2008/05/31

春の広東地方の郷土料理の13~空芯菜のえびみそ風味炒め

 宴もたけなわ。終盤を迎えて野菜の料理です。
 この時期、って4月でしたが、どんな野菜がありや、なしや。
 福臨門に尋ねたら「韮菜花」、「通菜」、「白露筝(白アスパラガス)」、だってことは以前にも触れてきた通り。けど、やっぱり食べたいのは芥菜胆、芥子菜の葉を落とした軸の部分を上湯で煮浸しに、それとも、蟹肉のあんかけで食べたかった。ですが、日本での調達は難しい。

 花にらの「韮菜花」にも興味をそそられつつ、結局「通菜」、茎が空洞になった「空芯菜」の炒め物に落ち着きました。
 とはいえ、大蒜、唐辛子、醗酵豆腐の「腐乳」、えび(というかアミ)の醗酵味噌の「蝦醬」で味付けするか。
 そこで「蝦醬炒通菜」に決定。

 「通菜」は、少しばかりほろ苦くって、えぐ味もある。葉は柔らかいものの、茎というか軸の部分は空洞があっても、肉厚というか、普通に火を通すと、しゃり、しゃき感がある。

 香港に限らず東南アジアの各国で、日常的な野菜として定着。大衆食堂や屋台店での青菜の炒め物、といえばほとんどがこの「通菜」。近頃日本でもスーパーで売られるぐらいに幅広く浸透。家庭の中華の惣菜のメニューに加えられることも少なくないようです。

 ともあれ、この通菜の炒め物、調理にしろ、味つけにしろ、「あん時、あそこで食べた「通菜」が旨かった!」と、それぞれの体験に即した嗜好が絶対的な価値感を植えつける、という厄介な側面もあります。
 「あん時の味を、日本の料理店でも味わいたい!けど、なんだか違うなあ?」
 ってことからスーパーで「空芯菜」を買い込み、「あの味!」に自ら挑戦、なんて人も少なくないはず。

 しかし、家庭で調理する際、香港や東南アジアの大衆的な店や屋台店ほどの大きな鍋や強い火がない。 そんなことから、葉も茎も一緒のまんまに炒めることはあきらめて、葉と茎は選びわけ、茎を先に炒めて火を通してから、葉を入れる。 あるいは、茎の切り方に工夫を凝らし、言わば隠し包丁を入れて、葉と茎を一緒に炒め合わせる、なんて、工夫を凝らす人もいるようで。

 そうそう、2年前のdancyuの10月号、「香り立つ旨い中華は、「板」と「鍋」で成り立っている」で、あの東京ミシェランで一つ星獲得、「桃の木」の小林武志師傳にその実践講座をお願いしました!

 はたして福臨門の「蝦醬炒通菜」、以下の画像が、その洗練の美味を伝えてくれるはず。














 やっぱ、ランニングシャツに短パンのおっちゃんが、飛び散る汗まで味付けにして、一気呵成に炒め上げた東南アジアの屋台店のそれや、「あん時のあの味!」を求めて工夫を凝らしたそれとも違います。 顔つきの見事さが、その美味、旨さ、風味の豊かさを物語ってます。

 葉と茎(軸)は切り離さないで、原型のまんま。
 葉は葉の味がする。さらに、見事なのは、茎(軸)。しゃき、しゃり感を通り越し、くたっとした柔らかさがある。しかも、味、風味があり、だしの味が、最後にふっと浮かび上がります。

 日本の中国料理店で、一般的、にはなんでだか、茎(軸)にしゃき、しゃり感があるのが普通です。
 それって、日本人の一般的な青菜の葉、さらに茎(軸)の炒め物の触感の嗜好、しゃき、しゃり感の歯応えがあってこそ、というのにも関係あってのことでしょう。
 葉はともかく、茎(軸)は、しゃき、しゃり感があるのが一般的で、圧倒的。

 ところが、香港、中国あたりでは、葉は葉の味、ことに「通菜」などは、青み、ほろ苦さ、えぐ味を残しながら、茎は火が入り、しゃき、しゃり感の一線を越えて、むしろくたっとした柔らかさのあるのが普通です。茎(軸)の筋が立たない、柔らかさ、ってことになります。福臨門のはまさにそのくた感あり。
 それって、イギリスのくたくたに煮込んだ野菜の煮込みのぐちゅぐちゅ、ぐじょぐじょ感や、噂に聞いたイタリアの青菜やキャベツのとろとろ煮込みにも通じる世界かも。

 おまけに、味付けの「蝦醬」。
 ふっと鼻先をかすめ、さらに、口に入れ、噛み締めて喉の奥から鼻に向けて、その味、香り、風味が立つ、という按配です。
 話に夢中だと、すっかり「蝦醬」の味付けだったことを忘れ、噛み締めてみて
 「あ、そか!、これ、蝦醬で炒めたやつ」  と、気づくような次第。

 そうなんです。
 日本の中国料理店、ことにオーナー&シェフの店、それも新進気鋭の若くて熱意溢れる料理人による青菜の各種の風味の炒め物。そのほとんどが、なんでだか青菜の持ち味、葉と茎(軸)の味の差異なんかほとんど無視。 大蒜や唐辛子をふんだんに。それに「「蝦醬」、「腐乳」の吟味には凝ってます!あ、XO醤も自家製のがありますので!」とばかり、自慢気に調味料理をふんだん使って、素材よりも調味料の味アピール。
 それって、なんか、へん、ですよね。

 しかも、そいう味つけ、素材よりも調味料の味が立っている青菜や野菜の炒めものを、料理評論家、フードライターの方々が絶賛!なんてことが、少なくない。 濃い味、調味料の味が立ってる方が、確かに味がわかりやすいってことなんでしょうけど。
 それって、素材の持ち味は無視、ってことに気づかないんでしょうかね?

 あ、また、余計なこと言っちゃた!

2008/05/28

春の広東地方の郷土料理の12~蛤蜊燉蛋/はまぐりと溶き卵の蒸し物

  「蛤蜊燉蛋」、はまぐりと溶き卵の蒸し物。
 早い話が、蛤の茶碗蒸し仕立て、中華風の茶碗蒸し。

 福臨門の春のメニューの素材にはまぐりがあるを知り、一体どんな調理、味付けなのか尋ねました。
 私にとって、広東料理のはまぐりの料理と言えば、黒豆みそ炒めの「豉汁炒」、あるいは大蒜や葱の微塵とともに蒸した「蒜茸蒸」など、海鮮の魚介に共通した調理、味付けの料理です。それがにんにく風味、春雨との蒸し物の「金銀蒜粉絲蒸蛤蜊」があったのに興味もそそられました。

 ですが、私、はまぐりは酒蒸し、もしくは、椀物が一番の好みという頑固な保守ぢぢい。
 そうだ、中国料理ではまぐりの料理といえば、はまぐりからでるだしに溶き卵を加えて蒸した「蛤蜊燉蛋」。

 もっとも、香港では上海系の店で食べたことがありますが、広東系の店で食べた体験はなし。
 そんなことから上海系の料理と言う認識がありましたが、福臨門にリクエストしたら、福臨門でもやれます、やってます!という返事。

 そうか、なら、もしかしてそれは広東式、もしくは、福臨門式の「蛤蜊燉蛋」に違いない!
 そうにらんで、今回の「青木宴《春編》」に組み入れた次第。
 実は今回、「江南百花鶏」とともに、最初に選んだ料理の一品です。

 「蛤蜊燉蛋」といえば、思い出すのが蔡瀾さんの「香港美食大全」での、「大上海」における同料理についてのコメントです。
 蔡瀾さん曰く、香港でも「蛤蜊燉蛋」を出す店が少なくなった、なんて話を紹介しながら
 「但し、日本人を接待するときには、絶対にこの料理を頼んではいけない。彼らはこれをすばらしいとは思わず、口に入れてから「ああ、茶碗蒸しね。日本にもあるよ」と、言うのだ」。

 ふむふむ。
 だって、実際、茶碗蒸しに似てます、って、同様ですから。
 さらに蔡瀾さんが触れるには
 「ばかったれ!茶碗蒸しに使うのはどれも火を通した材料で、甘味だって化学調味料でつけたものだろうが!! 「蛤蜊燉蛋」よりうまいわけがない」
 とまあ、口先鋭く、容赦がない。
 蔡瀾さんらしい辛辣な表現ですけど。う~ん、蔡瀾さん、もしかしてちゃんとしただしで作った茶碗蒸し、未体験なのかも?

