2008/03/13

ヘイフンテラスの謎と不思議の9

 白服のアテンド君に黒服の女史を呼んでくれるようパシって貰ったものの、黒服の女史はなかなか現れない。
 そんな間に、注文した料理はすべて登場ということで、締めくくりを麵にするか飯にするか。
 それとも、ブランチってこともあるし「甜品」で締めくくり?
 なんて話になって、白服のアテンド君に「甜品」のメニューを頼みました。

 「甜品」のメニューを見ても、正直、さほどそそられるものはなし。
 テーブル仲間の友人も、どうやら同じ思いだった様子。
 「やはり、黒服の女史がいないと要領を得ませんね!」と、友人。

 そこに現れました、黒服の女史。
 にこやかな笑みを浮かべてテーブルサイドに立つ彼女に笑顔で話しかけようとしたものの、やはり、わだかまりが再び頭をもたげはじめる。
 甜品の相談は後回しだ。

 「あのう~」と切り出す私。
 ひと呼吸置いて
 「この蒸し魚、火が通り過ぎ、だと思うんだけど」。
 ということで、蒸し魚の身の状態、仔細を説明。

 「魚を開いて蒸してるから、火が通りすぎるんじゃないかな?」 
 ということで、腹を開いての料理についての私なりの見解を説明。

 ま、黒服の女史に説明するうちに、いつしか持論をまくしたて、いささか興奮気味になったのは事実です。が、それでも、一応のことは説明しました。

 「は?」と黒服の女史。一向に動じない様子です。
 とはいうものの、ジワジワにじり寄っていく私の気配を察してか、「一本釣り」、「釣り針」話を誇らしく我々に語りかけてくれた時の表情はどこへやら、次第に緊張の面持へと変わっていく。
 というより、いきなりの私の言葉に「引いた」様子、ありあり。

 ひと呼吸おいて、尋ねました。
 「香港の料理人なら、ここまで蒸さずにこの手前で止めて、火が通ってても生な感じを残しているような。
 ほら、特に中骨の身のあたりの火の通りの加減、按配。
 それが、腹を裂いて蒸してるから、蒸し過ぎ、火が通りすぎになるんじゃないですか?

 それより、この蒸し魚、もしかして、日本人の料理人が蒸したんじゃないの?
 火が通り過ぎて、タイミングを外してるみたいなんだけど……違いますか?」
 と、思っていたことを口にしてしまえばわだかまりも失せ、落ち着きを取り戻し始める私です。

 尋ねたかったのは、日本人の料理人が蒸したのかどうか、という事実関係。
 といって、誤解のないように。日本人の中国料理人の存在を否定しているわけではありません。
 日本人の中国料理人には、一般的に言って独特のスタイル、個性なり持ち味がある。それはそれで面白く、日本独自の中国料理を形成する大きな要因にもなってます。

 ですが、ここはやはり香港と同じ料理、味を提供、というのが看板(だったはず)の「ヘイフンテラス」ですから、一言、物申し上げたい心境にもなる。
 それより、香港からやってきた総料理長って、提供する料理の味、風味の確認、管理をしないのか? 総料理長のもとで働く日本人のスタッフに、何故、本場の技術、方法論を教えないのか?というのが疑問の根底にある理由です。
 もっとも、私、小言ぢぢいなもんで、言葉、表現は直接的すぎてきつかったかも。
 といって、反省する私でもありませんけど。

 沈黙の黒服の女史。

 さらに続けて
 「で、あの、料理が冷めちゃってて・・・」と、私。
 その言葉を耳した途端、すかさず
「あのう、ここに持ってまいりました時は、(私の)手では持てないぐらい、お皿が熱かったんですが!」と、機を逃さず、言葉を返してくる黒服の女史。
 きっぱり、毅然とした物言い。それも、激しさをしっかり内に秘めた強い自己主張が汲み取れる。

 そうです、言い訳や申し開きなどではない。
 「お客様、お忘れなのですか?」と、暗にほのめかすどころか、今にも言い出しかねないほど、いささか険しさが入り混じり始めた表情、語気の強さに、思わずたじろぎそうになったりして!

 わお、返り討ちにあいそうだ!

 これでまた、黒服の女史のファンが一気に増えるかも!
 なんて、自分でツッコンで、ボケてる場合でもないんですが。

 「あ、そうか!私の言い方が悪かったのね。言葉足りずですんません」、
 などと思ってももちろん、口には出しません。
 私が言いたかったのは、料理をテーブルの上に置いておくなら、料理が冷めない工夫が出来ないのか、てことなんですが。
 すんませんね、黒服の女史。

 それでなくとも、我らがテーブルの人数分からすれば料理の分量は遙かに超過した、大きな皿によろそわれた大きな魚の料理です。
 一回でそのすべては取り分けられない。
 当然、大きな皿に料理が残る。食べていくうちに、大きな皿に残った料理が冷めていくのは当然のことでしょう。

 そんな大きな皿に乗ったままの料理を、テーブルに運ばれてきたままの熱い状態で、とは言わないにしても、2碗目の料理も熱いまま、温かいままで食べられるように工夫ができないものか。
 それも、私が考えるサービスの基本のひとつです。

 香港の一応の店なら、「嘉麟樓」もそうですが、テーブルの人数分、取り分けて料理が皿や土鍋に残ったら、そのまんま放置、なんてことはありえない。
 ことに土鍋の炒め煮込みの煲仔など、ウォーマー、って早い話がカセットコンロだったりしますけど、必ず用意がしてあるもんです。

 黒服の女史、そんなことに思いも至らない様子。
 それより、テーブルに運んだ時には料理は熱かったのだと、いわば自身の正当性を主張することしか頭にないことは、その表情からもありありとうかがえる。

 こりゃ、あかんワ、見込み無し。
 ウォーマーのことを話してみても、おそらく、聞く耳はもたず。
 それに、サービスの基本についても、、、、と。

 サービスのことはあきらめて、
 「この料理、蒸したのは日本人の料理人ですか?」と、しつこく食い下がる私。
 ほんのわずかな沈黙の後で
 「はい……そうです……」と、
 黒服の女史のトーンは一気に下がる。

 食事を終え、食後のお茶を飲んでしばらく、入り口そばのウェイティング・ルームに場所を移し、食後のコーヒー。
 話が弾んで、コーヒーをお代わり。水もお代わり。

 しばらくして、そこに黒服の女史が登場。
 「申し訳けございませんが、夜の食事の準備がございますので、そろそろ……」、と。

 無言のままでエレベーターに案内してくれる黒服の女史。
 エレベーター・ホールでエレベーターの到着待ち。

 「料理、魚料理以外は、いい感じですね」と、お世辞を述べる私。
 「そうだね、いい感じじゃない?」と、相槌を打つ友人。
 「有難うございます」と、一礼する黒服の女史。 

 「それで、魚を開いて蒸す料理方法なんですが・・・」
 と、話し始めた黒服の女史・・・・・・。
 「あのう、香港ではよくあることですし、お客様の方がよくご存知のはずじゃないか…なあ、とのことでした」
 と、にんまり。

  止めの言葉をさらりと口にして、黒服の女史の表情はすっきりとした様子。
  もちろん、勝ち誇ったような表情だったことは言うまでもありません。

 画像は、いつも変わらず「あのう、お客様~」と料理撮影禁止ですから。探し出したのは、香港のレストランの玄関脇の水槽で泳ぐ魚達。(撮影 ヒロミ・ローソン=笹本)。

2008/03/06

ヘイフンテラスの謎と不思議の8

 口を真一文字に結び、両手で抱え持つのではなく、両手をうんと伸ばし気味にして大皿をしっかりと手にし、我らがテーブルに運んで来る黒服の女史。
 大皿を見下ろし、足先を確かめながら慎重な足運び。その緊張した表情が物語る緊迫感。
 我が友人が最大の楽しみにしていた蒸し魚料理の「清蒸紅斑」のお出ましです。

 「お~!」と、どよめきが上がります。
 「来た、来た!」と、はしゃぐ喜びの声。

 が、それも、大皿を目の前にした途端

 「?????」。

 一瞬の沈黙。

 テーブルの上を天使が通り抜けた!

 大皿から尻尾が(少しばかり)はみだすくらいのでっかさ。
 ひれの上あたりに香草。身の半分、尾を隠すようにして、たっぷりの(丁寧な仕事ぶりに見えて、切り方が不揃いなものもある)白髪ねぎ。

 「?????」と一瞬の沈黙の訳は、なんとでっかい魚、頭から尻尾まで、腹の部分を切り開いてありました。口あけてあんぐり、あっぷあっぷ状態の干し魚さながら、「開き」の状態で蒸されていたからです。

 唖然!
 呆然!
 開いた口がふさがらない。それは私だけではなかった様子です。

 沈黙を破って「あのう!」と、私が一言。
 「こうやって、開いて蒸すわけですか、魚?」。

 黒服の女史、すっと背筋を伸ばし、顎を上げ気味にして
 「ええ!」と、自信たっぷりな面持ちで
 「一本釣りの魚を使っておりますので、針がありましたらいけませんので!」
 と、きっぱり!

 「?????」

 再び天使がテーブルの上を通り抜けた!

 「一本釣り?」、「針?」と、黒服の女史に確かめるように尋ねる私の言葉に
 「「野田岩のうなぎ」、、、ですか?」と、友人がボソ!
 その言葉に連られて、思わず私は、グフ!

