2008/07/27

7月の「赤坂璃宮」銀座店の4

「鹹魚牛崧豆腐煲/牛挽肉と豆腐の鹹魚風味煮込み」が登場し、ご飯を別途注文。ご飯の上にのっけ、ぶっかけ飯にして、豪快に一気呵成にかっこんで「鹹魚牛崧豆腐煲」の旨さをしっかり堪能。

 と、なると、いよいよ最後の締めくくり?
 かと思いきや、もう一品「柱侯茄子炆帶子/帆立貝柱と茄子の煮込み」が登場。

 そうか! 先月は4人、今回は5人。ひとりメンバーが増えれば、その分、予算が増える。ということは、高価な素材を使うことも可能で、一皿の内容、充実を図れる。もしくは、もう一皿、料理の追加が可能。そんなところが中国料理面白さ、楽しさ。人数が増えれば、コースの内容、メニュー構成が、いろいろ按配できるという寸法です。

 さて「柱侯茄子炆帶子/帆立貝柱と茄子の煮込み」。私は初体験。はじめての出会いです。
 料理名にある「柱侯」は広東省の佛山で生まれた味噌、調味料の一種で、佛山の特産品として知られる「柱侯醤」のこと。その「柱侯醤」の内容は、大豆を主体に、塩、砂糖、胡麻、醤油などで作ったものです。本来は肉料理に使われ、家庭では豚のスペアリブ、牛バラ肉の煮込み、鶏の手羽先の煮込みなど使われます。

 そういえばあの「果子狸/ハクビシン」や羊や山羊など、冬場の野味の調理などに欠かせない。それを「茄子」と組み合わせた料理、しかも、「帶子」、新鮮な貝柱と組みあせた料理には今まで出会ったことがありません。

 これからの季節「茄子」が旨い。卵型の真黒茄子、それに長卵茄子や長茄子に、加茂茄子のその一種である丸茄子なすなど、その種類は豊富。灰汁が多いので水にさらし、滋養があるという皮をつけたまま調理。水分をタップリ含んでいることから脱水し、旨味を凝縮ってことから、油で揚げたり、焼いたり、蒸したりして下拵え、というのが一般的。ことに油と馴染みがいい、というのはよく知られます。

 そんな茄子を使った代表的な料理といえば日本でもすっかり中華風惣菜として定着した麻婆茄子、でしょうか。その麻婆茄子からも明らかなように、中国料理で、茄子を素材にした料理には、なんらかの形で肉が組み合わせられるようです。

 そういえば以前、芋頭/里芋のところでも紹介したことですが、茄子もまた「痩物」、それに「寡」、つまりは、それだけでは味が足りない、物足りない素材、なんてことを家郷菜、家常菜を紹介したサイトで見かけたことがあります。ついでに「柱侯茄子」を香港、中国のサイトで検索したところ、ありました。そのレシピを見ると、やはり豚の豚肉が使われてました。

 それが今回の「柱侯茄子炆帶子」、料理名からも明らかなように、豚肉ではなく新鮮な貝柱と組みあわせたもの。それに「炆」というのは、素材を煎り焼き、もしくは揚げて、だしを加えて煮込むという調理方法。

 結果、茄子、貝柱は「柱侯醤」を主体にした甘味、旨味にこくのある味噌味で包まれ、噛み締めるとそれぞれの素材の味が浮かび上がるといった按配。油で揚げた茄子は、しんなりしっとりとした歯触り、触感で、特有のえぐ味をかすかに残した青い味わいが印象的。貝柱は火が通って噛み応えのある弾力を残しながら、むちむちねっとりの歯触り、触感で、貝柱独特の甘味が浮かび上がる。

 その茄子を食べながら思い浮かんだのは、焼いた茄子、揚げた茄子に味噌をのっけて食べる茄子の田楽。そうか譚さん、もしかして田楽をヒントに、甘味、旨味、コクのある「柱侯醤」を起用?なんて、思いあたったりして。肉ではなく、新鮮な貝柱を組み合わせたのも、火を通した貝柱のすっきりした甘味との対比を考えあわせてのこと、だったのかもですね。

 肉や鶏肉、野味と「柱侯醤」の組み合わせは慣れっこの私ですが、茄子と貝柱との組み合わせには意表をつかれました。しかも、こくのある味噌はガツンとくるメリハリの利いた味。それに爽快な茄子、さっぱりした新鮮な貝柱、といった素材と「柱侯醤」の味の対比が面白い。これもご飯と一緒に食べたくなる一品。いや、私としては焼酎を飲みながら味わいたくなりました。

2008/07/24

7月の「赤坂璃宮」銀座店の3

 そして、4品目の「鹹魚牛崧豆腐煲/牛挽肉と豆腐の鹹魚風味煮込み」が登場。

 土鍋の中でぐつぐつ煮えたぎる豆腐。その上には、切り込みを入れた白葱のぶつ切りが、え~ひ、ふう、みい、よ~、表面に見えるのは全部で9本。

 そうです、撮影した画像で白葱の数をチェック。豆腐の数は……ま、いいっすか?
 画像撮影禁止だった「ヘイフンテラス」(私もしつこい!)と違って、バンバン料理の写真撮りますから。もうしわけないことに、その間、皆なはお預け待機。 
 前にも話したように、土鍋煮込みですが、汁気もたっぷり、というのがここ「赤坂璃宮」の「鹹魚豆腐煲 」の特徴です。そうだ、なんで、汁気多いのか、理由を譚さんに聞くのをわすれたので、回答は後日。

 それにしても、ぐつぐつ煮えたぎる料理の顔つき、色あいがとても良い。いい香りがします。もちろん、「鹹魚」のくせのある香りが、あたり一面に。それに、鍋の気、「鑊気」に溢れてます。
「ねね、これもやっぱり「馬友」?」と、支配人の大藤さんに「鹹魚」の種類を尋ねたら、「そうです!」と、にっこり、キッパリ。

 なんて、話を聞きながら、やっぱりこの「鹹魚牛崧豆腐煲」、白いご飯がなくっちゃ、白いご飯と一緒に食べなくっちゃ、意味ないかも。
 「あの、すんません。白いご飯、そだな、2個。それに、お碗を4個!」と、大藤支配人に注文。