 はまぐりの椀物。
 思い出すのは神保町の「鶴八」で、「小倉さん、いかがです?」と、親方に薦められたそれです。
 具は三つ葉だけ。肝心のはまぐりの身はなし。だって、すし種にするはまぐりを湯通しあとのだし汁で作った椀物ですから。しかし、その美味、ぎりぎりの塩加減。
 思い出しては、遠い目になっちゃいます。

 で、「蛤蜊燉蛋」。
 「じゃ、八尾さん、福臨門の「蛤蜊燉蛋」をご紹介ください!」
 「はい、あのう、この「蛤蜊燉蛋」ですが、はまぐりから出るだしだけでなく、上湯を加えてありますので!」
 と八尾さん。

 なるほど、そういうことか。
 ということなら、広東式、というよりも福臨門式の「蛤蜊燉蛋」だ。















日本で「茶碗蒸し」と言えば、一般的に多いのが、液状のゾルが固まったゲル状に近いそれ。キャラメルプディングみたいに、匙を当てるとグラングランとも身を震わせる。ところがこの「蛤蜊燉蛋」、だしを合わせて蒸した溶き卵の状態はゆるゆる。
 ゆるゆるで、ほんわりつるりん、舌に乗せると淡雪のように溶けていく。舌の上でとろけていくような滑らかさ。

 滲み出るだし。
 はまぐりを煮立たせて、ぱっくりと開いた貝から滲み出るだしは、切れ味のいい磯の味がするものです。
 ところが、この「蛤蜊燉蛋」のだし、磯の香りを包み込むような、丸み、ふくらみのあるふくよかな味、風味です。
 具のはまぐりの身よりも、だしを含んだとろとろの卵、だしの味、風味の妙が実に見事。
 堪りません。それも、椀半ばにして、しっかりとした味、風味が際立ってくる。
 緻密で繊細、洗練された上品な美味に、またしてもうっとりとなったのでありました。

2008/05/27

春の広東地方の郷土料理の11~レバ、ハツ、ニラ、モヤシ炒め














 そして「韮菜銀芽炒心肝」。

 「え~、これは・・・・「レバニラ炒め」でございます。 あ、ハツも入っておりますので!」
 もったいぶった表情ながら、ユーモアを忘れない八尾さんの料理説明。

 「レバニラ炒め」という一言に、メンバー一同、鳩が豆鉄砲を食らったみたいに「エッ!」と驚きの表情。 そして、かすかなどよめきが、ひたひたと。
 「福臨門の「レバニラ炒め」? そんなのあり?なの?」
なんて声も聞かれたりして!
 
 私は、思わず、クス!

 八尾さん、さすが辻調技術研究所出身。
 勉強、研究の合間に、大阪人を中心に、関西人なら日常茶飯のボケとツッコミのやりとりも、しっかり鍛えられてきた様子です。

 あ、そだ、言っときますが、一般に「大阪弁=吉本」なんて認識があるようですけど、それは大きな間違い!
 吉本の芸人の大半が使っているのは、関西共通語。
 大阪弁、厳密には浪速言葉、狭義には船場言葉とは異なりますので。

 岸さんのところで調達可能な内臓のリストを福臨門に送り、戻ってきた可能な料理のリストは、予想外の多さでした。今回、実現出来たのはほんの一部。そんな中に「炒豬潤」、「炒豬心」とあったのを見つけ、いっそ「レバ/肝臓」と「ハツ/心臓」を炒め合わせるってのがいいかも、というのがコースに組み入れたそもそものきっかけのひとつ。

 おまけに、今回、春の素材に内臓料理を!という構成内容を青木さんに提案したところ、「「モツ盛り合わせ下町風、香菜添え」を!」という青木さんのの熱い思い、期待に応えるには、格好な一品かも。なんてこともあって、今回のコースに組み入れた次第。
 今回の「青木宴~春編」のコースからすればコース外れの番外編、スペシャルエクストラといった趣の一品です。

 「レバ、ハツ、ニラ、モヤシ炒め」は、ウケけました。
 めちゃくちゃにウケけました。
 「これって、ご飯のいらない「レバ、ハツ、ニラ、モヤシ炒め」、ですね!」
 と、青木さんが漏らした一言が、そのすべてを物語る。
 
 そうです。
 「レバ、ハツ、ニラ、モヤシ炒め」は「おかず」のはず。
 それが、食べてるのは「おかず」とは思えない「レバ、ハツ、ニラ炒め」!
 素材の吟味、厚み、大きさなどの切り分け、その下拵え、それぞれの分量とその見事なバランス。
 「おかず」ではなく、見事な料理の一品です。

 何と言ってもレバ、ハツの炒め加減が見事です。
 そう、関西の食関係、料理人が頻繁に口にし、関西発の食に関わるブログで頻繁に見かけることの多い「火入れが凄い、絶妙!」って言葉が、そのまんま当てはまる。

 レバもハツも、食べている最中に、口の中でそれぞれの持ち味、資質、味、風味が、ぐんぐんと浮かび上がってくる。それが、しっかりわかります。
 「エ!、こんなの、あり?」
 というような
 「レバ、ハツ、ニラ、モヤシ炒め」です。

 ハツはざらっとした舌触り。こりっとした張りのある噛み応え。
 噛み締めれば、あの「血」の味、鉄分を帯びた金属質の味、風味が浮かび上がる。
 レバは火が通って、むっちり。なのに、噛み締めれば、まずはあのねっとり感が歯茎に触れ、ぷるんと弾けながら、ぐじゅとした中に、これもまた「血」の味が。
 同時に、レバに含まれた脂のこくのある甘さ、旨味が、滲み出す。溢れ出す。

 クセのあるニラも、さすが、ハツ、レバと一緒では、むしろ爽快な青さが浮かび上がる。
 いや、クセのある強い個性を持ったニラだからこそ、ハツ、レバとしっかり張り合い、共存、ってことでしょう。
 ニラという素材の持ち味、個性を引き出しての結果、ってことです。
 それに、もやしはさっぱり。それもまた、持ち味、真価を発揮。

 「いや~、凄いですね、この料理。レバにしろハツにしろ、それぞれの持ち味、しっかり出ていて、その特徴がほんとよくわかりますね。驚きました!」
 と、景山さん。
 「それに、ローヌの「CAIRANNE」、あってますねえ・・・・・」
 と、遠い目で、深いため息!

 番外の料理、エクストラスペシャルの「韮菜銀芽炒心肝」。
 思わぬ波紋を生んで、強烈な印象を刻み付けることになったのでありました。

2008/05/26

春の広東地方の郷土料理の10~油泡欖仁肚尖の2

 「ほら、これ!なかなか乙な味だね。この料理のアクセントになってるじゃない!」
 と「欖仁」をつまみあげ、口に放り込んで、斉藤さん。
 「そそ、この「欖仁」、って中国オリーヴの実ですけど、えび炒めとか、案外、色々使われてね。特に順徳地方の料理に多いんです。ミルクの揚げ物のなんかにもまぶしてありますから。
 木の実の香ばしさ、油性分もあって、こくのある甘さ、旨さがありますから。鋭いですね、斉藤さん!」
 と、私。

 「いや~、だって、俺もたまに気の利いたこと言わんと、この宴に参加してる意味も立場もないからね!」、と斉藤さん。
 な、ことないです、斉藤さん。
 料理が出てくる度、鋭い質問、つっこみ「あ、いけね、なんだっけ!」 と、あたふたしたりする私でありました。
 そう、今回、料理内容の説明は八尾さんにまかせてばっかりです。

 とはいえ「肚尖」については思わず熱くなり、熱弁を奮いました。
 香港の福臨門で「肚尖」を知り、その独特の触感、風味に魅せられて以来、日本でなんとか食べたい、そう思い続けた執念が、今回やっと実現。
 その道のりは長かった。

 日本で「ガツ」が流通しているなら「肚尖」だってあるはず。そんなことから「ガツ」を扱う中国料理店の料理人に尋ねても、北方系統の店の料理人だったせいか、日本在住、もしくは日本人の中国料理人だったせいか
 「肚尖? 何ですかそれ?」 
 と、逆に尋ねられるのがほとんどでした。焼肉関係の人に尋ねても、その答えは同じようなもの。

 今回お世話になった川越の「はぎちく」の岸さんにも、機会があれば相談を持ちかけたものの
 「う~ん「肚尖」って言われても、ねえ。心当たりがないなあ。部位の呼称の違いなのかな~」
 なんてやりとりがなんどかあって、一旦、話も頓挫。

 それが今回、豚の内臓の調達を岸さんに依頼することになって、またもや「肚尖」話が再燃。
 改めて福臨門に「肚尖」の詳細、豚の胃のどの部分なのかを再確認。
 そのやりとりは「春の広東地方の郷土料理の4」で紹介して来た通りです。

 福臨門に「肚尖」の部位を確認し、豚の胃が食道、十二指腸つながる連結部分が必要、と判明したものの、いったいどのくらいの長さが必要なのか。そんなやりとりの最中に、岸さんから部位の処理、検査官がやるってことが判明。
 
 つまり、日本では検査官が胃をばっさり。
 ってことは「肚尖」という部位の存在せず、その認識もなく、その一部が胃についたまま、「ガツ」の一部として扱われていたか、それとも、「ガツ」に比べて身が薄いことから、処理されてしまっていたか。

 あ~あ、もったいない!

