2008/10/08

辻芳樹著『美食のテクノロジー』の1

 今年出会った食に関わる書籍の中で最も興味深く、面白かったのは辻芳樹著『美食のテクノロジー』(文藝春秋社)です。

 発刊は今年の1月。読み始めてたちまちの内に虜となり、そのテーマ、深く掘り下げられた内容もあって、じっくり読み込んでから拙ブログで紹介するつもり。だったところが、その機を逸し、今に至ってしまいました。

 同著は、辻芳樹氏が世界の名だたる6人の料理人を取り上げ、取材し、記したもの。
 取り上げられた6人の料理人は、ニューヨークの「ブーレイ」はじめ4軒を運営するデヴィッド・ブーレイ。オーストラリアのシドニーの「TETUYA'S」の和久田哲也。スペインのバルセロナの「エル・ラコ・デ・サン・ファバス」のサンティ・サンタマリア、フランスの中南部オーブラックのライオールで「ミシェル・ブラス」を運営するミシェル・ブラス。モナコの「ルイ・キャーンズ」、パリの「アラン・デュカス・オ・プラザ・アテネ」など世界中で様々な店舗を運営展開しているアラン・デュカス。それに京都の「瓢亭」の高橋英一。

 どうしてその6人なのか。 それについては文藝春秋社の以下のサイト、「本の話」での著者インタビューで紹介されています。
http://www.bunshun.co.jp/pickup/bishoku/bishoku01.htm

 著者によれば 「おいしい料理を作る料理人はほかにもたくさんいます。料理技術が優れている、あるいは技術的にもっと最先端をいく料理人も実際にはいます。しかしながら、この六人ほど、食べ手に「幸せと喜び」を提供する場を完璧に作り上げている人たちはほかに見当たらないと思っています」、と語ります。

 あわせて、取り上げた6人の料理人が運営、展開する店は「料理人が主役となった「パフォーミング・アーツ」の世界を楽しむための場ではなく、そこに集う客たちが主役になっている空間を作り上げている」からであり、「美食の世界は、この「パフォーミング・アーツ」を楽しむ世界もあれば、社交的な場を楽しむこともあるという具合に、両方存在していていいと思います。今回この本で取り上げたのは、後者の社交的な空間を完璧に作り上げた料理人たちだといえるかと思います」、と。

 さらに「その料理人たちの成功の秘密が、本のタイトルにもなっている「美食のテクノロジー」ということになります。そして、読者の皆様には今回ご紹介している「美食のテクノロジー」を読み解くことで、現代の頂点をきわめた美食の世界を少しでも垣間見ていただくことができればと思っています」、と著者は語っています。

 「テクノロジー」という言葉から「科学技術」ということしか思い浮かばなかった私は、当初、その表題に首を傾げたものです。それが、本書を読み進むうち、先のインタビューで著者が触れる本書での「テクノロギー」という言葉の意味、それが、本著で取り上げた料理人の自身の独自のスタイル、方法論の確立、多方面から得た評価、同時に商業的な側面を含めた成功を生み、成功を導くに至る秘密、要因を意味する言葉であると理解できました。

 もっとも、6人の料理人が高い評価を得た言わばスペシャリティについての紹介や解説、また、それらが生まれた経緯などが触れられてはいるものの、美味批評的なものではなく、それぞれの店についての紹介こそあれ、レストラン批評的なものでもありません。

 むしろ6人の料理人について、その生まれ、育ち、料理人になったきっかけ、その足跡、歩み、様々な成果、その人となりについての紹介が大半を占めています。私が本書に興味や関心、興奮を覚えたのは、そうしたことについて触れられていたからです。
 料理を前にして、そのひと皿から浮かび上がる様々な事柄。料理が生まれた背景や料理から浮かび上がる料理人の人となりに常々関心を持つ私にとって、まさに格好な著作であり、それを明かしてくれるものでした。