2010/03/29

南部詩情と男と女~東京のボブ・ディランの3

 25日、26日の公演は沖縄国際アジア音楽祭でのコンファレンス参加の為に見られずじまい。
 ネットで検索したら25日には「シングス・ハヴ・チェンジズ」に「激しい雨が降る」、それに「ホエン・ザ・ディール・ゴーズ・ダウン」が日本初演。
 26日には「ジャスト・ライク・トム・サムズ・ブルース」が日本初演。「エヴリー・グレイン・オブ・サンド」もやった。さらに「風に吹かれて」がアンコールの締めくくり、というからには見たかった。

 1日オフをおいて東京公演6日目の本日、幕開けは「ゴナ・チェンジ・マイ・ウェイ・オブ・シンキング」。驚きました。 70年代末、ディランがボーン・アゲイン・クリチャンに改宗し、マスル・ショールズで制作した『スロー・トレイン・カミング』に収録されていた作品。パワフルでダイレクト。パンチの利いたバンドの演奏展開。リズム、グルーヴがうねる。

 この曲、ロバート・ジョンソンが悪魔と取引したというあの「クロスロード」が下敷きなのは明らか。これまでのやり方を変える!と宣言しながら、所在を確かめられずにいる迷える仔羊さながらの男の話。イエスの言葉が語られ、神が創ったこの地に天国があると歌われる。そんなディランの明快な歌いっぷりが圧倒的。

 続いて「ラヴ・マイナス・ゼロ」で男と女の隔たりを歌ったあとで「アイル・ビー・ユア・ベイビー・トゥナイト」が実に生々しい。
 そしてイントロのリフで、まさか!と思ったら、やっぱり「運命のひとひねり」。今夜のハイライトの1曲。 
 それを聞いて「シェルター・フロム・ザ・ストーム」がまたまた登場。なんてことからすると「タングル・アップ・イン・ブルー」やら「イディオット・ウィンド」への期待も高まりますが、さすがにそれはなし。

 そしてドニー・ヘロンがバンジョーを持ち出したんで「お、また聞けるの?あの「ブラインド・ウィリー・マクテル」。と思いきや「ハイ・ウォター」。
 ですが、その曲、アメリカ南部のイメージが大きく広がる。そればかりか「トライ・トゥ・ゲット・トゥ・ヘヴン」に続いて、なんと「ネティ・ムーア」!これがなんとも味わい深い。
 そんなことでますます南部的詩情がそこかしこ。同時に、男と女の人間模様が様々に浮かび上がる。
 ポエティックでしみじみとした展開、なんてのが本日のボブ・ディラン。
 マニアックなディラン・ファン好みの渋い曲揃いだったね、とは菅野ヘッケルの弁。
 毎夜、ディランのコンサートの表情、演奏、雰囲気は変わります。

 アンコールの「ライク・ア・ローリング・ストーン」。
 ドシラソの下降、上昇音階のリフに取って代わって、新リフへと変化。
 それに気をとられてか、歌詞、入り乱れ、なんてことも。
 締めくくりは「風に吹かれて」。
 明日は東京最後の日。
 「ブラインド・ウィリー・マクテル」をもっぺん聞きたい。
 けど……なディランですから。

2010/03/25

遂に登場!「ブラインド・ウィリー・マクテル」! 東京のボブ・ディランの2

 東京のボブ・ディラン、毎夜、雰囲気が異なります。
 東京の初日の21日。前項の通りカントリー、それもウェスタン・スイング風、ナッシュヴィル風にロカビリー。アーバンやサザーンのディープなブルースに、テックス・メックス風。そうそう、エキゾティックなスパニッシュ風の趣きも。
 アメリカの伝統的な音楽の系譜、しかも、フィフティーズのポピュラー・ソングの系譜を見せてくれるようでした。