 「これ、ご飯なしに食べないって、なんてもったいなすぎるから!最後に麺か飯なんだけど、白いご飯にのっけて食べちゃいましょ!」、とまあ、皆の意向を確かめないで、白いご飯を注文。
 ウケました。白いご飯と一緒に食べるのかめっちゃウケました。
 
 「これ、こうやって食べると、すごく美味しい!」。
 「でしょ?」と、自分で作ったわけでもないのに、自慢気な私です。なんて、話の間にしっかり白いご飯に「鹹魚牛崧豆腐煲」を載せて、ご飯をかっこんでる人もいて。

 ところがこの「鹹魚牛崧豆腐煲/牛挽肉と豆腐の鹹魚風味煮込み」。普通のとはちょっと違います。すでにお気づきの方もいらっしゃるでしょう。
 そうです。この「鹹魚豆腐煲」、香港じゃ、それに広東地方じゃ「牛肉」ではなく「鶏肉」と組み合わせるのが一般的。「鹹魚鶏粒豆腐煲」というのがその料理名。それも「鶏粒」とあるように、みじん切り、もしくは粗みじんが普通です。中には、賽の目切りの「丁」や、ぶつ切りの「球」の半分くらいの鶏肉だったりすることもあります。

 それが、「鶏肉」ではなく「牛肉」の粗みじん、粗いひき肉状なのが、ワザのひとつ。「鶏肉」は、ご存知の通り、肉自体そのものは淡白さっぱり系。それが「牛肉」の粗みじん、ひき肉を使うことで、旨味を増し、味が濃くなる。だしがしっかり、味の濃いものになります。

 そして、白葱、4センチほどの長さで、しかも、細かな切り目入り、というのがワザのふたつ目。単に薬味、風味づけってことだけじゃなく、葱も要の味のひとつになってるのが面白い。すき焼きのだしを吸って葱の、あの感じでですね。さらに豆腐は賽の目の倍位の大きさで、衣をつけて、油で揚げて下拵え。油で揚げた結果表面は「脆」、そうです、パリサク。それがだしに絡んで、しっとりパリサク。噛み締めれば、豆腐は「嫩」そのままの柔らかさ、というのがワザの3つ目。

 そんなところで見逃せないのが「脂」と「油」の効果的な使い方、使い分け。
 そうです、牛肉の粗みじん、ひき肉の味の濃さは、牛肉そのものがもつ「脂」もあってのこと。さらに豆腐の下拵えの「油」の使いかた。さらに「鹹魚」も、「油」で調理されて、クセのある「匂い」ではなく、クセのある「香り」が引き立つという寸法です。
 そして、土鍋にたっぷりのだし汁がぐつぐつ煮えたぎる様を見てると、そこでも「(化粧)油」をさりげなくしのばせてある感じです。 それとも、牛肉の「脂」のせい?いや、それだけじゃない様子。それに、鍋の「火」の加減がポイントなはず。その辺は、今度、譚さんにあったら確認してみます。

 そして、しっかり、濃い味。だから白いご飯との相性は抜群です。「鹹魚雞粒豆腐煲」とは趣の違う味、風味。そのインパクトは強烈でした。

2008/07/23

7月の「赤坂璃宮」銀座店の2

 3品目は「家郷蒸鶏/伊達鶏の田舎風蒸し物」。広東地方の伝統的な郷土料理の一品です。
 その内容は、鶏肉のぶつ切りを黒きくらげ(雲耳)、百合の一種のかんぞうの蕾(金針菜)、棗を乾燥させた「紅棗」とともに蒸した料理。香港では「金針雲耳蒸鶏」ということで、広東料理店なら「小菜」のメニューにたいてい載ってます。家庭でも作られることが多い料理です。

 基本は味付けした「鶏肉」に、「雲耳」、「金針菜」、「紅棗」を加え、蒸した料理。
 ちなみにネットで検索すれば「雲耳」、「金針菜」、「紅棗」には様々な薬効ありってことが、即座にわかります。この料理自体、滋養供給、補血、神経衰弱に効果あり。ことに「紅棗」は煮出すと甘味、独特の風味が増す上に、鎮静作用がある、なんてとこを見逃せない。

 以上4種の素材以外に干し椎茸の「冬菇」、さらには「大頭菜」を加えることもあります。その「大頭菜」はアブラ菜科でキャベツの親戚、なんていっても、葉がくるまってるわけじゃなく、こぶし2個ほどの根っ子が蕪のよう。そのまま調理もしますが、香港、それに潮州では漬物にして使います。以前、紹介したスッポンの各種の具材入りの蒸し物の「八寶蒸水魚」などにも使われます。「涼」の性質があるんで夏場にはうってつけ。さらに、漬物なんで乳酸の醗酵味が、旨味、コクを増すってこともあります。
もっとも、今回の「家郷蒸鶏/伊達鶏の田舎風蒸し物」は「金針雲耳蒸鶏」に忠実。

 「わ、これ、すごく美味しい!上品でしっかりした味ですね」。
 「うん、確かに、すごいヒット! 旨いだけじゃなくて、味わいがあるし、風味もいいね! ほら、この「紅棗」の甘さもいいね。こくがある」と、私。
 「これは?ほら、この黄色いの?」。
 「うん、それは・・・アレレ?名前……思い出せない・・・・・」と、慌てふためく私。

 ニンマリと笑うK2氏の顔には「歳はとりたくないね!」と書いてありました。
 「金針菜、ですよね!」と担当氏がすかさずフォロー。
 「そそ、金針菜。かんぞうですね!」と、私。
 
 なんてワイワイ言いながら、二口目の鶏を噛み締めたら、爽やかな涼風が一瞬、口の中をすっと通り抜けました。
 「アレ?」と、皿の中を見返してみると「香菜」と極細の「青葱」が。
 まさか「香菜」?、でも、「香菜」じゃなかったなあ。念のため「香菜」を食べてみると、青緑の味、風味が強くって、さっき目の前を通り過ぎた爽快さとは違います。