 白焼きはともかくうなぎ、蒲焼は滅多に食べない、
 というよりも食べられない私は、「野田岩」にでかけたことがありません。
 ですが「野田岩」の箸袋には「針にご注意を」なんて注意書きが記されてる、
 という話はあまりにも有名。

 「なの、魚が針先のエサに喰くらいついて針を飲み込んだとして、口の中か、せいぜい届いて砂擂り裏の内臓あたり。身の下半分、背筋にびしっと肉が張り付いてるあたりまで、どうやって針が届くもんなんでしょう?」
 なんて思っても、そこはぐっと我慢。

 碗仔に取り分けられた魚、紅斑の持ち味そのまま、「ほろり、はらり」と身が崩れる。
 脂が乗っていて、唇、舌にまつわるとろりのねっとり感がたまらない。
 味付けは、しっかり。少々、醤油味が立ちすぎの感あり。
 ですが、脂がのっているのでさほど気にならない。

 ところが、部分によっては身が「ぼろり、ばらり」。
 「火が、通りすぎ?」、と思ったが、そこはぐっと我慢。

 蒸し魚は、なんといっても、頭が美味。
 頭の骨にむしゃぶりつき、身を舌でえり分けながら食べる快感、美味こそは、なによりもの醍醐味。
 脂の乗った砂擂りあたり、鰭のついてる部分のとろける味わいも格別です。

 中骨あたりは、うっすらと身の色が変わり、火が通っていながら「ほろり、はらり」の粗さのある肉質ながら「しゅわ」とした触感を残している、というのが私の好み。
 ことに「紅斑」はじめ、各種の「石斑」を蒸し魚にして調理した時の味わいところ。

 それが、身の半分を食べ始め、「ほろり、はらり」ではなく、「ぼろり、ばらり」。
 しかも、身が崩れるのではなく、身がごそっとはがれる、のは何故?
 それに、味はしっかりでも、「香」、「風味」が飛んじゃってます。
 やっぱり、火の通しすぎ?
 腹をまっぷたつに開いて、蒸したせい?
 
 実は魚の蒸し物、火加減が一番むずかしい。
 ことに丸ごと一匹、そのままの形で蒸すとなると、蒸す時間の按配、加減に、熟練の技が必要。
 そのための工夫として、腹を開いて魚を蒸す、という方法もあり、
 なんて話も聞きました。
 蒸してる途中で、蒸篭の蓋をずらし、按配、みるんじゃないでしょうね。
 なことしたら、温度が一気にさがりますけど

 もちろん、腹を開いて蒸す魚料理がないわけではない。
 「麒麟」といって、腹を開いたあとで、身に切り身をいれ、そこに干し椎茸、筍、金華火腿の薄切りなどをはさんで、蒸す料理方法もあります。宴会料理に登場します。

 以前、ここで香港の広東料理店におけるキッチン事情、それぞれの役割分担を紹介した際、触れてきたように、蒸し物、土鍋煮込み担当を専門にする「上什」が存在します。

 「上什」は、蒸し以外に、干し鮑など、乾燥海鮮素材の戻し、調理の下拵えも担当。
 ということからも明らかなように、一応の経験、年季が必要。
 蝦の在庫の確認のため、黒服の女史の命を受けてキッチンにパシる白服のアテンド君などには、、、無理な話でしょう。

 日本の中国料理店、それも、ホテルのレストランや一応の店が、香港などから料理人を招聘する場合、まずは料理長、それに、その相方か補佐も一緒に、というのが一般的なようです。
 たいていの場合、料理長は「鍋」を担当。で、相方となるのは、料理の下拵え、それに、料理の素材調達などの管理を担当する「板」を担う料理人。

 そうです。
 いくら「鍋」の技に優れていても、「板」の存在なしには、本領を発揮できません。
 つまり「鍋」、「板」のコンビ。
 それに、飲茶の点心担当の「点心師」を共に招聘、ってこと多いようです。

 もっとも、日本で香港などから料理人を招聘する場合、そこまでどまり。
 焼き物担当の料理人を招聘、なんてことは滅多にない。
 そういえば、赤阪璃宮、譚彦彬さんがオーナー&シェフになって以来、焼き物の担当をわざわざ香港招聘。それが、とっても頑固な職人肌の人間で、とはかつて譚さんからうかがった話。
 そんな例は珍しい。
 それに、例えばペキンダックの専門店の「全聚徳」が焼き物専門の料理人を招聘、というのは当然な話でしょう。ですが、蒸し物担当の「上什」まで招聘、という話は滅多に耳にしたことがありません。

 「ヘイフンテラス」、香港からやってきた料理人については、前述の通り、3人。
 てことでしたから、「蒸し物」は総料理長、あるいは、料理長の指導のもと、日本人スタッフが担当、ってのが現実じゃないでしょうか。

 「ぼろり、ばらり」だけでなく、魚半分の身、ごそっとはがれていく。
 おまけに、料理はどんどん冷めていく。
 黒服の女史が緊張しながら、慎重にテーブルに運んで来た頃の料理の熱さは、どこへやら。

 骨だけでなく、身のついた魚が残った大皿を前に、なんだか、心にわだかまり。
 しかも、わだかまりは次第に大きく膨れ上がっていく。

 それまでぐっと我慢だった私も、ついにはこらえきれず、パシリの白服のアテンド君に頼みました。 

 「あの、黒服の女史、呼んでくれない?」

 画像ですが、すんません重ね重ね、って私が悪いんじゃないんですけど。
 「あのう、お客様~!」と、料理撮影禁止の「ヘイフンテラス」です。

 探し出したのは「チャイニーズ・レストラン・直城」の「張大千干焼魚」。
 画家の張大千が好んだ魚の料理方法をもとに、山下直城さんが、工夫とアレンジ。
 画像を見るたび、その美味、風味の豊かさ、深い味わいを思い出して、涎がこぼれます。
 この料理、いつだって、何回だって食べたいです。

2008/03/05

ヘイフンテラスの謎と不思議の7

 「黒服の女史はどうした?どこに行ってしまったの?」と、お問い合わせ。

 黒服の女史、今回の「ヘイフンテラスの謎と不思議」の主要な登場人物であることは間違いありません。それが今やファンが存在するほど、いつの間にやら人気、話題が沸騰。主役の料理を食ってしまう勢いです。

 そんな黒服の女史、新しい料理が登場するたんび、どこからともなく現れ、にこやかに笑みを浮かべながら、大皿、土鍋に盛られた料理を、まずは我らがテーブルに披露。
 にこやかな笑みの奥には「料理撮影禁止!」の鋭い監視の眼差しが! 料理を披露してくれた後はサイドテーブルへ。それを碗仔に取り分けてれます。もっとも、それからのサービスは白服のアテンドのパシリ君。 その後、黒服の女史、我らがテーブルに顔を見せることはない。
 「お味、いかがでしょうか?」なんて、尋ねられたこともない。
 見放されてしまった、のかもですね。

 さて「鹹魚鶏粒豆腐煲」に続いて「金銀蛋上湯浸菠菜」が登場。
 家鴨の2種の卵、「皮蛋」と塩漬け卵の「鹹蛋」を使い、炒めたほうれん草にだしの「上湯」を加え、煮浸しにした料理です。

 金、銀に例えた2種の卵、翡翠のようなほうれん草の緑が織り成す色彩が、なんとも美しい。食をそそる見事な色あい、美しさです。
 中国料理で肝心な「色・香・味」。その「色」、つまり見た目の美しさに、「うあ、すげえ!」と、思わず声を上げた私でした。

 「うん、うん」とうなずくテーブル仲間の友人も「旨そうですね!」、と。
 今、思い出しても、この日、ヘイフンテラスで食べた料理の中では、間違いなくベストに挙げられる一品でした。

 「だし」は穏やかで、優しく、上品。「皮蛋」、「鹹蛋」、それぞれにクセのある特有の持ち味も生かしながら、とんがりがない。
 ほうれん草も、特有の鉄分、エグ味よりも青い味がする。素材を生かし「だし」を生かした調理、味付けです。

 とはいえ、香港そのままの味かどうかってことについては、やはり「?」が次々に頭の中で飛び跳ねる。 すんません、率直で正直なもんですから。

 まず「だし」。
 優しく、すっきりとしていて、上品。ですが、こくや深みがない。どっしりとした腰の座りがない。
 「上湯」というよりもむしろ「二湯」のような印象に近い。 「香」、「風味」が乏しいですから。

 もしかしてこの「だし」で「清湯魚翅」や「紅焼魚翅」?
 ということなら、「気仙沼産」、しかも「よしきり」か「もうか」なのか不明のままのふかひれの料理、それら2種のクセのある風味、余程の香り、風味、それに「とろ味」をつけなければ。
 残念ながら「ヘフンテラス」でふかひれの料理は未体験。
 
 それに、「ほうれん草」の下拵え、切り分け、処理が、実にざっくばらん、というか、結構乱暴。
 間違いなく「丸葉」の西洋種の「ほうれん草」。しかも、葉の部分だけを使ってくれればいいものを「軸」の部位がどっさり。もちろん、赤い根っ子の姿はみえませんが。

