2008/12/30

踏入冬季~12月の「赤坂璃宮」銀座店の5

 締めくくりの「麺・飯」ですが、今回は「雪魚糯米飯/白身魚入り塩味おこわ」。
 そうです、この季節、粳米、糯米の新米が旨い。香りが豊かです。おまけに新米って、体がホカホカと熱くなる。それも糯米は食べると体が熱くなる。お腹の中でもっと膨らんで腹持ちがいい、なんてこともあります。

 実は、一昨日も糯米を蒸しました。かみさんが日頃通ってる工房の食べもの持ち寄りの忘年会があって「何かない?」。
 なんてことから、冷蔵庫の中にこの秋の半ばに届いた生栗がまだあるのを思い出し「「栗おこわ」なんてどう?」ってことで、糯米、一晩水に漬け、せっせせっせと栗の皮を剥いて作りました。
 そういえばこの時期、我家で多いのは、腊味、つまりは、腸詰の炊き込みご飯。粳米だけの時もあれば、糯米だけの時もある。粳米、糯米をミックスで、と言うのも悪くない。それに具の中味、いろいろ工夫します。

 さて、「雪魚糯米飯/白身魚入り塩味おこわ」。「雪魚」ってことは「鱈魚」、つまりは「たら」ってこと? 「あの、魚は「メロ」でございます」とアテンドの柏木さん。 「メロ」ってことは「銀むつ」ですね。塩で仕込んで、鍋物に使うってこともあるし、白身魚のフライでもよく見かけます。
 「メロ」は下味しっかりで、生粉をまぶしてある。そうかこういう下拵えもあるのね、と感心。一緒に干し椎茸なども具にあって、ほんの少しタレをかけ、蓮の葉で包んで蒸籠に入れて蒸してあります。その調味、味加減が絶妙でした。
 熱いもんで、はふはふいいながら、香港でも食べたことがなかった「雪魚糯米飯/白身魚入り塩味おこわ」その美味、それに、香りの良さをしっかり味わいました。この料理、家で試せるかも、けど、味付け、調味、行き過ぎずに加減よく、というのが課題でしょうね。
 袁さんの料理、広東地方の「家郷菜」、ますます楽しみです。

踏入冬季~12月の「赤坂璃宮」銀座店の4

 続いて登場したのが「枝竹羊肉煲/国産羊肉の土鍋煮込み」。 「羊肉、ってラムじゃなくて?」と大藤さんに尋ねると 「ええ、ラムではありません。国産の羊肉です!」とニンマリ!















 嬉しいじゃないですか!成育した羊なら、脂にクセのある香りがしっかりありますから。 目の前に現れた土鍋の中でふつふつと煮えたぎる羊肉。肉に白い部分くっついてる、ってことはアバラ肉のあたりですね!

 羊肉といえば、日本では薬味をふんだんに使ったタレに漬け込んで特製の鍋で食べる「ジンギスカン鍋」がよく知られてま。ネットで検索すれば北海道及び岩手の遠野でそれが盛ん。しかも、日本独自のものだって知りました。けど、中国の北方にもその手の料理ありますよね。日本の「ジンギスカン鍋」は特製の鍋でお手軽に焼きますが、北京の「烤羊肉」の専門店では、焼くための鍋も調理方法はもっと大陸的でダイナミック。

 そうそう、羊肉といえば日本の「しゃぶしゃぶ(鍋)」の元じゃないかと思える「涮羊肉」というのがあります。いつだったか中国出身の料理研究家ウーエンさんとNHKのラジオ番組で共演。その、ウーエンさん、北京の「涮羊肉」は「ラムです!羊は毛や皮を使うのが主な目的。羊(肉)は食べません」とキッパリ。けど、私、北京でラムじゃなくって羊肉、それも何種類かパーツ違いのを食べたことがあるんですが。

 南方、広東地方や香港では、冬の訪れとともに滋養供給、体を温める料理として野味の料理を食べます。羊の肉は、その代表的なもの。一般的には羊、成育したマトンが使われますが、本格的には北方から届く「黒草羊」、「山羊」、それも「野羊」が珍重されてます。

 今回の「枝竹羊肉煲/国産羊肉の土鍋煮込み」は、冬の香港の風物のひとつにならったもの。そういえば食事の後でであった譚さん「あれ、皮付きの羊肉だったら、よかったんだけど、入手が難しくってんね」なんて話に、さすが譚さん、目の付け所が鋭いと感心。でも皮なしでも、その美味、しっかり味わいました。

 味付けの調味料のベースは「柱侯醤」。「柱侯醤」は以前、「7月の「赤坂璃宮」銀座店の4」で触れてきた通り、広東省の佛山で生まれた味噌、調味料の一種で、佛山の特産品として知られています。大豆を主体に、塩、砂糖、胡麻、醤油などで作ったものです。その目的は、羊肉、山羊肉に特徴的な匂い消し。というか、匂い、香りは脂にあり、のはずなんですが。ともあれ、この種の野味に「柱侯醤」を使うのは、日本でも豬、熊などの鍋に味噌を使うのと似ています。さらに、大蒜、生姜などが効果的に使われてます。
 「実は、サトウキビの汁なども隠し味に」と、大藤さん。
 「へぇ~、そんなもんも使うんだ!」と、話に感心。

 一緒に炊き込まれていたのは「枝竹」、「腐竹」ともいいますが、干し湯葉。それにこれを食べるために、事前にテーブルに並べられたのが、レモンの葉の千切りをあしらいにした「腐乳」のタレ。「枝竹羊肉煲」を食べる時の必需品。ちょっぴり浸して食べると味が引き立ちます。

