2007/08/27

不時不食、素材がすべての中国料理、その④



「加茂茄子」は収穫の端境期だったために呉さんは試食、賞味できず。その代わり、運よく呉さんの手元に届けることができたのが「はぐら瓜」。

 7月7日に紹介した加藤さんの「夏野菜」の画像の中央、「青茄子」と「加茂茄子」にはさまれて横に寝そべっているのが「はぐら瓜」。

 ネットでいろいろ検索してみましたが、どうやら白瓜の一種。ところが、加藤さんのはネットで見つけた白瓜、はぐら瓜をうんと生育させたもの。最低でも25センチ、時には30センチ程の大きさ。

 薄緑の皮をむき、中の種をとってかぶりつくと、水気あり。なのに、噛み締めると水っぽくなく、清廉で無垢な青い甘味がある。

 小ぶりの白瓜なら、子供の頃、さかんに食べたものですが、それよりもでかい。なのに、果肉が甘く、噛み締めるとジューシー。生のまま、なんもつけずにポリポリ食べちゃいました。

 なんでも、もともとは収穫してお漬物に、というのが伝来の調理方法で、ネットで調べると「はぐら瓜」を使った漬物はわんさか出てきます。そういえば、奈良漬にも使われるらしい。
 そんなことを知って塩を振り、一晩寝かせて、浅漬けにしました。甘さと清涼感があって、なおかつ旨味がうんと引き締まった感じだ。さらに、冬瓜同様、和風、中国料理風、いろいろ試してみましたが、火を通すと、何といってもつるんと滑らかな触感が堪らない。

 この「はぐら瓜」こそ、広東料理の手法で、いろいろ調理できるのではないか!との狙いもあって、呉さんにそれを依頼しました。
 私の狙いは、冬瓜の早生の「節瓜」に似ている様子なので、「節瓜」の料理の数々は?と、呉さんに提案、というか、願い出た次第。ただ、果肉の肉質は「節瓜」に似ていても「はぐら瓜」の味、風味は「節瓜」に比べ、青臭さはともかく、甘い。そこが工夫のしどころかも。

 はたせるかな、呉さんが用意してくれたのは「勝瓜雲耳炒圍蝦」の「勝瓜」を「はぐら瓜」に置き換えた「白瓜雲耳炒圍蝦」。はぐら瓜、きくらげと蝦の炒め物、です。

 それが実に素晴らしかった。ことに「はぐら瓜」が素晴らしかった。
 火を通した5ミリほどの薄さのはぐら瓜は、半透明の薄緑。つるんと滑らかで、まるでビロードのような歯触り、舌触り。その質感、洋梨のスライスをバターでソテーした時の感じにも似ている。が、それよりも粘着的な歯触り、弾力があって、噛み応えもある。
 しかも、噛み締めれば、フルーティーな青い酸味、潤いのある自然な甘さが、じんわりと浮かび上がる。繊細で、きめ細かで、気品のある甘味、旨味が頭をもたげ、清涼感あふれる香りが口中に漂う。おまけに、しなやかで力強い。
 加藤さんの「はぐら瓜」も凄い。その持ち味を最大限に引き出した呉さんの手腕も素晴らしい。

 「白瓜雲耳炒圍蝦」は、今年食べた料理の中で、だんとつの旨さ、風味でした。
 先にもふれてきた「茄子炆紅斑」、さらには「梅辣青茄子粉絲煲」の加藤さんの「青茄子」の美味もさることながら、それを超えてました。
 
 その「はぐら瓜」、収穫期は7月半ばから8月半ばにかけて。9月前、名残りの最後の収穫があるかもしれない、とのこと。なんとかゲットしたいと願ってます。

 画像は「白瓜雲耳炒圍蝦」。その美味と再び出会うには、来年まで待つしかない。
 いや、加藤さんの野菜は、毎年、味、風味が微妙に異なります。
 そう、加藤さんの野菜だけに限らず、野菜も生き物。その年の天候に左右されますから。
 ということでは、今回の「白瓜雲耳炒圍蝦」は、まさに一期一会の味、風味。
 その美味、風味、旨さ、一生忘れません。

不時不食、素材がすべての中国料理、その③


 加藤さんの「青茄子」を、揚げたはたと煮込んだ「茄子炆紅斑」は、ほろり、はらりと身が崩れる紅はたとは対照的に、青茄子はだしをしっかり吸い込みながら、煮崩れず、しっとりとした舌触りと優しい歯応え。そんな両者の触感の対比が面白い。

 さらに「青茄子」は、だしを含みながら、フルーティーな酸味、甘味があって、持ち味、個性をしっかりと主張。

紅はた、青茄子のだしを含んだ甘味、旨味に加えて、隠し味の「陳皮」のほろ苦さと醗酵味がこくを生み出す。そんな重層的構造による、旨さ、風味こそが味わいどころ。しかも、優しくて気品があり、穏やかで軽く洗練された福臨門ならではの味、豊かな風味が特徴です。

 調理を担当したのは張漢華料理長。めりはりの利いた明解な味付け、ぎりぎりの塩加減、張りのある味わいは、張さんの個性、そのままを物語る。同時に、料理方法、味付け、風味など、香港島の福臨門ならではの手法、持ち味、スタイルを踏襲したものだったこともわかります。

 一方の「梅辣青茄子粉絲煲」。
 青茄子、豚ひき肉を炒め合わせ、春雨を加え、梅子醬、豆板醬で調味し、二湯を足して煮含めたもの。だしの旨さを含みながら、「青茄子」そのものの旨さ、しっとりした触感など、青茄子の持ち味、特性が際立った一品です。 何よりも青茄子の旨さ、風味、と同時、力強さ、しなやかを感じます。