 そして2日目の23日。「イッツ・オール・オーヴァー・ナウ・ベイビー・ブルー」や「アイ・ドン・ビリーヴ・ユー」、「メンフィス・ブルース・アゲイン」が、60年代半ば、フォーク・ロック全盛期の頃をほうふつさせる。
 「フォーゲットフル・ハート」のしみじみとした味わい、「アンダー・ザ・レッド・スカイ」の叙事詩的世界もさることながら、ビッグ・サプライズは「ジョン・ブラウン」と「戦争の親玉」。 前者は家族、故郷の誉として戦場に送り込まれた若者の悲劇、後者は戦争の仕掛け人を批判。
 先のフォーク・ロック時代の作品などとともにプロテスト・ソングを生んだ60年代という時代が甦り、今の時代への警鐘にも思えるあたりが胸に鋭く突き刺さりました。

 おまけに「シェルター・フロム・ザ・ストーム」と「ライク・ア・ローリング・ストーン」のアレンジが初日とはがらり趣きを変えていたのもびっくり。その2曲を含め、2日目はさしずめ「フォーク・ロック・ナイト」、あるいは「シクスティーズ・ナイト」でありました。

 さらに3日目。「悲しきベイブ」が登場。かと思えばディープなブルースの「ローリン・アンド・タンブリン」。初日のハイライトだった「コールド・アイアン・バウンド」で再び盛り上がり、「廃墟の街」で陰影の表情を見せた後、なんとあの曲が!
 え?! うそ?! ほんと?! やるの?! まじ!? まじだまじ、これは!
 思わず鳥肌が立ちました。そうです、あの「ブラインド・ウィリー・マクテル」!
 まさか聞けるとは思わなかった。アメリカの歴史をふりかえり、現代社会を俯瞰したあの歌。ディランが生んだ傑作です。めったにライヴじゃやらない作品。それが聞けました。

 そればかりかバンド・サウンドは曲ごとにパワーをあげて、やがてはエンジン全開。
 まさしく「パワフル・ナイト」。
 今夜は「ディランが69」の日でしたね、とはソニーの栗原氏。
 選曲も演奏も最高でした。

2010/03/23

やってきましたボブ・ディラン

 ボブ・ディランの来日公演は9年ぶり。78年の初来日時、東京の武道館、大阪の松下記念体育館での公演をすべて制覇(そのレポートは拙著『ロック・オブ・エージズ』に収録)。
 もっともそれ以後の来日公演は東京周辺のみ。
 今回、大阪、名古屋、東京での公演のいずれともスタンディング主体のライブハウスでの公演、なんて海外では滅多にない公演スタイルに胸がときめき、そのすべてを制覇したい!という思いはあっても、諸々の事情もあってそれが叶わず。歯軋りしながらネットで紹介される公演ごとのセット・リストをにらみ続けてました。

 そしてようやく始まった東京公演の初日、馳せ参じました。
 幕開け前にDJのトークの背後に流れていたのはなんとバーブラ・ストライザンド。 え~!? こんなのあり?的な意表をつくバーブラの歌。そのつながりと言えば……。

 幕開けは「ウォチング・ザ・リヴァー・フロウ」。懐かしい!
 それをブギウギ、サザーンなブルース・フィーリングがたっぷりの演奏、サウンド展開で。
 続いて「くよくよするな」。これがまたスイング・センスたっぷりなカントリー調。
 チャーリー(・セクストン)がステージに膝まづいて、チェット(・アトキンス)さながらのギャロッピング・ギターで歌をサポート!なんて、をいをい!の感じです。
 それに「アイル・ビー・ユア・ベビー・トゥナイト」はハネのリズムでナッシュヴィル風のカントリー・スタイル。ホンキー・トンク的なニュアンスもたっぷり!

 おまけにディープなシカゴ・スタイルのブルース・ブギ、南部のサン・スタイルのロカビリー、さらにはテックス・メックス風な趣のサウンド展開。ディランはもっぱらオルガン(懐かしいサー・ダグラス・5のファーフィサの音)を演奏してエキゾティックなテックスメックス風味を盛り上げる。
 ともあれ、なんだか50年代のカントリー、ロカビリー、ブルース、おまけにテックス・メックス風にぞっこんの感じです。

 オルガンを離れてエレキも手にしましたが、ハーモニカを手にして歌う、なんて場面が目立ちました。生ギターの弾き語りで「風に吹かれて」や「時代は変わる」など、60年代のフォーク時代を物語るものはなし。 そうだ、「ミスター・タンブリン・マン」をやりましたが、全然昔と違う感じ。