 羊肉、干し湯葉、干し椎茸などを取り分けたあと、鍋に残った煮汁でレタスを煮込み、皿に添えます。
 「あのう、ほんとは「唐生菜」なんですが、本日、ご用意できませんでしたので「サニー・レタス」ですが」と大藤さん。
 「腐乳」のタレだけじゃなくって「生菜(レタス)」の用意まであり、なんて香港の料理店そのまま、じゃないですか。
 その用意、心遣いに盛り上がります。

 それより「羊肉」、そしてこの料理の味、「柱侯醤」のこくのある味、風味が利いていて、しっかりの味付け。なのに、口当たりは、食後感はすっきり、さっぱり。実に「軽い!」。軽くて、上品で、洗練された味わいです。そればかりか、香りが豊かです。それも、いろんあ香りが複雑に入り混じり、ひとつに合体。奥行き深い「一体味」ならぬ「一体香」を生み出している、というのがすごい!

 上品で洗練された味わいの軽さ、香りに、メンバー一同、唸って、感嘆の声を上げたのでありました。まさしく、この日のハイライト!
 見事な一品でした。香港の「冬」の味、香り、ここにあり!

 事前に頼んでおけば、食べられるそうで。実は、早速、かみさんの中国語仲間の忘年会でリクエスト。「肉、肉、肉はお断り!」なんて言ってたかみさんも、香港ならではの冬の風物、しかも「柱侯醤」の味付けの料理には興味津々。奈々先生も「「干鮑」はダメですが「果子狸」はOK!」なんて、食には貪欲。もっとも、SARSの一件以来「果子狸」はご法度ですから。けど「羊肉」ならOKかも。そう思って用意したら、これが大ウケだったのであります

2008/12/29

踏入冬季~12月の「赤坂璃宮」銀座店の3

 そして「雀巣蠔油牛粒/牛肉のオイスターソース」が登場。これまた、見映えの美しさに歓声があがりました。
 じゃがいもで作った巣を器に仕立てたもので、その中に角切りの牛肉、パプリカ、ピーマン、白葱に、オクラなども一緒に炒めあわせてあります。その味つけはオイスターソースの「蠔油」を使ってあるわけですが、その味付け加減、調味料の使い方、その按配が実に見事。
 そうです。これまでなんども触れてきたように、オイスター・ソースをこれ見よがしにたっぷりなんか使ってはいません。そのあたりの調味料の使い方が実に見事。というより、香港の炒めもの極意を見事に発揮したもの。
 油通しした牛肉の表面は張りがある。それでいて肉を噛み締めると柔らかい。ぱりぱりの「脆」ではなく、むしろさくさくの「酥」の触感で、身が柔らかい。しかも、オイスター・ソースの味つけ、風味が牛肉そのものの持ち味、旨味を引き立てます。
 正直、これまで食べたオイスター・ソース味付けの牛肉炒め「蠔油牛肉」では最良のものでした。上品で洗練された「味」、それにもまして「香り」の素晴らしさに思わずうっとり、ため息がこぼれたくらいですから。一緒に炒めあわせた野菜も、それぞれの持ち味を引き出していて「味」わいもさることながら「香」りが豊かです。優しくて「軽い!」のが素晴らしい。
 参りました、袁さん!

2008/12/27

踏入冬季~12月の「赤坂璃宮」銀座店の2

 続いては「白灼鮮帶子/帆立貝柱の湯引き」。 その登場とともに「ワオ!」といっせいに歓声が!帆立の貝を器にしてあるのが、なんとも豪華でゼータク。歓声が上がったのも当然な話です。
















 帆立の貝柱を薄切りにして湯引きの「白灼」で調理したシンプルな料理。
 前にも話したように、牡蠣にしろ、新鮮な魚介、ことに貝類はさっと火を通した方が旨味凝縮。それを老抽を上湯で割ったタレにつけて食べます。

 頬張ればねっとりよりもスッキリの触感。噛み締めると甘味が浮かび上がって、旨味もたっぷり。貝柱だけじゃなくって、ヒモが旨い。大いに盛り上がった海鮮料理でした。

 次いで「蕪青燉鶏湯/伊達鶏と蕪の蒸しスープ」が登場。















「例湯」というわけですが、面白いのは蕪を使ってあること。私、香港では日本にあるような蕪には出会ったことがない。形が似てるものに「大頭菜」があります。生でかじったことがあって、蕪に似てはいるが甘さはさほどなし。それもたいては漬物に使われてます。

 ネットで検索すれば生を拍子切りにして赤い腐乳っで味付け、なんてありましたが、そうか、もしかして台湾で食べたかも。それより、「蕪青」で検索してみると、そこに「大頭菜」とも記されている。が、むしろ北方の産物のようであります。

 ともあれ、「蕪」を鶏肉と一緒に湯煎蒸しの「燉」した料理。「蕪」はぐじゅっとした触感で、鶏肉から出ただしがしっかり浸み込んでます。肝心の「湯」、鶏肉から出ただしの旨味たっぷり。ほんと、鶏肉って煮込むと独得の旨味がたっぷり出ます。その分、鶏肉そのものは旨味、エキスがすべて「だし」になって抜け殻状態!