 ですが、葉から切り離された「軸」の部位、煮浸しでしたから一応の柔らかさ。
 噛み締めてだし汁が滲み出るのが、救いといえば救い。
 ですが、「ざっくり感」は否めず、唇、舌にザラっとした感触。
 これでもし、炒め物を注文したとして、葉の部分はともかく「軸」の部分、はてしてどうなったことやら。
 ということでも、煮浸しを注文し、ほっと胸をなで下ろしました。

 味付けは穏やかで上品です。 でも「香」、「風味」が乏しい。
 味本位な調理を特徴とする日本人の中国料理人に概して共通した「香」、「風味」の乏しさです。
 普通の店なら文句もないです。日本人の料理人による中国料理って理解し、納得すればいい話ですし、それはそれで楽しみ方もありますから。
 ですが、ここは「香港と同じ味を提供」というのが看板の(はずの)「ヘイフンテラス」。
 ま、香港の味に近い料理店、ってことなら、私は一応は及第点。

 「金銀蛋上湯浸菠菜」を味わっている間も、黒服の女史は現れず、でした。

 画像は、しつこいですけどおなじみ「あの~、お客様」と料理撮影禁止です。
 先に別の店の「金銀蛋上湯浸菠菜」を紹介しましたので、なら、黒服女史が「季節ではありませんので」とのことだった「豆苗」の炒めものなど。

 ちなみに、「豆苗」ってこともありますけど、使うのは「葉」だけ。「軸」の部分、切り落としてあるってのが、お解かりいただけるかも。

 野菜、ことに「青菜」の炒め物。
 塩味炒め(「だし」仕上げ)、ニンニク、唐辛子の細切り、「腐乳」や「蝦醤」などの調味料を使った味付け、風味漬け。それに、一気呵成に炒める「鍋」の「火」の扱いが語られますが、実は、そのために一番肝心なのが、野菜の下処理、下拵え。

 野菜、特に「青菜」もの、それぞれ「葉」や「軸」だけでなく、尖端か根っ子と、部位、場所によって味が違います。
 部位の違うものを同時に鍋にほうりいれ、調理すれば「火」の勢いがあっても、部位、場所によって「触感」、「味」、「風味」が違ってくるのは当然な話。

 それを時間差で、つまり、火の通りにくい部位から、順番に鍋に入れる、なんてワザもあるようですけど、一気に炒めるって作業ではそんな悠長なことはやってられない。
 
 そんなことから見逃せないのが、素材の下処理、下拵え。
 「葉」の部分、「軸」の部分を切り分け、隠し包丁、でもないですけど、工夫をするのはごく当たり前、当然な話。
 かように素材の切り分け、下拵えの「板」の作業は、料理の出来栄え、味、風味を決める、重要なポイント。 その存在と技を見逃せません。

2008/03/04

ヘイフンテラスの謎と不思議の6

 ぐつぐつ煮えた熱々の「鹹魚鶏粒豆腐煲」。
 テーブル仲間の友人が楽しみにしていた一品です。

 豆腐は一丁分を横半分に2分してから、2・5~3センチほどの正方形。ってことは3X6ですから、豆腐一丁を36等分?
 とはいうものの、豆腐の大きさ、それぞれに個体差があって、切り方はざっくばらん。

 素材の切り分けは、すべて均一の大きさが必須の条件のはずの中国料理の基本からは外れてます。
 「香港人の料理人なら、普通、Okにはしないはずなんだけど……
 ってことからすると「板」だけじゃなくて「鍋」の担当も、日本の料理人?
 でも、これでOKにする「鍋」の料理人も、もし香港人としたら、根性と自信があるんだなあ」
 などと思っても、口には出しません。

 その豆腐、「獻」、つまり、粉をまぶして下拵えし、煎り焼きにしてありました。
 丁寧な仕事ぶりです。が、単に粉をまぶして煎り焼きにしたっていうだけで、豆腐の味、風味をしっかり封じ込めてるってわけでもない。
 豆腐のぷるんの触感だけが味わえるものでした。

 鶏肉の切り方も、豆腐同様にざっくばらん。
 その肉質、前菜で食べた「豉油鶏」同様に柔らかい!
 というか、グニョの質感に類似、ってことは、同じ鶏肉?
 なら、一応、鶏肉は吟味?
 などと、思わず納得。

 それより、肝心の「鹹魚」。
 「馬友」か「曹白」かは判別し難い。
 一応「鹹魚」の味、風味はしました。
 ですが「馬友」にしては「梅香」物ではない様子。
 塩味の濃さ、辛味や、あの独特の風味がない。

 もっとも、「馬友」にしても、「曹白」にしても、「鹹魚」特有、独特の味、風味を、これ見よがしにではなく控え目にその味、風味を生かし、穏やかで上品な味に仕上ているのは実ににくい。
 だしも実に効果的に使われてましたから。

 とはいうもの、穏やかで上品な味付けですが「香」、風味には乏しい。
 「鹹魚鶏粒豆腐煲」も「鑊気」、鍋の気が不足。
 行き過ぎない味付けの慎重さが、穏やかで上品な味を生んでいるのは確かですが、慎重になりすぎてか、料理に力強さがない。力強さがないから、香り、風味が立たない。
 ぐっとひと押し、もうひと我慢の火の入れ方で、香りがうんと際立つはず!

 なんて、料理も大して出来ない私が言うのもおこがましいですけど、これまで食べてきた経験、体験からすれば、問題は「鑊気」、鍋の気不足にあり、なのは明らか様子。

 香港の料理人で「嘉麟樓」のチーフを務めた料理人なら、そんな問題、とっくにクリアーしてるはずなのに、と思っても、「ヘイフンテラス」を訪れるのは初めての客ですから、チーフの料理人、総料理長や料理長から相手にしてもらえるわけがない、のはわかってます。
 そうです。「特権の享受」のサービスに預かれるのは、なんといってもなが~いお付き合い、それなりの投資が必要ですから、というのはとっくに承知済み。

 それより「鹹魚鶏粒豆腐煲」を食べながら、この「板」の仕事、「鍋」の火加減や味付け。
 どっかで出会った、食べた記憶あり、という思いが頭の中を駆け巡りはじめました。
 やっぱり、調理は日本人の料理人?

 実は、テーブルの仲間の我が友人、同じ思いだったことが後日の会話で判明。
 同じような素材の扱い、調理、味付けで、どっかで食べたことがある、という思いが頭の中を駆け巡ったそうです。
 
 類は類を呼ぶといいますが、我が友人というのも、実は相当マニアックな広東料理フリークです。
 我が友人、抱え続けたわだかまり、とある店に出かけて一挙に氷解。
 そんな話から「ヘイフンテラス」の謎と不思議、解明への道を辿り始めたのでありました。
 
 画像は、やっぱり「あの~、お客様」の「ヘイフンテラス」ですから。
 で、探し出したのは、豆腐の料理。
 「鹹魚」ではなく「蝦醬」を隠し味、味の鍵にした「大馬站煲」。
 皮付きバラ肉の焼き物と揚げた豆腐、韮の炒め煮込み。
 目黒の「白金亭」のもので、我が兄弟、周中が用意してくれました。
 調理担当は「白金亭」の木下茂樹料理長です。

2008/03/03

復活! ヘイフンテラスの謎と不思議の5

 さて、焼き物の前菜に続いて「豉汁炒中蝦」が登場。
 すかさず、デジカメを手にする私。
 外で食事ってことになると,、所構わずデジカメで料理をびしばし撮影。
 そんなこともあってパブロフの犬よろしく、料理が運ばれてくるとデジカメに手が出て、カメラ小僧よろしく条件反射でデジカメを手に身構えてしまう私です。

 ところが、「あの~、お客様!」の黒服の女史のあの一言。
 「はいはい、申しわけありません!」
 と口にしながら、皿の上、ぶつ切りのえびの身の大きさに、思わず「ン!?」。

 「え?!、こんなにでかいえびのなの?」と、テーブル仲間の友人も驚いた様子。

 「これだけの大きさなら、頭、殻付きで「干煎蝦碌」に出来たのに」 と、思っても口には出しません。
というよりも、ただただ唖然!

 「もしかして、黒服の女史、やはり「干煎蝦碌」をご存知なかった?
 いや、ご存知でも、ヘイフンテラスの料理人には、対処できないって判断だったのかなあ。
 もしかして、「ご用意できませんので!」と口が裂けても言いたくなかったのかも」、
 などと、いささか同情まじりにもなって、頭の中では瞬時に様々な思いが交錯。
 ですが、そこはぐっと我慢。思っても口には出しません。

 それより、ピーマン、赤いパプリカと一緒に「豉汁炒中蝦」に調理されたでっかいぶつ切りのえび大き さに目を丸くしました。
 それにしても、吃驚するぐらいの「大えび」。
 「けど「ヘイフンテラス」では、これが「中えび」なのかも!」
 などと、納得したりして!

 なんでも、築地場内の「亀福」で扱う活きの「車えび」には、全長15センチから20センチぐらいの「大車」と称するのがあるそうで、料理人の人気の的、なんて話を聞いたことがあります。
 ということは、もしかして「大車」?