 そういえば、青さだけじゃなくってホロ苦さ、それに、えぐみと醗酵味が。
 「そうだ、「陳皮」!」。
 みかんの皮を干したやつです。後で譚さんに確かめたら、案の定、どんぴしゃで「陳皮」。
 それも、香りがする、というぐらいに控え目な量。ということは、「陳皮」は風味付けの隠し味だけじゃなくって、「大頭菜」にとってかわる涼風の役目を担ってた、ってことですね。

 「ねえ、さっきのスープもそうだったけど、これ、ご飯が欲しくなる!ご飯と一緒に食べたいね!」。
 そんな話が出るのも無理はない。というのも、この「家郷蒸鶏/伊達鶏の田舎風蒸し物」は、惣菜、おかずとしてもうってつけ。家庭料理の定番の一品です。けれど、家庭で作られるのと違って、なんだかひと味違います。それは、蒸した鶏から滲み出たジューシーな煮汁だけじゃなくって、「だし」のような味の濃さ、こくと厚みがあったからです。

 「あのう」と、柏木さんと一緒に我々をアテンドしてくれた山下さん(その昔、京王プラザの「南園」時代ににお目かかったことがあったと判明!懐かしい話です!)に、「これ、「二湯(二番だし)」か、それともなんか「だし」、使ってます?」と、尋ねたら「少々お待ちください!」と、部屋から去って間もなく、「「二湯」は使ってないそうです。下拵えはチキン・コンソメ、オイスター・ソースなどで調味したそうです」と、いう返事。そうか!、チキン・コンソメ、オイスター・ソースの旨味が、プラスされたわけだ!と納得しました。

 それにしてもこの「家郷蒸鶏/伊達鶏の田舎風蒸し物」、誰もが「これは旨い!」と絶賛。一口目の印象よりも、二口、三口と味わって、その旨さ、味わいがより鮮明に浮かび上がってくる、なんてところが素晴らしい。
 食べ終えて、その余韻がしっかり残る味わい深い一品でした。

2008/07/21

7月の「赤坂璃宮」銀座店の1

久々のブログ更新は、「7月の「赤坂璃宮」銀座店」。 そうです。月例のとある会議が「赤坂璃宮」銀座店にその場所を改めたのは先月のこと。それからあっという間に一月以上が過ぎました。そして、今月、その食事内容が素晴らしかった。

 なんだか譚さん、手ぐすね引いて待ち構えていたような料理内容に、これは拙ブログで報告と思い立ちました。しかもその報告、どうやら月例化しそう。そんなことからそのタイトル、大阪のlamplusさん主宰の敬愛するブログ「L'AMBROISIE +++PLUS+++」の月例のシリーズレポに倣って「7月の~」とした次第です。

 今月の会議にはもうひとりの担当のK2氏も参加。東京の最新のハンバーガー情報の交換や、アメリカの南部における「豆料理事情」のあれこれ話でに盛り上がっていた最中、前菜が登場。

 「先月と変わり映えしませんが・・・・」とアテンドの柏木さん。
 ですが「赤いパプリカ」をめざとくみっけて、思わず、あれれ?
 「ええ、パプリカの酢漬けです!」。
 酢漬け、ってもしかして「泡菜?」。
 だったら、先月の「湖南菜館」の「剁椒魚頭」に使われてた「剁辣醤」のパプリカ版?

 酸味がしっかり利いていて、味は爽快。パプリカのほろ苦さが失せて、甘味がじんわり浮かび上がります。そのパプリカの爽やかさもさることながら、皮はしっかり焼けてパリっとした「脆」の歯触りなのに、肉質はしっとり潤んでジューシーな焼き物3種、皮の上にちょこんと微塵の葱の油あえの薬味がのっかった地鶏の醤油漬けが旨い。上品で洗練された美味です。やっぱり赤坂離宮の「焼味/焼き物」は旨い。

 「湯(スープ)」は、「螺頭豬展燉湯/乾燥ツブ貝と豚スネ肉のスープ」。
 「いぇい、「例湯」?」と、私はおおはしゃぎ。
 譚さんが香港で仕入れたという乾燥ツブ貝、そこに瑶柱(干し貝柱)、豚のスネ肉をじっくり煮込んで作ったスープです。

 香港では乾燥したツブ貝に色々な具材を加え、じっくり煮込んだスープを作るってのはよくあることです。山芋の一種を乾燥させた「淮山」や「杞子(くこ)」を加えることもあれば、魚の浮き袋の「花膠」を加え、鍋で煮込む「煲」ではなく、「燉盅」という容器に素材を入れて蒸す「燉」の料理方法で、といった豪華版もあります。

 今回の「螺頭豬展燉湯/乾燥ツブ貝と豚スネ肉のスープ」は、その「燉」の料理方法によるもの。「淮山」や「杞子」などの漢方素材はなし。その代わり、ツブ貝に、干し貝柱がたっぷり。豚のスネ肉が生み出すすっきりとしただし味に、ツブ貝が生み出す磯の香、干し貝柱が生み出す旨味とひねた風味、さらにはコクがあいまって、味わいはしっかり。実に濃厚で奥深い。まるでグィ~ンと唸る豪速球がずっぽりとキャッチャー・ミットの奥深くに収まったような、ずしりと重い手応えのあるスープです。

 これで、生の、あるいは、干した広東白菜や、夏なら「冬瓜」や「節瓜/毛瓜」が加われば、さっぱり系で、お惣菜としての趣の「例湯」ですが、それよりもむしろ宴席の料理の一品というにふさわしいどっしりとした味、風味の豊かな「湯菜(スープ料理)」でした。

2008/07/07

「湖南菜館」の6

 「湖南菜館」は靖国通りから「新宿歌舞伎町一番街」のアーケードを潜って、すぐ左手にある大塚ビルの4階にあります。一階はタイ式マッサージの店。うちのかみさん連、その光景に一瞬、たじろいだそうで。タイ式のマッサージって、どんな風だか興味津々。なんて言ってるから、お小言くらったりして。

 そして4階の「湖南菜館」に一歩足を踏み入れれば、そこは別世界。東京とは、日本とは思えない不思議のワンダーランドです。某サイトの紹介によればシックで落ち着いた雰囲気ってことですが、青いライトがあったりして、なんだか水族館に迷い込んだような気分。