 当夜の白眉はブラス・セクションの参加はないのに、ブラス・サウンド・プラス風の趣きのリッチでディープな演奏展開だった「トライ・トゥ・ゲット・ヘヴン」。
 ストレートなハード・ブギで、思わずロバート・ジョンソンの「ウォーキング・ブルース」?なんて思っちゃったぐらいリフが強力で、男気溢れるパワフルな演奏を展開した「コールド・アイアンズ・バウンド」。

 男気溢れる感じが、歌の世界を明確にして、男と女の隔たりを浮かび上がらせる!なんてところにゾクっとしました。
 他にもいろいろありました。その辺り、東京ライヴハウスコンサートレポなど、やんなきゃと思った次第。そんなわけで明日(てか今夜)もボブ・ディランのコンサートです。

2010/03/04

春節~春到来 10年2月の「赤坂璃宮」銀座店の8

 そして「本日凍甜品/本日のデザート」。
 色々用意された中で気になったのは豆や穀物を煮込んだスープ仕立ての点心の「喳(渣)咋」。 先月はかぼちゃ仕立て、薩摩芋仕立ての2種ありましたが、今月は「喳咋」のみの登場。
 「喳咋」を待つ間に今月の懷舊点心の「蛋撻」が登場。これが旨かった。
 「わ、嬉し~い!タルト、中華タルト!」とはしゃぎ声が上がります。
 日本でも、東京でも、近頃、飲茶の点心は種類豊富。なかでも人気のあるのが意外や意外、飲茶の甘い点心でもオーソドックスな「蛋撻」。店ごとにいろいろ工夫ありのようですが、たいていはそこそこ、これぞ!というのにはなかなかお目にかかれない。

 カスタードのきめ細かさ、緻密さ、濃密な味わいからすれば福臨門の「蛋撻」。そして「赤坂璃宮」銀座店の久保田さんの手になる「蛋撻」、70年代後半から80年代にかけて花開いた香港の飲茶の点心の面影があったのに驚きました。

 かつて「蛋撻」はどの店も純で素朴な味、風味が基本。伝統的な「蛋撻」なんていっても香港で一般化しはじめたのは20世紀初頭の頃のようです。それが70年代に入って美心集団の「翠園」、美麗華集団の「翠亨邨」などが広東地方の伝統的な「小菜」を提供、なんてのと同時に飲茶の点心も内容充実。80年代に入って香港のホテルに高級中国料理店が続々誕生し、競争が激化。ことに甘い点心の代表である「蛋撻」は、店ごとにそれぞれ工夫を凝らすようになりました。

 やがてリージェントホテルの「麗晶軒」、ペニンシュラの「嘉麟樓」、ハイヤットホテルの「凱悦軒」が、フランス菓子のタルトの手法を取り入れたパイ生地、玉子味、ミルキー風味のカスタードを具にし、しかも小ぶりの「迷你蛋撻」を相次いで提供し、一世を風靡、なんてこともあった次第。実は福臨門の「蛋撻」はその流れを汲んでます。

 それからするとこのこの「蛋撻」は、「迷你蛋撻」が登場するまで、色んな店が洗練化を目指し競い合いはじめた70年代後半から80年代にかけての香港のホテル・レストランの中国料理店の飲茶の点心の「蛋撻」を思い起こさせます。街中で評判の専門店のそれに似て、純な味、風味を残しながら、上品に洗練されたもの。

 そのレシピ、橋本さんに尋ねてもらったところ
 「卵・牛乳・シロップ・パイ生地・水・砂糖のみで作っております」とのこと。
 なんて聞いても、私には作れそうにない。
 そして「喳咋」。
 かぼちゃ仕立て、薩摩芋仕立てもいいですが、色取り取り、各種の豆だけで作った「喳咋」がいいなあ。その素朴で純、優しい味に心が和みます。冷たいのもありますが、もちろん温かいのに限ります。
 気分の問題、なんでしょうけど、冷たいのは口が爽やかになっても、お腹が冷たくなって胃の消化が止まってしまう感じ。温かいのだと消化を促し、ほのぼの気分にさせてくれますから。

