この「江南百花鶏」。
まず、鶏を丸ごと一羽使います。その骨を抜いて身を平らにする。
その肉の厚み、按配を図りながら、その上に蝦のすり身を張り詰める。
もちろん、均等な厚さになるように、です。
この料理のポイントは蒸し加減。 つまり、鶏肉に火が通り、しかも、上の蝦のすり身「爽脆」なのが肝心。ということで見逃せないのがえびのすり身の下拵え。
「爽脆」というのは、えびのすり身がぷりっとした歯触り、しっかりした噛み応えがあるってことで、必須の条件。広東人の好みです。
この料理に限らず、えびのすり身すべからくそうあるべし、なんだそうで。
えびのすり身が「爽脆」な状態、触感を生み出すには、えびのすり身作りの過程ですべてが決まる。
一番肝心なのは、すり身にしたえびを練り合わせ、攪拌する際、必ず一定の方向に、というのを遵守。それが、一回でも逆方向に混ぜたりしたら、えびのすり身は「爽脆」どころか、へたれちゃって、べたついた感じに仕上がってしまう。それだけでなく、風味を損ねてしまうから、というのがその理由。「「霉」っていうんだけど、かび臭い感じ、っていうのかな」と徐さん。
香港でこれまでいろんな料理人に取材してきましたが、えびのすり身に限らず、魚のすり身、淡水魚の鯪魚をすり身にしてつくね状にした「鯪魚球」などその最たるものですが、「すり身を攪拌する時には、必ず一定方向を遵守!」というのは、いつだって耳にする話。
多くの料理人だけでなく、麵屋の御主人にえび餃子の「水餃」や「雲呑」の下拵えの話を聞いた時もそうでした。
ネットで紹介されてるえびや魚のすり身作りのレシピにもそのことが明記されてます。
「ン!?、その理由? なんて尋ねられてもなあ…… だって、昔からそうやってきたんだし、そのままやってるだけで、理由っていわれてもなあ!それが当たり前、なんだから!」。
「だから、それがなんでまた、そうなのか知りたいんだけど!」 と、しつこく食い下がっても
「だって・・・・そうじゃないと、良くないんだよ!美味しないし!」 とまあ、要領を得ませんでした。
その理由が、徐さんの言葉で氷解!
香港の広東料理店で味わう飲茶の点心の「蝦餃」、それだけじゃなくって街中の粥麵店での「鮮蝦水餃子」やえびのすり身入りの「雲呑」のあのぷりっとした触感、日本で食べるそれとは何だか違う!そう思われた方は少なくないはず。その理由、秘密がその話からも解決できるんじゃないでしょうか。
「江南百花鶏」はえびのすり身に調味料を加味し、鶏の上にのばすように貼り付けていく。
それを蒸す段階で、鶏肉には火が通り、上に乗っかったえびのすり身は「爽脆」な触感があることが、必須の条件。
ところが、えびのすり身、実にデリケート。火が通りすぎると、身が柔らかくなり、へたれて「爽脆」ではなくなり、風味を損ねる。
ということでは、えびのすり身、鶏肉をバランスよく蒸しあげる、とまあ、その見極めも肝心。
そして、最後には蒸した鶏肉から滲み出る肉汁に上湯、卵白を加えて仕上げ。
その最後の仕上げの段階でも、鶏がえびのすり身を抱えてるような状態だと、えびのすり身に火が通り過ぎて「爽脆」な状態ではなくなってしまうことがある。
そんなこともあって、えびのすり身は鶏肉の上に、というのが、福臨門のスタイル
出張料理、ケイタリングの専門店だった頃からのことで、どうやら、福臨門の創業者、徐福全さんの創意、工夫によるものらしい。
それも、長年の顧客からの要求があった時に限って作ったものだそうで、店で供されることは滅多にない、という知る人ぞ知る料理の一品です。
碗仔で取り分けられた「江南百花鶏」。その切り身の下にはだし。
そうか、これって椀物のしんじょ、なんて思ったりして。
もっとも、椀物のしんじょ、だしがたっぷり。椀だねのしんじょも、どちらからといえば、滑らからでとろけるような舌触り、ってのがほとんどじゃないでしょうか。
それからすると取り分けられた「江南百花鶏」だしは少なめで、碗仔の底にひたひた以下の感じ。
それに「江南百花鶏」、えびのすり身はぷりっというよりもしっかりの歯触り、噛み応えのある弾力、硬さがあります。その下には鶏肉が。
噛み締めると、えびのすり身と鶏肉と、ふたつ異なる歯触り、噛み応えの触感の妙。えびのすり身からは甘味、旨味。鶏肉はジューシーな肉汁がほとばしる。洗練された気品のある繊細な美味、風味が堪らない。
上湯と蒸した際に滲み出た鶏肉の肉汁があわさっただしは、淡白で清淡な趣。まさにエレガントというにふさわしい一品。
洗練の美味にうっとりとなりました。