 そう、壁の色彩とか照明のセンス、言ってみればチャイニーズ・モダンの趣。中国の都市で出くわすあのミント・グリーン的色彩感覚、センスの面影ありで、それをモダン化したような印象。さらに、部屋を見上げれば常時、中国の番組を紹介し続けるTV。もちろん、カラオケの設備あり。思い出したのは、上海や南京にあった(チャイニーズ・)モダンな内装、カラオケ設備有りの最新のレストラン。

 「湖南菜館」でぐるりと店内を見回し、目がとまったのは奥の部屋の壁の「毛沢東」の肖像画。毛沢東は湖南省の出身で、湖南省の素朴な郷土料理、家庭料理をこよなく愛したなんて話、伝記本を読めばどこかでその記述を見出せます。私の記憶違いかもしれませんが、文革の嵐が吹き荒れる中、反革命分子として幽閉されたチェン・ニェン(鄭念)著の「上海の長い夜」だったか、毛沢東と妻だった江青の日常生活について触れたところで、素朴な湖南の田舎の料理を好んだ毛沢東。それを受け入れられなかった江青の話、ありませんでしたっけ?

 そういや、以前、北京の「揺滾楽隊」(ロックバンド)を取材した際、出向いたのが北京郊外にある保養地の北戴河。「これが江青の別荘だったところ!」と教えられたのは瀟洒な白亜の洋館でした。そうそう、北京で会った新進のロック歌手君がかつて結成していたバンド「紅焼肉」というグループ名の由来のきっかけも、どうやら6・4、すなわち天安門事件以後、再燃し始めた毛沢東の評価、文革を体験しない若者の間での毛沢東ブームもあってのことじゃないか、なんて気配が濃厚でした。

 いつだったか、香港で一時、湖南料理が話題になったこともあります。その記事のファイルあるはずですが、見つからず。確か、どっかのホテルが毛沢東の好んだ湖南料理を看板にしたフェアーを開催。腕を奮ったのは毛沢東の料理人だったか、毛沢東好みの料理を看板にする店の料理だったかで、香港の新聞、週刊誌がほぼ時を同じくしていっせいにそのニュースを報道。そん時、メインの料理として紹介されていたのが「紅焼肉」でした。

 「湖南菜館」で「剁椒魚頭」とともに「紅焼肉」を楽しみにしてたのは、そんなワケもあってのこと。皮付き豚のバラ肉の「五花腩」の煮込みの「紅焼肉」、極上とは言い難いものの、味付け、調理、風味はやはり本土のそれ!
 似たような料理で日本で一般的な皮付きの豚バラ肉の煮込みの甘口でとろみたっぷりなものとは異なり、とろみは少々で、すっきりとした味わい。素朴でしみじみとしていて、味、風味は、やはり本土のそれ。

 さて、「剁椒魚頭」、「紅焼肉」以外にも、看板のお勧めの料理の「ふわふわ肉豆腐団子のスープ煮」や「季節野菜と豆腐の高級スープ煮」などにも挑戦。というあたりになると、正直言ってトーンダウンを否めない。というのも、だしに無理があって、料理としての奥行き、深み、洗練度はいまひとつ。どうやら「だし」、素材の調達の問題などもあって、本土でのそれと同じようにはいかず、入手可能なもので工夫を強いられている様子。

 とはいえ、日本の一般的な中華料理店でのそれとは明らかに印象は異なる。強引に「らしき「だし」」を作るのではなく、入手可能な素材を使って、その持ち味を生かした「だし」をとり、味付けの要にしてること。穏やかで、無理がない。そんななところ、やはり本土の料理人は違うなあ、なんて思います。年季、技量もあるでしょうが、素材の捉え方、生かし方、その見極めがなんだか違う感じ。ですから、だしの弱さを否めないにしても、独特の持ち味がある。なんて言うと、本土の料理人信仰丸出しと誤解されないかも。その結果を味わっての私の印象、感想ですから。

 「だし」同様、料理の素材の吟味についても、同じ課題を抱えている様子。本土出身の料理人を抱え、本場の味、風味を再現しながら、素材にかける予算、経済的な問題から、洗練度、完成度はいまひとつ、というのはよくあることです。それでも、素材の持ち味の見極め、生かし方、調味料の扱い、その分量、匙加減が生み出す一体味、風味に、唸ります。油の扱いも実に巧み。ほとんどが大豆油を使ったもの、なんて聞いてその生かし方、扱いに驚きました。火の通りの見極め、味を生み出すだけでなく、風味、香りを生み出すタイミングの捉え方も。それは、蒸し物、煮込みものにも当てはまること。その味付け、味わい、風味、香りは、まさに本土のそれ。ま、本土の料理人なら当たり前のことなんでしょうが、様々なハンディを背負いながらの話、ですから。
 「剁椒魚頭」の爽快な酸辣の味、風味。しみじみと味わい深い「紅焼肉」は、この店ならではのもの。

 「湖南菜館」は、今、私が東京で興味をそそられる中国料理店の一軒。今度訪れる際には、もっとピリ辛ものに挑戦したい。出来れば本場そのままの辛さをそのまま再現してもらってみるつもり。「湖南菜館」の料理人なら、単に本場そのままの辛さだけを再現するだけじゃない料理を作ってくれそうですから。それに、まだまだある湖南独特の地方料理、肉や魚介を燻製にした「腊味」の料理の数々にも挑戦したい。その結果はいずれ、報告いたします。

 そうそう「湖南菜館」に限らず、中国本土から料理人を招聘。本土の味、風味、香りが味わえる店が、東京には相次いでます。それもまた、そのうちに報告の予定です。
 そして、画像は「ふわふわ肉豆腐団子のスープ煮」。

2008/07/06

「湖南菜館」の5

 私にとって湖南料理との最初の出会い、と言えば新宿の「雪園」ってことになります。「雪園」のサイトによれば開店30年を超えるそうで。
 その昔、日本で「火腿」、いわば中国ハムがその存在を広く知られてなかった頃、その「火腿」を素材にした「蜜汁火腿」、竹筒に鶏肉のすり身を入れて蒸したスープなど、概ね洗練された上品で気品のある味付けの料理が中心。そんな「雪園」も、最近は随分ご無沙汰してます。