 たまり醤油でもつけながら食べるのも悪くないですけど、やはり旨いのは鶏肉の「だし」の旨味、エキスをたっぷり含んだ「湯」。それにぐじゅぐじゅの「蕪」は、なんだか鶏だしで煮込んだ「おでん」の趣。体が温まるスープ。そうか、冬場ならではの「湯」なワケですね。

踏入冬季~12月の「赤坂璃宮」銀座店の1

 クリスマスはいかがでした?
 私はちょいと早い目にかみさんの中国語仲間の忘年会にひっぱり出され、メリー・クリスマスを楽しみました。その場所、なんと『赤坂璃宮』の銀座店。

  「(広東地方の)家郷菜がおもしろいんだよ。譚さん、おもしろい料理人、引っ張ってきたから。エドモンドにいた袁(國星)さんなんだけど、香港の味、香り、バッチリ。香港のホテル系統じゃなくって街中の高級店とか、老舗の懐かしい昔の味がするから!炒めものにはちゃんと「鑊気」があるし、なにしろ「軽い!」から」なんて話しを聞いてるばかりじゃつまらないと、うちのかみさん。

 嬉しいことに、かみさんの中国語の先生の遠藤奈々さん、このブログをチェックしてくれているそうでかねてより「赤坂璃宮」銀座店の料理に興味津々。なんてことから中国語教室の忘年会の場所は同店に決定。

 つい最近、香港旅行にでかける知人のために店選び、コースの組み立てを考えたといううちのかみさん。夫婦して似たようなことをやってるのがなんとも可笑しいですが、頼まれたコースを組み立ててるうちに「香港に行きたい!「福臨門」の家郷菜も素敵だけど、「陸羽茶室」の夜の食事みたいな「家郷菜」が食べた~い!」なんてモードで頭の中がいっぱい。

 そんなかみさんに言わせれば、私が選ぶ料理、組み立てるコースは「肉、肉、肉のオンパレード」だそうで、女性客には「向いてないワ!」とキッパリ。ということで、今回の忘年会のコースの組み立て、メニューの選択はうちのかみさんがプランを練りました。

 なんてことより、12月の「赤坂璃宮」銀座店のメニュー報告。年が明けない内に済ませたいとまずい!  さて、今月の「赤坂璃宮」銀座店のメニュー報告。まさしく「踏入冬季」、冬の季節の訪れを物語る「家郷菜」が並びました。











 まずは、前菜の「璃宮焼味盆/焼きもの盛り合わせ」。
 焼き物はおなじみの品。ですが、今月は甘い味わいの「叉焼」、それにも増して窯焼きの合鴨の「焼鴨」がことのほか旨かった。皮はパリっと「脆」。噛み締めるとジューシーな肉の味わいが、あふれ出す。「脆」にして、肉はジュ-シーなのは、焼き窯ならではのこそのもの。素材の「合鴨」も、クセがなくって、純な味わい。いつもは皮付きバラ肉の焼き物に夢中のi-podさんが「これ、凄く美味しい!」と、絶賛でした!

2008/12/24

『OILY BOY』の「東京の中国料理最新情報」の5

 そして、小林武志さんが「広東地方の家郷菜をやってるおもしろい料理人がいる!」と教えてくれたのが南青山の「エッセンス」の薮崎友宏さん。以前から気になりながら未訪問。こういう機会だからと出かけてみたところ、なかなか面白い。それも、野菜の扱いや料理への取り組みは「文琳」の河田吉功さんを思わせるところがある。 ということで薮崎友宏さん。

 ホテルの中国料理店の料理人で気がかりだったのは銀座の「キハチ・チャイナ」からインターコンチネンタル・ホテル・東京の「花梨」の料理長になった大久保武志さん。それに雑誌などで気になっていたマンダリン・オリエンタル・東京の「センス」の高瀬健一さん。そういえば、高瀬さんの料理はヌーベル・シノワで話題を呼んだ脇屋友詞さんを思わせるものがある。ということで、高瀬健一さん。

 なんてことで、4軒、4人の料理人が決定。残る一軒、料理人は、福臨門銀座店の張漢華さんを置いて他にない。というよりも、今、東京で、私好みの料理を作ってくれる料理人です。なんといっても「鍋」使い、鍋の気の「鑊気」の凄さで言えば、東京一。そんな張さんを人選から外せない、なんて、最初からその心積もりなのでありました。

 5軒、5人の料理人が出揃いました。取材にあたって、紹介する料理の選択も料理人と顔をあわせ、入念に吟味。「oyaji」にこそ薦めたい料理。たとえば、強壮効果、満点ってやつですね。それに、中国料理マニアの間で目下“噂”、“評判”の最新のトレンドや、日本ではなかなかお目にかかれない料理じゃないと。しかも、“情報”を知っているだけじゃなく、その“真実”、“本質”、“真髄”をわかってなければ「通」とはいえない料理。「酢豆腐」の若旦那の“ちりとてちん”では困ります。それに、コラムですから写真が中心で、与えられた執筆スペースにも限りがある。ですが、中途半端な取材で済ませたくはない。

 そんな事情を話した上で、いろいろ話を聞き込みました。本誌で反映できなくっても、このブログで取材裏話として紹介しよう、なんて心積もりもありました。とはいうものの、突っ込んだ話ばっかりで、かなりのスペースが必要。ならいっそのこと新しく別のブログを立ち上げ「東京の中国料理事情」を始めようかと思い立ったのであります。

 そんな矢先、銀座「芝蘭」の下風慎二さんがこの11月28日、脳梗塞で急逝されたことを知りました。新装再開店にあたって、看板料理の「四川ダック」をより本場式にするために念願だった焼き窯を設置。四川料理の伝統を改めて学びながら、四川の最新の動向にも目配りし、日本の素材を使い、日本ならではの四川料理、独自の四川料理を探求したいと意欲に燃えていた下風さんです。信じられない気持で一杯でした。

