2010/06/11

初夏の味 10年5月の「赤坂璃宮」銀座店の5

 話、戻って「10年5月の「赤坂璃宮」銀座店の5」。
 日本では決して味わえない広東風味をそのまま伝える「焼鴨斗茄瓜/茄子の焼鴨蒸し」に続いて登場したのが「蒜頭豆豉爆蜆/あさりの豆豉炒め」。
 この料理、香港で海鮮を看板にする料理店、ことに大衆的な海鮮料理店ではどこでも看板料理の一品になってます。中でも有名なのが先月「椒鹽天使蝦/天使えびのスパイス揚げ」で紹介した銅羅湾の台風避難所の船上屋台、水上夜総會でのそれ。「避風塘炒辣蟹」と並ぶ船上屋台の看板料理になってます。

 ちなみに香港の海鮮料理を看板にする広東料理店で出会える貝類、大衆的な店ではアサリ(蛤仔)、アカ貝(螄蚶)、マテ貝(蟶子)、バイ貝の一種の「花螺」。高級店になるとマテ貝、タイラギの一種の「帶子(櫛江珧/江瑶)」、ミル貝(象拔蚌)、大小のホラ貝(响螺)が加わります

 アカ貝は醤油、紹興酒などに漬けたものを見かけました。上海料理店にもありましたっけ。バイ貝の一種の「花螺」はかつて大衆的海鮮料理で評判を呼んだ大佛口食坊の看板料理だった辛味たっぷりの「辣酒醤煮花螺」なんてのを思い出します。

 高級店での大ぶりの「响螺」の値段は天井知らず。ミル貝、香港ではカナダからの輸入物が大半だったはずですが、それまた結構な値段。近隣の養殖物やタイ、ベトナム近海など東南アジア産の天然の輸入物が主流のタイラギ、最近はニュージーランド産の天然ものが流通しているマテ貝などもやはり時価ですから、当然、値段はそれなり。

 そうしたことからするとアサリの値段は比較的安価、というのが一般に広く浸透し、したしまれてきた理由じゃないでしょうか。その調理方法、味付けは大蒜、豆豉、新鮮な唐辛子などとともに一気に炒め合せたもの。ピーマン、玉葱、葱頭などの野菜類を加えるというのも一般的。さらに、最後はとろみをつけて仕上げ、一丁上がりという次第。 
 そういえば今回の「蒜頭豆豉爆蜆/あさりの豆豉炒め」、袁さんの料理にしては珍しく見た目、明らかにとろみの付け加減が多めの感じ。
避風塘でテーブルをしつらえた船に横付けし、さっさとてきぱき海鮮料理の数々を作ってくれる船上屋台での「あさりの豆豉炒め」を思い出しました。
 
 その具材、殻つきの浅蜊、香味野菜は大蒜、生姜、葱、玉葱、エシャロット、それに赤と黄色のパプリカにピーマン、韮といった内容。その切り揃え、大蒜はひとかけがごろ。赤のパプリカ、玉葱は細めの短冊切り、つまりは「片」。韮は長目。それ以外、各種野菜ひっくるめて粗微塵の「粒」の感じ。ですが、橋詰さんが板をやっていた頃とはびみょーに切り方が違います。

 浅蜊は殻付きのままのものもあれば、殻から身が外れたものもあります。食べやすいのは殻から身が外れたもの。ですが、やっぱり身が殻付きのままむしゃぶりつきたくなります。多めの加減のとろみがついた浅蜊や粗微塵の野菜はユルユルの感じで、滑らかな触感でつるり、とろり。大蒜のひり味だけではない辛味が浮かび上がります。それから葱、玉葱、エシャロットとのものと思しき甘味。さらには漬物みたいなひね味、こくのある旨味、風味が浮かび上がります。それって間違いなく「豆豉」によるものでしょう。

 そのとろみ、辛味、甘味、ヒネ味は、なんだか懐かしい。先にも触れてきたように、避風塘、さらには鯉魚門や長洲島の船着場近くの海鮮料理屋で食べた素朴で直接的な力強い味わい、野趣な「あさりの豆豉炒め」を思い出したからです。それも香港の昔懐かしい味、風味、伝統的でオーソドックスな海鮮料理の味に通じます。

 上品で押し付けがましくなく、ほど良い加減の味つけを得意とする袁さんですが、こんな風な野趣な味、風味を生み出す調理、味付けも得意、なんてことに感心。素材の持ち味を引き出すってことを考えれば、納得の行く話です。

 「これ、がつんとくる味だよね。ひりっとした辛味、それに、甘味、旨味があるし、浅蜊の味、風味、そのまま生かされてる感じだし……」と、小皿に取り分けられてもまだ熱々の浅蜊は大好評でした。