい、ということで頭が一杯。かように、メニュー選び、コース作りは、私のなによりもの楽しみです。

 画像は昨年の暮れに食べた「はぜ」の胡椒、塩味風味の煎り焼き、というか揚げ物です。小魚を広東地方の郷土料理のスタイルで、という思いが募ります。

2008/10/08

辻芳樹著『美食のテクノロジー』の2

 京都「瓢亭」の十四代目にあたり、四百年という伝統を受け継ぐ高橋英一さんが、幼い頃から将来当主となる道を歩む環境にあったことや、ミシェル・ブラスの母親が小さな食堂の料理人だったということを例外とすれば、残る4人は料理人の家系に生まれ、育ったわけではありません。

 ミシェル・ブラスにしても、子供の頃は科学者になりたかった。しかし、母親が病い倒れ、調理場に立つことになった。サンテ・サンタマリアの場合には、農家の一人息子として生まれ、画家になることを夢みていたものの両親の反対にあい、繊維工場に就職してインダストリアル・デザイナーの道を歩み、24歳の時、「失われたカタルーニアの伝統文化を見直そうという熱気の中で、趣味だった料理に通してカタルーニア文化の復興に役立てるに違いない」と、料理人になった。それも、料理修業の経験なしに、たったひとりで店を始めた、と同著で紹介されています。

 デヴィッド・ブーレイの場合には、カナダの大学で経営学を学ぶ学費を稼ぐため、15歳の時にレストランのアルバイトを始めたのが、料理人になるそもそものきっかけだった。和久田哲也の場合には、ともかく海外に出たいということからオーストラリアに渡り、英語を学びたいと思い、ギリシャ人の不動産屋から「僕たちの英語の学校は、レストランなんだ」と教えられ、皿洗いの仕事を得たのがそのそのもきっかけだった、というから面白いものです。

 もっとも、高橋さんは例外として、5人のいずれとも子供の頃に出会い、覚えた味覚、つまりは母親、あるいは祖母が料理を得意とし、それが味覚の原点になった、という共通項があります。そんな、それぞれの足跡、料理哲学については、是非とも、本書を手に取り、ご覧いただきたいところです。

 中でも私が興味をそそられたのは、サンティ・サンタマリアが語る生まれ育ったカタルーニアとの深い関わり、郷土への熱い思いです。いや、彼ばかりか6人の料理人の誰もが、生まれ育った故郷、あるいは、修行先で出会った土地、風土、文化、歴史に深い関心を抱き、深い関わりを持ち、料理に取り組むに当たって、その原点にしていることが本書では明らかにされています。

 そのキーワードとなるのが「テロワール」。本書でも頻繁に登場し、語られます。私はその厳密な意味は知りません。が、それぞれの土地、風土に根ざすもの、として理解しました。「瓢亭」の高橋さんを含め、6人の料理人の誰もが、それぞれの土地、風土との関わりについて触れています。

  さらに、料理技術の実践、まさに「テクノロジー」を実践する料理人としての基本的な姿勢として、素材そのものを重視し、優れた素材を選び、素材本来の持ち味をどうやって引き出すか、と言う点に着目し、それを心がけている、という共通点を見出せます。

 「料理は、六十五%が素材、二十五%が料理人の技術、残りの十%が料理人の天賦の才能で決まる」という本書に紹介されたアラン・デュカスの言葉は、簡潔、明瞭にして、雄弁です。その彼が「素材本来の持ち味を引き出すには厳格な決まりがある」という料理哲学をアラン・シャペルから学び、徹底的に仕込まれたというエピソードは、私自身、アラン・シャペルに深い関心を抱いていることもあって、興奮を覚えずにはいられませんでした。

 もうひとつ、私が興奮を覚えたのはミシェル・ブラスが素材について語った件です。
 北海道の洞爺湖の「ザ・ウィンザー・ホテル・洞爺」に支店を持つ彼は、日本の素材を使おうと考えたそうです。ところが、同じ野菜でもフランスと日本では味の特徴が違う。そんなことから、一種類ずつ、リストを作成して旬の時期、調理の仕方をデータ化し、食材を使い分けた。そればかりか、彼は日本の種をフランスに持ち帰り、育てた。

 日本の野菜をフランスで植えてみて、どうなったのか。その差異について触れ、フランスで育てた日本の野菜が、フランスで受け入れられるようにするには、どう対処すべきか。もっとも、その実践、具体例については明らかにされず、ほんのわずかな言及が紹介されているだけにすぎません。しかし、ミシェル・ブラスの日本の素材への関心、フランスとの比較、その背景にあるものへの洞察、そして結果として得た素材を自身の料理にどう反映させるか。そんな可能性の探求の姿勢は明らかであり、料理人としての意欲、熱意に打たれます。

 私自身、大げさながら食文化比較をテーマに、とりわけ中国料理にテーマを絞り、中国本土のそれと日本のそれとの比較に並々ならぬ関心を持っていますが、ミシェル・ブラスの言葉から共通するテーマのひとつを見つけ出せます。ミシェル・ブラスだけでなく、本著で取り上げた料理人の言葉、また、著者の観察、視点の端々から、同様のことが浮かびあがってきます。 私にとって興味が尽きず、面白い著作であるばかりか、辻芳樹著『美食のテクノロジー』に親しみを覚えずにいられないわけは、そんなところにあります。

 いわばビジネス・モデルとして様々な範例を紹介する一方で、料理人はどうあるべきかを問いかけ、その基本的な姿勢、あり方について、示唆するところの多い著作です。そればかりか、外来の食文化と日本のそれとの関わり。外来の食文化の洗礼や影響を受け、学び、実践しながら、育まれ、形成された日本の食文化。はたして、日本の食とはどういうものか。また、その独自性はどうやって形成されてきたのか。そんなことへの関心を抱かずにはいられません。そうしたことを改めて考えさせられるきっかけを与えてくれる著作でもあります。

辻芳樹著『美食のテクノロジー』の1

 今年出会った食に関わる書籍の中で最も興味深く、面白かったのは辻芳樹著『美食のテクノロジー』(文藝春秋社)です。

 発刊は今年の1月。読み始めてたちまちの内に虜となり、そのテーマ、深く掘り下げられた内容もあって、じっくり読み込んでから拙ブログで紹介するつもり。だったところが、その機を逸し、今に至ってしまいました。

 同著は、辻芳樹氏が世界の名だたる6人の料理人を取り上げ、取材し、記したもの。
 取り上げられた6人の料理人は、ニューヨークの「ブーレイ」はじめ4軒を運営するデヴィッド・ブーレイ。オーストラリアのシドニーの「TETUYA'S」の和久田哲也。スペインのバルセロナの「エル・ラコ・デ・サン・ファバス」のサンティ・サンタマリア、フランスの中南部オーブラックのライオールで「ミシェル・ブラス」を運営するミシェル・ブラス。モナコの「ルイ・キャーンズ」、パリの「アラン・デュカス・オ・プラザ・アテネ」など世界中で様々な店舗を運営展開しているアラン・デュカス。それに京都の「瓢亭」の高橋英一。

 どうしてその6人なのか。 それについては文藝春秋社の以下のサイト、「本の話」での著者インタビューで紹介されています。
http://www.bunshun.co.jp/pickup/bishoku/bishoku01.htm

 著者によれば 「おいしい料理を作る料理人はほかにもたくさんいます。料理技術が優れている、あるいは技術的にもっと最先端をいく料理人も実際にはいます。しかしながら、この六人ほど、食べ手に「幸せと喜び」を提供する場を完璧に作り上げている人たちはほかに見当たらないと思っています」、と語ります。

 あわせて、取り上げた6人の料理人が運営、展開する店は「料理人が主役となった「パフォーミング・アーツ」の世界を楽しむための場ではなく、そこに集う客たちが主役になっている空間を作り上げている」からであり、「美食の世界は、この「パフォーミング・アーツ」を楽しむ世界もあれば、社交的な場を楽しむこともあるという具合に、両方存在していていいと思います。今回この本で取り上げたのは、後者の社交的な空間を完璧に作り上げた料理人たちだといえるかと思います」、と。

 さらに「その料理人たちの成功の秘密が、本のタイトルにもなっている「美食のテクノロジー」ということになります。そして、読者の皆様には今回ご紹介している「美食のテクノロジー」を読み解くことで、現代の頂点をきわめた美食の世界を少しでも垣間見ていただくことができればと思っています」、と著者は語っています。

 「テクノロジー」という言葉から「科学技術」ということしか思い浮かばなかった私は、当初、その表題に首を傾げたものです。それが、本書を読み進むうち、先のインタビューで著者が触れる本書での「テクノロギー」という言葉の意味、それが、本著で取り上げた料理人の自身の独自のスタイル、方法論の確立、多方面から得た評価、同時に商業的な側面を含めた成功を生み、成功を導くに至る秘密、要因を意味する言葉であると理解できました。

 もっとも、6人の料理人が高い評価を得た言わばスペシャリティについての紹介や解説、また、それらが生まれた経緯などが触れられてはいるものの、美味批評的なものではなく、それぞれの店についての紹介こそあれ、レストラン批評的なものでもありません。

 むしろ6人の料理人について、その生まれ、育ち、料理人になったきっかけ、その足跡、歩み、様々な成果、その人となりについての紹介が大半を占めています。私が本書に興味や関心、興奮を覚えたのは、そうしたことについて触れられていたからです。
 料理を前にして、そのひと皿から浮かび上がる様々な事柄。料理が生まれた背景や料理から浮かび上がる料理人の人となりに常々関心を持つ私にとって、まさに格好な著作であり、それを明かしてくれるものでした。

2008/10/01

秋の訪れ~9月の「赤坂璃宮」銀座店の5

 丸ごと一匹、ハタの蒸しものが登場!
 予想外のゴージャス、デラックスな展開に、興奮を抑えられない。
 そして、登場したのが「白果腐竹菜 青菜と湯葉、銀杏のスープ仕立て」。















 いちょうの木に実る銀杏が落ちこぼれるのは晩秋の風物。ということからすると、走り物の「銀杏」ってことになります。が、乳白色の湯葉の間から顔を覗かせる黄緑りがかった「銀杏」銀杏は、すっかり秋の訪れを告げる風情があります。

 銀杏の殻を割り、実を取り出して串刺しにし、炭火焼きにした時の香ばしさ、ほくほくの触感。青臭さ、苦味、えぐ味がまじった独得の味、風味も格別です。が、青菜、湯葉とともに、だしで煮浸しにした「銀杏」というのも、乙なもの。ぎゅっと噛み締めると、弾ける銀杏の味、風味。くせのある苦味、えぐ味が、だしの味になじんで、甘味が顔を覗かせる。それでいて、やっぱり青々しい精の強さを感じさせるところが、銀杏です。

 青菜は台湾のA菜。どうやら、萵苣薹(ちしゃとう)の若い青菜。なんてことからすると、レタスの一種ですね。レタスに比べて葉っぱは濃厚な緑色。特有の青臭さ、ほろ苦さ、えぐ味があるのと、火を通して煮込んであっても「しゃき感」というか、繊維質があるのが特徴のようで、独得の噛み応え、触感があります。日本でも最近、中国料理店で見かけるようになりました。

 青菜をはじめ葉物の野菜は、日本では一般的に歯触り、噛み応えのある「しゃき感」を残した調理が好まれてるようです。大蒜の微塵などで香りを出して炒め、だし、さらにはオイスターソースでとろみのある味付け、なんてのが多いようです。
 
 私としては葉物、茎物は、くたくた、ヘロヘロ、トロトロでも構わないぐらい。繊維質を柔らかくしたがの好み。生で食べるより、おひたしがいい。ということでは、中国料理、広東料理なら、青菜の炒めものより、一番だしの「上湯」で煮浸しにした「上湯浸」を選びます。

 この「白果腐竹菜/青菜と湯葉、銀杏のスープ仕立て」は、言わばA菜、湯葉と銀杏の煮浸し。ってことは「上湯浸白果腐竹A菜」。 だしを加え、塩で味をつけただけのさっぱり味の煮浸し。口にすれば生姜の香りがふっと鼻をさす、なんてところが憎いです。 しかも、だしの旨さ、味わい、風味の余韻がしっかり残る、なんてところがもっと憎いです。

 そして、今回の締めくくりは「南瓜蝦乾飯 干し海老入り蒸しごはん南瓜の器」。
 南瓜、つまりは「かぼちゃ」を器にして、干しえび、干し椎茸などを具にしたご飯を蒸したもの。
 そのご飯、「蒸しご飯」と表記されていたもんで、糯米(もち米)と早とちりして、勘違い。普通の粳米でした。

 それにしても、干しえびや干し椎茸を具にして、新米の粳米、糯米を蒸す料理は知ってますが、南瓜、かぼちゃを器に仕立て、ご飯、それも粳米を蒸す、なんていうのは、私は初体験。香港や広東料理でも出会った事がありません。

 「いやあ、俺のオリジナル!香港にも、広東料理にもないよ。かぼちゃを器にして、ご飯を蒸したらどうかなって、考えたんだよ。いろいろ工夫してやってみてね。今のやり方が上手くいったんで」と、譚さん。
 そういえば、譚さんの料理を紹介した雑誌で見かけたことがありました。

 そのサイズ、メンバーそれぞれの分量に応じて、ということで超大盛り、大盛り、普通盛りと、それぞれに南瓜の大きさ、違いました。
 その違いは・・・・・

画像は「超大盛」と「普通盛」。

「実は、案外、大変だったんです。大きさ、サイズの違うかぼちゃを用意するのが!」と、大藤さん。

 器のかぼちゃ、種の部分、中心部は削り取られてます。皮についた身を味わうことも出来ます。しっとり、ほくほくの触感で、甘味がある。そして、蒸しご飯が旨い。
 その具、ことに干しえびがでっかい。リッチな濃い味、風味を醸し出してます。干し椎茸も旨味たっぷり。魚介にしろ、茸類にしろ、天日干しや自然乾燥したものって、旨味、風味が濃厚。ひと味もふた味も違った味になります。そんな干貨類の旨味、エキスを吸い込んだご飯が旨い。

 実は私、新米の粳米をゲットすれば、必ず作るのが、魚介、茸の干し物を具にした炊き込みご飯の「煲仔飯」もどき。 新米の糯米なら、具を糯米に混ぜて蒸すか、具も糯米も炒めあわせ、最後は蒸して仕上る「糯米飯」。「おこわ飯」のようなもので、中国の「粽」の中味を想像ください。

 魚介の干し物と言っても、干し海老、するめ、干し椎茸が主素材で、たまに贅沢して干し貝柱の「瑤柱」を使いますが、それも、身が崩れたものばかりです。
そうか、「煲仔飯」もどき、「糯米飯」を作る時、かぼちゃを器にする。譚さん、アイデア戴くことにしました。で、画像は私の「大盛り」です















 そして甜品、締めくくりのデザートは、今回も、暖かい汁物でした。
 「蕃薯煲湯丸/白玉入りさつまいものデザート」。
  薩摩芋を素材に、じっくり煮込んだ「糖水」です。

 薩摩芋の甘味、ホクホク味、素朴な風味。そこに、生姜のひりり味、辛味が利いていて、ぴしっと味を引き締めていたのが印象的。甘酒に生姜のひり味、なんてのに通じます。
 里芋やタロ芋には出会ったけど、薩摩芋って、香港でみかけたことないなあ、なんて人案外多いようです。ところが、案外、食べられてるもの。

  「蕃薯煲湯丸 白玉入りさつまいものデザート」は、伝統的な糖水。
 白玉入りなのは、料理店が作る「甜品」ですから。普通の家庭では、白玉なし。薩摩芋を砂糖きびの甘蔗から作った砂糖で煮込んだりします。そこに、生姜を入れてと一緒に、というのがポイント。

 ほのぼのとしていてなんだか懐かしい、素朴で純な味、風味。ほっとひと心地ついて、心が和むデザートです。



 こんな伝統的なデザート、湯水に出会えるのも「赤坂璃宮」ならでは。譚さんが、広東料理の根っ子にあるものをしっかり見届けてるから、ではないしょうか。

秋の訪れ~9月の「赤坂璃宮」銀座店の4

 そして「松茸蒸斑球 ハタと松茸の蒸しもの」。
 料理名を見て、思わず「ドキッ!」。
 まずは「松茸」に過敏に反応。当然、でしょう。
 おまけに「ハタの蒸しもの」ってある。
 関西では「あこう」の名で知られる「きじはた」?
 「あかはた」?「あずきはた」?それとも「あら」?、あるいは「くえ」?

 「いずれにしても、どうしょう、すげえ、あ、いけない、すごい豪華版。でも「斑球」ってあるから、切り身ってことですけど、しかし、なんせ「はた」の切り身ってことですから、贅沢この上ない。」なんてこと思い当たったとたん、胸の動悸が収まらない。

 はたして、目の前に現れたのは!

 「ハタ!」。
 それも、まるごと一匹を蒸した料理です。
 当然、尾頭付き!
 どうやら「あかはた」らしい。

 たしかに「斑球」とあるように、ハタは切り身。
 それも、腹側から身を開いて、切り身を入れた「麒麟」スタイルでの蒸し魚です。

 突然、あの「ヘイフンテラスの謎と不思議」での、腹を開いただけ、皿の上で腹ばいのまま蒸された魚のことが甦る!

  「ワッ!どうしょう! こんなの予算超過のメニューです!」と、焦りました。
 「あ、そうか。今日は、人数がひとり増え、おかず系の料理が続いて・・・・」 なんてこと考えてもです。

 旨い!「ハタ」の身が旨い!文句なしに旨い。
 「ハタ」の切り身は、ぼってり、厚みがある。
 唇に触れる「ぎと!」っとしたぬめり感。脂が乗ってる証拠です。
  噛み締めれば、舌の上でゆるゆるの身が、はらり、ほろりと、崩れていく。
 舌を撫でるぎとぎと感。濃厚で濃密な味、リッチな風味が口中に広がっていきます。
 そのとろける感じがたまらない!















 なんといっても、魚の蒸し加減が素晴らしい。
 「ハタ」の身の上には、厚く切った松茸のスライスが。ですが、走り物の松茸の香りを越えるハタの身の旨さ、重厚さに参りました。醤油、だし、油を合わせて作ったに違いない仕上げのたれの味加減も、脂の乗ったハタの切り身とぴったり。

 それぞれに切り身が行き渡った後で「これもどうぞ!」と、大藤さんが円卓の上に乗っけたのは、ハタのお頭!
ハタの赤い皮から、頬肉の白身がむき出しになっている。
もう、見るからに美味!
しかも、大振りなハタだけに、頬肉もたっぷり。
頬のところが、ぷっくり、ふっくら。
一番、美味しいところです!
その行方は、仲間の二人に。
二人はナイフとフォークを手に、頬肉をこそぎとって、ご満悦。 

もう大満足。それにしても、なんという贅沢。
譚さんに感謝です!