 ご冥福を祈るばかりです。

『OILY BOY』の「東京の中国料理最新情報」の4

 そんなことから、今回の「Oily Boy」での「東京の中国料理最新情報」、まずは地方料理ごとに店、料理人を分類。ホテルにある料理店も取り上げたい。それから、今の久田、山本、河田にあたる料理人は誰だろうかと思いめぐらせました。

 たとえば四川料理系の料理人からの人望が厚く、若い料理人を育ててきた「吉華」の久田大吉さん。久田さんの薫陶を受けた料理人の中でもその筆頭に挙げられるのが「チャイニーズ・レストラン・直城」の山下直城さん。細やかな「板」仕事、包丁使いの緻密さ。料理に応じて強弱を巧みに使い分ける火の扱い。調味、味付けの按配、その見極め、キメの鋭さ、確かさ。「味」だけでなく「香」りのある料理を生み出す「鍋」の技の見事さは、若手の料理人ではピカ一の存在。

 間違いなく、東京一と言っても過言ではない。実際、山下君に匹敵する「板」と「鍋」の技の持ち主は、今だ出会ったことがない。中国料理の真髄、その本質を理解していれば納得できるんじゃないでしょうか。いや、中国料理ってことじゃなく、優れた料理がどういうものかが理解出来れば、納得のはず。もっとも、山下君、四川系以外の料理に関しては、いささか弱点があったりするのは事実ですけど。

 同じく「吉華」の出身で、東久留米の「枉駕」のオーナー&シェフの本多敏さんも「板」の技は見事です。「鍋」はいささか慎重ですが、きっちり、確実。なんて、「枉駕」には行ったことがないんですが、「吉華」にいた当時、久田さんの留守番を勤めたいた頃の本多さんの仕事ぶりを知っていますから、「板」と「鍋」のセンス、技量については承知済。

 もっとも、山下さん、本多さん、いずれも店を始めてから時間もたつし、メディアには登場済み。「新しい店もほしいな」という編集のMさんの要望もあって、思いついたのはビルの改装中、神楽坂に一時本拠を移し、この9月に銀座に戻って新装開店した「芝蘭」の下風慎二さん。

 もっとも、四川飯店から独立してから今年で15年。年齢も50歳、ということから新進の料理人というには相応しくない。ですが、その姿勢と意欲は、若い料理人に負けてはいませんし、どこかヤンチャ坊主の雰囲気あり。

 吉祥寺の「竹爐山房」の山本豊さんのもとにい若い料理人の活躍も見逃せない。開店しばらくの頃から15歳で店に入り、修行を始め、山本豊さんの一番弟子とも言えるのが、現在、経堂の「彩雲瑞」のオーナー&シェフの千秋君。ミシュランで一つ星を獲得した三田の「桃の木」の小林武志さん、大阪で話題の「一碗水」の南茂樹さんも同店の出身。それに、「神田 雲林」の成毛幸雄さん、祖師谷大蔵の「御膳坊」から独立し、現在は幡ヶ谷の「美虎」のオーナ&シェフになった五十嵐美幸さんも、勤めていた店がありながら、意欲に燃えて山本豊さんから様々なことを学んだきた、言わば山本豊さんの外弟子。
 
 そうだ、「神田 雲林」の成毛さんの料理は、外弟子ながら、色、味、香りなど、山本豊さんのそれを一番反映してる、かも。

『OILY BOY』の「東京の中国料理最新情報」の3

 たとえば四川飯店の陳健一さん。「dancyu」で「麻婆豆腐」の作り方を教わるという企画があって、当初は日本に一般化した陳建民式のそれ、という予定。それじゃありきたりだし「ねね、陳さん、本場風に牛肉使って、「花椒」の痺れ味がしっかり利いたのをやって、やって!」 とねだりました。

 「メニューには乗っけてないんだけど、いいよ、やりましょ」ということで急遽、dancyuでは牛肉を素材に「花椒」の聞いた本場式の「麻婆豆腐」を紹介。同誌で本場風の「麻婆豆腐」が紹介されたのは、それが初めてのことでした。

  実はそれまでに「吉華」でも「麻婆豆腐」については久田さんに同じようなことを頼み込んでいました。もっとも、肉は豚肉でしたが、「花椒」の痺れ味をしっかり利かせてもらっていたものです。たまたま同席してそれを食べた友人が「吉華」に出かけた際、「麻婆豆腐」を頼んだところ、同じものじゃなくって大いにがっかり。

 そんな話を聞きつけ、「なら「花椒」の利いたやつ、本場風にと頼めばいいから」と、教えたもののいざとなると「花椒」が思い出せない。思わず「小倉さんのアレ!」と注文したところ、最初は首を傾げてた久田さん、ハタと膝を打って「花椒」たっぷりの「麻婆豆腐」を作ってくれたそうです。

 四川飯店がそうだったように「吉華」でも本場式の「麻婆豆腐」はメニューはなし。しかし、言わば「裏メニュー」として評判を呼び、私以外にも同種の「麻婆豆腐」を求める客がいたようで、いつの間にやらたいての四川料理店の「裏メニー」となり、やがてはメニューに定着、なんてこともありました。

 時を経て、当時、気鋭の料理人と語られた久田大吉、山本豊、河田吉功さんらは、今や大御所。もちろん、現在も第一線で活躍中です。
 それより、ここ5~6年、一挙して若い料理人がオーナ=&シェフとして店を構え、メディアで評判に。
 そんな中にかつて久田大吉、山本豊、河田吉功さんのもとで修行し、あるいは関わりのある料理人が少なくない、なんてことにも気付き、その3人に限らず、東京の中国料理人、店の系譜を探ってみるのも面白いかもと思い立ち、調査を開始しはじめていたのでありました。