 ともあれ、岸さんの努力と熱意の甲斐があって、希望する部位をゲット。
 とりあえずそのサンプルを福臨門のキッチンへ。
 はたして希望通りの部位かどうか。それに「肚尖」としての料理が可能かどうかの返事待ち。

 そしたら、八尾さんからOKの返事!
 それがなんと「「梘水(かんすい)」で1時間、流水で3時間」かけて、掃除、下拵え。 そうです、内臓ってのは掃除、下拵えに手間がかかるもの。
 福臨門のキッチンの皆さんご苦労様!手間をかけてすんません。
 ともあれ、サンプルはOKってことで、「青木宴」を目指して、GOいん「ぐ~!」

 さて、その「肚尖」、料理方法はいくつかありますが、基本は「油泡」か「炒」。 今回は「油泡」した「肚尖」に「欖仁」も追加。

 










つるんと滑らかな舌触り。最初はむっちり。なのに、ぱりっとした噛み応えがあって、ぽりぽり噛み締めれば、甘味を含んだ味、独特の風味が滲み出る。
 その触感、むっちり感のある舌触り、ぱりぽりの爽快感のある歯応え、といった触感の妙。
 内臓特有の脂肪分を含んだ味わい、風味が格別です。

 しかも、上品で、洗練された調理、味付け。「焼き肉」、「もつ煮込み」とは、まさに対極の位置にある見事な美味、です。
 内臓の部位をこれだけ上品で洗練させ美味に仕立て上げる技の見事さ。
 やはり、それは福臨門ならでは。

 こくのある旨味たっぷりのオイスターソース、塩気の利いた醗酵味の蝦醬を少しばかり付けて食べればが、味わい、風味が一層増します。
「まさか、日本でこの「肚尖」が食べられるとは!」 、という感激を差し引いての話です。

 実際、「肚尖」に初めて出会った他のメンバー、口にして、「う~ん!」と唸ったまま、しばし絶句状態。
 一呼吸も、二呼吸も置いてから
 「これはいいや、旨いねえ!」
 というため息混じりの感嘆の言葉が、次から次へ。

 こうなれば、今後は、銀座の福臨門の知る人ぞ知るメニューのひとつの仲間入り?
 なんて、ほくそえんだものです。
 ですか、後日、課題もありという話を福臨門のスタッフから教えられました。

 岸さんから届いた内臓の類、そのすべての鮮度、質の高さは申し分なし。
 香港のそれにひけをとらないどころか、「肚尖」の質の良さは、香港でもそう簡単には入手できないほどのもの、だったとか。

 ところがです。問題はそのサイズ。
 香港で入手可能な食道、十二指腸と連結した部分の胃に比べれば、いささか小さい。
 香港だとひとつの部位から6枚取れるところ、岸さん提供のその部位からだと4枚しか取れない。

 おそらく岸さんの扱う豚、ことに良質のそれはバークシャー系、もしくは、バークシャー系の掛け合わせで、豚そのものが小ぶり、なんてことにも関係してるんじゃないでしょうか。

 実は「肚尖」だけでなく、豚まめの「腎臓」も、そのサイズがキッチンのスタッフが予想していたものよりも小さかった。なんてことや、他諸々のこともあって、しばし、検討課題となったそうで。それが残念です。

 なんとか、銀座店だけに限らず、日本の福臨門各店で、食べられるようになればいいんですが。
 この美味を、多くの人と分かち合いたい!  

2008/05/24

春の広東地方の郷土料理の9~油泡欖仁肚尖の1

                                                                                                 













 「油泡欖仁肚尖」。
 この「肚尖」を素材にした料理が日本で食べられる日を、どれだけ待ち望んでいたことか。
 今回、それがようやく実現しました。そのことだけでもうるうると感涙にむせび泣いたほど。いや、ほんとです!

 「肚尖」とは豚の胃の尖端部分。胃の端、胃が食道、十二指腸とつながる部分のことです。
 豚の胃といえば「ガツ」。日本じゃ中国料理店にもありますが、それよりも焼き肉屋、ホルモン専門料理店のメニューで馴染みのはず。

 「ガツ」は、胃の部分そのもの。肉厚で、しっかりの噛み応えあり。
 ネットで調べたら生で食べる「ガツの刺身」ってのもあるそうで。
 牛の胃の「センマイの刺身」は食べたことがありますが「ガツの刺身」は未体験。

 「肚尖」は、豚の胃でも食道、十二指腸につながった部分で、「ガツ」本体に比べれば身が薄く、肉質も柔らかい。ぷりっとした舌触りで、噛み締めるとこりっとした歯応えがある。調理するにはそれなりの下拵えが施されています。

 「肚尖」を食べるたびに思い浮かべるものがある。海鮮素材のひとつ、法螺貝がそれです。
 大型のものは「响螺」。 村上龍のエッセイに香港の福臨門話があって、その好物がほら貝。それを食べるためだけにでかけたいとか、なんとか、そんなのを読んだ覚えがあります。

 「响螺」の値の高さは、ウルトラ級。直径5~6センチほどの「响螺」のスライス、厚さ5ミリ程。90年の段階で1枚の単価を計算したら、5千円程でした。ですから、今の値段、推して知るべし。
 そのスライス、味わうのに30秒程しかからない。それでいて、その値段、5千円!
 という驚愕の事実に衝撃を受けたのが、これまでに紹介してきた「GULIVER」誌の取材で編集を担当したフリー・エディターの松木君。同誌で、そのことをきっちり報告。
 そして、村上龍さん、そんなのをぱくぱく、じゃなくて、ぽりぱりたらふく喰って、福臨門の美味を堪能してたってわけですね!

 もっとも、小ぶりの法螺貝は「響螺」ということで、その身を取り出し、「葡汁」と称されるカレー風味、もしくは、ホワイト・ソース仕立てのソースであえてオーヴンで焼いたグラタン仕立て風の「葡汁焗響螺」、それとも、スープに使われます。「響螺」を使ったスープは、「例湯」の一品として出会えることがあります。

 ともあれ「肚尖」、その大振りの法螺貝のスライスに似た触感。
 「肚尖」を油通しの「油泡」で調理した時には「油泡响螺片」を食べる時と同じく、オイスターソースの「蠔油」、えび(あみ)の醗酵みその「蝦醬」が添えられる。

 言ってみれば、貧乏人に「响螺」と言った趣も。とはいうものの、新鮮で良質な「肚尖」の入手は、香港でも難しく、値段もそれなりです。
 そういえば、ネットで「ガツ刺身」を検索した際、魚の刺身のよう!
 なんて、書き込まれてるのを見つけましたが、その表現に納得。
 私、生の「肚尖」に出会ったことはありませんが、その触感、みる貝の薄切りを湯通し、もしくは、油通したに時のそれに通じるところがあります。
 むっちりとしていて、ぷり、こりとした「ぽりぱり」の触感です。
 もっとも「肚尖」には、当然、海の味、礒の味の濃さはなし。それよりも、豚の脂の旨味、甘味がじんわり滲み出てきます。

 香港の福臨門に出かけた時には、まず尋ねるのが「肚尖」の有無。
 ふかひれ、燕、干し鮑は常備している福臨門でも、「肚尖」の入荷が無かったりすることがあります。
 ということでは知る人ぞ知る稀少品。

 その「肚尖」を油通しの「油泡」で調理し、「欖仁」、中国オリーヴの実と炒めあわせたものです。

2008/05/23

春の広東地方の郷土料理の8

 この「江南百花鶏」。
 まず、鶏を丸ごと一羽使います。その骨を抜いて身を平らにする。
その肉の厚み、按配を図りながら、その上に蝦のすり身を張り詰める。
 もちろん、均等な厚さになるように、です。

 この料理のポイントは蒸し加減。 つまり、鶏肉に火が通り、しかも、上の蝦のすり身「爽脆」なのが肝心。ということで見逃せないのがえびのすり身の下拵え。
「爽脆」というのは、えびのすり身がぷりっとした歯触り、しっかりした噛み応えがあるってことで、必須の条件。広東人の好みです。
 この料理に限らず、えびのすり身すべからくそうあるべし、なんだそうで。

 えびのすり身が「爽脆」な状態、触感を生み出すには、えびのすり身作りの過程ですべてが決まる。
一番肝心なのは、すり身にしたえびを練り合わせ、攪拌する際、必ず一定の方向に、というのを遵守。それが、一回でも逆方向に混ぜたりしたら、えびのすり身は「爽脆」どころか、へたれちゃって、べたついた感じに仕上がってしまう。それだけでなく、風味を損ねてしまうから、というのがその理由。「「霉」っていうんだけど、かび臭い感じ、っていうのかな」と徐さん。

 香港でこれまでいろんな料理人に取材してきましたが、えびのすり身に限らず、魚のすり身、淡水魚の鯪魚をすり身にしてつくね状にした「鯪魚球」などその最たるものですが、「すり身を攪拌する時には、必ず一定方向を遵守!」というのは、いつだって耳にする話。

 多くの料理人だけでなく、麵屋の御主人にえび餃子の「水餃」や「雲呑」の下拵えの話を聞いた時もそうでした。
ネットで紹介されてるえびや魚のすり身作りのレシピにもそのことが明記されてます。

 「ン!?、その理由? なんて尋ねられてもなあ…… だって、昔からそうやってきたんだし、そのままやってるだけで、理由っていわれてもなあ!それが当たり前、なんだから!」。

 「だから、それがなんでまた、そうなのか知りたいんだけど!」 と、しつこく食い下がっても 

「だって・・・・そうじゃないと、良くないんだよ!美味しないし!」 とまあ、要領を得ませんでした。
 その理由が、徐さんの言葉で氷解!