2008/09/30

秋の訪れ~9月の「赤坂璃宮」銀座店の3

 続いては「喬頭泡干魷/一夜干し烏賊とエシャロットの炒め」が登場。
 ところが、中国語の料理名を見て、思わずドギマギ。
 日頃、中国料理店では漢字で表記された料理名で、内容を判断します。
 一応、中国料理に関しては年季を積んできたつもり!の私には、日本語や英語の表記を見るより、中国語、漢字だけの表記のメニューを見るほうが、内容を把握しやすいからです。

 なんて、知ったかぶりの私ですが、さすが「喬頭泡干魷」には焦りました。
 唯一、理解できたのは一夜干しのするめいかの「魷魚」。日本語のメニューにもそう記されてます。
 ですが、その前の「喬頭」、「泡」が一体何を意味するのか、即座には理解しかねました。

 日本語の表記を頼りにすれば「喬頭」は「エシャロット」ってことになる。
 「え!? 「エシャロット」って「喬頭」だっだっけ?」と、頭が混乱。
 小玉葱のような形状のベルギー・エシャロット風のものなら「葱頭」か「干葱」のはず。
 いや「干葱」なら、日本にある長ねぎだってそう言うか。

 フランス産のエシャロットのように、皮が赤くて細長いらっきょのようなものなら「胡葱」か「紅葱頭」のはず。
 それに「泡」の字、「あ!もしかして「(油)泡魷魚」?」。 それなら、潮州の郷土料理の一品ってことになる。

 とまあ、一瞬にして様々なことが頭をよぎります。
 とはいえ、結局のところ、世の中広いですから、わかんないもの、知らないものがあって当たり前と開き直る。
 いや、ちょっと最近、ヤバイ!なんて思うのは、以前、見聞きしたり、覚えたはずのことをすっかり忘れて、恩讐の彼方!ってやつ。
 ま、年なんでしゃあないっすか。

 ともあれ、料理を見れば真実がわかるはず!
 はたして目の前に運ばれてきたのは、一夜干しのするめいかの「魷魚」。それにベルギー・エシャロットのように小玉葱形のものではなく、細長いらっきょの形をしたエシャロットでした。
                                                                      







そうか、日本のエシャロットって「らっきょ」の一種、軟化栽培した若採りの「根らっきょう」のことを言うんだ、なんてことを思い出した次第。 エシャレットなんて名前で売られてます。

 私が「エシャロット」と言えば思い浮かべるのは小玉葱形の「ベルギー・エシャロット」で、香味野菜として使う頻度も高い。 香港では牛肉と炒め合わせた「干葱爆牛肉」や炒め煮込みの「干葱牛肉煲」などがあって、家庭でも頻繁に作られる定番的な家郷菜、家常菜の一品です。
 となると「喬頭」って、もしかして「らっきょ」? 

 我家に戻り、早速、ネットで「喬頭」を検索。
 画像付きのサイトで確認したら「花らっきょ」がまさにそれでした。
 緑の葉つきで、葱に似ていながら根本がふくらんでいて、ひげがついている。
 しかし、らっきょにしては細長い。香港、本土で見かけたことがあって、生のもの、肉と炒め合わせたものを食べた覚えがあります。パリパリの触感で葱のようにツンとしてはいなくて、らっきょうのようなひり辛の味でもない。

 さらに「喬頭」を検索したら、甘酢漬けで、瓶詰めで売られてるのを発見。
 あっ!こいつ、スーパーで見かけたことがある。そうかあれって「喬頭」、だったのね。
 誰かの家の台所、確か周中兄弟の台所にあったような覚えあり。

 そう、周中家の台所には、各種の甘酢漬け、漬物が色々あって、調味料、隠し味に使ってました。私がその種の漬物類、甘酢漬けの類にはまり、料理するようになったきっかけの一端は、周中兄弟にあり。いろいろ教えられました。

 さて、「喬頭泡干魷/一夜干し烏賊とエシャロットの炒め」。
 一夜干しのいか、エシャロットに、絹さや、もやしを炒めあわせたもの。塩味だけのシンプルな味付けです。一夜干しのするめいかは、さっと火を通した感じ。火を通しすぎると、身が固くなくからでしょう。それで料理名には「泡」の字があるのに納得。やはり、さっと油に通す「油泡」の調理法だから、なんですね。

 そんな一夜干しのするめいかのには、えびの醗酵みその「蝦醬」が欠かせない。
 ほんのちょびっと「蝦醬」をつけて食べると、旨味、風味がぐんと増す。
 エシャロットは、ぱりぽりと噛み応えのある触感で、ほどほどにひりりとした辛味が頭をもたげます。おまけに、土臭くて素朴。そんなエシャロットには、XO醤がぴったり。
 絹さや、もやしは、さっぱり味。口直し、ってところでしょうか。

 「喬頭泡干魷/一夜干し烏賊とエシャロットの炒め」は、我家でも作れそうなシンプルな家常菜、お惣菜です。
 あ、そうか! するめいかにひと塩して、一夜干しにする作業が必要か。
 それとも、するめを水で戻して素材にする、なんてのも良さそうだ。
 いずれにしても、手間隙かかりそうですが、やってみるとおもしろいかも。

 とまあ、お惣菜のヒントを戴いちゃいました。

2008/09/29

秋の訪れ~9月の「赤坂璃宮」銀座店の2

 しっかり旨味、こくのある「栗子煲鶏湯/鶏肉と栗の土鍋スープ」のスープを味わい、だしを生んだ鶏肉、栗、蜜棗まで味わって、2品目にして充実気分。

 そして登場したのが「咸魚煎肉餅/塩魚風味豚挽き肉の煎り焼き」。
 豚の挽き肉に慈姑(くわい)などを加え、蒸した「咸魚蒸肉餅」は、広東地方の郷土料理、家庭料理の定番中の定番ともいえる一品。
 おかずにうってつけなもので、なんといっても「咸魚」のくせのある味、風味に病み付きになった人なら、必ず好物に挙げるほど。

 主素材は豚挽き肉ですが、「咸魚」だけでなく、するめいかの一夜干しの「魷魚」、漬物の「榨菜」などを加えます。あるいは、塩漬けの家鴨の卵の「鹹蛋」をトッピング。それに豚挽き肉で作る「肉餅」には、慈姑を入れたり、入れなかったりします。
 ともあれ、「肉餅」の種類、バリエーションは実に豊富。調理方法としては蒸す以外に、6月の「赤坂璃宮」銀座店のメニューに登場したミニサイズの土鍋を使った「鹹魚肉餅煲仔飯」でのように、ご飯と一緒に炊き上げるという方法もあります。

 今回の「咸魚煎肉餅/塩魚風味豚挽き肉の煎り焼き」は、メニューにも明らかなように、素材、味付けは同じでも「蒸」ではなく「煎」、煎り焼にしてありました。
 その「咸魚煎肉餅」、普通は直径4センチ、高さ2センチほどの厚みのある円形、さしずめミニ・ハンバーグ風の趣で、煎り焼きにする。

 その煎り焼き、「煎」ってことから煎り焼きと紹介しましたが、普通は「油焼き」、つまりは鍋に油を引いて、油で焼き付けるってことです。が、それ以外に鍋に油を張って揚げる感じで焼きつける、という方法もある。

  さて、「赤坂璃宮」銀座店の「咸魚煎肉餅/塩魚風味豚挽き肉の煎り焼き」、なんと「ささげ」を編み込んで受け皿にし、その上に豚挽き肉の肉餅をのっけ「煎」したもの。
 凝ってます。茶色の肉餅とささげの緑の色彩の対比、見た目の素晴らしさが、目をひきつけます。  

 肉餅は、外側はぱりっとした「脆」の触感ながら、噛み締めればやわらかく、しっとりの触感で、ジューシー肉汁がほどばしる。噛み締めれば、慈姑(くわい)のさくさくの触感が心地よく、おまけに塩味の利いた「咸魚」の味、風味が浮かび上がる。しかも、肉餅の具の「咸魚」の分量、使い方、それも塩味の加減が素晴らしい。まさに「塩梅」という言葉がぴったりなほど過不足なく、しかも、ぎりぎりのところででとどめをさしてある感じで、めりはりのある味、風味を生み出してます。

 そういえば、先月、触れたことですが、塩漬け魚の「咸魚/鹹魚」、えびみそ/アミの塩漬け醗酵みその「蝦醬」、塩漬けの醗酵豆腐の「腐乳」など、クセのある調味料は、現在では、日本でもその存在を広く知られ、広東料理店、中国料理店でもそれらを味付けに使った料理が登場し、人気を呼んでいます。

 ところが、どういうわけだか、香港、台湾、中国本土などに比べて、その使い方、分量が明らかに過ぎる。ま、個人的な印象、感想ですが、それらに比べ「赤坂璃宮」の銀座店、譚さんの「肉餅」の味付け、「咸魚」の分量は、過不足なく、行き過ぎってわけでもなくって、ちょうどの「塩梅」。

 ささげと肉餅、色あいだけでなく、触感、味、風味も対照的。
 ささげも、一緒に油焼きしてありますから、皮はぱりとしていて、ささげ自体、歯応えもある。噛み締めればのあの青い味、独得の土臭さが浮かび上がる。ささげの旬は夏。ということなら、名残ものってことになりますか。

 肉餅とささげ。その組み合わせ。 ささげを編カゴ風に仕立てたアイデアに脱帽。 ワザと工夫の産物です。
 それに「咸魚」で味、風味付けをした「肉餅」は、前述の通り、本来はおかずにうってつけな一品。
 「これ、食べてると、ご飯がほしくなるね」なんて声が挙がったのも当然です。
 しかし、今回の「咸魚煎肉餅/塩魚風味豚挽き肉の煎り焼き」」は、おかずというより料理というにふさわしい一品。宴会料理に組み入れても、なんら遜色がありません。意表をつかれた一品でした。

2008/09/28

秋の訪れ~9月の「赤坂璃宮」銀座店の1

 9月の「赤坂璃宮」銀座店の料理の数々は、すっかり秋模様。
 幕開けは恒例の「広東焼味盆 璃宮特製焼き物前菜盛り合わせ」。
 伊達鶏の醤油漬け、皮付きバラ肉の焼きもの「焼肉」など4種、一切れずつの盛り合わせですが、今回は盛り付けがこれまでと変わって、その趣、印象も新た。

 付け合せは酸味の利いた小ぶりの茄子。ってことは、なすの酢漬け? さっぱりとした口あたり。頬張れば、茄子はトロトロ、ジュルジュル。舌にとろける触感、噛み締めると酸味とともに浮かび上がる茄子の甘さ、旨味が口中に広がります。

 そして「焼味」。葱の微塵に油を加えた「葱油」のたれで食べる伊達鶏の醤油漬け。皮裏の脂の感じ、歯がすっと入る柔らかさがあって、噛み締めるとしっとりの質感が堪らない。それに、皮付きバラ肉の焼き物の「焼肉」は、いつもながらのせりふですが、やはり、東京では貴重な上に、パリパリの皮の焼加減、その下の脂の旨さ、甘さ、こく、風味が格別です。

 「これ、ほんと、うまいんだよね!最後に、とっておこう!」なんて声も聞かれます。
 それに、今月は叉焼の肉質の質感、上品な味付け、香りの素晴らしさが印象的でした。焼き物の仕事、「焼味」の極意、ここにあり、といったところです。前菜を飾る料理の一品としての風格がありました。

 そして「栗子煲鶏湯/鶏肉と栗の土鍋スープ」が登場。スープと具は別皿盛りで。ということは、素材を土鍋に入れて、時間をかけて煮込んだ「煲湯」ですね。


 具は鶏肉。別皿に盛られた鶏肉の塊からすると、胸のだき身、胸肉のようす。
 香港、広東地方あたりでは、胸肉、腿肉だけのものもありますが、同時に、内蔵や、通称もみじとして知られる鶏の足を使ったりすることもある。
 もっとも、鶏の胴がらを使うことは滅多にない様子。鶏がらでだしをとっても、鶏肉ほどに味、風味のある濃厚、濃密なだしがとれるわけではなく、旨味よりも雑味が目立つ結果になりますから。

 それから栗がたっぷり。画像をご覧いただければ、その量が一目瞭然。さらに蜜棗、つまりはシロップ漬けにした棗を加えたもの。その棗の量だって半端じゃない。

 日本では栗は、そのままを茹でるか蒸すか焼く。それとも、渋皮煮、あるいは甘露煮にするのがほとんじゃないでしょうか。料理といえば栗ご飯や栗おこわ。そういえば、野菜の炊き合わせでみかけることもある。

 広東地方では「湯/スープ」にしたり「炆」という炒め煮込みにします。もちろん、栗そのままだけってことは滅多にない。必ず家禽類、鶏なり家鴨の肉や一部の内蔵類、あるいは豚のスペアリブ、脛肉、テール肉などと共に料理します。

 そのあたり、栗の持ち味、資質にも関係してのこと。栗は澱粉質など糖質が多く、火を通すとほくほくの触感があり、甘味がうんと出る。つまりは、芋にも通じるところありというわけで、以前にも触れたように、香港や広東地方では、栗、そのもの自体は「寡」、それだけ料理するには味が物足りないってことで、肉類と組み合わせて料理する、というのが一般的なようです。

 さて、今回の「栗子煲鶏湯/鶏肉と栗の土鍋スープ」。鶏肉のだしがしっかり出ていて、旨味たっぷり。さらに、栗、シロップ漬けの棗の「蜜棗」の甘味が、こくを増してます。それに、なんといってもナチュラル、自然で純な味わいです。なおかつ、ぎりぎり按配の塩加減、なんてところが家庭で作る「煲湯」とはひと味違う、プロの技。スープ料理、料理の一品としての重厚さがあります。

 それにしても、生の栗だと渋味、えぐ味がある。それが火を通すとうんと甘味がでてくる。それも、自然な甘味、土の香りだけでなく、木の香りが頭をもたげてくる。そんな栗に対して、もともと酸味に苦味もある棗をシロップでつけた蜜棗を使って、甘味をより重層的にし、香り、風味を増している、といったところでしょうか。それに、栗も、棗も薬効があります。

 そして、別皿にうず高く盛られてるのが、だしをとった鶏肉、栗、蜜棗。
 「これ、どうやって食べるわけ?」
 「こないだの豚と脛肉と広東白菜のスープの具の時のように、中国たまり醤油の「老抽」にだしを足したたれに浸して、食べるわけです。でも、鶏肉は旨味の抜け殻、だし殻ってわけで、旨味はすべてスープの中。肉はぱさついてますけど、このたれに浸して食べると、なかなか乙なもんで。おかずにもなるという寸法です」
 「なるほど!ウン、出し殻ですけど、たれにつけて食べると、いけるね」
 「ちょっとたっぷり目にたれにひたすと、たれの味が鶏肉にしみこんで、いけるでしょ?」
 
 「それより、私、栗大好きだから。だし殻でも食べたい」
 「はいはい。それがさ、だしとった栗って、ほっこり感こそ薄れ気味だけど、木の実らしい自然な味がするでしょ?それに、蜜棗も、表面は皺々で果肉が締まり加減だけど、噛み締めると、甘味だけじゃなくて、渋味、えぐ味が顔を覗かせるでしょ?」
 とまあ、だしをとった鶏肉、栗、蜜棗もしっかりいただきました。
 しかし、旨いのはやはりスープです。その色あいが、こくのある重厚な味わいを物語ってます。

2008/09/23

「オーベルジーヌの料理~オーナーシェフのトーク・レシピ」の2

 「オーベルジーヌの料理~オーナーシェフのトーク・レシピ」(メディアクラフト牡羊座)の内容は以下の通り

第一部「私と料理 ~偏食児が名物シェフになる」
第二部「フランス料理へのこだわりと思い」
第三部「『オーベルジーヌ』のスペシャリテ」

 第一部では、小滝さんの生まれや育ち、料理作りに魅せられ、一旦はサラリーマン勤めをしながら、料理人として遅いスタートを切り、ドイツ、フランスでの海外での修行体験を経て、帰国。『オーベルジーヌ』をスタートさせ、やがて常陸太田に分店を開店といった、現在に至るまでの足跡が紹介されてます。 第二部は、小滝さんが扱う素材について、第三部では「『オーベルジーヌ』のスペシャリテ」の31品を紹介。

 実は、第一部で紹介されている小滝さんの足跡、第三部の『オーベルジーヌのスペシャリテ』などについては、先にふれた中央公論社からのシェフ・シリーズのムック本『フランス料理店 シェフ小滝晃 オーベルジーヌ 祖国を離れたフランス料理 東京の香る味』と、その内容、重複します。もっとも、今回は小滝さん自ら文を記したようで、月日(と年輪)を経て自身の足跡を振り返り、辿る視線が明確に浮き彫りにされています。

 それにしても面白いのは、子供時代の小滝さんの逸話の数々。信じられないぐらいの偏食児ぶりには驚くばかり。 ご飯が嫌い。匂いがだめで胃がもたれる、というのがその理由。おまけに醤油が苦手。ということで、うどんやそばもだめ。そばがきならミルクをかけて食べられる!なんて、相当、変!おまけに、ミソ汁のミソの匂いがだめ、というんですから。

 そういえば、今は音楽活動から遠ざかってしまったシンガー=ソング・ライターのキャット・スティーヴンスが現役バリバリの頃に来日した際、「ご飯にミルクをかけて食べるのが好き!」なんて話に、「ギョ!」とした覚えがあります。もっとも、小滝さんの場合には「そばがきにミルク」ってことで、そう、言ってみればオートミルをミルクで食べるあの感じ。ってことは、まるっきりの外人じゃないですか!

