2008/07/06

「湖南菜館」の5

 私にとって湖南料理との最初の出会い、と言えば新宿の「雪園」ってことになります。「雪園」のサイトによれば開店30年を超えるそうで。
 その昔、日本で「火腿」、いわば中国ハムがその存在を広く知られてなかった頃、その「火腿」を素材にした「蜜汁火腿」、竹筒に鶏肉のすり身を入れて蒸したスープなど、概ね洗練された上品で気品のある味付けの料理が中心。そんな「雪園」も、最近は随分ご無沙汰してます。

 それからしばらく、といってかれこれ20年前の話。ロック・アーティストの取材の為に単身渡米を何度も繰り返してました。それも、アメリカの大都市だと地元メディアの取材も殺到。そんなことからアメリカの地方都市を専用のバスで巡演中の彼らに同行取材。そんな折、知ったのがアメリカのフーナン・レストランの存在。

 「今夜はフーナン・デイナーだから、楽しみにね!」とツアー・マネージャー。 なんて教えられても「は!? フーナン・デイナー?」といぶかしがる私。 「知らないのか?ほら、ホット&スパイシーなチャイニーズ」、とマネージャー。 「ホット&スパイシーなチャイニーズ……っていったらシーチュアンじゃないの?」。
 そう尋ね返したところ、今度はマネージャーが「何?それ?」とばかり、怪訝な顔。
 店に案内されて「フーナン」が「湖南」だとわかり、ようやく納得。

 最近のアメリカの各都市における中国料理事情、しかも、中国各地の地方料理の分布図が一体どんな按配なのか知りません。ですが、かつて私が頻繁にアメリカに単身取材で出かけた80年代半ばから90年代半ば、西や東の沿岸部の大都市はともかく、中部、中西部、西南部の地方都市でチャイニーズ・ディナーってことになると連れて行かれたのは大抵がフーナン・レストラン。「ホット&スパイシー」なチャイニーズが看板でした。その手の店にばかり案内されたから、ってこともあるかもしれませんが、例えば、宿泊先のホテルやモーテルの地元の食案内のチャイニーズの項目で「フーナン・キュジーヌ」、「フーナン・スタイル」が目立って多かった。そして知ったのが湖南料理独特の唐辛子をふんだんに使った激辛の料理の数々の存在です。

 ま、そうした店のメニュー構成は、中国各地の地方料理の代表的な料理のアメリカン・バージョンがずらり。とまあ、実にありがちな話。それでも、フーナン独特の料理には特別なマーク(たいていは唐辛子マーク)があって、フーナン・レストランとしての存在を誇示、強調。そのマーク、その数は辛さの度合いを示すもの、といった按配でした。

 「雪園」での「湖南料理」との出会いをきっかに、その実態を文献などで調査し、辛い料理、それも、四川料理とは異なる辛い料理の存在を知ったものの「雪園」ではその種の料理には出会えず、あっても辛味は加減気味。そんなことからアメリカで「湖南料理」における辛い料理の存在を認識。その後、香港にも「湖南料理」の店が誕生。もっとも、味付けは香港の四川料理店同様、地元、香港人の嗜好に合わせた様子、なんてことからなじめませんでした。

 その後、90年代の初めから半ば、台湾、香港の音楽関係者の案内を得て北京にしばしば出かけたことがあります。中国の最新の「流行的音楽」、及び「揺滾(って、中国語でロックのことです!)音楽」の歴史、現在の探求、調査、取材がその目的。もちろん、その機を逃さず食関係のフィールドワークの探求、調査、取材も怠りませんでした。

 その際、出会った新進のロック歌手。かつて組んでいたバンドの名前が「紅焼肉」。
 「どうしてまた、そんな名前に?」と尋ねたら 「中国人なら誰でも知ってる料理だから!
 「紅焼肉」の作り方は簡単なんだけど、作る人ごとに工夫や、家伝来の秘伝があってね。誰もが自分の作る「紅焼肉」、家伝来の「紅焼肉」が絶対に旨いと信じて疑わないワケ!」 なんて話でした。
 そればかりか教えてくれたのは「「紅焼肉」は毛沢東の大好物だったってこと。

 そんな話を聞いて「毛沢東が好んだ湖南式の「紅焼肉」、湖南地方のお惣菜、家庭料理が食べたい!」と思ったことは言うまでもありません。ですが、教えてくれた湖南料理の店の場所は、はるか遠く。おまけに、時間も遅く、出向くのは断念。その代わりにと出向いた食堂のような風情の店で、いろいろおかずを注文。そんな中に唐辛子の辛味の利いた青菜の炒めものがありました。 「これ、これ、こんな感じ!」と、語るその青菜の炒め物、舌を刺す唐辛子のぴり辛の鮮烈な味が印象的。しかも、北京の食堂にしては味が濃い目。他にとったおかずのいくつかもそんな感じでした。  話戻って、新宿、歌舞伎町の「湖南菜館」でのこと。
 注文した料理を食べ終え、しばしリラックス。それを見計らってか
 「あの、私達の食事の時間なんで、ちょっと失礼!」 と、我々をアテンドしてくれた山東省出身の女性。
 「はあ!」、なんて生半可な返事を返しながら、一体なにが?と思う間もなく、キッチンから料理人二人、料理二品、ご飯の入った茶碗を携えて登場。

 「まかない!」の時間でした!
 そうと知って一緒だった連れ、俄然、興味深々!
 「あの、それ、ちょっと味見させてもらえませんかね!」なんて、私に負けず劣らずの喰いしんぼうで、いやしんぼう。

 そんなまかないの料理の一品の青菜の炒めものを見つけて、「エ!?、あれ!」。
 なんでも、「からし菜」の一種「セリホン/雪里紅」を炒めたもの。それに「芥蘭」だか、「露筝」だか、小口切りにした軸ものの青野菜が。さらに、赤い唐辛子の乱切りがそこかしこ。
 もしかして、北京の食堂で食べたのと、似たような唐辛子風味の野菜炒め?
 まさにその通り。唐辛子のひり辛の味、それに、味付けもしっかり。
 ご飯が何杯でも食べられそうな「おかず」でした。