2010/06/30

赤坂璃宮・飯田橋店・初探訪の2

 当日、登場した料理は以下の通り。
 前菜はなしにして、まずは「湯」。「芥菜豆腐痩肉斑頭腩煲湯」です。
 芥菜、豆腐、豚赤身肉とハタの頭、アラの土鍋煮込みのスープ料理。
 ハタはあずきハタ。ハタは時価ですから値もはります。本音としては避けたい事態。ハタほどではないにしても値は張りますが、肉質とかを考えればアイナメあたりでとも思いましたが、生憎、これぞというアイナメの入荷がなかったそうでハタになったという次第。
 もっとも、高級海鮮が看板の赤坂璃宮ですし、しかもホテル内のレストランということからすると、それなりの魚ってことになるとハタ、という事情も納得ができます。

今回のハタの調理方法。頭や中骨、胸鰭、尾鰭などのアラの部分は「湯」にして、残る身は別の料理に。というのは「海斑両吃」のバリエーション。本格的な宴会料理などの場合にはハタも大ぶりのものが用意されます。

 それも、身の部分は油通しの「油泡」にする「油泡斑球」や切り身に菜芯の茎を身に刺し火腿などもはさんで簪仕立てにした「玉簪斑球」ってことで「油泡」にする。もしくは「清蒸」にする。アラの部分は揚げて醤油煮込みにする「紅炆斑翅」というのがスタンダードというかオーソドックな「海斑両吃」。

 それがアラの部分をスープ仕立てにするのは、通好み、もしくは、上流家庭の家庭料理的趣ってことになります。魚はなんにしろ頭や砂擦り、縁側などヒレのついた部分が旨いのは魚好きならご存知のはず。

 そんなハタのアラと芥菜、豆腐を煮込んだスープですが、痩肉(赤身肉)を使って旨味を加味。しかも、海鮮の魚、やはり、煮込むと特有のクセが出る。というあたり、生姜とかでクセをなくしてあります。
 白濁したスープは魚を煮込んだスープ料理特有のもの。しかも、コクがありますが、すっきりとしていて爽やか。上品で洗練されています。「赤坂璃宮」銀座店の袁さんも同じような料理、これまでに作ってくれましたが、やはり料理人の個性の違いが出るもので、袁さんのそれとはどこか違います。福臨門系の味、風味、ということでその出自を隠せない。

 続いてハタの身。1センチ弱の厚みに切り揃え、火腿、干椎茸を並べて蒸した「麒麟」仕立て。その周りには芥蘭。ハタの身もさることながら、火腿、干椎茸の組み合わせ、その味の差異、さらには上湯をベースにしたダシの旨さが格別です。
 やっぱり、こういう料理だとハタじゃないと、なんて思わず口に出たりして!

2010/06/28

赤坂璃宮・飯田橋店・初探訪の1

 福臨門、赤坂璃宮・銀座店に続いて、また一軒、東京に香港の本場の味を伝え、再現してくれる店が誕生しました。飯田橋のエドモントホテル内に開店した「赤坂璃宮・飯田橋店」がその店です。
 なんだ、また「赤坂璃宮」なの?なんてツッコミが入りそう。
 「それより「ヘイフンテラス」はどうなの?あそこも香港の料理人でしょ?」とツッコミの追い討ちもありそうで。
 「はあ、黒服の女史の呪いが……」と、そこは苦笑してお茶を濁します。

 飯田橋のエドモントホテルには「廣州」がありました。新宿の京王プラザホテルの「南園」の料理長だった譚さんが「赤坂璃宮」を開店するまで料理長を担当。譚さん、確か「赤坂璃宮」を開店後も「廣州」のアドヴァイザーを務めていたはず。現在、銀座店の料理長を務める袁さんも「廣州」の料理長を務めていたことがあるなど譚さん、「赤坂璃宮」とは少なからず縁、関わりのあった店。それが、この5月から「赤坂璃宮・飯田橋店」として新装開店。

 支配人を務めるのは野坂裕彦さん。かつて福臨門銀座店に務め、その後、赤坂璃宮やら薬膳料理の店やら色々経て、中国で紹興酒の勉強して後、赤坂璃宮に復帰。そんな野坂さんが香港から引き連れてきた料理人が呉百駒総料理長。以前、銀座の福臨門で呉錦洪さんの相方役、つまりは「板」を担当していた優れた料理人。

