2008/07/04

「湖南菜館」の4

 「ほら、これ! 湖南省特産の唐辛子の漬物」と李さん。
 そうか成る程、漬物の酸味が鍵を握ってるわけだ。火を通せば、甘味、旨味、こくを増すって寸法ですね。だからこそ「剁椒魚頭」の清々しくって爽快な辛味、酸味、甘味、旨味、こくが生まれるわけだ!
 そこで思い出したのが四川料理の「泡辣椒」のこと。「剁辣椒」同様、塩で漬け込んだ唐辛子の漬物のことです。

 さて「剁椒魚頭」の「剁」は「刴」とも書きます。その意味は「(切り)刻む」ってことになります。つまり「剁辣椒」というのは、唐辛子を切り刻んだもの。とはいえ、「漬物」にあたる表示はなし。

 そんなわけで「剁辣椒」については興味津々。ウチに帰って早速手元にある資料、文献をひっくり返し、ネットでも検索、調査。ついでに四川の「泡辣椒」についても再調査。その結果は、各自、検索、調査戴ければ明らかです。

 「剁辣椒」は湖南地方特有の唐辛子の塩漬け。一方、「泡辣椒」は四川地方特有の唐辛子の塩漬けと判明。いずれも唐辛子の塩漬け、ということでは根っ子は同じ。
 ただし、湖南地方では「剁」とあるように唐辛子を切り刻んで漬け込む。そこに大蒜を加える、ってこともある。李さんが見せてくれた「剁辣椒」の頭に「蒜茸」とあったことがそれを物語る。

 一方、四川地方の「泡辣椒」。唐辛子は切り刻まずに丸ごとそのまま、というのがほとんどのようで、大蒜は加えられることもあれば、加えられないってこともあるようです。

 話は横道にそれますが、四川地方の「泡辣椒」は、四川特有の味付けである「魚香」には欠かせないもの。一応の歴史があるようです。ところが、陳建民さんによって日本に四川料理が紹介された際、「泡辣椒」は日本で入手不可能だったといった事情もあったらしく、その存在こそ知られてはいたものの、四川系の料理人仲間でも一般化せず。そんなことから日本の四川料理の「魚香」の味付けは、豆板醤が主体に、なんて、歴史、足跡もあるそうです。

 もっとも、ここ10年程だか、最近になって四川に赴いた日本の四川系の料理人がその存在を認識し、日本に持ち返った結果、その存在が知られはじめた、なんてことがあるようです。ともかく「泡辣椒」は、「豆板醤」のように味噌のような味の濃さ、重さがない。むしろ、辛味に加えて、酸味があり、火を通せば甘味、旨味、こくを増すというのがその特徴。

 そういえば、経済的な反映を背景に、濃厚でしっかりした味、風味ではなく、淡白、それこそ清淡で、洗練されたさっぱり味が好まれるようになった、という昨今の四川の料理事情からすれば、爽快な鮮味を生み出す「泡辣椒」を主体にした料理が、評判というのも大いにうなずける話。そうです、今話題の「新派四川」の料理の数々において、「泡辣椒」が果たす役割は大きい、なんてことにも興味津々。

 「湖南菜館」の「剁椒魚頭」を食べながら、そんなことを思い浮かべたりして。
 なんてこと言うと「湖南料理と四川料理は違いますから!」と李さんにお説教されそう。
 実際、唐辛子の塩漬けの「剁辣椒」を使った「剁椒魚頭」を食べてみると、「湖南料理」と「四川料理」の違いがよくわかります。辛味はあっても「麻」の痺れ味なし。それに酸味の使い方、それも、塩漬けの唐辛子の「剁辣椒」から生まれる、酸味、甘味、旨味、こくのある味は、違いますから。

 それにしても「剁椒魚頭」。その色、下拵え、味付け、調理の技、味わい、風味は、見事です。日本で、東京で、こんな料理に出会えるとは思いもしませんでした。ですが、それだけに惜しいと思ったのは、素材の選択、吟味のことです。「湖南菜館」の料理人の緻密で繊細な味付け、見事な調理の技を生かせる素材、鯛じゃなくって、他にあるんじゃないか、なんて思い巡らしたりして。余計なお節介かもしれませんけど、そこんところはなんだかモヤモヤ。

 そして、登場したのが「毛家紅焼肉」。 楽しみにしていた一品でした。

2008/07/03

「湖南菜館」の3

 「湖南菜館」の「剁椒魚頭」は実に旨い。美味です。
 辛味が利いてます。鮮烈な赤い色彩がそれを物語ってます。 とはいえ、赤い色彩は唐辛子だけでなく赤いパプリカもあってのこと。その赤いパプリカ、青臭さ、ほろ苦さ、甘さがあって、唐辛子の辛味を和らげてます。それに、微塵の唐辛子、パプリカなどで覆いつくされた魚の頭を取り囲む赤いパプリカの存在も見逃せない。 このアイデア、一体誰が考案したものなんでしょうか。

 某グルメサイトの紹介によれば、「湖南飯店」の料理人は本土の「毛家飯店」の本部出身とのこと。
 早速ネットで検索。本部のサイトでは「剁椒魚頭」の画像が見つけられず。 ところが、北京をはじめ中国全土にある『毛家飯店』、なんだかフラインチャイズ・システムの感じなんですが、中国各地の各店のサイトで見つけた画像によれば、なんと赤いパプリカじゃなくって赤い唐辛子の小口切りがどっさり。

 ということからすると、赤いパプリカを効果的に使ったのは「湖南菜館」独特のもの?美的効果、それに、辛味を和らげるための工夫から生まれた産物、なんでしょうか? その辺りの事情を詳しい方、是非、ご連絡を!

 ともあれ、赤いパプリカは実に効果的。本場そのまま、唐辛子の小口切りどっさりなら、まちがいなく抵抗があるかも。もっとも、中には、本場かぶれ(って、私もそうですけど!)、まんま、唐辛子の小口切りどっさりでなきゃ、って人もしるでしょうね。いや、まじ、私もそれを試してみたい!

 それより、この「剁椒魚頭」の美味は、辛味だけじゃなく、酸味がしっかり利いていて、しかも、直接的ではなく、まろやかで滑らかな舌ざわり。こくや旨味があります。
 そう、酢、漬物の乳酸、酸味の強い果物に火を通せば生まれるあの味、風味!
 酸味だけでなく、甘味、旨味がある。それと唐辛子の辛味が入り混じって醸し出す清々しくて爽やかな味、風味、コク、旨味が、しっかり味わえる。

 実は、最初、メニューを決める段階で、お店の人にあれこれ尋ねました。
 アテンドしてくれたのは山東省出身の女性です。料理の内容のあれこれ、どんな調味料を使っているのか、仔細を尋ねた際、基本の調味料を確認。その対応、回答が実に懇切丁寧。もちろん、MSG(化学調味料)の類の使用の有無についてもです。

 なんて、MSGの話題に触れると、批判、非難の嵐を浴びることがあるのはちょっと厄介。
 もっとも、私、「今更そんなこと御託並べて、大げさに言うか!」の、スローフード信者でもなければ、生産者礼賛のフードライター諸氏に目立って多い「絶対的な有機無農薬産物信者!」でもありません。
 個人的な嗜好からでもなく、早い話、一定の摂取量を越えると身体に異常をきたす!というだけのことなのですが………。

 ともあれ「湖南飯店」におけるMSGの使用の有無、その対応、処置については、なんと嬉しいことに本土の料理店、一般の大衆食堂並みのレベル、寛容さ! といっても、それをふんだんに使うってことじゃありません。客の要望にしっかり応え、使用有、無し、その減量にも対応。既に使用済のものは、それを明確に教えてくれ、「どうしましょうか?」と、その対応は実にきめ細か。
 私、思わず「ワオ!」と、快哉を叫びました!
 嬉しいじゃないですか!日本の中国料理店も、是非、見習って欲しいところです!

 なんだか、話が横道にそれちゃいました!
 そう、メニューを決める段階で、あれこれ、話を聞いた段階で、使っているお酢は日本のそれ。
 黒醋はない、ってことでした。なんてことからすると、「剁椒魚頭」のまろやかな酸味、甘味、こくは「お酢?日本のお酢で、こんな味、旨味、こくがでるの?」

 「違います!」と、李さんはきっぱり!
 同時に、やおらキッチンに姿を消し、携えてきた調味料の一瓶をテーブルの上に!
 「これ!これです!これがその秘密!」
 それには「蒜茸剁辣椒醬」と記されてました。
 湖南省株洲市産のものでした!

2008/07/02

「湖南菜館」の2














これが奈々先生の絶対のお勧めの料理「剁椒魚頭」。 メニューには「「湖南料理の代表作!」鮮魚のお頭のぜいたく蒸し」とありました。この料理はどうしても食べたかった。ものの本やらネットで検索すれば湖南料理の名菜として紹介されている一品です。

 湖南省という地名は、湖、すなわち洞庭湖の南に位置していることに由来。その洞庭湖はじめ、近辺で生息する中国四大家魚(青鱼、草鱼、鲢鱼、鳙鱼)のひとつ、鳙魚を素材にしたのが「剁椒魚頭」、あるいは「醤椒蒸魚頭」。

 その鳙魚、鯉科の一種で、頭がでかくて、なんといっても頭が旨いってことで、大頭魚、熊魚とも言うらしい。そんな淡水魚を素材にして、湖南独特の「剁辣醤」や生の唐辛子を刻んでたっぷりかけて蒸した料理なのが「剁椒魚頭」。

 けど、待てよ?
 日本じゃ鳙魚どころか、残る中国四大家魚の青鱼、草鱼、鲢鱼だって入手は難しい。北京の湖南料理店には大頭魚を洞庭湖から直送、なんてとこもあるようで。なら、日本にも直送が可能なはず。ましてや淡水魚、ですから輸送に時間がかかったって、元気で長持ちしそう。しかし、その辺り、うまい按配に運ばないのが中国と日本の流通事情。ましてや淡水魚の日本での市場価値は絶望的。どれだけ在日、滞日中の中国人の方々が熱望しても、無理でしょうね。
 そういや、上野の御徒町の中国物産の店や、大阪の三寺街界隈にある上海料理の店には、生魚、鮒や鯉が!思わず買って帰りたい欲望に駆られます。

 さて「湖南菜館」の「剁椒魚頭」。魚を何に置き換えているかってことに、興味津々。そのあたり、食文化比較をテーマとする私には、関心のあるところです。メニューには「鮮魚のお頭のぜいたく蒸し」とあったんで、もしかして「鯛」と予想していたところ、案の定、ピンポン! でした。

 「そうか、鯛か・・・」と、予想はあたったものの、正直な話、ちょっとばかりがっかり。料理の値段からすると、養殖の鯛だって想像がつきますから。
 でも、ま、ワイルドだったり、素朴だったり、本場そのままの中華(の味、風味)を期待するむきには、養殖だろうが、天然だろうが「なんたって旨くて安けりゃ、それでOK!」なんてノリが支配的。そんなところで「養殖?」と聴くのはヤボ、言わずもがなの世界。

 ま、そいう認識のハードルの低さやら、素材の吟味、素材の質、素材にかける値段に制限あり、っていうのが本場そのままの美味を日本で再現するにあたって、ネックなのは事実です。
 「中華って、そんなもんじゃないっしょうが!安くて旨いのが当たり前、なんだから!」と、フレンチ、イタリアン、和食の極上の美味から大衆的で庶民的なラーメンの美味までほめそやす料理評論家、フード・ライターばっかりじゃなく、その種の人がウザイと噛み付く人々だって、口にしそうなセリフ、でもあります。

 もっとも、現実問題として本場中国の淡水魚、ある種のものは養殖化がさかんに行われ、香港あたりの市場に出回っている大半の淡水魚は、養殖のそれ!という実状はよく知られている話。中には厄介な問題も抱えたものもあって、たまに新聞種になったりしてますから、うかつには手を出せないという現状もある。

 そんな問題を抱えつつも、やっぱり、淡水魚を素材にした「剁椒魚頭」を食べてみたい。が、日本では淡水魚の調達が難しい、ということからすれば当然、海水魚。そこで、素材を置き換えるなら、素材の肉質、持ち味なども考慮してもらいたい。ところが、本土からやってきた料理人、香港や台湾からやってきた料理人もそうですが、日本の魚事情にはうといのが現状のようで。おまけに経営者は、仕入れの値段、原価のことも考慮しますから。

 李さんに尋ねたわけじゃないんで実状は不明ですが、「湖南飯店」の「剁椒魚頭」の素材が「鯛」の頭になったのは、日本人への馴染みも考慮してのことでしょう。
 でも、ま、養殖の鯛でもいいじゃん。現地の味を再現、という調理、調味が目当て、それに出会えれば幸せ、そこに命、生きがいをかけるしかない。
 なんてことで挑戦した「湖南飯店」の「剁椒魚頭/鮮魚のお頭のぜいたく蒸し」、実に見事でした!

 湖南に行ったこともないし、北京の湖南料理店に行ったこともなし。
 ネットで検索した「剁椒魚頭」のほとんどが、魚の頭の上に小口切り微塵切りの赤い唐辛子、もしくは、青い唐辛子がどっさり。

 ところが「湖南菜館」の「剁椒魚頭」は、その赤い色彩が美しい。料理がほんとに美しい。本土の料理ならではの美しさ。本土からやってきた料理人じゃないと作りえない美しさです。
 周りを取り囲むのは赤いパプリカ。そして、小口切りの赤い唐辛子に混じって、赤いパプリカの粗微塵切りなどがどっさりで、魚の頭を覆いつくす。むやみやたらにどっさりなんじゃなくって、その分量、按配は、かみさんが指摘していた通り、中国料理の宴会料理の一品の美学、美意識が貫かれたもの。

 晴れ晴れとしたその佇まいに、惚れ惚れとしました。
 この店、それに、これを作った料理人、すげ!
 なんて、目の前にした料理を見て、そう思いました。

2008/07/01

「湖南菜館」の1

噂の歌舞伎町の「湖南菜館」を初訪問。

噂の、なんて言っても私の周辺でのことで、果たして世の評価はどうなんでしょうか?

 ちなみにネットで「湖南菜館」を検索。
 そしたら、もっぱらランチメニューで店、味の評価の投稿がほとんど、なんてことからその評価はまったくあてにならず、店の所在、場所、地図の確認のためにしか存在価値や用のない通称グルメサイト、それに地元新宿歌舞伎町の応援サイトやブログでその名を発見するのみ。

 それ以外には、極私的マニアックな食のブログ(あ、私のもそうですね!)でその紹介を見かけたぐらい。なんてことからすると、もしかしてまだ知る人ぞ知る店のひとつ?なんでしょうか。

 「湖南菜館」のことを知ったのは、ウチのかみさんが友人共々勉強中の中国語の教師である奈々先生に課外授業として連れられて行ったのがきっかけです。奈々先生も「湖南菜館」のことを知ったのは、御主人で某新聞社勤務のカメラマンの郭さんが、たまたま「湖南菜館」をプロデュースした李小牧さんを取材、というのがきっかけだったそうで。

 そうです、この店、新聞や週刊誌などで見かける「歌舞伎町の案内人」こと李小牧がプロデュースした店。確か昨年の夏に開店したはず。新聞かもしくは週刊誌で見かけた記事が印象に残ってたことや、他の人からも噂には聞いてました。

 ちなみに、某グルメサイトには「『歌舞伎町案内人:李小牧』プロデュースの店」、ってことで、店の案内、湖南料理の特徴、効用が簡単に紹介され、しかも、本場中国の名店『毛家飯店』本部から料理人を招聘、なんてある。

 もっとも、そんな紹介を読んでも、日頃、その某グルメサイトへの不信と疑惑を抱き続ける私としては、額面通りには受け取れません。ところが、課外授業で奈々先生に引率され「湖南菜館」に出かけたウチのかみさん 「(中国)本土の味を味わえる店、めっけ!」と、大はしゃぎ。

 「値段が安いんで、素材はそれなりなんだけど。ま、その辺りはしょうがないとしても、素材の下拵え、素材の切り方とか、料理一品の素材の組み合わせや分量に按配、それに、なんといっても調理が素晴らしいし、風味、香りがあるの!全然、日本の中国料理とは違う味、風味!」と、熱弁しきり。

 な、こと書くと、一体どんな夫婦?なんて思われるかも。ま、長年連れ添ってるもんで、食事時に限らず交わす会話はそんなのばっか! というか、うちのかみさん、話題が豊富。ですけど、私は大抵、ただただふんふんとうなずくだけ。 夫婦の会話が成立するのは、私が会話の受け答えができる飯、料理、食べ物の話ばかり。

 ともあれ、かみさんから話を聞いて以来「湖南菜館」に出かけたい思いながら、それが果たせず、ようやく初訪問が実現できたのは先月のことでした。 といっても、多人数で訪れての宴会なんかじゃなく、とある方との打ち合わせの場所にふと思いついて出かけた次第。
 そんなことで人数はふたり。注文できる料理の数は限られますが、評判に聴いた肝心な料理はしっかり押さえました。

 まずは、前菜代わりに「口水鶏/よだれ鶏」。 いや、初訪問ですからほんといえば前菜にも関心ありでしたが、その内容を見てもなんだかそそられませんでした。

  さて「口水鶏」といえば、四川料理のそれが一般的。なんでも近年、人気、評判を呼んで、いまや四川を代表する料理の一品に。四川料理が大流行の北京経由で日本にその評判が伝わった、との説もありで、その話もうなずけます。

 ですが「湖南菜館」の「口水鶏」は、東京のいくつかの店でお目にかかれるそれとはいささか趣が違いました。 なんていうより、湖南料理に「口水鶏」ってあったっけ?いろいろ資料調べても、なし。
 ってことからすると、北京通いを頻繁に繰り返しているらしい李さんのアイデアで、メニューに加えたのかも。その話、李さんから聞きそびれました。

 ですが「あのこれって、他の店の、ほら、四川料理店の「口水鶏」とは、味も風味も違うけど、どんな作り方?」なんて、李さんに尋ねたら「あ、それ、俺、わかんないや!料理人にまかせちゃってるから!」とのことでした。

 画像でも明らかなように、辣油まじりのタップリの油が、茹でた鶏をひたひたの状態で覆いつくし、なおかつ胡麻がたっぷり。それに白髪葱。
 鮮烈な赤が物語る通り、辛い!ひーひー、ふーふーの辛さです。
 連れの「辛い!」という一言には、明らかに「激辛だ!」のニュアンスが。けど、私にはフツーの、なんてことない辛さ、でした。

 それより、豆豉、つまりは、醗酵した黒豆味噌なんかも入っていながら、四川料理店で食べる「口水鶏」にくらべ、豆板醤の味、コクや、花椒の「麻」の痺れ味がない。酸味、甘味もある爽快で鮮烈な辛さが特徴的。甘味、というのは、たっぷりの油にも関係してのことかも。そこに酸味がからんだ酸辣の味、風味。それが「湖南菜館」の「口水鶏」でした!

2008/06/24

「赤坂璃宮」銀座店の4

 嬉しいことには会議の仲間、会議の担当氏の誰もが、嫌いな物はなし。食への好奇心は旺盛です。
 たとえば仲間のひとりは「わ~、こんなの初めて!」 と、嬉々として、未知の味を恐れない。
 もうひとりは料理好きで料理への探究心も旺盛。それに、自分で料理するだけでなく「ハンバーガー」から「牛丼」までファーストフード事情にも明るく、ことに話題の「メガ」プロダクツの事情通。料理ってのは美味しいだけではなく、ビッグなメガサイズ、たっぷりの量があってこそ御馳走の必須の条件、という主張が頼もしい。

 なんせ洋食屋での会議の頃、メインの料理にピラフなどご飯ものの一品の「盛り」の量、「並」サイズの「普通盛り」から始まり、次第にエスカレート。「中盛り」を突破して「大盛り」に落ち着き、さらには「超大盛り」が慣例化!
  以後、店が変わってからもその慣例は受け継がれ、中国料理店での最後の締めくくりの面飯類は、会議のメンバーそれぞれに合わせた3種の「盛り」の登場が定例化。実は私も「並」サイズの「普通盛り」では満足がいかず、さすがに「超大盛り」までは行きませんでしたが、「大盛り」を注文していた次第。

 はたして「赤坂璃宮」の銀座店での食事の締めくくり。面か飯のはず。期待に胸を膨らませていたところに登場したのが、なんと「鹹魚肉餅煲仔飯」。


 それが、直径14~5センチほどの小ぶりの土鍋で調理されたもの。一人前用の土鍋で炊かれてました。

 ひとりに土鍋、ひとつづつ。香港でもこんな小さい土鍋は見たことがない。私は初体験。それだけまた、盛り上がっちゃいました。 が、まてよ、そうか、今日は打ち合わせ不足、言い忘れちゃって、最後のご飯は、皆、同じサイズ。ってことは、分量が足りない?