 そう言えばいや日清食品が香港でレトルトの「喳咋」を販売してるそうで。ブログ「きたきつねの穴」で知りました。

2010/03/03

春節~春到来 10年2月の「赤坂璃宮」銀座店の7

 締めくくりの面・飯は「鴨絲炆米粉/鴨肉入りビーフン」。
 「米粉/ビーフン」なんて、実に香港ローカルな料理の登場に心和みます。 各種の面料理は日本の中国料理店でも充実。ところが「米粉」となるとせいぜいがカレー味でエキゾティックな「星島炒米粉」か台湾風の「五目米粉」どまり。そのバリエーションの少なさにはちょっとがっかり。

 幅広ビーフンの「河粉」はもっと立場が希薄。「赤坂璃宮」では銀座店も赤坂店も事前に予約すれば「河粉」が食べられます。福臨門も事前予約でOKのはず。他にも何軒があるのを知ってますが、ほとんど店はきしめんで代用。って、あれどういうことなんでしょ?きしめんは小麦から、「河粉」は米から作られるわけですから。
 
 そういえば近頃日本でも「米の面」として、米から作った面状のものが売り出され、盛んにPRしてるのをみかけますが、せっかく米で作ったものですから広東や東南アジアで一般的なビーフンの料理を積極的に紹介すれば良いものを、うどん、そば同様の料理で紹介、なんてところからすると、売り出しにも限界あり、なんじゃないでしょうか。というより、ビーフン自体、あまりなじみがないってことの証なのかも。だから、日本の中国料理店でもお目にかかれるのは「星島米粉」と台湾式の「五目米粉」と、話が堂々巡り。

 この「鴨絲炆米粉/鴨肉入りビーフン」、焼いた家鴨「焼鴨」の細切りがいわば主素材。他に玉葱、韮、赤いパプリカ、もやし入り。それに飾りつけで錦糸玉子がどっさり。
 具材すべて、細切りの「焼鴨」、もやしさいずの細さで統一。という手抜きのない細かな板の技に皆さん感心しきり。

 その味付け、塩味主体で、ほのかに醤油の風味。なんて、あの鍋肌垂らしの醤油の焼け焦げの下種な匂いなんかあなりません。
 あれ、そういえば、香港だと「雪菜」の微塵切りが入っていて、塩味、ヒネ味のアクセントありで、メリハリの利いた濃い目の味付けなのが目立って多くて一般的。なのにこの「鴨絲炆米粉/鴨肉入りビーフン」はすっきりとした軽い味付け。スルスルと口に入っちゃいます。けど、噛み締めるうち、だしの味、じわっと浮かび上がってくる、なんてところがプロの技。家庭ではこんな風には出来ません。

 そうだ「炒米粉」もいいけど、今度汁仕立ての「米粉」リクエストしよ。
 榨菜か雪菜、それに豚肉の細切りを具にした「榨菜肉絲米粉」。それとも潮州風味で「魚丸/魚蛋粉」とか「牛腩粉」、桂林風味で辛味仕立ての「酸辣米粉」や「滷菜米粉」なんかも、などといろいろと思い浮かびます。
 袁さん、楽しみにしてますから!

2010/03/02

春節~春到来 10年2月の「赤坂璃宮」銀座店の6

 そして「黒醋原隻腿/豚すね肉の黒醋煮込み」。
 どってり、ぼってり、大皿の上でぷるんぷるんと身を捩じらせながらたゆたう皮付き脛肉。
 そのボリューム、物量感、凄味、迫力はまさに圧巻。
 料理そのものが放つ芳香も圧倒的。火を通した酢に特徴的なまろやかな香りがあたり一面を覆いつくす。しかも、焦げ茶色した皮付きの脛肉のてらてらが、その濃密、濃厚な旨さを雄弁に物語る。おまけに大皿を埋め尽くして肉塊を取り囲むたっぷりの煮汁の深みのある色艶もまた見事。 「わー、すげえ!!!!!」
 「黒醋原隻腿/豚すね肉の黒醋煮込み」が大皿で運ばれて来た時には一斉に歓喜の声。
 どってり、ぼってりの皮付きのすね肉のこの料理、「黒醋原隻腿」ってことでしたが、もしかして別名「香醋元蹄?」。橋本さんからのメールによれば間違いないらしい。

