2011/05/27

ゴールデンウィークにいいもん聞いた~その4

5月5日には芝 メルパルクホールで「moonridersデビュー35周年記念 火の玉ボーイコンサート」。同公演についてはすでに5月16日の朝日新聞夕刊POPS欄のステージ評に執筆。それをそのままここで掲載っていうわけにはいかないんで、重複する記述もありますがご容赦を。

何と言っても話題、楽しみは『火の玉ボーイ』のステージでの丸ごと再現。今年初めに発表された同作のリマスタリング盤についてはすでに紹介済み。もっとも、同作の丸ごとの再現とはいっても、まんまじゃないです。

本来はあがた森魚の『日本少年』などの制作の最中、鈴木慶一のソロ作として制作されたものが、発売時、ムーンライダース(ズではなくスです)の名も加えられていた。なんてことからムーンライダーズ(と「ス」から「ズ」へと後に改名)のデビュー作と見なされてるわけですが、やっぱり鈴木慶一のソロ作、ですよね。

で、今回、同作にゲスト参加し顔を並べた矢野誠、矢野顕子、徳武弘文などがゲスト参加。そこに細野晴臣が加わるはずだったのが、東日本地震があってコンサートの開催が延期され、結果、細野晴臣は不参加となった次第。

それにとって代わる存在となったのがあがた森魚。今回のコンサートには当初からゲストに名を連ねていたわけですが、ヴォーカリストとしての力量と存在感の著しいあがた森魚。加えて奔放な個性を印象付けた矢野顕子はゲストの中でも際立ってました。

それより、今回の『火の玉ボーイ』の丸ごと再現、オリジナルのアルバムは鈴木慶一のソロ作という印象大ですけど、それとはうって代わってまんま今のムーンライダーズとして再現で、パワフルでダイナミック。そこで見逃せなかったのが今のムーンライダーズのサポートを担当するドラマーの夏秋文尚の存在。パワフルでダイナミックな演奏の牽引車と言っても過言ではないはず。
「火の玉ボーイ」が実はムーンライダーズにとってのデビュー・アルバムだった、ということを印象付けることにもなりました。

ところが、そんなパワフルでダイナミックな「音」ながら、肝心の歌、鈴木慶一の歌が不安定でファンである私としてはドキドキハラハラヒヤヒヤ。って、そんな風に思ったのはどうやら私だけではなかったみたいです。もっとも「火の玉ボーイ」の再現ステージの後半には持ち直し。二部の終盤ではムーンライダーズの看板として存在感を見事発揮。
今回のコンサートで目を見張ったのは、先の夏秋文尚に加えて、マルチ奏者の高田漣、さらにはバリトン・サックス・アンサンブルの東京中低域。幕開け、ニューオリンズのマーチン・バンドさながらに客席から登場し、オリジナル作のいくつかを演奏し、さらにはブラスセクションとしてムーンライダーズの演奏に加わった東京中低域。さらに、高田漣の味のあるサポートが光ってました。

そしてムーンライダーズ。「Back Seat」でのプログレ的演奏展開は、ひとっところに止まらず、常に変容を遂げ続けるムーンライダーズらしくって、今後の彼らの展開を示唆、なんてところが面白かった。

2011/05/23

ゴールデンウィークにいいもん聞いた~その3

5月2日は「忌野清志郎 ロックン・ロール・ショー~日本武道館 Love & Peace」。今年三回忌を迎えた忌野清志郎の命日に開催されたトリビュート・コンサート。仲井戸麗市、新井田耕造、さらには藤井裕、KYON、梅津和時、片山広明からなるメインバンドを主体に、忌野清志郎に縁のあるミュージシャンが顔を揃えて競演。それぞれ縁のある忌野清志郎作品を披露、という趣向。

Leyona、息子のKenKen、ノブアキとの共演も披露した金子マリ、途中、アコースティックセットでは泉谷しげるが原発批判を込めて「サマー・タイム・ブルース」、「ラヴ・ミー・テンダー」を歌い、あの「カヴァーズ」をほうふつさせる。さらに忌野清志郎訳による「イマジン」を歌ったゆず、肩の力を抜いた歌と演奏で実力、力量、懐の深さを見せた真心ブラザーズ、無垢で奔放なナイーヴな歌、演奏だったサンボマスター。

そうした中で強烈な印象を残したのが斉藤和義、奥田民生、ザ・クロマニヨンズ。噂の替え歌こそ披露しなかったものの「替え歌はまだだめなんですよ!なんでコメントした斉藤和義。「JUMP」、「どかどかうるさいR&Rバンド」のタフでワイルド、逞しさを身に付けた歌、演奏に「わ!すげえでかくなった」と感心。

そして奥田民生。歌ったのは「スローバラード」とRC時代の作品で仲井戸麗市が歌った「チャンスは今夜」。仲井戸麗市のトリビュート作で起用していた作品。どこかすっとぼけていてあっけらかん、なんてイメージと同時に、めちゃくちゃ濃くて熱いロック演奏を展開する奥田民生。当夜の会場に駆けつけた清志郎ファンの多くが「スローバラード」の真摯な熱唱に打ちのめされた様子。