 香港の広東料理店で味わう飲茶の点心の「蝦餃」、それだけじゃなくって街中の粥麵店での「鮮蝦水餃子」やえびのすり身入りの「雲呑」のあのぷりっとした触感、日本で食べるそれとは何だか違う!そう思われた方は少なくないはず。その理由、秘密がその話からも解決できるんじゃないでしょうか。

 「江南百花鶏」はえびのすり身に調味料を加味し、鶏の上にのばすように貼り付けていく。
それを蒸す段階で、鶏肉には火が通り、上に乗っかったえびのすり身は「爽脆」な触感があることが、必須の条件。

 ところが、えびのすり身、実にデリケート。火が通りすぎると、身が柔らかくなり、へたれて「爽脆」ではなくなり、風味を損ねる。
 ということでは、えびのすり身、鶏肉をバランスよく蒸しあげる、とまあ、その見極めも肝心。

 そして、最後には蒸した鶏肉から滲み出る肉汁に上湯、卵白を加えて仕上げ。
 その最後の仕上げの段階でも、鶏がえびのすり身を抱えてるような状態だと、えびのすり身に火が通り過ぎて「爽脆」な状態ではなくなってしまうことがある。
 そんなこともあって、えびのすり身は鶏肉の上に、というのが、福臨門のスタイル

 出張料理、ケイタリングの専門店だった頃からのことで、どうやら、福臨門の創業者、徐福全さんの創意、工夫によるものらしい。
それも、長年の顧客からの要求があった時に限って作ったものだそうで、店で供されることは滅多にない、という知る人ぞ知る料理の一品です。















 碗仔で取り分けられた「江南百花鶏」。その切り身の下にはだし。
 そうか、これって椀物のしんじょ、なんて思ったりして。
 もっとも、椀物のしんじょ、だしがたっぷり。椀だねのしんじょも、どちらからといえば、滑らからでとろけるような舌触り、ってのがほとんどじゃないでしょうか。

 それからすると取り分けられた「江南百花鶏」だしは少なめで、碗仔の底にひたひた以下の感じ。
 それに「江南百花鶏」、えびのすり身はぷりっというよりもしっかりの歯触り、噛み応えのある弾力、硬さがあります。その下には鶏肉が。

噛み締めると、えびのすり身と鶏肉と、ふたつ異なる歯触り、噛み応えの触感の妙。えびのすり身からは甘味、旨味。鶏肉はジューシーな肉汁がほとばしる。洗練された気品のある繊細な美味、風味が堪らない。

 上湯と蒸した際に滲み出た鶏肉の肉汁があわさっただしは、淡白で清淡な趣。まさにエレガントというにふさわしい一品。

 洗練の美味にうっとりとなりました。

2008/05/21

春の広東地方の郷土料理の7


 「江南百花鶏」の登場です。
 「婆参荷包翅」と並ぶ今回の宴のハイライト!
 福臨門の「江南百花鶏」は18年ぶりのご対面!
 90年の「GULIVER」の香港取材の際、ジェイムス・ウォン/黄霑と福臨門の九龍店で対談。
 黄霑は福臨門のケイタリング時代の料理を子供の頃から体験、という話もあって、当時のメニューを、というリクエストに応えて登場となったもの。その洗練された美味は、今だ鮮明に記憶に残ってます。
 この「江南百花鶏」。
 かつて広州には「廣州四大酒家」と称された名店が4軒ありました。
 「大三元」、「文園」、「南園」、「西園」がそれ。
 そのうち「文園」の名品とされたのが「文園江南百花鶏」。
 HKのGOOLEで検索すれば、その話題が色々ヒット。
 ここ最近の懐かしい昔ながらの料理「懷舊菜」ブームもあって、「「文園江南百花鶏」を再現!」なんて話もあります。

 それがハッピーヴァレー/跑馬地のジョッキー・クラブにある滿貫廳、紅磡の黃埔花園の蔡瀾美食坊の「正斗粥麵專家」というのが面白い。
 ことに「正斗粥麵專家」、さすが蔡瀾さんプロデュースのフード・モールの店です。「懷舊菜」の流行を睨んで、伝統的な料理を再現、とは目の付け所が鋭い!
 そういえばこの「江南百花鶏」、90年代半ば、97年の中国への「回帰」を目前に訪れた「懷舊菜」ブームの際にも、一部の店でやっていたことから話題になりました。
 家鴨に荔芋のすり身を乗っけて揚げた「荔芋鴨」などとともにです。
 確か「鏞記」も「懷舊菜」を積極的に紹介した時期にやってたはず。

 ところで、福臨門の「江南百花鶏」。最近になって再び話題になりはじめた「文園江南百花鶏」とは少しばかり違います。
 というのも「文園江南百花鶏」は、鶏一羽、骨をこそげて身を開き、その内側にえびのすり身(蝦膠)の餡を張り詰め、それをひっくり返し蒸したもの。つまりは、鶏がえびのすり身を抱きかかえるような形にして、蒸しあげてあります。それに、仕上げには夜来香や菊の花びらをまぶしてある。

 ところが福臨門の「江南百花鶏」。
 画像でも明らかなように、腹ばいになって寝そべった鶏の身の上に、えびのすりみを張り詰めてあります。鶏がえびのすり身を背負ったような按配で。そこに腿の微塵切りをまぶし、卵白を加えた上湯をかけて仕上たもの。

 どうして鶏が蝦のすり身を背負った格好?
 たまたま日本にやってきていた福臨門の徐維均さんに話を聞きました。
 この「江南百花鶏」、実は料理人泣かせで、その力量を問われる難易度の高い料理のひとつ、なんだそうです。

2008/05/18

閑話休題~三社祭


閑話休題、別編でひっぱります。
なんたって三社祭、ですから!

今年、本社は出ません。
「本社は出ないそうで、浅草、いつもより人出少なめ!」
なんてTVが報道したそうで、その影響がどうか、
午後過ぎてから、一挙に人出が増えて、仲見世、人だかりでびっしり。

午前中、午後と宝蔵門の潜り抜けだけ御輿に触ったりして!
宵宮は雷門からスタート。
もちろん、雷門、それに、宝蔵門
行きも帰りも、その時だけしっかり御輿に触ったりして !

歳、くってるもんで!
なんて、いいわけしながら、美味しい担ぎ所は絶対に逃さない、という随分な親父です

明日も午前、午後、それに、本社のない分、宵宮あり
なんで、宝蔵門、雷門、潜る時には、しっかり御輿にさわります!
photo by Kohno

2008/05/13

閑話休題 広東料理とワイン

 ところで、この日のお酒。 口開けはピペール=エドシックのロゼ。

 かなり赤味がかった色合いで、果実のような甘さ。 前菜の「千層峰」の豚耳のねっとり系のゼラチン質、や豚脂の甘味、「炸大腸」の豚脂のこくのある甘味との相性はぴったり。

 そんな前菜の登場の前後から、ワイン通の青木、景山、海津の3人が、ワインの順番をどうするか、なんてことで鳩首会談。

 今では季節ごとに恒例化と相成った「青木宴」では、中国料理、ことに伝統的な広東料理を継承、踏襲し、上品で洗練された独自の味、風味を特徴にする福臨門の料理の数々にふさわしいワインは何か、というのがのテーマのひとつにもなってきました。

 なんて、大げさな話ではなく、料理にふさわしい、料理と相性のいいワインをあれこれ試し、飲みながら、楽しみましょう、っていうのがその基本。
 しかも、まずは料理ありてワインあり、とまあ、あくまで料理が主人公というのも基本です。

 そんなところで問題となるのが、中国料理のコースの組み立てと流れ。
 ひとつひとつの料理にあったワインはあらかた想像がつく。想像を逞しくもできます。
 ところが、中国料理のコースの流れ、組み立ては独特。

 本格的な宴会料理では、たいていの場合、前菜のあと、いきなりその日の主菜、主に干貨素材による料理が登場。さらには干貨素材によるしっかりした煮込みものなども登場します。それから、炒め物や揚げ物、さには蒸し物といったように、穏やかな優しい味になって、淡白なもので締めくくり、といったコースの変化、流れがほとんどです。

 家族や友人、知人とのくだけた仲間でコースを組み立てるにしても、前菜があったりなかったり。「湯(スープ)」から、なんてのも珍しくない。ですが、その日のメイン、楽しみな美味しい御馳走は、「湯」の後や、少なくとも半ばあたりまでに登場、というのが一般的。

 それからするとフレンチなどでは、さっぱりとした前菜からはじまり、イタリアンではさらにパスタなんぞをはさみながら、メインディッシュへ。しかも、しっかりした味、時には濃厚な味付けの料理がほとんどで、ワインもその流れに合わせて選んでいくのが一般的、じゃないでしょうか。

 もちろん、幕開けはしっかりフォアグラのパテ。なら、やっぱり甘美で濃密なソーテルヌ!なんてこともありうるわけで、私はそういうのも大好きです!
 あ、いっちゃんすきかも!
 