 そして、第三部「『オーベルジーヌ』のスペシャリテ」紹介ですが、以前のシェフ・シリーズのムックで紹介された料理は、全部で63品。今回はそこからさらに31品に厳選。レシピはなく、エピソードの紹介だけですが、ともあれ『オーベルジーヌ』のスペシャリテ中のスペシャリテ、ってことになります。

 それぞれの料理についてのコメント、生まれた経緯、素材、調理についての言及が抜群に面白い。以前のシェフ・シリーズの時とは対照的に、料理そのものの本質、素材の捉え方、調理、調味についての考えが、明らかにされてます。

 ということで、見逃せないのが第二部の「フランス料理へのこだわりと思い」。そこではドイツ、フランスで出会った素材と、日本で入手出来る素材との違い。本場のフランス料理を日本で実現するにあたって、その様式、スタイルを(レシピ通りに)そのまま倣って日本で再現するのではなく、あくまでも美味の追求を念頭において、そのために必要不可欠な特質、持ち味を兼ね備えた素材を求めた結果、多くは輸入物に頼らざるを得なかったという現実。

 たとえば、だしのフォン作りに不可欠な仔牛の骨の入手が日本では難しい。さらには、バターやクリームの持ち味、資質の違い。そうしたことから浮かび上がるのは、フランスはじめ欧米諸国での肉食文化の歴史の長さ、深さと日本のそれとの違いです。

 仔牛に限らず、ジビエ、つまりは、鴨や雉などの野鳥、兎、鹿、豬など、ドイツ、フランスと日本のそれには違いがある。さらに、魚。日本で魚は豊富に収穫されるものの、生息する海の違いから、その資質、持ち味は異なります。

 「刺身」が何故、日本で生まれ、フランスなどでは一般化しなかったのか、という小滝さんの考察。日本の魚については、マグロは別にして、水っぽいと小滝さん。
 私が思うには、水っぽいというよりも、潤んでて身が緩い、という印象で、実はヨーロッパどころか、東南アジア近海に生息する魚と、持ち味、風味が違うのは歴然、なんてのを香港で体験してきました。

 小滝さんの話に戻して、ヒラメにしろタイにしろ、日本のそれは水っぽく、ヨーロッパのは余分な水分がない代わりに、煮たり、焼いたりしたほうがコクが出る。さらに、フランスで採れるアンコウについて、日本のそれに比べれ透明感がない。水分が少ないから、身は透明感がなく、白っぽくなる。故に、フランスでは生ではなく、焼いたり、煮たりして魚を食べる習慣が定着したのでは、なんて話もある。

 もっとも、ヨーロッパと日本の魚の持ち味、資質の差、違いを認識しながら、一方で、日本で収穫される魚の可能性を探り、新たな料理を生み出す。それには、ヨーロッパで学び、体得した素材の吟味、料理方法を下敷きに、日本で収穫される素材の持ち味を見極め、どうやって対処するか。

 そんなところでは、母親から聞いてきた日本独特の調理方法、あるいは、寿司で出会った貝がヒントになったと明かす小滝さん。その好例がフォアグラになすの糠漬けを組み合わせた「フォアグラのムースを詰めたナスのコンフィ」、「アンコウのメダイヨンのセイロン風」、「フヌユイと北寄貝のスープ」なんだそうです。

 『オーベルジーヌ』のスペシャリティの多くは「瞬間のひらめき」、「偶然の産物」だと語る小滝さん。そんな料理のひとつとして挙げるのが「りんごとつぶ貝のブレゼ ペルノー酒の香り」。その料理が生まれるまでのプロセスが本書で明かされる。

 しかし、単なる思い付きなどではなく、素材の持ち味、素材と調味料、香辛料との組み合わせ、香辛料を熟知し、それを系統的に理解し、その用途、効果を把握していたからこそ、生み出せたもの。たとええば、フランスとドイツでは、香辛料、香味野菜(ハーブ)の使い方が異なる、なんてことも触れられてます。つまり、「瞬間のひらめき」も、それを思いあたるだけの知識、経験、体験あってこそのもの。それがあってこそ「偶然の産物」が生まれた、ってことがわかります。

 そういえば、香辛料、香味野菜の扱い、その組み合わせの妙も、小滝さんならでは。といって「これはあの香り!」と、即座にわかるこれみよがしな使い方ではなく、その扱いは実に巧み。ふっと鼻先を捉え、あるいは、口中で料理を噛み締め、咀嚼するうちに、喉元から鼻腔に立ち昇る、なんてことはザラです。しかも、香辛料、香味野菜はあくまで隠し味。素材の持ち味、香りを生かすことこにこそ、神経のすべてが注がれている。そんな、繊細にして精緻な料理の数々が、五感を刺激します。

 ヨーロッパに渡り、修行を重ねながら、三ツ星レストランや評判の店のレシピを手に入れ、技術を学びとることよりも、料理が生まれた風土、土壌を背景にした日常の食の生活にまで目をやり、その根源を見届け、体験してきた小滝さん。だからこそ、小滝さんのスペシャリテの数々は生まれた。

 「オーベルジーヌの料理~オーナーシェフのトーク・レシピ」(メディアクラフト牡羊座)」は、興味の尽きない著作です。

2008/09/21

「オーベルジーヌの料理~オーナーシェフのトーク・レシピ」の1

 この夏の半ば過ぎ、素敵な本が届きました。
 小滝晃著「オーベルジーヌの料理~オーナーシェフのトーク・レシピ」(メディアクラフト牡羊座)です。送り主は著者の小滝さん。

 「オーベルジーヌ」は私が好きなフランス料理の店のひとつ。以前、週刊現代で1年あまり連載した食探訪の記事「日々是好食」をもとにした拙著「これはお値打ちKODAWARIの料理店」で、紹介したことがありますが、随分とご無沙汰したまんま。気になりながら、時が過ぎてしまいました。

 オーナー&シェフの小滝晃さんは、私が敬愛する料理人です。といって、挨拶したことがある以外、じっくり話を伺ったり、言葉を交わしたことがない。ですが、それはそれで充分。というのも、小滝さんの作る料理は、実に雄弁。知りたいことのすべてが小滝さんの料理にありました。

 その出会い、いつのことだったのか、もはやさだかではありません。それでもいまだに印象深いことがある。
 それは、ガツンとくるようなインパクトのある強烈な旨さ、今風に言えば、ガッツリの旨さなどではなく、洗練の美味、それも、私の五感のことごとくを刺激する料理、だったことに目を見張りました。まさに、私が求める料理がそこにあったというわけです。

 なによりも刺激的で、快感を覚えたのは、料理の香りの豊かさです。それは、目の前にした料理から立ち昇る馥郁として香り、だけでありません。口に含んで、口中で調和し、新たに生まれ、拡がる味わい、香り。それが、喉奥から鼻腔を抜けて、脳天を刺激する。

 そんな香りとの出会いとともに、唇、舌、口腔、顎を次から次へと刺激する触感が織り成す変化の妙、快感が実に刺激的、でした。
 その最たる例として挙げられるのが「オーベルジーヌ」の冬のスペシャリテの一品である「トリフのスープ」。

「ミルク色したスープに浮かぶ厚さ3ミリほどのトリュフのスライス。噛むと脆くて、かすかに音をたてて割れます。途端に口中に広がる官能的な香りに、思わずグフッ、ニヤリ。スープを口に含むと、つぶした百合根のザラっとした食感。楚々とした香り。清廉な甘さ。お皿の底にはさっと火を通しただけ、レアでネットリ、やさしく、やわらかくて、小悪魔のような妖艶な甘さを自己主張する貝柱~」とは、拙著でその料理についてふれた一文です。

 以上からも、いかに五感を刺激する料理だったか、おわかりいただけるのではないかと思います。思い出しては、涎が零れ落ちます。香りの素晴らしさ、触感の豊かさが甦ります。

 ひと噛みすれば、パリっと音を立てて割れるトリュフのスライス。その官能的な香り。百合根のピュレのざらっとした舌触り、楚々とした、というより土の香りのする素朴さ、力強さ、無垢で純朴なこくのある甘さ。スープに沈む貝柱は、レアでネットリ、噛み締めれば、磯の香りと甘さが立ってくる、という按配です。

 実は小滝さんの料理を紹介した著作はこれが2冊目のはず。その最初は「フランス料理店 シェフ小滝晃 オーベルジーヌ 祖国を離れたフランス料理 東京の香る味」と題された中央公論社のシェフ・シリーズのムックとして紹介されたもの。

同料理について紹介された一文によれば「トリュフに合う野菜として私が一番好きなのが百合根である。百合根の甘味はトリュフの持っているいろいろな特質をよく引き出してくれるから」と記されてます。

 それが今回の著作では「最初、トリュフでスープを作ろうしてジャガイモを使いました。フランス料理では根のものは根で合わせれば相性がいいといわれてます。トリュフもジャガイモの地中のものですので、やってみました。確かに合うのですが、甘味がないし、コクもない。そこで、同じ土の中のものだから、百合根もいいじゃないかと思い、百合根にしました。するとバッチリ。これで決まったのです」と、記されています。

 時を経て、新たに明かされた「秘密」が面白い。
 「オーベルジーヌの料理~オーナーシェフのトーク・レシピ」に、ますます興味をそそられました。

2008/09/12

8月の「赤坂璃宮」銀座店の5



















 さて、8月の「赤坂璃宮」銀座店のコースの締めくくりは「麺」でも「飯」でもなく「米粉」を素材にした「家郷炒米粉/広東風米粉」。

 それがなんと、大皿に山盛り!見るからに6~8人用はありそう。

 「わ、すごい。ほら、この米粉の戻し方。家でやるとどうしてもベタベタになっちゃうか、それとも、硬めになっちゃうし。それに、ブチブチに切れちゃうのに、これって長いまんま!」と、米粉の戻し方にいたく感心。そうです、私も米粉を戻すにはいつもひと苦労。

 頬張れば、ますますその戻し方に感心しました。調味料の醤油、それに、だしをしっかり吸い込みながら、芯が残る硬さでもなく、ベタっとした柔らかさでもない。それより、味加減だけでなく、まさしく「鑊気」、鍋の気に溢れていて、香りがある。実に風味が豊かで、喉元から鼻に抜けていく香りの素晴らしさに驚きました。

 そんな「鍋」、「鑊気」のある料理を生んだ火の扱い、調理もさることながら、素材の下拵えに感心。米粉の戻し方だけじゃなくって、具の豚肉、ピーマン、赤ピーマン(パプリカ)、黄ニラ、もやしの切り揃えに感心。豚肉、ピーマン、赤ピーマン、黄ニラの切幅、長さは、ほぼぴったり同じ。もやしは、髭、根が落とされて、泥臭さはなし。その細やかで丹念な「板」の仕事こそが「美味」、「鑊気」のある料理を生む最大の要因のひとつ、なのは明らかです。その下拵えの丹念さには驚きました。









 そしてデザートには「南北杏雪茸燉梨/白キクラゲと梨の温デサート」が登場。
 「わお!温ったかいデザート!」と、思わず狂喜した私です。
 「ええ、あの、前回「暖かいデザートはないの?」っておっしゃってらしたので」と、アテンドの柏木さん。
 その言葉に「ギョ!」となって、居住まいを正し、背筋を伸ばした私でした。

 杏仁豆腐やマンゴ・プディングもいいですけど、食事の最後の締めくくり、ことに中国料理だと、温かいデザート、汁物は、ほっと和んだ気分になる。なんといっても「胃」が落ち着きます。安らぎます。それに、食べたものを見事に消化してくれるような、すっきり気分になるのが不思議。

 「南北杏」とは、「南」と「北」の「杏仁」、杏の実のことです。「南杏仁」は甘く、「北杏仁」は苦く、それぞれ、肺を潤し、せきやたんを鎮める作用があり、梨も同様の薬効があり、ことに、風邪、扁桃炎で喉が痛むときは効果的。 ともあれ、嬉しいデザートでした。

 画像は「家郷炒米粉/広東風米粉の炒め」と「南北杏雪耳燉梨/白キクラゲと梨の温デザート」です。

2008/09/08

8月の「赤坂璃宮」の銀座店の4

                                                                



















 「蒜茸蒸鮮蝦」で大いに盛り上がった後、登場したのが「腐乳節瓜煲 /節瓜の腐乳煮込み」。

 「この「節瓜」って?」。
 「冬瓜の一種ですね。冬瓜ほどで大きくはならなくて、未成熟の冬瓜ってことになってるんだけど、冬瓜の変種ですね。そういや、沖縄に「モーウィ」って言う「毛瓜」があるでしょ? あれも同じ種類。「節瓜」って、青瓜や白瓜ぐらいの大きさのものから、海苔缶ぐらいのものまであるんだけど、寸胴型。

 その味は、ほら冬瓜って、ざらっとした触感があって、ほろ苦さやえぐみがあるでしょ?それからすると「節瓜」は「瓜」に近くて、ほろ苦さ、えぐみはさほどないんだけど、「瓜」ほど肉質が緻密じゃない感じ、かな。でも、冬瓜に比べて扱いやすいし、下拵えも手間がかかんないから、家庭で使われることが多いですね。スープや煮込み料理に使われたり、丸ごと煮込んだものに干貝柱のくずひきあんかけたり、中をくりぬいて詰め物したり、輪っか状に切って、真ん中に詰め物をしたり、料理の種類は沢山あります!」と、知ったかぶりの私です。

 以前、香港で初めて「節瓜」に出会った頃、日本には「冬瓜」こそありましたが、「節瓜」にはお目にかかれませんでした。「瓜」で代用可、と思い込み「節瓜」の料理に挑戦したところ、やはり、なんだか違いました。肉質、味、風味が違いました。沖縄に同種の「毛瓜」があり、と知ったものの、当時は入手が難しかった。それが、最近になって沖縄の「毛瓜」、日本で栽培されるようになった「節瓜」をスーパーで見かけるようにもなりました。けど、やっぱり、香港、中国本土の南部で収穫されるそれとは、少々異なるようです。

 ところで、今回の「腐乳節瓜煲/節瓜の腐乳煮込み」。広東地方の郷土料理の一品で、家庭料理としても一般的なもの。拍子切りの「節瓜」、干し椎茸の細切り、干しえびが主素材で、香味野菜のしょうがなどと炒め合わせ、だしを加え、塩漬け醗酵豆腐の「腐乳」で味付けし、煮込んで仕上げられたもの。

 香港、広東地方の料理店では「節瓜蝦米煲」、春雨の「粉絲」を加えた「節瓜蝦米粉絲煲」が「小菜」のメニューに紹介されています。「節瓜」を「絲瓜(へちま)」に代えた「絲瓜蝦米煲」、そこに春雨を加えた「絲瓜蝦米粉絲煲」などもあり、むしろ「節瓜」を素材にしたもの以上に見かけることが多いようです。

 「節瓜」は、煮込めばくたくた、とろとろになりますが、今回の「腐乳節瓜煲」はしんなりとした火の通し方で、噛み応えもあり。それに、この料理、香港や広東地方では「節瓜蝦米煲」というのが一般的で、「腐乳」は隠し味的に使われることが多く、料理名には滅多に使われない。にもかかわらず「腐乳節瓜煲」としてあるのはどうしてなんだろうと、最初は疑問に思いました。

 もともと「腐乳」はクセのある味、風味を持っているだけに、好き嫌いは明確に二分されます。「蝦醬」や「鹹魚」ほどの強烈な匂いはありませんが、苦手な人も少なくないようで。ところが、ここ最近は「クセのあるところがたまらない!」という客の声、要望があってか、そうしたクセのある素材を全面に打ち出し、強調した料理を提供、といった傾向が目立つようになりました。ことに、若い料理人がオーナー&シェフを務める店では、塩漬けの醗酵魚の「鹹魚」、えびの醗酵みその「蝦醬」などとともに積極的に素材、調味料理として起用し、看板料理にしている料理人、店も少なくないようです。

 クセのある味、風味を強調すれば、料理としてのインパクトは強烈。そんなところが、クセのある調味料、素材を強調した料理が、積極的に紹介されるようになった理由のひとつとして挙げられるようです。それに、これまで日本では馴染みではなかったことから、物珍しさもあること。その種の素材、調味料を使い、強調することで、いかにも本場風の、あるいは本場そのままの料理としてのイメージを打ち出すのには格好、なんてこともその理由として挙げられるじゃないでしょうか。

 とはいうものの、クセのある調味料、素材を使った料理の多くが、その味、風味ばかりを強調しすぎるきらいもあるようです。ことに、若い料理人がオーナー&シェフを務める店で提供されているその種の料理に、目立って多い。 私が体験した現地でのその種の素材、調味料の使われ方と、日本でのそれを比べてみると、日本のそれの方が、使用される分量も多いし、強調しすぎるような印象を受けることが少なくありません。

 それには、たとえば日本の中国料理が、素材の持ち味、資質を生かすことより、中国料理特有の調味料、料理手法を全面に打ち出すことで成立してきた、という日本の中国料理独得のあり方、歴史にも関係してのことではないか、なんてことにも行き着きます。

 そういえば、若い料理人がオーナー&シェフを務める店では、素材の吟味、選択、料理のバリエーション、さらには創作的料理への意欲が汲み取れる反面、素材そのものの持ち味を生かした下拵え、調味、調理については、いささか心もとない。何よりも素材を生かす上でも、料理をするにあたっても、肝心な「だし」の弱さが決定的な要因になっているように思えます。

 それぞれ「だし」作りに工夫を凝らしているのは理解できます。が、「だし」作りにかける費用には限度もあるようで、料理の主素材を生かすだけの、それにふさわしいしっかりとした「だし」を作っているかどうか、ってことになるといささか疑問、なんてことが多いんじゃないでしょうか。「だし」にかける費用は、そこそこ。それよりも客の目をひきつけやすい主素材の選択、物珍しい素材の購入に力を入れる。そんなことより、料理を作るにあたって肝心な「だし」をどうしてしっかりとらないのか。それに、「だし」作りにどうして予算をたっぷりかけないのか。不思議に思うことがしばしばあります。

 別に中国ハムの「火腿」を使わなくっても、きっちりした「だし」はとれるはず。それに「火腿」を使うなら、使うで、だし作りの素材の吟味こそ大切。それがあってこそ「火腿」もその効果を発揮するのにも関わらず、その基本であるだし作りの素材の選択、吟味、費用のかけ方がおろそかにされている、なんて例が少なくない。「腐乳」、「蝦醬」などのクセのある素材、調味料を使うにあたって、「だし」の存在は無視できないはず、なんですが。

 さて「赤坂璃宮」銀座店の「腐乳節瓜煲/節瓜の腐乳煮込み」。クセのある「腐乳」を使いながら、その味、風味は、あたりが柔らかい。「芡汁」、つまりは、とろみ付けもほどほどで、上品でさりげない。さらに、食べ進めれば「だし」の味が次第に浮かび上がってきます。干しえびの「蝦米」のひなびた風味もあいまった、しっかりした「だし」の旨さ、その重厚さ、深みのある味わいがなんとも印象的。だしがしっかりしているからこそ「腐乳」の味、風味が実に生きてるんだ!ってことがよくわかります。それに、千切りの生姜のヒリ辛の味、風味が、さりげなくふっと頭をもたげ、隠し味としての効果を見事に発揮、なんてところも実に憎い。さすが譚さん、技の見せ所が違います。

 「腐乳」のクセのある味、風味を生かしたこの「腐乳節瓜煲/節瓜の腐乳煮込み」。「おかず」としてうってつけですけど、さりげなさがそこかしこに潜んだ「料理」というにふさわしい一品でした。



2008/09/07

8月の「赤坂璃宮」銀座店の3


















「ワ、ワ! すごい!  「えび」じゃないですか「えび」!  しかも、こんなに沢山!」。
 「こんな豪華な料理、お昼からいただいちゃって!」。
 私といえば「え、え、え、え!? まじ?まじなのかな、こんなの出てきちゃって。まじ?」と、慌てふためくことしきり。

 4品目の料理「香蒜蒸海蝦/車海老のガーリック蒸し」が登場した途端、一気に盛り上がりました。やっぱり「えび」は人気者、です。

 「えび」は、どうやら「車えび」の様子。一尾、身を縦半分に裂き、お皿に並べ、大蒜の微塵切りをたっぷりまぶし、タレをかけて蒸した料理。あ、正確な下拵え、調理方法は、聞きそびれました。今度、譚さんに尋ねておきます。

 家庭でも簡単に料理が出来そうな感じ。ですが、活きのいい「えび」の入手が難しい。それに、たれの作りかたはともかく、なんといっても蒸し加減が難しい。「えび」をはじめ、魚、貝類などの魚介類だけに限らず、蒸し物の料理は、案外、簡単に家庭で出来そうでいて、その実、難しく、意外に厄介です。

 まずは「蒸」する道具。「蒸篭(せいろ)」があればいいんじゃない?っていわれれば確かにそうですけど、問題はその大きさ。中華鍋に蒸篭を重ねて入れ、蒸すにしても、家庭では「蒸篭」の大きさに限りがあります。それに「蒸」するには、それなりの「火力」が必要。