『OILY BOY』の「東京の中国料理最新情報」の2

 「東京の中国料理最新情報」といっても、開店したばかりの新しい店の紹介ってわけじゃない。 そのあたりは専門のフードライターにおまかせです。それより、編集のMさんから提案のあった中国料理の若い料理人の動向については、かねてより関心があり、機会をみつけては話題の店、興味ある料理人の店に出かけていました。

 ということで、今回の5軒、5人の料理人を選ぶにあたって、まず思い浮かべたのは80年代から90年代にかけて私が興味を抱き、やがて気鋭の存在としてメディアも話題を呼んだ何人かの料理人。

 まずは吉祥寺「竹爐山房」の山本豊さん。上野毛の「吉華」久田大吉さん。神泉の「文琳」の河田吉巧さん。いずれもオーナー&シェフで、街中の老舗、大型店やホテルの中の中国料理店とは異なり、小ぢんまりとした店構え。

 山本豊さんはかつて湯島の聖堂の料理部在籍時に学んだ知識をもとに、中国各地の地方料理だけでなく古い文献もあたってそれを再現。日本では滅多に出会えない淮揚系の料理などに積極的に取り組んでいました。色彩豊かな盛り付け、洗練された上品な味わい、香りが特徴で、二人から楽しめるコース仕立ての料理が話題になったものです。

 河田吉功さんは代官山の「LINKA」の料理長時代、辻調の松本先生に紹介されました。その後「文琳」のオーナ&シェフに。骨董など、器集めが趣味。ということで、器選びにセンスの良さを発揮。野菜料理が得意ってことで評判でした。四川料理畑の出身ながら柔軟な考えの持ち主で、いろんな地方料理からアイデアを得て独自の工夫を凝らした料理に出会えました。

 久田大吉さんは四川飯店で陳建民さんのもとで学び、独立し、後に上野毛の「吉華」を構えた人物。もと柴田書店勤務で専門料理の編集部にいた上原さんに教えられて出かけたのがきっかけです。
 その頃、私は「専門料理」で1年あまりエッセイを連載。ついで当時の香港の広東料理の最新事情を紹介したことがありました。香港で話題、評判だった福臨門、麗晶軒、凱悦軒、麒麟金閣、農軒などの料理を紹介。それをご覧になった久田さん「この小倉エージって、どういう人?」と上原さんに尋ねた、なんて話を後で聞きました。

 当時、一般雑誌などで香港の食事情を紹介していましたが、プロの料理人が読者である「専門料理」に私がいきなり登場し、香港の食事情を紹介したものですから、驚く、というより「一体、誰?」と思われて、当然だったと思います。

 湯島聖堂の料理部出身で、山本豊さんの兄弟子にあたる神田の「龍水樓」の箱守不二雄さん、立川のリーセント・パーク・ホテルにいた脇屋友詞さんなどに出会ったのは、それからしばらくしてからのこと。前後して、90年にdancyuが発刊され、料理人への関心が高まっていった時期でもあり、料理人の取材を依頼され、いろんな料理人と出会いました。 

2008/12/16

『Oily Boy』

風邪なのかどうか、数日、寝込んでしまいました。

 さて、『OILY BOY』。
 すでに本屋の店頭で見かけた方もいらっしゃるかも。オヤジ向けの『popeye』です。創刊当時そのままの表紙もさることながら、主にファッションを中心にした最新の情報、諸々のウンチクの再確認などですが、そのレイアウト、デザインは、昔のまんま、あの頃のあの感じがまんま復活。

 本屋の店先で隣に並ぶ男性誌とは、表紙、デザイン、レイアウト、さらにその内容、なんだか異色、というか、異質。アナクロな感じがしないでもない。けど、今の雑誌にないものがある。そう、ここ最近の『暮らしの手帖』や『四季の味』なんかに通じる世界。
 これ、もしかして、これ、オヤジよりも、若い連中に受けるのかも、なんて思ってたら、他からもそんな話が。

 その『OILY NBOY』の編集に関わったMさんから誘われて私も同誌に登場。
「『今度、“OYAJI POEPEYE”が出るんですよ、オヤジ向けの『popeye』。エージさんもなんかやんない?」なんて話を聞いたのは今年の夏。で、色々企画が持ち込まれ、二転三転、結局落ち着いたのは「東京の最新中国料理事情」という食のコラム。

 そうです、昔の『popeye』』のコラムの感じ。見開き2ページでの登場です。
 昔と違うのは、縦割りのレイアウトが横並びになったことでしょうか。
 当初、私としては「東京の最新中国料理事情」のコラムってことじゃなく、一軒一品豪華主義で、見開き2ページなら、二軒二品なんて心積もり。

 「う~ん、やっぱ、コラムっぽいのがいいから、五軒、五品かな。店によって二品もあり、なんてのもいいですけど」と編集のMさん。
 「それより、去年の暮れ、教えてくれたでしょう?ほら、吉祥寺の「竹爐山房」出身の千秋さんが経堂で始めた「彩雲瑞」。あん時、言ってたじゃない、あの頃の名店にいた若い料理人が、今、店主になって、話題になってるって。そんな世代交代の情報なんかも入ると、おもしろいかな?」。

 なんてことから、5軒、五人の料理人を選び出し、紹介ってことになりました。その結果が『OILY BOY』の「東京の中国料理最新情報」です。

2008/12/06

閑話休題 《米芝蓮指南香港澳門2009》、ミシュランガイド 香港・マカオ版

 香港の知人からニュースが届いたのは3日の朝。この5日《米芝蓮指南香港澳門2009》、つまりはミシュラン香港・マカオ版の発売に先がけ、2日に記者会見。そこで明らかにされた星を獲得した店のリストを報じたニュースが送られてきたという次第。