私にとって「思わず、ゾク!」と興奮を覚えたのは奥田民生のギター演奏。随分前にも奥田民生のコンサートでそれを体験。タメを利かせたうねるギターのフレイジングは、まさにグランジのそれ。

グランジっていえば、パンク、ハードコア・パンクを下敷きにシアトルを中心に盛んとなったロックってことで認知されてます。ニアヴァーナやパールジャムはその代表。ですが、日本で見落とされがちなのは、それが生まれる必然、つまりは社会的な背景。つまりは時の大統領ロナルド・レーガンの経済政策が生んだ社会的な歪み、結果生まれた貧富の格差社会。グランジの担い手の多くは、その犠牲者の子息だった、なんてことがあるわけです。

当の奥田民生、そんなことを知ってか知らずか、タメの利いたうねるギターのフレイジングからは、そんなグランジを生んだ当時の社会的背景までを甦らせる、なんてところが「凄い!」なんて思う私です。ま、そんなこと思うのは私ぐらいなもんでしょうけど。

さらにザ・クロマニヨンズ。取り上げた「ROCK ME BABY」、「ベイビー逃げるんだ」、「いい事ばかりはありゃしない」のどれもが強力ダイナマイト。体を震わせ舌舐めずりしながら歌う甲本ヒロト、音の返りを確かめるようにしながらリフ、パワー・コードを奏でる真島昌利のギター。圧倒的なパワー、ダイナミズムに圧倒されました。

他にも生真面目で気弱な側面もある個性をさらけだしたトータス松本。堂々の存在感を発揮したYUKIと矢野顕子など、見もの、聞きものはふんだんに。4時間弱の長丁場のコンサートだけに、おやじ(私ですけど)、途中休息の要ありでしたが、素晴らしいコンサートでした。画像は奥田民生と梅津和時。撮影は有賀幹夫。

2011/05/19

ゴールデンウィークにいいもん聞いた~その2

5月1日には日比谷公会堂で細野晴臣の「細野晴臣『HoSoNoVa』コンサート」。
新作『HoSoNoVa』の発表に併せてのものですが、その新作が素晴らしい。
新曲に交えて「スマイル」や「ラモーナ」、「レイジー・ボーン」や「デザート・ブルース」など懐かしき作品のカバー作品も。

4年前に発表した「フライング・ソーサー 1947」では、カントリー&ウェスタン、といよりもかつてのポピュラー・ミュージックだったカントリー・ミュージックにアプローチ。ついで、昨年11月のスタジオ・コーストでのライヴでは(カントリー・)ブルースへの興味しきり、なんて感じでした。

そして今回は、細野自身が体験してきたポピュラー・ミュージックのルーツを探るという趣。目線、ライ・クーダーの最近の作品に似てます。けど、細野自身の体験、昔を振り返る。それを今に再現、というあたりが面白い。

今回のライヴ、アルバム『HoSoNoVa』をさらに進化させた感じで、ルーツ探しとその再現に余念のない細野晴臣でありました。そのランダウン/セットリストは、ネットのブログなどで公表済。

幕開けは「Rosemary,Teatree」。ついで「ラモナ」。バックを務めるのはアコーディオンの越美晴とサイド・ギターの高田漣。さらに「スマイル」でベースの伊賀航、ドラムスの伊藤大地が加わるという構成。

ボソっとつぶやくように歌う細野晴臣。 ジェームス・テイラーとの出会いで自分の声を見つけたという細野晴臣。 『HOSONO HOUSE』では遠慮がちに。やがて『トロピカル・ダンディー』や『泰安洋行』では伸び伸びと。 そして『HoSoNoVa』や今回のライヴでは肩肘張らずに余裕しゃくしゃく。

年季を経ての味わい深い歌。年季をへてなきゃ歌えない歌と味わいです。
無気力なようでいて、しっかり歌詞、メロディーを丁寧に、的確に表現というあたり、これからが勝負!という意欲が見え隠れ。

折からの放射能災害にあわせて、クラフトワークの「放射能」をアコースティック・バージョンで披露。そういえば「ただいま」もアルバムとは趣きが異なり、カントリー色濃いアレンジで。常に進化し続ける細野晴臣です。

ホーギー・カーマイケルの「レイジー・ボーン」から、鈴木茂が参加。さらに伊藤大地に代わって林立夫が参加し、ティン・パンの再現。そこに矢野顕子が加わり、さらには「無風状態」や「風を集めて」をソロで披露。さらに佐藤博も加わって、懐かしいティン・パン・アレー・ツアーが甦る。

ですが、私にとって興味深いのは細野晴臣と若いサポートの3人、高田漣、伊賀航、伊藤大地との組み合わせ。自身の体験を踏まえたポピュラー・ミュージックのルーツを探る細野晴臣にとって、課題のひとつが4ビート、スィング、シャフルとの取り組み。

