2008/07/02

「湖南菜館」の2














これが奈々先生の絶対のお勧めの料理「剁椒魚頭」。 メニューには「「湖南料理の代表作!」鮮魚のお頭のぜいたく蒸し」とありました。この料理はどうしても食べたかった。ものの本やらネットで検索すれば湖南料理の名菜として紹介されている一品です。

 湖南省という地名は、湖、すなわち洞庭湖の南に位置していることに由来。その洞庭湖はじめ、近辺で生息する中国四大家魚(青鱼、草鱼、鲢鱼、鳙鱼)のひとつ、鳙魚を素材にしたのが「剁椒魚頭」、あるいは「醤椒蒸魚頭」。

 その鳙魚、鯉科の一種で、頭がでかくて、なんといっても頭が旨いってことで、大頭魚、熊魚とも言うらしい。そんな淡水魚を素材にして、湖南独特の「剁辣醤」や生の唐辛子を刻んでたっぷりかけて蒸した料理なのが「剁椒魚頭」。

 けど、待てよ?
 日本じゃ鳙魚どころか、残る中国四大家魚の青鱼、草鱼、鲢鱼だって入手は難しい。北京の湖南料理店には大頭魚を洞庭湖から直送、なんてとこもあるようで。なら、日本にも直送が可能なはず。ましてや淡水魚、ですから輸送に時間がかかったって、元気で長持ちしそう。しかし、その辺り、うまい按配に運ばないのが中国と日本の流通事情。ましてや淡水魚の日本での市場価値は絶望的。どれだけ在日、滞日中の中国人の方々が熱望しても、無理でしょうね。
 そういや、上野の御徒町の中国物産の店や、大阪の三寺街界隈にある上海料理の店には、生魚、鮒や鯉が!思わず買って帰りたい欲望に駆られます。

 さて「湖南菜館」の「剁椒魚頭」。魚を何に置き換えているかってことに、興味津々。そのあたり、食文化比較をテーマとする私には、関心のあるところです。メニューには「鮮魚のお頭のぜいたく蒸し」とあったんで、もしかして「鯛」と予想していたところ、案の定、ピンポン! でした。

 「そうか、鯛か・・・」と、予想はあたったものの、正直な話、ちょっとばかりがっかり。料理の値段からすると、養殖の鯛だって想像がつきますから。
 でも、ま、ワイルドだったり、素朴だったり、本場そのままの中華(の味、風味)を期待するむきには、養殖だろうが、天然だろうが「なんたって旨くて安けりゃ、それでOK!」なんてノリが支配的。そんなところで「養殖?」と聴くのはヤボ、言わずもがなの世界。

 ま、そいう認識のハードルの低さやら、素材の吟味、素材の質、素材にかける値段に制限あり、っていうのが本場そのままの美味を日本で再現するにあたって、ネックなのは事実です。
 「中華って、そんなもんじゃないっしょうが!安くて旨いのが当たり前、なんだから!」と、フレンチ、イタリアン、和食の極上の美味から大衆的で庶民的なラーメンの美味までほめそやす料理評論家、フード・ライターばっかりじゃなく、その種の人がウザイと噛み付く人々だって、口にしそうなセリフ、でもあります。

 もっとも、現実問題として本場中国の淡水魚、ある種のものは養殖化がさかんに行われ、香港あたりの市場に出回っている大半の淡水魚は、養殖のそれ!という実状はよく知られている話。中には厄介な問題も抱えたものもあって、たまに新聞種になったりしてますから、うかつには手を出せないという現状もある。

 そんな問題を抱えつつも、やっぱり、淡水魚を素材にした「剁椒魚頭」を食べてみたい。が、日本では淡水魚の調達が難しい、ということからすれば当然、海水魚。そこで、素材を置き換えるなら、素材の肉質、持ち味なども考慮してもらいたい。ところが、本土からやってきた料理人、香港や台湾からやってきた料理人もそうですが、日本の魚事情にはうといのが現状のようで。おまけに経営者は、仕入れの値段、原価のことも考慮しますから。

 李さんに尋ねたわけじゃないんで実状は不明ですが、「湖南飯店」の「剁椒魚頭」の素材が「鯛」の頭になったのは、日本人への馴染みも考慮してのことでしょう。
 でも、ま、養殖の鯛でもいいじゃん。現地の味を再現、という調理、調味が目当て、それに出会えれば幸せ、そこに命、生きがいをかけるしかない。
 なんてことで挑戦した「湖南飯店」の「剁椒魚頭/鮮魚のお頭のぜいたく蒸し」、実に見事でした!

 湖南に行ったこともないし、北京の湖南料理店に行ったこともなし。
 ネットで検索した「剁椒魚頭」のほとんどが、魚の頭の上に小口切り微塵切りの赤い唐辛子、もしくは、青い唐辛子がどっさり。

 ところが「湖南菜館」の「剁椒魚頭」は、その赤い色彩が美しい。料理がほんとに美しい。本土の料理ならではの美しさ。本土からやってきた料理人じゃないと作りえない美しさです。
 周りを取り囲むのは赤いパプリカ。そして、小口切りの赤い唐辛子に混じって、赤いパプリカの粗微塵切りなどがどっさりで、魚の頭を覆いつくす。むやみやたらにどっさりなんじゃなくって、その分量、按配は、かみさんが指摘していた通り、中国料理の宴会料理の一品の美学、美意識が貫かれたもの。

 晴れ晴れとしたその佇まいに、惚れ惚れとしました。
 この店、それに、これを作った料理人、すげ!
 なんて、目の前にした料理を見て、そう思いました。