2008/12/01

「香港的小菜」~11月の「赤坂璃宮」銀座店の4

 そして「四川汁大蝦/天然海老の四川風炒め」。
 思わず「ン!?」。
 だって、広東料理が看板の「赤坂璃宮」で「四川風」ですから一体どうな風なのかと興味津々。

 「四川風」ってことなら、今、東京の中国料理、ことに四川料理を看板にする店では必須の項目、花椒の痺れ味、唐辛子系の辛味をふんだんに利かせた「麻辣風味」? あ、そか、海老の料理ですからそんなわけはないか。

 そうです「エビチリ」ですから。ってことなら、今、東京の中国料理、ことに四川料理を看板にする店で、「これが本場の「エビチリ」なんです!」なんてことで、「豆板醤」による日本に一般化したそれ!じゃなくって、最新のトレンドとなりつつある唐辛子の漬物の「泡辣椒」を使ったアレ!な、わけでもないだろうしな。














 「ね、この「四川風」ってどういうの?」と、思わず支配人の大藤さんに尋ねました。
 「ええ、あの、辛味も利いてますが、甘味もありまして・・」なんて答え。
 「え!? するともしかして?」と、大藤さんの答えに、即座に思い浮かべたのは香港式、香港風の「四川風味」、「京(都)式風味」。

 以前紹介したことがある陸羽茶室の「京醤肉麺」。旺角にある粥麵店の好旺角の「京都炸醬麺」の甘辛の味です。そうです。辛味を利かせてありますが、甘味もあり。甘辛の濃厚な味付け。それも、ピリ辛味でも四川の「豆板醤」のそれではなく、香港、広東地方で唐辛子みそとして一般的な「辣椒醤」系の辛味です。

 ついでに言えば、それが潮州系の店、ことに麺粉店になると唐辛子みその「辣椒醤」ではなく、唐辛子を油で煎り焼きにしてつくる「辣椒油」を使います。早い話が「辣油」みたいなもんですが、ともあれ、広東系の辛味嗜好と潮州系の辛味嗜好には隔たりがあります。 なんて話になると熱弁を奮って潮州自慢がはじまるのがあの蔡瀾さん!なんだか、香港フリークでもごく一部にしか通じないマニアックな話の展開になっちゃいますね。

 もっとも、この「四川汁大蝦/天然海老の四川風炒め」は、陸羽茶室の「京醤肉麺」、好旺角の「京都炸醬麺」のような、こってりの甘辛味のくどさ、重さはなし。ピリ辛味が利いています。「辣椒醤」ではなく「辣椒油」、「豆板醤」系の辛味です。

 「そうか、これが「四川汁」、四川風の辛味なのね」と納得。
 しかし、辛味だけじゃなくって、やっぱり甘味も利いている。酸味も利いている。お酢の味です。それも、火を通した酢のあたりの柔らかな酸味、それに酢に火を通して生まれる甘味、旨味が、こくを生み出す要因にもなっている。ですから、味は重層的。

 とどのつまり、明らかに香港人にとっての「四川風味」。香港人がイメージする四川の味、というわけです。そのあたり、陳建民氏の多大な功績により日本に定着した、日本化された四川料理と似ていなくもない。ですが、そこはそれ、それぞれのお国柄、というか、風土、土壌を背景にした食嗜好を反映、というのがおもしろいところです。とまあ、話はますますマニアック。

 たとえば日本に定着した陳建民考案し紹介した「エビチリ」。おそらくはエビのみそ代わり。それに、氏が日本に同料理を紹介した当時、日本人は唐辛子をふんだんに使った辛味にはまだ馴染めなかった、なんてこともあって、トマト・ケチャップを使った。その甘味とこくが味の決め手になった。しかも、トマト・ケチャップには酸味もあり。それに火を通せば、旨味、こくをます。ということで、もしかして醋の代わりを果たす役割に着目してのこと、だったのかもしれません。ともかく、陳建民さんはえらい!

 そして香港でも「エビチリ」にトマト・ケチャップという組み合わせが存在した。しかし、それは四川系からではなく「海派」、つまりは本土の上海系の料理人のアイデアによるものだったらしい、とは私がその足跡を調べてみての現段階における結論です。どうやら、陳建民さんが「エビチリ」にトマト・ケチャップを使ったそもそものきっかけは、そのあたりにあったのでは?と、にらんでもいるわけです。

 ところが、日本と香港では味の嗜好が違った。結果、日本で一般に広く浸透した陳建民氏による「エビチリ」は、辛味だけでなく甘味もあり。同時に、酸味の利いたすっきり爽やかなそれが浸透。
 ところが香港では、甘味と辛味の両極端な味が混在すると同時に、酸味の利いた爽やかさよりも、火を通した酸味が生み出す旨味、こくを加味した濃厚な味のそれが浸透した。

 先に紹介した陸羽茶室の「京醤肉麺」、好旺角の「京都炸醬麺」がそれを端的に物語ります。というより、香港における四川料理の特徴的な味、だったりするのですね。それについては拙著「香港的達人」における四川料理の紹介でふれてきた通りです。

 話が横道にそれすぎました。ですが、今回出会った「四川汁大蝦/天然海老の四川風炒め」、香港ならではの味、昔懐かしい香港ならではの四川風味、ついでにいえば辛味を利かせた北方の料理に通じる味。そんなことに興奮を覚えずにはいられませんでした。



 おもしろいのは「時蔬XO双蚌/ミル貝とホタテ貝柱のXO醤炒め」では、素材の下拵えや仕上げにとろみ付けはほとんどなし。なのに、この料理に限っては、たっぷりのとろみ付け、なんてところが昔懐かしい感じです。

 この料理における辛味と混在する甘味の感覚、センス、まさしく昔ながらの伝統的な広東料理の味付けに通じるものがあります。昔懐かしい、香港ならではの味付け、風味です。洗練された上品な味、風味のある料理を生み出す袁さんですが、もしかして、昔懐かしい香港の味、懷舊菜の数々を再現した料理が得意だったりして。なんてことなら、楽しみが倍増。袁さんの料理が楽しみになりました。