ところが、伊賀航にしろ、伊藤大地にしろ、レコードやCDを通して形、様式はなぞることができても、体感した世代じゃないもんで、ビミョーにタイミングやグルーヴが違います。もっとも、細野晴臣も昔のまんまのリズム、グルーヴ感をそのまま再現する意図はないはず。ルーツ音楽との取り組み、その伝統の継承も、自身の目、体、体験を通し、しかも現代性を織り込んでなければ意味がない。

というあたりに高田漣、伊賀航、伊藤大地の起用の面白さがある。彼らの持ち味、個性、今の(若い世代のリズム、グルーヴ)感覚も取り入れ、歩み寄りながら細野自身の音楽を具現化、なんてところが面白い。もっとも、多分、伊賀航、伊藤大地の両君、暗黙の内に細野君にしごかれた?んじゃないでしょうか。
ともあれ止まることを知らない、細野晴臣は面白い。

画像は細野晴臣、伊賀航、伊藤大地のバック・ステージでのスナップ・ショットです。

2011/05/17

ゴールデン・ウィークにいいもん聞いた~その1

ども!久々の復活です。というのもいろいろありました。
最大の要因は地震に襲われた我が仕事部屋の片付けに時間をとられたこと。片付けついでに古い資料やアナログ・ディスク、CDの整理にも追われる日々。おまけに地震で未確認物体の飛来によりダメージを受けたPCの按配が悪く仕事の原稿を片付けるのにも難渋する始末。

よって地震前に書き溜めておいた月例の「赤坂璃宮」銀座店報告の3月分や他にブログ・アップするつもりだったものもオクラ入りのまんま。「赤坂璃宮」銀座店報告の4月分や下書きしたまんまで放置状態ですが、いずれその内に!

そんな間隙を縫ってこのゴールデンウィーク、コンサート通いに精出しました。
まずは4月30日、オーチャードホールで森山良子の「45周年記念コンサート」。
これから全国各地を巡演ってことですから演奏曲目の仔細についてはナイショにしましょう。

とはいえ、それでは話が続きませんから簡単に紹介すれば、一部はデビュー当時のヒット曲を中心に構成。その足跡を密度濃く凝縮。二部では森山良子の音楽的な幅の広さ、さらにはこれからなどを披露。ヒット曲、代表曲を総ざらえや回顧的趣でもなくなんとも意欲的な内容。

それにしても良子さん、歌が旨い、あれれ、上手い。
歌唱技術の巧みさ、声量の豊かさは圧倒的。なにしろ彼女の体、肉体こそが楽器というにふさわしく、体中で声を響かせて歌います。まるでオペラ歌手のよう。

ですけど、そうした歌手にありがちな技巧をひけらかしたり、情感たっぷりに歌い上げるってところがない。抑制を利かせ、自然体。なによりも歌詞とメロディーを丁寧に的確に表現、ってところが凄い。あくまで自然体。 それって、簡単なようですけど、年季と意志がなければ出来ない技です。

ほら、ディーヴァ系なんていわれてる若くて歌い上げるタイプの歌手、わんさかいますけど、技をひけらかすばっかり、ってことはまだ未熟ってことですから。そして、たまにフェイク。メロディーを崩して歌ったりするわけですが、さりげなく、自然で無理がない、なんてところも凄いわけです。

そんな良子さん、実は、結構、おっちょこよい、なんてことがコーサートでは続出! というのが良子さんのコンサートの面白さ。 歌うときには最高の歌姫、ですが、MCになるとぐっとくだけた調子。

どうやら言いたいことが頭の中に一杯。ですけど、それが勢いまかせで口に出るタイプ。話に夢中になって、プログラムで予定されていた次の曲、すっ飛ばして紹介、なんてよくあること。今回もありました。 それに、本来はギターを持って歌うはずの曲、スタッフがギターをステージに運んだのにもかかわらず、そんなの忘れちゃってギターなしに歌う、なんてことも。

そうそう、幕開け、ソファに座って歌う彼女ですが、歌声を聴いているとなんだか落ち着かない。中低音の響き、足りない。おかしいなあ、なんて思ったら、ギター抱えてるもんで前屈みになる分、腰、というかお尻がソファーに沈み込んで落ち着かない。腰(お尻)の居場所を確かめながら歌ってるからでした。

ですが、今回の良子さん、歌を聞いているとアーティストじゃなくって、シンガーってことに徹し 「何のために、誰のために歌うのか!」ってことを悟った様子。それが「歌」に現れてました。「たかがシンガー、されどシンガー!」なんてこと、肝に銘じてる感じで、意欲的でアグレッシヴ。 そんなことに感動しました。

ゲストにはビギンが登場。歌ったのは言うまでもなく「涙そうそう」。
ほほえましいコラボレーションでした。
もうひとり、意外にも客席で出会ったのがムーンライダーズの鈴木慶一君。
なんで?なんて思ったら、良子さんの新作のプロデュースを手がけ、共作などもしているそうな。
こいつは面白い組み合わせだ。新作アルバムが楽しみです。

というわけで、画像は終演後のバックステージのスナップです。