 さらに、なんといっても素材に火が通るタイミングの把握、要は「蒸し時間」ですが、その見計らいが難しい。料理本には蒸す時間のおよその目安が紹介されてますが、魚介には個体差というものがある。余熱、というものもあって、その分、計算に入れて蒸す時間を按配するには、数をこなしてこそ要領が会得できるもの。技が必要です。

 料理店には蒸す調理専門のスティーマー(蒸し器)があります。業務用のそれ、です。大きさが違いますから、どんなサイズの皿、鉢、燉器も収容可能。おまけに火力が違いますから、火の通り具合、按配など、家庭で「蒸」するのと出来栄えは大違い。

 画像を見れば、それは歴然、なのがお分かりいただけるはず。
 まず、色合いの美しさに目を奪われます。それに、鼻腔をくすぐるかぐわしい芳香にもうっとりなんて、画像じゃ伝わらないか、すんません。

 「にんにく」たっぷり。ですが、たとえば鍋に油を入れ、ニンニクを炒めた時のようなげとげしい強烈な「匂い」とは違います。火が通った醤油ベース(それに上湯も加えてあるらしい)のたれ、えびの殻から滲み出る旨味などもあいまって、醸し出された料理の「香」りです。そこに、香菜のほろ苦さやえぐみ、小口切りの青葱の青々しさやひり味も加味される。

「香蒜蒸海蝦/車海老のガーリック蒸し」は、熱々を食べるに限ります。まずは殻つきのまま、チュルチュルと唇で汁を吸いよせ、やおら口に頬張り、噛み締めるうちに、噛み砕いた殻、それに「えび」のひげや足やらがが口腔に突き刺し、たれの醤油味が染みる!なんてのも、味わいところのひとつじゃないでしょうか。

 そういえば、以前、香港で食べる「えび」と日本のそれには、違いがあり、なんて触れました。もっとも、香港の「えび」だって、すべてが旨いとは限らない。「旬」を外せば、極上、上質の「えび」には出会えません。それだけ、旬の時期の最良の香港の「えび」は格別に旨い。実は私、香港でも滅多に「えび」に手を出さない。そして、日本でも同様です。もっとも、極上の「才巻き」、「車えび」が入荷したことをと知らされれば、話は別、ですけど。

 とはいえ、香港で食べる「えび」と日本で食べる「才巻」、「巻きえび」jは、なんだか資質、持ち味が違うような気がします。生息する海の違い、育ち方、育て方の違いってこともあるでしょう。日本のは甘い、けど風味が弱くて、香りに乏しい。それに、火を通したえびの「ぷり」感、というか肉質、弾力、身のしまりも、なんだか違う感じがします。

 そんなことから、日本の中国料理店で「才巻」、「車えび」を食べるとなると、シンプルな茹でえびの「白灼蝦」は滅多に食べません。それより、日本の「えび」の資質、持ち味がから考えるに、なんらかの味付けをほどこし、調理したものがいいんじゃないか、と考えてます。それも、殻つきのままで。殻に旨味、風味、エキスがたっぷり含まれ、火を通せば、ますますその効果を発揮、と思えるからです。それに、殻付きだと中の身の火の通り具合も違ってくるようです。それも、「ぷり」感を覚える硬さの一歩手前、しっとり感やとろっとした触感のあるレアな火の通し方こそが、甘味、旨味を感じるんじゃないか、と。

 えびの料理をコースに組み入れるときには、たとえば、塩、胡椒味で蒸し焼きにする「椒鹽焗 鮮蝦」や中国たまり醤油の「老抽」で風味付けした「豉油皇鮮蝦」にします。特に中くらいのサイズの「車えび」なら、たまり醤油、もしくは、普通の醤油の「生抽」で煎り焼きにするのが格好なようです。
 いずれにしろ、醤油の香ばしさが実に効果的。しかも、その種の焼け焦げの味、風味は、過ぎると下品で下種な「香り」ではなく「匂い」を放つだけのものになりかねませんから。そのあたり、料理としての美味、完成度を追求する本格的な中国料理では、ワザが必要。腕の見せ所ってことになります。
 ということでは、いきなり鍋で殻付きのえびを煎り焼にしたり、鍋肌に醤油をたらして焦げの味をつけるんじゃなく、さっとえびを下揚げしてから、醤油を注ぎいれただしに絡め、香り、風味をつける、なんて作業が、あるらしい!

 「えび」の料理でもうひとつ見逃せないのが「蒜茸蒸鮮蝦」。たまにこれをコースに入れると、すごく受けます。「えび」はもともと、親しみやすくて、人気がありますが、この「蒜茸蒸鮮蝦」は、ふんだんに使った「ニンニク」の微塵が実に刺激的で効果的。殻の旨さ、身の旨さに、にんにくのひり辛の味、風味が加味され、味、風味を引き立たる。

 「殻つきのまま、むしゃぶりつかないと、絶対、損をしちゃう感じだね。殻もバリバリ、食べられちゃうしさ!」。
 「そそ、火が通ったえびの身のぷりっとした触感とか、味も格別だけど、殻つきで食べると、ほんと味、風味は格別だね」と、私。

 「それより、このたれ、残っちゃうんだけど、これ、ご飯にかけて食べたくなるね!」。
 またまた出ました、ご飯とタレの組み合わせ話。
 「ほんとに!このたれ、残すのがもったいないくらい」。

 ちゅるちゅる、ちゅばちゅば、殻つきのままの「えび」を頬張り、その身の旨さを存分に味わったのでありました。

2008/09/05

8月の「赤坂璃宮」銀座店の2

                              
そして、3品目。
料理名を見て「ン!? ま、まさか!」と目を見張りました。細長くて無いに等しい両目(そうです、私は通称「柿の種目」!)を拳でこすり、改めて料理名を見直したほど。そこには「椒塩九肚魚/めひかりのスパイス揚げ」と記されていました。

「九肚魚」。和名は「テナガミズテング」。ネットで検索すれば明らかなように「ヒメ目エソ科」の一種ということで、英語の通称名はボンベイ・ダック。小ぶりで、ぬるっとした半透明の乳白色であることから、ミルクフィッシュとも呼ばれるみたいです。

 東南アジアからインドの沿岸地域に生息し、香港では下町の広東料理店、潮州料理店になどでお目にかかれます。身が柔らかく、根魚独得の泥臭さがあるのが特徴で、胡椒、塩仕立ての味付けで、唐揚げにして食べるか(「椒鹽九肚魚」)、もしくは芥子菜の漬物の一種の「冬菜」をはじめ、漬物と一緒に蒸して食べるか(「冬菜蒸九肚魚」)、というのが一般的。九龍城市の城南道にある潮州の汕頭料理の「創發」の看板料理になってます。

 スープ仕立ての「九肚魚湯」というのもあります。
 現在、元「酔湖」があった場所に移転して営業中の「生記海鮮酒家」が、まだ荘士頓道にあったころ、看板にしていたのが順徳地方の料理方法による「九肚魚湯」。白身の魚で身が柔らかいことから豆腐魚とも呼ばれますが、その言葉そのまま、根魚特有の泥臭さがありながら、スープにするとどこかひなびた純朴で無垢な味、風味の豊かさは格別です。郷土料理な一品で、「生記」に「九肚魚」があれば、唐揚げや蒸し物にするよりもスープで必ず注文していた一品。今となっては幻の一品となりました(と、自慢する!)

 もっとも、日本では「九肚魚」にお目にかかったことがない。出会ったことがある方、是非、ご一報を。すぐにでも駆けつけますから。もちろん、絶対ナイショ、誰にも明かさないってことをお約束します。

 「九肚魚」は、一度味わったら、その味はほんとに忘れ難い。最上の、極上の美味、というわけではなく、素朴でひなびた類の味です。塩胡椒風味の揚げ物「椒鹽九肚魚」なら、しゅわとした身の緻密さ、柔らかさ、冬菜と蒸した「冬菜蒸九肚魚」や「九肚魚湯」なら、とろっとした身の滑らかさが味わえる。

 ところが、先に触れてきたように日本では滅多にお目にかかれない。
 もっとも、同じ「ヒメ目」の魚のなかでも、「エソ科」の「アカメエソ」、「アカエソ」、「オキエソ」などは日本の各地で収穫がありそう。もっとも、画像をチェックしてみたら、乳白色のそれはないんですよね。

 そういえば三重の尾鷲に取材にいった際、「エソ」に出会った覚えがあります。
 同じ時、出会ったのが「めひかり」。むしろその「めひかり」に、「九肚魚」に近い感触を覚えて以来、「めひかり」に夢中になり、必死になって探し始めたものでした。

 それ以外では、三国へ「越前蟹」取材に出向いた際、地魚として食べ「ノロゲンゲ」も「九肚魚」に近いものを感じました。たまに駅前のスーパーに入荷することがあり、スープ仕立て楽しんだものです。
 しかし、「エソ」、「メヒカリ」、「ノロゲンゲ」のいずれも、東京では入手しにくい。
 身が少々固くなりますが、小ぶりの魚で、白身。少しばかり泥臭くって、独得の味、風味があるもの。といえば、キス、メゴチ、ハゼってことになるでしょうか。いずれも、東京の天麩羅屋にあるものです。

 実は昨年秋、ハゼの「椒鹽焗沙魚」を紹介しましたが、ハゼを素材に「椒鹽焗沙魚」にしたのは、福臨門のスタップが天麩羅を食べに行った際、ハゼに出会い、白身の柔らかさ、触感、それに味、風味が「九肚魚」に似てる!ってことから、試したものでした。

 話がそれますが、わが兄弟、周中師傳が目黒、白金通りの「白金亭」で、なんとか「獅子魚」の料理を日本に紹介したい、ってことでした。とはいえ、その入手は難しい。
 「何か、似た魚、日本にない?」と尋ねられ、キス、メゴチ、ハゼのことを伝えたところ、試してみたものの、やはり身が硬めで脆い、ということから、断念、なんてこともありました。
 香港にあって、日本にないものは、日本にあるもので似たようなものをさがし、素材を置き換えて調理。って、言うは簡単。けど、実現は難しい。

 そして「赤坂璃宮」銀座店の「椒塩九肚魚/めひかりのスパイス揚げ」。
 「ほら、香港に「九肚魚」ってあるじゃない?旨いでしょ?けど、「九肚魚」て日本にないからね。それで「めひかり」を使って「椒鹽」にしたわけ!」、と譚さん。

 さすが譚さん、目の付け所が「シャープ!」です。
 私も「九肚魚」を日本の魚で置き換えるなら「めひかり」と思っていたわけで、狙い目は同じ、だったわけですね。思わず嬉しくなっちゃいました。

 塩、胡椒で風味付けして揚げた「めひかり」は、皮はパリパリでさくさく。噛み締めるとしゅわとした触感で、ジューシーな旨さがじゅわと広がり、独等のクセのある素朴な味わいが浮かびあがる、という寸法。
















 「ね、ね、これって、ビールのつまみに最高じゃん!パリっとした揚げ具合といい、ひりとして、しっかり塩味がついていて、旨いから!」。
 「でしょ?、でしょ?」と、料理したわけでもないのに、自慢顔の私です。
 「「めひかり」って、焼いたり、煮たり、一夜干しにしたり、ってのが多いけど、こうやって唐揚げ、しかも、中国式の調理、味付けで、ってなかなかいでしょう?」と、ますます鼻高々の私でした。

 そうです、譚さんに感謝!

2008/09/03

8月の「赤坂璃宮」銀座店の1

 「8月の~」なんて、とっくに9月。本来はもっと早くに報告のつもりで、書き上げていたファイルが行方不明!情けない話です。申しわけありません!

 ところで、この「赤坂璃宮」銀座店シリーズ(って、これでまだ3回目ですが)、開始以来、「ヘイフンテラスの謎と不思議」以来、久々に様々な方々からの反応がありました。
 ことに料理人や料理店のスタッフからメールを頂戴したり、たまたま電話でお話したり、出会う機会があった際「赤坂璃宮」見てますよ!なんてことから、話が盛り上がり、料理内容の詳細を改めて問い合わされたり、話が盛り上がったなんてことは数知れず。 

 そういえば、SANMIGUELさん、コメントどうもありがとうございました。他にもいろんな方からコメント戴きました。 そんなことから改めて「赤坂璃宮」、というよりも譚さんの仕事、料理に関心を持ち、譚さんに敬意を払う方の多さを再認識。日本の中国料理界では、ビッグな存在です。

 さて、「8月の「赤坂璃宮」銀座店」の幕開けは、もはや定番の「香港焼味拼盆/璃宮特製焼き物前菜盛り合わせ」。皮付き豚バラ肉の焼き物の「焼肉」、家鴨のローストの「焼鴨」、特製の蒸し鶏など四種。今月の付け合せは酢漬け(?)の大根で、さっぱり。

 「それにしても、これうまいよね!」と、「焼肉」にご満悦の仲間の声。
 実際、旨い。それも、毎回食べて、飽きないぐらい旨い。それに、毎回、旨さを増していくのがすごい。これほどの「焼味」、しかも香港そのままの味を楽しませてくれる「焼味」は、東京では滅多に出会えない。さすが「焼味名人」の梁さん、その腕、技は冴えてます。
 ということなら、次回は、焼き物関係、特別にリクエスト?なんて、欲がでます。さて、一体何をリクエストするかは、登場してのお楽しみ!

 そして「湯」は、なんと「金銀菜煲豬蹄/広東白菜と豚スネ肉のスープ」が登場。それも、スープは大きな鍋、具は大皿に盛り付けて!と、香港の広東料理店で鍋煮込みのスープの「煲湯」をサービスするときのスタイルそのままで。

 そうです!「金銀菜煲豬蹄/広東白菜と豚スネ肉のスープ」は、香港のほとんどの広東料理店のメニューにある日替わりスープの「例湯」に登場。家庭でも作られることの多いスープのひとつ。日本語のメニューにも明らかなように、じっくり時間をかけて広東白菜と豚スネ肉を鍋で煮込んだ(煲湯)料理です。

 その広東白菜、画像でもお分かりの通り、あのでっかい白菜とは違って小ぶりのもの。いまや日本で最も馴染み深い中国野菜となった「青梗菜」に、見た目、大きさは似ています。もっとも、「青梗菜」の軸は緑ですが「広東白菜」の軸は白。本場、広東の「広東白菜」は、もっと小ぶりで、軸はふっくりぷっくら、丸みを帯びていて、日本に直輸入されていたり(あ、もしかして例の事件以来、ダメになったかも)、ミニ・広東白菜ということで栽培もされてます。

 この料理、「金銀」とあるのがミソ。見逃せないポイントです。
 実は干したもの、新鮮なものと、2種の広東白菜を使ってあるのが「金銀菜」という料理名の由来です。

 まずはスープに挑戦。
 「このスープ、野沢菜の味噌汁みたいに、ひねた味がするのね!」
 「そうなんだよね。干した広東白菜のひねた味です。干すと漬物みたいに醗酵して、ひねた味になって、スープの具材にして煮込むと、こく、旨味、風味を増すってわけで。ほら、新鮮な広東白菜だと、甘味と、白菜独得の味がでるぐらいで、こくとか旨味、風味はでないでしょ?だから、干したのと新鮮なのを組み合わせるわけです」と、知ったかぶりの私です。

 「それより、牛のスネ肉ってシチューとかカレーに使うけど、豚のスネ肉って、普段、買わないし、お肉屋さんでもみかけないけど」。
 言われて見れば、その通り。多分、肉屋に出回るよりも、加工業者に回されることが多いからでしょう。ですが、香港、広東、それに中国本土では「湯」、だしを作るのにかかせませんから、市場で塊のまんま簡単に入手可能。
 極上のだしの「上湯」をとるのには、豚の赤身肉の「痩肉」が必需品。ですが、家庭で、それも鍋煮込みのスープの「煲湯」を取るには、むしろスネ肉の利用頻度の方が高いようです。

 「それが、牛のスネ肉って、固いけど、煮込めば柔らかくなるし、だしもでるでしょ?でも、牛のスネ肉に限らず、牛肉って、案外、クセが強くて、独得の香り、というか匂いがあるから、中国料理ではあまりだしには使われないんですよ。そのクセをいかしただしをとるってこと以外は。

 たまたま日本人は牛肉の味、風味に慣れてるから、抵抗ないみたいですけど、ほんとは、すごくクセがあるもんでね。それに比べると豚肉の方がクセがなくて、だしをとるには向いてるし、旨味のあるだしがとれますから!

 だから、このスープの要の味、旨味、コクは豚のスネ肉使ってるからです。そこに、干した白菜を加えて、もう一味旨味、風味を増してるわけで」と、またまた知ったかぶりの私です。

 「ねね、スープもいいけど、これ、どうやって食べるの?スープの具にして食べるわけ?」。
 「だめだめ、スープに入れて具にしちゃ、元も子もない。これは、たまり醤油の「老抽」をだしでわったタレにつけて食べるもんです。早い話、スネ肉も白菜もだしがら、旨味は全部、スープの中。ですけど、たれにつけて食べると、なかなかイケるんですよ。
 ひとつの料理で、おかずが2品、という按配。これが「煲湯」のいいところ。だから、香港とか広東地方じゃ、こうやって、スープと具は別皿に分けて出すわけです」と、私。

 「なるほど、こうやって食べれば旨いワ!」と、私の話に納得。
 「でも、旨さから言えば、このスープだね!」。
 そうです。豚のスネ肉の旨味、コク、風味。干した広東白菜の酸味、ひねた味、新鮮な広東白菜の甘味と爽快な味のエッセンス、エキスたっぷりのスープは、しっかりした味わいで、風味も豊か。
 手間隙かけて煮込んだ「煲湯」は、格別の旨さでした。

2008/09/01

夏の味 老虎魚の唐揚げ/油浸老虎魚の5
















 そして、まず決定したのが以下の7品。

「八寶冬瓜盅/冬瓜の器仕立て、八種の具材、スープ入りの蒸し物)」
「椒鹽焗 鮮蝦/殻付き車えびの塩味の蒸し焼き」
「紅炆水魚/スッポンと焼肉、干し椎茸の煮込み」
「油浸老虎魚/おこぜの唐揚げ」
「花彫鶏/鶏肉の紹興酒風味の煮込み」
「梅辣青茄子粉絲煲/青茄子と春雨の梅味噌、辛味炒め煮込み」
「摩囉炒飯/カレー炒飯」

 干貨素材の料理はありませんが、一番のメインは「紅炆水魚」。大菜といってもいいでしょう。それに、いつもは悩みの種の魚料理も、今回は長崎産の「おこぜ」が調達可能ということで、当夜のハイライトが2品。

 しかし、魚の課題は解決しても「蒸」の料理が欲しいと思いながら、なかなか思い浮かばない。
 鶏肉の「花彫鶏」をやめて、干し椎茸、金針菜などと共に蓮の葉包みの蒸し物「荷葉金針雲耳蒸鶏」という方法も悪くはない。ですが、「龍崗鶏」、龍崗種の鶏肉の持ち味、美味を楽しめる料理の中で、伝統的で定番の「脆皮鶏」ではなく、ひとひねり利かせた料理、ということなら紹興酒で風味付けして煮込んだ「花彫鶏」ってことになる。

 もうひとつ、エビ味噌(というよりも実際にはアミの塩漬け)の「蝦醬」風味の揚げ物の「蝦醬系」という選択もありですが、今回魚の唐揚げの「油浸魚」がありますから、調理が重複。そんな理由から今回はパス。

 そこで、メニュー選択の際、あれこれ紐解く料理本のから「今晩のおかず」で見つけ出したのが豚のスペアリブを素材にした蒸し物の料理の数々。候補の料理のいくつか八尾さんに伝え、今回の料理担当の袁さんと相談の上、提案があったのが「荷葉蒸排骨/豚のスペアリブ、キクラゲ、金針菜の蓮の葉包み蒸し」ということで、それに決定。

 さらにもう一品、野菜、それも青菜の炒め物、ということで「ひゆ菜」の「莧菜」を素材に、「蝦醬」の風味で炒めた「蝦醬莧菜」に決定。さらに、締めくくりに甜品を加えて、全部で10品。

 結果、Nさん、まずは「冬瓜盅」の重厚なスープの味わいにうっとり。殻つきエビの蒸し焼きの香ばしさ、カリっと揚がった殻の歯触り、さらには「まる鍋」は経験ありでも、広東料理のスッポンの煮込みは初めてという「紅炆水魚」のこくのある味わい、それに「おこぜ」の唐揚げのさっぱりした味わいに満面の笑み。
 そして、野菜好きというNさんが「これは旨い!」と唸ったのが「梅辣青茄子粉絲煲」の「青茄子」。  

 Mさんからは
「食事ってメニューの感動曲線によって喜びを得るものということをあらためて実感いたしました。冬瓜のスープから始まりデザートまで、料理の慎みを感じたり(冬瓜スープ)、粋を感じたり(エビ)、野味を感じたり(スッポン、鶏)、また珍味(野菜)、料理そのものの笑顔(カレーチャーハン)、ミステリアス(デザート)など感激いたしました」
とのメールが到着。

 ついでに、スッポンの効果「大いにあり!」、だったそうで!
 まずは、めでたし、めでたし!!