 ということからも明らかなように、ま、概しての話ってことになりますが、料理の構成、味わいの変化、その流れ、中国料理とフレンチ、イタリアンとは対照的。
 フレンチ、イタリアンは、概して裾広がりの三角形。
 それからすると、中国料理は逆三角形、ってことにもなります。

 かつて「男の食彩」という料理番組のキャスターを担当していた当時、春と秋の時期、月に一度は、田崎真也さんのワイン講座がありました。 その中で、中国料理が取り上げられたことがあります。その時には、中国料理のコースのすべての紹介は番組では難しい。ってことから、取り上げたのは「ふかひれの醤油煮込み」などいくつかの品でした。

 取り上げた「ふかひれの醬油煮込み」は新世界菜館のもので、社長の傳さんもゲスト出演し、解説、紹介していただきました。
 そん時の田崎さん、中国料理の「ふかひれの姿煮」には、ワインなどもよりも吟味したポルト酒がぴったりなのでは、と提案。

 なるほど、面白い。
 新世界菜館の「ふかひれの姿煮」には、ぴったりかも。
 しかしながら、その提案の背景に、田崎さんの中国料理、さらには「ふかひれの姿煮」、そして、中国料理における酒の組み合わせに対する固定的な概念、イメージがあって、それに導かれてのものじゃないんだろうか?との素朴な疑問を覚えたものです。

 というのも、新世界菜館の「ふかひれの醬油煮込み」は、上海式のそれを下敷きにしたもの。
 傳さんから詳しく聞いたわけではありませんが、私にとって新世界菜館の料理の数々は、上海というよりも、寧波風味といった印象を受けます。
 もっとも「ふかひれの姿煮」に関しては、だしとともに醬油味、それに旨味だけではなく特有の甘味がありました。言わば、日本に定着した上海式それの印象が濃厚。しかも、日本で「ふかひれの姿煮」として広く一般に浸透し、親しまれているものに通じます。

 そして、田崎さんが提案したポルト酒。
 それから私がイメージしたのは、紹興酒に他なりません。
 そうか、田崎さんも、やはり、中国料理と言えば、紹興酒。「ふかひれの姿煮」には、紹興酒というイメージ、固定概念から逃れられないのかなあ、なんて思いました。

 確かに、上海系の料理には、それも、上海系の「ふかひれの姿煮」には紹興酒がぴったりかも。
 それに、日本で一般に定着している広東料理には、あてはまるかもしれない。
 ですが、香港のそれ、ことに、ふかひれの料理には………………
 紹興酒、という組み合わせは、あてはまりません。

 それについては、いずれまた。
 もっとも、田崎さんの「ふかひれの姿煮」にはポルト酒を!という提案。
 ちゃっかり戴いちゃって、時にはそれを楽しんでます。

 その後、田崎さんとは「裸の少年」のロケの収録中だった浅草の「龍圓」で再会!
 「ね、ね、小倉さん、これ「ハモン・イベリコ」を使った上湯だって!」 と、龍圓ご自慢の「龍圓特製チャーハン(上湯【スープ】添え)」の「上湯」を、いきなり薦められました。

 「いや、田崎さんって凄いですワ。一口味わって「これ、どんぐりの味がする!」なんて、見破られちゃいましたから!」、と栖原さん。

 栖原さん、もともとは上海料理畑の出身。甘味と醬油の使い方、その工夫やセンスがその経歴を物語ってます。
 ですが、ここ最近、香港の広東料理にも関心を持って、機会を見つけては香港行脚。だし作りでは広東料理の手法も取り入れて、という意欲あふれる料理人。

 そういえば、あん時、田崎さんに、火腿を素材にしただしを使った料理にふさわしいワインの組み合わせ、聞けばよかった。
 今度、田崎さんに出会う機会があったら、尋ねてみます。

 ところで、中国料理、それも広東料理におけるコースの組み立て、味の変化、流れ(って、私の勝手な解釈によるアレンジもありますけど)、料理のクライマックス、宴がはじまってすぐにありと察知した青木さん。
 ワインの開栓、宴の始まる時刻では遅すぎるってことで、秋や冬の宴には、選んだワインを昼から開栓。今回の宴では、前日から開栓、と相成った次第らしい。その周到さには、おそれいります!

2008/05/12

春の広東地方の郷土料理の6















 この日の宴の花、「大菜」のひとつ「婆参荷包翅」の登場です。

 「このなまこ、でかいね!どこで採れたもんなの?」
  と斉藤さん。
 「八尾さん、よろしく!」 
 と、今回、料理紹介の話は八尾さんにまかせっぱなし。
 「「婆参」と申しまして、東南アジア産のなまこでして、日本で(収穫する)ものとは、大きさが違います」と八尾さん。
 付け加えれば、香港では「豬婆参」、母豚の乳房に似た形状ってことで、ことにインドネシア産のものが良質とされ、戻すと柔らかく、また、味が濃いってのがその特徴。

 「このふかひれの姿煮、これもでかいね!」
 と、斉藤さん。
 眼鏡の奥の瞳がきらきらとハートマーク。

 「荷包翅」については、2006年12月24日の当ブログで触れてきましたっけ。
 改めて紹介すれば、「荷包翅」は金山勾の高茶翅(アオザメ)などによるもので、その名称、財布のような形態をしていることにちなんだもの。

 見かけは日本の中国料理店の多くで出会える「ふかひれの姿煮」に使われているふかひれに似ています。
 ふかひれの形態をそのまま残した「排翅」ですが、日本などで一般に「排翅」として流通している「よりきり/牙揀翅」、「もうか/摩加翅」とは、資質、味、風味が異なります。
 翅針は細いものの、滑らかな舌触りで、柔らかな噛みごたえ、独特の風味を持ってます。

 扇状になったふかひれの根元は、乱雑で不揃いですが、それこそは原ひれから手間隙かけて戻された証。
 日本の中国料理店で一般に流通している根元が綺麗に処理された「よしきり/牙揀翅」、「もうか/摩加翅」の「排翅」は、専門業者によって戻し加工処理が施された製品化されたふかひれで、磯臭い匂いが除かれずにいるものもあって、むしろ磯臭いのが当たり前、なんて認識もあるぐらいですから。
 そのあたり、内臓、ことに胃、小腸、大腸、直腸の処理にも通じることかもですね。

 なんてことを書いてるうちに、かえすがえすも「ヘイフンテラス」で「気仙沼産!」のふかひれを試さなかったことが、今となっては悔やまれてなりません。
 って、私もしつこい?
 いや、執念深いだけのことです!!!!!

 今回の「婆参荷包翅」、以前、家庭画報の取材の際に出会ったのは「鮑汁」が利いたこくのある味。
 それに比べて、ライトで、すっきりとした味わいで、だしの味、風味の印象が強い。その分、ぷりぷりの舌触り、歯触りで、くねっと身をよじらせるような「婆参」の柔らかさ。それに「荷包翅」も、だしをふくんだ「翅針」の塊を頬張った時のぐじゅっとした触感、素材の資質、持ち味を認識。

 そんな「婆参荷包翅」とぴったりだったのが、04年のグラン=エシェゾー。
 「福臨門のしっかりしただしには、やはりあいますね」と、それを選んだ青木さん。
 
 青木さん、前日に開栓を頼んでいたそうで、その点、抜かりがない。 おまけに、景山さんの選んだコルトン('98)、海津さんの選んだコス=デストゥルネル('94)も同様に24時間前に開栓していた、なんて話に、目を丸くしました。
 ワイン好きは、やることがちゃう!
 そこまでやるか?
 と、関心しきり。
 おそれ入りました。

 むろん私だって、それに負けじと……
 って、あ、そか、メニューを考え、素材の調達を按配したくらい。
 岸さんと福臨門のスタッフには、手数と苦労のかけっぱなし……
 でした、ね。

 画像は「婆参荷包翅」。
 しっかりしただし。ぷりぷりの舌触りの「婆参」。
 だしを含んだ「荷包翅」のじゅわの触感、旨さがよみがえります。

2008/05/09

春の広東地方の郷土料理の5

  「それでは八尾さん、料理の説明を!」
 「はい、かしこまりました。
 え、この「豬肺杏仁湯」ですが、まず、豚の肺を流水に1時間ほど晒しまして
 下準備をしてから「煲」という方法で4時間あまり煮込みまして、
 それから2時間かけて「燉(湯煎蒸し)」に致しました」

 八尾さんの話に、テーブルの一同が、いっせいに驚きの声。

 「え~! そんなに手間隙、かかってんの!
 すごいな、信じられない!
 っていうより、そんなの普通、考えられませんね」 と、感嘆しきり。

 そんな声を耳にしながら、せっせと匙でスープを口に運ぶ私。
 滑らかで、緻密な舌触り。
 ン!?  と思ったのは、味にしっかりとしたこくがある。だし入りの感じがする。

 「豬肺杏仁湯」といえば「陸羽茶室」のそれが有名です。
 他にも試したことが何度があります。
 で、「陸羽茶室」の「豬肺杏仁湯」、乳白色で、味は素朴で清楚。
 滑らかながらも、ざらっとした感触が舌に残ります。
 ところが今回の「豬肺杏仁湯」、黄色がかっていてクリーミー。
 しっとり潤んだような滑らかさで、優しく舌を撫でていく。
 そして、かすかな渋味、ほろ苦さ。杏仁の味、風味でしょう。
 それとともに、ふくよかなこくのある芳醇な味わい、風味がありました。


 「あの「豬肺杏仁湯」ですが、「煲」にしますか?それとも「燉」で?」
 と、八尾さんから連絡があったのは、素材の調達が可能とわかり、コースのメニューの最終決定でのことでした。
 
 そう尋ねられ、一瞬、答えに詰りました。
 私が知る限り、というか、私がこれまで出会った「豬肺杏仁湯」、ほとんどが「煲」のはずで、私にとっては「湯」に関してバイブルともいうべき某著(ふふ、教えたくな~い!)でも、昔ながらの調理方法では基本は鍋でじっくり煮込む「煲」のはず。
 
 湯煎蒸しの「燉」って方法がある、というのは耳にしたことがありませんでした。

 「そうか「燉」というのもあるんだ。
 う~ん、じゃ、今回は、おまかせします!
 でも、もし今回「煲」にするなら、今度は「燉」でね!」
 とまあ、その辺は、強引であつかましい小言ぢぢい(って私)です。

 その結果が、4時間の「煲」と2時間の「燉」。
 そのプロセス、調理や味付け、改めて八尾さん、キッチンに確認の要ありですが、思うに「陸羽茶室」のそれとは違ったのは、やはり2時間の「燉」に鍵がありそうで。

 クリーミーで、しっとり潤んでいて、優しく舌を撫でる滑らかさ、こくのある奥深い味わい、滋味豊かと言う以上に旨味がある、ってことの秘密はそこにありそうです。
 もしくは、こくを生む肉類が、素材に含まれていたのかも。

 福臨門で初めて食べた「豬肺杏仁湯」。
 紛れもなく福臨門スタイルのそれ。
 上品で、洗練されたものでした。

 「参りました!」


 












 肝心の「肺」は、画像でご覧の通り。
  その触感、噛み応えは、じゅわじゅわ。火を通し気味なねっとり感を抜いた白子のようだし、少々繊維の立ったマシュマロ風の柔らかさ。たっぷり味を含んでいて、噛み締めるとジュシーな味が弾ける、といった趣です。

 肺、といえば、吸い込んだ空気を送り込む気管と血管で形成。つまり、下拵えの水晒しというのは、水を吸わせて、気管と血管を清浄。水を吸わせて、水を押し出す作業が必要。という話からも明らかなように、ま、スポンジ状態なわけです。

 後で「はぎちく」の岸さんに「豬肺杏仁湯」について御報告。

 「あ、その触感、想像がつきます!
 けど、味はわかんないな。想像もつきませんね。
 それ、食べたみたないな!