 みかけは無骨でも、根は頑丈。大地の恵みの味、風味がする加藤さんの野菜の特徴、持ち味をそのままに物語る収穫物のひとつ、ですから。

 調理したのは総料理長の呉さん。優しくて、気品があって奥床しく、洗練された味、風味は、呉さんの人柄がそのまま滲み出たもの。

 さて、今回、呉さんに加藤さんの野菜の調理をお願いしたものの、「加茂茄子」だけは収穫の端境期だったことから、呉さんは味わえず。
 そんなこともあって、呉さんの調理した「加茂茄子」の料理が味わえなかったのは残念。その代わりに
と、徐さんが加藤さんの「加茂茄子」の緻密な肉質、スムーズな歯触り、舌触りから思いついたという「金銀蒜蒸茄子」を、「真黒茄子」で。

 茄子を柔らかくなるまで蒸し、揚げたニンニクのスライス、みじん切りを載せ、醬油、熱した油をかけて仕上た一品。小口切りの葱がのっけられてます。

 冷の性質を持った茄子に熱の性質をもった生姜を組み合わせる、というのは、和食にもあるごく自然で、あたり前の組み合わせ。冷と熱のバランスを考慮したもの。その生姜をニンニクに置き換え、醬油味のだし、熱した油を一気にかけまわす。その最後の仕上げの際の「ジャ~!」って音が、思い浮かぶような一品です。
 酒のつまみ、惣菜としても格好です。ご飯の上にのっけて、かっこみたくなる。
 熱いだしを注いで、上湯茶漬け仕立てというのも、ありかもですね。

 ですが、正直に感想を述べれば、「加茂茄子」の肉質の緻密さ、甘さ、風味があってこその一品らしく、「真黒茄子」では、醬油ベースのだし、かける油の加減、按配が難しい、というのが現実。
 そう、少しばかり、醬油と油の分量が茄子に対して多すぎ、私には、味が濃かった。
 けど、若い人なら、また、この濃い味こそが、受けるかも。 なんせ、私は塩分控えめ、薄味好みの少数派(オヤヂ)、ですから!

 それより、驚いたのが「青瓜炒滑牛肉」の、四葉胡瓜の旨さ、呉さんの調理の技。
 四葉胡瓜は、もともとは華北産のものだとか。前出、加藤さんの夏野菜の項目で、それが見られますが、その色は深緑。白い棘が噴き出していて、かなり胴長。

 日頃親しんだ浅緑で表面がつるんとした胡瓜とは、見かけがまるで異なる。 水気が少なく、果肉は頑丈で、バリ、ボリっといったしっかりした噛み応え。ほろ苦さ、甘さがあって、何よりも瑞々しさがほとばしる。
 かなりの長期保存も可能で、その瑞々しさを保ち続ける根性の座った胡瓜です。

 その見かけは、香港の市場で見かける2種ある糸瓜(へちま)のうち、深緑色で、線状の突起のある細長い勝瓜/絲瓜に似ています。が、勝瓜/絲瓜に比べると、ほろ苦さと甘味、爽やかさ、それに旨味がある。味、風味が異なります。 
 
 もっとも、四葉胡瓜、もしかして、広東地方の郷土料理、それもお惣菜としてふんだんに使われる勝瓜/絲瓜の各種の料理に置き換えられるのでは?
 というのは、加藤さんの四葉胡瓜を入手した何年も前から狙っていたこと。そういえば、酢豚に胡瓜ってありますよね!あれも試しましたが、それもなかなかのもんで、油との相性もぴたりです。

 ともあれ、徐さんが教えてくれたメニューに、勝瓜/絲瓜を四葉胡瓜に置き換えた「洋蔥青瓜木耳炒圍蝦」というのがあって、私の着眼は間違いなし、思わずほくそ笑んだものです。
 ところが、加藤さんの「四葉胡瓜」を手にし、味見した呉さんが用意してくれたのは「青瓜炒滑牛肉」。米沢牛のフィレ肉との炒めものです。

 「四葉胡瓜」を5~6ミリ程にスライス。それを油泡、油通ししたものですが、油で火を入れてあるにもかかわらず、「四葉胡瓜」のフレッシュな味、風味。バリ、ボリ、ではなく、パリ、サクの噛み応え。

 で、噛み締めると「四葉胡瓜」のほろ苦さ、甘味、旨味、風味、清涼感が、見事に浮かびあがる!
 素材の持ち味、風味を生かした、抜群の調理、その見事な技に、ぐうの音もでず。

 新鮮な「四葉胡瓜」のバリ、ボリの歯応えのある瑞々しい旨さもさることながら、素材に火を一瞬、通しただけで、その新鮮さはもとより、「四葉胡瓜」の持ち味、旨味、風味を見事に凝縮した「四葉胡瓜」の旨さ、風味。そして、呉さんの技の凄さに、参りました!