 さて「元蹄」。豚の膝下、くるぶし辺りまでの肉塊で、前足と後ろ足では大きさが異なります。くるぶし辺りから下は豚足としてお馴染みのはず。それに比べ「脛肉」は日本の中国料理店、それ以前にスーパーや肉屋の店頭でも滅多におめにかかれない。「脛肉」の一般的な需要がないのが供給されない理由なんでしょうか。

 香港、広東地方はもとより、中国全土の市場で肉売り場に行けば必ずあります。上海周辺地域では醤油煮込みの「紅焼元蹄」が一般的で、代表的な郷土料理の一品に挙げられるぐらい。上海料理を看板にする店の定番的なメニューにもなってます。上海周辺だけでなく、北方、さらには香港/広東地方にも皮付きのすね肉を煮込んだ料理があります。

 「紅焼元蹄」がそれで、教えてくれたのはわが兄弟の周中師傳。周中によれば上海周辺のそれとは味付け、使う調味料が少々異なり、甘味も控え目なのがその特徴。それに「紅焼元蹄」、香港/広東地方では、除夜の日の晩餐、一年の締めくくり、年越しの宴の「団年飯」に欠かせないもの、なんてことでした。

 「団年飯」といえばわが知人の某家では干し鮑、魚の浮き袋や干しなまこなど、その夜(つまりは除夜)のためにとっておきの干貨素材をふんだんに使う、なんて話でしたが、周中によれば「それはお金持ちの家!一般の庶民は鶏を丸ごと一羽使った料理や脛肉の「元蹄」を使った料理で贅を凝らす」なんて話だそうで。

 さて、小ぶりの皿に分けられて登場した「黒醋原隻腿/豚すね肉の黒醋煮込み」。
 この画像がその旨さを物語ってます。皮付きの脛肉のてらてらがなんとも見事。それだけでもゴクンと生唾!
 唇に触れる滑らかな皮、とろりの触感が堪らない。噛み締めれば肉がほろりと崩れ、旨味が舌にどっしりと圧し掛かり、口中に広がります。しかも、こくがあるのにきれがいい、なんてビールのCMそのまんまの感じ。
 見かけは濃厚な味付けのよう。実際、旨味、たっぷり。火を通した黒醋のまろやかな酸味がこくと旨味を倍増。けれど、すっきりと爽やか、爽快な味わいなんですね。酸味だけでなく甘味がジンワリ浮かび上がる。明らかに豚の脂の甘味、旨味にフルーティな酸味。プラスアルファ、砂糖の甘味や、紹興酒の風味、酸味、苦味もじわじわと頭を覗かせる。とろとろの触感は豚の脂に加え、煮込まれて溶け出した皮のコラーゲン質によるのは明らかです。
 近頃「黒醋の酢豚」というのが話題ですが、この料理、それとは少しばかり趣きが異なります。私がこれまで食べた「黒醋の酢豚」。火を通した黒醋が醸し出すまろやかな味、風味、それこそバルサミコ酢に通じるこく、旨味たっぷり。ですが、同時に砂糖のベタ甘な感じが支配的、なんてのがほとんど。