 いずれも私には長年の知り合い。一緒にやってきた点心料理長の范俊強師傳もこれまた知り合い。とりわけ百駒師傳は錦洪さんともども広東地方の本地風味の「大菜」、「家郷菜」、「小菜」、旬の味の数々を色々と頼み込んで作ってもらったことがあります。

 ところで、鍋を担当した総料理長の呉錦洪師傳は、徐維金社長とともに九龍の福臨門の料理を管理してきた名料理人の羅安さんの愛弟子です。しかも九龍の福臨門、日本では観光客向けの店、などと紹介されていることが多く、そんな話を鵜呑みにしている方も多い様子です。

 九龍の福臨門に観光客が多いのは事実です。が、実際のところその主要な顧客は九龍半島の付け根、深水渉から観塘まで東西に連なる地域や、沙田よりさらに奥の大埔あたりで工場を所有、経営する企業家です。そうした顧客の要求もあって九龍の福臨門は郷土料理が充実。季節素材を使った家郷菜、小菜を紹介したメニューが早くから用意されていたのはそうしたことによるもので、当初、九龍店にしかありませんでした。

 ついでながら、後には香港の福臨門でも「家郷菜」、「小菜」のメニューが用意されるようになり、しかも、ここんとこ香港島の福臨門の長年の顧客の新世代の間でもてはやされているのがその種の料理、というから面白い!

 さて、呉百駒師傳。香港時代の福臨門は香港島にいたはず。東京にやってきた呉百駒師傳は呉錦洪さんの相方となって、羅安さん直々の料理や九龍福臨門の顧客が好む「家郷菜」、「小菜」の類に出会った様子。というか、私、福臨門の(初期)銀座店でもっぱら楽しんでいたのは、それら九龍の福臨門系の料理の数々です。しかも呉百駒師傳は板を担当氏、呉錦洪さんの休日、不在時には鍋を担当。

 そういえば、かつての銀座の福臨門ではたまに香港島の福臨門の料理人がやってきて鍋を振るうなんてことがありました。広州生まれの黄師傳はそのひとり。その料理内容、味、香りの素晴らしさは衝撃的。九龍の福臨門の羅安さんのどっしり重量感のある料理とは実に対照的。繊細で緻密、穏やかで優しい味わい、馥郁とした風味。ウチのかみさん、香港から日本にやってきた料理人の手になる料理で「あの時食べた料理の素晴らしさは、あの時以前もあの時以後もなし!」なんてことで、時に思い出しては遠い目!

 話戻って、その後の呉百駒師傳。「2005年から2009年まで豪華客船「亜州之星(ASIASTAR)」の料理長を務め」ていた、とエドモントホテルのサイトの「赤坂璃宮・飯田橋店」の紹介にありました。そんなことからすれば、ここ最近の香港のトレンドを取り入れた料理などもありかも! 呉百駒さんの料理への期待に胸が膨らみます。

 開店からしばらく、なんとかして出かけたいと思いながら、その機会は見つけられませんでした。それが、たまたま会談の要ありってことで、急に思い立ってでかけることにしたのは5月の半ば過ぎ。
 もっとも、それまでに「何か百駒師傳らしい料理のいくつかを頼めない?」と、事前に野坂さんには打診済。結果、いくつかメニューを教えられてました。

 開店して間もなく、体制も充分じゃないという事情はわかっていても、ありきたりな開店記念のコースや「お決まり」、「おまかせ」のコースではつまらない!そんなところに「お好みで!」なんてお願いするのは、無理のゴリ押し、わがままオヤジの性分丸出し!とはわかっていても、百駒師傳ならではの料理が食べたい!という欲望は抑えられません。

 野坂さんを通じて届いた百駒師傳のいくつかの料理。海鮮素材主体です。
 それもいいですけど、日常素材、旬の素材を使った「例湯」や「広東小菜」、「煲仔」なんかどうですか?と野坂さんに尋ねました。

 「「例湯」を「最初、出したんですが、お客様にお薦めしても、なかなか馴染みがないようで……」と、うつむき加減な返事。
 旬の素材を使った「小菜」、「煲仔」類、それも香港島ではなく九龍の福臨門スタイルの「家郷菜」を楽しみにしてました。
 ですが「素材の調達が……海鮮の魚介でしたらすぐさま調達できますが……」
 なんてことで、結局は海鮮の魚介を主体にしたコースになった次第。
 とはいえ、野坂さんを通じて届いた呉百駒師傳のお薦め料理の中には福臨門でもおめにかかったことのない料理がいくつかありました!