 画像は「荷葉蒸排骨/豚のスペアリブ、キクラゲ、金針菜の蓮の葉包み蒸し」です

夏の味 老虎魚の唐揚げ/油浸老虎魚の4

 長年、仕事先で出会えば挨拶を交わしながら、これまでじっくり話をする機会のなかったプロモーターのNさん。そのNさんと私的な場所での遭遇が相次ぎ「そのうち、一緒に食事を!」ということになったのが、今回の小宴のそもそもの発端でした。

 とはいうもののなかなかタイミングをあわせられないでいたところ、N氏にとっても私にとっても長年の友人であるフリー・エディターのM氏が仲介の役目を引き受けてくれて、会食がようやく実現。

 実はM氏、とある雑誌の企画で共に香港に長期滞在し、香港の料理を紹介するのを手助けをしてくれた人物です。
 フレンチ、イタリアン、和食という選択もありでしたが「やっぱり中国料理がいいんじゃない?」と意見が一致。「それなら、やっぱり福臨門で広東料理のバラエティーを!」という私の(いささか)ゴリ押しの提案に、ふたりもOK。そのメンバーにはNさんの令息、S君も参加と相成った次第。

 メニューの選択、コースの組み立てはおまかせ!
 ということで、件の「青木宴」とは別個にその趣を改めた「夏の風情」を生かしたコースを計画。とはいえ、埼玉、東松山の農業、加藤紀行さんの夏の野菜で、調達可能なのは茄子のみ。

 他に夏野菜はどんなのが調達可能か福臨門の八尾さんに尋ねたら「冬瓜、節瓜、白瓜、涼瓜、それに莧菜がありますが」という返事。どうしたものかと思案するうち、思いついたのが「老虎魚」を素材にした「油浸老虎魚」。いつもなら思い悩む「魚」の料理を、まず一番に決めたのは前述した通り。

 それから、野菜。やはり夏場は「瓜」の類。中でも冬瓜を丸ごと一個使った「冬瓜盅」。問題はどんな「冬瓜盅」にするか。最初に思いついたのはふかひれの「生翅」を具にした「冬瓜盅生翅」。
 ですが、Nさん、これまでふかひれをメインにしたコースはいろいろ体験済みという話。それに、今回はふかひれやなまこなどの干貨類をメインにするのはあえて避け、旬の素材をメインにした「夏の風情」がテーマ。

 そんなことから、先に紹介してきた通り「冬瓜盅」では最もオーソドックスで、広東地方の郷土料理としての特色を発揮した「八寶冬瓜盅」がうってつけ。懷舊菜、懐かしの「八寶冬瓜盅」にするなら、家鴨の砂肝はじめ内蔵類を具にする、って方法もありです。

 それより先に決まったメニューがありました。
 魚の料理、その素材、調理方法のあれこれを相談するうち
 「大分産の天然物の水魚(すっぽん)がご用意できるかもしれません。今のところ、数も限られておりまして、この時期だけのものになりそうなのですが・・・」
 と、落ち着いた八尾さんの話ぶりが思い浮かぶメールが到着。
 「ン!? ナニナニ!!!」と、思わず反応。料理方法などは2の次にして後先省みず「それ、決定! 一匹、確保しておいてください!」と、即座にメール・バックしました。

 それにしても「天然物」の「水魚」をどのような調理、味付けにするか。
 思い浮かべるだけでも涎がこぼれ落ちる。我ながらみっともない話です。
 夏場のすっぽんの料理では、昨年紹介した「八寶蒸水魚」の爽快感が思い浮かぶ。豚肉、椎茸などに漬物など、八種の具材の細切りを加え、蒸した料理です。中でも漬物の酸味、醗酵味が、爽やかで、奥行き深い滋味を醸し出す。

 しかし「天然」の「水魚」ということなら、むしろ身や裙翅(縁側)の充実、味、風味こそが肝心な味わいところ。それなら醤油煮込みで干し椎茸なども加えた「紅焼水魚」、もしくは干し椎茸だけでなく豚肉か皮付き豚のバラ肉の焼き物の「焼肉」などを加えた「紅炆水魚」で、「天然」の「水魚」本来の持ち味を生かす。
 ですが、いずれにしろ夏よりも冬の初めから、その最中にこそうってつけな料理。もちろん、夏場に食べるのも悪くはない。
 精がついていいかも!!
 ということで「紅炆水魚」に決定しました。

 画像は「紅炆水魚/スッポンと皮付き豚ばら肉の焼き物、干し椎茸の煮込み」です。

2008/08/28

夏の味 老虎魚の唐揚げ/油浸老虎魚の3

 今回の「油浸老虎魚」は、夏の風情を生かしたコースの一品として考えた料理でした。
 コースの幕開けは、夏らしく「八寶冬瓜盅」。丸々一個の冬瓜を半分に切り、その中心部をくりぬいて上湯を張り、各種の具材を入れて、たっぷり時間をかけて蒸したもの。

 焼鴨(アヒルのロースト)、蟹拑(かにの爪)、黄瓜(きゅうり)、竹笙(きぬがさ茸)、草菇(ふくろ茸)、蓮子(はすの実)などに混じって、鶏肉のようでいて、鶏肉よりも肉質は緻密、潤んだしっとり感のある肉が!

「あ! これって、もしかして蛙の腿肉?」
「ええ、田鶏(蛙)も入っております」と、八尾さん。
 具の充実もさることながら、なんといっても肝心のだしが旨い。 しっかり、がっしりで、ぎりぎりの塩加減で、力強く、張りがある。「火腿」の旨味、風味が際立ってました。 豪快な直球がキャッチャーミットにどすんと収まったような、重厚な手応えもあり。それに、清々しい爽快感が印象的。

 それに、この種の料理における冬瓜、蒸して柔らかくなったものの、どこか、ざらっとした触感、言ってみれば梨を噛み締めた時のそれに近いものがあったりしますが、今回のは、じゅるっとした触感で、じゅわっと舌の上で身が崩れていきます。
 同時に、煮含めただしの味が滲み出て、冬瓜そのものの資質、持ち味が浮かびあがる。あの冬瓜特有の青臭さ、ほろ苦さも、濃厚なだしのおかげか、かすかにその跡を止め、果肉を噛み締め、喉元に抜ける際の香りが、その存在を主張。

 「去年の「冬瓜」は沖縄産でしたが、今年は愛知産でして。それに、下拵えの方法を変えまして、冬瓜自体、「二湯」ではなく「上湯」で下拵えしましたので」と、八尾さん。
 なるほど、それで冬瓜の果肉、リッチで芳醇な味わい、風味なんだと、納得。

 4人での会食でしたから、冬瓜を丸々一個を使った「冬瓜盅」を最初は躊躇。「あの、冬瓜、一個丸ごとではなくて、半分のサイズにすれば4人様でも大丈夫かとおもいますが」という八尾さんの薦めにしたがって、半分のサイズにしたこともあって、このスープ、お碗に取り分けれれば、一杯こっきり。

 「え! これでおしまい??? 具はいいから、冬瓜とスープ、もっともっと。せめてもう一杯!」
 なんて、思っても、後の祭り。
 「あ~あ、これなら、丸ごと一個の「冬瓜盅」頼んでおけばよかった!」と、後悔しきり。
 もっとも、一杯だからこそ、良かったのかも。
 それこそ「一期一会」ってやつですね。

2008/08/27

夏の味 老虎魚の唐揚げ/油浸老虎魚の2

 「おこぜ」の唐揚げの「油浸老虎魚」を思い立ったのは、魚の料理でいいのがないかと思い巡らせるうち、去年の秋、小ぶりの「おこぜ」の「油浸老虎魚」に出会う機会があって、旨かったのを思い出したこと。旬の魚、食べ頃だってこともありました。福臨門の八尾さんに相談したら、長崎から届くものが調達可能、なんて返事があったのもそそられた理由のひとつです。
 
 「おこぜ」といえば、即座に思い浮かべるのは「おにだるまおこぜ」の通称で知られる「石頭魚」のこと。日本にもあるそうですが、私は香港でしか食べたことがありません。
 その「おこぜ」(正式な和名は「おにおこぜ」だそうで)しろ、「おにだるまおこぜ」にしろ、背ビレに猛毒があり、その扱いは実に厄介。いずれもグロテスクこの上ない獰猛そうな風貌。それに「おにだるまおこぜ」は、海中に潜んで生息する姿がまるで石のよう、なんてことから「石頭魚」と呼ばれてるそうです。

 もっとも、見かけとは裏腹に、身は淡白で美味。日本では「おこぜ」は刺身、唐揚げ、汁物で料理、というのが一般的。香港の「石頭魚/オニダルマオコゼ」は、さすがに活け造りの刺身にはしませんが、唐揚げ、蒸して「清蒸石頭魚」、それに「湯」、つまりはスープ仕立てにもします。

 そんなことから、日本の「おこぜ」を蒸し物の料理である「清蒸」で食べるのも悪くないかも。とは思ったものの、少しばかり不安がよぎりました。香港の「石頭魚」とは生息する海が違うことからすれば、「おこぜ」の肉質も違い、身が締まって、硬めなのかも、というのが思い悩んだ理由のひとつ。
 何を大層な話!と一笑に付されそうですが、美味の追求に余念のない私!としては、魚の資質、持ち味を生かした調理、味付けで。そのあたりの見極めも肝心なんじゃないかと、思いますから。

 そんなことから、中国式、広東料理特有の唐揚げの「油浸」で、と思い立った次第。身は緻密で、しゅわっとした触感がありながら、しっかり噛み応えのある肉厚な感じがするのも唐揚げ向き。
 なんて言ったら、中国式の唐揚げと日本式のそれ、どこが違うの?なんて突っ込みがありそう。

 う~ん、唐揚げの調理自体は同じ。たっぷりの油で魚を揚げるわけですが、その下拵え、揚げ方、仕上後の処理が少しばかり違います。先に紹介した画像でご覧の通り、薬味にあたる白髪葱がたっぷり載っけてあるのと、タレが違います。皮はパリパリ、中味しっとりの揚げたての魚に、タレがじりじりじわじわ絡んでいく。揚げた魚の香ばしさにタレが絡まり、かもし出す香り、風味。そのあたりも中国式の唐揚げの「油浸老虎魚」の味わいどころ。

 そんな中国料理、広東料理における魚の料理のあれこれについては、そのうち詳しくご紹介しましょう。

2008/08/25

夏の味 老虎魚の唐揚げ/油浸老虎魚

 中国料理のコースの組み立て、メニューの選択が私の趣味なのは、これまでに触れてきた通り。

  まずはテーマを(なんておおげさですけど、ともかく)考える。たとえば、広東地方の郷土料理を中心に組み立てる「青木宴」はその好例。季節のもの、旬の素材を使った料理がテーマですから、素材の選択、調達を考え、次いで料理方法や味付けを、といった按配です。それから、本格的な宴席風にするか、家族、友人など気の置けない仲間との食事にするか、それとも、そのミックスにするか、といったことでも内容は違ってきます。

 いずれにせよ、素材、調理方法と味付け(調味)が重ならないようにという中国料理のコースの組み立ての基本にのっとり、プランを練ります。ところが、なんでだかいつも、行き詰まり、煮詰まってしまうのが、素材で言えば「魚介」。調理方法で言えば「蒸」の料理の選択。いつも思案にくれることがあります。
 香港、台湾や中国本土の各都市でなら、メニューの選択、コースの組み立ては、案外、すんなり。「魚介」、ことに「魚料理」に関しては、日本ではなかなかお目にかかれない素材、調理法による料理が各種あるからです。

 たとえば、香港の高級店では「時価」による高級魚が中心ですが、伝統的な手法にのっとった魚の料理が豊富にある。大衆的な店、それに観光名所の南Y島、長州島、西貢などの海鮮料理を看板にする店の中でも地元の人々御用達の店では、地場物の小魚など、様々な地魚、各種の料理に出会えます。

 香港の街中にある大衆店、中国本土の各都市では、「海鮮」よりも「淡水魚」の種類が豊富。魚の種類だけでなく、調理方法なども地方ごとに独得のものがあって、未知の料理も少なくない。先に紹介してきた新宿歌舞伎町の「湖南菜館」の「剁椒魚頭」などその典型。もっとも「湖南菜館」では淡水魚ではなく海鮮の「鯛」を使ってますけど。

 そういや、私が北京に通い出した90年代初頭は「港式」、香港スタイルを銘打った海鮮料理が最新のトレンド。地元の人に誘われて出かけましたが、沿岸部から取寄せたという自慢の海鮮の「魚」の値段は高く、おまけに質が貧相で、調理も乱暴。むしろ「淡水魚」の種類が豊富で、質、調理も充実してました。

 それにしても、日本でコースを組み立てる際、どうして「魚」の料理の料理で煮詰まり、思案にくれるのか。日本は海鮮の魚介類の種類は豊富。ですが、日本の中国料理店が扱う魚の種類、料理方法が限定されている、というのが一番の問題点、ではないかと思います。

 たとえば、中国料理で魚の料理、と言えば、最近、すっかり日本で定着したのが広東料理の「清蒸魚」、蒸し魚です。丸ごとの魚を一匹皿に載せて蒸し、魚の上に白髪葱を並べ、、仕上げに油、たまり醤油、だしなどで合わせたタレを熱してかけたもの。蒸した魚の旨さもさることながら、タレが旨くって、崩れた魚の身ともども掬い取り、白いご飯の上にかけて食べるのが大好き、なんて人も多いはず。それも、最近では広東料理店だけでなくいろんな店で「清蒸魚」が食べられるようになりました。

 とはいえ「清蒸魚」は素材の種類、鮮度など、充分な吟味が重要。調理も、丸ごと一匹、蒸すだけ。とはいっても、素材の資質を見極め、その持ち味を生かしながら、按配よくジャストの加減で蒸すのは至難の技。魚には個体差というのものがありますから、単純に蒸し時間を決めて調理、とはいきません。その蒸し時間の按配は、長年の経験あってこそ。という調理人泣かせの料理の一品です。

 だから、覚えてらっしゃいますか?
 「ヘイフンテラスの謎と不思議」の時のように、魚の腹を開いて蒸す、という調理法もある。蒸し加減を知るには格好な手段のひとつ、とは知人の料理人の弁です。
 そうだ、黒服の女史、御機嫌いかがでしょうか。

 それに「清蒸魚」はやっぱり宴会料理を締めくくる大菜の一品ですから、家族、知人、友人との会食には、いささか不向き。高級魚ではなく、たとえば、関西、及び、関西以西の中国料理店では「清蒸魚」の素材として使われることが多いという「がしら」こと「かさご」なども、グッドなチョイス。
 けど、東京では、その入手が難しい。あっても、上質で、値段もそれなりで、高級宴会の一品向け。リーズナブルな値段ではありません。
 かといって、大衆魚で「清蒸魚」をやっても意味はない。
 ということからも、コースの組みたてにおける「魚」の料理に思い悩む理由がおわかりいただけるでしょう。

 「清蒸魚」がダメなら、「紅炆」という方法もある。魚を煎り焼きにし、豚肉や椎茸の細切りを炒め、合わせて、二番だしの「二湯」で煮込み、味付けした料理もあります。以前、ここで紹介したように、夏の季節には苦瓜、茄子と組みあわせる方法もある。

 ですが、それも回を重ねるとあきがくる。
 そこで思いたったのは、夏らしく素材は「おこぜ/老虎魚」。「おこぜ」を「清蒸魚」で食べるのも悪くはない選択。
 それを「油浸」、早い話が、唐揚げにしちゃったらどうか!
 実にグッドな選択だと自画自賛。

 素材はその日の朝、福臨門のキッチンに届いたという、長崎産の「おこぜ」です。
 その出来栄えは、実に見事。
 油で揚げた「おこぜ」の皮のパリパリ感は、まさに「脆」のそれ。しかも、バリっと皮を噛み締めると、身はしゅわしゅわ。きめ細かで、滑らかな舌ざわり。それでいて、肉厚感もあって、旨さがはじけます。白身の根魚独得のクセもあって、それが独得の味、風味を醸しだす。
 パリ、バリ、シュワ、ジュワにぎっしりの肉厚感、白身の旨さを堪能しました。

2008/08/19

夏の味 埼玉県東松山市の農業 加藤紀行さんの夏野菜の2

 それにしても、加藤さんの野菜、なんで今年の収穫が遅れたのか。

その訳を尋ねたところ
「成育が遅れてるんですよ、今年は。実がなかなかつかなくって、ついてもなかなか大きくならないんです」と、嘆く風でもなく、さっぱり、あっさりの屈託のない返事。

「え、え? なんかあったの? 今年の天候のせい、だとか?」と、こちらの方がかえってどきまぎ、心配になって、そのわけを知りたくなります。

 天候と作物の成長、出来栄えに密接な関係があるのは、ご存知の通り。 ですが、去年の天候に比べて、今年、そんなに不順だったっけ? などと思い起こしながら、「天候のせい?」と尋ねました。

