2008/08/19

夏の味 埼玉県東松山市の農業 加藤紀行さんの夏野菜の2

 それにしても、加藤さんの野菜、なんで今年の収穫が遅れたのか。

その訳を尋ねたところ
「成育が遅れてるんですよ、今年は。実がなかなかつかなくって、ついてもなかなか大きくならないんです」と、嘆く風でもなく、さっぱり、あっさりの屈託のない返事。

「え、え? なんかあったの? 今年の天候のせい、だとか?」と、こちらの方がかえってどきまぎ、心配になって、そのわけを知りたくなります。

 天候と作物の成長、出来栄えに密接な関係があるのは、ご存知の通り。 ですが、去年の天候に比べて、今年、そんなに不順だったっけ? などと思い起こしながら、「天候のせい?」と尋ねました。

 「ま、そういうのもあるんですけど・・・・
 実は、ですね。種屋さん、種を仕入れてる店のおかみさんから「肥料をやんないで育てた作物が、とて も美味しい」なんて話を聞かされたんですよ。知ってましたけど、直接、おかみさんからそんな話を聞いて。悔しいなあ、って、思って!」。

 「えっ? はぁ?」。ということは・・・・まさか「やっちゃった?」と私。
 「ええ!」と、こともなげに加藤さん。
 「だって、悔しいじゃないですか、「美味しいよ!」なんて聞かされて!」と、
 落ち着いた表情で、すっきり、さっぱり、きっぱりの加藤さん。

 話を聞いて、「え、ええええ????」と、一瞬絶句。
 唖然となって、思わずこぼれそうになったため息を一気に飲み込み
 「あ、あっそう! そうなんだ!」と私。

 「あ~あ、もう、面倒見きれん、好きにやって、やって! やりたいようにやればあ!」と、口に出そうになりながら、加藤さんらしいや! と、笑いがこみあげました。
 同時に「これはもうやるしかない、やってやる!」と、決意を固めた加藤さんの顔が思い浮かんだりして。
 「悔しいから!」というその言葉がすべてを物語ってます。それからうかがえる加藤さんの強い信念、意気込みや姿勢、負けん気の強さ。頑固で強情な加藤さんです。加藤さんの作った野菜は、加藤さんの姿勢、性格そのまま、頑固で頑丈。ガッシリしていて、力強い。そういえば、加藤さんに出会ったミッシェルが「加藤さんて、作る野菜そのまま、正直で断固たる人ですね」と言ってたのを思い出します。

 たとえば、3種の胡瓜。瑞々しく、潤んだ果肉の爽やかさ、爽快感だけじゃなくって、雄々しい力強さがある。大地の底力を感じさせます。 
 一般にはもっぱら漬物にぴったりという「四葉胡瓜」。それを、大蒜のぶつ切り、豆板醤、甜面醤、醤油、黒酢に酒を加えた濃い目の味付けの四川風即席漬物風のタレで和えても、濃い目のタレの味に負けない。油で揚げてもへ(こ)たれないのを大いに評価していたのが「芝蘭」の下風慎二さん。

 ロンドンのフォートナム&メイスン、あるいは、マーロウのコンプリート・アングラーのアフタヌーン・ティーのトレイにあった胡瓜のサンドイッチを思い出す「半白胡瓜」の瓜に似た素朴な味わいもたまりません。もっとも「半白胡瓜」、他の2種に比べると日が経てば瑞々しさが薄れ、果肉が乾き始める。けれど、バターやマヨネーズとの相性が抜群。

 そして加藤さんちの「茄子」。先にふれたように、煮崩れず、へたらず、緻密な肉質のとろけるような旨味が味わい深い「青茄子」。「加茂茄子」は油との相性がよくて、たっぷりの油で揚げてから、味付け、調理を工夫するのもいいですが、蒸して、トロトロにして、キャビア気分を味わうのもいい。とはいうものの、家庭で「加茂茄子」を蒸してしっかり火をいれるには、結構時間もかかりますけど。

 それから、今年の「真黒茄子」、ラタトゥユ、あるいは、干し海老と一緒に煮浸しにして、しっかり煮込んだところ、いつも以上にその甘さが浮かびあがり、「真黒茄子」の真価を改めて見直しました。

 さて、昨年デビューしたのが「はぐら瓜」。今年は植える場所と育て方を変えた、ってこともあってか、到着は8月に入ってからの第二便でのことでした。
 生で食べると、清廉ではあるけれど、去年食べたものに比べると甘さがいさかか不足。ところが、しっかり煮込むと、つるんと滑らか、とろける舌触り。その果肉は繊細で緻密。「だし」を吸い取りながら、その存在を主張。

 ちなみに「はぐら瓜」。「和」つまりは、昆布にかつお節、「中」つまりは、鶏のささみ、手羽元、胸肉から採っただしをベースに、「干し海老」、「干し貝柱」、豚の赤身肉の微塵などを様々に組み合わせ、しっかり煮込んだあとで、新鮮な魚介、春雨を具にしたスープの数々を試して楽しみました。

 中でもダントツだったのは、鶏のささみ肉の微塵に、時間をかけて戻した干し貝柱、さらに杏仁、杞子を入れ、しばし煮込んで、水で戻した春雨を加えたスープの瑶柱白瓜粉絲煲 もどき。
 最初は「はぐら瓜」を具にした麵を作るつもり。ですが、だしと馴染んだ「はぐら瓜」を味見したところ、麺だと小麦粉の味が打ち勝って、大雑把で凡庸な味になりそう。なんて予感から、急遽、麺を緑豆の春雨に変更。それが正解でした。
 じっくり煮込んだ「はぐり瓜」のしんなりとして滑らかな触感、だしの味を吸い込んだ春雨が旨い。

 画像は、今年、煮込んだら甘味のある味が印象的だった「真黒茄子」。それに育つのが遅れた初物の「はぐら瓜」です。はたして、もっとたくさん収穫があるかどうか。

 それより、昨年、夏から始まった季節の素材を使った広東地方の郷土料理を楽しむ「青木宴」。加藤さんに頼んだ色々な野菜の出来栄え、収穫待ちなんで、現在のところ予定が定まらず、日延べ中。
「まあ、あの、それは、どうしょうもなくて。育つのを待つしかありませんので」と、加藤さん。