2008/08/13

夏の味 三陸シーファームの「岩牡蠣」

 岩手の大船渡の赤碕から夏の味「岩牡蠣」が届きました。送り届けてくれたのは志田建志さん。

 大船渡の牡蠣と言えば「シダッチ」の「赤崎冬香」。以前、dancyu(04年1月号)で紹介したことがあるでっかい牡蠣です。

 ホタテの貝殻で一年ほど育った牡蠣を外し、貝の根本にドリルで穴を開け、テグスを通して海に沈め、年月をかけて育てた「赤崎冬香」は、ともかくでっかい。でかいだけでなくその味、風味はリッチで芳醇。

 そんな「赤崎冬香」を兄の志田恵洋さんと育んできた弟の志田建志さんが、昨年「シダッチ」から独立。奥さん、それに23歳になった息子さんと新たにスタートさせたのが「三陸シーファーム」。

 話を最初に聞いたときには、エッ!一体何が!と一瞬はどぎまぎ!もっとも、建志さんの息子さん、建志さんの牡蠣の養殖を手伝い、それに専念なんてことが建志さん独立のそもそものきっかけ、なんて話を聞いて、成る程と納得しました。

 ところで「岩牡蠣」。秋の終わりから冬に入り旬を迎え、雪解け水が大船渡湾に流れ込む春に旨さがそのピークを迎える「真牡蠣」とは、品種、種類が異なります。
 「岩牡蠣」は「夏牡蠣」の通称で知られる通り、初夏から夏真っ盛りまでがその旬。

 その昔、私が知っていたのは能登の天然の「岩牡蠣」。海のものに限らず、陸のものでもそうですが、毎年、その出来栄えは天候、気象条件に左右され、不出来な年もあるのは自然の恵みの常。とはいえ、能登の「岩牡蠣」、その「精」の強さ、味の濃さ、風味の強烈さに打ちのめされたもんです。

 それが、dancyuで大船渡の「シダッチ」に「赤崎冬香」や成長して1年に満たない処女牡蠣の「姫」の取材に赴いた際、こんなのもあるよと教えられ、試しに食べたのが生育途中、確か4年目を迎えたとかいう「岩牡蠣」。

 なんでも壱岐産の天然の「岩牡蠣」の種を大船渡で養殖、育成ってことでしたが、能登の「岩牡蠣」とは異なる味わい、風味に驚きました。能登の「岩牡蠣」の精の強さよりも、「赤崎冬香」をさらに凌ぐ、ぽってりふっくらとした牡蠣の身のでかさ、その味の濃さが印象的でした。

 年月をかけて育てた「赤崎冬香」は、胴長で、下半身が膨らんだ言わばペンギン体系。「岩牡蠣」は、バスト、ウエスト、ヒップのサイズは同じ、上から下までずんぐりむっくり、寸胴状のドラム缶。言わば、カバ体系。

「岩牡蠣」を頬ばり、身をしごいて海水を吐き出し(ってのが、船上での生牡蠣の食べ方だってことを建志さんから教わりました!)、肉厚の柔らかい身をぐちゅっと噛み締めると、中から卵やわたが威勢よく一気に弾け出し、口中に溢れる。味蕾をざわざわと引っ掻き回すような感じに、思わず目を丸くしたりして。その味の濃さ、濃密さに吃驚。それも、舌にぐんと重くのしかかる。能登の「岩牡蠣」の精の強さとはまるで違ったぬめりのある味の濃厚さ、濃密さ。それが、たまらなく快感。そして、美味でした。

 殻を剥いた「岩牡蠣」を、一個、食べるだけではおさまらず、海から引き上げた「岩牡蠣」を立て続けに一気食い。
「エッ!オレたち、試し食いはするけど、そんなに沢山、生じゃ食わないよ!」と、志田建志さんにあきれられた程でした。

 以来、夏の頃には大船渡、シダッチの「岩牡蠣」を堪能。
 そして、昨年からは「三陸シーファーム」の「岩牡蠣」を堪能。 ところが、今回、「三陸シーファーム」から届いた「岩牡蠣」、なんだか、いつもとは違った様子。

 「あの、普通の「岩牡蠣」に比べると建志さんとこの「岩牡蠣」、でっかいんだけど。けど、今年の、いつもよりサイズが小ぶりな感じがして。何年ものです?」と尋ねたら、
 「4年もの。ああ、でかいのもあるんだけど、今年はサイズが少し小さめの方が、身もしまってて、味も良かったから」、ってことでした。

 なる程。
 「ですけど、サイズだけじゃなくって、身の感じ、味もこれまでとはちょっと違う感じがして」と尋ねたら「そうだ。小倉さんが前、シダッチで食べたのは、壱岐の「岩牡蠣」を種にしてたけど、今回のは岩手のだから。それも関係あるのかな」ってことでした。

 その「岩牡蠣」。火を通すと、まるでその触感、変わります。
 私がいつもやるのは、殻を剥いて、溢れる塩水を残しながら、酒(ワインってこともあるし、シャンパンってこともあるし、日本酒ってこともありますけど)を注ぎ足し、それをグリルに並べて火で炙る。

 しばらくすると酒がぐじゅぐじゅと沸き立ちはじめ、やがて牡蠣の身の表面がぷっくりふっくら、ぴんと張り詰めたような状態になります。皮がまさに緊張。体をそらして、気を付け状態。もっとも、その時点では、表面だけに火が入った状態。
 というわけで、さらに火を入れ、牡蠣が火の熱さにのたうちまわる(わけはないですけど、そんな感じの一歩手前で火を止める。

 火が入った「岩牡蠣」。身に張りがあって、噛み締めるにもいささか加減が必要。すると、身の間から弾け出す卵、わたは滑らかでねっとり。そのねっとりの触感がたまらない。味の濃さ、濃密さはうんと増して、海のミルクどころか生クリーム状態。うっとりとなって、言葉をなくします。しかも、一個がでかいですから、満足至極。なんていいながら、次から次へと殻を剥いて、止められません。
 「三陸シーファーム」の「岩牡蠣」、8月の半ば過ぎ頃までだそうです。