2008/05/09

春の広東地方の郷土料理の5

  「それでは八尾さん、料理の説明を!」
 「はい、かしこまりました。
 え、この「豬肺杏仁湯」ですが、まず、豚の肺を流水に1時間ほど晒しまして
 下準備をしてから「煲」という方法で4時間あまり煮込みまして、
 それから2時間かけて「燉(湯煎蒸し)」に致しました」

 八尾さんの話に、テーブルの一同が、いっせいに驚きの声。

 「え~! そんなに手間隙、かかってんの!
 すごいな、信じられない!
 っていうより、そんなの普通、考えられませんね」 と、感嘆しきり。

 そんな声を耳にしながら、せっせと匙でスープを口に運ぶ私。
 滑らかで、緻密な舌触り。
 ン!?  と思ったのは、味にしっかりとしたこくがある。だし入りの感じがする。

 「豬肺杏仁湯」といえば「陸羽茶室」のそれが有名です。
 他にも試したことが何度があります。
 で、「陸羽茶室」の「豬肺杏仁湯」、乳白色で、味は素朴で清楚。
 滑らかながらも、ざらっとした感触が舌に残ります。
 ところが今回の「豬肺杏仁湯」、黄色がかっていてクリーミー。
 しっとり潤んだような滑らかさで、優しく舌を撫でていく。
 そして、かすかな渋味、ほろ苦さ。杏仁の味、風味でしょう。
 それとともに、ふくよかなこくのある芳醇な味わい、風味がありました。


 「あの「豬肺杏仁湯」ですが、「煲」にしますか?それとも「燉」で?」
 と、八尾さんから連絡があったのは、素材の調達が可能とわかり、コースのメニューの最終決定でのことでした。
 
 そう尋ねられ、一瞬、答えに詰りました。
 私が知る限り、というか、私がこれまで出会った「豬肺杏仁湯」、ほとんどが「煲」のはずで、私にとっては「湯」に関してバイブルともいうべき某著(ふふ、教えたくな~い!)でも、昔ながらの調理方法では基本は鍋でじっくり煮込む「煲」のはず。
 
 湯煎蒸しの「燉」って方法がある、というのは耳にしたことがありませんでした。

 「そうか「燉」というのもあるんだ。
 う~ん、じゃ、今回は、おまかせします!
 でも、もし今回「煲」にするなら、今度は「燉」でね!」
 とまあ、その辺は、強引であつかましい小言ぢぢい(って私)です。

 その結果が、4時間の「煲」と2時間の「燉」。
 そのプロセス、調理や味付け、改めて八尾さん、キッチンに確認の要ありですが、思うに「陸羽茶室」のそれとは違ったのは、やはり2時間の「燉」に鍵がありそうで。

 クリーミーで、しっとり潤んでいて、優しく舌を撫でる滑らかさ、こくのある奥深い味わい、滋味豊かと言う以上に旨味がある、ってことの秘密はそこにありそうです。
 もしくは、こくを生む肉類が、素材に含まれていたのかも。

 福臨門で初めて食べた「豬肺杏仁湯」。
 紛れもなく福臨門スタイルのそれ。
 上品で、洗練されたものでした。

 「参りました!」


 












 肝心の「肺」は、画像でご覧の通り。
  その触感、噛み応えは、じゅわじゅわ。火を通し気味なねっとり感を抜いた白子のようだし、少々繊維の立ったマシュマロ風の柔らかさ。たっぷり味を含んでいて、噛み締めるとジュシーな味が弾ける、といった趣です。

 肺、といえば、吸い込んだ空気を送り込む気管と血管で形成。つまり、下拵えの水晒しというのは、水を吸わせて、気管と血管を清浄。水を吸わせて、水を押し出す作業が必要。という話からも明らかなように、ま、スポンジ状態なわけです。

 後で「はぎちく」の岸さんに「豬肺杏仁湯」について御報告。

 「あ、その触感、想像がつきます!
 けど、味はわかんないな。想像もつきませんね。
 それ、食べたみたないな!

 それより、下拵えの手間隙のかけ方、すごいですね。
 そこまでやるとは思ってもみませんでした」
 とのことでした。