2010/06/16

「さ~ちゃん、などと呼んでいただければ!」 初音家左吉

 関西の落語育ちの私、ボブ・ディランやビートルズとともに小米(後の枝雀)の爪先着地の危ういスリルを体験してきた世代です。
 東京にやってきて矢吹申彦の誘いもあって東京の落語にはまり、東横落語会はじめホール落語、さらには朝太(後の志ん輔)らの若手の会に通ったことも。

 年月を経て、芸術祭の審査員を務めるようになったのをきっかけに、落語熱再燃。たまたま担当していたラジオの番組の語り手に落語、講談などの演芸系の若手を求めていたこともあって、二つ目、真打若手の会などにも馳せ参じました。

 寄席にしろホール落語の会にしろ、開口一番を務める前座や二つ目の噺にはいろいろ制限有りなんだそうですが、同じ噺を繰り返し耳にしていても「あ、こいつ、面白い!」なんてアンテナがぴくぴく。ライブハウスで名もない新人バンドに惹かれる、なんてのに通じます。

 そんなことで最近、興味津々なひとりが初音家佐吉。
 昨年夏、新宿末広亭にふらりと出かけた際、ウチのかみさんが虜になっちゃった、なんてことを紹介した初音家左橋師のお弟子さん。

 実は左吉くん、ロックンロール好き。
 左吉の「左」は師匠の「左橋」から。「吉」の字は矢沢永吉の「吉」にちなんだものと自称。
 http://www.rakugo-kyokai.or.jp/Profiles.aspx?code=438

 「そうなんですよ、あいつ、ロックンロール好きでね」とは左橋師。
 ですけど左橋師、矢沢永吉もなんとなく知ってる風、とまあどうやらロックンロール事情には疎い様子。

 ロックンロール好き、なんてことで興味を持って、いろいろ左吉くんとやりとりするようになって判明したのは、コアなロックンロール・フリーク、ってことでした。
 矢沢永吉の名を出してるのは表向き、わかりやすからなんてことだったみたいです。
 でも、落語好きな人に矢沢永吉って、どれだけ通用すんのかなあ……。

 左吉くん、もちろん、矢沢命。ですけど、清志君(って忌野清志郎)命でもあり、仲井戸麗一だけじゃなく三宅伸治、さらにはブルーハーツからクロマニヨンズにいたる足跡まで熟知なんて話に「お、こいつ、おもしれえ!」と思って当然でしょう。
 おまけに当人に色々話を聞くまでもなく、目指すは「ロックな落語」なんてことがひしひしと伝わってきます。そんなところが頼もしい。応援したくなります。

 で、このたび、落語協会のインターネット落語会の6月の中席に登場。
 http://www.rakugo-kyokai.or.jp/
 YOUTUBEなら以下のサイト http://www.youtube.com/rakugodcc#p/c/2448C7455A59BDA1/0/WsKM_Js1mp4
(残念ながら、以上、中席の左吉くんのりンク2件、外されちゃいました)

 リーゼント風ヘアーで噺に取り組む左吉くん。
 頭の中、覚えこんだ筋書き、なぞりながら、自分らしさを織り込みながら、実直、生真面目に噺を披露。
 どこかロックンロールなの?なんて突っ込みありそうですけど、しっかり基本は抑えて「ルイジアンナ」。まっつぐなところに、ロックンロールの道は外さない!
 なんて意気込みとその人柄が滲み出てるところが、頼もしいです。

2010/06/14

初夏の味 10年5月の「赤坂璃宮」銀座店の7

  トレイに並んだ品々から好みで選べる「本日凍甜品/本日のデザート」。
 私が選んだのは画像真ん中の手前の「蓮子露」。蓮の実のすり身を素材にした言わば汁子。そこにゴマ餡入りの団子が二つ。
 冷たいのと(凍)と熱いの(熱)のがあって、もちろん「熱」を所望。
「それ、よさそうですね。私は冷たいのがいいなあ。それと「マンゴプリン」!」
「え、え!? デザート二品?」
「だってここの「マンゴプリン」旨いもん!」なんて方もいらっしゃいます。「私もそうしようかな。それに私も「マンゴプリン」!
さすがの私もデザート2品はお手上げ。負けました!
 そして登場したのが毎月恒例となった久保田さんの昔懐かしい「懷舊点心」。
 「金木犀の風味漬けをした小豆餡の点心です」と山下さん。

 私、初体験。表面を覆う透明な膜に浮かび上がる金木犀。見かけは日本の葛饅頭という趣きですけど、葛饅頭の表面って半透明ですからちょっと違います。まるで日本の生菓子みたいな点心に出会うのは初めて。