 ですが、活きの「大車」なら、頭のみそもたっぷりなはず。
 それに、殻付きで調理したほうが、味、風味を増して旨いはず。
 ところが、頭も殻も見当たらない。
 剥き身をぶつ切りにした「中えび」と称する「大えび」です。

 黒服の女史の話では「活きの中えび」。
 しかも、キッチンに白服君をパシらせ、残った「中えび」の数を確かめたもの。
 なら、殻付きの調理による料理を勧めていいはずなのに
 「なんで、剥き身にして調理を薦めたのか?」と、改めて思い、次から次へと疑問がふつふつと湧いてくる。

 ひとり分、取り分けられた「豉汁炒中蝦」。 
 お皿ではなく「碗仔」を一回り大きくした深めのお碗で取り分け、というのがにくいです!

 「碗仔」というのは「小碗」のこと。スープや汁気のある料理を取り分ける時に使います。
 香港のローカルの連中が飲茶の点心を取り分ける際も、お皿ではなく小碗。なんて取り分けのサービスのスタイルは、香港式流儀そのまま、というのが「香港かぶれ」の私には嬉しい。
 それまでの減点ポイント、一気に帳消し……でもないか。

 ちなみにあの福臨門の銀座店でも、黒服氏はともかく、日本の中国料理店で勤務経験を積んで福臨門にトラバーユしたサービスの女性など、料理の中味に関係なく、なんでもかんでも皿に取り分けたりすることがありますから。
 思わず「ね、ね!、それじゃ、料理が冷めちゃうし、食べにくいから。碗仔で取り分けてください。ちりれんげも一緒に持ってきてね!」と、一言余計な小言ぢぢいの私、であります。

 熱い料理は熱い皿ってことだけでなく、汁気があったりする熱い料理は、お皿ではなく小碗で、というのは私が考えるサービスの基本。
 顔なじみになり、名前を覚えられ、メニューにない料理にありつけるといった「特権の享受」が、サービスの基本だと思い込んでる人が世の中には多いようで。

 もちろん、私も「特権の享受」にありつくための努力はいとわない。
 ですが、そんなことより「料理をいかに美味しく食べさせてくれるか」というもてなしこそが、サービスの基本。 それこそが私には一番肝心な問題です。

 それに、中国料理の食事では、手に持つのは小碗だけ。
 お皿はテーブルに置いて食事、というのがマナー、という以前に共通認識だと体験して以来、
 あ、話がずれちゃいましたね、すんません。

 さて、でっかい「中えび」のぶつ切り。
 まさに「想定外」てやつでした。
 しかも、頬張るっていうより、がぶり噛みつくしか口にする術はない。

 「中えび」だけでなく、「えび」っていうのは噛み締めた時の「プリ」っとした触感が、味わいどころのひとつなのは、誰でも承知、納得のはず。
 そんな「プリ」感があって、生な味わいを残し、甘味がほとばしれば、実に申し分なし。

 ところが「豉汁炒中蝦」のでっかいぶつ切りのえび、「プリ」と弾けるしなやかな肉質、ってわけでもなり、「ぶりぶり」でしっかり、がっしりの歯応え、噛み応え。
 「ぶちっ!」と噛み切りました、から。

 「活きのえび」なら、噛み締めればあのえび独特の、特有の、甘味がほとばしるはず。
 なのに、繊維が立っていて、噛み締めるのにまずひと往生、ひと苦労。
 しかも、甘味よりも、水っぽさが、じゅわ~と滲み出たりする。

 「これって、ほんとに「活きえび」?」と、「?」が頭の中を飛び交いました。
 「これって、もしかして、フィリピンとか東南アジア産?」と、頭の中はさらに混乱に陥り、まさにカオス状態。

 香港でも、北風が吹く時期には基圍蝦(って汽水で養殖した囲いのえびですが)育ちが良くない。そのかわり、タイやフィリンピンから飛行機で取り寄せた活きの蝦(「飛蝦」といいます)を使ったりします。
 それを承知している人は、冬場には「基圍蝦」には手を出さない。良識ある店は、客には薦めないし、それ以前に用意もしない。

 ですが、やっぱり「えび」を食べたい、という客はいるもので(たいていは、日本人観光客だったりするんですけど)、 客の要求に応え、店によっては「飛蝦」を出すことがあります。「飛蝦」の正体は明かさずに、「基圍蝦」ってことで提供したり、日本人とわかれば「エビ、エビ?カニ、カニ?」と押し売りをしたりすることもあります。
 それに「飛蝦」でも、一応の店なら、それなりの調理、味付けで対処します。

 「なんてこと、まったく無視してんじゃない? 香港人の料理人なら、それなりの工夫をするはずなのに」と、「ヘイフンテラス」の「豉汁炒中蝦」を恨めしく思いながら、そこはぐっと我慢。

 それより、味付けはしてあっても、素材の香り、料理の風味がない。
 「鑊気」、鍋の気がないから、料理に香り、風味がない。
 日本の中華料理にはよくあることで、日本で超一流って言われるホテルの中国料理店でも、その課題をクリアーしてる店は限られます。

 なんせ、中華料理ならではの味付けが、重要な課題で、料理の風味についてはさほど重視されず、というのが現状ですから。
 といって、日本ならではの中国料理、中華料理を否定してるわけではないので、その点については誤解されたくありませんが、それはまた別の機会に。

 「これならいっそ「油泡(油通し)」、にして、「蝦醬(えびみそ、ですね)」でもつけて食べた方がまし、かも。水っぽくて大味な「中蝦」の剥き身のぶつ切りの料理には、救いの道かも」、なんて思っても「後悔先に立たず」。そこは黙って、我慢の子、ですから。

 素材の持ち味、見極めて、どう調理するか、味付けするか。
 それって料理人だけが考えることじゃなく、サービスの人間も把握しておくべきことじゃないかって、私は思います。

 客への「サービスの基本」なんじゃないかってことなんですが。
 そういうサービスをやってくれる店が香港にはあります。
 ですけど、それって、香港の中国料理店だけのことじゃなく、万国共通、フレンチにしろ、イタリアンにしろ、なんにだってあてはまるはず。

 それにしても「xo醤」がご自慢の「ヘイフンテラス」が、「油泡中蝦」、もしくは「油泡蝦球」を頼んで、はたして「蝦醬」を用意してくれるか、どうか。

 香港では、一応の店なら「油泡蝦仁」、「油泡蝦球」、それに目の玉が飛び出るほど超高価な法螺貝を油通しした「油泡响螺片」には「蝦醬」、「蠔油」が必ず添えられます。

 そうそう、貧乏人の「响螺片」(とは最近は言い難い値段になってしまいましたが)豚の胃袋の尖端の「肚尖」の「油泡肚尖」なども、同様です。
 ところが、日本では「香港の味」、「香港式」を標榜する広東料理店でも、私の知る限りそんなサービスに、お目にかかったことがない。唯一の例外は、、、ってことですが。

 香港のペニンシュラにある「嘉麟樓」では、「蝦醬」、「蠔油」はちゃんと用意されます。が、果たして東京のペニンシュラの「ヘイフンテラス」では、どうなんでしょう?

 あの黒服の女史ならどう対処するか・・・・・・

 画像は、もはやおなじみ「あの、お客様~」と、料理撮影禁止の「ヘイフンテラス」ですから、別の料理店の料理です。
 才巻きえびを大蒜のみじんと醤油で風味付けして蒸した「蒜茸蒸圍蝦」。
 才巻きですのでサイズが小さい。
 その分、殻も食べられて、味、風味は抜群です。

2008/03/01

お好み焼き 桃太郎の2


 お好み焼き。
 その作り方、焼き方、具の中味、種類などは千差万別。大阪と神戸では異なり、神戸でも東部、中央部、西部と、地域、場所が違えば内容が異なる、といった按配で、それぞれ地域色が豊か。土地ごとに特有のものがあります。

 子供の頃、母親が作ってくれたお好み焼き、基本の生地はメリケン粉(と子供の頃に言ってた小麦の薄力粉)にキャベツのざく切りを加え、だし、卵を加え、塩で味を調える。
 具はもちろん牛肉の薄切りでした。
 そこにねぎの微塵、天かすがあればそれを乗っける。牛肉の買い置きが無い時には、犬の餌のために煮込んだ牛のすじ肉に味をつけて具にする、という話は、前回にも紹介した通り。

 私が火、つまり、ガスのコンロを使うことを許されるようになって、犬の餌作り以外に初めて作ったのもお好み焼き。両親が出かけて留守番なんて時には、せっせとお好み焼きを焼いたものです。
 それが、中学、高校ぐらいになってからは、お好み焼きを外で食べる、つまり、お好み焼き屋にも出入りするようになって、具の種類が色々有り、なんてことを知って、母親にリスエスト。自分自身でも具については色々と工夫。お好み焼きの生地、具、焼き方に地域差があるのを認識し始めたのも、その頃からのことです。