 あの砂糖のベタ甘、なんとかならんもんだろかと「黒醋の酢豚」を食べるたびに後悔しきり。すっきり、爽やかな爽快感、なんでないの? それがこの「黒醋原隻腿/豚すね肉の黒醋煮込み」にはありました。
  「それにしてもどうやってこの料理、作ったんだろう!」と、会議は中断。しばし、料理談義と相成りました。
 「すねの部分を皮付きのまま丸ごと煮込んであるでしょ?豚の角切りの煮込みとは違う感じだね。皮付きの脛肉を切り分ければ同じみたいなんだけど、外側の皮の部分はつるんとした滑らかな感じで、内側の肉の部分はほろほろ。しかも、味がしっかり染み込んでるし」
 「皮付きばら肉の煮込みの「東坡肉」を作る時には、最初に茹でこぼして、あくをとってから蒸したりするんだけど。蒸すんじゃなくて、素揚げにするって方法もあるし、それから煮込むんじゃない?」
 「煮込むにしても、これ、黒酢、どんぐらい使ってるんだろ。黒醋を使ってるから、この酸味、まろやかさ、こく、旨味がでるわけでしょ?」
 「しかも、これ、ベタ甘のくどさがないじゃない。甘味もあるけど砂糖をふんだんに使ったベタ甘の感じじゃない。でも、砂糖を使ってんだろうな」
 「それよりも豚肉の皮とか皮裏のとろとろのコラーゲン質とか、豚肉の脂身の甘味、旨味がはっきりわかるし、それがこの料理の味わいところだね。それにボリュームたっぷりなのに、くいくい食べられちゃうでしょ?」
 「見るからにカロリーたっぷり。でも、この旨さを味わったら、そんなの気にしてられませんね!」
 なんてところでアテンドの山下さんを通じてキッチンの袁さんに尋ねてもらいました。
 「え~、すね肉10斤に対して「黒醋」を1・2リットル、「二湯」を6リットル。4時間かけて煮込んだものだそうです」との答え。
  「10斤ってことは6キロですね。で、「黒醋」が1・2リットルか。それに「二湯」を6リットルね。たっぷり使うんだ」とまあ、それぞれの分量と手間隙かけた調理にたまげた次第。
 後日、橋本さんに再確認。そしたら「まず、すね肉を揚げ、それから分量の調味料、「二湯」の他に、ざらめの砂糖、紹興酒などを加え煮込みます」とのことでした。ちなみに「黒醋」は浙江のもの、だそうです。
 なんとか皮付きのすね肉をゲットして、やってみよ!絶対にやってみせるゾ!

2010/03/01

春節~春到来 10年2月の「赤坂璃宮」銀座店の5

 続いて「子姜国産牛/和牛と新生姜の炒め」。

 実はここ最近、牛肉とは縁遠い。さしがたっぷり入った肥牛の脂が苦手、なのがその理由。とはいえ肉が食べたい、と思い立ったら北海道のボーンフリーファームの取り寄せか、もしくは駅前の川上精肉店/デリ川上で、脂のないところを吟味選択。ステーキ肉など頂戴した時には、どうやってさしの脂を落とすか!とその調理に思案します。
 なんてことで外では滅多に牛肉は食べませんが「赤坂璃宮」銀座店や福臨門などの広東料理店では意外な素材の組み合わせ、調味、調理展開で楽しませてくれるのが面白い。
 そうそう、香港でのことですが「中式牛柳」って、中国風ステーキ。料理名からすると「エ~!? ステーキ?中国風?」なんて話聞いただけで勘弁と思いません?
 ところがさにあらず、高級広東料理店で注文する現地の友人、知人がいて、そのおすそ分けに預かったことがありますが、これが意外にいけました。しかも和牛を使いながら、あのさしの独得の脂身の部分のクセ、ほとんど感じないぐらいに巧みに調理、というのにいたく感心。調味、調理が巧いんです。そんなわけで、広東料理店でたまにおまかせで登場すると「へ~、こいつはいいや!」なんてことがあります!
 この「子姜国産牛/和牛と新生姜の炒め」も料理名を目にした時には「牛肉?」といぶかしい思いから懐疑的。しかし「新生姜との炒めもの」!の「新生姜」にぴぴっ!と反応。もしかして?なんて期待に胸が膨らみ始めました。
 見かけは牛肉とたまねぎ、ねぎ、ピーマン、赤と黄色のパプリカの炒めもの。
 牛肉はうっすら衣で下拵えの跡あり。そんな牛肉の下拵えの衣の薄さ、火を通して牛肉を包み込むとろみつるんとろんの滑らかさ、その触感を生み出す衣の按配が意外に難しい。
 概して日本のフツーの中国料理店/中華料理店ではたっぷり厚めの衣で、で下拵えの味が濃厚すぎる。それからするとこの「子姜国産牛/和牛と新生姜の炒め」の牛肉、下拵えの証を物語る照り加減(天井の照明など、光の反射がそれを物語ります)、うっすら滑らか。口にすればつるんとろんの舌触り。
 そして新生姜。ひと齧りするとヒリ辛の突き刺す辛味。ですが、火が通ったせいか、いくらか和らでいます。おまけに爽やかで清々しい。そんな新生姜と牛肉、一緒に食べ合わせると、新生姜のほどほどのヒリ辛、爽快感が、牛肉の脂の甘味を抑制する効果あり。なんてことで絶妙のハーモニー、という訳です。
 牛肉と新生姜の組み合わせもグッド。ですが、これを食べながら、鶏肉と新生姜の炒め煮込みが食べたくなりました。袁さんにリクエストしてみましょ。
 そうそう新生姜といえば、香港の友人、知人たちのほとんどが寿司屋の「ガリ」が好み。ほらピータンに酢漬けの生姜を前菜に良く食べます。それは焼き物担当の高山さんにリクエストしなきゃ。