 「ま、そういうのもあるんですけど・・・・
 実は、ですね。種屋さん、種を仕入れてる店のおかみさんから「肥料をやんないで育てた作物が、とて も美味しい」なんて話を聞かされたんですよ。知ってましたけど、直接、おかみさんからそんな話を聞いて。悔しいなあ、って、思って!」。

 「えっ? はぁ?」。ということは・・・・まさか「やっちゃった?」と私。
 「ええ!」と、こともなげに加藤さん。
 「だって、悔しいじゃないですか、「美味しいよ!」なんて聞かされて!」と、
 落ち着いた表情で、すっきり、さっぱり、きっぱりの加藤さん。

 話を聞いて、「え、ええええ????」と、一瞬絶句。
 唖然となって、思わずこぼれそうになったため息を一気に飲み込み
 「あ、あっそう! そうなんだ!」と私。

 「あ~あ、もう、面倒見きれん、好きにやって、やって! やりたいようにやればあ!」と、口に出そうになりながら、加藤さんらしいや! と、笑いがこみあげました。
 同時に「これはもうやるしかない、やってやる!」と、決意を固めた加藤さんの顔が思い浮かんだりして。
 「悔しいから!」というその言葉がすべてを物語ってます。それからうかがえる加藤さんの強い信念、意気込みや姿勢、負けん気の強さ。頑固で強情な加藤さんです。加藤さんの作った野菜は、加藤さんの姿勢、性格そのまま、頑固で頑丈。ガッシリしていて、力強い。そういえば、加藤さんに出会ったミッシェルが「加藤さんて、作る野菜そのまま、正直で断固たる人ですね」と言ってたのを思い出します。

 たとえば、3種の胡瓜。瑞々しく、潤んだ果肉の爽やかさ、爽快感だけじゃなくって、雄々しい力強さがある。大地の底力を感じさせます。 
 一般にはもっぱら漬物にぴったりという「四葉胡瓜」。それを、大蒜のぶつ切り、豆板醤、甜面醤、醤油、黒酢に酒を加えた濃い目の味付けの四川風即席漬物風のタレで和えても、濃い目のタレの味に負けない。油で揚げてもへ(こ)たれないのを大いに評価していたのが「芝蘭」の下風慎二さん。

 ロンドンのフォートナム&メイスン、あるいは、マーロウのコンプリート・アングラーのアフタヌーン・ティーのトレイにあった胡瓜のサンドイッチを思い出す「半白胡瓜」の瓜に似た素朴な味わいもたまりません。もっとも「半白胡瓜」、他の2種に比べると日が経てば瑞々しさが薄れ、果肉が乾き始める。けれど、バターやマヨネーズとの相性が抜群。

 そして加藤さんちの「茄子」。先にふれたように、煮崩れず、へたらず、緻密な肉質のとろけるような旨味が味わい深い「青茄子」。「加茂茄子」は油との相性がよくて、たっぷりの油で揚げてから、味付け、調理を工夫するのもいいですが、蒸して、トロトロにして、キャビア気分を味わうのもいい。とはいうものの、家庭で「加茂茄子」を蒸してしっかり火をいれるには、結構時間もかかりますけど。

 それから、今年の「真黒茄子」、ラタトゥユ、あるいは、干し海老と一緒に煮浸しにして、しっかり煮込んだところ、いつも以上にその甘さが浮かびあがり、「真黒茄子」の真価を改めて見直しました。

 さて、昨年デビューしたのが「はぐら瓜」。今年は植える場所と育て方を変えた、ってこともあってか、到着は8月に入ってからの第二便でのことでした。
 生で食べると、清廉ではあるけれど、去年食べたものに比べると甘さがいさかか不足。ところが、しっかり煮込むと、つるんと滑らか、とろける舌触り。その果肉は繊細で緻密。「だし」を吸い取りながら、その存在を主張。

 ちなみに「はぐら瓜」。「和」つまりは、昆布にかつお節、「中」つまりは、鶏のささみ、手羽元、胸肉から採っただしをベースに、「干し海老」、「干し貝柱」、豚の赤身肉の微塵などを様々に組み合わせ、しっかり煮込んだあとで、新鮮な魚介、春雨を具にしたスープの数々を試して楽しみました。

 中でもダントツだったのは、鶏のささみ肉の微塵に、時間をかけて戻した干し貝柱、さらに杏仁、杞子を入れ、しばし煮込んで、水で戻した春雨を加えたスープの瑶柱白瓜粉絲煲 もどき。
 最初は「はぐら瓜」を具にした麵を作るつもり。ですが、だしと馴染んだ「はぐら瓜」を味見したところ、麺だと小麦粉の味が打ち勝って、大雑把で凡庸な味になりそう。なんて予感から、急遽、麺を緑豆の春雨に変更。それが正解でした。
 じっくり煮込んだ「はぐり瓜」のしんなりとして滑らかな触感、だしの味を吸い込んだ春雨が旨い。

 画像は、今年、煮込んだら甘味のある味が印象的だった「真黒茄子」。それに育つのが遅れた初物の「はぐら瓜」です。はたして、もっとたくさん収穫があるかどうか。

 それより、昨年、夏から始まった季節の素材を使った広東地方の郷土料理を楽しむ「青木宴」。加藤さんに頼んだ色々な野菜の出来栄え、収穫待ちなんで、現在のところ予定が定まらず、日延べ中。
「まあ、あの、それは、どうしょうもなくて。育つのを待つしかありませんので」と、加藤さん。

2008/08/17

夏の味 埼玉県東松山市 農業 加藤紀行さんの夏野菜の1

 夏の味、と言えば我家で欠かせないのが埼玉の東松山で農業を営む加藤紀行さんの作る夏野菜。

 昨年は7月初めに第一便が到着。それが今年は2週間ほど遅れて7月の半ばに第一便が到着。
 胡瓜は「四葉胡瓜」、「奥武蔵地這胡瓜」、「半白胡瓜」の3種。茄子も「真黒茄子」、「加茂茄子」、「青茄子」の3種。それに唐辛子も「万願寺唐辛子」、「日光唐辛子」、「激辛唐辛子」の3種。

 毎年、新作(?)が登場する加藤さんの野菜。
 今年、デビューを飾ったのは「激辛唐辛子」。その名の通り、激辛。生を齧ったら、いきなり、舌をピリッと刺激し、突き刺すような辛さ。やがてガツンと辛味が一気に押し寄せて「ヒーヒー」。青みのある爽やかな味、風味がその特徴です。それに、その激しい辛さ、「ハバネロ」にはかなわないにしても、確実に「ハラペーニョ」よりも鮮烈で青々しい。

 もっとも、甘味、フルーティな味、風味ってことになると、日光唐辛子に軍配が上がる感じ、かな。それでも「激辛唐辛子」の刺激的な辛味、青い風味は大蒜との相性が良くって「アリオリ・ペプロンチーニ」にうってつけ。到着して以来、4夜連続、パスタの種類を代えながら「アリオリ・ペプロンチーニ」を作りました。それに、カレーを作る時にも欠かせない。新鮮な生の唐辛子だからこその青い味、風味が実に効果的です。

 そういえば、とある朝方、TVを見ていたら久々に「アルポルト」の片岡(護)さんの姿を拝見。そこで片岡さんが紹介してたのが「唐辛子のオリーヴ・オイル漬け」。 オリーヴ・オイルにミキサー/ミルサーで粗微塵にした乾燥唐辛子を放り込んで作ったという、お手軽なイタリアン辣油!「こいつは、戴き!」ってことで、「激辛唐辛子」が乾くのを待つつもり。ですが、それまで、一体、どんくらいの数が残ってることか。

 ちなみに、加藤さんちの各種の唐辛子、生唐辛子を急速冷凍、天火干し以外に、生唐辛子、小口切りにしたものを醤油漬け。もしくは「チャイニーズ・レストラン・直城」の山下直城さんから教わった塩漬けの「泡辣椒」をこれまで作ってきました。

 いずれも、月日が経てば、乳酸醗酵の旨味だけでなく、ひねた味、風味になって、調味料として大活躍。もっぱらやきそばなどの簡易食の味、風味の充実をはかるのに使ってますが、たまに、本格的な料理にも。
 
 加えて、今年は「湖南菜館」で知った湖南式の唐辛子の小口切りと大蒜の微塵切りの漬物「剁辣椒」を予定してましが、片岡式のイタリアン辣油(?)も追加実験のつもりです。

 画像は「激辛唐辛子」。それに、煮込みものにうってつけ。煮込んでも、煮崩れない、へこたれなくって、茄子の旨味、風味が味わえる「青茄子」。街のスーパーで売ってる「青茄子」にスマートさに比べると、ずんぐりむっくりのあんこ体系。「どすこい!」の頑丈な味、旨さが特徴です。

夏の味 三陸シーファームの「海のバター」の2

 志田建志さんの「三陸シーファーム」から届いた「バフンウニ」。
 今年食べたもの中では、最高の美味、極上の美味でした。

 もちろんここ何年か食べてきた「うに」の中では最上のもの。それに、私にとって「バフンウニ」といえば、礼文島のそれこそがベスト、だったものですが、その考えがいささかぐらつきはじめました。

 礼文島のもいいけど、赤崎のも格別。
 というより、なんだか違うもの、違うところがある。
 なんというか、礼文のそれが雄々しい力強さがあるのに対して、赤崎のそれはどちらかといえば妖艶で女性的。

 とまあ、頭の中は「バフンウニ」のことで一杯。それこそまさに「うに」状態、なんて言い方、今や「死語」だと、ウィキに記されてました。オヤジなんだから、ほっといてくれ!

 赤碕の「バフンウニ」の美味を味わった興奮はなかなか収まらず、誰かに話したくて、自慢したくてしょうがない。それよりもこの感動と興奮を志田建志さんに伝え、応援のエールを送らないと。ってことで、久々に志田建志さんと話しました。

 建志さん、私の興奮ぶりに、いささか驚きながらも、嬉しそう。
「いや、バフンウニっても、その種類、一杯あってね。こっち(赤﨑)にもあるんだけど、やっぱり「ムラサキウニ」がほとんどだし、「バフンウニ」はなかなか獲れないんだよ。そりゃ、旨さってことからすると「バフンウニ」だよね。甘味もあるし。

 それより、ここんとこ、以前に比べると、うんと数が減っちゃって。ほら「ムラサキウニ」って、繁殖力もあるし、毎年、毎年、同じような場所に「上がって」きて、群れをなしてるから、収穫しやすいんだけど。それが、「バフンウニ」は、同じ場所に「上がって」くるのは、2年か3年置きぐらい。だから、収穫できる場所は毎年違って、狙いをさだめて獲るんだけどね。でも、最近はなかなか「上がって」こないんだ。やっぱり、温暖化とか、海の按配、環境の変化ってのも、あるからさ」と、建志さん。

 「上がってくる」というのは、本来「うに」は、海底近くの岩場で生まれ、生息し、成長しはじめると昆布やわかめを求めて、その繁茂場所に移動してくる。そうです、昆布やわかめが育つのは、陸地からの真水が海が流れ込み、なおかつ陽の光が届く海岸べりの浅瀬。ということで、「うに」は昆布、わかめを求めて、陸地から近い浅瀬の海に「上がって」くるという次第。

  以前、利尻昆布の取材で礼文島を訪れた際、海中でゆらゆらとたなびく昆布の根本に「バフンウニ」がごろごろ、という光景を目の当たりしたことがあります。それに収穫した「バフンウニ」の殻を剥くと、卵巣に混じって円状の昆布があったりしました。

 そんな礼文島の「エゾバフンウニ」の旨さ、味、風味は格別、なんて話を建志さんにしたら
 「え~? 礼文島の「バフンウニ」? いくら(赤﨑の「バフンウニ」が)旨いからって、礼文のにはかなわないよ!」と建志さん。

 「え~っ!そうかな。礼文島の「エゾバフンウニ」とは、なんだか違う感じだったけど」と、私はその違いをまくしてる。
 やっぱり、生息する海の違い、温度の違い、それに肝心の餌である昆布の違いが、その要因じゃないでしょうか、と私は勝手に結論。いや、これからの課題です。

 そうそう、建志さんの「三陸シーファーム」、建志さんの兄の恵洋さんの「シダッチ」がある大船渡の赤﨑から陸路で行けば10キロ程(だったか)、海沿いなら湾を三つか四つ隔てたところにあるのが吉浜です。そうです、あの「吉品鮑」の産地に他なりません。

 その吉浜、なんでも、三陸地帯でも豊富に昆布などの海藻が生息する地域だとか。吉浜産の「鮑」の旨さ、美味も、そんなところに理由がありそう。そして、赤崎周辺で収穫される「うに」もさることながら、冬場の「鮑」がこれまた実に美味! あ、話、ずれちゃいましたね。

「う~ん、そうかな。でも、確かに「バフンウニ」は旨いよね。特に塩ウニなんかにした時に、その違いは歴然だから!」と建志さん。
「エッ!赤崎の「バフンウニ」で塩ウニ? そんなのありい????」。
聞き捨てならない話に、慌てて落ち着きをなくした私です。

「でも(「バフンウニ」の収穫の)量が少ないし、ほんの少しだけ、知り合いにお裾わけ出来るぐらいしか作れないから!」と、申しわけなさそうに建志さん。

 赤崎の牡蠣の養殖は本業ですから、直接販売の注文や取寄せもOK。
 ですが「うに」、「鮑」は漁期限定で収穫量も少なく、収穫しても地元に漁協に収めるってことで取寄せは難しいそうです。

 なのに、赤崎の「バフンウニ」をここで紹介しちゃって、自慢話、すんません。
 なんとか、取寄せを実現させたい!
 なんて思ってるうちに「うに」の漁期は過ぎちゃいました。
 来年は、取寄せのお楽しみが実現できることになるよう願ってます。

 画像は「バフンウニ」で作った「塩うに」です。冒頭に生の「バフンウニ」も再掲載。

2008/08/16

夏の味 三陸シーファームの「海のバター」

「岩牡蠣」とともに、もうひとつ「三陸シーファーム」から一緒に届いたものがありました。
「うに」です。

 小鉢を少しばかり大きくしたぐらいのプラステッィックの容器に入った2種類の「うに」が到着。
 ひとつは少し黄色がかった山吹色。もうひとつは鮮烈なオレンジ色。そのオレンジの色彩に「ン!?」とばかり目をみはりました。「こいつは「バフンウニ」に違いない!」。

産地直送の「バフンウニ」が入手出来たのは久々のこと。 私の好みの「バフンウニ」は礼文島のそれ、つまりは「エゾバフンウニ」。利尻昆布をたらふく食って育ったリッチなそれで、独得の甘味、香り、風味があります。ところが、収穫期間が限定され、ついつい注文、入手の時期を逃してしまうことが多い。おまけに、年々収穫も難しくなり、今年は例年になく品薄で、入手も難しい、なんてことであきらめかけてたところ、大船渡から到着したのに、まずは驚き、飛び上がって喜びました。

 早速「三陸シーファーム」に確認の連絡をとったら、志田建志さんのおかみさんが電話口に。
「そうです、そうです。あれは「バフンウニ」。もうひとつのは「ムラサキウニ」」。

おかみさんが言うには、今年は「うに」の収穫時期がずれこんで、いつもより遅い収穫、とのこと。それに赤崎あたりでは「ムラサキウニ」の収穫が中心で、「バフンウニ」の収穫は少ないとか。それが、たまたま今年はいっときにまとめて収穫できたので、送り届けてくれた、とのことでした。

「ムラサキウニ」も決して悪くはない。もちろん、私の大好物。純で素朴な海の味、それでいて濃厚でリッチな風味は格別です。しかも、産地によって味、風味が異なるのが面白い。礼文のそれ、三陸、大船渡を比べてみても、その違いは明らかです。

 関西だと、富山、福井、京都に兵庫などの日本海沿いから、それに、西は下関あたりから届くものがありますが、それぞれ味、風味が異なります。中でも私の好みは、淡路と徳島の鳴門周辺で収穫されるもの。鳴門名物の「わかめ」をたらふく食って育ったんでしょうが、舌の上に載せたときにとろける繊細な味わいがたまらない。

 とはいえ「バフンウニ」の旨さは「ムラサキウニ」を凌ぎます。志田建志さんのおかみさんも「ほら、「バフンウニ」の方が甘くって、美味しいよね」と、うっとりとした表情で「バフンウニ」の美味を語ります。いや、まったくの別物だと考えてもいいかもですね。

 赤崎の「バフンウニ」。それは実に見事なものでした。
 確かに、甘味があるのが特徴。それ以上に味が濃い。まさに濃密という表現がぴったりなぐらい味わいは緻密で、深みがあり、実に奥床しくて気品がある。
 生のまま食べると、先にもふれた「岩牡蠣」を生で食べた時のように、舌先をざわざわと撫でていく触感が。それだけで、胸が躍ります。さらに、舌の上で溶けて、とろけて、濃密な味、風味が広がっていく。
 そして、海苔(もちろん、答志島産、伊勢の木野本海苔で入手した乾海苔)の上に熱々のご飯を拡げ、わさびを置いた上に「バフンウニ」を載せ、軽く手巻きにして頬ばれば、思わず「う~ん!」と唸ります。

 生で食べた時のざわざわとした触感は消え、滑らかでねっとり。濃密な味がしなだれかかり、舌にまとわりついて離れない。熱いご飯の上に載っけた結果、体がほぐれて、伸びをしたような感じです。ホクホクとした触感もあり。ほんの少し火が通っただけで、こんなに味、風味が変化するとは!なんて、事実に驚きます。

 「牡蠣」が「海のミルク」なら、「うに」は「海のバター」だ! 
 その濃密でリッチな美味、風味に、思わず無言になってしまった程。
 感動しました。胸を打たれました。
 今年になって食べたものの中では、間違いなくベスト。
 極上の美味でした。

2008/08/13

夏の味 三陸シーファームの「岩牡蠣」

 岩手の大船渡の赤碕から夏の味「岩牡蠣」が届きました。送り届けてくれたのは志田建志さん。

 大船渡の牡蠣と言えば「シダッチ」の「赤崎冬香」。以前、dancyu(04年1月号)で紹介したことがあるでっかい牡蠣です。

 ホタテの貝殻で一年ほど育った牡蠣を外し、貝の根本にドリルで穴を開け、テグスを通して海に沈め、年月をかけて育てた「赤崎冬香」は、ともかくでっかい。でかいだけでなくその味、風味はリッチで芳醇。

 そんな「赤崎冬香」を兄の志田恵洋さんと育んできた弟の志田建志さんが、昨年「シダッチ」から独立。奥さん、それに23歳になった息子さんと新たにスタートさせたのが「三陸シーファーム」。

 話を最初に聞いたときには、エッ!一体何が!と一瞬はどぎまぎ!もっとも、建志さんの息子さん、建志さんの牡蠣の養殖を手伝い、それに専念なんてことが建志さん独立のそもそものきっかけ、なんて話を聞いて、成る程と納得しました。

 ところで「岩牡蠣」。秋の終わりから冬に入り旬を迎え、雪解け水が大船渡湾に流れ込む春に旨さがそのピークを迎える「真牡蠣」とは、品種、種類が異なります。
 「岩牡蠣」は「夏牡蠣」の通称で知られる通り、初夏から夏真っ盛りまでがその旬。