2007/08/26

不時不食、素材がすべての中国料理、その②


 広東料理だけに限らず、中国料理はそもそもは素材ありきなのだってことを改めて認識させられる出来事がありました。
 そもそのも発端は以前、ここで紹介した過日の斎木さんとのファミリー・ディナー、夏の広東地方の郷土料理のパート①でのこと。

 私の提案で「豉汁涼瓜炆紅斑」をメニューに組み込んだところ、それを知った福臨門の徐さんから「涼瓜もいいけど、揚げた魚の煮込と茄子の料理もいいもんだよ!」との話が伝わってきた。その話に俄然興味を持って、なんとしてでもそれを実現したかった。

 そして、茄子といえば「夏野菜」で紹介した埼玉県東松山で農業を営む加藤紀行さんの茄子三種の「真黒茄子」、「加茂茄子」、「青茄子」。

 ことに「青茄子」は、フルーティな酸味、甘味があり、なおかつ、繊細で緻密な肉質ながら、煮崩れない頑丈さがある。それは私自身、他の料理でもいろいろ試し済み。加藤さんの「青茄子」なら間違いないく揚げた紅はたの煮込みの「紅炆紅斑」にはうってつけなのに違いない。
 ということで、青木氏との夏の広東地方の郷土料理のパート②で、それを実現。これがなんとも美味でした。
 あわせて、大阪の福臨門が場所を移し、そのオーニングの為に日本にやってきた徐維均さんが、東京に立ち寄って香港に帰る、という話を聞きつけ、徐さんに加藤さんの夏野菜をプレゼント。加藤さんの茄子、それに夏野菜の数々を試食してもらい、その印象を尋ね、また、広東料理の手法で、どんな料理が可能かを伺うことにした次第。

 はたせるかな徐さんは加藤さんの夏野菜の数々を絶賛し、その出来栄え、美味、風味の豊かさを高く評価。
 中でも徐さんが注目したのは「加茂茄子」。舌触りがスムースで、緻密な果肉、芳醇な味わい、甘さがある、とのこと。それに「青茄子」は、果肉の繊細でフルーティでありながら、煮込んでも煮崩れせず、ダシなどの旨味をしっかり吸い込みながら、青茄子本来の持ち味を失わない力強さ、しなやかな個性があるのに驚いた、ってことでした。

 茄子3種以外にも、、四葉胡瓜、万願寺唐辛子、日光青唐辛子を試食し、広東料理の伝統、手法に倣ってどんな料理方法があるか、即座にその数々を挙げ、教えてくれました。
以下がその料理の数々です
まずは茄子3種
涼拌茄子、茄子の蒸し物、ごまたれ風味

金銀蒜蒸茄子、茄子の蒸し物、揚げた薄切りにんにく、醬油たれ風味

咸魚雞粒茄子豆腐煲、塩漬け醗酵魚、賽の目切りの鶏肉、茄子の炒め煮込み

梅辣茄子煲、茄子の炒め煮込み、梅子醬、豆板醬風味

煎釀茄子 豚挽き肉はさみの茄子の煎り焼海味粉絲煲 野菜と春雨の炒め煮込み

茄子炆紅斑 茄子と揚げ魚の煮込み
四葉胡瓜については
洋蔥青瓜木耳炒圍蝦、胡瓜、たまねぎ、きくらげと海老炒め
万願寺唐辛子、青唐辛子については
新鮮な魚介(海老、貝柱、伊勢海老)もしくは鶏肉、牛肉とともに、豉椒、つまりは、醗酵黒大豆を使った豉汁風味で炒める

 たとえば、茄子。中国料理で茄子を使った料理といえば、即座に思い浮かべるのが麻婆茄子。
 それに、茄子は油との相性がいいし、たっぷりの油で下拵えしたあとに、干海老や咸魚で風味をつけて、炒めて仕上る。それとも、中華風味のタレ、あんかけにする。

 加茂茄子などは、しっかり油で揚げてから、和食の田楽風、あるいは、揚げ出し風にして中華風の味で仕上る、ってのが日本の中華料理、中国料理における茄子の料理方法ではないかと思います。
 そう、中華、中国料理の茄子の調理方法、様式は、あらかじめ決まっていて、それに即して調理。
 あるいは和の手法を取り入れてアレンジ。
 ところが、徐さんの教示してくれた広東料理の伝統、手法に倣った茄子の料理。まず、素材そのものの持ち味、特徴、性質を見極めてから、調理、調味をする、という料理のプロセスが明確に汲み取れる。
 まさに、目うろこ!
 そのことをつくづく思いしらされました。

 加藤さんの「真黒茄子」や「加茂茄子」の、果肉の繊細で芳醇な甘さを生かすには、揚げるよりも蒸す。持ち味、資質を損ねない最良の調理手段です。
 それに、「青茄子」。その緻密な肉質、フルーティーな風味、油で揚げてもへこたれない頑丈さがあって、だし、旨味を吸い取りながら、自己の味を主張ということから、煮込み料理が最適、という見極めがあってのこと。

 実は、四川料理には、茄子椒麻だったか、蒸した茄子に、花椒をふんだんに使って醬油などをあわせて作ったたれをかける料理があります。茄子を蒸すっていうのは他の地方でも惣菜的な料理に活用されることが多い。蒸して、冷やすってわけです。

 そういえば、日本だと焼茄子がある。焼いた茄子を冷水につけるか、冷まして、生姜仕立ての醬油たれで食べる。が、焼くとやはり、焦げの味がつく。それが、風味を増すのも事実だが、素材の生かし方が少しばかり、違ってくる。

 ともあれ、中国料理では、茄子は揚げるだけでなく、蒸して、いろいろ活用する。しかも、徐さんはそれぞれの茄子の持ち味、資質を見極めて、調理、調味を工夫、ということに感心しました。

 そう、まずは素材ありき、なのだと。
 なんて、いわれても、実際に食べてみないことには、って思いますよね?