 それより、下拵えの手間隙のかけ方、すごいですね。
 そこまでやるとは思ってもみませんでした」
 とのことでした。

2008/05/07

春の広東地方の郷土料理の4

 豚の内臓の各部位の調達、福臨門の希望通り入手が可能だと岸さんのからの返事が戻ってきたところで、今回の「青木宴《春編》」の料理内容、コースの内容を再検討。

 今回は、これまでの青木、藤原の両氏に、前回以来の元EMIの斉藤さん、それにEMIに出戻った景山富士夫氏、雲母社からロッッキン・オン社に移った海津亮氏も参加。
 そのふたり、青木さん、斉藤さんなどと某ワインの会のメンバーだそうで、ワインにはことのほか詳しく、一家言お持ちとのこと。

 さて、福臨門でコースを組み立てるとなると、看板の魚翅はじめ干貨素材を素材にした料理が組み込まれていないと、その意味もなければ価値もない。
 旬の素材をメインに郷土料理、家庭料理を楽しむにしても、宴会の花となる「大菜」があってこそそれぞれの持ち味、妙の対比も楽しめるというもの。

 今回、初参加の景山、海津の両氏、前回以来の斉藤さんも、すでに福臨門で主要な料理は一通り体験済とのことだったので、少しばかりひねりを加えたふかひれの料理を。
 そこで思いついたのが「婆参荷包翅」。

 「婆参荷包翅」、06年暮れの「家庭画報」の中国料理特集でも紹介しましたが、もとはといえば銀座の福臨門の長年の顧客のリクエストから総料理長の呉さんが工夫し、考案というスペシャリティでメニューにはない一品。「家庭画報」の取材時に味見して、あ、これはそのうち!と、狙いを定めていた一品です。

 もう一品の「大菜」は、「江南百花鶏」。 今年に入ってだったか、その料理、丸の内の福臨門で実現、という話をスタッフから耳して以来、なんとかして食べたいと願っていた一品です。

 昔、そう、18年前のことになりますが「GULIVER」というトラベル・マガジンの香港特集を手伝った際、福臨門に出向けばいつもテーブルが隣あわせだったジェイムス・ウォンと、福臨門の広東料理について対談。

 そのジェイムス、子供の頃、李香蘭のレコーディング・セッションにハーモニカで参加、という経歴がご自慢。香港大学出身の頭脳明晰なエリートで、当時、香港には皆無だったというPR会社を設立する一方、作詞、作曲、コラムニスト、歌手、俳優として活動し、香港のマスコミでも一目置かれていた人物。ジェイムスは叔父が何かと言えば福臨門の出張料理を依頼、なんてことから、子供の頃から福臨門の味になじんできたそうです。

 ともあれ、ジェイムスに色々昔話を聞いた際、福臨門が用意してくれた料理のひとつが「江南百花鶏」。 その美味は今だに忘れ難い。 それ以後も、他の店で同じ料理を食べてきましたが、福臨門でのそれを越えるものには出会えなかった。

 そんな「江南百花鶏」が、丸の内の福臨門で実現!
 なんて話を耳にして、今回の「青木宴《春編》」、場所を銀座店から丸の内店に移そうかと思い悩んだほどでした。
 そしたら銀座の福臨門でも可能だという話。
 その話を聞いて盛り上がったことは言うまでもありません。

 それに、春の味、郷土料理、家庭料理的な趣向のもので、はまぐりを素材にした「蛤蜊燉蛋」がある。

 以上、3品をメインに据えて、組み立てたのが以下のようなメニュー。

○千層峰(豚耳のよせ物の冷製
○炸大腸(大腸の揚げもの)
○豬肺杏仁湯(豚の肺と杏の実のスープ)
○婆参荷包翅(なまことふかひれ(荷包翅)の煮込み
○白灼腰花(豚の腎臓の湯引き)
○江南百花鶏(蝦のすり身のせ、鶏(一羽)の蒸し物
○油泡肚尖欖仁(豚の胃と中国オリーブの身の油通し)
○韮菜銀芽炒心肝(豚の心臓、肝臓と韮、もやしの炒め物)
○蛤蜊燉蛋(ハマグリの卵蒸し)
○蝦醬炒通菜(空心菜のえび味噌炒め)


 なまことふかひれの「婆参荷包翅」、「懷舊菜」というにふさわしい「江南百花鶏」に、春らしいはまぐりの「蛤蜊燉蛋」。
 前後して、前菜、スープ、油通しに炒めものなど、内臓類の料理がどうしても目立ちます。

 素材、舌触り、歯応えなどの触感、調理、味つけ、味わい、風味などの変化を考慮しながら、あれこれ考えを巡らせ、味付け、調理を他のものに置き換え、入れ替えを繰り返しんがら、辿りついたプランです。

 いつものミッシェルに相談してみたら
 「とっても、おもしろい」
 という言葉に次いで
 「香港でも滅多にないコースの組み立て方ね!」 
 との返事。

 私もそう思いました。
 内臓を素材にした多種、多様な料理が、こんな風にして組み入れられるのは、滅多にない。
 かつて香港では家畜、家禽の内臓類は貴重なものとされ、内臓類を中心にした前菜や、内臓にふかひれを詰めるなど、工夫を凝らした「大菜」などもあって、いわば内臓宴などもあったそうで。

 下拵えして臭みを取って、香辛料や調味料で味付け。
 そんな簡素で素朴な「もつ煮込み」的なものではなく、念入りな下拵え、調理による内臓の料理が存在し、その伝統が受け継がれている、というわけです。伝統的な広東料理の手法を受け継ぐ店だからこそ、可能なこと。

 締めくくりの面か飯については、福臨門から「腊味煲仔飯」という提案もありましたが、「カレー味の炒飯」という青木さんからのリクエストもあって「摩囉鶏粒炒飯」に変更。
 さらに、当初、青木さんからのリクエストだった甜品の準備が難しいとのことから、別途、2品の甜品(デザート)を用意、とのこと。

 実は、以上のメニューに以外に、コースを構成する品数の勘定あわせ、それに、ワイン好きが集まって、しっかりした味の赤ワインを!なんて、ワインとの相性を考え、血の濃い鳩の料理を加えるかどうかも検討。
 しかし、全体の構成と分量を考えて鳩の料理は、今回はパス。

 それでなくとも春の旬の味、それに内臓類の料理など、食べたいものがまだまだ残っていて、1回の宴会では到底収まらない。

 そんなやりとりを繰り返しながら、岸さんに内臓を発注。
 先の「白灼腰花」の下拵えの話からも明らかなように、内臓類はいずれもその処理、下拵えに時間がかかります。
 まずはサンプルを発送してテスト調理。
 その按配を見てから「青木宴《春編》」の料理内容と、素材の発注を最終決定し、発送ということになりました。

 ふ~。

 って、大変だったのは、私なんかより岸さん、福臨門のキッチンのスタッフ。

 そして、登場したのが画像、4品目の料理の「豬肺杏仁湯」。
 まさか、この料理が日本で食べられるとは!
 それだけでも、感極まったのでありました!

2008/05/05

春の広東地方の郷土料理の3

 豚肉の内臓の調達をお願いしたのは、川越の「はぎちく」の岸健二さん。
 05年11月発売のクロワッサンの「本物のお取り寄せ」の特集号で、ここではおなじみ、東松山の農業、加藤紀行さんとともに、紹介したことがあります。

 岸さんは若くして家畜の卸、販売に携わり、以来、養豚家とタッグを組んで美味しい豚肉の開発と紹介に余念のない熱血漢。
 私が豚肉の目利きとして全幅の信頼を置いている人物です。
 岸さんから学んだことは数知れず、目うろこなことが沢山ありました。

 ことに、感心したのはブランドにとらわれず、実質を追求というその姿勢。
 岸さんが選んだ「はぎちくセレクト」は、文句なしに旨くて、風味があります。
 さっぱりした味の豚もあれば、豚の野生味を感じさせる豚もある。
 その熱心なファンは少なくありません。

 その岸さんから
 「ウチが扱ってる内臓も、自信ありますから!」
 と、かねてから聞かされ、そそられてはいたものの、機会を逸してました。

 日頃、岸さんからは、ロース、肩ロース、バラ肉をブロックでゲット。
 ですが、肝臓、心臓、肺臓、腎臓などの内臓類を丸ごと頼んでも、その扱いに自信がない。 
 焼肉にして食っちゃえば? なんてツッコミがありそうですが、素材が上質で新鮮だからこそ、本格的な料理を試してみたい。
 とはいうものの、そのゆとりはなし。
 そうか、今回は、岸さんが扱う内臓を福臨門に届ければ、いろいろな料理が可能かも。
 そう思い立って、早速、岸さんに連絡をとり、調達可能な素材を確認しました。

 そうしたら、内臓のほとんどは入手可能と判明。
 そんな内臓調達可能リストとともに、私が食べたい料理も含め、どんな料理の実現が可能か、福臨門に尋ねました。
 戻ってきた料理のリストを見て、驚きました。
 私がリクエストした料理を含め、部位ごとに異なる料理の総数、その数、20品を越えていたからです。
 さすが、福臨門。
 中には懐かしい料理もある。
 「今日、○○があるけど、食べてみる?」
 「え! そんなの福臨門にありなの?」
 と、今や九龍店の総経理人である梁保に教えられ、病み付きになったものの、日本ではありつけない料理もありました。
 知ってはいても、食べたことがない料理もありました!