 ミシュランの東京版に続いて、香港・マカオ版が出版されるという話は伝え聞いていたことから、香港のニュースをチェック。たまたまその日はニュースのチェックを逃していたところに知人からのニュースが到着。早速、ニュースを検索して結果を知りました。追って、ミシュランの代表のナレ氏のコメント、さらには、地元の反応などの記事もゲット。

 ちなみに、香港で3つ星に選出されたのはフォーシンズ・ホテルの「龍景軒」のみ。
 2つ星は同じくフォーシズンス・ホテルの「Caprice」など7軒。その内、中国料理店は広東料理のシャングリラ・ホテルの「香宮」、アイランド・シャングリラ・ホテルの「夏宮」など、ランガム・プレイス・ホテルの「唐閣」の3軒。

 1つ星は14軒で、中国料理店は広東料理の「福臨門(湾仔)」、「鏞記」など12軒。 マカオではリスボア・ホテルの「Robuchon a Galera」が3つ星、広東料理店の桃花源小廚が2つ星、MGM・グランド・ホテル内の「金殿堂」など4軒が選出されたもの。

 様々なニュース報道によれば、調査員は12人(20名という報道もあり)のうち香港・中国を専門にする中国人調査員は2人(2名とも香港人という報道と、1人だけが香港人という報道あり)。
 ナレ氏が明らかにしたところによれば1万2千500軒から1200軒に絞込み、さらに調査を重ね、結果、香港・マカオから251軒を選出。香港は202軒でそのうち22軒が星付きで紹介。3つ星に選んだ「龍景軒」は、12回通って、いずれも満足な結果が得られた、なんてことでした。

  そのリスト見ると、やはり、ホテル内の料理店が圧倒的に多い。ということは、なんかワケありな様子。ほら、昨年、「東京ミシュラン」では、なんでだかホテル内の料理店が圧倒的な数を占めていて、不思議というか奇妙な印象受けましたから。
 それって、旅行者にとって便利だから?というわけでもないでしょう。そう、同著については、星がついたとかつかないとか、あの店がなんで掲載されてないの?などと、料理店のことばかりが話題になりましたが、同時にホテルの評価も掲載されてました。その評価はともかく、紹介、掲載にあたって、なんだか談合事項、裏工作なり?なんて疑われてしょうがない内容でした。その点について鋭く突っ込んでいたのが、あの「歩く時限爆弾」こと勝谷誠彦氏です。勝谷氏は鋭くい!私も同じ見方です。

 その一方で、今回の《米芝蓮指南香港澳門2009》では、麺粥店や小食店なども選ばれてます。日本ではラーメン店がオミットされていたのに。というあたりが面白い。
 ですが、全体的な評価については「外人口味」、つまりは外人の好みで選んだもの、中国料理のことを全く理解していない!といったように、疑問じゃなくて批判、反論続出。

 ちなみにナレ氏「フランス料理をフランス人以外の人間が評することもあるように、中国料理を中国人以外の人間が選んで何がおかしい!」とシレっと(あ、しゃれじゃありません!)発言したそうで。というよりも、記者会見時、地元メディアの容赦ない鋭い突っ込み質問攻めに、たじたじとなった場面もあったとか。日本での記者会見とはその様子、大いに違ったようですね。

 「米芝蓮指南香港澳門2009」については、現物を香港の知人が送ってくれるそうなんで、追って内容を紹介したいと思います。

2008/12/04

「香港的小菜」~11月の「赤坂璃宮」銀座店の5

 さて、最後の締めくくりの「麺・飯」、今回は「咸魚煲仔飯/塩魚の豚挽き肉入り土鍋ごはん」。















 この6月の「赤坂璃宮」の銀座店の最後に登場した「咸魚肉餅煲仔飯」と基本的には同じです。ですが、6月の時には一人前用の小ぶりの煲仔で登場。今回は、大きな土鍋で登場。その量、8人前分ぐらいはありそうなぐらいたっぷり。それに「咸魚」の種類、前回は「馬友」でしたが、今回は「曹白」。

 「曹白」はニシン科のこのしろで、身は平べったくて、小骨が多い。香港の中華資本のデパートやスーパーで比較的簡単にゲットできる瓶入りオイル漬けの「咸魚」のほとんどは「曹白」だったりします。塩漬け醗酵でもいくら生っぽさが残っていて香り、というか独得の臭みのある「梅香」が特徴だったりする「馬友」に比べ、匂い、臭みは控え目。それに、身が平べったいせいか乾いた感じで、塩味も強い感じのものが多い。その分、肉餅に使うには「馬友」よりもむしろ「曹白」の方がむいてるんじゃないか、っていうのが私の持論。

 香港では「梅香」の「馬友」は値段も高価。なんせ質のいいもの、香りのいいもの程、値段が高くなる。それにくらべて「曹白」は質、状態が安定したものが多く、しかも比較的値段も手ごろ。ということでは、家庭で使うには格好ですし、特に瓶詰めのものだと、使いきれない分、保存もできますから使い勝手もよくて、重宝です。

 今回の「咸魚煲仔飯」の肉餅は慈姑も入って、歯ざわりもよし。それに「曹白」を使ってることもあってか、肉餅自体の味付け、調味は控え目。とまあ、そのあたり、香港の広東料理店や一般家庭での味付け、調味と変わりなし。そうか、これも、袁さんならではの味加減、なのかもしれません。ほっと心和む優しい味付け。そう、お袋の味にも通じます。ほのぼのとした感じです。