 そういえば、大阪の一般庶民の家には常備されているという伝説の(?)お好み焼き専用の鉄板とたこ焼き用の鉄板。
 我家にたこ焼き用の鉄板こそありませんでしたが、お好み焼き用の鉄板はありました。
 お好み焼きの専用の鉄板は、その後、簡易鉄板だけでなく、ガスを火種にした家庭用の簡易お好み焼きテーブルにグレード・アップ。
 上の鉄板をグリル板に代えれば、焼肉、バーベキューも楽しめるというもので、使用頻度も高かった。
 ちなみに現在の我家、お好み焼き用のテーブルはありませんが、たこ焼き用の鉄板はあります。
 なんせかみさん、大阪の生まれ、育ちですから。それも、私はだし入り、卵入りでふっくら、だし味で食べる明石焼きが好み。ところが、かみさんは表面がぱりっと焼け焦げ、中はしっとりの大阪式のたこ焼きが好み。とまあ、たこ焼きについても、地域差歴然。
 もっとも、かみさん、明石焼きも好きなもんで、2種のたこ焼き、焼きながら、食べ比べなんてことも。
 そして、現在の我家のお好み焼きの生地と中味、具は、私とかみさんのそれぞれの体験に加え、お好み焼き行脚を重ねた結果、色々と変化。
 最近では、キャベツの微塵に手芋(大和芋、なければ長芋)を擂り下ろし、卵を割り入れ、粉を加え、だしを足しながら、柔らかすぎず、適度に硬さのある粘りのある生地を作り、塩で味を整える。
 そこに、旬の時期なら生、それ以外は干した桜えび、それとも、いか、えびの微塵や、小粒の貝類を加えることもあります。
 具は豚のバラ肉。
 お好み焼きの基本は「豚玉」と、かみさんに洗脳されてしまったこともありますが、東京ではお好み焼きの具にうってつけな牛肉の入手が難しい、というのも大きな理由。
 我家で常時用意している「なんちゃってパンチェッタ」(バラ肉の重量の3・5パーセントの塩を擂りこみ、自然乾燥させたもの)のスライスを使うこともあります。
 すじ煮込みも作りますが、東京で入手出来るすじ肉、最近の牛事情を露骨に反映していて「一体、どんな飼料で肥育されたの?」と、思わずにはいられないほど脂の匂いが強く、独特のクセがあり、なんだか変。
 牛肉、それに、すじ肉もそうですが、信頼が置けるは、北海道のボーン・フリー・ファームのものぐらい。青い草と土の味がしますから。
 そして、お好み焼きをぱりっと香ばしく風味豊かに焼くにはラードが不可欠。
 ということで、バラ肉の脂でこしらえた自家製ラードを常備。というも、市販のラードってマーガリンのようにケミカル、つまり化学合成的な製品のようで、無機質で風味にも欠ける。
 東京の名のあるとんかつの専門店などでご愛用、とか耳にした外国産のラードを試したこともありますが、なんだかマーガリンに似た味で、風味なし。
 ということで、ラードは自家製。
 ちなみに、豚肉は川越の「はぎちく」から色んな部位をブロックを取り寄せ、自家製ラードは「はぎちく」吟味のバラ肉の脂を削り取って作ってます。
 さて「桃太郎」の「いもすじねぎ玉」。その作り方が面白い。
 そもそもお好み焼きは「一銭洋食」がそのルーツ、というのは「桃太郎」の創業者の吉川久子さん。
 それに倣うように、作り方は企業秘密で「ナイショ!」という生地を鉄板に敷き、その上に粗微塵のキャベツ、煮込んだすじ肉、青ねぎ、マッシュしたじゃがいもをのっけ、生地を覆いかぶせる。
別途、鉄板に落として焼いた卵の上に先のお好み焼きをのっけ、裏返して焼き上げる、と言う按配。
 dancyuのお好み焼きの記事によれば、生地にきゃべつを混ぜたのが大阪式。粉生地を敷いて、キャベツを載せて焼くのが広島式、なんてありましたが、大阪にも粉生地敷いて、キャベツをのっけて焼くお好み焼きがあるんです。たくもう、勝手に決め付けないで欲しいもんです。

 「桃太郎」の「いもすじねぎ焼玉」の旨さの秘密はいくつもある。
 まず、企業秘密というだし入りの生地。
 それから、なんてことない普通のキャベツですが、ざく微塵に切ったキャベツに含まれた水分が、生地や具にはさまれて蒸し煮状になり、しゅわとした触感をもたらす、ってのも大きなポイント。
 
 牛すじ肉の味付けはさっぱりの薄味仕立て。牛すじから出るだしをうまく生かしながらの味付けです。
 さらに、茹でて擂り潰したじゃがいもが、きゃべつの甘味、牛すじ肉のだし、ねぎの甘味を吸い込みながら、とろけるような味、風味を醸し出し、焦んがりと焼けていく。
 そう、擂り潰したじゃがいもを煎り焼きにするスイス料理のフロスティーにも通じますから。
 そんな擂り潰したじゃがいもの焦げ味もポイント。
 ソースは2種、甘くてこくのあるのと、フルーティーで酸味のあるのが用意されていて、それが、焦んがりのお好み焼きの味、風味を引き立てる。
 勝山から新深江に店を移した「桃太郎」の本店で鉄板を仕切るのは、吉川さんのお婿さんの砂田勝美さん。北海道の出身で、大阪の調理師学校で学んでいた際、「桃太郎」でバイトしたのがそもそものきっかけとなって吉川さんの娘さんと結ばれた、という次第。
 その娘さんが、「道頓堀極楽商店街」に出店した「桃太郎」の鉄板を仕切ってます。
 「いもすじねぎ焼玉」とともに、もう一品、テイクアウトで注文したのが「そばロールミックス」。
 実は「桃太郎」で「いもすじねぎ玉」に続く私のお気に入りが、「焼きうどん」。
 うどんはもちもち。
 鉄板の上で焼かれていく間に、ソースを吸ってますます旨くなる。
 「道頓堀極楽商店街」には、残念ながら「焼きうどん」はメニューになし。
 ということで「そばロール」。
 いわゆる「オムそば」、焼きそばを卵のオムレツで包んだもの。
 「そばロール」はシンプルな「豚」、「いか豚」もありますが、やっぱり「ミックス」。いか、豚だけでなく、えび、それにすじ肉入りで、実に具沢山。その具のひとつひとつの味、それぞれに存在を主張。
 中でも、すじ肉が美味。一口頬張った「そばロール」、すじ肉の触感に思わず「ン!?」。噛み締めれば、味、旨味、風味が口中に広がりますから。
 ということで画像は「桃太郎」の「道頓堀極楽商店街」の支店でテイクアウトした「そばロールミックス」。
 表面の白い部分はマヨネーズ。
 そうです、「そばロールミックス」も、目の前にした途端、画像撮影を忘れ、箸をつけてしまいましたので、その部分!
 我ながら、食い意地の張ったいやしさをつくづく思い知りました。

2008/02/28

お好み焼き 桃太郎


 ここ最近は神戸に戻っても、神戸で用事をすませれば東京へ直帰。
 しばらく前には帰途、大阪に立ち寄ったり、大阪にだけ仕事で出かけるってこともありました。そんな時、時間の余裕があれば必ず立ち寄ったのが生野区の勝山のお好み焼きの『桃太郎』。
 10年以上も前の話になりますが、週刊現代で「日々是好食」という食案内の連載コラムを執筆していた頃に紹介し(後に拙著「これはお値打ちKODAWARIの料理店」(集英社)に収録)、NHKの「男の食彩」のキャスターを担当していた時にも紹介したことがあります。
 随分前、夏場に大阪に頻繁に出かける仕事があった頃、知ったのが火事で焼け落ちる前の法善寺横町にあった「三平」というお好み焼き屋。そこの「いもすじねぎ焼き」が好みでした。
 その「いもすじねぎ焼き」、元をたどれば生野区、桃谷近くの勝山町の「桃太郎」がそもそもの発端、なんて話を地元の知人に教えられたのが「桃太郎」を知ったそもそものきっかけです。

 お好み焼き、といえば大阪では「豚玉」こそがその基本、というのは多くの人が認めるところ。大阪で生まれ育った我がかみさんもその主張を決して譲らない。
 かみさんと一緒に暮らすようになって、同じ関西の出身とはいうものの、私は神戸の生まれ、育ち。
 かみさんは大阪の生まれ、育ち。
 それに、私は勤め人の倅で、かみさんは商売人の娘。
 ということから、日々の食事、関西風を共通基盤としながら、些細なことで差異もあり、お互いカルチャー・ショックを味わったものでした。

 大阪に生まれ育ったかみさんにとって、お好み焼きといえば「豚玉」が基本。
 神戸に生まれ育った私にとっては「肉焼き」が基本。
 もちろん「肉」というのは「牛肉」。断じて「豚肉」ではありません。
 それにもうひとつ「すじ焼き」というのもありました。

 「すじ焼き」は牛のすじ肉を煮込み、柔らかくなったところで、細切りにしてそのままてお好み焼きの具にすることもあれば、牛のすじ肉を、糸こん(糸こんにゃく。といって「白滝」と称する極細のこんにゃくではなく、ところてんさながら押し出しこんにゃく状の太さのあるもの)をぶつ切りにし、砂糖や薄口醤油で一緒に炊き合わせ、お好み焼きの具にしたもの。

 猟犬と雑種の犬と一緒に育ち、やがて犬の食事番になった私が、犬の餌のために煮込んだすじ肉をつまみぐい、なんて話を以前しました。そんな犬の餌だったはずのすじ肉、我が母親が、牛肉の買い置きがない時、たまに煮込んだすじ筋に味付けし、お好み焼きの具にするってことがありました。
 そんなこともあって私の「すじ焼き」への思いは強い。
 そういえば、中学校時代、兵庫区や長田区から越境入学していた同級生の会話で、彼らにとってお好み焼きといえば「すじ焼き」なんてことを知ったものです。なんてことから「すじ焼き」は、神戸でも中央部から以西、兵庫区や長田区あたりがその本拠、なんてずっと思っていました。