春節~春到来 10年2月の「赤坂璃宮」銀座店の4

そして「陳皮蒸扇貝/ホタテ貝の陳皮蒸し」。 帆立貝を丸ごと一個、殻をかぱっと開いて蒸した料理はこれまで何度か登場。
 ですが今回はメニューにもある通り陳皮の細切りで蒸したもの。その下には生姜の千切りも。さらに帆立の下には春雨。

 香港の海鮮料理の店で貝柱といえばほとんどがタイラギ。料理名が「蒸帶子」じゃなくって「扇貝」とあるのは、そんなことに関係あるかも。香港で帆立貝を見かけるのは日本料理店でのこと。ですが、乾燥した貝柱の「瑶柱」は日本産の帆立貝のそれがほとんど、というのが面白いところです。

 陳皮はみかんの皮を干したもの。その陳皮で蒸したホタテ貝。陳皮特有の苦味と同時に、火を通せばくっきり浮かび上がるフルーティーな風味が印象的。そこに生姜のヒリ味が相まって、帆立の甘味、旨味を引き立てる。その帆立の火の通し方、蒸し加減が絶妙です。

 生の帆立の貝柱のねっとり感、純な磯の香、海味もいいですが、やっぱり火が入ってないと貝柱の甘味、旨味が浮き立たない。とはいえ、火が通り過ぎると身が固くなる。繊維をかみほぐすような感じになるのは勘弁。というあたりの火入れ、火の通し加減が難しい。

 火が通っていながら、ねっとりの触感、滑らかな舌ざわり、歯触り、噛み応えを残しつつ、繊維が立つか立たないぐらいの按配でほぐれていくのが私の好み。そんな感じの蒸し具合でした。貝柱そのもの海味はちょっと薄めな感じですが、陳皮、生姜の味、風味が貝柱の甘味、旨味を引き出すだけでなく、プラス・アルファの効果もあり。その相性は抜群です。

 おまけに、貝柱のひもが旨い。ことに肝、包丁が入って身をそらしながら、ぱっくりと開いてます。皮膜の張った表皮のあたりはぷるんとした歯触り、噛み応え。ですが、中の部分はねっとり、舌の上に旨味がのしかかる。なんてのか堪らない。

 蒸された貝柱のエキス、それに「塩梅」の良くって押し付けがましさのない醤油仕立てのたれ(もしかしてナンプラー入りの海鮮だれ?)のやわらかい塩味、切れのいい旨味を吸い込んだ春雨も旨い。

 日頃、殻つきの帆立をゲットすれば、開いて、バターを載っけ、シャンパンか白ワイン、日本酒などで風味付け。そういえば、貝柱の上に「ばふんうに」というのも絶妙でリッチな組み合わせ。仕上げにフレッシュな柑橘を絞ります。
 火を通せば干したひね味、ほろ苦さ、なおかつフルーティーな風味をもたらす「陳皮」は、フレッシュの柑橘、そのジュースの純で清廉な味、風味とは対照的により複雑で重層的になるってことを発見。
 「陳皮を使う手があったんだ!」と、開眼しました。