 その透明な膜の下。「さつまいもでございます!」と山下さん。 さつまいもってことは「蕃藷」。と言われれば、その色合い、さつまいもそのまま。 その美しさにもったいない、なんて思いながらひと齧り。 甘味があります。ですけど、これ見よがしな甘味じゃありません。素朴でひなびた味、風味がします。大地に根ざす根菜の根太い力強さ、ふんばりが浮かび上がる。

 さつまいも。広東料理では意外に素材として使われます。潮州料理に多いような印象がありますが、香港で出会うさつまいもの多くはその素朴で力強く、踏ん張りのある甘さを生かした点心類。さつまいもの賽の目切りやらぶつ切りが糖水の素材としてごろごろ、なんて感じの昔懐かしい点心の類、街中の甘物屋で出会えます。

 この点心「金著香桂花」というのがその中国料理名。「桂花」、つまりは金木犀を素材にした料理は無数にあり。点心にも多いです。なんせ「桂花」だけの料理を集大成したウェブ・サイトもあるぐらい。ですけどこの「金著香桂花」は、そこにもありませんでした。

 さつまいもの純で素朴な味、風味ってことだけでなく、中味の餡とも一体となって日本の上品な生菓子に匹敵する旨さ、奥深さ。私、初体験だった「金著香桂花」の気品と洗練に目を見張りました。
 そして登場した「蓮子露」。
 冷たいのじゃなくて温かいのを頼んで大正解。あ、私には、かもですね。
 温かい点心はなんだかほっと心和みます。なんといっても胃にやさしい。舌を撫でるざらっとした触感。ふっくらでっかい「圓子」からはじめるようにとびだすゴマ餡のこくのある濃密、濃厚な旨さ。

幸せを感じます。

2010/06/12

初夏の味 10年5月の「赤坂璃宮」銀座店の6

 締めくくりの面・飯は「鮑汁炆米粉/ビーフンの鮑ソース煮込み」。 
「鮑汁って何でしたっけ?」
「あ、それ、干し鮑の戻し汁ってことなんですが」
 もっとも「鮑汁」、干し鮑を調理する時に干し鮑の戻し汁だけじゃなくて鶏肉やら豚肉やら色々加えソースを作ります。それも「鮑汁」と称されます。
 そういえば去年の10月、「鮑汁炆伊面」が締めくくりの面・飯の一品として登場 今回は「伊面」にとって替わって「米粉」が主素材。それ以外に、赤いパプリカ、セロリ、もやし、エシャロットなどの具材もたっぷり。
 その味付けが「鮑汁」。こくのある旨さが特徴です。なんてことからすると、もしかして「鮑汁」、干し鮑を戻したときの煮汁だけじゃなく、干し鮑の料理に使うソースを使ったものかも。それに甘味が顔を覗かせる。
 「伊面」なら、ほどより噛み応えがあって、ソースの味が面に絡んでます。
 「米粉」の場合にはすっと歯が入る柔らかさとるつるつるとろとろの感じで、喉越しのよさも味わえるという寸法。でも「伊面」よりも「米粉」の方が「炒」の技術、「鍋」使いの力量を問われます。
 というのも「米粉」、生にしろ戻したものにしろ、表面に水分が付着していて、ベタ感あり。そのせいで手際よく炒めないことにはだまになっちゃいます。それを防ぐには油脂を使って、強火で炒め、水気、べた感をとばします。ですけど、油脂たっぷりだと、火の強さ、炒めの手際よさが課題、求められます。そう、水気は飛んでも脂っけたっぷりのベタベタになっちゃいますから。

 その辺りの油脂の使い方、その沸点を見極めた火、鍋の使い。「米粉」の水っ気をとばし、なおかつ、油脂のベタ感もなく、強火で炒めながら、焦げを作らない。袁さんの炒め、鍋使いの技、改めて再認識!
 「これ、旨い。ビーフンの炒めものなのに旨い!」
 「決め手はこの「鮑汁」ソースでしょうかね」
「それより、炒め方、すごいですね。ビーフン炒めてもなかなかこうはならないもの。さすがプロの技です」 なんて声が上がります。

