2007/09/03

香港の料理店事情、あれこれ②


 高校卒業後、料理人として歩むべく廚藝學院の全日制コースで学び、現在は、四川料理店に勤める李文金さん。現在のポジションは、四鑊、つまりは、炒めものなどを担当する鍋ふりの4番手。
 VTRでは割愛されてたかもしれませんが、店の総料理長の話では「まだ、ちゃんとした料理は作れないので、今は炒飯などを担当」なんだそうです。 話としては、まだ調理、調味ができないので、店の看板の料理は作ってないってことなんでしょう。

 それにしても、四番手でもっぱら「炒飯担当」と言う話が面白い。いや、実は中国料理の厨房では、よくある話、よく聞く話。
 たとえば、dancyuの取材で赤坂璃宮の譚総料理長を取材した際「炒飯?おれなんかが作るより、3番鍋のやつのほうが上手いよ。だって、一日中、炒飯作ってるんだし、たまにびっくりするぐらい旨い炒飯を作るから!」、と。

 ところで、意外に知られていないのが、中国料理における厨房事情、その組織、職能分布のようです。ちょうど1年前、dancyu誌10月号で「香り立つ旨い中華は、「板」と「鍋」で成り立っている」でその一部を紹介しました。

 中国料理といえば、燃え上がる炎に鍋をかざし、油を注ぎ入れ、素材を放り込み、一気呵成に調味、調理、というイメージ、誰もが持ってます。火と油が織り成す一瞬の技の妙、なんてのもよく語られる話。TVで中国料理を特集するとなると、必ず目にする場面です。

 ですが、鍋を振る職人がその技を発揮するには、それなりの周到な準備が必要。
 つまり、中国料理の「炒」など、油脂を媒介にして、瞬時に調理、調味する料理です。それ以外に「蒸」、煮込み物の「炆」などありますが、その際も、素材の下拵えは重要な仕事です。
 ということでその役割を担うのが「板」、香港で言えば「砧板」です。

 今回のNHK-BSの「アジアクロスロード」での打ち合わせの際、

「香港の料理人事情ってことですが、海外への流失や、料理人のヘッドハンティング事情もそうですけど、厨房事情などについてはあまり知られてないんですが、それを紹介しなくていいんですか?」と私。

「というのも、中国料理では、鍋をふる料理人ばかり注目されますけど、そのための準備をする「板」というか、包丁仕事に専念する人、部門があって、実はその存在なしに「鍋」をふる人間も技量を発揮できないことがあるんですが」、とさらに私。

「エ!?、料理の下拵え?包丁仕事は、下っ端、新入りの仕事だって、聞きましたが」

「ン!? (と、一瞬の沈黙。をいをい!と言いたいのをこらえて、冷静に、丁重に)なこと、ありえないんですが」と続けて私。

「通訳の人がそういっていました!」と、きっぱり!
 後日、担当氏の再調査の結果、通訳の勝手な解釈による返答と判明。
 ま、食の分野での取材で通訳を介して料理人に質問しても、通訳が充分な知識を持っているというのは実に稀なことですから、その返事もたいていは、自分で勝手に解釈したり、自分の知ってる範囲の答えを返してくる、というのはよくあることです。特に香港、中国本土では。

 ともあれ、そんなやりとりから、ここ10年の香港の食事情を探る、という話は縮小され、香港における料理店、ことに広東料理店における一般的な職能分布を紹介、と相成ったわけです。

 なにしろ「麻婆豆腐に北京ダックというのが、TVをご覧の視聴者にとっては一般的な中華料理に対する認識ですから、その本場の料理が香港で食べられるってことを入り口に番組を始めたいんですけど」、と、なんだかトンチンカン!最初はそんな具合だったんですが、急転直下、いきなりの超マニアック、専門的展開になったのに、私自身、「エ!?」とばかり、驚きました。

「いや、ほとんどの方、そういう料理店の厨房事情、ご存知ないですし、それを紹介しましょう。みんなきっと驚きます、おもしろい話ですから!」と、担当氏。
 ま、確かにそうですが・・・・そうか、ニュース番組だし、知識欲も旺盛で、ということで納得。

 そんなことから番組で紹介したのが、以下のような香港の広東料理店における一般的な組織図、職能分布図です。

○炒鑊(埋便) 炒め物、煮込み物などの調理を担当 トップに位置するのは頭炒鑊(もしくは頭鑊)で、以下、二鑊、三鑊から尾鑊へと続く

○砧板(開便) 素材の用意、包丁による加工、素材の配合など、調理のための下拵えを担当。頭砧板、もしくは 頭砧を筆頭に、以下、二砧、三砧から尾砧へと続く。 なお、頭砧は、素材の仕入れなど、厨房での管理業務を担うこともある

○打荷  炒鑊と砧板、厨房とホールの橋渡し役を担当。 サービスから受け取った客からの注文をもとに、砧板に素配合、下拵えを伝え、炒鑊に渡すなど、厨房の司令塔にあたる。客に出す料理の調理、配菜の順番を決める役割も担う

○上什 蒸し物、土鍋煮込み担当。 干し鮑など、乾燥海鮮素材の戻し、また、調理の下拵えも担当する
○水台 海鮮の魚介の下拵えなどを担当。 干し鮑など、乾燥海鮮素材の戻しを担当することもある
以上が、いわば調理部門の主要な職能分担
さらに
○点心 飲茶の点心作りを担当 点心の料理長を筆頭に、以下の職能区分がある