 そして締めくくりのデザートは「芋頭渣渣/タロイモのデザート」。これまた、香港ではごくごく一般的なデザート。広東料理の店よりも、餐廳や咖啡舗、糖品の専門店などで常備されているもので、家庭でも頻繁に作られるもの。香港気分を満喫しました。

 というわけで、今回のコース、料理の組み立て、味付け調味、香港そのままの味、風味だったのに、盛り上がりました。そして、袁國星さんの料理手腕に魅せられました。東京で香港の味に出会えるのは、ほんとに嬉しい限り。要注目の料理人です。譚さん、頼もしい助っ人みつけていたんですね。香港の伝統の味、懐かしい味、これから袁さんのどんな料理に出会えるのか楽しみです。

2008/12/01

「香港的小菜」~11月の「赤坂璃宮」銀座店の5

 それから「金銀泡莧菜/ヒユ菜の塩玉子、皮蛋の上湯仕立て」。これは嬉しいメニューです。
 私の好物のひとつです。
















 青菜を使った料理、といえば誰しも思い浮かべる料理方法は「清炒」、じゃないでしょうか。青菜の炒めものです。それに近頃、東京や大阪の広東料理店では大蒜、唐辛子などとともに調味料の「蝦醬」で味付けした「蝦醬時菜」、あるいは「腐乳」を使った「蒜茸腐乳椒絲時菜」などが用意されるようになりました。

 ですが、これまで何度も繰り返し触れてきたように、日本の、東京の広東料理店でのその種の調味料を使った料理、どうも調味料の量が過ぎる感じ。なので、私の場合、調味料の加減、按配を尋ね「出来れば、控え目にね!」と注文します。

 それより私は「炒」じゃなくって、「上湯浸」、そうです、上湯で煮浸しにした青菜が好みです。油っこさ、しつこさから逃れられる、というのがその理由のひとつ。それに、「金銀蛋」、つまりは、塩漬けの家鴨の玉子の「鹹蛋」、それにおなじみ「皮蛋」をくみあわせたものなら、文句なし。

 ところが、うかつに「金銀蛋上湯浸」は頼めない。というのは、野菜、青菜の選択が難しい。青菜は季節に応じて旬の素材が変わっていくわけですが、この料理、調理法だと青菜ならなんでも、というわけにはいかない。どちらかといえばクセのある強い個性、持ち味の青菜がうってつけ。

 もうひとつは「鹹蛋」、それに「皮蛋」の良し悪しというのもポイントです。そういえば、中国本土、香港あたりからの食品規制の問題も関係したことなのか、なんでも「鹹蛋」、「皮蛋」の入荷が難しく、ことに「鹹蛋」は入手困難、という話を耳にします。そんなことから、日本では家鴨の玉子の入手が難しいことから、合鴨の玉子を使って「皮蛋」、「鹹蛋」を作る、なんてこともあるそうで。
 それに、なによりも肝心なのは「だし」の「上湯」の出来不出来、その質が問題ですから。

 さて、テーブルにこの「金銀泡莧菜/ヒユ菜の塩玉子、皮蛋の上湯仕立て」(あれ?大藤さん、中国料理名は「金銀蛋上湯浸莧菜」じゃないですか?)「火腿」の千切りがトッピング、というのが嬉しい。それに馥郁とした香りが食をそそります。思い出すのはあの「ヘイフンテラス」で食べた「金銀蛋上湯浸菠菜」。散々な思いをした「ヘイフンテラス」で、許せる料理のひとつだった記憶が甦る。
 
 目の前にした「金銀泡莧菜」は「ヘイフンテラス」のそれを凌ぎます。しかも、その味、穏やかで優しく、上品で洗練されてます。味付けはしっかり。なのに、すっきりしていて、その味の軽さが印象的。だし、「上湯」の旨さ、料理そのものの風味、香りが素晴らしい。

 肝心のひゆ菜の「莧菜」。最近になって「紅ひゆ菜」としてスーパーに並んでいるのを見かけました。その葉は、ほうれん草を丸くした感じ。それも、葉の周辺は緑ですが、葉の真ん中、茎のあたりは紫色で、茹でると赤紫の色が滲み出る。紫蘇の葉の赤紫ににてなくもない。

 そんなのともう一種、中央が赤紫じゃない青葉のまんまというのもあるようで、今回のはそれを使った様子。ひゆ菜はクセがない、というのが多くの人の感想ですが、やはり、独得のえぐみ、苦味がある。確かにその葉はほうれん草に似てますが、その味、風味はもっと緑の感じです。

 「ねね、このほくほくの玉子の黄身の感じ、とっても美味しい!」と、メンバーのIさん。「なんか、どっかで食べたことがあると思ったら、ほら、チーズの味、チーズのミモレットの味に似てない?」なんてコメントに、思わず「ドキ!」。

 そうです、まさにその通りだ! 思わず「鋭い!」と、そのコメントに感心しきり。
  「鹹蛋」のこくのある濃厚な美味を、そんな風に語った人は、これまではじめて。
 早速これから、私も使わせてもらうことにしました。

「香港的小菜」~11月の「赤坂璃宮」銀座店の4

 そして「四川汁大蝦/天然海老の四川風炒め」。
 思わず「ン!?」。
 だって、広東料理が看板の「赤坂璃宮」で「四川風」ですから一体どうな風なのかと興味津々。

 「四川風」ってことなら、今、東京の中国料理、ことに四川料理を看板にする店では必須の項目、花椒の痺れ味、唐辛子系の辛味をふんだんに利かせた「麻辣風味」? あ、そか、海老の料理ですからそんなわけはないか。