 週刊現代で食のコラムを担当していた当時、なんとかお好み焼きを紹介したい、ということからお好み焼き行脚のフィールドワークを実践。
 私は神戸の「肉焼き」、「すじ焼き」、それに冬場の「牡蠣焼き」や、明石のたこを具にした焼きそばの「たこそば」をを紹介したかった。ですが、当時の編集担当の意向もあり、大阪にお好み焼きに的を絞りました。
 たまたま知己を得て、私の連載での大阪の店紹介を依頼した門上武司さんの知恵も借り、関西にでかける機会を見つけてはお好み焼きの食べ歩きに精出したものです。
 その時、やはり大阪は「豚玉」が基本だと、改めて認識。
 神戸のお好み焼きとの差異をまざまざと見せ付けられました。
 中には、すじとねぎを看板にする大阪で評判の店もありましたが、どっさりのねぎばかりが目立ち、すじの煮込みも味付け、風味が神戸のそれとは違いました。
 お好み焼きとしての旨さ、味わい、風味に欠ける。粉、すじ、ねぎの焼き物という印象でした。人当たりのいいサービスで、商売は上手い。ですが、味はいまいち。
 やっぱり「いもすじねぎ焼き」は「桃太郎」に限る。そう思いました。

 画像は「桃太郎」の「道頓堀極楽商店街」支店でゲットしたテイク・アウト用の「いもすじねぎ焼き」。
 新幹線に乗って、食べ初めてしばらく
「あ!画像!」と思いついて撮影したもので、食べかけですからその一部。
 揺れる新幹線での画像撮影です。

2008/02/25

「神戸元町別館牡丹園」


  私事あって神戸に戻りました。
  もう神戸には住めなくなってしまった私ですが、神戸には「行く」や「出かける」というより「帰る」とか「戻る」という気持、気分が抜け切れない。

 神戸に「戻る」となると、立ち寄らないではいられないのが「神戸元町別館牡丹園」。
 創業、確か今年で57年、だったと思います。

 最初にその名を教えられたのは小学校の級友からのことだった、はず。
 それよりも、中学時代の同級生に元町の裏の住人がいて、平林君ですが、彼から「なんぼおいしい!」と教えられ、思わず舌なめずり、という食い意地の張った卑しいガキでありました。
 もっとも、我家は父親が最初は栄町、次いでそごう裏のビルにあった料理店が好みだったことから、出かける機会もなく、実現できたのはずっとあと、大学に入ってからのことです。
 その後、その存在を再認識したのは、香港に足繁く通うようになってから。日本ではお目にかかれないと思っていた香港の味を「別館牡丹園」の料理の数々に出会ってからのことでした。思い起こせば、それらのメニュー、ずっと「別館牡丹園」にあったもので、そのことにも愕然とした覚えがあります。

 久々の「別館牡丹園」で食べたのは「姜葱叉焼蝦仁撈麵」と「什錦炒麵」。
 時間の余裕があれば、夕方の営業開始の時間に飛び込み、あれやこれや食べたい物を食べ尽くしますが、今回はその余裕もなく、昼、しかも、開店前に直行。

 「姜葱叉焼蝦仁撈麵」は、霞のベールのように、どっさりと白髪ねぎ。
 白髪ねぎをかきわけると、細切り(といっても、「絲」ではなく、「条」というにふさわしく、マッチ棒を4本束ねたほどの厚み、太さかがある)の「叉焼」がたっぷり。見るからに新鮮なむきえびがごろごろ。
 その下に、だしで和えた麵が寝そべっているという按配。

 茹でた麵を皿に盛りつけ、ねぎとしょうがの細切り、叉焼を載せてできあがり、といった香港の「麵粥屋」仕立てのそれではなく、香港の料理店でしかお目にかかれない本格的な「姜葱叉焼蝦仁撈麵」です。
 「叉焼」がうまい。
 もっと驚くのはむきえびの新鮮さ、ぷりっとした触感、甘味、旨さ。
 韓国料理ではないですけど、麵と具をぐちょぐちょにかき混ぜてこその「姜葱叉焼蝦仁撈麵」。しょうがとねぎのヒリリ感も刺激的です。
 それにしても、優しく、穏やかで、上品な味、豊かな風味に、しばし、箸がとまります。

 「什錦炒麵」は、いわば五目焼きそば。
 麵は(揚げた)硬いのと、(茹でた)柔らかいのがあります。
 どっちにしようか、と迷うかみさん。
 2代目ご主人の王泰康さんに尋ねたら
 「やっぱり、本格的で旨いのは、やわらかいやっちゃろね!」、と。
 茹でた麵を炒める「炒麵」の奥義は実に深い、ですから。

 「別館牡丹園」の「什錦炒麵」は、具がどっさりでたっぷり。
 むきえび、いかの薄切りなどに加えて、えびのすり身を平たく伸ばした百花餅もあり。というのに、思わずにんまり。こんなの、香港の昔ながらの料理店の「什錦炒麵」でしかお目にかかれません。
 「什錦炒麵」の味付けも、優しく、穏やかで、上品で、風味が豊か。しみじみと旨いなあと、心から思います。
 五十代、六十代と思しき上品な身なりご夫婦や、普段着でもきちんとしたひとり客のおっちゃんが、「什錦炒麵」などの麵や飯をたのんで、しっかり平らげて帰る、というのが頼もしくて、麗しい。
 もっとも、「別館牡丹園」、麵や飯だけでなく、この店には、今では香港ではなかなかお目にかかれなくなった懐かしい香港の味、香港周辺の広東地方の郷土料理が沢山あります。
 もちろん、日本では現地そのままの素材の調達は難しい。
 そこで、日本の素材に置き換えてありますが、調理、味付けの基本は、現地のそれを踏襲。
 実は「神戸元町別館牡丹園」は奥深い。そのうち、その真髄、本領を紹介するつもりです。
 そんな「別館牡丹園」の真髄をなんとか紹介したいと某料理雑誌に企画を持ち込んだところ、編集長は大乗り気。
 ところが、案内を買ってでたのが、地元、関西で活躍するフード・ライター/コーディネイター。
 その某氏、「別館牡丹園」は「焼きそばが旨いんです」ということで、編集長はそれ以外、私が薦めた広東地方の郷土料理を下敷きにした料理には出会えないまま、企画はボツになりました。
 
 地元でご活躍のフード・ライター/コーディネイター氏、「別館牡丹園」については「ご近所御用達」って認識しかなく、広東地方の郷土料理がわんさかあるってこと、ご存知なかった様子。
 おっと、いけない、いつのまにか「ヘイフンテラス」のオーラ(の泉)がこびりついちゃってるみたいで。
 え? 私の背後に、あの黒服の女史の姿が・・・ですか?

 画像は「神戸元町別館牡丹園」の「姜葱叉焼蝦仁撈麵」です。

2008/02/21

ヘイフンテラスの謎と不思議の4

 モエのロゼで唇を湿らせ、喉を潤していた我らがテーブルの前に、前菜が登場。
 焼き物2品と「くらげ」です。

 「くらげ」は厚みがあって、幅も1センチほど。切り方、つまりは「板」の仕事はざっくばらんな感じ。ですが、バリボリの触感、噛み応え。「くらげを食った!」という質感、物量感が味わえるのが嬉しい。

 「くらげ」は、その処理、下拵えだけでなく、くらげの切り方、その厚み、幅次第で、歯触り、舌触り、噛み応えなど、味わい、風味がぐんと違ってきます。
 切り幅を細くすれば、パリサクの触感が味わえる。その分、味付けも切り幅の細さに合わせ、調味、味付けが過ぎないような控えめな感じが好ましい。それが、繊細かつ洗練の美味を生み出しますから。
 
 反対に、クラゲに厚みがあれば、むしろ切り幅を広くして、バリボリの噛み応え、食べ応えのある質感、物量感が欲しいもの。なんてことで「くらげ」の味付けについては並、ってか普通でしたが、一応は「グッド!」の及第点。

 家禽の焼き物、実は楽しみでした。
 普段、前菜にとるのは牛や豚の脛肉の寄せものがほとんどです。
 ヘイフンテラスでは家禽の焼き物が食べてみたかった。
 「焼きもの専用の釜」があって、焼きものはすべて自家製、と耳にしていたからです。

 ネットで検索した某サイトにも紹介されてます。
 曰く「自家製釜で仕上る焼き物はイチオシのメニュー」ってことで、「「鳩のロースト”キンモクセイ”の香り」「釜焼きローストダック」など、多数の前菜が」ってことですから。「中でも絶品なのが「釜焼きチャーシュー」」だというし、「「本格釜焼き北京ダック」も人気」だそうで。

 ふかひれ料理の「気仙沼産」の実態、正体が把握出来て、「例湯」ありなら(って、しつこいか!)前菜に焼き物は選ばず、「「鳩のロースト”キンモクセイ”の香り」」という選択もありでした。
 しかし、鳩の素材、その正体が掴めない。「新會」か「中山」産なのか、それとも、フランス種で日本で飼育したものか、それとも、中国、欧米からの輸入の冷凍ものか。
 それについては聞きそびれました。