 「鹹魚肉餅」の肉餅は、豚のひき肉。しかも、慈姑(くわい)入り、ってのが(譚さん)憎い!
 さらに、塩漬け醗酵魚の「鹹魚」は、なんと「馬友」(っていうのが、ますます譚さん、憎い!)。
 塩味しっかり利いているだけでなく、風味抜群、強烈な香りがたまらない「梅香」もの。「鹹魚」好きにはたまらない。こたえられない逸品です。
 「鹹魚」といえば必ず引き合いにだされるのが「くさや」ですが、所変わればで、味、風味は異なります。

 「これが「鹹魚」?」。
 「肉餅」の上にのっかった「鹹魚」は、幅3センチ、長さ4センチ強ぐらいで、厚さは5ミリ程。
 「そそ!そいつをほぐして、肉もほぐして、ご飯にかき混ぜて、ほら、そのタレ、ね!
 「老抽」って、中国たまり醤油と、油とだし少々で出来てんだけど、そいつをかけて、ご飯に混ぜ合わせて食べる、って寸法。ほら、タレは、最初からたっぷりじゃなくって、加減しならが!」
 とまあ、ここでも小言ぢぢい(私です)は、いちいちうるさい。

 「「煲仔飯」って、要は炊き込みご飯だなんだけどさ(はふはふ!)、あぢ!
 日本の炊き込みご飯とかこの手の釜飯って、ご飯を出しで炊くでしょ(はふはふ!)?。
 それが「煲仔飯」は、ご飯と一緒に炊き込む下拵えして(はふはふ!)、 味付けした具材から出る汁やエキスだけなの(ホ~!)。

 う~ん、美味しいは、これ!
 あ!慈姑(くわい)! ほくほくの感じがわかるぐらいに切り分けられてて、いい感じ!
 肉だけじゃなくて、慈姑(くわい)を加えた、ってのが、憎いなあ(はふはふ!)。
 え、どこまで、話したっけ?(って、誰も聞いてなかったかも!)
 あ、そだ、素材の持ち味を生かす炊き方ってことです!」。

 「ね、この「鹹魚」って、この分量でもしっかりした塩味で、旨いねえ。これだけで、ご飯食べられちゃうぐらいだね!」。
 「うん、それって、全然あり! 旨い「鹹魚」があれば、ご飯、いっぱい食べられるから。
 けど、ほら、今日は、ひき肉と一緒に炊き込んだってことで」。

 それにしても「鹹魚肉餅煲仔飯」はビッグ・サプライズ。
 なんといっても一人用の小さな土鍋で、というプレゼンテーション、譚さんの見事な演出に脱帽!演出だけではありません。
 ほんとに、旨い。風味がありました。


    

 








 最後のデザートは、マンゴ・プディングはじめ冷たいデザートが4品、銀のトレイで登場。さらには「麻蓉芝麻球/黒胡麻あんの胡麻揚げ団子」も。 冷製のデザート、マンゴ・プディングに人気が集中、かと思いきや、会議のメンバー、選んだのはてんでばらばら。それぞれに個性的、と言いますか、しっかりした主張がそのまんま表れた、という感じで、本題の会議になだれ込み。食事が旨いと、会議も盛り上がります!

2008/06/22

「赤坂璃宮」銀座店の3


 「時菜油泡扇貝」、おまけに、添えられた四種の「醤」で、大いに盛り上がった後に登場したのが「黒椒炒和牛/和牛肉の黒胡椒炒め」。
 「ワッ! 肉! 牛肉じゃん、これ!」と、大盛り上がり。そうです。牛肉と言うだけでも、盛り上がっちゃいます。ですが、それだけじゃないんですよね。

 その味付け、調理、香港の広東料理ならではのもの。 香港の広東料理の定番的な料理、メニューのひとつに「中式牛柳」というのがあります。 中国風のフィレ肉のステーキ。訳せば聞こえはいいものの、かつて香港で牛肉といえば、日本のそれのように刺し(脂肪)が入った身の柔らかいものじゃなくって、農耕系の牛や水牛をつぶした硬い肉が中心。

 そんなことから、肉をいかに柔らかくして調理するか、という創意と工夫が凝らされた。それが、戦後、各国から輸入肉が到来。中でも人気を得たのが日本の牛肉だったことは言うまでもありません。が、値段は高い。 そこで、一般庶民にもてはやされたのが米国、豪州産の牛肉。中でも人気を呼んだのが、黒胡椒風味のステーキ。 最初は香港の洋食店で人気のメニューに。それが、広東料理店にも浸透し、かつての「中式牛柳」にとって替わるほどになりました。

 黒胡椒のひり味の利いた牛肉のステーキを噛み締め、戦後の香港の広東料理における牛肉料理の変遷を思い浮かべた次第です。

「赤坂璃宮」銀座店の2

続いては「時菜油泡扇貝/活け帆立貝と季節野菜の炒めもの」。 料理が綺麗ですね。「ヘイフンテラス」の黒服の女史に見せつけたいぐらい。

 












 あ、そうそう。過日、我が友人、久々に「ヘイフンテラス」を再訪。私も誘われましたが、生憎、一緒できず。友人の話によれば、黒服の女史いたそうですが、アテンドはしてもらえず。
 それより、旬の素材を使った郷土料理の種類が増えて、以前よりも幅広くなった様子。
 もっとも、肝心の味は、日本のホテル中華のそれで、風味に乏しいとか。以前、出かけた時の方が良かった、って話でした。
 噂によれば、キッチンの日本人スタッフ、いろいろ入れ替わったそうです。

 話、戻して、季節野菜は「芥蘭」。千葉で栽培したもの、なんて話でした。まずは人数分を大皿盛りでお披露目。そん時、貝柱の油泡と気づいて、すかさず「あの、一緒に「蝦醬」、「蠔油」も持ってきてね!」と念押し。
 お披露目があってから、小皿にひとり分づつ取り分けられた「時菜油泡扇貝」が配られるのに時間はかからず、同時に別のアテンドの女性がテーブルの上の円卓の上に「蝦醬」、「蠔油」だけでなく「辣椒醤」、「XO醤」をずらりと用意。

  その昔、「赤坂璃宮」の赤坂店でのこと。開店当初、譚さん、ホテル・スタイルのサービスを積極的に取り入れたものの、サービスの人々、料理に即した各種の「醤」類、用意するのを忘れがち。というよりその認識など無かった様子でした。

 譚さん、香港の最新流行を取り入れながら、抜群の料理の腕の冴えを見せて、繊細で上品な味付け。ですが、香港じゃ料理によって用意される「醤」の類、たとえば「油泡」の魚介には「蝦醬」、「蠔油」、鳩の焼き物の「脆皮焼乳鴿」や鶏の丸揚げの「脆皮鶏」にはレモン・ソルト、ウスター・ソースが、添えられないまんま。

 せっかくの譚さんの料理も、なんだか今ひとつ物足りない。譚さんの腕、最大限に魅力を発揮できないってことが、ままありました。
 そこで「あのう~、すんませんが~」と、恐る恐る「醤」の類を頼み、その登場を待ってる間に、他のメンバー、ほとんど料理食べ終わり状態、なんてことも。

 今ではそんな昔話とは比べ物にならないぐらい、ひとり分ずつ取り分けられた料理のサービスは迅速。各種の「醤」類もすぐさま登場。
 実に気分爽快、というか、それだけでも嬉しくなって、美味しさ倍増。

 「え~!こんなに「醤」類が並んじゃって! どうするわけ?」。
 「あ、これが、蝦の醗酵味噌の「蝦醬」。早い話、アミの塩辛みたいなもん。これがオイスター・ソースの「蠔油」。そのどっちかをちびっとだけ、貝柱につけて食べると、貝柱の甘味、旨味が引き立つ、ってワケ。
 ほら、貝柱はさっと油通ししてあって、火が通って、甘味、旨味が封じ込められてんだけどさ。
 そこで「醤」をちょびっとつければ、貝柱の凝縮した甘味、旨味、風味がますます引き立つ、って寸法。
 あ、ちょびっとだけね、つけるのは。タップリはだめ!」
とまあ、小言ぢぢい(って私ですけど)、いちいちうるさい!

 
ですが、私の話に最初「ン?」といぶかしがってた皆の表情が、食べてみれば満面の笑顔に豹変。「なるほど!」と、「醤」を添える。しかも、ちびっだけの効果を納得してもらえた様子。





 「で、この見た目辛そうは、どうなの?」。
 「えとね、ちょい濃い目、焦げ茶の色あいのやつね。
 「辣椒醤」ってことだったから、唐辛子の醗酵味噌。
 けど、四川のほら蚕豆と唐辛子で作った「豆板醤」とは違いますから。

 ちょっと味見してみると、普通の「辣椒醤」よりも、唐辛子の辛味がしっかり利いて、小麦粉などを混ぜ合わせた「桂林辣椒醤」のようでした。

 「で、これは、皆さんご存知の「XO醤」。 ほら、干貝柱がたっぷり入っていて、辛味もそうだけど、旨味、風味、抜群のやつ!
 ちょっと待って、味、先に試しますから!」
なんて、頼まれもしないのに、先に勝手に味見。

これが、なんと、干貝柱の旨味、風味しっかり、ばっちりでした。
「旨いわ、これ!」 と、皆のことをすっかり忘れて、私は夢中!

 「そんなに?」といぶかしがる面々。
 早速「XO醤」をまわしたところ
 「これ、めっちゃ旨い。貝柱につけるのも旨いけど・・・
 あの、ご飯もらえないかしらん、すぐに!
 ご飯と一緒に食べたいから!」
 なんて、皆な、私に負けず劣らず、わがままなんです!

2008/06/18

「赤坂璃宮」銀座店の1

 久々に「赤坂璃宮」の銀座店で昼食。充実したランチでした。

まずは前菜。 香港からやってきた焼き物「焼味」の師傳、梁さんの指導による「焼味」は、さすがに旨い。

手前が皮付きの豚のバラ肉を焼いた「焼肉」。 その後ろ、右から家鴨の焼き物の「焼鴨」、真ん中が地鶏の醤油漬けの「醤鶏」。奥には小さな器に「くらげ」。こり、ぽりの触感が堪らない。

 添えられているのは、青ずいきと小松菜。青ずいきは湯がいて、酢であえているような味。小松菜は生のまま。パリっとした触感でした。

 それに続いたのが「冬瓜瑶柱羹」。
 だしの味が素晴らしい。きっちり、丁寧で、緻密。しかも、奥行き、深みのあるしっかりした味わい。
 ふくよかでいて、がっしりした力強さがありました。

 総料理長の譚さん。細やかな感性の持ち主ですが、そのしなやかな力強さも再認識。
 「冬瓜瑶柱羹」にがつんとくる力強さを感じました。

2008/06/16

誕生日


ということで、15日、またひとつ歳をとりました!
ますます小言ぢぢいの一途を辿りそうで・・・・
とりあえずは、ご報告まで!

2008/06/14

閑話休題 鳥越祭の2


 鳥越の本社御輿の渡御で、一番の話題、見ものは、地元の「睦」、「宮元」による「宮入り」の道中を妨げ、本社御輿をつぶそうとする六尺一丁軍団殴りこみ、ってことになってます。見物の野次馬にとっては、面白くて、楽しみな「鳥越祭」ならではの見ものです。

 ですが、見物人がひしめく「宮入り」もさることながら、地元の「睦」による本社御輿の町内渡御の「宮出し」での厳かな風情が、実に味わい深い。眠い目をこすりながら、鳥越の本社の「宮出し」を目の当たりした光景は、いまだに忘れられません。
 私が鳥越でお世話になってるのは小島の越村さんち。
 小島の町会の睦で「今年、最年長になっちゃったよ!」って、満面笑みを浮かべながら、今年の鳥越祭でも大張り切り。越村さんのお世話になってから、もうどんぐらいになることやら。
 きっかけは川越の豆腐屋の小野哲に紹介されてからです。仕事の関係もあってか日曜の本社御輿の町内渡御しか参加できない豆腐屋の小野哲と違って、仕事なんかおっぽりだして御輿を担ぎたい私は、毎年、宵宮、翌日の町内御輿の町内渡御、本社御輿の町内渡御と、すべてに参加。

 御輿担ぎの合間には、越村家の居間に居座り、飲んじゃ喰い、眠くなれば「あ、すんません、眠いんでちょっと」と、越村家の2階でごろ寝、という遠慮がなくってあつかましいマイペースな御輿担ぎおたくです!
 そんな越村家の鳥越祭の日々、入れ替わり立ち代り訪れる人々の顔ぶれが面白い。
 まさしく新年の賑わいそのままです。
 まずは、越村さんの長兄の島倉さん。日曜日には息子のしょうへい君夫妻が加わります。普段なら板橋の次兄のお兄さんご夫妻も。ですが、今年は体調を崩されて欠席。そこに、なんでだかいつのまにか私が居座ってます。しかも、居間に上がってすぐ左、TVの前というのが私の定席。
 
 それを迎えるのは越村さんのおかみさん、息子のこうたろうさん。が、今年は、おかみさん体調芳しくなく、おまけにこうたろうさんも仕事で出張。そこで、大踏ん張りなのが、長女のくみこさん。関西弁がペラペラで、私との会話は、いつもツッコミとボケの間柄。まるで漫才をやってるみたいと言われます。

 そこに越村さんの町内の睦の面々がやってくる。その大半が、どうやら越村さんが鳥越祭りの日々に作る「おでん」目当ての様子!
 越村さんちの「おでん」は、祭りの前日から昆布を水出しにし、鰹節を加えて作った出しが味の要。
 それから二番だしを作ったり、水出しにした昆布も無駄にせず、割いて、結んで、おでんの種に。
 おでんの種の練り物類は、実は、四国の今治の桧垣かまぼこに依頼して送ってもらったもの。そこに東京ならではの具種、卵、こんにゃくなどを加わります。ちなみに、今治の桧垣かまぼこは私のお気に入り。簀巻きの「鶴姫」の素材の持ち味がする飾りのないピュアな美味が好みです。関西では「てんぷら」と称する具種に工夫を凝らした各種の練り物類の素朴でピュアな味もグッド。
 祭りの前日から出しを仕込み、大きな鍋一杯に盛り沢山の具種を入れて、煮込んだ越村さんの「おでん」は、越村家を訪れる人々の間では評判のもの。
 「今年の出しの塩梅、どうかな~」
 と、いつも決まって、最初は不安気な表情の越村さん。
 今年はおかみさんが不在のため、くみこさんが、味見の手伝い。
 「もう、忙しいのに何回も何回も、「(出しの)加減どう?」なんて、しつこくしつこく聞かれて!」と、呆れ顔のくみこさん。
 もっとも、じっくり煮込んで時間がたてば、出しもいい塩梅になって、具種のどれもが食べ頃。
 一口食べて、誰もが「美味しい!」。
 その一言で、越村さんもにんまり。
 中でも人気のあるのが「たこ」。これが実に美味。
 誰もが「たこ」の美味を知っていて、「たこ」が入ると、みるみるなくなります。
 その「たこ」を目当てにやってくるのが、米屋の都築さん。今年はおかみさんも一緒でした。
 それから、越村さんの隣人で、びく抜き、つまり紙の打ち抜き加工をやってらして、とあるオーケストラのトランペット奏者でマネジャーも務める小島さんはじめ、町会の睦連の方々が入れ替わり立ち代りやってきます。

 そして、越村さんちで知り合ったのが、勅使川原さん親子。
 娘の恵美さんの御主人はリヴァプール出身で日本で英語教師を務めるスティーヴン。弟のリチャードがやってきたこともありました。現在は、リヴァプールのビートルズ・ミュージアム勤務。

 今年は、そこに越村さんの町会の睦仲間の松下さんの娘のえみさんが、リヴァプールに留学中に知り合ったボーイフレンドのマイクと一緒にやってきた。
 それに、ここ数年、私が御輿に引っ張り込んだ甥っ子が、仕事仲間でヨークシャー出身のサイモンを連れてきた。
 さらには、スティーヴンの知り合いで、リヴァプール出身で名前の似たスティーヴが加わった。

 今年の鳥越祭の越村家には、イギリス中部の出身者がずらり。
 例えれば、宮城出身の3人に岩手の出身者が加わり
 「おめえ、あそこの在、なのが~?」
 なんて感じで 地方訛りむき出しの英語が飛び交う有様。結果、スティーヴとマイクは同じ学校の出身で、先輩、後輩の間柄だった、なんてことも判明!
 
 イギリスから遠く離れた極東の地で、出会った4人の盛り上がりようは、尋常じゃない。英語の訛り具合は一気にエスカレートし、4人はなお一層、早口でまくしたてる。
 ですが、越村家の居間に居合わせた4人以外、何が何だかわけがわからず、目の前を飛び交う異国の言葉に、誰もがあっけにとられ、ポカーン状態。通訳を買ってでようにも、訛りがすごくて手に負えないもんで(なんて、ごまかしたりして!)
 実は越村さんち、毎年、国際色豊か。異国の人がなんでだか、越村家の居間にいるのが面白い。
 なんせ、かつてはアラブの某国の大使もやってきた、とまあ、毎年、鳥越祭の日々の越村家はインターナショナル。

 スティーヴンと恵美さんには、長男のショーン/翔音と長女のカナ/可奈ちゃんの二人の子供。
 ショーン君、日本語をあまり話す機会のない父親のスティーヴンの通訳を務めてくれるのが頼もしい! それに、鳥越の生まれ育ちの恵美さんの血をついで、祭り、御輿が大好きで、祭りの間は鯉口に股引姿。
 
 おじいちゃんの勅使川原さん、ショーン君のそんな姿が可愛くてたまんない様子。
 そんな二人が並んで太鼓の山車を押す画像を、恵美さんが送り届けてくれました。

2008/06/10

閑話休題 鳥越祭の1

あ~あ、終わっちゃいました、鳥越祭。

5月の三社、6月の鳥越は、私にとって一年を通して最大のイベント。その 三社と鳥越、それぞれに味わい、雰囲気、風情が違います。

「三社なんて、観光化された祭、だもんな」なんていう人もいたりしますが、私はそうは思いません。確かに三社には独特の華やいだ雰囲気があるのは事実です。

 それより、三社と言えば「宮出し」のことばっかりが話題になって、三社祭を取り上げるマスコミの報道もそれ一辺倒。もしくは、例年百万人を越える、とか言われる三社目当てに浅草に訪れる観光客の人数や、浅草神社から出て町内を渡御する三つの宮御輿のことばかり。

 もちろん、本社の三つの宮御輿の渡御は特別なもんです。それがあってこその三社祭です。が、三社の本社の御輿渡御の真髄は「宮出し」よりも、おごそかな雰囲気に包まれ、遠い昔の時代に舞い戻ったような錯覚に陥る「宮入り」にこそあり、というのは地元の人々の多くが語ること。

 それに、町内ごとにある御輿の町内渡御も和やかで楽しい。 私が世話になってる雷門中部は、土曜、日曜の両日の町内渡御では、浅草神社、浅草寺にまで繰り出します。その間、宝蔵門や雷門の潜り抜け、仲見世の通り抜けは、担ぎ手にとって興奮とスリルを覚えずにはいられない美味しいスポット。

 宝蔵門や雷門では、御輿担ぎの掛け声が、わんわん響いて耳に届き、興奮を覚えずにはいられない。担ぎながら門を潜ってこそ、味わえるもの。仲見世の道中も、掛け声がわんわん鳴り響いて耳に届きます。それも、担いでいるからこそ、味わえるもの。 それに、三社のそれぞれの町内の人たちの楽しみ方も和気藹々としていています。

 鳥越の人たちの祭りの楽しみ方も面白い。格別な味わいと独特の風情があります。
 三社の華やかさや粋な趣とはいささか違い、気取りが無くって、ざっくばらん。
 実にくだけていて、人情味にもあふれていて、ぐっと庶民的。

 もちろん、地元の人たちにとって鳥越祭は日常の「ケ」ではなく、まさしく「ハレ」の日々。
 それを象徴するのが、鳥越の祭り、御輿を扱ったカレンダー。
 その始まりは、なんと6月。すべては鳥越祭から。
 なんてことからも明らかなように、鳥越祭のある6月、鳥越祭の日々は、地元では新年、正月というにふさわしい。ですから、地元の人の祭りの楽しみ方は、新年、お正月の楽しみにも似ています。 町内ごと、家ごとに、それぞれの楽しみ方があるようで、そのひとつひとつを覗いてみたくなります。

 玄関のガラス戸を大きく開け放ち、玄関のたたきや上がり座敷に、あるいは日頃、車を置いてある駐車場のスペースに、テーブルや床机座椅子を並べてあります。
 玄関前にテーブルや椅子を持ち出して並べるなんてのもあって、その様相は家ごとにまちまち。
 中にはビール壜のケースに板を渡しただけの簡単なしつらえ、なんてのもあってほほえましい。