 それからしばらく、といってかれこれ20年前の話。ロック・アーティストの取材の為に単身渡米を何度も繰り返してました。それも、アメリカの大都市だと地元メディアの取材も殺到。そんなことからアメリカの地方都市を専用のバスで巡演中の彼らに同行取材。そんな折、知ったのがアメリカのフーナン・レストランの存在。

 「今夜はフーナン・デイナーだから、楽しみにね!」とツアー・マネージャー。 なんて教えられても「は!? フーナン・デイナー?」といぶかしがる私。 「知らないのか?ほら、ホット&スパイシーなチャイニーズ」、とマネージャー。 「ホット&スパイシーなチャイニーズ……っていったらシーチュアンじゃないの?」。
 そう尋ね返したところ、今度はマネージャーが「何?それ?」とばかり、怪訝な顔。
 店に案内されて「フーナン」が「湖南」だとわかり、ようやく納得。

 最近のアメリカの各都市における中国料理事情、しかも、中国各地の地方料理の分布図が一体どんな按配なのか知りません。ですが、かつて私が頻繁にアメリカに単身取材で出かけた80年代半ばから90年代半ば、西や東の沿岸部の大都市はともかく、中部、中西部、西南部の地方都市でチャイニーズ・ディナーってことになると連れて行かれたのは大抵がフーナン・レストラン。「ホット&スパイシー」なチャイニーズが看板でした。その手の店にばかり案内されたから、ってこともあるかもしれませんが、例えば、宿泊先のホテルやモーテルの地元の食案内のチャイニーズの項目で「フーナン・キュジーヌ」、「フーナン・スタイル」が目立って多かった。そして知ったのが湖南料理独特の唐辛子をふんだんに使った激辛の料理の数々の存在です。

 ま、そうした店のメニュー構成は、中国各地の地方料理の代表的な料理のアメリカン・バージョンがずらり。とまあ、実にありがちな話。それでも、フーナン独特の料理には特別なマーク(たいていは唐辛子マーク)があって、フーナン・レストランとしての存在を誇示、強調。そのマーク、その数は辛さの度合いを示すもの、といった按配でした。

 「雪園」での「湖南料理」との出会いをきっかに、その実態を文献などで調査し、辛い料理、それも、四川料理とは異なる辛い料理の存在を知ったものの「雪園」ではその種の料理には出会えず、あっても辛味は加減気味。そんなことからアメリカで「湖南料理」における辛い料理の存在を認識。その後、香港にも「湖南料理」の店が誕生。もっとも、味付けは香港の四川料理店同様、地元、香港人の嗜好に合わせた様子、なんてことからなじめませんでした。

 その後、90年代の初めから半ば、台湾、香港の音楽関係者の案内を得て北京にしばしば出かけたことがあります。中国の最新の「流行的音楽」、及び「揺滾(って、中国語でロックのことです!)音楽」の歴史、現在の探求、調査、取材がその目的。もちろん、その機を逃さず食関係のフィールドワークの探求、調査、取材も怠りませんでした。

 その際、出会った新進のロック歌手。かつて組んでいたバンドの名前が「紅焼肉」。
 「どうしてまた、そんな名前に?」と尋ねたら 「中国人なら誰でも知ってる料理だから!
 「紅焼肉」の作り方は簡単なんだけど、作る人ごとに工夫や、家伝来の秘伝があってね。誰もが自分の作る「紅焼肉」、家伝来の「紅焼肉」が絶対に旨いと信じて疑わないワケ!」 なんて話でした。
 そればかりか教えてくれたのは「「紅焼肉」は毛沢東の大好物だったってこと。

 そんな話を聞いて「毛沢東が好んだ湖南式の「紅焼肉」、湖南地方のお惣菜、家庭料理が食べたい!」と思ったことは言うまでもありません。ですが、教えてくれた湖南料理の店の場所は、はるか遠く。おまけに、時間も遅く、出向くのは断念。その代わりにと出向いた食堂のような風情の店で、いろいろおかずを注文。そんな中に唐辛子の辛味の利いた青菜の炒めものがありました。 「これ、これ、こんな感じ!」と、語るその青菜の炒め物、舌を刺す唐辛子のぴり辛の鮮烈な味が印象的。しかも、北京の食堂にしては味が濃い目。他にとったおかずのいくつかもそんな感じでした。  話戻って、新宿、歌舞伎町の「湖南菜館」でのこと。
 注文した料理を食べ終え、しばしリラックス。それを見計らってか
 「あの、私達の食事の時間なんで、ちょっと失礼!」 と、我々をアテンドしてくれた山東省出身の女性。
 「はあ!」、なんて生半可な返事を返しながら、一体なにが?と思う間もなく、キッチンから料理人二人、料理二品、ご飯の入った茶碗を携えて登場。

 「まかない!」の時間でした!
 そうと知って一緒だった連れ、俄然、興味深々!
 「あの、それ、ちょっと味見させてもらえませんかね!」なんて、私に負けず劣らずの喰いしんぼうで、いやしんぼう。

 そんなまかないの料理の一品の青菜の炒めものを見つけて、「エ!?、あれ!」。
 なんでも、「からし菜」の一種「セリホン/雪里紅」を炒めたもの。それに「芥蘭」だか、「露筝」だか、小口切りにした軸ものの青野菜が。さらに、赤い唐辛子の乱切りがそこかしこ。
 もしかして、北京の食堂で食べたのと、似たような唐辛子風味の野菜炒め?
 まさにその通り。唐辛子のひり辛の味、それに、味付けもしっかり。
 ご飯が何杯でも食べられそうな「おかず」でした。

2008/07/04

「湖南菜館」の4

 「ほら、これ! 湖南省特産の唐辛子の漬物」と李さん。
 そうか成る程、漬物の酸味が鍵を握ってるわけだ。火を通せば、甘味、旨味、こくを増すって寸法ですね。だからこそ「剁椒魚頭」の清々しくって爽快な辛味、酸味、甘味、旨味、こくが生まれるわけだ!
 そこで思い出したのが四川料理の「泡辣椒」のこと。「剁辣椒」同様、塩で漬け込んだ唐辛子の漬物のことです。

 さて「剁椒魚頭」の「剁」は「刴」とも書きます。その意味は「(切り)刻む」ってことになります。つまり「剁辣椒」というのは、唐辛子を切り刻んだもの。とはいえ、「漬物」にあたる表示はなし。