 ということで、呉総料理長に御願いして、料理してもらった一品が、加藤さんの「青茄子」を使った「梅辣粉絲煲」。

 青茄子のぶつ切りを豚のひき肉と炒め、「梅子醬」という甘味もあるみそ、辛味のある豆板醬で調味し、戻した春雨を加えて、2番だしで炒め煮込みした煲仔料理。くたっとした茄子を噛み締めると、だしの旨味、だけでなく、青茄子のフルーティな風味、酸味、甘味が、じんわりにじみ出てくる。

  梅子醬の酸味、甘味、上品なこく、豆板醬のピリ辛の風味。加藤さんの「青茄子」の旨さ、その持ち味、風味を生かした呉総料理長の手になる「梅辣茄子粉絲煲」の穏やかで洗練された優しい味、風味に、うっとりとなったのであります

2007/08/14

不時不食、素材がすべての中国料理、その①

「日本で広東料理のフェアーをやるんで、招待されてるんだ」
なんて話、香港で知り合った著名な料理人、取材で訪れた店から聞かされたことが何度もあります。 日頃、香港で評判の腕、味、料理を日本で紹介できると大張り切り。

 そうした話を耳にする度
「お、いいじゃない、頑張って、香港の味を紹介してね」
と、口では言いながら、暗雲立ち込める思いに陥った。
というのも、はたして香港と同じような素材が日本で入手できるかどうか。
他人事ながら気になり、親しい料理人は日本での素材事情について説明もしました。

 ことに80年代後半から90年代はじめにかけて、広東料理のだし作りに欠かせない中華ハムの「火腿」の調達が日本では不可能だった。
なにせ、80年代には日本の中国料理の料理人がだし作りに「火腿」を使うってことはほとんどなかった。その証となる雑誌の記事もあります。

 その後「火腿」は、まずは台湾産、ついで本土産のものが日本でも入手出来るようになり、今では中国料理におけるだし作りの必須の材料のように語られています。
 その突破口になったのが、福臨門の日本への進出がきっかけだったのは明らかですが、日本の中国料理人はそれをなかなか認めたがらない。

 それより日本の中国料理界で「火腿」の使用が当たり前、一般化するようにはなったものの、その使い方、使用方法については、まだまだというのが現状です。
 が、それについてはまたの機会に。

 ところで、日本から招待を受けた香港の料理人から
「これってどういうことなんだろ?」
と尋ねられた興味深いことがあります。
それは招待した側のコーディネイター、仲介らしき人物からの連絡で
「素材は日本で調達できます。ただ、広東料理に使う調味料は日本での調達は難しいことと思いますので、その手配、準備、どのようにすればよいのかお知らせください」
といった内容のもの。

「これってどういうこと?」
と、香港の料理人。なんて、私に質問されてもわかりません。
が、ふと、思いついたことがありました。
 ある時期、意欲に燃える若い料理人と知り合った際、四川料理店に勤める若い料理人から、
「広東料理って、調味料の組み合わせとその扱いが特別なんですよね。
あわせ調味料をあらかじめ作っておいて、仕上げにそれを使うんでしょ?」
との話に、私はン!? 
その話に疑問を覚えたのは、香港で取材した広東料理店で目撃してきた事情と大いに違ったからです。

 四川料理店で修行中だった若い料理人の話によれば、日本の四川、北京、上海では、それぞれに特有、独特の調味料の組み合わせがあって、それが各地方の料理を特徴づけている。
 ことに広東料理には広東料理独特の調味料があり、日本では入手不可能がものがほとんで、それがなければ広東料理たりえない、というような話でした。

 言われればなるほど、広東料理には独特、特有の調味料があるのは事実。 蝦醬や咸魚などがそう。他にも探せばいくらだってある。
 さらに、広東料理の一端を担う潮州料理では、広東料理の系列に属しながら、広東料理には使われない調味料の数々が存在する。潮州地方独特の漬物などもその最たるもの。

 が、先の若い料理人はそこまでの知識もなく、広東料理といえば、独特のあわせ調味を使って仕上るもの、という程度に認識しかないことも、その時に知りました。

 どうやら、香港の料理人を日本に招待するコーディネイター、仲介の役目を担った人も広東料理についてその若い料理人同様の知識しかなかったようです。
 それとも、日本に存在し、一般的に認知されている日本式の広東料理をもとに、先のようなことを香港の料理人に伝えたのかもしれない。
 そんなことについて触れた、つまり香港の料理人との仲介を買って出た経験のある人の体験談を記した著作を読んだ覚えもあります。

 そんな話を私に持ちかけた香港の料理人は
広東料理に特有な調味料の調達よりも、日本で入手できる素材を見なければ
調理方法も決められない。それにどんな調味料が必要なのかもわからない
というのが言い分で、なんで調味料のことを先に尋ねてくるのか
とまあ本末転倒とでもいいたげな口ぶりでした。

 つまり、日本に行って、素材を手にして見なければ、何も始まらない、と。
 その香港の料理人、日本に来てみて、香港で入手できる素材の質とは
まったく異なるのに愕然とし、どうやって処置しすべきかと、思い悩んだそうです。

 まず、文句なしに使えると思ったのは牛肉。
水牛系の硬い肉とはいわないでも、中国産の牛肉は貧弱で、へたすると輸入物に頼らざるをえない。そんな香港の牛肉事情からすれば、はるかに質が高くて、種類も豊富。

 ところが、料理の基本のだし作りに欠かせない鶏肉、さらに、豚肉の赤身などに関しては、味が無くって、香りがしない。
 仔細を尋ねれば、どうやら、水っぽくって味がしない。香りは皆無ということでした。

 「火腿」の調達以前の問題だ、とのことで、頭を抱えてしまったそうです。
それに、日本の中国料理では、鶏がらでだしを作る、というが一般的だと知って、驚いたとも。
 彼にとって、だしをとるには鶏を丸ごと一羽、というのはあたりまえだったのですから。