 そんなテーブルの上は、ビールにお酒、各種のつまみ、とっておきのご馳走や、なんてことない日常のお惣菜の類で埋め尽くされてます。
 一軒ごとに立ち寄って、片っ端からテーブルを埋め尽くすつまみや御馳走の数々を、全部味見をしたくなる衝動に駆られます。  

 さて、今年の鳥越の本社御輿の渡御。
 今年の三社では本社の渡御が中止。
 日頃、浅草神社から仲見世の町内に本社の三つの御輿が受け渡しされるまでの間、地元の氏子連に混じって、近隣の各地から馳せ参じた面々が御輿に群がり、浅草神社、浅草寺の境内をあっちこっち。そして三つの本社御輿がそれぞれの町内に受け渡される、というのが三社の「宮出し」。

 そんな三社の「宮出し」が、今年は本社の三つの宮御輿の町内渡御が中止ってことでありませんでした。そんなことから、近隣の御輿好きの連中が鳥越の本社御輿の町内渡御や「宮入り」に集結、なんて噂が鳥越祭の始まるまでに飛び交ってました。

 鳥越の本社御輿といえば、三社の宮出しとは対照的に、町内渡御を終えた本社御輿が鳥越神社に収められる最後の儀式、地元の「睦」、「宮元」による「宮入り」の道中が、話題を集めてきたもんです。

 というのも、「宮入り」の道中の際、それも「宮元」の道中を狙って、各地からやってきた六尺一丁の軍団が本社御輿を落とそうと襲い掛かる。地元の「睦」や「宮元」にとってははた迷惑で厄介この上ないことなんでしょうが、見物人にとっては最大の見物。しかも、御輿が落とされる場所は、毎年、あっちこっちと変わるもんで、そのやりとりが見られる場所を狙い定め、見当をつけながら見物の場所を陣取る、なんてのも楽しみです。

 そんなことで、例年、鳥越祭の本社御輿の「宮入り」には、見物人がびっしり! そんな見物人の合間に、出番待ち?の六尺一丁の兄ちゃん、おっちゃんが、ひそかに紛れ込んでいたりします。 鳥越祭の本社御輿の「宮入り」ならではの光景です。

2008/06/01

春の春の広東地方の郷土料理の14

「青木宴《春編》」もいよいよ大詰め。
 本格的な宴席なら魚料理で《結》ですが、気の置けない仲間同志の食事ですから、食べたいもの、美味しいものはコースのど真ん中までに。

 そういえば、今回、魚介は「えび」も「魚」もなし。「蛤」だけでした。「えび」はあっても、すり身で鶏との組み合わせ。小魚や根魚などがあれば「椒鹽焗」、「蒜茸蒸」、あるいは「油浸」などの料理を組み入れたのですが。なら、口も変わって別の展開になったかも。

 地方に行けば、土地ごとに面白い地魚があって、そういうのに出会うたび「これ、広東地方の郷土料理、家庭料理の調理、味付けで!」なんて思うことが、しばしばです。しかし、東京での調達は難しい。
 東京に集まる魚のほとんどは、一般的に親しまれた高級魚や大衆魚が中心です。いや、築地に行けば、地方の魚も探せばあるそうで。 今度、張さん、袁さんと築地ツアーを敢行してみようかしらん。

 その代わり、今回は、豚の内臓料理が充実。川越の「はぎちく」の岸さん、福臨門のキッチン・スタップのおかげです。 ほんとにお手数かけました。なんでも、このブログ、ご覧の方から、内臓を使った料理についての問い合わせもあったそう。内臓を使った料理がお好きな方、案外、多そうで、皆、その登場を待ってらした様子ですね。

 そんな話を耳にすると嬉しくなります。 もっとも、今回はともかく試し、ってことで福臨門のキッチン・スタッフに無理をお願いしました。日本ではお目にかかれなかった料理にも出会えましたが、解決が必要な課題も続出。そんなことから、お勧めの料理として紹介されるのには、しばし時間がかかりそう。 広東地方の内臓を素材にした料理の数々の美味、早く多くの人と分かち合えるようになればと、願ってます。

 そして、締めくくり。麵か飯。
 今回は豚の内臓類が豊富にあり、ってことから豚のレバ、ハツ、ガツ、十二指腸、子袋など、内臓類をふんだんに具にした「及第粥」はいかがでしょう?という提案もありました。

 「え!福臨門で「粥」?」なんて言われそうですが、あります。
 香港の九龍店ではメニューにちゃんと5種、紹介されています。
 それ以外の「粥」、どんな内容のリクエストも可能です。
 もちろん、「白粥」だけの注文でもOKです。

 お昼時、新界の大哺あたりに工場があって、九龍店にお昼を食べにやってくるお偉いさんのほとんどは、飲茶の点心などには目もくれず、例湯、小菜何品に、「粥」なんて組み合わせ、珍しくありません。
  残念ながら、日本の福臨門の各店では事前の予約が必要なようですが、頼めば「粥」を作ってもらえます。

 そんなことから「及第粥」には大乗り気。今回のコース内容の締めくくり、最後の「決め打ち!」にはうってつけ。
 ところが、青木さん経由で、新参加の海津さん 「カレー味がことのほかお好き。カレーの炒飯などありますか?」 というリクエスト。
 その話に、私もぐらっと気持が傾きました。
 カレー味の炒飯、といえば、一昨年の秋ぐらいから銀座店はじめ、日本の福臨門の各店で、お勧めの炒飯として紹介されるようになった「香港風カレー炒飯」。機会を逃して食べ損ねていたからです。

 「香港風カレー炒飯」、中国語の表記は「摩囉鶏粒炒飯」。
 「摩囉」というのは、唐の時代、交流のあった北アフリカの回教徒のムーア人に端を発し、他方、かつての広州人がインド人を「摩囉」と称していたことにちなんでのこと。つまりは「インド風」ということですね。カレー味だからインド風。

 福臨門のブログによれば福臨門の徐維均さんがケイタリングをやっていた時代、顧客からドライカレーを食べたいとリクエストがあったそうな。
 「中華料理しか作ったことのない社長は考えた末、あるホテルのビュッフェでだされていたドライカレーをもとにこのカレー炒飯を考案。レーズンやアーモンド、パンが入った独特の食感と食欲をそそるカレーの香りが今でも沢山のお客様に好まれています」と紹介されてます。

 「今でも沢山のお客様に好まれてます」って、一昨年の秋、銀座のメニューで見つけるまで、私、その存在を知りませんでした。
 ほんと、世の中、知らない事だらけです。歳をとれば取るほど、それを実感。
 って、また話がずれそうで。

 この「摩囉鶏粒炒飯」、かなりのもんです!
 美味、それに、風味が豊か!
 まずはカレー味、風味が興をそそります。 初めて食べるのに、なんだか懐かしい味!
 カレー味のせい、ですね。
 そればかりか、ドライ・レーズンの甘さ、アーモンド・スライスの香ばしさ、風味が、エキゾチックな雰囲気を倍増する。














「あ、そうだ!」と、突然思い出したのは、赤坂、TBS会館の地下にあった「TOPS」のレーズン、ナッツ入りのライスで食べるカレー。
 カレーそのものは、食後にはもたれる感じの重さ、くどさだったのに、レーズン、ナッツ入りのライスで食べてる時は、なんだか爽快な美味。
 あれをドライ・カレーにしたら、こんな感じ?なんて、思いました。

 くどさ、しつこさがなくって、重くもない。(ついでに「みかけと違って、食べるとさっぱり!」なんて書こうものなら、ほらほらTVのグルメ番組、ワイドショーのグルメ案内の「食べタレ」こと「○○タレ」と、同じになっちゃいますが、うん、そんな感じ!  あ、いけない、私も似たようなもんか!)

 徐社長がケイタリング時代に考案、という話にもくすぐられます。
 実は、今回のみならずこれまでの「青木宴」に登場してきた料理の多くは、「福記」をきっかけに、主に上流階層の顧客を抱えるケイタリングの専門店として始まった福臨門の歴史で、伝統的な広東料理を継承すると同時に、顧客からのリクエストに応じ、独自の創意、工夫を凝らしたもの。

 その背景に、香港の、それも戦後の香港の歴史が覗いて見える、ということに興奮を覚えずにはいられません。

2008/05/31

春の広東地方の郷土料理の13~空芯菜のえびみそ風味炒め

 宴もたけなわ。終盤を迎えて野菜の料理です。
 この時期、って4月でしたが、どんな野菜がありや、なしや。
 福臨門に尋ねたら「韮菜花」、「通菜」、「白露筝(白アスパラガス)」、だってことは以前にも触れてきた通り。けど、やっぱり食べたいのは芥菜胆、芥子菜の葉を落とした軸の部分を上湯で煮浸しに、それとも、蟹肉のあんかけで食べたかった。ですが、日本での調達は難しい。

 花にらの「韮菜花」にも興味をそそられつつ、結局「通菜」、茎が空洞になった「空芯菜」の炒め物に落ち着きました。
 とはいえ、大蒜、唐辛子、醗酵豆腐の「腐乳」、えび(というかアミ)の醗酵味噌の「蝦醬」で味付けするか。
 そこで「蝦醬炒通菜」に決定。

 「通菜」は、少しばかりほろ苦くって、えぐ味もある。葉は柔らかいものの、茎というか軸の部分は空洞があっても、肉厚というか、普通に火を通すと、しゃり、しゃき感がある。

 香港に限らず東南アジアの各国で、日常的な野菜として定着。大衆食堂や屋台店での青菜の炒め物、といえばほとんどがこの「通菜」。近頃日本でもスーパーで売られるぐらいに幅広く浸透。家庭の中華の惣菜のメニューに加えられることも少なくないようです。

 ともあれ、この通菜の炒め物、調理にしろ、味つけにしろ、「あん時、あそこで食べた「通菜」が旨かった!」と、それぞれの体験に即した嗜好が絶対的な価値感を植えつける、という厄介な側面もあります。
 「あん時の味を、日本の料理店でも味わいたい!けど、なんだか違うなあ?」
 ってことからスーパーで「空芯菜」を買い込み、「あの味!」に自ら挑戦、なんて人も少なくないはず。

 しかし、家庭で調理する際、香港や東南アジアの大衆的な店や屋台店ほどの大きな鍋や強い火がない。 そんなことから、葉も茎も一緒のまんまに炒めることはあきらめて、葉と茎は選びわけ、茎を先に炒めて火を通してから、葉を入れる。 あるいは、茎の切り方に工夫を凝らし、言わば隠し包丁を入れて、葉と茎を一緒に炒め合わせる、なんて、工夫を凝らす人もいるようで。

 そうそう、2年前のdancyuの10月号、「香り立つ旨い中華は、「板」と「鍋」で成り立っている」で、あの東京ミシェランで一つ星獲得、「桃の木」の小林武志師傳にその実践講座をお願いしました!

 はたして福臨門の「蝦醬炒通菜」、以下の画像が、その洗練の美味を伝えてくれるはず。














 やっぱ、ランニングシャツに短パンのおっちゃんが、飛び散る汗まで味付けにして、一気呵成に炒め上げた東南アジアの屋台店のそれや、「あん時のあの味!」を求めて工夫を凝らしたそれとも違います。 顔つきの見事さが、その美味、旨さ、風味の豊かさを物語ってます。

 葉と茎(軸)は切り離さないで、原型のまんま。
 葉は葉の味がする。さらに、見事なのは、茎(軸)。しゃき、しゃり感を通り越し、くたっとした柔らかさがある。しかも、味、風味があり、だしの味が、最後にふっと浮かび上がります。

 日本の中国料理店で、一般的、にはなんでだか、茎(軸)にしゃき、しゃり感があるのが普通です。
 それって、日本人の一般的な青菜の葉、さらに茎(軸)の炒め物の触感の嗜好、しゃき、しゃり感の歯応えがあってこそ、というのにも関係あってのことでしょう。
 葉はともかく、茎(軸)は、しゃき、しゃり感があるのが一般的で、圧倒的。

 ところが、香港、中国あたりでは、葉は葉の味、ことに「通菜」などは、青み、ほろ苦さ、えぐ味を残しながら、茎は火が入り、しゃき、しゃり感の一線を越えて、むしろくたっとした柔らかさのあるのが普通です。茎(軸)の筋が立たない、柔らかさ、ってことになります。福臨門のはまさにそのくた感あり。
 それって、イギリスのくたくたに煮込んだ野菜の煮込みのぐちゅぐちゅ、ぐじょぐじょ感や、噂に聞いたイタリアの青菜やキャベツのとろとろ煮込みにも通じる世界かも。

 おまけに、味付けの「蝦醬」。
 ふっと鼻先をかすめ、さらに、口に入れ、噛み締めて喉の奥から鼻に向けて、その味、香り、風味が立つ、という按配です。
 話に夢中だと、すっかり「蝦醬」の味付けだったことを忘れ、噛み締めてみて
 「あ、そか!、これ、蝦醬で炒めたやつ」  と、気づくような次第。

 そうなんです。
 日本の中国料理店、ことにオーナー&シェフの店、それも新進気鋭の若くて熱意溢れる料理人による青菜の各種の風味の炒め物。そのほとんどが、なんでだか青菜の持ち味、葉と茎(軸)の味の差異なんかほとんど無視。 大蒜や唐辛子をふんだんに。それに「「蝦醬」、「腐乳」の吟味には凝ってます!あ、XO醤も自家製のがありますので!」とばかり、自慢気に調味料理をふんだん使って、素材よりも調味料の味アピール。
 それって、なんか、へん、ですよね。

 しかも、そいう味つけ、素材よりも調味料の味が立っている青菜や野菜の炒めものを、料理評論家、フードライターの方々が絶賛!なんてことが、少なくない。 濃い味、調味料の味が立ってる方が、確かに味がわかりやすいってことなんでしょうけど。
 それって、素材の持ち味は無視、ってことに気づかないんでしょうかね?

 あ、また、余計なこと言っちゃた!

2008/05/28

春の広東地方の郷土料理の12~蛤蜊燉蛋/はまぐりと溶き卵の蒸し物

  「蛤蜊燉蛋」、はまぐりと溶き卵の蒸し物。
 早い話が、蛤の茶碗蒸し仕立て、中華風の茶碗蒸し。

 福臨門の春のメニューの素材にはまぐりがあるを知り、一体どんな調理、味付けなのか尋ねました。
 私にとって、広東料理のはまぐりの料理と言えば、黒豆みそ炒めの「豉汁炒」、あるいは大蒜や葱の微塵とともに蒸した「蒜茸蒸」など、海鮮の魚介に共通した調理、味付けの料理です。それがにんにく風味、春雨との蒸し物の「金銀蒜粉絲蒸蛤蜊」があったのに興味もそそられました。

 ですが、私、はまぐりは酒蒸し、もしくは、椀物が一番の好みという頑固な保守ぢぢい。
 そうだ、中国料理ではまぐりの料理といえば、はまぐりからでるだしに溶き卵を加えて蒸した「蛤蜊燉蛋」。

 もっとも、香港では上海系の店で食べたことがありますが、広東系の店で食べた体験はなし。
 そんなことから上海系の料理と言う認識がありましたが、福臨門にリクエストしたら、福臨門でもやれます、やってます!という返事。

 そうか、なら、もしかしてそれは広東式、もしくは、福臨門式の「蛤蜊燉蛋」に違いない!
 そうにらんで、今回の「青木宴《春編》」に組み入れた次第。
 実は今回、「江南百花鶏」とともに、最初に選んだ料理の一品です。

 「蛤蜊燉蛋」といえば、思い出すのが蔡瀾さんの「香港美食大全」での、「大上海」における同料理についてのコメントです。
 蔡瀾さん曰く、香港でも「蛤蜊燉蛋」を出す店が少なくなった、なんて話を紹介しながら
 「但し、日本人を接待するときには、絶対にこの料理を頼んではいけない。彼らはこれをすばらしいとは思わず、口に入れてから「ああ、茶碗蒸しね。日本にもあるよ」と、言うのだ」。

 ふむふむ。
 だって、実際、茶碗蒸しに似てます、って、同様ですから。
 さらに蔡瀾さんが触れるには
 「ばかったれ!茶碗蒸しに使うのはどれも火を通した材料で、甘味だって化学調味料でつけたものだろうが!! 「蛤蜊燉蛋」よりうまいわけがない」
 とまあ、口先鋭く、容赦がない。
 蔡瀾さんらしい辛辣な表現ですけど。う~ん、蔡瀾さん、もしかしてちゃんとしただしで作った茶碗蒸し、未体験なのかも?

 はまぐりの椀物。
 思い出すのは神保町の「鶴八」で、「小倉さん、いかがです?」と、親方に薦められたそれです。
 具は三つ葉だけ。肝心のはまぐりの身はなし。だって、すし種にするはまぐりを湯通しあとのだし汁で作った椀物ですから。しかし、その美味、ぎりぎりの塩加減。
 思い出しては、遠い目になっちゃいます。

 で、「蛤蜊燉蛋」。
 「じゃ、八尾さん、福臨門の「蛤蜊燉蛋」をご紹介ください!」
 「はい、あのう、この「蛤蜊燉蛋」ですが、はまぐりから出るだしだけでなく、上湯を加えてありますので!」
 と八尾さん。

 なるほど、そういうことか。
 ということなら、広東式、というよりも福臨門式の「蛤蜊燉蛋」だ。















日本で「茶碗蒸し」と言えば、一般的に多いのが、液状のゾルが固まったゲル状に近いそれ。キャラメルプディングみたいに、匙を当てるとグラングランとも身を震わせる。ところがこの「蛤蜊燉蛋」、だしを合わせて蒸した溶き卵の状態はゆるゆる。
 ゆるゆるで、ほんわりつるりん、舌に乗せると淡雪のように溶けていく。舌の上でとろけていくような滑らかさ。

 滲み出るだし。
 はまぐりを煮立たせて、ぱっくりと開いた貝から滲み出るだしは、切れ味のいい磯の味がするものです。
 ところが、この「蛤蜊燉蛋」のだし、磯の香りを包み込むような、丸み、ふくらみのあるふくよかな味、風味です。
 具のはまぐりの身よりも、だしを含んだとろとろの卵、だしの味、風味の妙が実に見事。
 堪りません。それも、椀半ばにして、しっかりとした味、風味が際立ってくる。
 緻密で繊細、洗練された上品な美味に、またしてもうっとりとなったのでありました。

2008/05/27

春の広東地方の郷土料理の11~レバ、ハツ、ニラ、モヤシ炒め














 そして「韮菜銀芽炒心肝」。

 「え~、これは・・・・「レバニラ炒め」でございます。 あ、ハツも入っておりますので!」
 もったいぶった表情ながら、ユーモアを忘れない八尾さんの料理説明。

 「レバニラ炒め」という一言に、メンバー一同、鳩が豆鉄砲を食らったみたいに「エッ!」と驚きの表情。 そして、かすかなどよめきが、ひたひたと。
 「福臨門の「レバニラ炒め」? そんなのあり?なの?」
なんて声も聞かれたりして!
 
 私は、思わず、クス!

 八尾さん、さすが辻調技術研究所出身。
 勉強、研究の合間に、大阪人を中心に、関西人なら日常茶飯のボケとツッコミのやりとりも、しっかり鍛えられてきた様子です。

 あ、そだ、言っときますが、一般に「大阪弁=吉本」なんて認識があるようですけど、それは大きな間違い!
 吉本の芸人の大半が使っているのは、関西共通語。
 大阪弁、厳密には浪速言葉、狭義には船場言葉とは異なりますので。

 岸さんのところで調達可能な内臓のリストを福臨門に送り、戻ってきた可能な料理のリストは、予想外の多さでした。今回、実現出来たのはほんの一部。そんな中に「炒豬潤」、「炒豬心」とあったのを見つけ、いっそ「レバ/肝臓」と「ハツ/心臓」を炒め合わせるってのがいいかも、というのがコースに組み入れたそもそものきっかけのひとつ。

 おまけに、今回、春の素材に内臓料理を!という構成内容を青木さんに提案したところ、「「モツ盛り合わせ下町風、香菜添え」を!」という青木さんのの熱い思い、期待に応えるには、格好な一品かも。なんてこともあって、今回のコースに組み入れた次第。
 今回の「青木宴~春編」のコースからすればコース外れの番外編、スペシャルエクストラといった趣の一品です。

 「レバ、ハツ、ニラ、モヤシ炒め」は、ウケけました。
 めちゃくちゃにウケけました。
 「これって、ご飯のいらない「レバ、ハツ、ニラ、モヤシ炒め」、ですね!」
 と、青木さんが漏らした一言が、そのすべてを物語る。
 
 そうです。
 「レバ、ハツ、ニラ、モヤシ炒め」は「おかず」のはず。
 それが、食べてるのは「おかず」とは思えない「レバ、ハツ、ニラ炒め」!
 素材の吟味、厚み、大きさなどの切り分け、その下拵え、それぞれの分量とその見事なバランス。
 「おかず」ではなく、見事な料理の一品です。

 何と言ってもレバ、ハツの炒め加減が見事です。
 そう、関西の食関係、料理人が頻繁に口にし、関西発の食に関わるブログで頻繁に見かけることの多い「火入れが凄い、絶妙!」って言葉が、そのまんま当てはまる。

 レバもハツも、食べている最中に、口の中でそれぞれの持ち味、資質、味、風味が、ぐんぐんと浮かび上がってくる。それが、しっかりわかります。
 「エ!、こんなの、あり?」
 というような
 「レバ、ハツ、ニラ、モヤシ炒め」です。

 ハツはざらっとした舌触り。こりっとした張りのある噛み応え。
 噛み締めれば、あの「血」の味、鉄分を帯びた金属質の味、風味が浮かび上がる。
 レバは火が通って、むっちり。なのに、噛み締めれば、まずはあのねっとり感が歯茎に触れ、ぷるんと弾けながら、ぐじゅとした中に、これもまた「血」の味が。
 同時に、レバに含まれた脂のこくのある甘さ、旨味が、滲み出す。溢れ出す。

 クセのあるニラも、さすが、ハツ、レバと一緒では、むしろ爽快な青さが浮かび上がる。
 いや、クセのある強い個性を持ったニラだからこそ、ハツ、レバとしっかり張り合い、共存、ってことでしょう。
 ニラという素材の持ち味、個性を引き出しての結果、ってことです。
 それに、もやしはさっぱり。それもまた、持ち味、真価を発揮。

 「いや~、凄いですね、この料理。レバにしろハツにしろ、それぞれの持ち味、しっかり出ていて、その特徴がほんとよくわかりますね。驚きました!」
 と、景山さん。
 「それに、ローヌの「CAIRANNE」、あってますねえ・・・・・」
 と、遠い目で、深いため息!