 そんなわけで「剁辣椒」については興味津々。ウチに帰って早速手元にある資料、文献をひっくり返し、ネットでも検索、調査。ついでに四川の「泡辣椒」についても再調査。その結果は、各自、検索、調査戴ければ明らかです。

 「剁辣椒」は湖南地方特有の唐辛子の塩漬け。一方、「泡辣椒」は四川地方特有の唐辛子の塩漬けと判明。いずれも唐辛子の塩漬け、ということでは根っ子は同じ。
 ただし、湖南地方では「剁」とあるように唐辛子を切り刻んで漬け込む。そこに大蒜を加える、ってこともある。李さんが見せてくれた「剁辣椒」の頭に「蒜茸」とあったことがそれを物語る。

 一方、四川地方の「泡辣椒」。唐辛子は切り刻まずに丸ごとそのまま、というのがほとんどのようで、大蒜は加えられることもあれば、加えられないってこともあるようです。

 話は横道にそれますが、四川地方の「泡辣椒」は、四川特有の味付けである「魚香」には欠かせないもの。一応の歴史があるようです。ところが、陳建民さんによって日本に四川料理が紹介された際、「泡辣椒」は日本で入手不可能だったといった事情もあったらしく、その存在こそ知られてはいたものの、四川系の料理人仲間でも一般化せず。そんなことから日本の四川料理の「魚香」の味付けは、豆板醤が主体に、なんて、歴史、足跡もあるそうです。

 もっとも、ここ10年程だか、最近になって四川に赴いた日本の四川系の料理人がその存在を認識し、日本に持ち返った結果、その存在が知られはじめた、なんてことがあるようです。ともかく「泡辣椒」は、「豆板醤」のように味噌のような味の濃さ、重さがない。むしろ、辛味に加えて、酸味があり、火を通せば甘味、旨味、こくを増すというのがその特徴。

 そういえば、経済的な反映を背景に、濃厚でしっかりした味、風味ではなく、淡白、それこそ清淡で、洗練されたさっぱり味が好まれるようになった、という昨今の四川の料理事情からすれば、爽快な鮮味を生み出す「泡辣椒」を主体にした料理が、評判というのも大いにうなずける話。そうです、今話題の「新派四川」の料理の数々において、「泡辣椒」が果たす役割は大きい、なんてことにも興味津々。

 「湖南菜館」の「剁椒魚頭」を食べながら、そんなことを思い浮かべたりして。
 なんてこと言うと「湖南料理と四川料理は違いますから!」と李さんにお説教されそう。
 実際、唐辛子の塩漬けの「剁辣椒」を使った「剁椒魚頭」を食べてみると、「湖南料理」と「四川料理」の違いがよくわかります。辛味はあっても「麻」の痺れ味なし。それに酸味の使い方、それも、塩漬けの唐辛子の「剁辣椒」から生まれる、酸味、甘味、旨味、こくのある味は、違いますから。

 それにしても「剁椒魚頭」。その色、下拵え、味付け、調理の技、味わい、風味は、見事です。日本で、東京で、こんな料理に出会えるとは思いもしませんでした。ですが、それだけに惜しいと思ったのは、素材の選択、吟味のことです。「湖南菜館」の料理人の緻密で繊細な味付け、見事な調理の技を生かせる素材、鯛じゃなくって、他にあるんじゃないか、なんて思い巡らしたりして。余計なお節介かもしれませんけど、そこんところはなんだかモヤモヤ。

 そして、登場したのが「毛家紅焼肉」。 楽しみにしていた一品でした。

2008/07/03

「湖南菜館」の3

 「湖南菜館」の「剁椒魚頭」は実に旨い。美味です。
 辛味が利いてます。鮮烈な赤い色彩がそれを物語ってます。 とはいえ、赤い色彩は唐辛子だけでなく赤いパプリカもあってのこと。その赤いパプリカ、青臭さ、ほろ苦さ、甘さがあって、唐辛子の辛味を和らげてます。それに、微塵の唐辛子、パプリカなどで覆いつくされた魚の頭を取り囲む赤いパプリカの存在も見逃せない。 このアイデア、一体誰が考案したものなんでしょうか。

 某グルメサイトの紹介によれば、「湖南飯店」の料理人は本土の「毛家飯店」の本部出身とのこと。
 早速ネットで検索。本部のサイトでは「剁椒魚頭」の画像が見つけられず。 ところが、北京をはじめ中国全土にある『毛家飯店』、なんだかフラインチャイズ・システムの感じなんですが、中国各地の各店のサイトで見つけた画像によれば、なんと赤いパプリカじゃなくって赤い唐辛子の小口切りがどっさり。

 ということからすると、赤いパプリカを効果的に使ったのは「湖南菜館」独特のもの?美的効果、それに、辛味を和らげるための工夫から生まれた産物、なんでしょうか? その辺りの事情を詳しい方、是非、ご連絡を!

 ともあれ、赤いパプリカは実に効果的。本場そのまま、唐辛子の小口切りどっさりなら、まちがいなく抵抗があるかも。もっとも、中には、本場かぶれ(って、私もそうですけど!)、まんま、唐辛子の小口切りどっさりでなきゃ、って人もしるでしょうね。いや、まじ、私もそれを試してみたい!

 それより、この「剁椒魚頭」の美味は、辛味だけじゃなく、酸味がしっかり利いていて、しかも、直接的ではなく、まろやかで滑らかな舌ざわり。こくや旨味があります。
 そう、酢、漬物の乳酸、酸味の強い果物に火を通せば生まれるあの味、風味!
 酸味だけでなく、甘味、旨味がある。それと唐辛子の辛味が入り混じって醸し出す清々しくて爽やかな味、風味、コク、旨味が、しっかり味わえる。

 実は、最初、メニューを決める段階で、お店の人にあれこれ尋ねました。
 アテンドしてくれたのは山東省出身の女性です。料理の内容のあれこれ、どんな調味料を使っているのか、仔細を尋ねた際、基本の調味料を確認。その対応、回答が実に懇切丁寧。もちろん、MSG(化学調味料)の類の使用の有無についてもです。