「なこと、ないよ。日本にだって良質の豚肉や地鶏だってあるから」
と、その料理人をけしかけ、いろいろ情報を伝えました。
もっとも、仕入れ値段の点で折り合わず、その入手は難しい、
ってきっぱり伝えられたり、
それ以前に、豚肉はともかく、生きた鶏を入手できない、ということに驚いた
ってことでした。

 鶏や豚肉だけでなく、野菜類なども、全体、水っぽくて、味がしない。香りがない。
 ともかく、調味料の調達以前に、優れた素材を入手出来ず、入手できる範囲の素材をいかに活用するか、頭を悩ませた、という話でした。

 そう、広東料理、だけに限らず、中国料理は、そもそもは素材ありきなのです。それからすべてが始まったってことを端的に物語る話、ではないかと思いました。

2007/08/11

夏の広東地方の郷土料理のパート②の④


 さて、鳩料理とともに当夜のメイン、ハイライトとなったのが「茄子炆紅斑」。この料理に決定するまでに、色々とわけがありました。
 過日の斎木さんとのファミリー・ディナー、夏の広東地方の郷土料理のパート①で、私の提案で「豉汁涼瓜炆紅斑」をメニューに組み込んだ。それを知った福臨門の徐さんから
「涼瓜もいいけど、茄子と一緒に料理するのもいいもんだよ!」
との話が伝わってきた。その話に俄然興味を持ったわたしは、なんとしてでもそれを実現したかった。
  ン!? そうだ!茄子といえば、「夏野菜」で紹介した埼玉県東松山で農業を営む加藤紀行さんの茄子三種「真黒茄子」、「加茂茄子」、「青茄子」だ! ことに「青茄子」は、フルーティな酸味、甘味があり、なおかつ、繊細で緻密な肉質ながら、煮崩れない頑丈さがある。
 実は、タイ、及び、インディアン・スタイルで茄子のカレーというのも旨いし、にんにく、赤唐辛子の香りをつけたオリーヴ・オイル、もしくは塩漬けの豚のあばらにく(なんちゃってパンチェッタ!)でソテーし、しんなりさせてから、アンチョビ・ペーストもしくは蝦醬で味、風味をつけて、チキン・スープ・ストックで煮込んで、パスタの具に、なんてのは試し済みで、いずれも大成功。
 なら、加藤さんの「青茄子」で「揚げ紅はたと茄子の煮込み」を!と、考えた次第。
 併せて、大阪の福臨門の移転新装開店の帰りに、徐さんが東京に立ち寄ると知って、徐さんに。加藤さんの茄子や野菜をプレゼントし、試食してもらおうとも思い立った。
 そして、登場したのが「茄子炆紅斑」。
 それにしても、どうやって茄子を調理?その味付けは?と、あれこれ想像。
 苦瓜の時のように醗酵黒大豆の「豆豉」をベースにした調味料の「豉汁」で?
 いや、どうもそうではないらしい。
 目の前に現れた「茄子炆紅斑」、表面には白髪葱、
 というには少々太めだが、葱の細切りがひと山たっぷり。
 
 その周りに「青茄子」が煮崩れないままにある。そして、紅はたの頭と尻尾。
 見かけからすると揚げた紅はたを煮込んだ「紅炆紅斑」を基本に、茄子を加え、葱の細切りをたっぷり。
 で、食べました。揚げた魚に、別途、炒めた野菜、今回は茄子が中心で、二番だしの「二湯」を加え、醬油、オイスター・ソースなどで味付けをしたもの。甘味が利いた、煮込み料理の特有の味付けだ。
 で、茄子を食べます。しんなり、くたっとした茄子は、だしを含んでいる。味付けと、茄子自体のもつ甘さが2重構造になっている。それに、ひりからの葱の細きり。
 ン!? と思ったのは、ほろ苦さが口内に!その、ほろ苦さ、直接的ではなく、まろかやさと、醗酵味のような酸味、旨味がある。
 なんと、蜜柑を干した「陳皮」でした。「陳皮」の苦さ、「涼瓜」つまりは「苦瓜」の苦さの代わりですね。
 ところが、「涼瓜」のような青くささがなく、旨味、こくを醸しだす雰囲気。そこに葱のひり辛、また、味付けと「茄子」の甘さが入り混じる。
 さらには、火を通せば、はらりと身がくずれる紅はたの、ゆる~くで滑らかで、柔らかな触感。ダシ、味を含んだ身の旨さも格別だ。そんな旨さ、風味、五味の重層構造と見事な一体化状態に
「こんなの、あり?」、
という以外に、旨さ、風味の素晴らしさを語れない。
「あり、ありです、現にここにあり、なんだから!」と。
 揚げた紅はたと、青い苦味のある「涼瓜」の組み合わせの、直球勝負の爽快な旨さ、風味。
 「涼瓜」が「青茄子」に代わると、茄子と紅はたの触感の変化、甘味、旨味、隠し味の「陳皮」の苦さ、こくがうみだす、重層的構造による、旨さ、風味。
 ほんとの話、紅はたもさることながら、「青茄子」の旨さ、紅はた以上に際立ってました。加藤さんの「青茄子」は、旨い。タフでがっしりしていて、旨くて、すごい。
 そして、締めくくりはレタスの細切りと塩漬け醗酵魚の「咸魚」の「生菜絲咸魚炒飯」。
 「鳩や肉などいろいろ食べたし、塩漬け魚の「咸魚」だけで」
 と青木さんのたってのリクエスト。
 「咸魚」の塩辛さもあって、レタスの細切りがふんだんに使われている。
 張さんの炒飯、火の勢いがあって、香りが豊か。まさに「鑊氣」があります。
 とはいえ「咸魚」がたっぷりで、レタスがあっても、少々塩辛かった。
 最後のデザート。これがなんと、冷たいキッズ・デザート、でも、温かいアダルト・ディザートでもなくて、青木さんご持参のソーテルヌ。
 甘美で濃密でフレイヴァー豊かなスュデュイローを味わいました。

