「日本で広東料理のフェアーをやるんで、招待されてるんだ」
なんて話、香港で知り合った著名な料理人、取材で訪れた店から聞かされたことが何度もあります。 日頃、香港で評判の腕、味、料理を日本で紹介できると大張り切り。
そうした話を耳にする度
「お、いいじゃない、頑張って、香港の味を紹介してね」
と、口では言いながら、暗雲立ち込める思いに陥った。
というのも、はたして香港と同じような素材が日本で入手できるかどうか。
他人事ながら気になり、親しい料理人は日本での素材事情について説明もしました。
ことに80年代後半から90年代はじめにかけて、広東料理のだし作りに欠かせない中華ハムの「火腿」の調達が日本では不可能だった。
なにせ、80年代には日本の中国料理の料理人がだし作りに「火腿」を使うってことはほとんどなかった。その証となる雑誌の記事もあります。
その後「火腿」は、まずは台湾産、ついで本土産のものが日本でも入手出来るようになり、今では中国料理におけるだし作りの必須の材料のように語られています。
その突破口になったのが、福臨門の日本への進出がきっかけだったのは明らかですが、日本の中国料理人はそれをなかなか認めたがらない。
それより日本の中国料理界で「火腿」の使用が当たり前、一般化するようにはなったものの、その使い方、使用方法については、まだまだというのが現状です。
が、それについてはまたの機会に。
ところで、日本から招待を受けた香港の料理人から
「これってどういうことなんだろ?」
と尋ねられた興味深いことがあります。
それは招待した側のコーディネイター、仲介らしき人物からの連絡で
「素材は日本で調達できます。ただ、広東料理に使う調味料は日本での調達は難しいことと思いますので、その手配、準備、どのようにすればよいのかお知らせください」
といった内容のもの。
「これってどういうこと?」
と、香港の料理人。なんて、私に質問されてもわかりません。
が、ふと、思いついたことがありました。
ある時期、意欲に燃える若い料理人と知り合った際、四川料理店に勤める若い料理人から、
「広東料理って、調味料の組み合わせとその扱いが特別なんですよね。
あわせ調味料をあらかじめ作っておいて、仕上げにそれを使うんでしょ?」
との話に、私はン!?
その話に疑問を覚えたのは、香港で取材した広東料理店で目撃してきた事情と大いに違ったからです。
四川料理店で修行中だった若い料理人の話によれば、日本の四川、北京、上海では、それぞれに特有、独特の調味料の組み合わせがあって、それが各地方の料理を特徴づけている。
ことに広東料理には広東料理独特の調味料があり、日本では入手不可能がものがほとんで、それがなければ広東料理たりえない、というような話でした。
言われればなるほど、広東料理には独特、特有の調味料があるのは事実。 蝦醬や咸魚などがそう。他にも探せばいくらだってある。
さらに、広東料理の一端を担う潮州料理では、広東料理の系列に属しながら、広東料理には使われない調味料の数々が存在する。潮州地方独特の漬物などもその最たるもの。
が、先の若い料理人はそこまでの知識もなく、広東料理といえば、独特のあわせ調味を使って仕上るもの、という程度に認識しかないことも、その時に知りました。
どうやら、香港の料理人を日本に招待するコーディネイター、仲介の役目を担った人も広東料理についてその若い料理人同様の知識しかなかったようです。
それとも、日本に存在し、一般的に認知されている日本式の広東料理をもとに、先のようなことを香港の料理人に伝えたのかもしれない。
そんなことについて触れた、つまり香港の料理人との仲介を買って出た経験のある人の体験談を記した著作を読んだ覚えもあります。
そんな話を私に持ちかけた香港の料理人は
広東料理に特有な調味料の調達よりも、日本で入手できる素材を見なければ
調理方法も決められない。それにどんな調味料が必要なのかもわからない
というのが言い分で、なんで調味料のことを先に尋ねてくるのか
とまあ本末転倒とでもいいたげな口ぶりでした。
つまり、日本に行って、素材を手にして見なければ、何も始まらない、と。
その香港の料理人、日本に来てみて、香港で入手できる素材の質とは
まったく異なるのに愕然とし、どうやって処置しすべきかと、思い悩んだそうです。
まず、文句なしに使えると思ったのは牛肉。
水牛系の硬い肉とはいわないでも、中国産の牛肉は貧弱で、へたすると輸入物に頼らざるをえない。そんな香港の牛肉事情からすれば、はるかに質が高くて、種類も豊富。
ところが、料理の基本のだし作りに欠かせない鶏肉、さらに、豚肉の赤身などに関しては、味が無くって、香りがしない。
仔細を尋ねれば、どうやら、水っぽくって味がしない。香りは皆無ということでした。
「火腿」の調達以前の問題だ、とのことで、頭を抱えてしまったそうです。
それに、日本の中国料理では、鶏がらでだしを作る、というが一般的だと知って、驚いたとも。
彼にとって、だしをとるには鶏を丸ごと一羽、というのはあたりまえだったのですから。
「なこと、ないよ。日本にだって良質の豚肉や地鶏だってあるから」
と、その料理人をけしかけ、いろいろ情報を伝えました。
もっとも、仕入れ値段の点で折り合わず、その入手は難しい、
ってきっぱり伝えられたり、
それ以前に、豚肉はともかく、生きた鶏を入手できない、ということに驚いた
ってことでした。
鶏や豚肉だけでなく、野菜類なども、全体、水っぽくて、味がしない。香りがない。
ともかく、調味料の調達以前に、優れた素材を入手出来ず、入手できる範囲の素材をいかに活用するか、頭を悩ませた、という話でした。
そう、広東料理、だけに限らず、中国料理は、そもそもは素材ありきなのです。それからすべてが始まったってことを端的に物語る話、ではないかと思いました。