 そうです「エビチリ」ですから。ってことなら、今、東京の中国料理、ことに四川料理を看板にする店で、「これが本場の「エビチリ」なんです!」なんてことで、「豆板醤」による日本に一般化したそれ!じゃなくって、最新のトレンドとなりつつある唐辛子の漬物の「泡辣椒」を使ったアレ!な、わけでもないだろうしな。














 「ね、この「四川風」ってどういうの?」と、思わず支配人の大藤さんに尋ねました。
 「ええ、あの、辛味も利いてますが、甘味もありまして・・」なんて答え。
 「え!? するともしかして?」と、大藤さんの答えに、即座に思い浮かべたのは香港式、香港風の「四川風味」、「京(都)式風味」。

 以前紹介したことがある陸羽茶室の「京醤肉麺」。旺角にある粥麵店の好旺角の「京都炸醬麺」の甘辛の味です。そうです。辛味を利かせてありますが、甘味もあり。甘辛の濃厚な味付け。それも、ピリ辛味でも四川の「豆板醤」のそれではなく、香港、広東地方で唐辛子みそとして一般的な「辣椒醤」系の辛味です。

 ついでに言えば、それが潮州系の店、ことに麺粉店になると唐辛子みその「辣椒醤」ではなく、唐辛子を油で煎り焼きにしてつくる「辣椒油」を使います。早い話が「辣油」みたいなもんですが、ともあれ、広東系の辛味嗜好と潮州系の辛味嗜好には隔たりがあります。 なんて話になると熱弁を奮って潮州自慢がはじまるのがあの蔡瀾さん!なんだか、香港フリークでもごく一部にしか通じないマニアックな話の展開になっちゃいますね。

 もっとも、この「四川汁大蝦/天然海老の四川風炒め」は、陸羽茶室の「京醤肉麺」、好旺角の「京都炸醬麺」のような、こってりの甘辛味のくどさ、重さはなし。ピリ辛味が利いています。「辣椒醤」ではなく「辣椒油」、「豆板醤」系の辛味です。

 「そうか、これが「四川汁」、四川風の辛味なのね」と納得。
 しかし、辛味だけじゃなくって、やっぱり甘味も利いている。酸味も利いている。お酢の味です。それも、火を通した酢のあたりの柔らかな酸味、それに酢に火を通して生まれる甘味、旨味が、こくを生み出す要因にもなっている。ですから、味は重層的。

 とどのつまり、明らかに香港人にとっての「四川風味」。香港人がイメージする四川の味、というわけです。そのあたり、陳建民氏の多大な功績により日本に定着した、日本化された四川料理と似ていなくもない。ですが、そこはそれ、それぞれのお国柄、というか、風土、土壌を背景にした食嗜好を反映、というのがおもしろいところです。とまあ、話はますますマニアック。

 たとえば日本に定着した陳建民考案し紹介した「エビチリ」。おそらくはエビのみそ代わり。それに、氏が日本に同料理を紹介した当時、日本人は唐辛子をふんだんに使った辛味にはまだ馴染めなかった、なんてこともあって、トマト・ケチャップを使った。その甘味とこくが味の決め手になった。しかも、トマト・ケチャップには酸味もあり。それに火を通せば、旨味、こくをます。ということで、もしかして醋の代わりを果たす役割に着目してのこと、だったのかもしれません。ともかく、陳建民さんはえらい!

 そして香港でも「エビチリ」にトマト・ケチャップという組み合わせが存在した。しかし、それは四川系からではなく「海派」、つまりは本土の上海系の料理人のアイデアによるものだったらしい、とは私がその足跡を調べてみての現段階における結論です。どうやら、陳建民さんが「エビチリ」にトマト・ケチャップを使ったそもそものきっかけは、そのあたりにあったのでは?と、にらんでもいるわけです。

 ところが、日本と香港では味の嗜好が違った。結果、日本で一般に広く浸透した陳建民氏による「エビチリ」は、辛味だけでなく甘味もあり。同時に、酸味の利いたすっきり爽やかなそれが浸透。
 ところが香港では、甘味と辛味の両極端な味が混在すると同時に、酸味の利いた爽やかさよりも、火を通した酸味が生み出す旨味、こくを加味した濃厚な味のそれが浸透した。

 先に紹介した陸羽茶室の「京醤肉麺」、好旺角の「京都炸醬麺」がそれを端的に物語ります。というより、香港における四川料理の特徴的な味、だったりするのですね。それについては拙著「香港的達人」における四川料理の紹介でふれてきた通りです。

 話が横道にそれすぎました。ですが、今回出会った「四川汁大蝦/天然海老の四川風炒め」、香港ならではの味、昔懐かしい香港ならではの四川風味、ついでにいえば辛味を利かせた北方の料理に通じる味。そんなことに興奮を覚えずにはいられませんでした。



 おもしろいのは「時蔬XO双蚌/ミル貝とホタテ貝柱のXO醤炒め」では、素材の下拵えや仕上げにとろみ付けはほとんどなし。なのに、この料理に限っては、たっぷりのとろみ付け、なんてところが昔懐かしい感じです。

 この料理における辛味と混在する甘味の感覚、センス、まさしく昔ながらの伝統的な広東料理の味付けに通じるものがあります。昔懐かしい、香港ならではの味付け、風味です。洗練された上品な味、風味のある料理を生み出す袁さんですが、もしかして、昔懐かしい香港の味、懷舊菜の数々を再現した料理が得意だったりして。なんてことなら、楽しみが倍増。袁さんの料理が楽しみになりました。