夏の広東地方の郷土料理のパート②の③




 
 
 さて、いよいよ鳩料理の登場。
「鳩は香港で食べたことがあるけど、東京ではまだ。香港で食べてるのも、ほら、dancyuに載ってた「豉油皇乳鴿」。あんな風に煮込んだ鳩なんですけど」と青木さん。
「なるほど、なら、鶏もいいですけど、鳩ってことで!
フランス原種で日本で飼育した鳩が入手出来るようになったし。
香港の鳩とは肉質、肉の味が濃い。その比較ってのも面白いし。
それに総料理長の呉さんは、今、大阪で、料理するのは張さんなんですが、
張さんは揚げ物が得意だし、今回は「脆皮焼乳鴿」でどうですか?」、
とますます強引な私です。というのが、当日までのやりとり。
「これって、しっかり下拵えの塩味、利いてるんですね」と青木さん。
「あ、それならこのレモン・ソルトを適宜。それでも、濃く感じるなら、たっぷり。肉の味、風味自体、香港の鳩に比べて味が濃くて、濃密な感じがしませんか。
香港の鳩もいいけど、鳩の好きな私には、嬉しくてたまらない」と ワインを一口。
 私が用意したのはローヌのグラムノン。が、なんだか、「脆皮焼乳鴿」には少々軽い。
そして、鳩を食べましょうとの私の言葉にジビエというイメージが頭の中を駆け巡ったという青木さんが用意したのは、ラ・ミション=オ=ブリオン。
 しっかり、がっしりの血の気の多い濃厚な味、風味で「脆皮焼乳鴿」との相性が良い。
しかも、香港産よりも濃い血の味がする鳩にぴたりとはまり、塩味の利いた調理にもあっている。
 ついで登場したのが「榨菜蒸肉餅」。
 これは、揚げ物のあとで、料理の流れ、口の中の味を変えたいってことから
「何か、蒸し物を」
 というのが私のプラン。
 鶏肉と金華火腿の蓮の葉包み蒸しを思い浮かべたものの、ありきたりだし、日本では鶏肉を蛙の腿肉の田腿に代えることもできない。
 なら、張さんにおまかせ。ということで登場。
 叩き潰した豚肉の包丁技の見事さ、はらりと崩れる肉質。
それでいてジューシーで、しかも、上品な味付けだ。
 ポイントはやはり榨菜。僕の好みは、豚肉のきめ細かさとのバランス、肉餅の舌触りなどからすれば榨菜がも少し細かな微塵切りのほうが良い。
 それでも、榨菜の爽やかな酸味、醗酵味の旨さが光る。ことに酸味の爽やかさもあって、夏向けの味、料理、というのがよくわかる。
 そのあたりが、張さんの狙い目だったのは、明らかです。
 そして、「海味雑菜粉絲煲」。
 これは野菜料理を何か一品ということから。
 今の時期、夏野菜が旨い。当然、旬の野菜を考えました。
 ですが、塩味炒めの「清炒」では、なんだか味気がない。
 かといって、腐乳や蝦醬で味をつけて、となると、今度は野菜の種類が限られてくる。
 香港なら、芥菜の茎の芥胆を蟹肉のとろみあんかけの「蟹肉扒芥胆」ってことも可能だが、それはないものねだり。
 青菜の炒めものではなく、上湯で煮浸す「上湯浸」という料理方法もあるが、これまた野菜の種類が限定される。
 ということから思い立ったのは、野菜の炒め煮込みか具の中味、組み合わせに工夫を凝らした春雨の炒め煮込み。
 「温公斎煲」という野菜ばかりの精進の炒め煮込みという手もある。
 紅麹で漬け込んだ南乳を風味に使うこともある。
 だしを多目にして煮込み仕立てにすることもある。
 自分では決められずに、野菜入りの春雨炒め煮込みを張さんにリクエスト。
 そして登場してきたのが「海味雑菜粉絲煲」。
 広東白菜などの野菜に、えのき茸など茸類の炒め煮込み。
 しかもその味付け、なんと戻した干し貝柱の「瑶柱」。
 贅沢な五百野菜炒め煮込みになりました。
 「瑶柱」の旨味、風味、それに、醬油味ベースだが、オイスター・ソースの蠔油が隠し味に忍ばせてあって、甘味とこくが、ほんのり、じんわりと浮かび上がってくる、というのが見事なプロフェッショナルの技。
 「これ、おかず、惣菜なんでしょ?けど、ご飯のいらない上品なおかずだね!」とまたまた関心しきりの青木さんでした。
 画像は「榨菜蒸肉餅」と、「海味雑菜粉絲煲」。「脆皮焼乳鴿」は先に紹介済みなんで、今回はパスです。