2010/06/11

初夏の味 10年5月の「赤坂璃宮」銀座店の5

 話、戻って「10年5月の「赤坂璃宮」銀座店の5」。
 日本では決して味わえない広東風味をそのまま伝える「焼鴨斗茄瓜/茄子の焼鴨蒸し」に続いて登場したのが「蒜頭豆豉爆蜆/あさりの豆豉炒め」。
 この料理、香港で海鮮を看板にする料理店、ことに大衆的な海鮮料理店ではどこでも看板料理の一品になってます。中でも有名なのが先月「椒鹽天使蝦/天使えびのスパイス揚げ」で紹介した銅羅湾の台風避難所の船上屋台、水上夜総會でのそれ。「避風塘炒辣蟹」と並ぶ船上屋台の看板料理になってます。

 ちなみに香港の海鮮料理を看板にする広東料理店で出会える貝類、大衆的な店ではアサリ(蛤仔)、アカ貝(螄蚶)、マテ貝(蟶子)、バイ貝の一種の「花螺」。高級店になるとマテ貝、タイラギの一種の「帶子(櫛江珧/江瑶)」、ミル貝(象拔蚌)、大小のホラ貝(响螺)が加わります

 アカ貝は醤油、紹興酒などに漬けたものを見かけました。上海料理店にもありましたっけ。バイ貝の一種の「花螺」はかつて大衆的海鮮料理で評判を呼んだ大佛口食坊の看板料理だった辛味たっぷりの「辣酒醤煮花螺」なんてのを思い出します。

 高級店での大ぶりの「响螺」の値段は天井知らず。ミル貝、香港ではカナダからの輸入物が大半だったはずですが、それまた結構な値段。近隣の養殖物やタイ、ベトナム近海など東南アジア産の天然の輸入物が主流のタイラギ、最近はニュージーランド産の天然ものが流通しているマテ貝などもやはり時価ですから、当然、値段はそれなり。

 そうしたことからするとアサリの値段は比較的安価、というのが一般に広く浸透し、したしまれてきた理由じゃないでしょうか。その調理方法、味付けは大蒜、豆豉、新鮮な唐辛子などとともに一気に炒め合せたもの。ピーマン、玉葱、葱頭などの野菜類を加えるというのも一般的。さらに、最後はとろみをつけて仕上げ、一丁上がりという次第。 
 そういえば今回の「蒜頭豆豉爆蜆/あさりの豆豉炒め」、袁さんの料理にしては珍しく見た目、明らかにとろみの付け加減が多めの感じ。
避風塘でテーブルをしつらえた船に横付けし、さっさとてきぱき海鮮料理の数々を作ってくれる船上屋台での「あさりの豆豉炒め」を思い出しました。
 
 その具材、殻つきの浅蜊、香味野菜は大蒜、生姜、葱、玉葱、エシャロット、それに赤と黄色のパプリカにピーマン、韮といった内容。その切り揃え、大蒜はひとかけがごろ。赤のパプリカ、玉葱は細めの短冊切り、つまりは「片」。韮は長目。それ以外、各種野菜ひっくるめて粗微塵の「粒」の感じ。ですが、橋詰さんが板をやっていた頃とはびみょーに切り方が違います。

 浅蜊は殻付きのままのものもあれば、殻から身が外れたものもあります。食べやすいのは殻から身が外れたもの。ですが、やっぱり身が殻付きのままむしゃぶりつきたくなります。多めの加減のとろみがついた浅蜊や粗微塵の野菜はユルユルの感じで、滑らかな触感でつるり、とろり。大蒜のひり味だけではない辛味が浮かび上がります。それから葱、玉葱、エシャロットとのものと思しき甘味。さらには漬物みたいなひね味、こくのある旨味、風味が浮かび上がります。それって間違いなく「豆豉」によるものでしょう。

 そのとろみ、辛味、甘味、ヒネ味は、なんだか懐かしい。先にも触れてきたように、避風塘、さらには鯉魚門や長洲島の船着場近くの海鮮料理屋で食べた素朴で直接的な力強い味わい、野趣な「あさりの豆豉炒め」を思い出したからです。それも香港の昔懐かしい味、風味、伝統的でオーソドックスな海鮮料理の味に通じます。

 上品で押し付けがましくなく、ほど良い加減の味つけを得意とする袁さんですが、こんな風な野趣な味、風味を生み出す調理、味付けも得意、なんてことに感心。素材の持ち味を引き出すってことを考えれば、納得の行く話です。

 「これ、がつんとくる味だよね。ひりっとした辛味、それに、甘味、旨味があるし、浅蜊の味、風味、そのまま生かされてる感じだし……」と、小皿に取り分けられてもまだ熱々の浅蜊は大好評でした。

2010/06/08

鳥越祭 2010 終わって、あ~あ、夏が来る!

