2010/03/02

春節~春到来 10年2月の「赤坂璃宮」銀座店の6

 そして「黒醋原隻腿/豚すね肉の黒醋煮込み」。
 どってり、ぼってり、大皿の上でぷるんぷるんと身を捩じらせながらたゆたう皮付き脛肉。
 そのボリューム、物量感、凄味、迫力はまさに圧巻。
 料理そのものが放つ芳香も圧倒的。火を通した酢に特徴的なまろやかな香りがあたり一面を覆いつくす。しかも、焦げ茶色した皮付きの脛肉のてらてらが、その濃密、濃厚な旨さを雄弁に物語る。おまけに大皿を埋め尽くして肉塊を取り囲むたっぷりの煮汁の深みのある色艶もまた見事。 「わー、すげえ!!!!!」
 「黒醋原隻腿/豚すね肉の黒醋煮込み」が大皿で運ばれて来た時には一斉に歓喜の声。
 どってり、ぼってりの皮付きのすね肉のこの料理、「黒醋原隻腿」ってことでしたが、もしかして別名「香醋元蹄?」。橋本さんからのメールによれば間違いないらしい。

 さて「元蹄」。豚の膝下、くるぶし辺りまでの肉塊で、前足と後ろ足では大きさが異なります。くるぶし辺りから下は豚足としてお馴染みのはず。それに比べ「脛肉」は日本の中国料理店、それ以前にスーパーや肉屋の店頭でも滅多におめにかかれない。「脛肉」の一般的な需要がないのが供給されない理由なんでしょうか。

 香港、広東地方はもとより、中国全土の市場で肉売り場に行けば必ずあります。上海周辺地域では醤油煮込みの「紅焼元蹄」が一般的で、代表的な郷土料理の一品に挙げられるぐらい。上海料理を看板にする店の定番的なメニューにもなってます。上海周辺だけでなく、北方、さらには香港/広東地方にも皮付きのすね肉を煮込んだ料理があります。

 「紅焼元蹄」がそれで、教えてくれたのはわが兄弟の周中師傳。周中によれば上海周辺のそれとは味付け、使う調味料が少々異なり、甘味も控え目なのがその特徴。それに「紅焼元蹄」、香港/広東地方では、除夜の日の晩餐、一年の締めくくり、年越しの宴の「団年飯」に欠かせないもの、なんてことでした。

 「団年飯」といえばわが知人の某家では干し鮑、魚の浮き袋や干しなまこなど、その夜(つまりは除夜)のためにとっておきの干貨素材をふんだんに使う、なんて話でしたが、周中によれば「それはお金持ちの家!一般の庶民は鶏を丸ごと一羽使った料理や脛肉の「元蹄」を使った料理で贅を凝らす」なんて話だそうで。

 さて、小ぶりの皿に分けられて登場した「黒醋原隻腿/豚すね肉の黒醋煮込み」。
 この画像がその旨さを物語ってます。皮付きの脛肉のてらてらがなんとも見事。それだけでもゴクンと生唾!
 唇に触れる滑らかな皮、とろりの触感が堪らない。噛み締めれば肉がほろりと崩れ、旨味が舌にどっしりと圧し掛かり、口中に広がります。しかも、こくがあるのにきれがいい、なんてビールのCMそのまんまの感じ。
 見かけは濃厚な味付けのよう。実際、旨味、たっぷり。火を通した黒醋のまろやかな酸味がこくと旨味を倍増。けれど、すっきりと爽やか、爽快な味わいなんですね。酸味だけでなく甘味がジンワリ浮かび上がる。明らかに豚の脂の甘味、旨味にフルーティな酸味。プラスアルファ、砂糖の甘味や、紹興酒の風味、酸味、苦味もじわじわと頭を覗かせる。とろとろの触感は豚の脂に加え、煮込まれて溶け出した皮のコラーゲン質によるのは明らかです。
 近頃「黒醋の酢豚」というのが話題ですが、この料理、それとは少しばかり趣きが異なります。私がこれまで食べた「黒醋の酢豚」。火を通した黒醋が醸し出すまろやかな味、風味、それこそバルサミコ酢に通じるこく、旨味たっぷり。ですが、同時に砂糖のベタ甘な感じが支配的、なんてのがほとんど。

 あの砂糖のベタ甘、なんとかならんもんだろかと「黒醋の酢豚」を食べるたびに後悔しきり。すっきり、爽やかな爽快感、なんでないの? それがこの「黒醋原隻腿/豚すね肉の黒醋煮込み」にはありました。
  「それにしてもどうやってこの料理、作ったんだろう!」と、会議は中断。しばし、料理談義と相成りました。
 「すねの部分を皮付きのまま丸ごと煮込んであるでしょ?豚の角切りの煮込みとは違う感じだね。皮付きの脛肉を切り分ければ同じみたいなんだけど、外側の皮の部分はつるんとした滑らかな感じで、内側の肉の部分はほろほろ。しかも、味がしっかり染み込んでるし」
 「皮付きばら肉の煮込みの「東坡肉」を作る時には、最初に茹でこぼして、あくをとってから蒸したりするんだけど。蒸すんじゃなくて、素揚げにするって方法もあるし、それから煮込むんじゃない?」
 「煮込むにしても、これ、黒酢、どんぐらい使ってるんだろ。黒醋を使ってるから、この酸味、まろやかさ、こく、旨味がでるわけでしょ?」
 「しかも、これ、ベタ甘のくどさがないじゃない。甘味もあるけど砂糖をふんだんに使ったベタ甘の感じじゃない。でも、砂糖を使ってんだろうな」
 「それよりも豚肉の皮とか皮裏のとろとろのコラーゲン質とか、豚肉の脂身の甘味、旨味がはっきりわかるし、それがこの料理の味わいところだね。それにボリュームたっぷりなのに、くいくい食べられちゃうでしょ?」
 「見るからにカロリーたっぷり。でも、この旨さを味わったら、そんなの気にしてられませんね!」
 なんてところでアテンドの山下さんを通じてキッチンの袁さんに尋ねてもらいました。
 「え~、すね肉10斤に対して「黒醋」を1・2リットル、「二湯」を6リットル。4時間かけて煮込んだものだそうです」との答え。
  「10斤ってことは6キロですね。で、「黒醋」が1・2リットルか。それに「二湯」を6リットルね。たっぷり使うんだ」とまあ、それぞれの分量と手間隙かけた調理にたまげた次第。
 後日、橋本さんに再確認。そしたら「まず、すね肉を揚げ、それから分量の調味料、「二湯」の他に、ざらめの砂糖、紹興酒などを加え煮込みます」とのことでした。ちなみに「黒醋」は浙江のもの、だそうです。
 なんとか皮付きのすね肉をゲットして、やってみよ!絶対にやってみせるゾ!