 その昔、私が知っていたのは能登の天然の「岩牡蠣」。海のものに限らず、陸のものでもそうですが、毎年、その出来栄えは天候、気象条件に左右され、不出来な年もあるのは自然の恵みの常。とはいえ、能登の「岩牡蠣」、その「精」の強さ、味の濃さ、風味の強烈さに打ちのめされたもんです。

 それが、dancyuで大船渡の「シダッチ」に「赤崎冬香」や成長して1年に満たない処女牡蠣の「姫」の取材に赴いた際、こんなのもあるよと教えられ、試しに食べたのが生育途中、確か4年目を迎えたとかいう「岩牡蠣」。

 なんでも壱岐産の天然の「岩牡蠣」の種を大船渡で養殖、育成ってことでしたが、能登の「岩牡蠣」とは異なる味わい、風味に驚きました。能登の「岩牡蠣」の精の強さよりも、「赤崎冬香」をさらに凌ぐ、ぽってりふっくらとした牡蠣の身のでかさ、その味の濃さが印象的でした。

 年月をかけて育てた「赤崎冬香」は、胴長で、下半身が膨らんだ言わばペンギン体系。「岩牡蠣」は、バスト、ウエスト、ヒップのサイズは同じ、上から下までずんぐりむっくり、寸胴状のドラム缶。言わば、カバ体系。

「岩牡蠣」を頬ばり、身をしごいて海水を吐き出し(ってのが、船上での生牡蠣の食べ方だってことを建志さんから教わりました!)、肉厚の柔らかい身をぐちゅっと噛み締めると、中から卵やわたが威勢よく一気に弾け出し、口中に溢れる。味蕾をざわざわと引っ掻き回すような感じに、思わず目を丸くしたりして。その味の濃さ、濃密さに吃驚。それも、舌にぐんと重くのしかかる。能登の「岩牡蠣」の精の強さとはまるで違ったぬめりのある味の濃厚さ、濃密さ。それが、たまらなく快感。そして、美味でした。

 殻を剥いた「岩牡蠣」を、一個、食べるだけではおさまらず、海から引き上げた「岩牡蠣」を立て続けに一気食い。
「エッ!オレたち、試し食いはするけど、そんなに沢山、生じゃ食わないよ!」と、志田建志さんにあきれられた程でした。

 以来、夏の頃には大船渡、シダッチの「岩牡蠣」を堪能。
 そして、昨年からは「三陸シーファーム」の「岩牡蠣」を堪能。 ところが、今回、「三陸シーファーム」から届いた「岩牡蠣」、なんだか、いつもとは違った様子。

 「あの、普通の「岩牡蠣」に比べると建志さんとこの「岩牡蠣」、でっかいんだけど。けど、今年の、いつもよりサイズが小ぶりな感じがして。何年ものです?」と尋ねたら、
 「4年もの。ああ、でかいのもあるんだけど、今年はサイズが少し小さめの方が、身もしまってて、味も良かったから」、ってことでした。

 なる程。
 「ですけど、サイズだけじゃなくって、身の感じ、味もこれまでとはちょっと違う感じがして」と尋ねたら「そうだ。小倉さんが前、シダッチで食べたのは、壱岐の「岩牡蠣」を種にしてたけど、今回のは岩手のだから。それも関係あるのかな」ってことでした。

 その「岩牡蠣」。火を通すと、まるでその触感、変わります。
 私がいつもやるのは、殻を剥いて、溢れる塩水を残しながら、酒(ワインってこともあるし、シャンパンってこともあるし、日本酒ってこともありますけど)を注ぎ足し、それをグリルに並べて火で炙る。

 しばらくすると酒がぐじゅぐじゅと沸き立ちはじめ、やがて牡蠣の身の表面がぷっくりふっくら、ぴんと張り詰めたような状態になります。皮がまさに緊張。体をそらして、気を付け状態。もっとも、その時点では、表面だけに火が入った状態。
 というわけで、さらに火を入れ、牡蠣が火の熱さにのたうちまわる(わけはないですけど、そんな感じの一歩手前で火を止める。

 火が入った「岩牡蠣」。身に張りがあって、噛み締めるにもいささか加減が必要。すると、身の間から弾け出す卵、わたは滑らかでねっとり。そのねっとりの触感がたまらない。味の濃さ、濃密さはうんと増して、海のミルクどころか生クリーム状態。うっとりとなって、言葉をなくします。しかも、一個がでかいですから、満足至極。なんていいながら、次から次へと殻を剥いて、止められません。
 「三陸シーファーム」の「岩牡蠣」、8月の半ば過ぎ頃までだそうです。
 

2008/08/03

7月の「赤坂璃宮」銀座店の5

 いよいよ締めくくり。それがなんと「干炒魷魚河/河粉と一夜干の烏賊の炒め」の登場でした。それも、大皿にたっぷり盛られた「干炒魷魚河」を手にして登場した大藤支配人、まずは仲間の一人の目の前に。 それがメンバー全員の「干炒魷魚河」を一皿に盛ったものと思いきや、仲間ひとりけのためのものでした。

「ええ、お決まりの「超大盛り」です!」と、大藤支配人。それから、私の「大盛り」、それに残る3人の「普通盛り」が、次々に登場と相成った次第。さては大藤支配人、拙ブログをチェックなのに違いない!ということが判明。

「河粉」は米の粉から作った米粉(ビーフン)の一種。うどんの一種である平麺の「きしめん」に、形状が似ていることから「広東風きしめん」、「香港風きしめん」と称して「河粉」の料理を紹介している店もあれば、「河粉」の日本での入手が難しいことから素材をきしめんに代えて「河粉」の各種の料理を紹介してる店もあります。

 「河粉」には、生のものと乾燥させたものがあります。生のものは乳白色。乾燥したのは半透明の状態。その幅、7~8ミリのものから1・5センチ弱の程まで、色々あります。それに「河粉」の料理、調理方法や味付けは、実に多種多彩。広州にある「沙河粉」の料理の専門店に行ったことがありますが、料理の幅、多彩さに驚きました。そん時、お土産に買った干河粉の良さはいまだに忘れ難い。

 多彩な料理がある中で、香港で人気が高いのが、牛肉を具材にしたもの。そのひとつが「干炒牛河」。つまりは、焼きそば、焼きうどんにも似て、「河粉」、「牛肉」、時に、もやしや茎野菜なども一緒に炒め合わせ、オイスター・ソース、あるいは、中国たまり醤油の「老抽」などで、味付け、色付けしたもの。通称「ドライ」と呼ばれているもので、「干炒」の文字が物語るとおり、汁気なし。汁気がないように炒めてあります。
 もうひとつは、通称「ウエット」。「炒牛河」もしくは「菜遠牛河」という料理名で、炒めた「河粉」に、牛肉、茎野菜などを炒めてとろみをつけたあんかけ状の具材をかけたもの。

 それより、生の「河粉」にしろ、干したものを戻した「河粉」にしろ、素材自体、水ッ気があってベタベタ状態。茹でた麺ならおよそは水気も切れますが、「河粉」の場合にはそうはいかない。
 そんなことから、「河粉」を炒めるにはワザが要る。火の強さ、炒める油の加減と、その温度の見極め。ベタベタの水気を失くしても、炒めた油のベタベタが残っていれば意味がない。というわけで「炒飯」同様「鍋」使いの技量を試される、料理人泣かせの料理のひとつです。

 その「炒飯」にしても、日本では「炒飯」とされながら、実はそのほとんどは「焼き飯」だったりして。その差、違いは歴然としているのに、実態不明のまま混然状態。
 「エ!? 「炒飯」と「焼き飯」って、どこがどう違うの?」と、素朴な疑問を持たれるかたもいらっしゃるでしょう。それについては、また後日!

 さて今回の「干炒魷魚河/河粉と一夜干しの烏賊の炒め」。具が牛肉ではなくて、「烏賊(いか)」。それも「一夜干し」というのが実に憎い!
 その「烏賊」、香港だと大抵の場合、使われるのは「するめいか」で、大雑把ながらほとんどの場合「魷魚」と表記されてます。生のものを調理することもあれば、ひとしおして一夜干しにする。あるいは、日本の「するめ」同様、時間をかけて干し、調理するには、戻して、身を柔らかくしてから、というのが一般的。

 今回の場合には、その身の柔らかさからすれば、一夜干しでしょう。味はしっかり。さらに、炒めて火を通した結果、旨味を増してます。そう、あのいか独特のくせある濃厚な味、風味が味わえるという寸法です。それに、風味付けの醤油が実に効果的。
 水気の、あるいは、油っ気のベトベト感は皆無。火の扱い、巧みな「鍋」のワザを物語る一品でした。

 ちなみに画像は私の「大盛り」サイズ。超大盛り、普通盛は、ご想像ください!

2008/07/27

7月の「赤坂璃宮」銀座店の4

「鹹魚牛崧豆腐煲/牛挽肉と豆腐の鹹魚風味煮込み」が登場し、ご飯を別途注文。ご飯の上にのっけ、ぶっかけ飯にして、豪快に一気呵成にかっこんで「鹹魚牛崧豆腐煲」の旨さをしっかり堪能。

 と、なると、いよいよ最後の締めくくり?
 かと思いきや、もう一品「柱侯茄子炆帶子/帆立貝柱と茄子の煮込み」が登場。

 そうか! 先月は4人、今回は5人。ひとりメンバーが増えれば、その分、予算が増える。ということは、高価な素材を使うことも可能で、一皿の内容、充実を図れる。もしくは、もう一皿、料理の追加が可能。そんなところが中国料理面白さ、楽しさ。人数が増えれば、コースの内容、メニュー構成が、いろいろ按配できるという寸法です。

 さて「柱侯茄子炆帶子/帆立貝柱と茄子の煮込み」。私は初体験。はじめての出会いです。
 料理名にある「柱侯」は広東省の佛山で生まれた味噌、調味料の一種で、佛山の特産品として知られる「柱侯醤」のこと。その「柱侯醤」の内容は、大豆を主体に、塩、砂糖、胡麻、醤油などで作ったものです。本来は肉料理に使われ、家庭では豚のスペアリブ、牛バラ肉の煮込み、鶏の手羽先の煮込みなど使われます。

 そういえばあの「果子狸/ハクビシン」や羊や山羊など、冬場の野味の調理などに欠かせない。それを「茄子」と組み合わせた料理、しかも、「帶子」、新鮮な貝柱と組みあせた料理には今まで出会ったことがありません。

 これからの季節「茄子」が旨い。卵型の真黒茄子、それに長卵茄子や長茄子に、加茂茄子のその一種である丸茄子なすなど、その種類は豊富。灰汁が多いので水にさらし、滋養があるという皮をつけたまま調理。水分をタップリ含んでいることから脱水し、旨味を凝縮ってことから、油で揚げたり、焼いたり、蒸したりして下拵え、というのが一般的。ことに油と馴染みがいい、というのはよく知られます。

 そんな茄子を使った代表的な料理といえば日本でもすっかり中華風惣菜として定着した麻婆茄子、でしょうか。その麻婆茄子からも明らかなように、中国料理で、茄子を素材にした料理には、なんらかの形で肉が組み合わせられるようです。

 そういえば以前、芋頭/里芋のところでも紹介したことですが、茄子もまた「痩物」、それに「寡」、つまりは、それだけでは味が足りない、物足りない素材、なんてことを家郷菜、家常菜を紹介したサイトで見かけたことがあります。ついでに「柱侯茄子」を香港、中国のサイトで検索したところ、ありました。そのレシピを見ると、やはり豚の豚肉が使われてました。

 それが今回の「柱侯茄子炆帶子」、料理名からも明らかなように、豚肉ではなく新鮮な貝柱と組みあわせたもの。それに「炆」というのは、素材を煎り焼き、もしくは揚げて、だしを加えて煮込むという調理方法。

 結果、茄子、貝柱は「柱侯醤」を主体にした甘味、旨味にこくのある味噌味で包まれ、噛み締めるとそれぞれの素材の味が浮かび上がるといった按配。油で揚げた茄子は、しんなりしっとりとした歯触り、触感で、特有のえぐ味をかすかに残した青い味わいが印象的。貝柱は火が通って噛み応えのある弾力を残しながら、むちむちねっとりの歯触り、触感で、貝柱独特の甘味が浮かび上がる。

 その茄子を食べながら思い浮かんだのは、焼いた茄子、揚げた茄子に味噌をのっけて食べる茄子の田楽。そうか譚さん、もしかして田楽をヒントに、甘味、旨味、コクのある「柱侯醤」を起用?なんて、思いあたったりして。肉ではなく、新鮮な貝柱を組み合わせたのも、火を通した貝柱のすっきりした甘味との対比を考えあわせてのこと、だったのかもですね。

 肉や鶏肉、野味と「柱侯醤」の組み合わせは慣れっこの私ですが、茄子と貝柱との組み合わせには意表をつかれました。しかも、こくのある味噌はガツンとくるメリハリの利いた味。それに爽快な茄子、さっぱりした新鮮な貝柱、といった素材と「柱侯醤」の味の対比が面白い。これもご飯と一緒に食べたくなる一品。いや、私としては焼酎を飲みながら味わいたくなりました。

2008/07/24

7月の「赤坂璃宮」銀座店の3

 そして、4品目の「鹹魚牛崧豆腐煲/牛挽肉と豆腐の鹹魚風味煮込み」が登場。

 土鍋の中でぐつぐつ煮えたぎる豆腐。その上には、切り込みを入れた白葱のぶつ切りが、え~ひ、ふう、みい、よ~、表面に見えるのは全部で9本。

 そうです、撮影した画像で白葱の数をチェック。豆腐の数は……ま、いいっすか?
 画像撮影禁止だった「ヘイフンテラス」(私もしつこい!)と違って、バンバン料理の写真撮りますから。もうしわけないことに、その間、皆なはお預け待機。 
 前にも話したように、土鍋煮込みですが、汁気もたっぷり、というのがここ「赤坂璃宮」の「鹹魚豆腐煲 」の特徴です。そうだ、なんで、汁気多いのか、理由を譚さんに聞くのをわすれたので、回答は後日。

 それにしても、ぐつぐつ煮えたぎる料理の顔つき、色あいがとても良い。いい香りがします。もちろん、「鹹魚」のくせのある香りが、あたり一面に。それに、鍋の気、「鑊気」に溢れてます。
「ねね、これもやっぱり「馬友」?」と、支配人の大藤さんに「鹹魚」の種類を尋ねたら、「そうです!」と、にっこり、キッパリ。

 なんて、話を聞きながら、やっぱりこの「鹹魚牛崧豆腐煲」、白いご飯がなくっちゃ、白いご飯と一緒に食べなくっちゃ、意味ないかも。
 「あの、すんません。白いご飯、そだな、2個。それに、お碗を4個!」と、大藤支配人に注文。

 「これ、ご飯なしに食べないって、なんてもったいなすぎるから!最後に麺か飯なんだけど、白いご飯にのっけて食べちゃいましょ!」、とまあ、皆の意向を確かめないで、白いご飯を注文。
 ウケました。白いご飯と一緒に食べるのかめっちゃウケました。
 
 「これ、こうやって食べると、すごく美味しい!」。
 「でしょ?」と、自分で作ったわけでもないのに、自慢気な私です。なんて、話の間にしっかり白いご飯に「鹹魚牛崧豆腐煲」を載せて、ご飯をかっこんでる人もいて。

 ところがこの「鹹魚牛崧豆腐煲/牛挽肉と豆腐の鹹魚風味煮込み」。普通のとはちょっと違います。すでにお気づきの方もいらっしゃるでしょう。
 そうです。この「鹹魚豆腐煲」、香港じゃ、それに広東地方じゃ「牛肉」ではなく「鶏肉」と組み合わせるのが一般的。「鹹魚鶏粒豆腐煲」というのがその料理名。それも「鶏粒」とあるように、みじん切り、もしくは粗みじんが普通です。中には、賽の目切りの「丁」や、ぶつ切りの「球」の半分くらいの鶏肉だったりすることもあります。

 それが、「鶏肉」ではなく「牛肉」の粗みじん、粗いひき肉状なのが、ワザのひとつ。「鶏肉」は、ご存知の通り、肉自体そのものは淡白さっぱり系。それが「牛肉」の粗みじん、ひき肉を使うことで、旨味を増し、味が濃くなる。だしがしっかり、味の濃いものになります。

 そして、白葱、4センチほどの長さで、しかも、細かな切り目入り、というのがワザのふたつ目。単に薬味、風味づけってことだけじゃなく、葱も要の味のひとつになってるのが面白い。すき焼きのだしを吸って葱の、あの感じでですね。さらに豆腐は賽の目の倍位の大きさで、衣をつけて、油で揚げて下拵え。油で揚げた結果表面は「脆」、そうです、パリサク。それがだしに絡んで、しっとりパリサク。噛み締めれば、豆腐は「嫩」そのままの柔らかさ、というのがワザの3つ目。

 そんなところで見逃せないのが「脂」と「油」の効果的な使い方、使い分け。
 そうです、牛肉の粗みじん、ひき肉の味の濃さは、牛肉そのものがもつ「脂」もあってのこと。さらに豆腐の下拵えの「油」の使いかた。さらに「鹹魚」も、「油」で調理されて、クセのある「匂い」ではなく、クセのある「香り」が引き立つという寸法です。
 そして、土鍋にたっぷりのだし汁がぐつぐつ煮えたぎる様を見てると、そこでも「(化粧)油」をさりげなくしのばせてある感じです。 それとも、牛肉の「脂」のせい?いや、それだけじゃない様子。それに、鍋の「火」の加減がポイントなはず。その辺は、今度、譚さんにあったら確認してみます。

 そして、しっかり、濃い味。だから白いご飯との相性は抜群です。「鹹魚雞粒豆腐煲」とは趣の違う味、風味。そのインパクトは強烈でした。

2008/07/23

7月の「赤坂璃宮」銀座店の2

 3品目は「家郷蒸鶏/伊達鶏の田舎風蒸し物」。広東地方の伝統的な郷土料理の一品です。
 その内容は、鶏肉のぶつ切りを黒きくらげ(雲耳)、百合の一種のかんぞうの蕾(金針菜)、棗を乾燥させた「紅棗」とともに蒸した料理。香港では「金針雲耳蒸鶏」ということで、広東料理店なら「小菜」のメニューにたいてい載ってます。家庭でも作られることが多い料理です。

 基本は味付けした「鶏肉」に、「雲耳」、「金針菜」、「紅棗」を加え、蒸した料理。
 ちなみにネットで検索すれば「雲耳」、「金針菜」、「紅棗」には様々な薬効ありってことが、即座にわかります。この料理自体、滋養供給、補血、神経衰弱に効果あり。ことに「紅棗」は煮出すと甘味、独特の風味が増す上に、鎮静作用がある、なんてとこを見逃せない。

