2008/07/07

「湖南菜館」の6

 「湖南菜館」は靖国通りから「新宿歌舞伎町一番街」のアーケードを潜って、すぐ左手にある大塚ビルの4階にあります。一階はタイ式マッサージの店。うちのかみさん連、その光景に一瞬、たじろいだそうで。タイ式のマッサージって、どんな風だか興味津々。なんて言ってるから、お小言くらったりして。

 そして4階の「湖南菜館」に一歩足を踏み入れれば、そこは別世界。東京とは、日本とは思えない不思議のワンダーランドです。某サイトの紹介によればシックで落ち着いた雰囲気ってことですが、青いライトがあったりして、なんだか水族館に迷い込んだような気分。

 そう、壁の色彩とか照明のセンス、言ってみればチャイニーズ・モダンの趣。中国の都市で出くわすあのミント・グリーン的色彩感覚、センスの面影ありで、それをモダン化したような印象。さらに、部屋を見上げれば常時、中国の番組を紹介し続けるTV。もちろん、カラオケの設備あり。思い出したのは、上海や南京にあった(チャイニーズ・)モダンな内装、カラオケ設備有りの最新のレストラン。

 「湖南菜館」でぐるりと店内を見回し、目がとまったのは奥の部屋の壁の「毛沢東」の肖像画。毛沢東は湖南省の出身で、湖南省の素朴な郷土料理、家庭料理をこよなく愛したなんて話、伝記本を読めばどこかでその記述を見出せます。私の記憶違いかもしれませんが、文革の嵐が吹き荒れる中、反革命分子として幽閉されたチェン・ニェン(鄭念)著の「上海の長い夜」だったか、毛沢東と妻だった江青の日常生活について触れたところで、素朴な湖南の田舎の料理を好んだ毛沢東。それを受け入れられなかった江青の話、ありませんでしたっけ?

 そういや、以前、北京の「揺滾楽隊」(ロックバンド)を取材した際、出向いたのが北京郊外にある保養地の北戴河。「これが江青の別荘だったところ!」と教えられたのは瀟洒な白亜の洋館でした。そうそう、北京で会った新進のロック歌手君がかつて結成していたバンド「紅焼肉」というグループ名の由来のきっかけも、どうやら6・4、すなわち天安門事件以後、再燃し始めた毛沢東の評価、文革を体験しない若者の間での毛沢東ブームもあってのことじゃないか、なんて気配が濃厚でした。

 いつだったか、香港で一時、湖南料理が話題になったこともあります。その記事のファイルあるはずですが、見つからず。確か、どっかのホテルが毛沢東の好んだ湖南料理を看板にしたフェアーを開催。腕を奮ったのは毛沢東の料理人だったか、毛沢東好みの料理を看板にする店の料理だったかで、香港の新聞、週刊誌がほぼ時を同じくしていっせいにそのニュースを報道。そん時、メインの料理として紹介されていたのが「紅焼肉」でした。

 「湖南菜館」で「剁椒魚頭」とともに「紅焼肉」を楽しみにしてたのは、そんなワケもあってのこと。皮付き豚のバラ肉の「五花腩」の煮込みの「紅焼肉」、極上とは言い難いものの、味付け、調理、風味はやはり本土のそれ!
 似たような料理で日本で一般的な皮付きの豚バラ肉の煮込みの甘口でとろみたっぷりなものとは異なり、とろみは少々で、すっきりとした味わい。素朴でしみじみとしていて、味、風味は、やはり本土のそれ。

 さて、「剁椒魚頭」、「紅焼肉」以外にも、看板のお勧めの料理の「ふわふわ肉豆腐団子のスープ煮」や「季節野菜と豆腐の高級スープ煮」などにも挑戦。というあたりになると、正直言ってトーンダウンを否めない。というのも、だしに無理があって、料理としての奥行き、深み、洗練度はいまひとつ。どうやら「だし」、素材の調達の問題などもあって、本土でのそれと同じようにはいかず、入手可能なもので工夫を強いられている様子。

 とはいえ、日本の一般的な中華料理店でのそれとは明らかに印象は異なる。強引に「らしき「だし」」を作るのではなく、入手可能な素材を使って、その持ち味を生かした「だし」をとり、味付けの要にしてること。穏やかで、無理がない。そんななところ、やはり本土の料理人は違うなあ、なんて思います。年季、技量もあるでしょうが、素材の捉え方、生かし方、その見極めがなんだか違う感じ。ですから、だしの弱さを否めないにしても、独特の持ち味がある。なんて言うと、本土の料理人信仰丸出しと誤解されないかも。その結果を味わっての私の印象、感想ですから。

 「だし」同様、料理の素材の吟味についても、同じ課題を抱えている様子。本土出身の料理人を抱え、本場の味、風味を再現しながら、素材にかける予算、経済的な問題から、洗練度、完成度はいまひとつ、というのはよくあることです。それでも、素材の持ち味の見極め、生かし方、調味料の扱い、その分量、匙加減が生み出す一体味、風味に、唸ります。油の扱いも実に巧み。ほとんどが大豆油を使ったもの、なんて聞いてその生かし方、扱いに驚きました。火の通りの見極め、味を生み出すだけでなく、風味、香りを生み出すタイミングの捉え方も。それは、蒸し物、煮込みものにも当てはまること。その味付け、味わい、風味、香りは、まさに本土のそれ。ま、本土の料理人なら当たり前のことなんでしょうが、様々なハンディを背負いながらの話、ですから。
 「剁椒魚頭」の爽快な酸辣の味、風味。しみじみと味わい深い「紅焼肉」は、この店ならではのもの。

 「湖南菜館」は、今、私が東京で興味をそそられる中国料理店の一軒。今度訪れる際には、もっとピリ辛ものに挑戦したい。出来れば本場そのままの辛さをそのまま再現してもらってみるつもり。「湖南菜館」の料理人なら、単に本場そのままの辛さだけを再現するだけじゃない料理を作ってくれそうですから。それに、まだまだある湖南独特の地方料理、肉や魚介を燻製にした「腊味」の料理の数々にも挑戦したい。その結果はいずれ、報告いたします。

 そうそう「湖南菜館」に限らず、中国本土から料理人を招聘。本土の味、風味、香りが味わえる店が、東京には相次いでます。それもまた、そのうちに報告の予定です。
 そして、画像は「ふわふわ肉豆腐団子のスープ煮」。