「ほら、これ! 湖南省特産の唐辛子の漬物」と李さん。
そうか成る程、漬物の酸味が鍵を握ってるわけだ。火を通せば、甘味、旨味、こくを増すって寸法ですね。だからこそ「剁椒魚頭」の清々しくって爽快な辛味、酸味、甘味、旨味、こくが生まれるわけだ!
そこで思い出したのが四川料理の「泡辣椒」のこと。「剁辣椒」同様、塩で漬け込んだ唐辛子の漬物のことです。
さて「剁椒魚頭」の「剁」は「刴」とも書きます。その意味は「(切り)刻む」ってことになります。つまり「剁辣椒」というのは、唐辛子を切り刻んだもの。とはいえ、「漬物」にあたる表示はなし。
そんなわけで「剁辣椒」については興味津々。ウチに帰って早速手元にある資料、文献をひっくり返し、ネットでも検索、調査。ついでに四川の「泡辣椒」についても再調査。その結果は、各自、検索、調査戴ければ明らかです。
「剁辣椒」は湖南地方特有の唐辛子の塩漬け。一方、「泡辣椒」は四川地方特有の唐辛子の塩漬けと判明。いずれも唐辛子の塩漬け、ということでは根っ子は同じ。
ただし、湖南地方では「剁」とあるように唐辛子を切り刻んで漬け込む。そこに大蒜を加える、ってこともある。李さんが見せてくれた「剁辣椒」の頭に「蒜茸」とあったことがそれを物語る。
一方、四川地方の「泡辣椒」。唐辛子は切り刻まずに丸ごとそのまま、というのがほとんどのようで、大蒜は加えられることもあれば、加えられないってこともあるようです。
話は横道にそれますが、四川地方の「泡辣椒」は、四川特有の味付けである「魚香」には欠かせないもの。一応の歴史があるようです。ところが、陳建民さんによって日本に四川料理が紹介された際、「泡辣椒」は日本で入手不可能だったといった事情もあったらしく、その存在こそ知られてはいたものの、四川系の料理人仲間でも一般化せず。そんなことから日本の四川料理の「魚香」の味付けは、豆板醤が主体に、なんて、歴史、足跡もあるそうです。
もっとも、ここ10年程だか、最近になって四川に赴いた日本の四川系の料理人がその存在を認識し、日本に持ち返った結果、その存在が知られはじめた、なんてことがあるようです。ともかく「泡辣椒」は、「豆板醤」のように味噌のような味の濃さ、重さがない。むしろ、辛味に加えて、酸味があり、火を通せば甘味、旨味、こくを増すというのがその特徴。
そういえば、経済的な反映を背景に、濃厚でしっかりした味、風味ではなく、淡白、それこそ清淡で、洗練されたさっぱり味が好まれるようになった、という昨今の四川の料理事情からすれば、爽快な鮮味を生み出す「泡辣椒」を主体にした料理が、評判というのも大いにうなずける話。そうです、今話題の「新派四川」の料理の数々において、「泡辣椒」が果たす役割は大きい、なんてことにも興味津々。
「湖南菜館」の「剁椒魚頭」を食べながら、そんなことを思い浮かべたりして。
なんてこと言うと「湖南料理と四川料理は違いますから!」と李さんにお説教されそう。
実際、唐辛子の塩漬けの「剁辣椒」を使った「剁椒魚頭」を食べてみると、「湖南料理」と「四川料理」の違いがよくわかります。辛味はあっても「麻」の痺れ味なし。それに酸味の使い方、それも、塩漬けの唐辛子の「剁辣椒」から生まれる、酸味、甘味、旨味、こくのある味は、違いますから。
それにしても「剁椒魚頭」。その色、下拵え、味付け、調理の技、味わい、風味は、見事です。日本で、東京で、こんな料理に出会えるとは思いもしませんでした。ですが、それだけに惜しいと思ったのは、素材の選択、吟味のことです。「湖南菜館」の料理人の緻密で繊細な味付け、見事な調理の技を生かせる素材、鯛じゃなくって、他にあるんじゃないか、なんて思い巡らしたりして。余計なお節介かもしれませんけど、そこんところはなんだかモヤモヤ。
そして、登場したのが「毛家紅焼肉」。 楽しみにしていた一品でした。