 以上4種の素材以外に干し椎茸の「冬菇」、さらには「大頭菜」を加えることもあります。その「大頭菜」はアブラ菜科でキャベツの親戚、なんていっても、葉がくるまってるわけじゃなく、こぶし2個ほどの根っ子が蕪のよう。そのまま調理もしますが、香港、それに潮州では漬物にして使います。以前、紹介したスッポンの各種の具材入りの蒸し物の「八寶蒸水魚」などにも使われます。「涼」の性質があるんで夏場にはうってつけ。さらに、漬物なんで乳酸の醗酵味が、旨味、コクを増すってこともあります。
もっとも、今回の「家郷蒸鶏/伊達鶏の田舎風蒸し物」は「金針雲耳蒸鶏」に忠実。

 「わ、これ、すごく美味しい!上品でしっかりした味ですね」。
 「うん、確かに、すごいヒット! 旨いだけじゃなくて、味わいがあるし、風味もいいね! ほら、この「紅棗」の甘さもいいね。こくがある」と、私。
 「これは?ほら、この黄色いの?」。
 「うん、それは・・・アレレ?名前……思い出せない・・・・・」と、慌てふためく私。

 ニンマリと笑うK2氏の顔には「歳はとりたくないね!」と書いてありました。
 「金針菜、ですよね!」と担当氏がすかさずフォロー。
 「そそ、金針菜。かんぞうですね!」と、私。
 
 なんてワイワイ言いながら、二口目の鶏を噛み締めたら、爽やかな涼風が一瞬、口の中をすっと通り抜けました。
 「アレ?」と、皿の中を見返してみると「香菜」と極細の「青葱」が。
 まさか「香菜」?、でも、「香菜」じゃなかったなあ。念のため「香菜」を食べてみると、青緑の味、風味が強くって、さっき目の前を通り過ぎた爽快さとは違います。

 そういえば、青さだけじゃなくってホロ苦さ、それに、えぐみと醗酵味が。
 「そうだ、「陳皮」!」。
 みかんの皮を干したやつです。後で譚さんに確かめたら、案の定、どんぴしゃで「陳皮」。
 それも、香りがする、というぐらいに控え目な量。ということは、「陳皮」は風味付けの隠し味だけじゃなくって、「大頭菜」にとってかわる涼風の役目を担ってた、ってことですね。

 「ねえ、さっきのスープもそうだったけど、これ、ご飯が欲しくなる!ご飯と一緒に食べたいね!」。
 そんな話が出るのも無理はない。というのも、この「家郷蒸鶏/伊達鶏の田舎風蒸し物」は、惣菜、おかずとしてもうってつけ。家庭料理の定番の一品です。けれど、家庭で作られるのと違って、なんだかひと味違います。それは、蒸した鶏から滲み出たジューシーな煮汁だけじゃなくって、「だし」のような味の濃さ、こくと厚みがあったからです。

 「あのう」と、柏木さんと一緒に我々をアテンドしてくれた山下さん(その昔、京王プラザの「南園」時代ににお目かかったことがあったと判明!懐かしい話です!)に、「これ、「二湯(二番だし)」か、それともなんか「だし」、使ってます?」と、尋ねたら「少々お待ちください!」と、部屋から去って間もなく、「「二湯」は使ってないそうです。下拵えはチキン・コンソメ、オイスター・ソースなどで調味したそうです」と、いう返事。そうか!、チキン・コンソメ、オイスター・ソースの旨味が、プラスされたわけだ!と納得しました。

 それにしてもこの「家郷蒸鶏/伊達鶏の田舎風蒸し物」、誰もが「これは旨い!」と絶賛。一口目の印象よりも、二口、三口と味わって、その旨さ、味わいがより鮮明に浮かび上がってくる、なんてところが素晴らしい。
 食べ終えて、その余韻がしっかり残る味わい深い一品でした。

2008/07/21

7月の「赤坂璃宮」銀座店の1

久々のブログ更新は、「7月の「赤坂璃宮」銀座店」。 そうです。月例のとある会議が「赤坂璃宮」銀座店にその場所を改めたのは先月のこと。それからあっという間に一月以上が過ぎました。そして、今月、その食事内容が素晴らしかった。

 なんだか譚さん、手ぐすね引いて待ち構えていたような料理内容に、これは拙ブログで報告と思い立ちました。しかもその報告、どうやら月例化しそう。そんなことからそのタイトル、大阪のlamplusさん主宰の敬愛するブログ「L'AMBROISIE +++PLUS+++」の月例のシリーズレポに倣って「7月の~」とした次第です。

 今月の会議にはもうひとりの担当のK2氏も参加。東京の最新のハンバーガー情報の交換や、アメリカの南部における「豆料理事情」のあれこれ話でに盛り上がっていた最中、前菜が登場。

 「先月と変わり映えしませんが・・・・」とアテンドの柏木さん。
 ですが「赤いパプリカ」をめざとくみっけて、思わず、あれれ?
 「ええ、パプリカの酢漬けです!」。
 酢漬け、ってもしかして「泡菜?」。
 だったら、先月の「湖南菜館」の「剁椒魚頭」に使われてた「剁辣醤」のパプリカ版?

 酸味がしっかり利いていて、味は爽快。パプリカのほろ苦さが失せて、甘味がじんわり浮かび上がります。そのパプリカの爽やかさもさることながら、皮はしっかり焼けてパリっとした「脆」の歯触りなのに、肉質はしっとり潤んでジューシーな焼き物3種、皮の上にちょこんと微塵の葱の油あえの薬味がのっかった地鶏の醤油漬けが旨い。上品で洗練された美味です。やっぱり赤坂離宮の「焼味/焼き物」は旨い。

 「湯(スープ)」は、「螺頭豬展燉湯/乾燥ツブ貝と豚スネ肉のスープ」。
 「いぇい、「例湯」?」と、私はおおはしゃぎ。
 譚さんが香港で仕入れたという乾燥ツブ貝、そこに瑶柱(干し貝柱)、豚のスネ肉をじっくり煮込んで作ったスープです。

 香港では乾燥したツブ貝に色々な具材を加え、じっくり煮込んだスープを作るってのはよくあることです。山芋の一種を乾燥させた「淮山」や「杞子(くこ)」を加えることもあれば、魚の浮き袋の「花膠」を加え、鍋で煮込む「煲」ではなく、「燉盅」という容器に素材を入れて蒸す「燉」の料理方法で、といった豪華版もあります。

 今回の「螺頭豬展燉湯/乾燥ツブ貝と豚スネ肉のスープ」は、その「燉」の料理方法によるもの。「淮山」や「杞子」などの漢方素材はなし。その代わり、ツブ貝に、干し貝柱がたっぷり。豚のスネ肉が生み出すすっきりとしただし味に、ツブ貝が生み出す磯の香、干し貝柱が生み出す旨味とひねた風味、さらにはコクがあいまって、味わいはしっかり。実に濃厚で奥深い。まるでグィ~ンと唸る豪速球がずっぽりとキャッチャー・ミットの奥深くに収まったような、ずしりと重い手応えのあるスープです。

 これで、生の、あるいは、干した広東白菜や、夏なら「冬瓜」や「節瓜/毛瓜」が加われば、さっぱり系で、お惣菜としての趣の「例湯」ですが、それよりもむしろ宴席の料理の一品というにふさわしいどっしりとした味、風味の豊かな「湯菜(スープ料理)」でした。

2008/07/07

「湖南菜館」の6

 「湖南菜館」は靖国通りから「新宿歌舞伎町一番街」のアーケードを潜って、すぐ左手にある大塚ビルの4階にあります。一階はタイ式マッサージの店。うちのかみさん連、その光景に一瞬、たじろいだそうで。タイ式のマッサージって、どんな風だか興味津々。なんて言ってるから、お小言くらったりして。

 そして4階の「湖南菜館」に一歩足を踏み入れれば、そこは別世界。東京とは、日本とは思えない不思議のワンダーランドです。某サイトの紹介によればシックで落ち着いた雰囲気ってことですが、青いライトがあったりして、なんだか水族館に迷い込んだような気分。

 そう、壁の色彩とか照明のセンス、言ってみればチャイニーズ・モダンの趣。中国の都市で出くわすあのミント・グリーン的色彩感覚、センスの面影ありで、それをモダン化したような印象。さらに、部屋を見上げれば常時、中国の番組を紹介し続けるTV。もちろん、カラオケの設備あり。思い出したのは、上海や南京にあった(チャイニーズ・)モダンな内装、カラオケ設備有りの最新のレストラン。

 「湖南菜館」でぐるりと店内を見回し、目がとまったのは奥の部屋の壁の「毛沢東」の肖像画。毛沢東は湖南省の出身で、湖南省の素朴な郷土料理、家庭料理をこよなく愛したなんて話、伝記本を読めばどこかでその記述を見出せます。私の記憶違いかもしれませんが、文革の嵐が吹き荒れる中、反革命分子として幽閉されたチェン・ニェン(鄭念)著の「上海の長い夜」だったか、毛沢東と妻だった江青の日常生活について触れたところで、素朴な湖南の田舎の料理を好んだ毛沢東。それを受け入れられなかった江青の話、ありませんでしたっけ?

 そういや、以前、北京の「揺滾楽隊」(ロックバンド)を取材した際、出向いたのが北京郊外にある保養地の北戴河。「これが江青の別荘だったところ!」と教えられたのは瀟洒な白亜の洋館でした。そうそう、北京で会った新進のロック歌手君がかつて結成していたバンド「紅焼肉」というグループ名の由来のきっかけも、どうやら6・4、すなわち天安門事件以後、再燃し始めた毛沢東の評価、文革を体験しない若者の間での毛沢東ブームもあってのことじゃないか、なんて気配が濃厚でした。

 いつだったか、香港で一時、湖南料理が話題になったこともあります。その記事のファイルあるはずですが、見つからず。確か、どっかのホテルが毛沢東の好んだ湖南料理を看板にしたフェアーを開催。腕を奮ったのは毛沢東の料理人だったか、毛沢東好みの料理を看板にする店の料理だったかで、香港の新聞、週刊誌がほぼ時を同じくしていっせいにそのニュースを報道。そん時、メインの料理として紹介されていたのが「紅焼肉」でした。

 「湖南菜館」で「剁椒魚頭」とともに「紅焼肉」を楽しみにしてたのは、そんなワケもあってのこと。皮付き豚のバラ肉の「五花腩」の煮込みの「紅焼肉」、極上とは言い難いものの、味付け、調理、風味はやはり本土のそれ!
 似たような料理で日本で一般的な皮付きの豚バラ肉の煮込みの甘口でとろみたっぷりなものとは異なり、とろみは少々で、すっきりとした味わい。素朴でしみじみとしていて、味、風味は、やはり本土のそれ。

 さて、「剁椒魚頭」、「紅焼肉」以外にも、看板のお勧めの料理の「ふわふわ肉豆腐団子のスープ煮」や「季節野菜と豆腐の高級スープ煮」などにも挑戦。というあたりになると、正直言ってトーンダウンを否めない。というのも、だしに無理があって、料理としての奥行き、深み、洗練度はいまひとつ。どうやら「だし」、素材の調達の問題などもあって、本土でのそれと同じようにはいかず、入手可能なもので工夫を強いられている様子。

 とはいえ、日本の一般的な中華料理店でのそれとは明らかに印象は異なる。強引に「らしき「だし」」を作るのではなく、入手可能な素材を使って、その持ち味を生かした「だし」をとり、味付けの要にしてること。穏やかで、無理がない。そんななところ、やはり本土の料理人は違うなあ、なんて思います。年季、技量もあるでしょうが、素材の捉え方、生かし方、その見極めがなんだか違う感じ。ですから、だしの弱さを否めないにしても、独特の持ち味がある。なんて言うと、本土の料理人信仰丸出しと誤解されないかも。その結果を味わっての私の印象、感想ですから。

 「だし」同様、料理の素材の吟味についても、同じ課題を抱えている様子。本土出身の料理人を抱え、本場の味、風味を再現しながら、素材にかける予算、経済的な問題から、洗練度、完成度はいまひとつ、というのはよくあることです。それでも、素材の持ち味の見極め、生かし方、調味料の扱い、その分量、匙加減が生み出す一体味、風味に、唸ります。油の扱いも実に巧み。ほとんどが大豆油を使ったもの、なんて聞いてその生かし方、扱いに驚きました。火の通りの見極め、味を生み出すだけでなく、風味、香りを生み出すタイミングの捉え方も。それは、蒸し物、煮込みものにも当てはまること。その味付け、味わい、風味、香りは、まさに本土のそれ。ま、本土の料理人なら当たり前のことなんでしょうが、様々なハンディを背負いながらの話、ですから。
 「剁椒魚頭」の爽快な酸辣の味、風味。しみじみと味わい深い「紅焼肉」は、この店ならではのもの。

 「湖南菜館」は、今、私が東京で興味をそそられる中国料理店の一軒。今度訪れる際には、もっとピリ辛ものに挑戦したい。出来れば本場そのままの辛さをそのまま再現してもらってみるつもり。「湖南菜館」の料理人なら、単に本場そのままの辛さだけを再現するだけじゃない料理を作ってくれそうですから。それに、まだまだある湖南独特の地方料理、肉や魚介を燻製にした「腊味」の料理の数々にも挑戦したい。その結果はいずれ、報告いたします。

 そうそう「湖南菜館」に限らず、中国本土から料理人を招聘。本土の味、風味、香りが味わえる店が、東京には相次いでます。それもまた、そのうちに報告の予定です。
 そして、画像は「ふわふわ肉豆腐団子のスープ煮」。

2008/07/06

「湖南菜館」の5

 私にとって湖南料理との最初の出会い、と言えば新宿の「雪園」ってことになります。「雪園」のサイトによれば開店30年を超えるそうで。
 その昔、日本で「火腿」、いわば中国ハムがその存在を広く知られてなかった頃、その「火腿」を素材にした「蜜汁火腿」、竹筒に鶏肉のすり身を入れて蒸したスープなど、概ね洗練された上品で気品のある味付けの料理が中心。そんな「雪園」も、最近は随分ご無沙汰してます。

 それからしばらく、といってかれこれ20年前の話。ロック・アーティストの取材の為に単身渡米を何度も繰り返してました。それも、アメリカの大都市だと地元メディアの取材も殺到。そんなことからアメリカの地方都市を専用のバスで巡演中の彼らに同行取材。そんな折、知ったのがアメリカのフーナン・レストランの存在。

 「今夜はフーナン・デイナーだから、楽しみにね!」とツアー・マネージャー。 なんて教えられても「は!? フーナン・デイナー?」といぶかしがる私。 「知らないのか?ほら、ホット&スパイシーなチャイニーズ」、とマネージャー。 「ホット&スパイシーなチャイニーズ……っていったらシーチュアンじゃないの?」。
 そう尋ね返したところ、今度はマネージャーが「何?それ?」とばかり、怪訝な顔。
 店に案内されて「フーナン」が「湖南」だとわかり、ようやく納得。

 最近のアメリカの各都市における中国料理事情、しかも、中国各地の地方料理の分布図が一体どんな按配なのか知りません。ですが、かつて私が頻繁にアメリカに単身取材で出かけた80年代半ばから90年代半ば、西や東の沿岸部の大都市はともかく、中部、中西部、西南部の地方都市でチャイニーズ・ディナーってことになると連れて行かれたのは大抵がフーナン・レストラン。「ホット&スパイシー」なチャイニーズが看板でした。その手の店にばかり案内されたから、ってこともあるかもしれませんが、例えば、宿泊先のホテルやモーテルの地元の食案内のチャイニーズの項目で「フーナン・キュジーヌ」、「フーナン・スタイル」が目立って多かった。そして知ったのが湖南料理独特の唐辛子をふんだんに使った激辛の料理の数々の存在です。

 ま、そうした店のメニュー構成は、中国各地の地方料理の代表的な料理のアメリカン・バージョンがずらり。とまあ、実にありがちな話。それでも、フーナン独特の料理には特別なマーク(たいていは唐辛子マーク)があって、フーナン・レストランとしての存在を誇示、強調。そのマーク、その数は辛さの度合いを示すもの、といった按配でした。

 「雪園」での「湖南料理」との出会いをきっかに、その実態を文献などで調査し、辛い料理、それも、四川料理とは異なる辛い料理の存在を知ったものの「雪園」ではその種の料理には出会えず、あっても辛味は加減気味。そんなことからアメリカで「湖南料理」における辛い料理の存在を認識。その後、香港にも「湖南料理」の店が誕生。もっとも、味付けは香港の四川料理店同様、地元、香港人の嗜好に合わせた様子、なんてことからなじめませんでした。

 その後、90年代の初めから半ば、台湾、香港の音楽関係者の案内を得て北京にしばしば出かけたことがあります。中国の最新の「流行的音楽」、及び「揺滾(って、中国語でロックのことです!)音楽」の歴史、現在の探求、調査、取材がその目的。もちろん、その機を逃さず食関係のフィールドワークの探求、調査、取材も怠りませんでした。

 その際、出会った新進のロック歌手。かつて組んでいたバンドの名前が「紅焼肉」。
 「どうしてまた、そんな名前に?」と尋ねたら 「中国人なら誰でも知ってる料理だから!
 「紅焼肉」の作り方は簡単なんだけど、作る人ごとに工夫や、家伝来の秘伝があってね。誰もが自分の作る「紅焼肉」、家伝来の「紅焼肉」が絶対に旨いと信じて疑わないワケ!」 なんて話でした。
 そればかりか教えてくれたのは「「紅焼肉」は毛沢東の大好物だったってこと。

 そんな話を聞いて「毛沢東が好んだ湖南式の「紅焼肉」、湖南地方のお惣菜、家庭料理が食べたい!」と思ったことは言うまでもありません。ですが、教えてくれた湖南料理の店の場所は、はるか遠く。おまけに、時間も遅く、出向くのは断念。その代わりにと出向いた食堂のような風情の店で、いろいろおかずを注文。そんな中に唐辛子の辛味の利いた青菜の炒めものがありました。 「これ、これ、こんな感じ!」と、語るその青菜の炒め物、舌を刺す唐辛子のぴり辛の鮮烈な味が印象的。しかも、北京の食堂にしては味が濃い目。他にとったおかずのいくつかもそんな感じでした。  話戻って、新宿、歌舞伎町の「湖南菜館」でのこと。
 注文した料理を食べ終え、しばしリラックス。それを見計らってか
 「あの、私達の食事の時間なんで、ちょっと失礼!」 と、我々をアテンドしてくれた山東省出身の女性。
 「はあ!」、なんて生半可な返事を返しながら、一体なにが?と思う間もなく、キッチンから料理人二人、料理二品、ご飯の入った茶碗を携えて登場。

 「まかない!」の時間でした!
 そうと知って一緒だった連れ、俄然、興味深々!
 「あの、それ、ちょっと味見させてもらえませんかね!」なんて、私に負けず劣らずの喰いしんぼうで、いやしんぼう。

 そんなまかないの料理の一品の青菜の炒めものを見つけて、「エ!?、あれ!」。
 なんでも、「からし菜」の一種「セリホン/雪里紅」を炒めたもの。それに「芥蘭」だか、「露筝」だか、小口切りにした軸ものの青野菜が。さらに、赤い唐辛子の乱切りがそこかしこ。
 もしかして、北京の食堂で食べたのと、似たような唐辛子風味の野菜炒め?
 まさにその通り。唐辛子のひり辛の味、それに、味付けもしっかり。
 ご飯が何杯でも食べられそうな「おかず」でした。