 鳥越祭。終わっちゃいました。
 鳥越祭が近づくまでは気もそぞろ。落ち着いてなんか入れられない日々を送ります。
 宵宮の日、午後には早々とお世話になってる越村邸に。
 到着まもなく装束を身にまとい、出陣の準備。

 午後5時半に小島一丁目の町内御輿は出立。
 越村さんの甥っ子の昌平君やその友人の神田の内村さん、神田の巴家の針谷さん、築地の紀州吉岡屋の大島さん、私の甥っ子やその友人のサイモンが参加、という顔ぶれ。
 町内を練り歩いた後で、小島三町会の御輿が集合し、提灯を掲げて小島三町の連合提灯御輿渡御。
 汗をかきましたが、爽やかな涼風に鯉口の汗も乾きました。

 本社御輿渡御の日。午前は町内御輿で町内を一巡り。新たに昌平君のおかみさん、紀州吉岡屋の若主人とその友人が加わりました。
 昼休みの後、午後にも町内渡御。もっとも内村さん、針谷さん、紀州吉岡屋の若主人はそれぞれ仕事やらいろいろあって、途中退場。本社には参加せず、というより参加できずってことで、大いに悔しがっていました。

 三時過ぎには本社御輿渡御のために集合。
 本社御輿の渡御には、越村さんを紹介してくれた川越の小野食品の小野哲専務、番頭の豆助、以前小野食品勤務で現在は群馬で豆腐屋を親子で営む川辺君を帯同。そこに石原町の「豆源郷」の横井さん、宵宮来の昌平君、私の甥っ子、その友人のサイモンというのが越村家軍団の顔ぶれ。
 本社渡御では一昨年知り合った地元の岡本さんを御輿の側に見っけて、交代を何度か繰りかえしました。そして、鳥一(鳥越一丁目)への受け渡し前には、岡本さんと前後に並んでゴール。
 後になって振り返ってみたら、小島一丁目の本社渡御の受け持ちの半分以上、御輿に触れいたことが判明。
 本社渡御が終わってしばし休息。疲れました。肩の痛みはともかく、三社で左足の親指を踏まれて爪がはがれたままだったんで、だましだましの左足、それをかばった右足の甲やらふくらはぎが痛みます。

 本社御輿の渡御話に盛り上がった後で、サイモンのリクエストに応えて昌平君が津軽三味線を披露。恒例の行事なんですが、今年は越村さんが昌平君の三味線をバックに40年ぶりに「ソーラン節」はじめ数曲、かつて鍛えた民謡の喉を披露なんてハプニングも。
 それから、宮入りを見学。
 毎年、宮入りでは例年、褌一丁の軍団の御輿つぶしの殴り込みがあります。不謹慎ながらもそれが鳥越祭の宮入りの見所、楽しみです。 今年は宮元に受け継がれてすぐさま、御輿が落ちたり、御輿が通り過ぎてから褌一丁軍団と地元の警備、さらには警備の警官とのいざこざがあっちこっち。
 びしばし、どすん、ぐすん、ぐげ、ばきばき!なんて音が耳元に届くぐらい激しいやり取りが目の前で繰り広げられました。その途端、突如荒波が襲い掛かったように、人並みは一気に後ずさり。生まれた隙間で乱闘が繰り広げられる、といった次第。
 かくして、今年の鳥越祭はおしまい。
 「あ~あ、終わっちゃった!」と、私はため息仕切り。
 もうすぐ夏がやってきます。

2010/06/05

初夏の味 10年5月の「赤坂璃宮」銀座店の4

 そして「焼鴨斗茄瓜/茄子の焼鴨蒸し」が登場!
 これが旨かった。いかにも広東料理という趣きです。
 広東料理ならではの味、風味を堪能しました。 素材は茄子。しょうがの千切りとともに蒸した料理ですが、その味付け、「焼鴨」の焼き汁を使ったもの。「焼鴨」は窯の中に下拵えした家鴨をぶら下げて焼きます。そして、焼きあがった「家鴨」、ぶら下げて、あるいは、まな板の上でさばきます。

 ぶら下げて身をさばけば、腹と股の間あたり、皮の内側、身からしたたり落ちた家鴨の脂がたっぷりたまってます。腹と股の間をさばけばそんな脂分をふくんだ肉汁がほとばしる。それだけを皿に受け取って、面にまぶして食べる、なんてのも実に乙なもの。