 全部食べたい!

 そんな思いにかられながら、すでに春の料理を何品か、それに「大菜」というにふさわしい今回の「宴」のための特別料理を3品ほど考慮済。
 それを無視するわけにはいきません。

 となると、コースを8品構成にすれば、豚の内臓を素材にした料理は、わずが2品か3品ということになる。
 こうなりゃ、10品か12品構成にするしかありません。
 幸い、今回の「青木宴」の「春篇」、人数が6人になるかも、と幹事役の藤原君から連絡が入ったこともあって、10品、12品構成で、コースの内容を検討。

 で、とりあえずは仮プランを作成。
 それを福臨門に送り、その返事次第で、素材を岸さんに依頼し、福臨門に送ってもらうだけ。
 そう決め込んでいたところが、コトはそう簡単に運ばず、なのでした。

 というのも、福臨門から戻ってきた料理可能なリストから、素材の調達を岸さんに連絡。
  岸さんに連絡を取ったところ
 「素材の扱い、普段のままでいいでしょうかね?
 例えば「肺」は、ボイルしちゃっていいのか?
 それに「腸」ですけど、割いて、中を取り出して、送るのがいんでしょうか?」
 と、尋ねられ、
 「あ! もしかして、その点、(福臨門に)確認の要あり!」 と、気づいた次第。
 
 「それにこの「肚尖」って、「胃袋」のことなんですが、「胃袋」の前後が少々必要って、どんくらいなんでしょう。実は、部位の処理、検査官がやるんで、ご希望通りにいくかどうか……」
 なんて話を聞かされて、驚きました。

 「ちょ、ちょっと待って岸さん。じゃ、詳細を確認してから、連絡しますから」
 ということになり、福臨門に再度確認したら、戻ってきたのがそれぞれの部位の扱い。
 それに、「胃袋」の「肚尖」に必要な範囲の詳細。

 それを岸さんに返して、連絡したら
 「了解しました!」
 と、いつもながらの男気に溢れたキッパリとした返事。
 
 「ですけど、「胃袋」の処理、ご希望通りにいくかどうか。
 それより、日本とは全然、取り扱いとか、処理の仕方、違うんですね!」
 と、さすがの岸さんも驚いた様子。

 仲介役の私、最初は、何がなんだかさっぱりわからず。
 ですが、岸さん、福臨門の間に立って、色々話すううち、しっかり見えてきたのが日本と香港における内臓の扱い、処理の差異。

 日本では、肝臓、心臓、腎臓などはともかく、胃や腸は割くなど下処理をした上で市場へ、というのが一般的だそうです。どうやら「焼き肉」、「モツ料理」という市場のニーズに応えたもの。
 ところが香港では事情が異なり、「モツ料理」としてだけでなく、本格的な料理素材としてのニーズがあり、それには、なりよりもフレッシュなのが第一義、なんて事情が、よーくわかりました。
 食文化の違いを体験、ということになった次第です。

 で、画像。
 「これまでが前菜で、3品目の「白灼腰花」です!」
 と、総支配人の八尾さん。

 豚マメの腎臓をさっと湯通ししたもの。
 ぷくっと膨らんだ腎臓はぷりっとした歯応え。
 腎臓の独特の風味を残した上品な味わい。

 その一個、食べるのに、30秒はかかりません。
 ですが、腎臓を流水にさらすこと4時間。
 腎臓特有の臭みを抜いて、旨味にかわるあたりを見届け、それを「白灼」、湯通しで調理、
 という、実に手間隙のかかった一品です。

2008/05/03

春の広東地方の郷土料理の2

 思いついた素材と言うのは野菜でも魚介でもありません。
 それは牛や豚、家禽類の内臓類。

 牛や豚の内臓類を素材にした料理は日本でも食べられます。
 たとえば、北京料理を看板にする店での牛の胃の「せんまい」を素材にした「塩爆散旦」は代表的な一品。「ハチノス」や、豚の胃の「ガツ」の炒めもの、揚げ物があります。
 豚のマメ、つまりは腎臓を使った炒め物などもありましたっけ。

 池袋で客家料理を看板にしていた「東江樓」では豚の腸の料理もありました。
 広東料理系の店では、やはり飲茶の点心に「ハチノス」はじめ、その種の料理を見かけることがあります。
 とはいえ、内臓を素材にした本格的な料理に関しては、日本ではほぼ絶望的。
 ことに広東料理系のものは飲茶の点心以外、ほとんどみかけたことがない。
 潮州料理系の料理もそうです。 もし、ご存知なら是非、ご教示を!

 そこで今回、豚の内臓を使った料理の実現を思い立ちました。
 むろん、素材の調達の目当てもあってのこと。
 その話、青木さんにしたら大乗り気!

 「甚だ勝手なリクエストで恐縮ですが、
 「モツ盛り合わせ下町風、香菜添え(3~5種/ミミ必 須/大盛り!)」
 の類いを、以前より丸福の技で食してみたいと思っておりました。
 丸福でのモツは、ハチノスしか見当たらず、どーも欲求不満ぎみでした。
 今回のメニューの構成上、バランスが悪くなる様でしたら次回に、
 若しくは次の日に持ち帰り…できるかな?などとも思っております。
 もし差し支えないようでしたら、何卒よろしくお願い致します。
 (豚足もかなり魅力的!)」

 と、熱いメールが到着。

 「丸福」というのは「丸福食堂」、福臨門の愛称です。
 香港でとりあえず一通り有名店を巡り歩いて後、落ち着いたのが福臨門。以来、連日通い詰めるようにもなって、丸福と称するようになりました。

 それにしても青木さんの「モツ盛り合わせ!」という熱い思いにうたれました。
 確かに、日本で内臓と言えば、通称はモツ。
 モツ鍋が流行、なんてこともありました。

 そういえば、dancyuの取材で、松阪を取材した際、松阪牛の内臓類を使った焼肉店の取材を敢行。たっぷりさしの入った「和田金」のロース肉さながら、内臓の各部位、ことに直腸の脂たっぷりのねっとりの脂の濃さ、甘さに驚いたもんです。

 ですが、日本でモツの料理と言えば、焼肉でのそれが物語るように、調理、味付けはシンプル。野生味があって豪快。塩焼きか、たれ仕込みのものを焼く、っていうのがほとんどのようです。
 それに焼いた素材を食べる「たれ」も勝負どころ。松阪でその種の店を何軒かはしごした際、名古屋などと同じく甘味のある八丁味噌がその基本でした。

 「もつ煮込み」は、私、あまり体験ありませんが、大体は臭み抜きのつもりか葱、生姜で湯がいたあとに、味噌で味付け。素朴で濃厚な味付け、ってのが基本じゃないでしょうか。
 それも悪くはありません。が、料理ってことでは、いささか粗野。時には雑で乱暴な趣も、という印象があります。

 それからすると香港の広東料理、潮州料理、客家料理における内臓の扱いは、下拵えもしっかりしてあって、調理、調味も多彩で幅広い。

 もちろん、香港でも「モツ!」のノリそのまま、シンプルな味付けの内臓料理を食べさせる店があります。
 「牛什」を看板に掲げ、牛の内臓類の煮込み専門にする街中の小食店がそれです。
 その多くは潮州系。その種の店の中でも「牛腩」の煮込みだけを扱う専門店もあります。
 ことに中環にある「九記」は、長年の歴史を誇る老舗の一店。
 電気道と湾仔にある「大利清湯牛腩」では「牛腩」だけでなく、牛の内臓各種もあり。

 その昔、牛頭角だったか工場街にあって、尖沙咀にも出店していたことのある「鍾記」では、普通の店ではお目にかかれない牛の部位が色々あり、なのに目を丸くしたものでした。
 もっとも、韓国の全州で食べた「チレ」、日本では「たちぎも」って呼ばれてる脾臓の料理は、香港でおめにかかったことがない。けど、どっかの店であるんでしょう。

 牛の内臓類とは対照的に豚の内臓類に出会ええることが多いのが、粥麵店。
 肝臓、心臓、腎臓、胃、十二指腸、子袋などまでが粥の具に。
 豚の内臓類を全てを織り込んだ「及第粥」などは、その最たるもの。
 どの店も、内臓の鮮度を売り物にしています。

 香港では牛よりも豚の需要、供給と消費が盛んってことに関係してるんでしょうが、粥麵店は豚の内臓類を扱う店が多い。中には腎臓などを「白灼」で提供、という店もありましたが、料理としての完成度は低い。

