2008/09/08

8月の「赤坂璃宮」の銀座店の4

                                                                



















 「蒜茸蒸鮮蝦」で大いに盛り上がった後、登場したのが「腐乳節瓜煲 /節瓜の腐乳煮込み」。

 「この「節瓜」って?」。
 「冬瓜の一種ですね。冬瓜ほどで大きくはならなくて、未成熟の冬瓜ってことになってるんだけど、冬瓜の変種ですね。そういや、沖縄に「モーウィ」って言う「毛瓜」があるでしょ? あれも同じ種類。「節瓜」って、青瓜や白瓜ぐらいの大きさのものから、海苔缶ぐらいのものまであるんだけど、寸胴型。

 その味は、ほら冬瓜って、ざらっとした触感があって、ほろ苦さやえぐみがあるでしょ?それからすると「節瓜」は「瓜」に近くて、ほろ苦さ、えぐみはさほどないんだけど、「瓜」ほど肉質が緻密じゃない感じ、かな。でも、冬瓜に比べて扱いやすいし、下拵えも手間がかかんないから、家庭で使われることが多いですね。スープや煮込み料理に使われたり、丸ごと煮込んだものに干貝柱のくずひきあんかけたり、中をくりぬいて詰め物したり、輪っか状に切って、真ん中に詰め物をしたり、料理の種類は沢山あります!」と、知ったかぶりの私です。

 以前、香港で初めて「節瓜」に出会った頃、日本には「冬瓜」こそありましたが、「節瓜」にはお目にかかれませんでした。「瓜」で代用可、と思い込み「節瓜」の料理に挑戦したところ、やはり、なんだか違いました。肉質、味、風味が違いました。沖縄に同種の「毛瓜」があり、と知ったものの、当時は入手が難しかった。それが、最近になって沖縄の「毛瓜」、日本で栽培されるようになった「節瓜」をスーパーで見かけるようにもなりました。けど、やっぱり、香港、中国本土の南部で収穫されるそれとは、少々異なるようです。

 ところで、今回の「腐乳節瓜煲/節瓜の腐乳煮込み」。広東地方の郷土料理の一品で、家庭料理としても一般的なもの。拍子切りの「節瓜」、干し椎茸の細切り、干しえびが主素材で、香味野菜のしょうがなどと炒め合わせ、だしを加え、塩漬け醗酵豆腐の「腐乳」で味付けし、煮込んで仕上げられたもの。

 香港、広東地方の料理店では「節瓜蝦米煲」、春雨の「粉絲」を加えた「節瓜蝦米粉絲煲」が「小菜」のメニューに紹介されています。「節瓜」を「絲瓜(へちま)」に代えた「絲瓜蝦米煲」、そこに春雨を加えた「絲瓜蝦米粉絲煲」などもあり、むしろ「節瓜」を素材にしたもの以上に見かけることが多いようです。

 「節瓜」は、煮込めばくたくた、とろとろになりますが、今回の「腐乳節瓜煲」はしんなりとした火の通し方で、噛み応えもあり。それに、この料理、香港や広東地方では「節瓜蝦米煲」というのが一般的で、「腐乳」は隠し味的に使われることが多く、料理名には滅多に使われない。にもかかわらず「腐乳節瓜煲」としてあるのはどうしてなんだろうと、最初は疑問に思いました。

 もともと「腐乳」はクセのある味、風味を持っているだけに、好き嫌いは明確に二分されます。「蝦醬」や「鹹魚」ほどの強烈な匂いはありませんが、苦手な人も少なくないようで。ところが、ここ最近は「クセのあるところがたまらない!」という客の声、要望があってか、そうしたクセのある素材を全面に打ち出し、強調した料理を提供、といった傾向が目立つようになりました。ことに、若い料理人がオーナー&シェフを務める店では、塩漬けの醗酵魚の「鹹魚」、えびの醗酵みその「蝦醬」などとともに積極的に素材、調味料理として起用し、看板料理にしている料理人、店も少なくないようです。