 番外の料理、エクストラスペシャルの「韮菜銀芽炒心肝」。
 思わぬ波紋を生んで、強烈な印象を刻み付けることになったのでありました。

2008/05/26

春の広東地方の郷土料理の10~油泡欖仁肚尖の2

 「ほら、これ!なかなか乙な味だね。この料理のアクセントになってるじゃない!」
 と「欖仁」をつまみあげ、口に放り込んで、斉藤さん。
 「そそ、この「欖仁」、って中国オリーヴの実ですけど、えび炒めとか、案外、色々使われてね。特に順徳地方の料理に多いんです。ミルクの揚げ物のなんかにもまぶしてありますから。
 木の実の香ばしさ、油性分もあって、こくのある甘さ、旨さがありますから。鋭いですね、斉藤さん!」
 と、私。

 「いや~、だって、俺もたまに気の利いたこと言わんと、この宴に参加してる意味も立場もないからね!」、と斉藤さん。
 な、ことないです、斉藤さん。
 料理が出てくる度、鋭い質問、つっこみ「あ、いけね、なんだっけ!」 と、あたふたしたりする私でありました。
 そう、今回、料理内容の説明は八尾さんにまかせてばっかりです。

 とはいえ「肚尖」については思わず熱くなり、熱弁を奮いました。
 香港の福臨門で「肚尖」を知り、その独特の触感、風味に魅せられて以来、日本でなんとか食べたい、そう思い続けた執念が、今回やっと実現。
 その道のりは長かった。

 日本で「ガツ」が流通しているなら「肚尖」だってあるはず。そんなことから「ガツ」を扱う中国料理店の料理人に尋ねても、北方系統の店の料理人だったせいか、日本在住、もしくは日本人の中国料理人だったせいか
 「肚尖? 何ですかそれ?」 
 と、逆に尋ねられるのがほとんどでした。焼肉関係の人に尋ねても、その答えは同じようなもの。

 今回お世話になった川越の「はぎちく」の岸さんにも、機会があれば相談を持ちかけたものの
 「う~ん「肚尖」って言われても、ねえ。心当たりがないなあ。部位の呼称の違いなのかな~」
 なんてやりとりがなんどかあって、一旦、話も頓挫。

 それが今回、豚の内臓の調達を岸さんに依頼することになって、またもや「肚尖」話が再燃。
 改めて福臨門に「肚尖」の詳細、豚の胃のどの部分なのかを再確認。
 そのやりとりは「春の広東地方の郷土料理の4」で紹介して来た通りです。

 福臨門に「肚尖」の部位を確認し、豚の胃が食道、十二指腸つながる連結部分が必要、と判明したものの、いったいどのくらいの長さが必要なのか。そんなやりとりの最中に、岸さんから部位の処理、検査官がやるってことが判明。
 
 つまり、日本では検査官が胃をばっさり。
 ってことは「肚尖」という部位の存在せず、その認識もなく、その一部が胃についたまま、「ガツ」の一部として扱われていたか、それとも、「ガツ」に比べて身が薄いことから、処理されてしまっていたか。

 あ~あ、もったいない!

 ともあれ、岸さんの努力と熱意の甲斐があって、希望する部位をゲット。
 とりあえずそのサンプルを福臨門のキッチンへ。
 はたして希望通りの部位かどうか。それに「肚尖」としての料理が可能かどうかの返事待ち。

 そしたら、八尾さんからOKの返事!
 それがなんと「「梘水(かんすい)」で1時間、流水で3時間」かけて、掃除、下拵え。 そうです、内臓ってのは掃除、下拵えに手間がかかるもの。
 福臨門のキッチンの皆さんご苦労様!手間をかけてすんません。
 ともあれ、サンプルはOKってことで、「青木宴」を目指して、GOいん「ぐ~!」

 さて、その「肚尖」、料理方法はいくつかありますが、基本は「油泡」か「炒」。 今回は「油泡」した「肚尖」に「欖仁」も追加。

 










つるんと滑らかな舌触り。最初はむっちり。なのに、ぱりっとした噛み応えがあって、ぽりぽり噛み締めれば、甘味を含んだ味、独特の風味が滲み出る。
 その触感、むっちり感のある舌触り、ぱりぽりの爽快感のある歯応え、といった触感の妙。
 内臓特有の脂肪分を含んだ味わい、風味が格別です。

 しかも、上品で、洗練された調理、味付け。「焼き肉」、「もつ煮込み」とは、まさに対極の位置にある見事な美味、です。
 内臓の部位をこれだけ上品で洗練させ美味に仕立て上げる技の見事さ。
 やはり、それは福臨門ならでは。

 こくのある旨味たっぷりのオイスターソース、塩気の利いた醗酵味の蝦醬を少しばかり付けて食べればが、味わい、風味が一層増します。
「まさか、日本でこの「肚尖」が食べられるとは!」 、という感激を差し引いての話です。

 実際、「肚尖」に初めて出会った他のメンバー、口にして、「う~ん!」と唸ったまま、しばし絶句状態。
 一呼吸も、二呼吸も置いてから
 「これはいいや、旨いねえ!」
 というため息混じりの感嘆の言葉が、次から次へ。

 こうなれば、今後は、銀座の福臨門の知る人ぞ知るメニューのひとつの仲間入り?
 なんて、ほくそえんだものです。
 ですか、後日、課題もありという話を福臨門のスタッフから教えられました。

 岸さんから届いた内臓の類、そのすべての鮮度、質の高さは申し分なし。
 香港のそれにひけをとらないどころか、「肚尖」の質の良さは、香港でもそう簡単には入手できないほどのもの、だったとか。

 ところがです。問題はそのサイズ。
 香港で入手可能な食道、十二指腸と連結した部分の胃に比べれば、いささか小さい。
 香港だとひとつの部位から6枚取れるところ、岸さん提供のその部位からだと4枚しか取れない。

 おそらく岸さんの扱う豚、ことに良質のそれはバークシャー系、もしくは、バークシャー系の掛け合わせで、豚そのものが小ぶり、なんてことにも関係してるんじゃないでしょうか。

 実は「肚尖」だけでなく、豚まめの「腎臓」も、そのサイズがキッチンのスタッフが予想していたものよりも小さかった。なんてことや、他諸々のこともあって、しばし、検討課題となったそうで。それが残念です。

 なんとか、銀座店だけに限らず、日本の福臨門各店で、食べられるようになればいいんですが。
 この美味を、多くの人と分かち合いたい!  

2008/05/24

春の広東地方の郷土料理の9~油泡欖仁肚尖の1

                                                                                                 













 「油泡欖仁肚尖」。
 この「肚尖」を素材にした料理が日本で食べられる日を、どれだけ待ち望んでいたことか。
 今回、それがようやく実現しました。そのことだけでもうるうると感涙にむせび泣いたほど。いや、ほんとです!

 「肚尖」とは豚の胃の尖端部分。胃の端、胃が食道、十二指腸とつながる部分のことです。
 豚の胃といえば「ガツ」。日本じゃ中国料理店にもありますが、それよりも焼き肉屋、ホルモン専門料理店のメニューで馴染みのはず。

 「ガツ」は、胃の部分そのもの。肉厚で、しっかりの噛み応えあり。
 ネットで調べたら生で食べる「ガツの刺身」ってのもあるそうで。
 牛の胃の「センマイの刺身」は食べたことがありますが「ガツの刺身」は未体験。

 「肚尖」は、豚の胃でも食道、十二指腸につながった部分で、「ガツ」本体に比べれば身が薄く、肉質も柔らかい。ぷりっとした舌触りで、噛み締めるとこりっとした歯応えがある。調理するにはそれなりの下拵えが施されています。

 「肚尖」を食べるたびに思い浮かべるものがある。海鮮素材のひとつ、法螺貝がそれです。
 大型のものは「响螺」。 村上龍のエッセイに香港の福臨門話があって、その好物がほら貝。それを食べるためだけにでかけたいとか、なんとか、そんなのを読んだ覚えがあります。

 「响螺」の値の高さは、ウルトラ級。直径5~6センチほどの「响螺」のスライス、厚さ5ミリ程。90年の段階で1枚の単価を計算したら、5千円程でした。ですから、今の値段、推して知るべし。
 そのスライス、味わうのに30秒程しかからない。それでいて、その値段、5千円!
 という驚愕の事実に衝撃を受けたのが、これまでに紹介してきた「GULIVER」誌の取材で編集を担当したフリー・エディターの松木君。同誌で、そのことをきっちり報告。
 そして、村上龍さん、そんなのをぱくぱく、じゃなくて、ぽりぱりたらふく喰って、福臨門の美味を堪能してたってわけですね!

 もっとも、小ぶりの法螺貝は「響螺」ということで、その身を取り出し、「葡汁」と称されるカレー風味、もしくは、ホワイト・ソース仕立てのソースであえてオーヴンで焼いたグラタン仕立て風の「葡汁焗響螺」、それとも、スープに使われます。「響螺」を使ったスープは、「例湯」の一品として出会えることがあります。

 ともあれ「肚尖」、その大振りの法螺貝のスライスに似た触感。
 「肚尖」を油通しの「油泡」で調理した時には「油泡响螺片」を食べる時と同じく、オイスターソースの「蠔油」、えび(あみ)の醗酵みその「蝦醬」が添えられる。

 言ってみれば、貧乏人に「响螺」と言った趣も。とはいうものの、新鮮で良質な「肚尖」の入手は、香港でも難しく、値段もそれなりです。
 そういえば、ネットで「ガツ刺身」を検索した際、魚の刺身のよう!
 なんて、書き込まれてるのを見つけましたが、その表現に納得。
 私、生の「肚尖」に出会ったことはありませんが、その触感、みる貝の薄切りを湯通し、もしくは、油通したに時のそれに通じるところがあります。
 むっちりとしていて、ぷり、こりとした「ぽりぱり」の触感です。
 もっとも「肚尖」には、当然、海の味、礒の味の濃さはなし。それよりも、豚の脂の旨味、甘味がじんわり滲み出てきます。

 香港の福臨門に出かけた時には、まず尋ねるのが「肚尖」の有無。
 ふかひれ、燕、干し鮑は常備している福臨門でも、「肚尖」の入荷が無かったりすることがあります。
 ということでは知る人ぞ知る稀少品。

 その「肚尖」を油通しの「油泡」で調理し、「欖仁」、中国オリーヴの実と炒めあわせたものです。

2008/05/23

春の広東地方の郷土料理の8

 この「江南百花鶏」。
 まず、鶏を丸ごと一羽使います。その骨を抜いて身を平らにする。
その肉の厚み、按配を図りながら、その上に蝦のすり身を張り詰める。
 もちろん、均等な厚さになるように、です。

 この料理のポイントは蒸し加減。 つまり、鶏肉に火が通り、しかも、上の蝦のすり身「爽脆」なのが肝心。ということで見逃せないのがえびのすり身の下拵え。
「爽脆」というのは、えびのすり身がぷりっとした歯触り、しっかりした噛み応えがあるってことで、必須の条件。広東人の好みです。
 この料理に限らず、えびのすり身すべからくそうあるべし、なんだそうで。

 えびのすり身が「爽脆」な状態、触感を生み出すには、えびのすり身作りの過程ですべてが決まる。
一番肝心なのは、すり身にしたえびを練り合わせ、攪拌する際、必ず一定の方向に、というのを遵守。それが、一回でも逆方向に混ぜたりしたら、えびのすり身は「爽脆」どころか、へたれちゃって、べたついた感じに仕上がってしまう。それだけでなく、風味を損ねてしまうから、というのがその理由。「「霉」っていうんだけど、かび臭い感じ、っていうのかな」と徐さん。

 香港でこれまでいろんな料理人に取材してきましたが、えびのすり身に限らず、魚のすり身、淡水魚の鯪魚をすり身にしてつくね状にした「鯪魚球」などその最たるものですが、「すり身を攪拌する時には、必ず一定方向を遵守!」というのは、いつだって耳にする話。

 多くの料理人だけでなく、麵屋の御主人にえび餃子の「水餃」や「雲呑」の下拵えの話を聞いた時もそうでした。
ネットで紹介されてるえびや魚のすり身作りのレシピにもそのことが明記されてます。

 「ン!?、その理由? なんて尋ねられてもなあ…… だって、昔からそうやってきたんだし、そのままやってるだけで、理由っていわれてもなあ!それが当たり前、なんだから!」。

 「だから、それがなんでまた、そうなのか知りたいんだけど!」 と、しつこく食い下がっても 

「だって・・・・そうじゃないと、良くないんだよ!美味しないし!」 とまあ、要領を得ませんでした。
 その理由が、徐さんの言葉で氷解!

 香港の広東料理店で味わう飲茶の点心の「蝦餃」、それだけじゃなくって街中の粥麵店での「鮮蝦水餃子」やえびのすり身入りの「雲呑」のあのぷりっとした触感、日本で食べるそれとは何だか違う!そう思われた方は少なくないはず。その理由、秘密がその話からも解決できるんじゃないでしょうか。

 「江南百花鶏」はえびのすり身に調味料を加味し、鶏の上にのばすように貼り付けていく。
それを蒸す段階で、鶏肉には火が通り、上に乗っかったえびのすり身は「爽脆」な触感があることが、必須の条件。

 ところが、えびのすり身、実にデリケート。火が通りすぎると、身が柔らかくなり、へたれて「爽脆」ではなくなり、風味を損ねる。
 ということでは、えびのすり身、鶏肉をバランスよく蒸しあげる、とまあ、その見極めも肝心。

 そして、最後には蒸した鶏肉から滲み出る肉汁に上湯、卵白を加えて仕上げ。
 その最後の仕上げの段階でも、鶏がえびのすり身を抱えてるような状態だと、えびのすり身に火が通り過ぎて「爽脆」な状態ではなくなってしまうことがある。
 そんなこともあって、えびのすり身は鶏肉の上に、というのが、福臨門のスタイル

 出張料理、ケイタリングの専門店だった頃からのことで、どうやら、福臨門の創業者、徐福全さんの創意、工夫によるものらしい。
それも、長年の顧客からの要求があった時に限って作ったものだそうで、店で供されることは滅多にない、という知る人ぞ知る料理の一品です。















 碗仔で取り分けられた「江南百花鶏」。その切り身の下にはだし。
 そうか、これって椀物のしんじょ、なんて思ったりして。
 もっとも、椀物のしんじょ、だしがたっぷり。椀だねのしんじょも、どちらからといえば、滑らからでとろけるような舌触り、ってのがほとんどじゃないでしょうか。

 それからすると取り分けられた「江南百花鶏」だしは少なめで、碗仔の底にひたひた以下の感じ。
 それに「江南百花鶏」、えびのすり身はぷりっというよりもしっかりの歯触り、噛み応えのある弾力、硬さがあります。その下には鶏肉が。

噛み締めると、えびのすり身と鶏肉と、ふたつ異なる歯触り、噛み応えの触感の妙。えびのすり身からは甘味、旨味。鶏肉はジューシーな肉汁がほとばしる。洗練された気品のある繊細な美味、風味が堪らない。

 上湯と蒸した際に滲み出た鶏肉の肉汁があわさっただしは、淡白で清淡な趣。まさにエレガントというにふさわしい一品。

 洗練の美味にうっとりとなりました。

2008/05/21

春の広東地方の郷土料理の7


 「江南百花鶏」の登場です。
 「婆参荷包翅」と並ぶ今回の宴のハイライト!
 福臨門の「江南百花鶏」は18年ぶりのご対面!
 90年の「GULIVER」の香港取材の際、ジェイムス・ウォン/黄霑と福臨門の九龍店で対談。
 黄霑は福臨門のケイタリング時代の料理を子供の頃から体験、という話もあって、当時のメニューを、というリクエストに応えて登場となったもの。その洗練された美味は、今だ鮮明に記憶に残ってます。
 この「江南百花鶏」。
 かつて広州には「廣州四大酒家」と称された名店が4軒ありました。
 「大三元」、「文園」、「南園」、「西園」がそれ。
 そのうち「文園」の名品とされたのが「文園江南百花鶏」。
 HKのGOOLEで検索すれば、その話題が色々ヒット。
 ここ最近の懐かしい昔ながらの料理「懷舊菜」ブームもあって、「「文園江南百花鶏」を再現!」なんて話もあります。

 それがハッピーヴァレー/跑馬地のジョッキー・クラブにある滿貫廳、紅磡の黃埔花園の蔡瀾美食坊の「正斗粥麵專家」というのが面白い。
 ことに「正斗粥麵專家」、さすが蔡瀾さんプロデュースのフード・モールの店です。「懷舊菜」の流行を睨んで、伝統的な料理を再現、とは目の付け所が鋭い!
 そういえばこの「江南百花鶏」、90年代半ば、97年の中国への「回帰」を目前に訪れた「懷舊菜」ブームの際にも、一部の店でやっていたことから話題になりました。
 家鴨に荔芋のすり身を乗っけて揚げた「荔芋鴨」などとともにです。
 確か「鏞記」も「懷舊菜」を積極的に紹介した時期にやってたはず。

 ところで、福臨門の「江南百花鶏」。最近になって再び話題になりはじめた「文園江南百花鶏」とは少しばかり違います。
 というのも「文園江南百花鶏」は、鶏一羽、骨をこそげて身を開き、その内側にえびのすり身(蝦膠)の餡を張り詰め、それをひっくり返し蒸したもの。つまりは、鶏がえびのすり身を抱きかかえるような形にして、蒸しあげてあります。それに、仕上げには夜来香や菊の花びらをまぶしてある。

 ところが福臨門の「江南百花鶏」。
 画像でも明らかなように、腹ばいになって寝そべった鶏の身の上に、えびのすりみを張り詰めてあります。鶏がえびのすり身を背負ったような按配で。そこに腿の微塵切りをまぶし、卵白を加えた上湯をかけて仕上たもの。

 どうして鶏が蝦のすり身を背負った格好?
 たまたま日本にやってきていた福臨門の徐維均さんに話を聞きました。
 この「江南百花鶏」、実は料理人泣かせで、その力量を問われる難易度の高い料理のひとつ、なんだそうです。

2008/05/18

閑話休題~三社祭


閑話休題、別編でひっぱります。
なんたって三社祭、ですから!

今年、本社は出ません。
「本社は出ないそうで、浅草、いつもより人出少なめ!」
なんてTVが報道したそうで、その影響がどうか、
午後過ぎてから、一挙に人出が増えて、仲見世、人だかりでびっしり。

午前中、午後と宝蔵門の潜り抜けだけ御輿に触ったりして!
宵宮は雷門からスタート。
もちろん、雷門、それに、宝蔵門
行きも帰りも、その時だけしっかり御輿に触ったりして !

