2008/09/23

「オーベルジーヌの料理~オーナーシェフのトーク・レシピ」の2

 「オーベルジーヌの料理~オーナーシェフのトーク・レシピ」(メディアクラフト牡羊座)の内容は以下の通り

第一部「私と料理 ~偏食児が名物シェフになる」
第二部「フランス料理へのこだわりと思い」
第三部「『オーベルジーヌ』のスペシャリテ」

 第一部では、小滝さんの生まれや育ち、料理作りに魅せられ、一旦はサラリーマン勤めをしながら、料理人として遅いスタートを切り、ドイツ、フランスでの海外での修行体験を経て、帰国。『オーベルジーヌ』をスタートさせ、やがて常陸太田に分店を開店といった、現在に至るまでの足跡が紹介されてます。 第二部は、小滝さんが扱う素材について、第三部では「『オーベルジーヌ』のスペシャリテ」の31品を紹介。

 実は、第一部で紹介されている小滝さんの足跡、第三部の『オーベルジーヌのスペシャリテ』などについては、先にふれた中央公論社からのシェフ・シリーズのムック本『フランス料理店 シェフ小滝晃 オーベルジーヌ 祖国を離れたフランス料理 東京の香る味』と、その内容、重複します。もっとも、今回は小滝さん自ら文を記したようで、月日(と年輪)を経て自身の足跡を振り返り、辿る視線が明確に浮き彫りにされています。

 それにしても面白いのは、子供時代の小滝さんの逸話の数々。信じられないぐらいの偏食児ぶりには驚くばかり。 ご飯が嫌い。匂いがだめで胃がもたれる、というのがその理由。おまけに醤油が苦手。ということで、うどんやそばもだめ。そばがきならミルクをかけて食べられる!なんて、相当、変!おまけに、ミソ汁のミソの匂いがだめ、というんですから。

 そういえば、今は音楽活動から遠ざかってしまったシンガー=ソング・ライターのキャット・スティーヴンスが現役バリバリの頃に来日した際、「ご飯にミルクをかけて食べるのが好き!」なんて話に、「ギョ!」とした覚えがあります。もっとも、小滝さんの場合には「そばがきにミルク」ってことで、そう、言ってみればオートミルをミルクで食べるあの感じ。ってことは、まるっきりの外人じゃないですか!

 そして、第三部「『オーベルジーヌ』のスペシャリテ」紹介ですが、以前のシェフ・シリーズのムックで紹介された料理は、全部で63品。今回はそこからさらに31品に厳選。レシピはなく、エピソードの紹介だけですが、ともあれ『オーベルジーヌ』のスペシャリテ中のスペシャリテ、ってことになります。

 それぞれの料理についてのコメント、生まれた経緯、素材、調理についての言及が抜群に面白い。以前のシェフ・シリーズの時とは対照的に、料理そのものの本質、素材の捉え方、調理、調味についての考えが、明らかにされてます。

 ということで、見逃せないのが第二部の「フランス料理へのこだわりと思い」。そこではドイツ、フランスで出会った素材と、日本で入手出来る素材との違い。本場のフランス料理を日本で実現するにあたって、その様式、スタイルを(レシピ通りに)そのまま倣って日本で再現するのではなく、あくまでも美味の追求を念頭において、そのために必要不可欠な特質、持ち味を兼ね備えた素材を求めた結果、多くは輸入物に頼らざるを得なかったという現実。

 たとえば、だしのフォン作りに不可欠な仔牛の骨の入手が日本では難しい。さらには、バターやクリームの持ち味、資質の違い。そうしたことから浮かび上がるのは、フランスはじめ欧米諸国での肉食文化の歴史の長さ、深さと日本のそれとの違いです。

 仔牛に限らず、ジビエ、つまりは、鴨や雉などの野鳥、兎、鹿、豬など、ドイツ、フランスと日本のそれには違いがある。さらに、魚。日本で魚は豊富に収穫されるものの、生息する海の違いから、その資質、持ち味は異なります。

 「刺身」が何故、日本で生まれ、フランスなどでは一般化しなかったのか、という小滝さんの考察。日本の魚については、マグロは別にして、水っぽいと小滝さん。
 私が思うには、水っぽいというよりも、潤んでて身が緩い、という印象で、実はヨーロッパどころか、東南アジア近海に生息する魚と、持ち味、風味が違うのは歴然、なんてのを香港で体験してきました。

 小滝さんの話に戻して、ヒラメにしろタイにしろ、日本のそれは水っぽく、ヨーロッパのは余分な水分がない代わりに、煮たり、焼いたりしたほうがコクが出る。さらに、フランスで採れるアンコウについて、日本のそれに比べれ透明感がない。水分が少ないから、身は透明感がなく、白っぽくなる。故に、フランスでは生ではなく、焼いたり、煮たりして魚を食べる習慣が定着したのでは、なんて話もある。

 もっとも、ヨーロッパと日本の魚の持ち味、資質の差、違いを認識しながら、一方で、日本で収穫される魚の可能性を探り、新たな料理を生み出す。それには、ヨーロッパで学び、体得した素材の吟味、料理方法を下敷きに、日本で収穫される素材の持ち味を見極め、どうやって対処するか。

 そんなところでは、母親から聞いてきた日本独特の調理方法、あるいは、寿司で出会った貝がヒントになったと明かす小滝さん。その好例がフォアグラになすの糠漬けを組み合わせた「フォアグラのムースを詰めたナスのコンフィ」、「アンコウのメダイヨンのセイロン風」、「フヌユイと北寄貝のスープ」なんだそうです。

 『オーベルジーヌ』のスペシャリティの多くは「瞬間のひらめき」、「偶然の産物」だと語る小滝さん。そんな料理のひとつとして挙げるのが「りんごとつぶ貝のブレゼ ペルノー酒の香り」。その料理が生まれるまでのプロセスが本書で明かされる。

 しかし、単なる思い付きなどではなく、素材の持ち味、素材と調味料、香辛料との組み合わせ、香辛料を熟知し、それを系統的に理解し、その用途、効果を把握していたからこそ、生み出せたもの。たとええば、フランスとドイツでは、香辛料、香味野菜(ハーブ)の使い方が異なる、なんてことも触れられてます。つまり、「瞬間のひらめき」も、それを思いあたるだけの知識、経験、体験あってこそのもの。それがあってこそ「偶然の産物」が生まれた、ってことがわかります。

 そういえば、香辛料、香味野菜の扱い、その組み合わせの妙も、小滝さんならでは。といって「これはあの香り!」と、即座にわかるこれみよがしな使い方ではなく、その扱いは実に巧み。ふっと鼻先を捉え、あるいは、口中で料理を噛み締め、咀嚼するうちに、喉元から鼻腔に立ち昇る、なんてことはザラです。しかも、香辛料、香味野菜はあくまで隠し味。素材の持ち味、香りを生かすことこにこそ、神経のすべてが注がれている。そんな、繊細にして精緻な料理の数々が、五感を刺激します。

 ヨーロッパに渡り、修行を重ねながら、三ツ星レストランや評判の店のレシピを手に入れ、技術を学びとることよりも、料理が生まれた風土、土壌を背景にした日常の食の生活にまで目をやり、その根源を見届け、体験してきた小滝さん。だからこそ、小滝さんのスペシャリテの数々は生まれた。

 「オーベルジーヌの料理~オーナーシェフのトーク・レシピ」(メディアクラフト牡羊座)」は、興味の尽きない著作です。