 クセのある味、風味を強調すれば、料理としてのインパクトは強烈。そんなところが、クセのある調味料、素材を強調した料理が、積極的に紹介されるようになった理由のひとつとして挙げられるようです。それに、これまで日本では馴染みではなかったことから、物珍しさもあること。その種の素材、調味料を使い、強調することで、いかにも本場風の、あるいは本場そのままの料理としてのイメージを打ち出すのには格好、なんてこともその理由として挙げられるじゃないでしょうか。

 とはいうものの、クセのある調味料、素材を使った料理の多くが、その味、風味ばかりを強調しすぎるきらいもあるようです。ことに、若い料理人がオーナー&シェフを務める店で提供されているその種の料理に、目立って多い。 私が体験した現地でのその種の素材、調味料の使われ方と、日本でのそれを比べてみると、日本のそれの方が、使用される分量も多いし、強調しすぎるような印象を受けることが少なくありません。

 それには、たとえば日本の中国料理が、素材の持ち味、資質を生かすことより、中国料理特有の調味料、料理手法を全面に打ち出すことで成立してきた、という日本の中国料理独得のあり方、歴史にも関係してのことではないか、なんてことにも行き着きます。

 そういえば、若い料理人がオーナー&シェフを務める店では、素材の吟味、選択、料理のバリエーション、さらには創作的料理への意欲が汲み取れる反面、素材そのものの持ち味を生かした下拵え、調味、調理については、いささか心もとない。何よりも素材を生かす上でも、料理をするにあたっても、肝心な「だし」の弱さが決定的な要因になっているように思えます。

 それぞれ「だし」作りに工夫を凝らしているのは理解できます。が、「だし」作りにかける費用には限度もあるようで、料理の主素材を生かすだけの、それにふさわしいしっかりとした「だし」を作っているかどうか、ってことになるといささか疑問、なんてことが多いんじゃないでしょうか。「だし」にかける費用は、そこそこ。それよりも客の目をひきつけやすい主素材の選択、物珍しい素材の購入に力を入れる。そんなことより、料理を作るにあたって肝心な「だし」をどうしてしっかりとらないのか。それに、「だし」作りにどうして予算をたっぷりかけないのか。不思議に思うことがしばしばあります。

 別に中国ハムの「火腿」を使わなくっても、きっちりした「だし」はとれるはず。それに「火腿」を使うなら、使うで、だし作りの素材の吟味こそ大切。それがあってこそ「火腿」もその効果を発揮するのにも関わらず、その基本であるだし作りの素材の選択、吟味、費用のかけ方がおろそかにされている、なんて例が少なくない。「腐乳」、「蝦醬」などのクセのある素材、調味料を使うにあたって、「だし」の存在は無視できないはず、なんですが。

 さて「赤坂璃宮」銀座店の「腐乳節瓜煲/節瓜の腐乳煮込み」。クセのある「腐乳」を使いながら、その味、風味は、あたりが柔らかい。「芡汁」、つまりは、とろみ付けもほどほどで、上品でさりげない。さらに、食べ進めれば「だし」の味が次第に浮かび上がってきます。干しえびの「蝦米」のひなびた風味もあいまった、しっかりした「だし」の旨さ、その重厚さ、深みのある味わいがなんとも印象的。だしがしっかりしているからこそ「腐乳」の味、風味が実に生きてるんだ!ってことがよくわかります。それに、千切りの生姜のヒリ辛の味、風味が、さりげなくふっと頭をもたげ、隠し味としての効果を見事に発揮、なんてところも実に憎い。さすが譚さん、技の見せ所が違います。

 「腐乳」のクセのある味、風味を生かしたこの「腐乳節瓜煲/節瓜の腐乳煮込み」。「おかず」としてうってつけですけど、さりげなさがそこかしこに潜んだ「料理」というにふさわしい一品でした。