 そんな脂分たっぷりな肉汁だけじゃなく、袁さん窯で焼いた「家鴨」の「焼鴨」の胸肉をこそげとり、ミンチ状にしてから、脂分たっぷりな肉汁に混ぜあわせ、皿に並べた茄子の上に注ぎかけ、蒸したのがこの料理。

 茄子にしみこんだたれの味は、「焼鴨」の脂分をふくんだ肉汁の旨さだけでなく、濃厚な旨味、コクがあります。「乳鴿」ほどではないにしても、血の味、鉄分を含んだくせとコクのある独特の「家鴨」の肉の味、旨味、風味のエッセンスを凝縮した濃い味。 それに、何か調味料をプラスアルファ。蠔油の味を感じました。

 ともあれ、「焼鴨」の脂分を肉汁と、「家鴨」の胸肉が醸し出す味、風味。 甘味があります。こくのある濃厚な甘味。砂糖とかを加えない素材そのものが生み出すコクのある甘味。「焼鴨」の脂分、肉汁が入り混じったコクのある甘味は、伝統的な広東料理に特徴的なものです。

初めて食べた料理。なのに、すごく懐かしい味がします。昔ながらの広東料理特有の味、風味があるからです。その最良のエッセンスを生かした見事な一品!

 「この料理、食べたことある?」と袁さん。「いや、初めて!窯で焼いた家鴨や鵞鳥の股を切り裂いてほとばしる肉汁を使った料理は食べたことがあるけど、それよりも旨味、風味がある!」

「そうでしょ?「焼鴨」の股のところを裂いた時の肉汁、旨いけど、それだけじゃなくて、胸肉を擂り潰して、加えたから。私が考えて工夫したオリジナルの料理!」と袁さん。
 なるほど。初めて出会った料理なのは当然な話。

 家鴨や鵞鳥の股を裂いてほとばしる肉汁を使った料理よりも、さらなる旨味、風味があります。なんてところは袁さんの工夫によるものだったのですね。
 初めて食べた料理なのに、懐かしい味なんて思ったのは、こくのある甘味を特徴とする味が、伝統的な広東料理のそれ、だったからですけど、そんな味をベースに、袁さんが創意工夫を凝らした料理でした。
 東京で、日本で、こんな味、風味の料理に出会えることなんて滅多にない。いや、絶対にないかも。

2010/06/03

初夏の味 10年5月の「赤坂璃宮」銀座店の3

「湯(スープ)」は「花生眉豆煲鶏脚湯/落花生と眉豆と豚すね肉、鶏脚のスープ」
素材は落花生、眉豆、もみじ(鶏の爪)。それから豚すね肉とあります。
豬踭なのか豬展なのかは不明。今度、袁さんに尋ねてみます。
豚すね肉がだしの要なのは明らかです。肉の旨味。それに皮付きではありませんが筋の部分にはコラーゲン質がありますから。
これまでにスープやら炊き込みご飯で何度も登場のもみじ(鶏の爪)からはコラーゲンがもっとたっぷり出ます。
 そこに落花生、眉豆の味が加味されます。落花生は揚げて食べることもありますが、こうやってスープの素材にすることもあり。油脂分が多くて、甘味、旨味、コクを増します。
 そして眉豆。これまでにも登場してきましたが、その正体、関西で言うインゲン豆。それが一般的には藤豆、なんてことだそうで。豆らしく澱粉質をたっぷり含んでいます。
 この「花生眉豆煲鶏脚湯/落花生と眉豆と豚すね肉、鶏脚のスープ」。
 ひと口目、豚すね肉の旨味。もみじのコラーゲン質のとろみやこくを感じながらも、すっきりさっぱりの印象。
 長時間、老火(とろ火)で煮込んだこの種のスープに特徴的な穏やかで優しく、口当たりの良い味わい。
 さらに口に運ぶと、豆の味がくっきりと浮かび上がり始めます。甘味、それに澱粉質なんですが、素朴でひなびたほのぼのしみじみ系の味、風味。それも、大地にしっかり根を張っているような力強さがぐんぐんとみなぎりはじめる、といった趣です。
 実は落花生、眉豆にもみじを組み合わせて長時間煮込むスープは、本来は冬の最中に体を温めるために作って食べる、というのが香港、広東地方では一般的。
 豆の味にはクセがあります。干したものですからひなびた味、風味がある。それを和らげるために、蜜付けの棗の「蜜棗」、無花果(いちじく)はじめ干した果実を加え、甘味と風味を加えたりします。
 今年、春になっても温かさからは程遠く、五月になっても冷気はそのまま。例年とはいささか異なる今年の季候、ここ最近の日々からすれば、このスープはうってつけ。食べ進めれば、じんわりと体が温まってきます。
 季節、時候にあわせて素材を按配し、とろ火で煮込む「老火湯」の真髄、極意をしみじみと味わいました。