歳、くってるもんで!
なんて、いいわけしながら、美味しい担ぎ所は絶対に逃さない、という随分な親父です

明日も午前、午後、それに、本社のない分、宵宮あり
なんで、宝蔵門、雷門、潜る時には、しっかり御輿にさわります!
photo by Kohno

2008/05/13

閑話休題 広東料理とワイン

 ところで、この日のお酒。 口開けはピペール=エドシックのロゼ。

 かなり赤味がかった色合いで、果実のような甘さ。 前菜の「千層峰」の豚耳のねっとり系のゼラチン質、や豚脂の甘味、「炸大腸」の豚脂のこくのある甘味との相性はぴったり。

 そんな前菜の登場の前後から、ワイン通の青木、景山、海津の3人が、ワインの順番をどうするか、なんてことで鳩首会談。

 今では季節ごとに恒例化と相成った「青木宴」では、中国料理、ことに伝統的な広東料理を継承、踏襲し、上品で洗練された独自の味、風味を特徴にする福臨門の料理の数々にふさわしいワインは何か、というのがのテーマのひとつにもなってきました。

 なんて、大げさな話ではなく、料理にふさわしい、料理と相性のいいワインをあれこれ試し、飲みながら、楽しみましょう、っていうのがその基本。
 しかも、まずは料理ありてワインあり、とまあ、あくまで料理が主人公というのも基本です。

 そんなところで問題となるのが、中国料理のコースの組み立てと流れ。
 ひとつひとつの料理にあったワインはあらかた想像がつく。想像を逞しくもできます。
 ところが、中国料理のコースの流れ、組み立ては独特。

 本格的な宴会料理では、たいていの場合、前菜のあと、いきなりその日の主菜、主に干貨素材による料理が登場。さらには干貨素材によるしっかりした煮込みものなども登場します。それから、炒め物や揚げ物、さには蒸し物といったように、穏やかな優しい味になって、淡白なもので締めくくり、といったコースの変化、流れがほとんどです。

 家族や友人、知人とのくだけた仲間でコースを組み立てるにしても、前菜があったりなかったり。「湯(スープ)」から、なんてのも珍しくない。ですが、その日のメイン、楽しみな美味しい御馳走は、「湯」の後や、少なくとも半ばあたりまでに登場、というのが一般的。

 それからするとフレンチなどでは、さっぱりとした前菜からはじまり、イタリアンではさらにパスタなんぞをはさみながら、メインディッシュへ。しかも、しっかりした味、時には濃厚な味付けの料理がほとんどで、ワインもその流れに合わせて選んでいくのが一般的、じゃないでしょうか。

 もちろん、幕開けはしっかりフォアグラのパテ。なら、やっぱり甘美で濃密なソーテルヌ!なんてこともありうるわけで、私はそういうのも大好きです!
 あ、いっちゃんすきかも!
 
 ということからも明らかなように、ま、概しての話ってことになりますが、料理の構成、味わいの変化、その流れ、中国料理とフレンチ、イタリアンとは対照的。
 フレンチ、イタリアンは、概して裾広がりの三角形。
 それからすると、中国料理は逆三角形、ってことにもなります。

 かつて「男の食彩」という料理番組のキャスターを担当していた当時、春と秋の時期、月に一度は、田崎真也さんのワイン講座がありました。 その中で、中国料理が取り上げられたことがあります。その時には、中国料理のコースのすべての紹介は番組では難しい。ってことから、取り上げたのは「ふかひれの醤油煮込み」などいくつかの品でした。

 取り上げた「ふかひれの醬油煮込み」は新世界菜館のもので、社長の傳さんもゲスト出演し、解説、紹介していただきました。
 そん時の田崎さん、中国料理の「ふかひれの姿煮」には、ワインなどもよりも吟味したポルト酒がぴったりなのでは、と提案。

 なるほど、面白い。
 新世界菜館の「ふかひれの姿煮」には、ぴったりかも。
 しかしながら、その提案の背景に、田崎さんの中国料理、さらには「ふかひれの姿煮」、そして、中国料理における酒の組み合わせに対する固定的な概念、イメージがあって、それに導かれてのものじゃないんだろうか?との素朴な疑問を覚えたものです。

 というのも、新世界菜館の「ふかひれの醬油煮込み」は、上海式のそれを下敷きにしたもの。
 傳さんから詳しく聞いたわけではありませんが、私にとって新世界菜館の料理の数々は、上海というよりも、寧波風味といった印象を受けます。
 もっとも「ふかひれの姿煮」に関しては、だしとともに醬油味、それに旨味だけではなく特有の甘味がありました。言わば、日本に定着した上海式それの印象が濃厚。しかも、日本で「ふかひれの姿煮」として広く一般に浸透し、親しまれているものに通じます。

 そして、田崎さんが提案したポルト酒。
 それから私がイメージしたのは、紹興酒に他なりません。
 そうか、田崎さんも、やはり、中国料理と言えば、紹興酒。「ふかひれの姿煮」には、紹興酒というイメージ、固定概念から逃れられないのかなあ、なんて思いました。

 確かに、上海系の料理には、それも、上海系の「ふかひれの姿煮」には紹興酒がぴったりかも。
 それに、日本で一般に定着している広東料理には、あてはまるかもしれない。
 ですが、香港のそれ、ことに、ふかひれの料理には………………
 紹興酒、という組み合わせは、あてはまりません。

 それについては、いずれまた。
 もっとも、田崎さんの「ふかひれの姿煮」にはポルト酒を!という提案。
 ちゃっかり戴いちゃって、時にはそれを楽しんでます。

 その後、田崎さんとは「裸の少年」のロケの収録中だった浅草の「龍圓」で再会!
 「ね、ね、小倉さん、これ「ハモン・イベリコ」を使った上湯だって!」 と、龍圓ご自慢の「龍圓特製チャーハン(上湯【スープ】添え)」の「上湯」を、いきなり薦められました。

 「いや、田崎さんって凄いですワ。一口味わって「これ、どんぐりの味がする!」なんて、見破られちゃいましたから!」、と栖原さん。

 栖原さん、もともとは上海料理畑の出身。甘味と醬油の使い方、その工夫やセンスがその経歴を物語ってます。
 ですが、ここ最近、香港の広東料理にも関心を持って、機会を見つけては香港行脚。だし作りでは広東料理の手法も取り入れて、という意欲あふれる料理人。

 そういえば、あん時、田崎さんに、火腿を素材にしただしを使った料理にふさわしいワインの組み合わせ、聞けばよかった。
 今度、田崎さんに出会う機会があったら、尋ねてみます。

 ところで、中国料理、それも広東料理におけるコースの組み立て、味の変化、流れ(って、私の勝手な解釈によるアレンジもありますけど)、料理のクライマックス、宴がはじまってすぐにありと察知した青木さん。
 ワインの開栓、宴の始まる時刻では遅すぎるってことで、秋や冬の宴には、選んだワインを昼から開栓。今回の宴では、前日から開栓、と相成った次第らしい。その周到さには、おそれいります!

2008/05/12

春の広東地方の郷土料理の6















 この日の宴の花、「大菜」のひとつ「婆参荷包翅」の登場です。

 「このなまこ、でかいね!どこで採れたもんなの?」
  と斉藤さん。
 「八尾さん、よろしく!」 
 と、今回、料理紹介の話は八尾さんにまかせっぱなし。
 「「婆参」と申しまして、東南アジア産のなまこでして、日本で(収穫する)ものとは、大きさが違います」と八尾さん。
 付け加えれば、香港では「豬婆参」、母豚の乳房に似た形状ってことで、ことにインドネシア産のものが良質とされ、戻すと柔らかく、また、味が濃いってのがその特徴。

 「このふかひれの姿煮、これもでかいね!」
 と、斉藤さん。
 眼鏡の奥の瞳がきらきらとハートマーク。

 「荷包翅」については、2006年12月24日の当ブログで触れてきましたっけ。
 改めて紹介すれば、「荷包翅」は金山勾の高茶翅(アオザメ)などによるもので、その名称、財布のような形態をしていることにちなんだもの。

 見かけは日本の中国料理店の多くで出会える「ふかひれの姿煮」に使われているふかひれに似ています。
 ふかひれの形態をそのまま残した「排翅」ですが、日本などで一般に「排翅」として流通している「よりきり/牙揀翅」、「もうか/摩加翅」とは、資質、味、風味が異なります。
 翅針は細いものの、滑らかな舌触りで、柔らかな噛みごたえ、独特の風味を持ってます。

 扇状になったふかひれの根元は、乱雑で不揃いですが、それこそは原ひれから手間隙かけて戻された証。
 日本の中国料理店で一般に流通している根元が綺麗に処理された「よしきり/牙揀翅」、「もうか/摩加翅」の「排翅」は、専門業者によって戻し加工処理が施された製品化されたふかひれで、磯臭い匂いが除かれずにいるものもあって、むしろ磯臭いのが当たり前、なんて認識もあるぐらいですから。
 そのあたり、内臓、ことに胃、小腸、大腸、直腸の処理にも通じることかもですね。

 なんてことを書いてるうちに、かえすがえすも「ヘイフンテラス」で「気仙沼産!」のふかひれを試さなかったことが、今となっては悔やまれてなりません。
 って、私もしつこい?
 いや、執念深いだけのことです!!!!!

 今回の「婆参荷包翅」、以前、家庭画報の取材の際に出会ったのは「鮑汁」が利いたこくのある味。
 それに比べて、ライトで、すっきりとした味わいで、だしの味、風味の印象が強い。その分、ぷりぷりの舌触り、歯触りで、くねっと身をよじらせるような「婆参」の柔らかさ。それに「荷包翅」も、だしをふくんだ「翅針」の塊を頬張った時のぐじゅっとした触感、素材の資質、持ち味を認識。

 そんな「婆参荷包翅」とぴったりだったのが、04年のグラン=エシェゾー。
 「福臨門のしっかりしただしには、やはりあいますね」と、それを選んだ青木さん。
 
 青木さん、前日に開栓を頼んでいたそうで、その点、抜かりがない。 おまけに、景山さんの選んだコルトン('98)、海津さんの選んだコス=デストゥルネル('94)も同様に24時間前に開栓していた、なんて話に、目を丸くしました。
 ワイン好きは、やることがちゃう!
 そこまでやるか?
 と、関心しきり。
 おそれ入りました。

 むろん私だって、それに負けじと……
 って、あ、そか、メニューを考え、素材の調達を按配したくらい。
 岸さんと福臨門のスタッフには、手数と苦労のかけっぱなし……
 でした、ね。

 画像は「婆参荷包翅」。
 しっかりしただし。ぷりぷりの舌触りの「婆参」。
 だしを含んだ「荷包翅」のじゅわの触感、旨さがよみがえります。

2008/05/09

春の広東地方の郷土料理の5

  「それでは八尾さん、料理の説明を!」
 「はい、かしこまりました。
 え、この「豬肺杏仁湯」ですが、まず、豚の肺を流水に1時間ほど晒しまして
 下準備をしてから「煲」という方法で4時間あまり煮込みまして、
 それから2時間かけて「燉(湯煎蒸し)」に致しました」

 八尾さんの話に、テーブルの一同が、いっせいに驚きの声。

 「え~! そんなに手間隙、かかってんの!
 すごいな、信じられない!
 っていうより、そんなの普通、考えられませんね」 と、感嘆しきり。

 そんな声を耳にしながら、せっせと匙でスープを口に運ぶ私。
 滑らかで、緻密な舌触り。
 ン!?  と思ったのは、味にしっかりとしたこくがある。だし入りの感じがする。

 「豬肺杏仁湯」といえば「陸羽茶室」のそれが有名です。
 他にも試したことが何度があります。
 で、「陸羽茶室」の「豬肺杏仁湯」、乳白色で、味は素朴で清楚。
 滑らかながらも、ざらっとした感触が舌に残ります。
 ところが今回の「豬肺杏仁湯」、黄色がかっていてクリーミー。
 しっとり潤んだような滑らかさで、優しく舌を撫でていく。
 そして、かすかな渋味、ほろ苦さ。杏仁の味、風味でしょう。
 それとともに、ふくよかなこくのある芳醇な味わい、風味がありました。


 「あの「豬肺杏仁湯」ですが、「煲」にしますか?それとも「燉」で?」
 と、八尾さんから連絡があったのは、素材の調達が可能とわかり、コースのメニューの最終決定でのことでした。
 
 そう尋ねられ、一瞬、答えに詰りました。
 私が知る限り、というか、私がこれまで出会った「豬肺杏仁湯」、ほとんどが「煲」のはずで、私にとっては「湯」に関してバイブルともいうべき某著(ふふ、教えたくな~い!)でも、昔ながらの調理方法では基本は鍋でじっくり煮込む「煲」のはず。
 
 湯煎蒸しの「燉」って方法がある、というのは耳にしたことがありませんでした。

 「そうか「燉」というのもあるんだ。
 う~ん、じゃ、今回は、おまかせします!
 でも、もし今回「煲」にするなら、今度は「燉」でね!」
 とまあ、その辺は、強引であつかましい小言ぢぢい(って私)です。

 その結果が、4時間の「煲」と2時間の「燉」。
 そのプロセス、調理や味付け、改めて八尾さん、キッチンに確認の要ありですが、思うに「陸羽茶室」のそれとは違ったのは、やはり2時間の「燉」に鍵がありそうで。

 クリーミーで、しっとり潤んでいて、優しく舌を撫でる滑らかさ、こくのある奥深い味わい、滋味豊かと言う以上に旨味がある、ってことの秘密はそこにありそうです。
 もしくは、こくを生む肉類が、素材に含まれていたのかも。

 福臨門で初めて食べた「豬肺杏仁湯」。
 紛れもなく福臨門スタイルのそれ。
 上品で、洗練されたものでした。

 「参りました!」


 












 肝心の「肺」は、画像でご覧の通り。
  その触感、噛み応えは、じゅわじゅわ。火を通し気味なねっとり感を抜いた白子のようだし、少々繊維の立ったマシュマロ風の柔らかさ。たっぷり味を含んでいて、噛み締めるとジュシーな味が弾ける、といった趣です。

 肺、といえば、吸い込んだ空気を送り込む気管と血管で形成。つまり、下拵えの水晒しというのは、水を吸わせて、気管と血管を清浄。水を吸わせて、水を押し出す作業が必要。という話からも明らかなように、ま、スポンジ状態なわけです。

 後で「はぎちく」の岸さんに「豬肺杏仁湯」について御報告。

 「あ、その触感、想像がつきます!
 けど、味はわかんないな。想像もつきませんね。
 それ、食べたみたないな!

 それより、下拵えの手間隙のかけ方、すごいですね。
 そこまでやるとは思ってもみませんでした」
 とのことでした。

2008/05/07

春の広東地方の郷土料理の4

 豚の内臓の各部位の調達、福臨門の希望通り入手が可能だと岸さんのからの返事が戻ってきたところで、今回の「青木宴《春編》」の料理内容、コースの内容を再検討。

 今回は、これまでの青木、藤原の両氏に、前回以来の元EMIの斉藤さん、それにEMIに出戻った景山富士夫氏、雲母社からロッッキン・オン社に移った海津亮氏も参加。
 そのふたり、青木さん、斉藤さんなどと某ワインの会のメンバーだそうで、ワインにはことのほか詳しく、一家言お持ちとのこと。

 さて、福臨門でコースを組み立てるとなると、看板の魚翅はじめ干貨素材を素材にした料理が組み込まれていないと、その意味もなければ価値もない。
 旬の素材をメインに郷土料理、家庭料理を楽しむにしても、宴会の花となる「大菜」があってこそそれぞれの持ち味、妙の対比も楽しめるというもの。

 今回、初参加の景山、海津の両氏、前回以来の斉藤さんも、すでに福臨門で主要な料理は一通り体験済とのことだったので、少しばかりひねりを加えたふかひれの料理を。
 そこで思いついたのが「婆参荷包翅」。

 「婆参荷包翅」、06年暮れの「家庭画報」の中国料理特集でも紹介しましたが、もとはといえば銀座の福臨門の長年の顧客のリクエストから総料理長の呉さんが工夫し、考案というスペシャリティでメニューにはない一品。「家庭画報」の取材時に味見して、あ、これはそのうち!と、狙いを定めていた一品です。

 もう一品の「大菜」は、「江南百花鶏」。 今年に入ってだったか、その料理、丸の内の福臨門で実現、という話をスタッフから耳して以来、なんとかして食べたいと願っていた一品です。

 昔、そう、18年前のことになりますが「GULIVER」というトラベル・マガジンの香港特集を手伝った際、福臨門に出向けばいつもテーブルが隣あわせだったジェイムス・ウォンと、福臨門の広東料理について対談。

 そのジェイムス、子供の頃、李香蘭のレコーディング・セッションにハーモニカで参加、という経歴がご自慢。香港大学出身の頭脳明晰なエリートで、当時、香港には皆無だったというPR会社を設立する一方、作詞、作曲、コラムニスト、歌手、俳優として活動し、香港のマスコミでも一目置かれていた人物。ジェイムスは叔父が何かと言えば福臨門の出張料理を依頼、なんてことから、子供の頃から福臨門の味になじんできたそうです。

 ともあれ、ジェイムスに色々昔話を聞いた際、福臨門が用意してくれた料理のひとつが「江南百花鶏」。 その美味は今だに忘れ難い。 それ以後も、他の店で同じ料理を食べてきましたが、福臨門でのそれを越えるものには出会えなかった。

 そんな「江南百花鶏」が、丸の内の福臨門で実現!
 なんて話を耳にして、今回の「青木宴《春編》」、場所を銀座店から丸の内店に移そうかと思い悩んだほどでした。
 そしたら銀座の福臨門でも可能だという話。
 その話を聞いて盛り上がったことは言うまでもありません。

 それに、春の味、郷土料理、家庭料理的な趣向のもので、はまぐりを素材にした「蛤蜊燉蛋」がある。

 以上、3品をメインに据えて、組み立てたのが以下のようなメニュー。

○千層峰(豚耳のよせ物の冷製
○炸大腸(大腸の揚げもの)
○豬肺杏仁湯(豚の肺と杏の実のスープ)
○婆参荷包翅(なまことふかひれ(荷包翅)の煮込み
○白灼腰花(豚の腎臓の湯引き)
○江南百花鶏(蝦のすり身のせ、鶏(一羽)の蒸し物
○油泡肚尖欖仁(豚の胃と中国オリーブの身の油通し)
○韮菜銀芽炒心肝(豚の心臓、肝臓と韮、もやしの炒め物)
○蛤蜊燉蛋(ハマグリの卵蒸し)
○蝦醬炒通菜(空心菜のえび味噌炒め)


 なまことふかひれの「婆参荷包翅」、「懷舊菜」というにふさわしい「江南百花鶏」に、春らしいはまぐりの「蛤蜊燉蛋」。
 前後して、前菜、スープ、油通しに炒めものなど、内臓類の料理がどうしても目立ちます。

 素材、舌触り、歯応えなどの触感、調理、味つけ、味わい、風味などの変化を考慮しながら、あれこれ考えを巡らせ、味付け、調理を他のものに置き換え、入れ替えを繰り返しんがら、辿りついたプランです。

 いつものミッシェルに相談してみたら
 「とっても、おもしろい」
 という言葉に次いで
 「香港でも滅多にないコースの組み立て方ね!」 
 との返事。

 私もそう思いました。
 内臓を素材にした多種、多様な料理が、こんな風にして組み入れられるのは、滅多にない。
 かつて香港では家畜、家禽の内臓類は貴重なものとされ、内臓類を中心にした前菜や、内臓にふかひれを詰めるなど、工夫を凝らした「大菜」などもあって、いわば内臓宴などもあったそうで。

 下拵えして臭みを取って、香辛料や調味料で味付け。
 そんな簡素で素朴な「もつ煮込み」的なものではなく、念入りな下拵え、調理による内臓の料理が存在し、その伝統が受け継がれている、というわけです。伝統的な広東料理の手法を受け継ぐ店だからこそ、可能なこと。

 締めくくりの面か飯については、福臨門から「腊味煲仔飯」という提案もありましたが、「カレー味の炒飯」という青木さんからのリクエストもあって「摩囉鶏粒炒飯」に変更。
 さらに、当初、青木さんからのリクエストだった甜品の準備が難しいとのことから、別途、2品の甜品(デザート)を用意、とのこと。

 実は、以上のメニューに以外に、コースを構成する品数の勘定あわせ、それに、ワイン好きが集まって、しっかりした味の赤ワインを!なんて、ワインとの相性を考え、血の濃い鳩の料理を加えるかどうかも検討。
 しかし、全体の構成と分量を考えて鳩の料理は、今回はパス。

 それでなくとも春の旬の味、それに内臓類の料理など、食べたいものがまだまだ残っていて、1回の宴会では到底収まらない。

 そんなやりとりを繰り返しながら、岸さんに内臓を発注。
 先の「白灼腰花」の下拵えの話からも明らかなように、内臓類はいずれもその処理、下拵えに時間がかかります。
 まずはサンプルを発送してテスト調理。
 その按配を見てから「青木宴《春編》」の料理内容と、素材の発注を最終決定し、発送ということになりました。

 ふ~。

 って、大変だったのは、私なんかより岸さん、福臨門のキッチンのスタッフ。

 そして、登場したのが画像、4品目の料理の「豬肺杏仁湯」。
 まさか、この料理が日本で食べられるとは!
 それだけでも、感極まったのでありました!

