2008/08/25

夏の味 老虎魚の唐揚げ/油浸老虎魚

 中国料理のコースの組み立て、メニューの選択が私の趣味なのは、これまでに触れてきた通り。

  まずはテーマを(なんておおげさですけど、ともかく)考える。たとえば、広東地方の郷土料理を中心に組み立てる「青木宴」はその好例。季節のもの、旬の素材を使った料理がテーマですから、素材の選択、調達を考え、次いで料理方法や味付けを、といった按配です。それから、本格的な宴席風にするか、家族、友人など気の置けない仲間との食事にするか、それとも、そのミックスにするか、といったことでも内容は違ってきます。

 いずれにせよ、素材、調理方法と味付け(調味)が重ならないようにという中国料理のコースの組み立ての基本にのっとり、プランを練ります。ところが、なんでだかいつも、行き詰まり、煮詰まってしまうのが、素材で言えば「魚介」。調理方法で言えば「蒸」の料理の選択。いつも思案にくれることがあります。
 香港、台湾や中国本土の各都市でなら、メニューの選択、コースの組み立ては、案外、すんなり。「魚介」、ことに「魚料理」に関しては、日本ではなかなかお目にかかれない素材、調理法による料理が各種あるからです。

 たとえば、香港の高級店では「時価」による高級魚が中心ですが、伝統的な手法にのっとった魚の料理が豊富にある。大衆的な店、それに観光名所の南Y島、長州島、西貢などの海鮮料理を看板にする店の中でも地元の人々御用達の店では、地場物の小魚など、様々な地魚、各種の料理に出会えます。

 香港の街中にある大衆店、中国本土の各都市では、「海鮮」よりも「淡水魚」の種類が豊富。魚の種類だけでなく、調理方法なども地方ごとに独得のものがあって、未知の料理も少なくない。先に紹介してきた新宿歌舞伎町の「湖南菜館」の「剁椒魚頭」などその典型。もっとも「湖南菜館」では淡水魚ではなく海鮮の「鯛」を使ってますけど。

 そういや、私が北京に通い出した90年代初頭は「港式」、香港スタイルを銘打った海鮮料理が最新のトレンド。地元の人に誘われて出かけましたが、沿岸部から取寄せたという自慢の海鮮の「魚」の値段は高く、おまけに質が貧相で、調理も乱暴。むしろ「淡水魚」の種類が豊富で、質、調理も充実してました。

 それにしても、日本でコースを組み立てる際、どうして「魚」の料理の料理で煮詰まり、思案にくれるのか。日本は海鮮の魚介類の種類は豊富。ですが、日本の中国料理店が扱う魚の種類、料理方法が限定されている、というのが一番の問題点、ではないかと思います。

 たとえば、中国料理で魚の料理、と言えば、最近、すっかり日本で定着したのが広東料理の「清蒸魚」、蒸し魚です。丸ごとの魚を一匹皿に載せて蒸し、魚の上に白髪葱を並べ、、仕上げに油、たまり醤油、だしなどで合わせたタレを熱してかけたもの。蒸した魚の旨さもさることながら、タレが旨くって、崩れた魚の身ともども掬い取り、白いご飯の上にかけて食べるのが大好き、なんて人も多いはず。それも、最近では広東料理店だけでなくいろんな店で「清蒸魚」が食べられるようになりました。

 とはいえ「清蒸魚」は素材の種類、鮮度など、充分な吟味が重要。調理も、丸ごと一匹、蒸すだけ。とはいっても、素材の資質を見極め、その持ち味を生かしながら、按配よくジャストの加減で蒸すのは至難の技。魚には個体差というのものがありますから、単純に蒸し時間を決めて調理、とはいきません。その蒸し時間の按配は、長年の経験あってこそ。という調理人泣かせの料理の一品です。

 だから、覚えてらっしゃいますか?
 「ヘイフンテラスの謎と不思議」の時のように、魚の腹を開いて蒸す、という調理法もある。蒸し加減を知るには格好な手段のひとつ、とは知人の料理人の弁です。
 そうだ、黒服の女史、御機嫌いかがでしょうか。

 それに「清蒸魚」はやっぱり宴会料理を締めくくる大菜の一品ですから、家族、知人、友人との会食には、いささか不向き。高級魚ではなく、たとえば、関西、及び、関西以西の中国料理店では「清蒸魚」の素材として使われることが多いという「がしら」こと「かさご」なども、グッドなチョイス。
 けど、東京では、その入手が難しい。あっても、上質で、値段もそれなりで、高級宴会の一品向け。リーズナブルな値段ではありません。
 かといって、大衆魚で「清蒸魚」をやっても意味はない。
 ということからも、コースの組みたてにおける「魚」の料理に思い悩む理由がおわかりいただけるでしょう。

 「清蒸魚」がダメなら、「紅炆」という方法もある。魚を煎り焼きにし、豚肉や椎茸の細切りを炒め、合わせて、二番だしの「二湯」で煮込み、味付けした料理もあります。以前、ここで紹介したように、夏の季節には苦瓜、茄子と組みあわせる方法もある。

 ですが、それも回を重ねるとあきがくる。
 そこで思いたったのは、夏らしく素材は「おこぜ/老虎魚」。「おこぜ」を「清蒸魚」で食べるのも悪くはない選択。
 それを「油浸」、早い話が、唐揚げにしちゃったらどうか!
 実にグッドな選択だと自画自賛。

 素材はその日の朝、福臨門のキッチンに届いたという、長崎産の「おこぜ」です。
 その出来栄えは、実に見事。
 油で揚げた「おこぜ」の皮のパリパリ感は、まさに「脆」のそれ。しかも、バリっと皮を噛み締めると、身はしゅわしゅわ。きめ細かで、滑らかな舌ざわり。それでいて、肉厚感もあって、旨さがはじけます。白身の根魚独得のクセもあって、それが独得の味、風味を醸しだす。
 パリ、バリ、シュワ、ジュワにぎっしりの肉厚感、白身の旨さを堪能しました。