 実は、内臓を素材にした料理で、なんとか日本でも食べたいものがいくつかありました。
 そのひとつが豚の胃の「肚尖」を素材した各種の料理。
 日本でも豚の胃は「がつ」ってことで一般に流通。
 ですが「肚尖」は、豚の胃の尖端、つまり「食道」と「十二指腸」とがつながった柔らかい繊維を持つ部分をさすものです。

 その「肚尖」を素材にした料理、「魚翅」はじめ干貨素材の料理ととともに香港の福臨門で楽しみにしている一品です。
 以前は馴染み客だけがその存在を知るものでしたが、最近になってテーブルに置かれた「小菜」のメニューで紹介されるようにもなりました。
 とはいえ、品切れ、もしくは、今日はなし、なんてことがほとんどで、そう簡単にはありつけない。

 豚の消費が盛んな香港では、素材の調達も容易に思えますが、福臨門では新鮮というだけでなく、上質な素材でなければ提供しない、という方針があってのこと。

 福臨門では「肚尖」だけでなく、豚マメの腎臓、肝臓や心臓、それに豚足を素材にした料理にも出会えることがあります。といって、いずれもメニューにはありません。

 昨年の秋、香港に出かけたバードランドの和田さん。
 福臨門で運よくそうした料理のひとつ、豚足を新生姜と煮込んだ「豬脚姜醋蛋」にありつけたそうです。
 「あんなに旨い豚足、食ったことありませんよ。
 けど、量が多くって、もうそれだけでお腹一杯!」
 なんて言いながら、目尻は下がりっぱなしで自慢顔。

 「モツ盛り合わせ!」のリクエストのあった青木さんに、広東料理、潮洲料理、客家料理の豚の内臓を素材にした料理の数々を話したら
 「え!そうですか!なら、それで行きましょう!」 
 と、話はまとまりました。

 話はまとまったものの、いざ実現ということになるまでは、問題、山積みでした。

 で、画像。
 「ヘイフンテラス」では……あ、ちゃいました!
 豚の大腸の揚げ物です。 豚の脂身のこくや旨味を加味した「かっぱえびせん」といった趣です。
 揚げた大腸のパリパリの触感。噛み締めると、しっかりの歯応えありで、ぶりっとした腸の触感がたまりません!

2008/05/01

春の広東地方の郷土料理の1

これは見事。実に見事な「千層峰」でした。
豚耳のよせ物の冷製です。
 これまでいろんなところで豚耳のよせ物の冷製を食べてきましたが、こんな素晴らしいのには出会ったことがない。

 つるんと滑らかな舌ざわりのよさ。噛み締めると、ぷるんとしていてぷちっとはじける弾力、噛み応え。そして、じゅわーと旨味が広がっていく。
 洗練された気品と深みのある味わい。
 それだけでなく、口中に広がり、のど奥から鼻にぬけていく香り、風味の豊かさ、その芳醇にうっとり!

 画像でその触感、味、風味、、、、いや、そそられるはずです!
 
 こうして「春の広東地方の郷土料理」は幕を開けたのでありました。

 「エージ様 お元気ですか?
 いつのまにか、桜も咲き始めましたね。
 さて、春の宴ですが、青木さんから○○日が良いと連絡を貰いましたが、エージさんのご都合は如何でしょうか?
 献立の段取りもあるかと存じますので、ご返事をお待ちして皆様へご案内をしようと思います。

 BMGのちょいわる親父、藤原君からメールが届いたのは3月の20日過ぎ。
 昨年の夏にはじまり、秋、今年に入ってから冬と3回続いた季節ごとの青木さん、藤原君との宴「広東地方の郷土料理」シリーズ、通称《青木宴》の春の巻。
 幹事役の藤原君から連絡貰って以来、気もそぞろ。早速、メニューのプランを立て始めました。

 香港で「春の宴」といえば、大体が春節、旧正月が開けてからしばらくの時期のもの。
 縁起担ぎの料理名による大菜がずらりと並びます。
 そして、冷たい雨が降ったりする2月を過ぎれば、香港の気温は一気に上がりはじめ、3月には日本の初夏の暑さほどにも。
 もっとも、4月初めの清明節の前後には、再び冷たい雨が降り、しばし気温の低い日々が。
 その時期を越えれば一気に夏。

 そんなことから、4月、香港で旬のものは、野菜なら通菜(空芯菜)、莧菜、芥菜、芥菜の葉を落として太い軸を食べる芥胆ってことになります。花つきの韮の韮菜花なんかもそう。
 それに節瓜、勝瓜、絲瓜、黄瓜、水瓜など、瓜の類も出回り始める。
 そうです、春というより初夏の趣。

 魚介でも、春らしいものが登場。
 囲い育ちの蝦が旨くなります。小ぶりで身が締まっていて、甘味と旨味のあるこの時期の基圍蝦は  「白灼」で食べるのが格別です。
 それに、地場物の小ぶりの蝦蛄などもそう。
 透明な殻を身にまとった小ぶりの蝦蛄は、唐揚げにして塩・胡椒風味で食べるか、それとも「魚露」で漬け込むか。

 とはいっても、以上の内、日本で、東京で、調達可能な素材、野菜に限って言えば通菜と韮花菜ぐらいなもの。莧菜はほとんど手に入らず。
 芥菜はあるにはあるが、日本では軸が細いものが多く、芥胆には不向きです。

 去年の夏以来、銀座、丸の内など日本の福臨門の各支店に瓜や茄子を供給してきたお馴染み東松山の農業、加藤紀行さんに、はっぱをかけ、というより脅し半分「芥菜」を栽培してもらいましたが、種が日本化されたものだったせいか、初めての試みだったこともあってか、辛味、ほろ苦さが旨味よりも立つ感じで、さすがの加藤さんもお手上げ。

 やはり、日本の芥菜、漬物に使うのがほとんどってことも関係あるんでしょう。
 それに、育った芥菜、送ってもらって私も食べましたが、なんでだか香菜、バジル、ルッコラなど、日本の土壌に根ざしたハーブ類などと同様、素材の特徴的な持ち味である香り、味、風味は傑出しているものの、優しく温和な味、風味がいまひとつな感じ。

 それより、福臨門に連絡して、春、4月の素材、それに、料理を尋ねるのが先決。
 そしたら野菜は「韮菜花」、「通菜」、に「白露筝(白アスパラガス)」。
 春の魚介は「白飯魚」、つまりは白魚、それに、はまぐりを用意するとのことでした。

 野菜類は肉類、魚介とあわせて炒め物。
 通菜なら「蝦醬」や「腐乳」など、くせのある調味料と炒め合わせるか、煮浸しにするって方法がある。

 が、それにしても「白飯魚」はどうするんだろ。
 はまぐりなら茶碗蒸し仕立ての「蛤蜊燉蛋」なんか食べてみたいけど、上海料理だし、やってもらえるんだろうか。
 ってことで、再度、問い合わせました。

 そしたら「白飯魚」は揚げて、塩・胡椒風味にした「椒鹽白飯魚」か、卵との煎り焼きの「白飯魚菜粒煎蛋」。
 それに、はまぐりは「蛤蜊燉蛋」が可能。それ以外にはまぐりと春雨のガーリック風味蒸し煮込みの「金銀蒜粉絲蒸蛤蜊」も可能、という返事が返ってきました。

 なんといっても胸がときめいたのは「蛤蜊燉蛋」。
 上海式、じゃなくって、間違いなく広東式になるはず。それも、福臨門式。
 となると、これを逃す手はない。

 とはいえ「白飯魚」は、香港のならともかく、日本だと、味の濃さ、それに、肉質などどうなんだろうか?  とすれば、もしかして産地次第? なんてことを考えて、いささか躊躇。

 どっかにあった「ヘイフンテラス」の紹介ではないですが、日本の四季折々の素材を用いながら、伝統的な広東料理の手法を下敷きにした料理を、というのも「広東地方の郷土料理」シリーズ、通称《青木宴》のテーマのひとつです。

 日本で、東京で調達できる素材を探さないとなあ。

 ともあれ、4月に入ってから福臨門のサイトでランチ、ディナー、今月のお勧め料理をチェックしてから、メニューを検討、ということになりました。

 で、見つけ出したのが「白魚と卵の煎り焼き」。
 ン? そか「白飯魚菜粒煎蛋」ね!
 「ホワイトアスパラとハトの炒め」
 ってことは「白露筝炒鴿片」?
 「季節野菜と発酵豆腐の炒め」、ってのは「腐乳炒時菜」だね。

 さて、どうしようか「広東地方の郷土料理」シリーズの春の巻。

 野菜に関しては、韮菜花か通菜。
 で、魚。
 この時期、平目、それに、星が目板のかれいってことになると、「清蒸」ってことになりますかね。
 もしかして唐揚げで塩・胡椒風味の「椒鹽」や、「油浸」って、方法もある。

 それよりも、きす、こちなどに特徴的なある種の泥臭さ、しゅわっとした身の緻密さは、あの「九肚魚」に通じるところがないでもない。煎り焼きや唐揚げにして、塩・胡椒風味の「椒鹽」にするか、油で揚げる「油浸」なんて方法もある。
 ことによっちゃ漬物の「冬菜」と一緒に蒸し物にするって方法もあるはずだ。

 なんて、想像をめぐらせてはみたものの、福臨門ではその種の魚の扱いはなし。
 って、ところに、思いついた素材があったのでした。