2008/05/05

春の広東地方の郷土料理の3

 豚肉の内臓の調達をお願いしたのは、川越の「はぎちく」の岸健二さん。
 05年11月発売のクロワッサンの「本物のお取り寄せ」の特集号で、ここではおなじみ、東松山の農業、加藤紀行さんとともに、紹介したことがあります。

 岸さんは若くして家畜の卸、販売に携わり、以来、養豚家とタッグを組んで美味しい豚肉の開発と紹介に余念のない熱血漢。
 私が豚肉の目利きとして全幅の信頼を置いている人物です。
 岸さんから学んだことは数知れず、目うろこなことが沢山ありました。

 ことに、感心したのはブランドにとらわれず、実質を追求というその姿勢。
 岸さんが選んだ「はぎちくセレクト」は、文句なしに旨くて、風味があります。
 さっぱりした味の豚もあれば、豚の野生味を感じさせる豚もある。
 その熱心なファンは少なくありません。

 その岸さんから
 「ウチが扱ってる内臓も、自信ありますから!」
 と、かねてから聞かされ、そそられてはいたものの、機会を逸してました。

 日頃、岸さんからは、ロース、肩ロース、バラ肉をブロックでゲット。
 ですが、肝臓、心臓、肺臓、腎臓などの内臓類を丸ごと頼んでも、その扱いに自信がない。 
 焼肉にして食っちゃえば? なんてツッコミがありそうですが、素材が上質で新鮮だからこそ、本格的な料理を試してみたい。
 とはいうものの、そのゆとりはなし。
 そうか、今回は、岸さんが扱う内臓を福臨門に届ければ、いろいろな料理が可能かも。
 そう思い立って、早速、岸さんに連絡をとり、調達可能な素材を確認しました。

 そうしたら、内臓のほとんどは入手可能と判明。
 そんな内臓調達可能リストとともに、私が食べたい料理も含め、どんな料理の実現が可能か、福臨門に尋ねました。
 戻ってきた料理のリストを見て、驚きました。
 私がリクエストした料理を含め、部位ごとに異なる料理の総数、その数、20品を越えていたからです。
 さすが、福臨門。
 中には懐かしい料理もある。
 「今日、○○があるけど、食べてみる?」
 「え! そんなの福臨門にありなの?」
 と、今や九龍店の総経理人である梁保に教えられ、病み付きになったものの、日本ではありつけない料理もありました。
 知ってはいても、食べたことがない料理もありました!

 全部食べたい!

 そんな思いにかられながら、すでに春の料理を何品か、それに「大菜」というにふさわしい今回の「宴」のための特別料理を3品ほど考慮済。
 それを無視するわけにはいきません。

 となると、コースを8品構成にすれば、豚の内臓を素材にした料理は、わずが2品か3品ということになる。
 こうなりゃ、10品か12品構成にするしかありません。
 幸い、今回の「青木宴」の「春篇」、人数が6人になるかも、と幹事役の藤原君から連絡が入ったこともあって、10品、12品構成で、コースの内容を検討。

 で、とりあえずは仮プランを作成。
 それを福臨門に送り、その返事次第で、素材を岸さんに依頼し、福臨門に送ってもらうだけ。
 そう決め込んでいたところが、コトはそう簡単に運ばず、なのでした。

 というのも、福臨門から戻ってきた料理可能なリストから、素材の調達を岸さんに連絡。
  岸さんに連絡を取ったところ
 「素材の扱い、普段のままでいいでしょうかね?
 例えば「肺」は、ボイルしちゃっていいのか?
 それに「腸」ですけど、割いて、中を取り出して、送るのがいんでしょうか?」
 と、尋ねられ、
 「あ! もしかして、その点、(福臨門に)確認の要あり!」 と、気づいた次第。
 
 「それにこの「肚尖」って、「胃袋」のことなんですが、「胃袋」の前後が少々必要って、どんくらいなんでしょう。実は、部位の処理、検査官がやるんで、ご希望通りにいくかどうか……」
 なんて話を聞かされて、驚きました。

 「ちょ、ちょっと待って岸さん。じゃ、詳細を確認してから、連絡しますから」
 ということになり、福臨門に再度確認したら、戻ってきたのがそれぞれの部位の扱い。
 それに、「胃袋」の「肚尖」に必要な範囲の詳細。

 それを岸さんに返して、連絡したら
 「了解しました!」
 と、いつもながらの男気に溢れたキッパリとした返事。
 
 「ですけど、「胃袋」の処理、ご希望通りにいくかどうか。
 それより、日本とは全然、取り扱いとか、処理の仕方、違うんですね!」
 と、さすがの岸さんも驚いた様子。

 仲介役の私、最初は、何がなんだかさっぱりわからず。
 ですが、岸さん、福臨門の間に立って、色々話すううち、しっかり見えてきたのが日本と香港における内臓の扱い、処理の差異。

 日本では、肝臓、心臓、腎臓などはともかく、胃や腸は割くなど下処理をした上で市場へ、というのが一般的だそうです。どうやら「焼き肉」、「モツ料理」という市場のニーズに応えたもの。
 ところが香港では事情が異なり、「モツ料理」としてだけでなく、本格的な料理素材としてのニーズがあり、それには、なりよりもフレッシュなのが第一義、なんて事情が、よーくわかりました。
 食文化の違いを体験、ということになった次第です。

 で、画像。
 「これまでが前菜で、3品目の「白灼腰花」です!」
 と、総支配人の八尾さん。

 豚マメの腎臓をさっと湯通ししたもの。
 ぷくっと膨らんだ腎臓はぷりっとした歯応え。
 腎臓の独特の風味を残した上品な味わい。

 その一個、食べるのに、30秒はかかりません。
 ですが、腎臓を流水にさらすこと4時間。
 腎臓特有の臭みを抜いて、旨味にかわるあたりを見届け、それを「白灼」、湯通しで調理、
 という、実に手間隙のかかった一品です。

2008/05/03

春の広東地方の郷土料理の2

 思いついた素材と言うのは野菜でも魚介でもありません。
 それは牛や豚、家禽類の内臓類。

 牛や豚の内臓類を素材にした料理は日本でも食べられます。
 たとえば、北京料理を看板にする店での牛の胃の「せんまい」を素材にした「塩爆散旦」は代表的な一品。「ハチノス」や、豚の胃の「ガツ」の炒めもの、揚げ物があります。
 豚のマメ、つまりは腎臓を使った炒め物などもありましたっけ。

 池袋で客家料理を看板にしていた「東江樓」では豚の腸の料理もありました。
 広東料理系の店では、やはり飲茶の点心に「ハチノス」はじめ、その種の料理を見かけることがあります。
 とはいえ、内臓を素材にした本格的な料理に関しては、日本ではほぼ絶望的。
 ことに広東料理系のものは飲茶の点心以外、ほとんどみかけたことがない。
 潮州料理系の料理もそうです。 もし、ご存知なら是非、ご教示を!

 そこで今回、豚の内臓を使った料理の実現を思い立ちました。
 むろん、素材の調達の目当てもあってのこと。
 その話、青木さんにしたら大乗り気!

 「甚だ勝手なリクエストで恐縮ですが、
 「モツ盛り合わせ下町風、香菜添え(3~5種/ミミ必 須/大盛り!)」
 の類いを、以前より丸福の技で食してみたいと思っておりました。
 丸福でのモツは、ハチノスしか見当たらず、どーも欲求不満ぎみでした。
 今回のメニューの構成上、バランスが悪くなる様でしたら次回に、
 若しくは次の日に持ち帰り…できるかな?などとも思っております。
 もし差し支えないようでしたら、何卒よろしくお願い致します。
 (豚足もかなり魅力的!)」

 と、熱いメールが到着。

 「丸福」というのは「丸福食堂」、福臨門の愛称です。
 香港でとりあえず一通り有名店を巡り歩いて後、落ち着いたのが福臨門。以来、連日通い詰めるようにもなって、丸福と称するようになりました。

 それにしても青木さんの「モツ盛り合わせ!」という熱い思いにうたれました。
 確かに、日本で内臓と言えば、通称はモツ。
 モツ鍋が流行、なんてこともありました。

 そういえば、dancyuの取材で、松阪を取材した際、松阪牛の内臓類を使った焼肉店の取材を敢行。たっぷりさしの入った「和田金」のロース肉さながら、内臓の各部位、ことに直腸の脂たっぷりのねっとりの脂の濃さ、甘さに驚いたもんです。

 ですが、日本でモツの料理と言えば、焼肉でのそれが物語るように、調理、味付けはシンプル。野生味があって豪快。塩焼きか、たれ仕込みのものを焼く、っていうのがほとんどのようです。
 それに焼いた素材を食べる「たれ」も勝負どころ。松阪でその種の店を何軒かはしごした際、名古屋などと同じく甘味のある八丁味噌がその基本でした。

 「もつ煮込み」は、私、あまり体験ありませんが、大体は臭み抜きのつもりか葱、生姜で湯がいたあとに、味噌で味付け。素朴で濃厚な味付け、ってのが基本じゃないでしょうか。
 それも悪くはありません。が、料理ってことでは、いささか粗野。時には雑で乱暴な趣も、という印象があります。

 それからすると香港の広東料理、潮州料理、客家料理における内臓の扱いは、下拵えもしっかりしてあって、調理、調味も多彩で幅広い。

 もちろん、香港でも「モツ!」のノリそのまま、シンプルな味付けの内臓料理を食べさせる店があります。
 「牛什」を看板に掲げ、牛の内臓類の煮込み専門にする街中の小食店がそれです。
 その多くは潮州系。その種の店の中でも「牛腩」の煮込みだけを扱う専門店もあります。
 ことに中環にある「九記」は、長年の歴史を誇る老舗の一店。
 電気道と湾仔にある「大利清湯牛腩」では「牛腩」だけでなく、牛の内臓各種もあり。

 その昔、牛頭角だったか工場街にあって、尖沙咀にも出店していたことのある「鍾記」では、普通の店ではお目にかかれない牛の部位が色々あり、なのに目を丸くしたものでした。
 もっとも、韓国の全州で食べた「チレ」、日本では「たちぎも」って呼ばれてる脾臓の料理は、香港でおめにかかったことがない。けど、どっかの店であるんでしょう。

 牛の内臓類とは対照的に豚の内臓類に出会ええることが多いのが、粥麵店。
 肝臓、心臓、腎臓、胃、十二指腸、子袋などまでが粥の具に。
 豚の内臓類を全てを織り込んだ「及第粥」などは、その最たるもの。
 どの店も、内臓の鮮度を売り物にしています。

 香港では牛よりも豚の需要、供給と消費が盛んってことに関係してるんでしょうが、粥麵店は豚の内臓類を扱う店が多い。中には腎臓などを「白灼」で提供、という店もありましたが、料理としての完成度は低い。

 実は、内臓を素材にした料理で、なんとか日本でも食べたいものがいくつかありました。
 そのひとつが豚の胃の「肚尖」を素材した各種の料理。
 日本でも豚の胃は「がつ」ってことで一般に流通。
 ですが「肚尖」は、豚の胃の尖端、つまり「食道」と「十二指腸」とがつながった柔らかい繊維を持つ部分をさすものです。

 その「肚尖」を素材にした料理、「魚翅」はじめ干貨素材の料理ととともに香港の福臨門で楽しみにしている一品です。
 以前は馴染み客だけがその存在を知るものでしたが、最近になってテーブルに置かれた「小菜」のメニューで紹介されるようにもなりました。
 とはいえ、品切れ、もしくは、今日はなし、なんてことがほとんどで、そう簡単にはありつけない。

 豚の消費が盛んな香港では、素材の調達も容易に思えますが、福臨門では新鮮というだけでなく、上質な素材でなければ提供しない、という方針があってのこと。

 福臨門では「肚尖」だけでなく、豚マメの腎臓、肝臓や心臓、それに豚足を素材にした料理にも出会えることがあります。といって、いずれもメニューにはありません。

 昨年の秋、香港に出かけたバードランドの和田さん。
 福臨門で運よくそうした料理のひとつ、豚足を新生姜と煮込んだ「豬脚姜醋蛋」にありつけたそうです。
 「あんなに旨い豚足、食ったことありませんよ。
 けど、量が多くって、もうそれだけでお腹一杯!」
 なんて言いながら、目尻は下がりっぱなしで自慢顔。

 「モツ盛り合わせ!」のリクエストのあった青木さんに、広東料理、潮洲料理、客家料理の豚の内臓を素材にした料理の数々を話したら
 「え!そうですか!なら、それで行きましょう!」 
 と、話はまとまりました。

 話はまとまったものの、いざ実現ということになるまでは、問題、山積みでした。

 で、画像。
 「ヘイフンテラス」では……あ、ちゃいました!
 豚の大腸の揚げ物です。 豚の脂身のこくや旨味を加味した「かっぱえびせん」といった趣です。
 揚げた大腸のパリパリの触感。噛み締めると、しっかりの歯応えありで、ぶりっとした腸の触感がたまりません!

2008/05/01

春の広東地方の郷土料理の1

これは見事。実に見事な「千層峰」でした。
豚耳のよせ物の冷製です。
 これまでいろんなところで豚耳のよせ物の冷製を食べてきましたが、こんな素晴らしいのには出会ったことがない。

 つるんと滑らかな舌ざわりのよさ。噛み締めると、ぷるんとしていてぷちっとはじける弾力、噛み応え。そして、じゅわーと旨味が広がっていく。
 洗練された気品と深みのある味わい。
 それだけでなく、口中に広がり、のど奥から鼻にぬけていく香り、風味の豊かさ、その芳醇にうっとり!

 画像でその触感、味、風味、、、、いや、そそられるはずです!
 
 こうして「春の広東地方の郷土料理」は幕を開けたのでありました。

 「エージ様 お元気ですか?
 いつのまにか、桜も咲き始めましたね。
 さて、春の宴ですが、青木さんから○○日が良いと連絡を貰いましたが、エージさんのご都合は如何でしょうか?
 献立の段取りもあるかと存じますので、ご返事をお待ちして皆様へご案内をしようと思います。

 BMGのちょいわる親父、藤原君からメールが届いたのは3月の20日過ぎ。
 昨年の夏にはじまり、秋、今年に入ってから冬と3回続いた季節ごとの青木さん、藤原君との宴「広東地方の郷土料理」シリーズ、通称《青木宴》の春の巻。
 幹事役の藤原君から連絡貰って以来、気もそぞろ。早速、メニューのプランを立て始めました。

 香港で「春の宴」といえば、大体が春節、旧正月が開けてからしばらくの時期のもの。
 縁起担ぎの料理名による大菜がずらりと並びます。
 そして、冷たい雨が降ったりする2月を過ぎれば、香港の気温は一気に上がりはじめ、3月には日本の初夏の暑さほどにも。
 もっとも、4月初めの清明節の前後には、再び冷たい雨が降り、しばし気温の低い日々が。
 その時期を越えれば一気に夏。

 そんなことから、4月、香港で旬のものは、野菜なら通菜(空芯菜)、莧菜、芥菜、芥菜の葉を落として太い軸を食べる芥胆ってことになります。花つきの韮の韮菜花なんかもそう。
 それに節瓜、勝瓜、絲瓜、黄瓜、水瓜など、瓜の類も出回り始める。
 そうです、春というより初夏の趣。

 魚介でも、春らしいものが登場。
 囲い育ちの蝦が旨くなります。小ぶりで身が締まっていて、甘味と旨味のあるこの時期の基圍蝦は  「白灼」で食べるのが格別です。
 それに、地場物の小ぶりの蝦蛄などもそう。
 透明な殻を身にまとった小ぶりの蝦蛄は、唐揚げにして塩・胡椒風味で食べるか、それとも「魚露」で漬け込むか。

 とはいっても、以上の内、日本で、東京で、調達可能な素材、野菜に限って言えば通菜と韮花菜ぐらいなもの。莧菜はほとんど手に入らず。
 芥菜はあるにはあるが、日本では軸が細いものが多く、芥胆には不向きです。

 去年の夏以来、銀座、丸の内など日本の福臨門の各支店に瓜や茄子を供給してきたお馴染み東松山の農業、加藤紀行さんに、はっぱをかけ、というより脅し半分「芥菜」を栽培してもらいましたが、種が日本化されたものだったせいか、初めての試みだったこともあってか、辛味、ほろ苦さが旨味よりも立つ感じで、さすがの加藤さんもお手上げ。

 やはり、日本の芥菜、漬物に使うのがほとんどってことも関係あるんでしょう。
 それに、育った芥菜、送ってもらって私も食べましたが、なんでだか香菜、バジル、ルッコラなど、日本の土壌に根ざしたハーブ類などと同様、素材の特徴的な持ち味である香り、味、風味は傑出しているものの、優しく温和な味、風味がいまひとつな感じ。

 それより、福臨門に連絡して、春、4月の素材、それに、料理を尋ねるのが先決。
 そしたら野菜は「韮菜花」、「通菜」、に「白露筝(白アスパラガス)」。
 春の魚介は「白飯魚」、つまりは白魚、それに、はまぐりを用意するとのことでした。

 野菜類は肉類、魚介とあわせて炒め物。
 通菜なら「蝦醬」や「腐乳」など、くせのある調味料と炒め合わせるか、煮浸しにするって方法がある。

 が、それにしても「白飯魚」はどうするんだろ。
 はまぐりなら茶碗蒸し仕立ての「蛤蜊燉蛋」なんか食べてみたいけど、上海料理だし、やってもらえるんだろうか。
 ってことで、再度、問い合わせました。

 そしたら「白飯魚」は揚げて、塩・胡椒風味にした「椒鹽白飯魚」か、卵との煎り焼きの「白飯魚菜粒煎蛋」。
 それに、はまぐりは「蛤蜊燉蛋」が可能。それ以外にはまぐりと春雨のガーリック風味蒸し煮込みの「金銀蒜粉絲蒸蛤蜊」も可能、という返事が返ってきました。

 なんといっても胸がときめいたのは「蛤蜊燉蛋」。
 上海式、じゃなくって、間違いなく広東式になるはず。それも、福臨門式。
 となると、これを逃す手はない。

 とはいえ「白飯魚」は、香港のならともかく、日本だと、味の濃さ、それに、肉質などどうなんだろうか?  とすれば、もしかして産地次第? なんてことを考えて、いささか躊躇。

 どっかにあった「ヘイフンテラス」の紹介ではないですが、日本の四季折々の素材を用いながら、伝統的な広東料理の手法を下敷きにした料理を、というのも「広東地方の郷土料理」シリーズ、通称《青木宴》のテーマのひとつです。

 日本で、東京で調達できる素材を探さないとなあ。

 ともあれ、4月に入ってから福臨門のサイトでランチ、ディナー、今月のお勧め料理をチェックしてから、メニューを検討、ということになりました。

 で、見つけ出したのが「白魚と卵の煎り焼き」。
 ン? そか「白飯魚菜粒煎蛋」ね!
 「ホワイトアスパラとハトの炒め」
 ってことは「白露筝炒鴿片」?
 「季節野菜と発酵豆腐の炒め」、ってのは「腐乳炒時菜」だね。

 さて、どうしようか「広東地方の郷土料理」シリーズの春の巻。

 野菜に関しては、韮菜花か通菜。
 で、魚。
 この時期、平目、それに、星が目板のかれいってことになると、「清蒸」ってことになりますかね。
 もしかして唐揚げで塩・胡椒風味の「椒鹽」や、「油浸」って、方法もある。

 それよりも、きす、こちなどに特徴的なある種の泥臭さ、しゅわっとした身の緻密さは、あの「九肚魚」に通じるところがないでもない。煎り焼きや唐揚げにして、塩・胡椒風味の「椒鹽」にするか、油で揚げる「油浸」なんて方法もある。
 ことによっちゃ漬物の「冬菜」と一緒に蒸し物にするって方法もあるはずだ。

 なんて、想像をめぐらせてはみたものの、福臨門ではその種の魚の扱いはなし。
 って、ところに、思いついた素材があったのでした。

2008/04/28

閑話休題 チープ・トリック・アト・武道館・アゲインの2

 「ね、「いか」は何?」
 「この時期、「すみ(いか)」と「あおり(いか)」のどっちかなんで…
 「だから、聞いてんの!で?」
 「「あおり」です」
 「じゃ、それ」

 「あおり」は、「いか」特有のぬめりのあるねっとり感よりも、すっきり。
 清冽で、張りがある。凛とした清々しさが漲る舌触り、すっと歯が入るしなやかさが心地いい。
 その若さ、清々しさが、遅い春、初夏間近、の感じの味、風味。

 口を変えるつもりで、貝。
 なんですけど、「みる(貝)」にするか、それとも「赤貝」か。
 「みる」のパリポリの活きのいい歯触り、噛み応えも楽しみだけど、今の時期なら、熟れ物になってるかな?
 ってことで 「赤貝!」
 案の定、潤んでました。
 けど、なんだかもじもじを身をよじるような潤み具合!