 「北京ダック」も選びません。
 もともと私、「北京ダック」にはそんなに執着はなし。
 広東料理店なら「ダック」、つまり「家鴨」を「鶏」に代えて釜で焼き上げ、皮の美味を味わう「片皮鶏」がいい。仔豚の丸焼きの「乳豬全體」なら文句なし。
 それにテーブルを囲んでいた人数のこともあって、その日、「北京ダック」はハナっから無視。そんなわけで「北京ダック」の素材の「家鴨」について聞きそびれました。むろん、日本産の「合鴨」使ってるとは思いませんが。

 さて、焼き物2品。
 そのうち1品、焦げ茶色の焼き色の焼き色、肉の色あいから、てっきり「焼鵞?」。しかも「梅醬」まで添えられてましたから、そう思いこんだりして。

 焦げ茶の皮の焼き色は、濃い。けど、なんだか、照りに深みがない。もしかして、焼き上げたばかりじゃなく、昨日、焼いて、キッチンにぶら下がっていたものをリヒートしたのかも。

 甘い梅醬をつけ、口に運ぶと、皮はパリサク、というよりもしっとり。噛み締めて歯がスっと入る、わけでもなく、皮がしっとりな分、ぐぐぐ~いと歯を押し込んで、噛み締められるといった按配。その割に、肉はしっかり、ガッシリの噛み応え。とはいっても、肉汁がほとばしる、と思いきや、すんなり肉が裂け、ほぐれていく。要は、噛み応えがあっても、いささかぱさつき、乾き感あり。

 「そうか、これ「焼鴨」だったんだ!」と、気がつきました。同時に「待てよ、この味、焼き方、味付け。「梅醬」の按配といい、どっかで食べたことがある!」と、頭の隅っこに潜んでいた記憶が、もぞもぞと這い出し、甦りはじめました。
 「どこで食べたんだっけ」と、記憶を辿ってみても、即座に答えはみつからない、思い出せない。「嘉麟樓」じゃないのは間違いない。調味、焼き加減、それも火の通し、皮の張り具合、肉質が違いますから。

 そういえば「ヘイフンテラス」、総料理長、点心の師傳を香港から招聘って聞きましたが、「焼味」の職人も香港から呼び寄せたのだろうか?
(と、この点を後日、店に電話で確認したところ、香港からやってきたスタッフは、料理人二人、点心師が一人とのことでした)。

 「焼鴨」を食べていても、焼き加減、調味が香港の「焼味」の専門職のそれではないような感じ、などと「焼鴨」をもぐもぐ、心のなかではあれこれぶつぶつ。
 その疑問、答えは、やがて、友人のひとことで氷解、納得と相成りました。
 それは後ほど!

 もう一品の焼き物、浅い茶色でキャメル・カラーっていうのか、キャラメル色。けど、しっとり感はあっても、照りがない。
 「あ、そうだ、これって「鶏」だったんだ」と気づきました。
 焼き物の前菜を選ぶにあたっては「以下の中から2品お選びください」なんてメニューに記されていたはず。
 
 まず選んだのは「焼鴨」。それから、もう一品ってことになって「叉焼」はパス。
 で、選んだのは「地鶏の醬油煮込み」(だったか、日本名について記憶はさだかではありませんが、ともかく)「豉油王鶏」(だったか、中国名についての記憶はさだかではありません)。

 その鶏を食べたときの触感、舌触り、歯触り、味、風味は、今も忘れられません。
 塩蒸し焼きの「鹽焗鶏」にも似たその色合い。「鹽焗鶏」なら、皮はしっとり潤んでいながら、張りがある。
 ところが、その鶏、しっとりなのは変わらないものの、唇にふれた触感は「ヌメッ!」。
 噛み締めようとしても、歯がスッと入らずに「グニョ!」。

 肉質もしっとり。とはいっても、歯がすっと入り、歯を押し返すしなやかな弾力もない。肉汁がほとばしる、ってわけでもない。ぐちょっと、へたれな感じ。
 もっとも、押しつぶすようにぐっと噛み締めれば、確かに鶏肉、なんですが、なんだか頼りない。

 「これが、地鶏? 一体、どういう地鶏?」と、「?」マークが、いくつもいくつも頭上を飛びかったものでした。

「素材の吟味が、曖昧だなあ。調味、味付けはそれなり、なのに、素材よりも調味が目立ってるし、素材の下拵えがしっかりしてないし、調味してあっても、料理としての風味、香りがない、そう「冇香」ってやつだ!」などと、またもやもぐもぐ、ぶつぶつ。

 そんなことから 「ヘイフンテラスの焼味はもしかして日本人の料理人が担当? それらしい気配、いくらだってあるもの」などと、ますます謎と不思議の迷宮入り、ラビリンス的世界に突入していったのでありました。

 モエのロゼは、美味しいです。

 画像は(くりかえししつこいですけど)「あの~、お客様」と、ヘイフンテラスでは料理の撮影は禁止。
 ということで、探し出したのは、香港の「鏞記」の「焼鵞」と「叉焼」。

2008/02/16

ヘイフンテラスの謎と不思議の3

「前菜」、「金銀蛋上湯浸菠菜」が決まったところで、メインの料理をどうするか。

 今回、私を誘ってくれた食べ仲間の友人が目当てにしていたのは魚料理。それも、蒸し魚、ってことでした。 テーブルについて我々を最初にアテンドしてくれた白服君からメニューを手渡され、私がふかひれの料理の仔細を眺め回している間、友人がチェックしていたのは魚の料理と魚のリスト。

 友人は白服君に、魚の種類や料理方法を確認。そのやりとり、白服君の説明がなんともトンチンカンで、友人にも私にもチンプンカンプン。

 魚料理ということなら、私も異論はない。ですが、蒸し魚となると一匹丸ごと。その日、テーブルを囲んでいたのは3人でしたから、はたして小ぶりの魚の用意があるものかどうか。
 種類とサイズ、魚の大きさ次第です。
 それが心配になってふたりのやり取りの間に「あの、蒸し魚じゃなくて、煮込みなんかはどうなの?「紅炆海斑」とか「紅炆斑翅」なんか」と割り込んで入った私。

 蒸し魚でなく、煎り焼きにして煮込む「紅炆斑翅」なら、大きな魚、丸ごと一匹でなくとも可能なはず。香港の一応の料理店なら、メニューに載っけていますが、それをメニューに見つけ出せなかった。もしかして、あったのかも。

 ともあれ、そんな私の質問に「新鮮な魚ですから、蒸し魚がいいかと思います」という白服君の返事に、私は「?????」。

 確かに、獲れたての魚は、煮て食え。寝かせた魚は生で食え、などといいますから。
 つまり、獲れたての魚は、活きがいい。コリコリとした触感、爽快な鮮味を味わるものの、魚の味、旨味を味わうには、しばし寝かせたやつを生で食べるのが良い、ってことです。

 白服君の言い分は正しい。
 ですが、言下に「煮物よりも」という含みの有るような説明だったのに「ン?」。
 「煮物にする魚も、新鮮なのがいいんだけど……」と、話をするものもややこしく、面倒そうなんで、またまたぐっと我慢。
 仲間の友人も、白服君との話には、匙を投げた格好で、そのまま、魚料理の話は、要領を得ないまま、しばし頓挫。

 そこで、件の黒服の女史が登場。
 前菜、野菜料理を決めた後で、魚料理の話が復活。
 黒服の女史、魚の種類、収穫地を話してくれましたが、やはり、サイズの大きな魚しかない様子。
 改めて「紅炆斑翅」、「紅炆海斑」のことを尋ねましたが、ご存知ないのか、話が噛み合わなくって要領を得ない。

 「う~ん(大きな魚)でも、いいや、蒸し魚にしましょう!」という友人の提案で、はたの「清蒸海斑」に決定。

 前菜は家禽、野菜は煮浸し、魚は蒸し物と決まって、後は炒めものか、揚げ物、もしくは煮込みもの。そこで、素材は「えび」を選んで、炒め物か煎り焼きってことになりました。

 とはいうものの、メニューでえびの料理を探しても、なんだかいまひとつで、ピンとこない。
 「蝦仁」なんてあっても、冷凍ものを戻したむきえび、なのかな?と、不安もよぎる。
 日本の中国料理店では至極当たり前、よくあることですから。

 もちろん、冷凍の戻しでも、戻しのワザ、調理、調味の工夫次第で「これなら納得」という料理にお目にかかることもあります。が、初めての店では、疑心暗鬼でもないですが、ついつい用心深くなって、確かめることだってあります。

 出来れば「活きえび」が良い。
 才巻き、車えびなど、種類に応じて、調理、調味を考えるのは当然な話。それが「「活きえび」がございます」という黒服の女史の話。

 「どんなえびがあります? 才巻き、車なら、殻つきの煎り焼き、もし、活きの大蝦があるなら「干煎蝦碌」なんかで」、と私。

 「あのう、昨日、たくさん出てしまいましたので、ご用意できるえび、数に限りがあるかもしれませんので、今、確かめます」と、白服のアテンド君を呼び寄せ、キッチンにパシらせる黒服の女史。

 その返事を待つ間に、煲仔を一品、ということになりました。
 「嘉麟樓」に限らず、香港の広東料理店では、旬の素材の「小菜」を紹介したメニューがあって、煲仔類が紹介されてます。

