譚さんの話は、ヘイフテラスで焼き物を食べながら「あれ?これ、どこかで食べた味!」という記憶の回路が刺激され、「鹹魚鶏粒豆腐煲」を食べながら「もしかして「赤坂璃宮」出身の料理人?」という推測が、あながち間違いではなかったことを裏付けてくれるものでした。
昨年の11月、私がヘイフンテラスを訪れた時の焼き物の担当が日本人の料理人、「赤坂璃宮」出身の料理人だったことは間違いのない事実のようです。
それに「鹹魚鶏粒豆腐煲」を調理したのも、同じく「赤坂璃宮」の料理人らしい。
らしいというのは、誰が調理したのか私にはわかりませんから。
素材の下拵え、つまり「板」の按配、それに「鑊氣」がなくて「香」が乏しく、味付け本位な調理の仕上がりからすれば、日本人の料理人が調理したのは明らかです。
もっとも、仕上がりの穏やかで優しい印象は「赤坂璃宮」のそれとはいささか異なります。
それより、私にとって不可解なのは「豉椒蝦球」。
その下拵え、調理は明らかに日本人の料理人によるもの。
しかし「赤坂璃宮」で食べたことがある同種、同系統の料理の印象とは違ってました。
優しくて穏やかな味付け、調理、という点では似通ってはいるものの、「赤坂璃宮」のそれは、ある種、力強さがあり、めりはりも利いている。
それからすると「ヘイフンテラス」の「豉椒蝦球」は、より上品。ですけどなんだか味がぼやけているというか、とぼけているというか、つかみどころがなくて茫洋とした印象。
素材のよさが感じられないし、持ち味を引き出したとは言い難い。
まさか冷凍もの?
もしくは、えびにしろ魚にしろ活きの状態が芳しくなくなったら、冷凍にして仕舞い込み、これといった客じゃなけりゃ、知らんふりして解凍して調理。
なんてこと、「ヘイフンテラス」ですから、まさかそんなことはありえない、と私は信じたい。
そして「清蒸紅斑」の蒸し加減の按配を見たのは、黒服の女史の証言からも明らかなように、日本人の料理人。
しかし、それが「赤坂璃宮」出身の料理人によるものだと言い切れるだけの確たる証拠はありません。
ともあれ、私がヘイフンテラスで食べた料理は日本人の料理人によるものだった、というのは間違いない。
といって、そのことを糾弾したり、批判するつもりは、毛頭ありません。
先にも触れた通り、ヘイフンテラスに電話して確認したところ、香港からやってきた料理人には、総料理長を含めてふたりの料理人と飲茶の点心担当の師傳の3人だけ。
残るスタッフはすべて日本人の料理人。おそらく総料理長、自ら鍋を振るなんてことは滅多になくて、「ヘイフンテラス」の全てを管理というのがその役目。
それって、別に珍しいことでもなんでもない。
フレンチ、イタリアンの有名どころの店だって、よくあることです。
それに、噂のシェフズ・ルーム!
での豪華な宴席でもありませんし、もとより私共は、馴染み客などではありません。
もしかして「ヘイフンテラス」にとっては、手堅く無難に提供の用意をした、コース料理にすればよかったのかも?