 なんて、MSGの話題に触れると、批判、非難の嵐を浴びることがあるのはちょっと厄介。
 もっとも、私、「今更そんなこと御託並べて、大げさに言うか!」の、スローフード信者でもなければ、生産者礼賛のフードライター諸氏に目立って多い「絶対的な有機無農薬産物信者!」でもありません。
 個人的な嗜好からでもなく、早い話、一定の摂取量を越えると身体に異常をきたす!というだけのことなのですが………。

 ともあれ「湖南飯店」におけるMSGの使用の有無、その対応、処置については、なんと嬉しいことに本土の料理店、一般の大衆食堂並みのレベル、寛容さ! といっても、それをふんだんに使うってことじゃありません。客の要望にしっかり応え、使用有、無し、その減量にも対応。既に使用済のものは、それを明確に教えてくれ、「どうしましょうか?」と、その対応は実にきめ細か。
 私、思わず「ワオ!」と、快哉を叫びました!
 嬉しいじゃないですか!日本の中国料理店も、是非、見習って欲しいところです!

 なんだか、話が横道にそれちゃいました!
 そう、メニューを決める段階で、あれこれ、話を聞いた段階で、使っているお酢は日本のそれ。
 黒醋はない、ってことでした。なんてことからすると、「剁椒魚頭」のまろやかな酸味、甘味、こくは「お酢?日本のお酢で、こんな味、旨味、こくがでるの?」

 「違います!」と、李さんはきっぱり!
 同時に、やおらキッチンに姿を消し、携えてきた調味料の一瓶をテーブルの上に!
 「これ!これです!これがその秘密!」
 それには「蒜茸剁辣椒醬」と記されてました。
 湖南省株洲市産のものでした!

2008/07/02

「湖南菜館」の2














これが奈々先生の絶対のお勧めの料理「剁椒魚頭」。 メニューには「「湖南料理の代表作!」鮮魚のお頭のぜいたく蒸し」とありました。この料理はどうしても食べたかった。ものの本やらネットで検索すれば湖南料理の名菜として紹介されている一品です。

 湖南省という地名は、湖、すなわち洞庭湖の南に位置していることに由来。その洞庭湖はじめ、近辺で生息する中国四大家魚(青鱼、草鱼、鲢鱼、鳙鱼)のひとつ、鳙魚を素材にしたのが「剁椒魚頭」、あるいは「醤椒蒸魚頭」。

 その鳙魚、鯉科の一種で、頭がでかくて、なんといっても頭が旨いってことで、大頭魚、熊魚とも言うらしい。そんな淡水魚を素材にして、湖南独特の「剁辣醤」や生の唐辛子を刻んでたっぷりかけて蒸した料理なのが「剁椒魚頭」。

 けど、待てよ?
 日本じゃ鳙魚どころか、残る中国四大家魚の青鱼、草鱼、鲢鱼だって入手は難しい。北京の湖南料理店には大頭魚を洞庭湖から直送、なんてとこもあるようで。なら、日本にも直送が可能なはず。ましてや淡水魚、ですから輸送に時間がかかったって、元気で長持ちしそう。しかし、その辺り、うまい按配に運ばないのが中国と日本の流通事情。ましてや淡水魚の日本での市場価値は絶望的。どれだけ在日、滞日中の中国人の方々が熱望しても、無理でしょうね。
 そういや、上野の御徒町の中国物産の店や、大阪の三寺街界隈にある上海料理の店には、生魚、鮒や鯉が!思わず買って帰りたい欲望に駆られます。

 さて「湖南菜館」の「剁椒魚頭」。魚を何に置き換えているかってことに、興味津々。そのあたり、食文化比較をテーマとする私には、関心のあるところです。メニューには「鮮魚のお頭のぜいたく蒸し」とあったんで、もしかして「鯛」と予想していたところ、案の定、ピンポン! でした。

 「そうか、鯛か・・・」と、予想はあたったものの、正直な話、ちょっとばかりがっかり。料理の値段からすると、養殖の鯛だって想像がつきますから。
 でも、ま、ワイルドだったり、素朴だったり、本場そのままの中華(の味、風味)を期待するむきには、養殖だろうが、天然だろうが「なんたって旨くて安けりゃ、それでOK!」なんてノリが支配的。そんなところで「養殖?」と聴くのはヤボ、言わずもがなの世界。

 ま、そいう認識のハードルの低さやら、素材の吟味、素材の質、素材にかける値段に制限あり、っていうのが本場そのままの美味を日本で再現するにあたって、ネックなのは事実です。
 「中華って、そんなもんじゃないっしょうが!安くて旨いのが当たり前、なんだから!」と、フレンチ、イタリアン、和食の極上の美味から大衆的で庶民的なラーメンの美味までほめそやす料理評論家、フード・ライターばっかりじゃなく、その種の人がウザイと噛み付く人々だって、口にしそうなセリフ、でもあります。

 もっとも、現実問題として本場中国の淡水魚、ある種のものは養殖化がさかんに行われ、香港あたりの市場に出回っている大半の淡水魚は、養殖のそれ!という実状はよく知られている話。中には厄介な問題も抱えたものもあって、たまに新聞種になったりしてますから、うかつには手を出せないという現状もある。

 そんな問題を抱えつつも、やっぱり、淡水魚を素材にした「剁椒魚頭」を食べてみたい。が、日本では淡水魚の調達が難しい、ということからすれば当然、海水魚。そこで、素材を置き換えるなら、素材の肉質、持ち味なども考慮してもらいたい。ところが、本土からやってきた料理人、香港や台湾からやってきた料理人もそうですが、日本の魚事情にはうといのが現状のようで。おまけに経営者は、仕入れの値段、原価のことも考慮しますから。

 李さんに尋ねたわけじゃないんで実状は不明ですが、「湖南飯店」の「剁椒魚頭」の素材が「鯛」の頭になったのは、日本人への馴染みも考慮してのことでしょう。
 でも、ま、養殖の鯛でもいいじゃん。現地の味を再現、という調理、調味が目当て、それに出会えれば幸せ、そこに命、生きがいをかけるしかない。
 なんてことで挑戦した「湖南飯店」の「剁椒魚頭/鮮魚のお頭のぜいたく蒸し」、実に見事でした!

