30年ぶりに実現したチープ・トリックの「ライブ・アット・武道館・アゲイン」が終わったのは9時前のこと。
終演後、懐かしい顔ぶれに久々に出会って、昔話にひとしきり。
それより、この時間なら、間に合いそう。バック・ステージにメンバーに会いに行くのはやめて、九段の坂を専大前へ。
一本裏筋に入り、久しぶりに暖簾をくぐりました。
嬉しいことに、奥に家族連れの先客が3人だけ。
おかみさんに会うのは何回目かだし、私、髪型、ちょっと変えたもので私がわかんなかったのか、怪訝な顔。
その横から
「どうしたんです、またあ!」
と、栃木なまりの太い声。
「武道館の帰り。ちょっと食べさせてよ、いいでしょ?」
「武道館に来るたびに、帰りによろうと思うんだけど、ほら、最近、終演時間が遅くってさ。それに、バックステージ、って楽屋ね、なんかに行ったら、10時半は軽く過ぎちゃうし。それがさ、今日は、おやじばっかのバンドだったから早く終わってね。あ、こいつは「行ける」って、来たわけ」
1年以上ぶりのご無沙汰ですけど、席に座れば、すっと店に溶け込んで、先週の土曜日も、同じ席に座ってたような感じです。
「お酒、常温でね」と、おかみさんに。
「なんか切りましょうか?」
「いや、いいよ、今日は。時間も遅いし、すぐ食べる。
こはだ!」
と言ってから
「2貫ずつだよ」と、念押し。
そしたら
「わかってますから」と、目で答えが返ってきました。
「こはだ」は、酢がちょっと強い感じで、塩もしっかり。
ご飯もぬる目になっちゃって、形はどっしり、ぼってり。
けど、「こはだ」とご飯がなじんでて、しっかりの味。
軽さやキレよりも、しっかりの味、というのが「らしく」っていいなあ。
そう、先代の親方と違う「らしさ」じゃん、なんて納得しました。
「白身、なんだけど、「しま(あじ)」の前に、ね。 「かれい」てどこの?」
「常陸だと思いますけど」
「あそ、いいの?」
「ええ、いいと思いますよ」
「じゃ、それ。それから「しま(あじ)」ね!」
つけ板に並んだ「かれい」の2貫、磨きのかかった大理石の色合いと艶。
ちょっと醤油をはじっこにつけて、頬ばると「かれい」は、しっとりの舌触り。
厚みがあって、ぐっと噛み締めると弾力がある。
といってはじき返すような弾力じゃなくって、歯にまとわるようなねっとり感も。
さらに、噛み締めると、次第に味わいと香りが立ってくる。
「ン!?、この味、香り」ってと、記憶センサーが稼動しはじめました。
「もしかして、海の精、ヨードの味、香り?」
そうか、春、ですから。
春先の春のはしりの味は、ほろ苦さ。春を待つ味です。
それが、春になると、暖かい陽気につられて、衣をぬぎすてる。
そして、根っ子にある味、風味が頭をもたげてくる。
春の野菜の味わい、風味は、ヨードがたっぷり。
それと同じく春の「かれい」も同じなんだと、気づきました。
春を教えてくれる「かれい」ってことですね。
その「かれい」。
春の陽気が海の底まで届いてか、身体はのびのび。
そんな「かれい」をいたわり、寝かせたからこそ、醸しだされるしっとり感とねっとり感。
それにしても「かれい」の切り身の厚さの按配がいい。
この厚さあってこその噛み応え。それに、噛み締めれば味、香りが立つ身の厚さ。
「(かれいの)切り方、いいね。この厚み」。
「ええ、そのぐらいの厚みがないと、この「かれい」の味、風味がでないんですよ」
「なの、わかってる、って。だから切り方がいいって、ほめたんじゃん!」
寿司の握りの話、食味評論の方からグルメの方まで、それぞれにウンチクありです。
その手の話、寿司案内、色々な書籍、拝見しますが、ネタっていうのか、タネっていうのか、新鮮だとか、仕事がしてあるとか、素晴らしいだとか、いまひとつだとか、いろいろ書かれてる割に、魚をどうやって扱い、いたわり、寝かせて味を引き出したか。
それに、ネタの切り身、切り分け、その大きさ、厚みについて、それがネタの旨さ、寿司の旨さを生み出す要因なんですけど、そんなことについて、触れた、言及した人、書き物って、滅多に見かけない。
あれって、どうしてなんでしょうか。
「しま」は、頬張ったとたんに、濃密な味、風味がじゅわじゅわと広がりました。
脂の甘味、旨味が、きめ細やかな織物のように、複雑に、緻密に入り組んでいて、スクラム組んで、その存在を主張。
万華鏡でのぞいたら、きら星のように輝く脂、旨味のはじける様が見えるような感じ。
「う~ん、次、どうしようかな。ねえ、まだ「さより」があるわけ?」
「え、まあ、最後だと思いますけど。これならって、私が選びましたんで」
をいをい、言うかよそこまで!
「あそ、なら、行ってみる」
その「さより」、ねっとり濃厚。それも、年増女のように腰周りがしっかり。
そうです、ペンギン体系のあの腰周り。
といって、妖しい白粉の色香はなし。
春になって遠慮しながら居座る「さより」のけなげさに、思わず笑みがこぼれました。