2007/08/07

夏の広東地方の郷土料理のパート②の②

















 冬瓜を素材にしたスープが、大脷蓮藕鱆魚煲豬爭(蓮根、干したこ、豚肘肉、豚舌のスープ)へと変更。
 そうそう、豬爭、厳密には「筝」の左に「足」偏がつく。一般には「肘子」と呼ばれる部分で「前肘子」と「後肘子」があって、中国や香港、欧米では料理方法も異なる。 日本では後ろ足の腿肉の下部を「どんぶり」と称することもあるそうで。そう、アイスバインに使われる部分です。が、前足部分も後足部分も「脛肉」と称するのが日本では一般的、なんだそうです。

 話を戻して、蓮藕鱆魚煲豬爭。広東地方西南部、順徳地方の代表的な煲湯のひとつ。ということもあって一挙に盛り上がったのは、やがて登場してくる仔鳩の料理である「脆皮焼乳鴿」と、同じ地方で生まれた料理。もしかしてそれを考慮して用意してくれた煲湯ってことになりますから。
 胸がときめきました。

 そして、涼瓜炒帶子蝦球(貝柱、蝦、苦瓜、黒大豆みそ炒め)についで登場してきたのが、冬瓜火腩炆腐件(冬瓜、焼肉(皮付き豚あばら肉の焼き物)、板湯葉の煮込み)。

 これも夏の季節にはうってつけの料理。香港の夏、広東人にとっては欠かせないお惣菜。郷愁を覚える味、風味です。が、福臨門ですから、技がある。上品で洗練された味、風味。料理として完成された一品です。

 冬瓜の果肉そのものは無垢で淡白。それこそ清廉な味わいです。水分をたっぷり含有してることから、長期保存も可能で鮮度が落ちにくい。が、その分、調理にあたって、どれだけ果肉の水気を抜くかというのが、下拵えの重要なポイント。調理した後の果肉の透明感、滑らかな舌触りがないと、冬瓜を食べる意味がない。そう、 冬瓜そのものの下処理、下拵えが難しい。
 そのプロセスを経た後は、冬瓜にいかにだしを煮含めさせるか。
 ってことは、だしそのものの質が問われるわけです。それが旨さの決め手のひとつになる。
 が、その点は申し分なし。というよりも、完璧と言っていいほど。だしの旨さ、煮含めの按配が見事です。

 それに、この料理に欠かせない火腩です。皮付き豚のあばら肉の焼き物の「焼肉」。
 日本の福臨門の焼蝋、焼もものの技のすごさ、味、風味の旨さは格別です。
 かつての銀座店や二子玉川の高島屋でテイク・アウト。暖かいご飯にのっけて、たれを工夫し、焼蝋飯に。そして、表面はパリパリとクリスピー。脂身と肉がサンドイッチ状になった皮付きの豚ばら肉の焼肉は、豆腐と煮込み蝦醬で味をつけて煮込む「大馬站煲」には欠かせないものでした。



 冬瓜、焼肉の旨さもさることながら、目を見張ったのは生湯葉の揚げ物。生湯葉をミルフィーユ状に重ねて揚げたもの。最初はさくとした舌触り。噛み締めるとミルフィーユ状に重なった湯葉は、チュウイーな触感。と同時に、味付けされただしが口中にほとばしるという寸法。

 歯触り、舌触りの触感の快感だけでなく、ほとばしる味のついただしの旨さに
「何、これ!この旨さ!」
と漏らして、後は絶句。その余韻をしっかり味わいました。
 その下拵え、調理、味付けは、プロフェッショナルな技を見事に発揮したもの。


「あのう、これ、おかず、なんでしょ?普通なら、ご飯がほしくなるおかずでしょ?
なのに、ご飯なんかいらないし、ご飯と一緒に食べるのがもったいなくなるぐらい、旨いですね。
極上の、雲上の料理だ!
 こんなおかず、家で作れるわけないし、食べてる人間なんていっこないでしょ?」
と、福臨門製の「おかず、お惣菜」に感心しきりの青木さん。
「う~ん!」とうなりながら、しっかりたいらげてました!


私にとってもこの日のハイライトだった一品です。

2007/08/05

夏の広東地方の郷土料理のパート②の①




 
 
 
 
 
 思いがけず、夏の広東地方の郷土料理を食べる一夜が、再度実現。
 3年前だったか松任谷由実の香港公演を取材した際、知り合ったのがクリエイティヴ・プランナー、ディレクター&デザイナーの青木保夫さん。無類の広東料理好き、と私が勝手に決め付けてしまうのは、香港で食事をご一緒して以来、東京でお目にかかる機会があったのはいずれも広東料理店でのことばかり。そんなことが重ねれば単なる偶然とも思い難い。
 話を伺えば、基本は和食好き。ついで中国料理だそうだ。食事をご一緒しましょ、という話がようやく実現。
 仲を取り持ってくれたのは、香港で一緒だった元EMIで現BMGの藤原クン。かつて空手青年だった、なんていうといかついガタイでスポ刈りのガニ股男を思い浮かべそうだが、そんなイメージとは程遠い。波打つロマンス・グレー・ヘアーに銀縁眼鏡、という面持ち。そこはかとなくちょい悪おやぢ系の面影も、というやさ色男風、である。