 湖南に行ったこともないし、北京の湖南料理店に行ったこともなし。
 ネットで検索した「剁椒魚頭」のほとんどが、魚の頭の上に小口切り微塵切りの赤い唐辛子、もしくは、青い唐辛子がどっさり。

 ところが「湖南菜館」の「剁椒魚頭」は、その赤い色彩が美しい。料理がほんとに美しい。本土の料理ならではの美しさ。本土からやってきた料理人じゃないと作りえない美しさです。
 周りを取り囲むのは赤いパプリカ。そして、小口切りの赤い唐辛子に混じって、赤いパプリカの粗微塵切りなどがどっさりで、魚の頭を覆いつくす。むやみやたらにどっさりなんじゃなくって、その分量、按配は、かみさんが指摘していた通り、中国料理の宴会料理の一品の美学、美意識が貫かれたもの。

 晴れ晴れとしたその佇まいに、惚れ惚れとしました。
 この店、それに、これを作った料理人、すげ!
 なんて、目の前にした料理を見て、そう思いました。

2008/07/01

「湖南菜館」の1

噂の歌舞伎町の「湖南菜館」を初訪問。

噂の、なんて言っても私の周辺でのことで、果たして世の評価はどうなんでしょうか?

 ちなみにネットで「湖南菜館」を検索。
 そしたら、もっぱらランチメニューで店、味の評価の投稿がほとんど、なんてことからその評価はまったくあてにならず、店の所在、場所、地図の確認のためにしか存在価値や用のない通称グルメサイト、それに地元新宿歌舞伎町の応援サイトやブログでその名を発見するのみ。

 それ以外には、極私的マニアックな食のブログ(あ、私のもそうですね!)でその紹介を見かけたぐらい。なんてことからすると、もしかしてまだ知る人ぞ知る店のひとつ?なんでしょうか。

 「湖南菜館」のことを知ったのは、ウチのかみさんが友人共々勉強中の中国語の教師である奈々先生に課外授業として連れられて行ったのがきっかけです。奈々先生も「湖南菜館」のことを知ったのは、御主人で某新聞社勤務のカメラマンの郭さんが、たまたま「湖南菜館」をプロデュースした李小牧さんを取材、というのがきっかけだったそうで。

 そうです、この店、新聞や週刊誌などで見かける「歌舞伎町の案内人」こと李小牧がプロデュースした店。確か昨年の夏に開店したはず。新聞かもしくは週刊誌で見かけた記事が印象に残ってたことや、他の人からも噂には聞いてました。

 ちなみに、某グルメサイトには「『歌舞伎町案内人:李小牧』プロデュースの店」、ってことで、店の案内、湖南料理の特徴、効用が簡単に紹介され、しかも、本場中国の名店『毛家飯店』本部から料理人を招聘、なんてある。

 もっとも、そんな紹介を読んでも、日頃、その某グルメサイトへの不信と疑惑を抱き続ける私としては、額面通りには受け取れません。ところが、課外授業で奈々先生に引率され「湖南菜館」に出かけたウチのかみさん 「(中国)本土の味を味わえる店、めっけ!」と、大はしゃぎ。

 「値段が安いんで、素材はそれなりなんだけど。ま、その辺りはしょうがないとしても、素材の下拵え、素材の切り方とか、料理一品の素材の組み合わせや分量に按配、それに、なんといっても調理が素晴らしいし、風味、香りがあるの!全然、日本の中国料理とは違う味、風味!」と、熱弁しきり。

 な、こと書くと、一体どんな夫婦?なんて思われるかも。ま、長年連れ添ってるもんで、食事時に限らず交わす会話はそんなのばっか! というか、うちのかみさん、話題が豊富。ですけど、私は大抵、ただただふんふんとうなずくだけ。 夫婦の会話が成立するのは、私が会話の受け答えができる飯、料理、食べ物の話ばかり。

 ともあれ、かみさんから話を聞いて以来「湖南菜館」に出かけたい思いながら、それが果たせず、ようやく初訪問が実現できたのは先月のことでした。 といっても、多人数で訪れての宴会なんかじゃなく、とある方との打ち合わせの場所にふと思いついて出かけた次第。
 そんなことで人数はふたり。注文できる料理の数は限られますが、評判に聴いた肝心な料理はしっかり押さえました。

 まずは、前菜代わりに「口水鶏/よだれ鶏」。 いや、初訪問ですからほんといえば前菜にも関心ありでしたが、その内容を見てもなんだかそそられませんでした。

  さて「口水鶏」といえば、四川料理のそれが一般的。なんでも近年、人気、評判を呼んで、いまや四川を代表する料理の一品に。四川料理が大流行の北京経由で日本にその評判が伝わった、との説もありで、その話もうなずけます。

 ですが「湖南菜館」の「口水鶏」は、東京のいくつかの店でお目にかかれるそれとはいささか趣が違いました。 なんていうより、湖南料理に「口水鶏」ってあったっけ?いろいろ資料調べても、なし。
 ってことからすると、北京通いを頻繁に繰り返しているらしい李さんのアイデアで、メニューに加えたのかも。その話、李さんから聞きそびれました。

 ですが「あのこれって、他の店の、ほら、四川料理店の「口水鶏」とは、味も風味も違うけど、どんな作り方?」なんて、李さんに尋ねたら「あ、それ、俺、わかんないや!料理人にまかせちゃってるから!」とのことでした。

 画像でも明らかなように、辣油まじりのタップリの油が、茹でた鶏をひたひたの状態で覆いつくし、なおかつ胡麻がたっぷり。それに白髪葱。
 鮮烈な赤が物語る通り、辛い!ひーひー、ふーふーの辛さです。
 連れの「辛い!」という一言には、明らかに「激辛だ!」のニュアンスが。けど、私にはフツーの、なんてことない辛さ、でした。

 それより、豆豉、つまりは、醗酵した黒豆味噌なんかも入っていながら、四川料理店で食べる「口水鶏」にくらべ、豆板醤の味、コクや、花椒の「麻」の痺れ味がない。酸味、甘味もある爽快で鮮烈な辛さが特徴的。甘味、というのは、たっぷりの油にも関係してのことかも。そこに酸味がからんだ酸辣の味、風味。それが「湖南菜館」の「口水鶏」でした!