しかし、そのコース、まったくもって魅力には欠けます。
ま、香港のペンシュラ・ホテルの「嘉麟樓」の雰囲気が味わえるなら「素敵!」と、雰囲気重視の方には格好かもしれませんが、「ヘイフンテラス」の看板のはずの姉妹店の「嘉麟樓」、香港の味を楽しみたいと思う向きには、首を傾げる料理内容、メニュー構成です。
もともとおまかせのコースが苦手、ということもありますけど、もちろんコースの内容を見ました。
ですが、一瞥して無視、なんて按配でしたから、そのたたりなのかもしれません。
それで、、アラカルト・メニューから家郷菜を何品かを注文。
中には素材は時価という高価な「清蒸紅斑」もありましたけど。
それにきっちり応えれくれれば、こんなに展開にはならなかったはず。
これまで何度か触れてきたように、香港の広東料理店、いや、広東料理店だけに限らず中国料理において「鍋」と「板」のコンビは不可欠なものです。
夫婦みたいなもんです。
料理人が移動するとなると、表立って話題になるのは「鍋」が優れた料理人。ですが、「鍋」が得意でも「板」の存在あって、その本領を発揮。「鍋」にとって不可欠な「板」も一緒に移動というのはよくある話です。
それからすると「ヘイフンテラス」の香港からやってきた料理人のふたり。
どうやら「鍋」と「板」のコンビではない様子。
それは、私が食べた料理の「板」の仕事からも明らかです。
「板」を仕切っているのは明らかに日本人の料理人。
というのは私の勝手な推測、憶測ですが、多分、間違いのない事実でしょう。
「豉椒蝦球」と「鹹魚鶏粒豆腐煲」の下拵えが、それを如実に物語ってます。
香港の一応の料理店のキッチンなら、「板」から「鍋」に手渡す役目をになう「打荷」が、それを見て「板」に返すはず。
そうか、「ヘイフンテラス」には「打荷」もいないのかも。
その役割を担っているのは、香港の広東料理の手法や技術を香港の料理人から学んできた、日本のホテル系列の料理人、なのかもですね。
生まれ、育ちは、隠せないもので、ホテルの料理店で修行した料理人の仕事ぶりにはそれなりの特徴がある。有名、無名を問わず、街中の料理店で修行を積んだ人とはその仕事ぶりが違いますから。
もっとも、それは慨しての話、ってことになりますが。
たとえば、下拵え、調理はきっちりとしていて、仕上がった料理には気品、品格がある。
盛り付けにも工夫が凝らされていて、独特の美意識が貫かれている。
優しくて、穏やかな味付け、というのも特徴だったりします。
しかも、堅実で、アベレージも高い。
それだけに、裏を返せば無難で、破綻がない、ってことになる。
見映え、盛り付けの美しさとは裏腹に、これぞ!といった強烈なインパクト、奔放な個性には乏しい。
実はそれって、ホテルにある中国料理店、東京だけじゃなくって香港の一流どころのホテルにある中国料理店の料理の数々にもあてはまこと。確実で無難。ですけど、刺激がない。
そういえば、黒服の女史の話で、面白いことがありました。
テーブルを共にした友人と私の間のやりとり、前にも話た通り、基本は日本語。
ですが、料理名は全て広東語。
それに「あ、それはいらな~い」というところも、私、思わず広東語で。
かぶれもいいとこです!
ところが黒服の女史、すかさず、それに応えて広東語で!
って事態になると、私はドギマギ!
「広東語、お得意なんですね!」と我が友人。
黒服の女史、ただ微笑むだけで、なんも応えず。
その微笑がかわゆい!
「もしかして、香港にいらしたことあるんじゃないの?」と私。
それでも黒服の女史、ただ微笑むだけ。なんも応えず。
黒服の女史が口にする広東語、訛りがあって音声が不明確。
かといって「なんちゃって」ではなく、修練と努力の跡はあり。
多分、職場で鍛えられたのか、ちゃきちゃきの勢いがある。
「ここに来る前、どっかの店にいらしたの?」と我が友人。
その質問に、黒服の女史、一瞬ドギマギ!
それまでのきっぱりとした表情とは裏腹に、ぽっと顔を赤らめ、恥じらいの表情。
それがなんともいじらしかった!
「どこにいらしたの?」 と、すかさず尋ねる我が友人。
もじもじとした仕草のあとで
「ええ、あのう~」とためらいながら、つぶやくようにぼそっと某店のイニシャルを。
なんとも、いじらしい黒服の女史、でした。
で、画像です。「あのう、お客様~」と、料理撮影禁止の「ヘイフンテラス」ですから。
で、見つけ出したのが「王子飯店」の「魚湯千層浸時菜」。
川魚を煮出したスープで、板湯葉と季節野菜を具にしたもの。
こういう料理、日本ではおめにかかれません。