 「どしよか、そろそろ時間も時間だし、まぐろの「巻き物」にしようかな……
 その前に、赤身、中トロ、一貫ずつちょうだい」

 そしたら、いきなり身を屈め、下からごそごそと包みを取り出してまな板にでんと置き、油紙をめくって、大事に大事に、いたわるように塊を取り出して、すっと柳刃を入れる。

 「え! なんか面倒(かけるようなこと)言っちゃった?」と私。
 「いや、新しく、切らないと……」

 「ね、これ、いいじゃない、この赤身。
  しっとり潤んでて、緻密で、濃密で。
  なんて言っていいのこの味!
  もうわかんないや。 
  う~ん、潤んだ血の味、っていうのかな。
  味もそうだけど、鼻に抜ける香りがいいね。
  この香りがいいの。
  赤身らしい、赤身の香り!」。

 「あの、この「中とろ」なんだけど、なんだか、身体が開いてないっていうかさ。
  う~ん、身体が伸びきってなくて、伸び伸び、ほぐれてない、っていうかさ……」
 「え! まあ、今、切ったばかりなんで……。
  こないだも、ほら、お知り合いの○○さん、久しぶりにお見えになって、「中とろ」だしたら、「開いてないね」って。
 (空気に)さらして、なじませとくね、そうなるんですけど。
 そん時も、仕舞い込んでたやつ、新しく切ったんで」。

 「あのさ、すんません、まぐろの巻き物やめて「赤身」もう一貫」

 「いいね、この赤身。それにさ、すごく懐かしい味。
 ほら、昔、(先代の)親方の頃にね
 「わ、すげえ、これ!香りがすごい!」
 って言ってたあの赤身、思い出す。
 だってさ「赤身」の香りのよさ、凄さって、ここに通って覚えたようなもんだし……」

 「そう言ってくれると嬉しいです。 「懐かしい味」、「ここの味」だ、って。
  親方から教わったこと、それに、昔ながらのやり方、そのままやるだけですから。
  ですから、そういう魚を……」

 「う~ん、でもさ、懐かしいけど、今のもんだし、今の味でもあるわけでしょ?
  こうやって見つけてきたのは(先代の)親方じゃないわけだし、さ」

 「いや、ま、最初の頃は教えられたとおり、傍目でみて覚えたまんま。
  これかな?って、入れてみたら、違ったりしたこともありましたよ。
  で、(仕入れた先に)話を聞いたら、なのそっちが選んだんだしって。
  なら、なんで最初からそう言って教えてくれないだろうって、てね」。

 「あそう。そうだろうね。そうやって覚えてくんだね。
  で、これで、どんぐらい?」 
 「二日、寝かせたやつですけど」
 「そうなんだ。
  いいね、この赤身!しっとり、潤んだとこが」

 「でも、「赤身」にしても「中とろ」にしても、その部位、場所によって、味や香りが違いますから。
 日によって、入れた魚によって、違うわけだし……」

 「あ、そりゃ、当然でしょ。だって、生きてるもんだし、それぞれ違うのは当然だし」
 と、魚に限らず、牛や豚、それに野菜にいたるまで、それぞれに個体差あり。
 ことに中国料理における青野菜の扱い、先っぽの葉と根っ子の葉、先っぽの芯と根っ子の芯、味も違えば、風味も違うから、その処理、見極め、調理が難しいし、それをこなして当たり前。
 とまあ、私は講釈ひとしきり。

 「だから「赤身」も「中とろ」も、寝かせ方、部位、場所によって、切り分け方、その厚みも変えてるってわけでしょ?
 そんな話、この店のこと書いてくれる人に、ちゃんと教えてあげなきゃ!」
 あ、余計なひとこと、でしたね。
 そしたら
 「いえいえ、私ごときが、そんなこと」 と、謙虚な答えが返ってきました。

2008/04/26

閑話休題 チープ・トリック・アト・武道館・アゲイン

 30年ぶりに実現したチープ・トリックの「ライブ・アット・武道館・アゲイン」が終わったのは9時前のこと。
 終演後、懐かしい顔ぶれに久々に出会って、昔話にひとしきり。
 それより、この時間なら、間に合いそう。バック・ステージにメンバーに会いに行くのはやめて、九段の坂を専大前へ。
 一本裏筋に入り、久しぶりに暖簾をくぐりました。

 嬉しいことに、奥に家族連れの先客が3人だけ。
 おかみさんに会うのは何回目かだし、私、髪型、ちょっと変えたもので私がわかんなかったのか、怪訝な顔。

 その横から
 「どうしたんです、またあ!」
 と、栃木なまりの太い声。

 「武道館の帰り。ちょっと食べさせてよ、いいでしょ?」

 「武道館に来るたびに、帰りによろうと思うんだけど、ほら、最近、終演時間が遅くってさ。それに、バックステージ、って楽屋ね、なんかに行ったら、10時半は軽く過ぎちゃうし。それがさ、今日は、おやじばっかのバンドだったから早く終わってね。あ、こいつは「行ける」って、来たわけ」

 1年以上ぶりのご無沙汰ですけど、席に座れば、すっと店に溶け込んで、先週の土曜日も、同じ席に座ってたような感じです。
 「お酒、常温でね」と、おかみさんに。

 「なんか切りましょうか?」
 「いや、いいよ、今日は。時間も遅いし、すぐ食べる。
 こはだ!」
 と言ってから
 「2貫ずつだよ」と、念押し。
 そしたら
 「わかってますから」と、目で答えが返ってきました。

 「こはだ」は、酢がちょっと強い感じで、塩もしっかり。
 ご飯もぬる目になっちゃって、形はどっしり、ぼってり。
 けど、「こはだ」とご飯がなじんでて、しっかりの味。
 軽さやキレよりも、しっかりの味、というのが「らしく」っていいなあ。
 そう、先代の親方と違う「らしさ」じゃん、なんて納得しました。

 「白身、なんだけど、「しま(あじ)」の前に、ね。 「かれい」てどこの?」
 「常陸だと思いますけど」 
 「あそ、いいの?」
 「ええ、いいと思いますよ」
 「じゃ、それ。それから「しま(あじ)」ね!」

 つけ板に並んだ「かれい」の2貫、磨きのかかった大理石の色合いと艶。
 ちょっと醤油をはじっこにつけて、頬ばると「かれい」は、しっとりの舌触り。
 厚みがあって、ぐっと噛み締めると弾力がある。
 といってはじき返すような弾力じゃなくって、歯にまとわるようなねっとり感も。
 さらに、噛み締めると、次第に味わいと香りが立ってくる。

 「ン!?、この味、香り」ってと、記憶センサーが稼動しはじめました。
 「もしかして、海の精、ヨードの味、香り?」
 そうか、春、ですから。

 春先の春のはしりの味は、ほろ苦さ。春を待つ味です。
 それが、春になると、暖かい陽気につられて、衣をぬぎすてる。
 そして、根っ子にある味、風味が頭をもたげてくる。

 春の野菜の味わい、風味は、ヨードがたっぷり。
 それと同じく春の「かれい」も同じなんだと、気づきました。
 春を教えてくれる「かれい」ってことですね。

 その「かれい」。
 春の陽気が海の底まで届いてか、身体はのびのび。
 そんな「かれい」をいたわり、寝かせたからこそ、醸しだされるしっとり感とねっとり感。

 それにしても「かれい」の切り身の厚さの按配がいい。
 この厚さあってこその噛み応え。それに、噛み締めれば味、香りが立つ身の厚さ。

 「(かれいの)切り方、いいね。この厚み」。
 「ええ、そのぐらいの厚みがないと、この「かれい」の味、風味がでないんですよ」
 「なの、わかってる、って。だから切り方がいいって、ほめたんじゃん!」

 寿司の握りの話、食味評論の方からグルメの方まで、それぞれにウンチクありです。
 その手の話、寿司案内、色々な書籍、拝見しますが、ネタっていうのか、タネっていうのか、新鮮だとか、仕事がしてあるとか、素晴らしいだとか、いまひとつだとか、いろいろ書かれてる割に、魚をどうやって扱い、いたわり、寝かせて味を引き出したか。

 それに、ネタの切り身、切り分け、その大きさ、厚みについて、それがネタの旨さ、寿司の旨さを生み出す要因なんですけど、そんなことについて、触れた、言及した人、書き物って、滅多に見かけない。
 あれって、どうしてなんでしょうか。

 「しま」は、頬張ったとたんに、濃密な味、風味がじゅわじゅわと広がりました。
 脂の甘味、旨味が、きめ細やかな織物のように、複雑に、緻密に入り組んでいて、スクラム組んで、その存在を主張。
 万華鏡でのぞいたら、きら星のように輝く脂、旨味のはじける様が見えるような感じ。
 
 「う~ん、次、どうしようかな。ねえ、まだ「さより」があるわけ?」
 「え、まあ、最後だと思いますけど。これならって、私が選びましたんで」
 をいをい、言うかよそこまで!
 「あそ、なら、行ってみる」

 その「さより」、ねっとり濃厚。それも、年増女のように腰周りがしっかり。
 そうです、ペンギン体系のあの腰周り。
 といって、妖しい白粉の色香はなし。

 春になって遠慮しながら居座る「さより」のけなげさに、思わず笑みがこぼれました。

ヘイフンテラスの謎と不思議の19

 「ザ・ペニンシュラ 東京」の「ヘイフンテラス」。
 香港からふたりの料理人と点心師、計3人を招聘し、ザ・ペニシュラの「嘉麟樓」の姉妹店として、香港の広東料理を提供、というのが看板です。

 ネットで検索したとあるホテル予約のサイトでの紹介によれば、「ザ・ペニンシュラ香港の広東料理レストラン「スプリングムーン(嘉麟樓)」の姉妹店として「本格的な広東料理」とサービスを提供いたします」、とまあ「ヘイフンテラス」については、どこのサイトでも同じような紹介が。

  ところが、さらに突っ込んで「日本人向けに味を特別にアレンジするのではなく、食材そのものの味を最高に生かした状態でお出しする香港スタイルを貫きながら、日本の四季折々の食材を取り入れた「ヘイフンテラス」ならではの味にこだわりを持っています」、と触れられているのが興味深い。
 しかも、「フードアイテムの切り替えを頻繁に行うことによって、多彩な本場の味をお客様に幅広くご紹介してまいります」なんて紹介されてます。

 その紹介、日本人向けのアレンジなし。食材そのもの味を生かした状態でおだしする香港スタイルを貫く、なんてところに目が止まります。とはいえ、その次には「日本の四季折々の食材を取り入れた「ヘイフンテラス」ならではの味にこだわりを持ってます」とある。
 それって、香港そのままの素材の確保、入手が難しい、という現状を把握しての予防線?
 かと思いきや「多彩な本場の味を幅広く紹介」と、「本場の味」を再度、強調。

 ついでに、つい最近入手した「新版 中華料理店」(旭屋書店)の「第4集」。
 「進化する繁盛中華料理店」の特集に「ヘイフンテラス」の紹介が掲載されてます。
 それには「エグゼクティヴ・シェフ」の鄧志強さんのコメントがあって、全メニューのうち「スプリングムーン」の味を再現した料理が80%。残り20%は創作を織り交ぜた「ヘイフンテラス」だけのオリジナル料理を提供、とのこと。

 取材を担当した同誌の編集担当、もしくはフードライター氏、もちろん「嘉麟樓」にも出かけてその味を体験しての上の紹介、なんでしょうね。
  まさか、店の、料理長の言い分、そのまま紹介……。というのが実情なんでしょうが、確証はなし!

 実際に「ヘイフンテラス」で食事した体験からすれば、姉妹店の「嘉麟樓」はもとより、香港の味をそのまま再現、と言うことに関しては、大いに疑問。
 なんてことからすると、我らが注文したメニューの数々、もしかして、81%目からのものだった?
 そんなことはないでしょう。
 メニューの中から選んだもので、わざわざ特別に頼んだ料理でもありませんから。

 穏やかで、優しく、気品のある味、それに(大雑把ながらも)洗練されたプレゼンテンショーン、と言う辺り、確かに日本のホテルの中国料理店に比べれば「ヘイフンテラス」ならでのは特徴、個性、持ち味が汲み取れます。

 が、肝心の料理、香港の味、というには隔たりがあるのは事実です。
 料理としての香りが乏しく、欠けているってことが最大の致命傷。
 炒めものなどの「鑊氣」の無さなど、その最たるものだと思います。

 これまでにも触れてきたように、香港の味に近い店、ということなら、一応納得。
 しかし、「嘉麟樓」の味、「香港の味」ということに関しては、「ヘイフンテラス」、また総料理長の認識と、私のそれとの間には遠くて深い隔たりがあるようで。

 なんて言えば、耳元に響きます
「お客様の方が、よくご存知じゃないか、なあ~」
といいながら、明らかに「お客様がご存知ないだけのこと!」
という含みある黒服の女史のあの言葉が!

 メニューを決めるにあたっての黒服の女史とのやり取りの様は、今でも鮮やか甦ります。
 料理名、調理、味付けのやり取りは、すべて広東語。
 かといって、こちらの思い浮かべる物と、黒服の女史の思い浮かべるものが、すべて一致していた、とは言い難い。

 彼女は彼女の経験、体験を踏まえて、当方の要求に応えた、ってことだったのでしょう。
 当方が提案した料理について、確たる回答はなし、なんて場面が何回かあったことからすれば、やはり彼女の知る広東料理は、彼女の知る範囲だけのものだった、ってことでしょう・
 そして、私には私の知る香港の広東料理の世界が存在した。
 そして、私、香港の広東料理のすべてを知っているとは思ってません。
 いや、年をとればとるほど、世の中んは私の知らないことだらけ
 なんてことをつくづく思います。

 ということじゃ、黒服の女史、知らないなら知らないで、正直に教えてくれた方が有難かった。
 しかし、ま、彼女にもプライドってものがあるでしょう。
 なんせ背筋を伸ばした「ヘイフンテラス」の黒服の女史です。

 それよりも、実はサービスとキッチンの間にこそ、私と「ヘイフンテラス」、それに、総料理長の認識との間と同じくらい、遠くて深い隔たりがあるんじゃないかという疑問が頭をもたげはじめます。
 蝦の在庫の確認を、白服のパシリ君に、なんて、以前にもお話したとおり、香港のトップクラスのホテルの中国料理店や高級料理店の黒服氏には、ほとんどありえない。

 高級料理店でなくとも、日本人とみればエビエビカニカニの大攻勢。しかも、かつての鯉魚門や香港仔のいかがわし海鮮料理店などとは違って、これが「蝦」、これが「魚」と、しっかり料理する前に見せてくれますから。

 「ヘインフンテラス」だからこそ、そんな手間、必要なしだと思いましたが、やっぱり、きっちり、やるべきだったんだと、今になって反省。
 活きのものだったのか、冷凍戻しだったかのか、今だに判明できないあのでっかい「中蝦」の真実も、把握できたはず。
 現物をみれば、調理方法、味付けも変えられたはず。

 それに、腹を割いて蒸した魚の料理、黒服の女史の最初の言い分。
 最初は「一本釣りで(魚釣りの)針があるといけませんので」。
 それが「香港ではよくあることですので、お客様が~」なんて
 どっちがほんと?

 あらさがし、揚げ足取りなんかじゃなくて、「ヘイフンテラス」が「嘉麟樓」の味、香港の味を再現してるかどうか、ってことだけに執着せず、料理そのものの出来栄えがどうだったか、ってことになると
「う~ん、香港に近い味、ってことではOKなんだけど、なんだかな~」、 というのが正直な話。

 それより、「ヘイフンテラス」のキッチンは、総指揮こそ香港からやってきた料理人。
 ですが、実際の料理を担うのは日本人の料理人。
 しかも、総指揮の料理人の指揮が隅々まで行き渡っているのかといえば、そうではない現実が存在すんじゃないでしょうか。私が出会った料理がそれを物語ってました。それより、これまでふれてきたように、日本の広東料理界の流派が入り乱れた上に、その縮図を見るような面白さもある。

 要は、日本の、というより、東京の、高級ホテルにおける広東料理を看板にする中国料理店と変わりない店、じゃないでしょうか?
 私にとっては、香港と日本の中国料理の差異、食文化比較を探求するには、格好で、面白く、興味深い店。 だからこそ、その謎と不思議を解明。

 とはいうものの……。

 その昔、知人の山本益博先生
「旨いものに出会ったら、旨い店を見つけたら、すぐに「ウラを返す」」
と、教えてくれたことがありました。
「エ?何それ?ウラを返すって?」
 何がなんだかワケがわからなくて意味を尋ねたら
「すぐさま、もっぺん出かけること」
って教えてくれました。

 そんなことを思い出しながら
 「「ウラを返す」っていうより、「テーブルをひっくり返す!」、
 って程でもないし、なあ~」 
 とまあ、なんだかんだで優柔不断のまんま、いつのまにか半年がたちました。

 そしたら
 「ね、もっぺん行きましょう「ヘンフンテラス」に!
 最近、予約、簡単にとれるようになったみたいなんで!」
 と、我が友人からのお誘いが!!

 で、画像は「あのう、お客様~」と料理撮影禁止の「ヘイフンテラス」ですから~。
 香港、フォーシーズンズホテルの「龍景軒」の「鮑汁扣法國鵞肝」。
 かつての「麗晶軒」の料理長だった陳恩徳が、若いスタッフと一緒になって考案。
 80年代の「新派広東」をほうふつさせる一品ですが、鮮烈で斬新な印象には乏しく、いささかアナクロっぽい。 そのアナクロぽさが、現在の香港の最新の「新派広東」らしくもあります
 ともあれ、外国の素材を使いながら、「鮑汁」で味付け、というあたり中国料理、広東料理ならではの特徴、個性を発揮、というのが興味深い一品です。

2008/04/23

ヘンフンテラスの謎と不思議の18

 譚さんの話は、ヘイフテラスで焼き物を食べながら「あれ?これ、どこかで食べた味!」という記憶の回路が刺激され、「鹹魚鶏粒豆腐煲」を食べながら「もしかして「赤坂璃宮」出身の料理人?」という推測が、あながち間違いではなかったことを裏付けてくれるものでした。

 昨年の11月、私がヘイフンテラスを訪れた時の焼き物の担当が日本人の料理人、「赤坂璃宮」出身の料理人だったことは間違いのない事実のようです。
 それに「鹹魚鶏粒豆腐煲」を調理したのも、同じく「赤坂璃宮」の料理人らしい。
 らしいというのは、誰が調理したのか私にはわかりませんから。

 素材の下拵え、つまり「板」の按配、それに「鑊氣」がなくて「香」が乏しく、味付け本位な調理の仕上がりからすれば、日本人の料理人が調理したのは明らかです。
 もっとも、仕上がりの穏やかで優しい印象は「赤坂璃宮」のそれとはいささか異なります。

 それより、私にとって不可解なのは「豉椒蝦球」。
 その下拵え、調理は明らかに日本人の料理人によるもの。
 しかし「赤坂璃宮」で食べたことがある同種、同系統の料理の印象とは違ってました。

 優しくて穏やかな味付け、調理、という点では似通ってはいるものの、「赤坂璃宮」のそれは、ある種、力強さがあり、めりはりも利いている。
 それからすると「ヘイフンテラス」の「豉椒蝦球」は、より上品。ですけどなんだか味がぼやけているというか、とぼけているというか、つかみどころがなくて茫洋とした印象。

 素材のよさが感じられないし、持ち味を引き出したとは言い難い。
 まさか冷凍もの?
 もしくは、えびにしろ魚にしろ活きの状態が芳しくなくなったら、冷凍にして仕舞い込み、これといった客じゃなけりゃ、知らんふりして解凍して調理。
 なんてこと、「ヘイフンテラス」ですから、まさかそんなことはありえない、と私は信じたい。

 そして「清蒸紅斑」の蒸し加減の按配を見たのは、黒服の女史の証言からも明らかなように、日本人の料理人。
 しかし、それが「赤坂璃宮」出身の料理人によるものだと言い切れるだけの確たる証拠はありません。

 ともあれ、私がヘイフンテラスで食べた料理は日本人の料理人によるものだった、というのは間違いない。
 といって、そのことを糾弾したり、批判するつもりは、毛頭ありません。

 先にも触れた通り、ヘイフンテラスに電話して確認したところ、香港からやってきた料理人には、総料理長を含めてふたりの料理人と飲茶の点心担当の師傳の3人だけ。

 残るスタッフはすべて日本人の料理人。おそらく総料理長、自ら鍋を振るなんてことは滅多になくて、「ヘイフンテラス」の全てを管理というのがその役目。
 それって、別に珍しいことでもなんでもない。
 フレンチ、イタリアンの有名どころの店だって、よくあることです。

 それに、噂のシェフズ・ルーム!
 での豪華な宴席でもありませんし、もとより私共は、馴染み客などではありません。
 もしかして「ヘイフンテラス」にとっては、手堅く無難に提供の用意をした、コース料理にすればよかったのかも?
 しかし、そのコース、まったくもって魅力には欠けます。