「お店、メニューは小倉さんにまかせますから」とのことで、旬の素材を使った広東地方の家郷菜、家常菜を中心にしたコースに決定。ということなら福臨門以外、それに応えられる店は東京にはない。
 いくつか青木さんからのリクエストもあり、福臨門のスタッフにも相談して内容を任せたメニューも含め、当日並んだ料理は以下の通り。
①雲腿金銭鶏肝、中国ハムと鶏の肝、豚肉、豚背脂の重ね焼き
②老火湯(大脷蓮藕鱆魚煲豬爭)、蓮根、干したこ、豚肘肉、豚舌のスープ
③涼瓜炒帶子蝦球、貝柱、蝦、苦瓜の醗酵黒大豆みそ炒め
④冬瓜火腩炆腐件、冬瓜、焼肉(皮付き豚あばら肉の焼き物)、板湯葉の煮込み
⑤脆皮焼乳鴿、鳩の丸揚げ
⑥榨菜蒸肉餅、榨菜入りの豚のひき肉の蒸し物
⑦海味雑菜粉絲煲、干貝柱、するめいか、野菜と春雨炒め煮込み
⑧茄子炆紅斑、青茄子と揚げた紅はたの煮込み
⑨生菜絲咸魚炒飯 塩漬け醗酵魚とレタスの炒飯

 ①は、先に夏の広東地方の郷土料理、dancyuの8月号でも紹介してきたもの。青木さんのたってのリクエストです。
 それで、今回のコースのメイン(大菜)は鳩と紅はたの揚げ煮込みってことになる。
 人数が多く、本核的な宴会用のコースなら冬瓜盅を用意。それも八寶冬瓜盅ではなく、ふかひれ入りの魚翅冬瓜盅にすれば豪華な一番の大菜になる。ですが、いかんせんメンバーはわずか3人。冬瓜盅を食べ切れる人数ではない。ということから、冬瓜を使った湯(スープ)か、何か夏向けの煮込みスープの煲湯をリクエスト。
 実は、神戸に生まれ育った私は、ご飯に味噌汁というのが苦手です。というより、物心つく頃からご飯と一緒に食べるのはもっぱら澄まし仕立てのおつゆ、でした。赤出しを知ったのは、子供の頃の外食のハイライトのひとつだったとんかつを食べるようになって知ったぐらい。そのとんかつも、子供の頃はひれオンリー。ロース(とん)カツ旨さを知ったのは、東京に来てからのことでした。と、話が横道にそれました。
 ともあれ、香港には、私が子供の頃、ご飯と一緒に食べたおつゆに通じるものがある。
 例湯です。
 だしの素になるのは煎り焼きにした川魚の生魚、豚の赤身肉、脛肉。家鴨の新鮮な砂肝や干した砂肝などです。
 乾物を使うとしたら、せいぜい蝦米(干し蝦)ぐらいで、瑶柱(干し貝柱)は贅沢な高級品だから滅多には使わない。鶏肉も高価で贅沢だから使わない。家鴨肉を用いることもあるが、皮裏の脂肪分が味を濃厚にしてしまうこともあるから、湯などよりも煮込み料理に使われる。
 牛なら、脛肉かばら肉か腹身肉。ですが、牛肉には独特のクセと香り、というよりも特有の匂いと味があるから、牛関係の部位はそれだけで調理、というのが一般的。
 そこに新鮮な旬の野菜、青菜や根菜、さらに干した根菜などをふんだんに使い、棗や杏仁(杏仁豆腐になる中国アーモンド)や漢方素材などを適宜組み合わせて、とろ火で延々煮込む、というより、煮出し続ける。ですから「煲湯」というだけでなく「老火湯」とも言います。
 夏場には、冬瓜、早稲の冬瓜である節瓜を使った例湯が登場。そんなつもりもあって冬瓜を使った例湯だが、福臨門の張漢華料理長が用意してくれたのは、②の大脷蓮藕鱆魚煲豬爭。蓮根、干したこ、豚肘肉、豚舌のスープでした。
 蓮藕鱆魚煲豬爭は私の好物のひとつ。
 豚の肘肉、干したこが旨いだしを作り、そこに蓮根の甘味、香りが加味される。
 この煲湯には、赤い棗の紅棗、それに、隠し味に陳皮を加え、だし、ことに蓮根が生み出す甘味を引き立てるのがその特徴。自然で無理のない味、香り、風味があります。
 そこに、なんと豬脷が!
 というのははじめての体験。いや、サービスの人が言うには、牛舌ですってことだったし、見かけはその感じ。ところが、食べてみると、牛舌にしては脂肪分が多い感じだ。それに、基本のだしとの組み合わせから考えても、牛関係の肉、部位、内臓を加えると、クセのある特有の味、香りのせいでだしの味をそこねない、はず。
 旨い!なんて思いながら、その一方で「これって、豚の舌じゃないかい?」なんて自問が続きました。後で尋ねたら、案の定、豚舌の豬脷でした。
 そして、③の涼瓜炒帶子蝦球、貝柱、蝦、苦瓜の豆豉(醗酵黒大豆みそ)炒め。
 正直いって、料理は冷め加減。私が画像を撮ってる間に、冷めたのかも。
 ところが、貝柱の表面にはしっかり火が通っているのに、噛み締めるとすっと歯が入る柔らかさ。しかも、ジューシーで甘味が立っている。
 一緒に食べたのが苦瓜。火の通りが抜群で、ほろ苦さと青い爽やかさ、それに、甘味がある。さらに、細かにみじん切りにされた(その切り方の技が見事)豆豉が生み出す発酵味、細切りの赤唐辛子が生み出すほんのりのピリとっした辛味、そう、スパイスの効いた味わいなども入り混じったもの。
 貝柱、苦瓜、それに豉汁の味、風味が織り成すハーモニーは実に見事。蝦の火の通しかたも抜群で、ぷりっとした触感だけでなく、日本の蝦とは思えない甘味があって、豉汁それを引き立てる。
 銀座福臨門の料理長の張さんの技はすごい。
 画像は、大脷蓮藕鱆魚煲豬爭。あ、具の豚舌がみえません。それに涼瓜炒帶子蝦球。美しいです。