この夏の半ば過ぎ、素敵な本が届きました。
小滝晃著「オーベルジーヌの料理~オーナーシェフのトーク・レシピ」(メディアクラフト牡羊座)です。送り主は著者の小滝さん。
「オーベルジーヌ」は私が好きなフランス料理の店のひとつ。以前、週刊現代で1年あまり連載した食探訪の記事「日々是好食」をもとにした拙著「これはお値打ちKODAWARIの料理店」で、紹介したことがありますが、随分とご無沙汰したまんま。気になりながら、時が過ぎてしまいました。
オーナー&シェフの小滝晃さんは、私が敬愛する料理人です。といって、挨拶したことがある以外、じっくり話を伺ったり、言葉を交わしたことがない。ですが、それはそれで充分。というのも、小滝さんの作る料理は、実に雄弁。知りたいことのすべてが小滝さんの料理にありました。
その出会い、いつのことだったのか、もはやさだかではありません。それでもいまだに印象深いことがある。
それは、ガツンとくるようなインパクトのある強烈な旨さ、今風に言えば、ガッツリの旨さなどではなく、洗練の美味、それも、私の五感のことごとくを刺激する料理、だったことに目を見張りました。まさに、私が求める料理がそこにあったというわけです。
なによりも刺激的で、快感を覚えたのは、料理の香りの豊かさです。それは、目の前にした料理から立ち昇る馥郁として香り、だけでありません。口に含んで、口中で調和し、新たに生まれ、拡がる味わい、香り。それが、喉奥から鼻腔を抜けて、脳天を刺激する。
そんな香りとの出会いとともに、唇、舌、口腔、顎を次から次へと刺激する触感が織り成す変化の妙、快感が実に刺激的、でした。
その最たる例として挙げられるのが「オーベルジーヌ」の冬のスペシャリテの一品である「トリフのスープ」。
「ミルク色したスープに浮かぶ厚さ3ミリほどのトリュフのスライス。噛むと脆くて、かすかに音をたてて割れます。途端に口中に広がる官能的な香りに、思わずグフッ、ニヤリ。スープを口に含むと、つぶした百合根のザラっとした食感。楚々とした香り。清廉な甘さ。お皿の底にはさっと火を通しただけ、レアでネットリ、やさしく、やわらかくて、小悪魔のような妖艶な甘さを自己主張する貝柱~」とは、拙著でその料理についてふれた一文です。
以上からも、いかに五感を刺激する料理だったか、おわかりいただけるのではないかと思います。思い出しては、涎が零れ落ちます。香りの素晴らしさ、触感の豊かさが甦ります。
ひと噛みすれば、パリっと音を立てて割れるトリュフのスライス。その官能的な香り。百合根のピュレのざらっとした舌触り、楚々とした、というより土の香りのする素朴さ、力強さ、無垢で純朴なこくのある甘さ。スープに沈む貝柱は、レアでネットリ、噛み締めれば、磯の香りと甘さが立ってくる、という按配です。
実は小滝さんの料理を紹介した著作はこれが2冊目のはず。その最初は「フランス料理店 シェフ小滝晃 オーベルジーヌ 祖国を離れたフランス料理 東京の香る味」と題された中央公論社のシェフ・シリーズのムックとして紹介されたもの。
同料理について紹介された一文によれば「トリュフに合う野菜として私が一番好きなのが百合根である。百合根の甘味はトリュフの持っているいろいろな特質をよく引き出してくれるから」と記されてます。
それが今回の著作では「最初、トリュフでスープを作ろうしてジャガイモを使いました。フランス料理では根のものは根で合わせれば相性がいいといわれてます。トリュフもジャガイモの地中のものですので、やってみました。確かに合うのですが、甘味がないし、コクもない。そこで、同じ土の中のものだから、百合根もいいじゃないかと思い、百合根にしました。するとバッチリ。これで決まったのです」と、記されています。
時を経て、新たに明かされた「秘密」が面白い。
「オーベルジーヌの料理~オーナーシェフのトーク・レシピ」に、ますます興味をそそられました。