 ま、香港のペンシュラ・ホテルの「嘉麟樓」の雰囲気が味わえるなら「素敵!」と、雰囲気重視の方には格好かもしれませんが、「ヘイフンテラス」の看板のはずの姉妹店の「嘉麟樓」、香港の味を楽しみたいと思う向きには、首を傾げる料理内容、メニュー構成です。 

 もともとおまかせのコースが苦手、ということもありますけど、もちろんコースの内容を見ました。
 ですが、一瞥して無視、なんて按配でしたから、そのたたりなのかもしれません。
 それで、、アラカルト・メニューから家郷菜を何品かを注文。
 中には素材は時価という高価な「清蒸紅斑」もありましたけど。
 それにきっちり応えれくれれば、こんなに展開にはならなかったはず。

 これまで何度か触れてきたように、香港の広東料理店、いや、広東料理店だけに限らず中国料理において「鍋」と「板」のコンビは不可欠なものです。
 夫婦みたいなもんです。
 料理人が移動するとなると、表立って話題になるのは「鍋」が優れた料理人。ですが、「鍋」が得意でも「板」の存在あって、その本領を発揮。「鍋」にとって不可欠な「板」も一緒に移動というのはよくある話です。

 それからすると「ヘイフンテラス」の香港からやってきた料理人のふたり。
 どうやら「鍋」と「板」のコンビではない様子。
 それは、私が食べた料理の「板」の仕事からも明らかです。

 「板」を仕切っているのは明らかに日本人の料理人。
 というのは私の勝手な推測、憶測ですが、多分、間違いのない事実でしょう。
 「豉椒蝦球」と「鹹魚鶏粒豆腐煲」の下拵えが、それを如実に物語ってます。

 香港の一応の料理店のキッチンなら、「板」から「鍋」に手渡す役目をになう「打荷」が、それを見て「板」に返すはず。
 
 そうか、「ヘイフンテラス」には「打荷」もいないのかも。
 その役割を担っているのは、香港の広東料理の手法や技術を香港の料理人から学んできた、日本のホテル系列の料理人、なのかもですね。

 生まれ、育ちは、隠せないもので、ホテルの料理店で修行した料理人の仕事ぶりにはそれなりの特徴がある。有名、無名を問わず、街中の料理店で修行を積んだ人とはその仕事ぶりが違いますから。
 もっとも、それは慨しての話、ってことになりますが。
 
 たとえば、下拵え、調理はきっちりとしていて、仕上がった料理には気品、品格がある。
 盛り付けにも工夫が凝らされていて、独特の美意識が貫かれている。
 優しくて、穏やかな味付け、というのも特徴だったりします。
 しかも、堅実で、アベレージも高い。

 それだけに、裏を返せば無難で、破綻がない、ってことになる。
 見映え、盛り付けの美しさとは裏腹に、これぞ!といった強烈なインパクト、奔放な個性には乏しい。

 実はそれって、ホテルにある中国料理店、東京だけじゃなくって香港の一流どころのホテルにある中国料理店の料理の数々にもあてはまこと。確実で無難。ですけど、刺激がない。

 そういえば、黒服の女史の話で、面白いことがありました。

 テーブルを共にした友人と私の間のやりとり、前にも話た通り、基本は日本語。
 ですが、料理名は全て広東語。
 それに「あ、それはいらな~い」というところも、私、思わず広東語で。

 かぶれもいいとこです!
 ところが黒服の女史、すかさず、それに応えて広東語で!
 って事態になると、私はドギマギ!

 「広東語、お得意なんですね!」と我が友人。
 黒服の女史、ただ微笑むだけで、なんも応えず。
 その微笑がかわゆい!

 「もしかして、香港にいらしたことあるんじゃないの?」と私。
 それでも黒服の女史、ただ微笑むだけ。なんも応えず。
 黒服の女史が口にする広東語、訛りがあって音声が不明確。
 かといって「なんちゃって」ではなく、修練と努力の跡はあり。
 多分、職場で鍛えられたのか、ちゃきちゃきの勢いがある。

 「ここに来る前、どっかの店にいらしたの?」と我が友人。
 その質問に、黒服の女史、一瞬ドギマギ!
 それまでのきっぱりとした表情とは裏腹に、ぽっと顔を赤らめ、恥じらいの表情。
 それがなんともいじらしかった!

 「どこにいらしたの?」 と、すかさず尋ねる我が友人。
 もじもじとした仕草のあとで
 「ええ、あのう~」とためらいながら、つぶやくようにぼそっと某店のイニシャルを。

 なんとも、いじらしい黒服の女史、でした。

 で、画像です。「あのう、お客様~」と、料理撮影禁止の「ヘイフンテラス」ですから。
 で、見つけ出したのが「王子飯店」の「魚湯千層浸時菜」。
 川魚を煮出したスープで、板湯葉と季節野菜を具にしたもの。
 こういう料理、日本ではおめにかかれません。

2008/04/15

ヘイフンテラスの謎と不思議の17

 我がPCのシンク君、ここんとこずっとご機嫌斜め。
 そればかりがついには職場放棄。
 そんなことから書き込み更新お手上げ状態。
 もしかして、黒服の女史の‥‥‥ 
 ともあれ、復活、お待たせいたしました!

 さて、「つい先日、「赤坂璃宮」にでかけましたよ」
 ヘイフンテラスに誘ってくれた友人からそんな話を聞かされたのは、今年に入ってからことでした。
 「食べました「鹹魚鶏粒豆腐煲」!そしたら「ヘイフンテラス」のと同じだった!」。

 その話を聞いて「成る程、そういうことか!」と思わず納得。
 それからひとしきり「ヘイフンテラス」での話しで盛り上がったことは言うまでもありません。
 食べた料理、その傾向や特色。そしてもちろん、黒服の女史の話もです。

 友人も「ヘイフンテラス」の「鹹魚鶏粒豆腐煲」を食べて「あれ?」と思い、なんだか心にわだかまり。
 思いついたのが「赤坂璃宮」で食べたそれ。
 ということで、たまたま出かけた際、注文してみたら、わだかまり氷解、ってことでした。

 それより、魚の腹を開いて蒸した「清蒸紅斑」、その蒸し方、料理、味付けもさることながら、黒服の女史の「(釣り)針があるといけませんので」という話の一件が、友人も私もいたくお気に入り。
 それを思い出しては、二人して大笑い。
 箸袋にそんなことが明記された「野田岩」に倣って「ヘイフンテラス」もそうすれば!
 なんて思ったりして。

 そして、先月の10日、とある用事で赤坂のホテルに出かけた帰り 「そうだ「赤坂璃宮」がBIZタワーに移転したはず」、と思い出して覗いて見ました。
 そしたら、なんと玄関に譚さんとPR担当の佐野さんが。
 これはいい機会とばかり、ご挨拶。久々にお目にかかったこともあって、新しい店のことなど伺いました。

 「それで、譚さん、伺いたいことがあるんですが。譚さんのところに香港から呼んだ焼き物の職人の方、いらっしゃいますよね」
 そしたら佐野さん、いきなり
 「ええ、今、奥にいますけど。呼んで来ましょうか」
 なんて言われて、ちょっとドギマギ!

 「いえいえ。まだいっらしゃるんですよね。
 いや、実は「ヘイフンテラス」に行った時の話ですが、焼き物を食べたところ、その味付けとか、焼き方とか「あれ?」って思って。それが「赤坂璃宮」のに似てたんで、なんでだろうと、ね」と、私。

 「え!? 色んなところに食べにいってんだ!」と譚さん。
 「でも、よくわかったね。あのさ、ウチにいたやつ、梁さんの下にいたやつなんだけど「ヘイフンテラス」に行ったんだよ!」、と。

 「え!? そうなんですか!」と私。
 やっぱりそうか、そのなのだ。
 これはしたり! と思ったことは言うまでもありません。

 「それから「鹹魚鶏粒豆腐煲」を食べたんだけど、一緒にいた私の友人、譚さんの店にもよく通ってんですが、同じだったって。私もそうかな、って思ってたんだけど‥‥」。
 「え!? そんなことまで、わかるの? いや、ウチにいた鍋のひとりが「ヘイフンテラス」に行っててさ、やってるんだよ」と譚さん。
 それから譚さんのところから「ヘイフンテラス」に移った料理人の話でひとしきり。

 「で、あのう、あそこって譚さんのところ以外からも(料理人が)行ってません?
 なんだか「聘珍樓」みたいなところもあるし。それに、譚さんが昔いらした「南園」の出身というか、「南園」系列の料理人もいるんじゃないかな、って思うところがあったから」と、私。

 「え!? そんなことまで、わかるの?そうか、わかるかもな。
 いや、そうなんだけど……「南園」出た料理人もいてね」、と譚さん。
 「もしかして、○○に行った‥‥」と、私。
 「え!? ○○だったらXXさん?」とすかさず佐野さんが話に加わる。
 「いや、そうじゃなくって……」と、佐野さんの話を遮る譚さん。

 なんだか私、東京の中国料理界のG-Menの気分! 
 いえいえ、決してそんなことありません。
 譚さんの話から「ヘイフンテラス」のキッチンには「赤坂離宮」、それに「南園」出身の料理人が、という確証をゲット。それ以外にもホテル系料理店出身の料理人が、という感触を得た、という収穫がありました。

 そうです。話をまだまだひっぱります。
 というところで、画像。
 「あのう~お客様~」と、料理撮影は禁止ですから。
 で、前回に続いて龍景軒の料理から、つばめの巣、たいらぎの蟹みそあえ。
 つばめの巣とたいらぎの異なるぷりぷり感の歯触り、噛み応え。
 とろみの餡とぷちんと噛み締めれば弾ける蟹みその濃密な味、風味に、うっとりとなります。

 こんな料理が「ヘイフンテラス」にあれば、なあ~って、ね!

2008/04/02

ヘイフンテラスの謎と不思議の16

 「話を引っ張るな!」、「黒服の女史はどうした?」 
 と、黒服の女史の復活、リクエストが相次いでいますが、今回も話の成り行きでちょい待ちです。

 さて、周さんが「璃宮」、譚さんが「廣州」で、それぞれ香港スタイルを取り入れていた前後、東京のホテルで広東料理を看板にする中国料理店も香港的な色彩を濃くしていました。
 それが顕著になりはじめたのは、80年代後半から90年代にかけて。ことに90年代に入って顕著になりました。

 いつだったか、ホテル・オークラの「桃花林」が、香港のマンダリン・ホテルの「文華」から料理人、サービスを呼んでフェアーを実施、なんてのもありました。
 そん時、驚いたのは、料理の値段の高さ。メニューに「例湯」がありました。値段は普通の店なら一品料理ほど。てっきり「窩」、つまりひと土鍋分ほどかと思ったところ、なんと小碗に一杯。1人用のものでした。
 それからもフェアーの他の料理の値段、推して知れるはず。収穫は、後に「文華」から「嘉麟樓」にヘッドハンティングされたマネージャーのリンゴ・魯、料理人の黎さん(という名前だったはず)に知り合えたこと。

  その黎さん、八王子の「海苑」の総料理長に招かれ、次いで、渋谷に出店した「海苑」の総料理長に。黎さんをおっかけて、両店にしばしばでかけたものです。
 八王子時代には、日本ではなかお目にかかれない「小菜」の類も提供。が、素材の調達に苦労してか「文華」時代ほどの力量は発揮できず。

 渋谷の店に移ってから、海鮮料理などは充実していたものの、季節素材を使った「小菜」などは、香港と同じ素材の確保が難しく、苦労していた様子。
 そうなんです。料理人がいくら名店の出身で、技量があったとしても、本領が発揮出来るのは、素材の調達や確保の決定権を握る経営者の度量があってこそ。そのうち、黎さん、帰国しちゃいました。

 もっとも、ホテル・オークラの「桃花林」の普段の料理、フェアーが終わったら、元通り。
 炒め物にしろ、煮込み物にしろ広東料理の老舗としての評価もなる程と思えるほどクラシック。
 というより、どの料理もたいてぶ厚いとろみがたっぷりで、旧態依然としたまま。日本に定着した広東料理のまさに王道といった印象でした。

 その「桃花林」と似たような傾向だと聞いていた全日空ホテルの「花梨」。
 実際に出かけてみると、風聞とは違いました。
 香港の郷土料理だけでなく、東南アジアの広東料理店でお目にかかるような、広東料理を下敷きに東南アジアの食材、風味を取り入れたフュージョン的な新趣向の料理にも出会いました。香港の郷土料理、味付け、調理など、香港の広東料理を反映したものでした。

 料理は上品で洗練されていて、穏やかで、優しい味付け。落ち着いた内装同様、香港の一流ホテルの中国料理店に通じるものがあったのが印象的。
 しかし、香港の料理店との関わり、香港の料理人にがやってきていたのかどうか、その詳細を知るには至りませんでした。
 そんなことを思い出し、今、書きながら、「ヘイフンテラス」の料理、「花梨」に通じるものもありかも、と思い当たったりして。

 香港では80年代はじめからホテルの中国料理店が一挙に開花。
 今はなきリージェント・ホテルの「麗晶軒」を筆頭に、ホンコン・ホテルに「麒麟金閣」、ペニンシュラ・ホテルに「嘉麟樓」、ハイヤット・リージェンシー・ホテルに「凱悦軒」、マンダリン・ホテルの「文華」も改装。グランド・ハイヤットに「港湾一号」、アイランド・シャングリラに「夏宮」、コンラッド・ホテルの「金葉庭」などが開店し、話題を呼んだことがあります。

 いずれも広東料理を看板にしながら、北京、四川など中国各地の地方料理も取り入れ、独自のアレンジが施してありました。ホテルの中国料理店ならではのもの。特徴のひとつに挙げられます。
 東京のホテルの中国料理店も、上海なり、広東なりをメインにしながら、地方色取り入れた内容構成。ですが、広東料理を看板にする店では、次第に香港色が濃くなっていきました。
 特に飲茶の点心が徐々に充実。それに比べて「小菜」などはその数も限られていました。

 もっとも、香港のホテルの中国料理店がそうなように、東京の一流どころ、また、外資系のホテルの中国料理店は、落ち着いた雰囲気、上品で優しく、時に洗練された料理を供するようになるなど、目覚しく変化していった時代。ホテル料理としての品格がありました。

 街中の料理店などでも香港から招聘された料理人が目立つようになりました。
 中でも興味を持ったのは、「Xing Fu」の総料理長の黎志健さん。
 最初は原宿、後、銀座に移転した薬膳料理の店の料理長ですが、香港出身で香港の料理店で修行してきたこともあって広東地方の郷土料理に精通。
 いかにも薬膳的な料理だけでなく、季節に応じて滋養供給や体調を整えるために作るスープをはじめ、広東人の日常の生活に根ざしたメニューがあり、また、その種の料理を頼めば、気取りのないお惣菜的な料理に出会えたものです。

 赤阪の「櫻花亭」も、黎さんの紹介で料理人を香港から招聘していたとおかみさんから聞いたことがあります。穏やかで優しい味付けが特徴で、香港的。香港体験のある人なら納得の味ですが、体験のない人にとってはいささか刺激がなさ過ぎたようで。
 やっぱり、中国料理、中華料理というのは、こってり、濃い味、のイメージが濃厚ですから。

 同時期、一般にはあまり知られていませんでしたが、香港の料理界の動向を察知し、人材を派遣していたのが大阪の辻調理師専門学校です。
 かつて松本秀夫先生が香港の「樂宮樓」で学んで以来、市川友茂、吉岡勝美先生が「敬賓酒家」に。
 同店は香港の食の歴史に残る名料理人で、「陸羽茶室」、ハッピーバレーの香港ジョッキー・クラブに迎えられて話題を呼び、後、独立した梁敬師傳が総料理長を務めていた名店です。

 その後、河合鉱三先生が「文華」、再び吉岡勝美先生がフラマー・ホテルの「富麗華」、堀内眞二先生が「麒麟閣」に、といった経緯があります。
 吉岡先生、河合先生は「どっちの料理ショー」などのTVの料理番組でおなじみのはず。ことに吉岡先生の「よくわかる中国料理基礎の基礎」は、必見の著作。

 そればかりか「文華」、「金葉庭」、「采蝶軒」を経て、香港ジョッキー・クラブの総料理長になった林勝倫さんや、周中さんを同校に招聘。
 といったように同校と香港の料理界との関わりは深い。
 その成果は、同校の授業で反映されるだけでなく、辻静雄校長が主宰する食事会で披露されていました。

 そして、周さんの跡を継いで謝華顕さんが総料理長になってからの「聘珍樓」が、俄然面白くなったのも印象的でした。
 謝さん、それ以前、80年に日比谷の「聘珍樓」の総料理長に就任。 もともとは広東省の江門の出身で、13歳から香港の海鮮料理店で修行し、22歳で翠園本店のチーフに抜擢。88年には香港に進出した「聘珍樓」の総監督に就任、といった経歴が聘珍樓のサイトに紹介されてます。

  謝華顕さんが総料理長を務めるようになって以来、「聘珍樓」は料理全体、香港色が濃くなり、「小菜」類も徐々に充実。それまで謝華顕の料理を目当てに日比谷の「聘珍樓」に出かけていたましたが、謝さんが総料理長になって以来、紀尾井タワーにあった頃の「聘珍樓」に足を向けたものです。渋谷の「聘珍樓」などでも、季節メニューが充実するようになりました。

 もっとも、謝さんが総料理長となって「聘珍樓」で目立って多くなった香港スタイルの料理、ことに「小菜」の類は、当時の香港の最新の食事情からすれば、いささかオールド・ファッション。言わば香港ローカル的なもので、田舎っぽく、泥臭いものもありました。もっとも、私にはそれが面白く、楽しみでした。

 その理由、謝さんはもともとは「翠園」に在籍、という経歴が物語っています。
 70年代には最新の流行だった「翠園」の料理も、80年代半ばには香港で広く一般化し、香港の中流階級の人々が客層の主流を占め、日常的な店として定着。「小菜」で一世を風靡した「翠亨邨」なども同様に、料理も目新しいものではなくなり、客層も変化していました。

 88年、「聘珍樓」は香港に進出。まだ周さんが総料理長を務めていた頃です。その際、香港店の総料理長を務めたのが謝さんだった、とは「聘珍樓」のサイトで知ったことです。そして、マネージャーは「麒麟金閣」からヘッド・ハンティング。ということからも、実に意欲的だったことがわかります。

 当時、香港では高級ホテルの中国料理店の内装、サービス、何よりも料理内容が洗練されていったと同時に、街中にも同様の姿勢、傾向の店が相次いで誕生。 そもそものきっかけは、かつて青山にあった「ダイニーズ・テーブル」をヒントに、西洋式のサービスと斬新な料理内容を打ち出した「麒麟閣」が発端で、以後、同種の店がいくつも開店しました。
 「聘珍樓」も、そうした最新のトレンドを反映した店として地元で話題になりました。

 私が興味を持ったのは、洒落た内装やサービスなどより、料理内容。
 「新派広東」の系列の中でも、ネオ・クラシック派に属する店、と思えたからです。
 大昔の拙著「香港的達人」でも紹介したように、広東地方の伝統的な郷土料理、広東省南部、珠江沿岸地域の料理を下敷きに、素材を改めて現代化し、プレゼンテーションも工夫した料理に出会えたのが面白く、興味深かった。
 ここ最近同様、あの時期もまた郷土料理の現代化、というのがトレンド、テーマとなり、ホテルの中国料理店以上に、街中の新しい店がその種の料理に積極的に取り組んでいたものです。

 そして、東京のペンシュラ・ホテルの「ヘイフンテラス」の総料理長に迎えられた鄧志強さん。
 「嘉麟樓」の前には、香港の「聘珍樓」に長く在籍。なんてことをネットで知りました。
 ですが、私、そんなことほとんど気に留めてもいませんでした。
 「ヘイフンテラス」で、実際に食事をするまでは!

 さて、画像。やっぱり「あのう、お客様~」と料理撮影禁止ですから。
 う~ん、どうしよう。
 で、探し出したのは、80年代、香港のホテルの中国料理店で花開いた「新派広東」、ネオ・クラシック派のスタイルを打ち出した「麗晶軒」のスタイルを踏襲し、それを再び甦らせ、同時に、より革新的かつ意欲的な傾向の強い料理を相次いで生んでいるフォーシーズンズ・ホテルの「龍景軒」の料理から。

 「雪花蟹肉魚翅羹」。「豆腐花」を下に敷き、蟹肉、さらにふかひれを載せて、葛引きの餡で仕上た羹です。 かつて「麗晶酒店」で張錦全さんのもと、「麗晶軒」の総料理長を務めていた陳恩徳さんが、スタッフととも考案したもの。
 「龍景軒」には他にも斬新な内容の料理が各種あります。