  ○按板 各種の餡入りの点心作りを担当

  ○撈咸 点心の餡の下拵えを担当

  ○熟籠 点心の蒸し物の調理を担当

  ○煎炸-点心の煎り焼、揚げ物などを担当

○燒味 仔豚、家鴨、鵞鳥などの丸焼き、叉焼などの焼き物や、たれ仕込みによる鶏料理などを担当

といったような次第です。


あ、画像は本文とは関係なし、夏の郷土料理の一品、ということで、欖仁涼瓜炒蛋白蝦仁

2007/09/01

香港の料理店事情、あれこれ①

 この22日、NHK-BS1の夕方のニュース番組「アジアンクロスロード」に駆り出されました。
 現地在住の特派員、それに番組スタッフが取材した「アジア街角レポート」というコーナーがあって、そのゲスト・スピーカーの役目を仰せつかったもの。

 今回は香港の食事情、香港の料理人事情を探るというテーマ。「香港の飲食業界のこの10年の変化」ということで、特に97年の中国への回帰前後から目立って多くなった香港の料理人の海外流失、その現状を探るってことがそもそものきっかけだったようです。で、今回は、香港政府が後ろ盾になって開校した調理人育成の為の中華廚藝學院で学んでいる学生にスポットを当てたVTRを紹介。そして私が香港の料理人事情を紹介、というものでした。

 VTRでクローズアップされたのは李文金さん(23歳)。潮州の生まれ、育ちで、両親は彼と妹を潮州に残して先に香港に出稼ぎに。16歳の時、両親のいる香港へ移住。香港では高校に通いながら飲食店でアルバイト。その勤め先が四川料理店だったことから四川料理に興味を持ったとか。
 高校卒業後、厨藝學院の全日クラスで学び、卒業後、新派四川を看板にする「亮明居」に勤務しながら、現在も週一回、現役シェフ対象のクラスを受講中。将来ファイブ・スター・ランクのホテルのレストランのシェフになるのが夢、だそうです。

 そんな話を耳にしただけでも色々と興味をそそられる。話題に事欠かないテーマです。

 まず、香港における調理師専門学校の存在。
 香港の食に興味を持って入手した飲食関係の専門誌にその紹介や広告が掲載されていたことからその存在を知りましたが、地元の知人たちにその存在意義、認識を尋ねても、一般人にはむろん無縁な存在。料理人志望なら調理師学校に通うより、料理店で職を見つけて技術を覚えるんじゃないかな、ってことでした。
 とはいえ、料理人を目指し、料理店に就職したとしても、下働きからというのは日本の料理店での料理人修行とほぼ同じ。日本と少しばかり違うのは、よほどの小規模の店でもない限り皿洗いをはじめとする雑用係が存在することもあって、下働きはあくまで料理に関わることに限られるようです。

 私が香港に通い始めた80年代、香港の住民の中には97年の中国への回帰、返還を控え、海外への移民を真剣に考え、最大の関心事となっていたものです。
 海外への移民にはいくつかの方法があり、移民の手段や海外の国々のパスポートの入手方法を模索。そのひとつに特殊な技能、手に職を持った人を対称とした資格移民というのがありました。投資移民になるだけの資金力が無い人はその手段に頼るしかなかった。それには料理人も含まれていたそうで、技術を取得するには時間のかかる料理店への就職より、料理の心得があれば短期間に資格を得られることから、当時、にわかに注目されたのが料理人としての資格を得られる調理師養成の専門学校の存在。もっとも、料理学校の認定書がどれほどの効力を持っていたのか定かではありません。  

 実際、香港の中国への回帰、返還の時期、料理人の海外への流失が話題になったことがあります。もっとも、その後、海外に流失、とされた料理人が香港に戻るというようなこともあった。さらに、時を経て、中国本土で香港式の料理、ことに海鮮料理が話題を集めるようになって以来、香港の料理人が中国本土に進出。といった事情から、ここ最近香港の料理人の流失が再び話題になりつつある。それについては、また改めて触れたいと思います。

 それにしても、VTRで紹介された李文金さん、潮州出身なのに、バイト先が四川料理の店だったことから四川料理に関心を持ったというのが面白い。
 というのも、日本で四川料理といえば、中国料理のひとつという認識が大半でしょう。ところが、潮州を含めた広東人にとって四川料理は、遥か遠い北の国の外国料理、というのが一般的な認識だからです。
 それは、日本における関東、あるいは関西と、北海道、沖縄といった地域差、差異、存在認識などとは異なるものです。例えれば、日本と東南アジア各国との隔たり、つまりは和食とタイ料理の間の差異を思い浮かべてもらうのが格好かもしれません。

 そうした中国の地方料理に対する認識は、香港のフードガイドにおけるカテゴリー分類からも明らかです。中国料理としてまとめられることはなく、地元の代表的な料理である広東を筆頭に、上海、北京、四川など、地方の主要な料理ごとに区分されているのが実情です。
 それに、同じ広東省でも、潮州料理は広東料理とは別個に紹介されているのが一般的。また、上海料理の源流のひとつである杭州料理店なども上海料理とは別個に紹介されているが普通です。
 次いで、日本、韓国などを筆頭にアジア各国の料理店、さらに、フレンチ、イタリアン、といった按配です。