2010/06/01

初夏の味 10年5月の「赤坂璃宮」銀座店の2

 続いて「喬菜頭炒蝦仁/ラッキョウと芝エビ炒め」。
 日本語の料理名に「ラッキョウ」とあるのに「そうだ、ラッキョウの季節!」なんて思い浮かべました。
 はたして、目の前に現れたのは「ラッキョウ」じゃなくって「エシャロット」。中国料理名を再確認したら「喬菜頭」とあります。
 昨年の9月に食べた「喬頭泡干魷/一夜干し烏賊とエシャロットの炒め」の「喬菜頭」のことを思い出しました。 http://kitami.blogspot.com/2008/09/blog-post_30.html
 この「喬菜頭炒蝦仁/ラッキョウと芝エビ炒め」、芝海老、エシャロット、大蒜の茎の「蒜苗」、紫たまねぎ、エリンギが素材。
 塩味炒めで、いたってオーソドックな海老の炒め物。エシャロット、大蒜の茎、紫たまねぎにエリンギという素材の組み合わせ。なんといっても芝えびの旨さが際立ってます。
 芝エビのぷりっとした噛み応え、噛み締めると浮きたつ甘味、旨味。芝エビそのものの旨さ、その持ち味、旨味を引き出す下拵え、火の通り。ジャスト!の調理が施された芝エビの火の通し加減の見事さ。
 おまけにエシャロット、大蒜の茎、紫玉葱、エリンギのそれぞれの個性、持ち味、旨さ、風味が生かされてます。

 主素材と副素材の組み合わせも重要ですが、一気呵成に炒めるわけですから、素材の火の通りを考えた素材の切り方などの下拵え。主素材と副素材、香味野菜の分量とバランス、按配の見極めも中華料理の炒め物で最も重要なポイント。しかも、ひと皿に盛り付ける際、過不足ないバランスの取れた素材の分量が中華で大事な「色・香・味」を生む要因のひとつになるからです。

 なんでもかんでも鍋にぶち込んで一気呵成に炒め合わせも、「色・香・味」の三拍子、鍋の気の「鑊氣」のある美味しくて香り豊かな炒めものは作れません。しかも、火の通りや見映えを考えて、素材の厚みや細さ、長さなどを丹念に切り揃え、素材によっては下茹でしたり、油を通した上で、火の通りに難いものから順に素材を炒めあわせるにしても、やはり、素材の分量、バランスを見極めておく必要があります。

 家庭なんかではちょいと余分に材料を用意したり、余分に切り過ぎたりすることも多いはず。そんな時、余すのは無駄、もったいないからって「ま、いいか!」と、分量を多めのまま炒めあわせると、火の通りが狂います。素材の分量の組み合わせも狂って「色・香・味」を損ねる結果になります。
 素材を余分に切り過ぎたからといって、余分な素材をそのまま加えてしまうのは、ぐっと我慢。な~に、他に使い道、必ずあるはずですから。そのぐっと我慢の分量の按配、バランスが、美味しい炒め物を生み出します。

「こういうエビと野菜の炒め物って、ここで食べるといつも感心しちゃいますよね。すごくオーソドックスな料理だし、家でも出来そうなんだけど、素材を揃えてやってみても、こんな風に上手くいかない」
「エビのぷり感とか、甘味、旨味の引き出し方とか。炒め方だけじゃなくて、下拵えも肝心なのかな」
「エシャロットのヒリっとした感じとか、玉葱の甘味とか、大蒜の茎のクセのある香りとかも、はっきりわかりますね!」
「けど、このエリンギ、きのこだけどそんなに香りとか風味ないね」
「そそ。でも、触感と味、他の野菜とのバランス、組み合わせからすると、スンナリ収まってる感じじゃない?生椎茸やしめじだと、独特のクセがあるし、舞茸なんかだと香りがあるけど、炒めるとあくがでませんか?それからすると、エリンギ、触感が良いし、他の素材、味つけに寄り添う感じで……」とまあ、皆さん、観察が実にするどい。
 いたってオーソドックな芝エビと野菜の炒めもの。ですが、その味わい、旨さ、香りに、皆さん感心。またまた袁さんの腕、技、力量を見せつけられた一品でした。