 うちのかみさんがヘイフンテラスのメニューをチェックした時、見つけた広東地方の郷土料理、というのはこれだったのかと納得。
 とはいえ、グランド・メニューに並んでいるのは、季節を問わない定番的なメニューがほとんど。季節、旬の素材を使った料理は見当たらない。
 もしかして「小菜」のメニューの用意があって、そこに紹介されていたのかもしれません。

 ともあれ、グランド・メニューから「これにしませんか?」と友人が選んだのは「鹹魚鶏粒豆腐煲」。塩漬け魚の「鹹魚」、鶏の賽の目切り、豆腐を炒め、煮込んだ料理で、「鹹魚」好きな友人の好みの一品です。

 が、ちょい不安がよぎった。
 「「鹹魚」は「馬友」?それとも「曹白」なの?」と、ついつい口に出てしまった私です。
 黒服の女史、一瞬、沈黙。
 しばし間を置いて「「馬友」……だと、思いますが、キッチンに確認しておきますので」と。

 いささか気弱な返事です。
 それより、何を尋ねても、何でもかんでも、キッチンに確認します、という言葉。
 黒服の女史、毅然としている割に、その日、店にある素材、なんも把握してないんだってことに、いささかがっかり、うんざり、というよりも面倒にもなって
 「あ……いいです、いいです」と、その場つなぎにテキトーに返事してしまった私です。

 香港の一応の店なら、白服君はともかく、黒服のキャプテン以上の立場なら、海鮮はもとより、野菜にしろなんにしろ、また、特別なものにしろ、その日、入荷し、客に提供できる素材を把握しています。
 覚えきれなければ、ポケットからアンチョコをとりだし、顧客でなくてもしっかり応対。積極的に、時には執拗に売り込む、っていうのはごく当たり前、フツーのことなんですが。
 
 キッチンから舞い戻った(パシリの)白服君が手渡したメモを手に
 「中蝦、ございますので、どのように?」と黒服の女史。
 ですから、「「生抽」か「老抽」の煎り焼きか、「蒜茸焗」で」と、
 さっき話したこともすっかり忘れてしまった様子。
 いや、もしかして、「生抽」か「老抽」の煎り焼きがわからなくて、知らんふり?

 「あの、「豉汁炒」などでは如何でしょうか」と、黒服の女史。
 いきなりの提案、いきなりの展開ですが、悪くはない選択。
 「豆豉」、つまりは黒豆の醗酵味噌と香味野菜で作ったたれで炒めた料理、ってことです。

 そうです。
 友人、私、黒服の女史の会話の基本は日本語。
 ですが、料理名、料理方法、調味に関しては、テーブルの上を広東(料理用)語がびしばしと飛び交い、繰り広げられる壮絶なるバトル! でもないか!
 ともあれ、傍目で見れば「?????」なのに違いない。
 異様なる光景だったことには間違いありません。

 ということで、前菜は焼き物2品にくらげ、「豉汁炒中蝦」、「鹹魚鶏粒豆腐煲」、それから「金銀蛋上湯浸菠菜」、「清蒸紅斑」というところまで、こぎつけた。

 素材、調理、調味に重複はなし。
 とはいうものの「う~ん、なんだかもう1品」と、頭の中ではわだかまり。
 肉好きな私としては、肉の料理がないな、というのがそのひとつ。
 ま、普通の人なら「焼き物の前菜があれば、それでいいじゃん」ということでしょうが、私の素材区分、その分類では、肉と家禽は別物。
 それに、口直しの役目も果たす揚げ物がない、というのが頭の隅っこにあった。

 そもそもといえば、ふかひれの料理が正体不明の「気仙沼」ってことで、リスクを避けて踏ん切りがつかず、おまけに「例湯」がない!
 そんなことにすべては起因する。
 それに「清蒸紅斑」の大きさがわからない。
 注文しすぎて食べきれない、というのももったいない話。

 なんてことから「ま、これでいいっか!」ということで、とりあえず料理の注文を終えたのでありました。

 「ふ~」と、思わずため息!

 画像は、「あの、お客様~」ということで、ヘイフンテラスでの料理の撮影は禁止!
 ですから、香港の「鏞記」の「干煎蝦碌」です。旨いんです、これが!

2008/02/12

ヘイフンテラスの謎と不思議の2

 ふかひれは、種類が不明だったことや、その値段からリスクを避けてあきらめらめた。といって、例湯もなし。点心をすすめられましたが、興味なし。

「なら、点心代わりに前菜からなんか選びましょう」と私を誘ってくれたテーブル仲間の提案に、焼き物2種にくらげ添え、というのを選びました。

 「湯」が決められないとなると「菜」、野菜です。
 「野菜は何があります?青菜類がいいんですが?」と私。
 「豆苗なんかないの?」と尋ねると、「あの、今の時期、ございませんので。旬でもありませんし」と、黒服の女史はきっぱり。

 「え~? 豆苗って、秋から冬にかけてのもんだし、旬には入りかけてんじゃないかな」と、言いたいところをぐっと我慢。
 三生(中国野菜を扱う業者名、です)から台湾産を入れてる店もあるけど、(ヘイフンテラスは)そうじゃないんだね、と思っても、押し黙る私。
 そうか、日本の食材から選ぶってことからすると、台湾産だと、問題ありだったのかもと、今になって思い当たる私です。

 「空心菜なんか…」と仲間が言いかけたら、すかさず「今の時期、ございませんので」と、またもや黒服女史はきっぱり。
 「なの、わかっております」と、言いたいのをぐっと我慢。

 「あの「菠菜」ならご用意できますが、いかかでしょう?そこに紹介されてます「金銀蛋上湯浸」などで」と、メニューを指差す黒服女史。

 「ほうれん草」ではなく「菠菜」と口にし、「金銀蛋上湯浸」を薦めてくれたのに、一挙に盛り上がりました。「これよさげだね」と仲間と目星をつけていた一品です。勝ち誇ったような黒服女史の笑顔も忘れられません。
 
 料理を決める際、香港あたりでは最初に「湯(スープ)」、それから「野菜」の有無、種類を尋ね、調理方法、味付けを考えて注文、というのは至極当たり前。
 日本の中国料理店でも、野菜の有無、種類などを尋ねてみれば、店の、料理人の、素材への探究心、料理にかける熱意、意欲、意気込み、知識や度量がわかります。

 それに、野菜、ことに青菜の炒めものは、店の料理の良し悪し、料理人の技量を知るには格好なもの。

 素材の種類、選別、切り分けの処理、素材の持ち味、クセ、状態に応じた調味、香味野菜、調味料の使い分けなどの下拵え、といった「板」のワザ。

 油脂を媒介に野菜に火を通し、最後の仕上げに煮含めるだしの分量など、調味の加減、按配、調理する鍋の火の扱いの「火路」。それが生み出す「鍋」の「気」の「鑊気」をどれだけ生かすか、という「鍋」のワザ。

 いずれにしろ、料理人の技量、センスが明らかになる料理のひとつです。

 ふかひれをあきらめ、「例湯」はなしと知って、いささか意気消沈。野菜のやりとりにうんざりしはじめて、内心「青菜の炒めものは危ういかも…」と、疑心暗鬼状態。
 というところに「金銀蛋上湯浸菠菜」という提案。「皮蛋」と「鹹蛋」入りのほうれん草の上湯の煮浸し、です。
 救いの神が現れた。一条の光、明るい希望と明日が見えはじめた。

 「危ういかもしれない!」という青菜炒めへの不安を解消してくれるかもしれないばかりか、そのチョイスは無難な安全策、かも!」と思い始めた。
 それに「上湯」の質、レベルがわかる。煮浸しではあるけれどスープあり、ってことからすれば「湯(スープ)」代わりにもなりそうだ。でも、ないか。

 ともあれ、前菜に続いて「金銀蛋上湯浸菠菜」が決定。

 画像は、「あの、お客様~」ということで禁止ですから、今回もなし。
 というわけにもいきませんから、別の店の「金銀蛋上湯浸菠菜」です。

ヘイフンテラスの謎と不思議の1

 「ヘイフンテラスの予約が取れたんですが、ご都合よけりゃ、ご一緒に!」と誘いを受けたのは昨年の11月。 そうです、もう4ヶ月も前、旧聞に属する話。

 お誘いを受けて出かけました。で、その結果、すぐここにアップ、というつもりが、なんだかノリ切れない。煮え切らないまま、頭の隅っこでなんだかわだかまり。ってのも体にはよくない、ってことでUPした次第。

 昨年、丸の内にザ・ペニンシュラが誕生して以来、ヘイフンテラスは気になっていた中国料理店。とはいえ、訪れる機会がなかった。予約をとるのが至難の業、なんてことも聞いてました。

 それからしばらく、dancyuの小山薫堂さんのコラムで「今、東京で最も注目すべき料理店」なんて記事を見かけたり、駅ビルにある本屋で立ち読みしたグルメガイド本、執筆はたしか森脇慶子さんだったと思いますけど、中国料理では08年、その動向が注目される店、とかなんとかを見つけて「そうなんだ!」。

 私よりも、ウチのかみさんのほうが積極的。中国語講座仲間のあぐりさんとザ・ペニンシュラに出かけ、しっかり「ヘイフンテラス」のメニューをチェック。日本の中国料理店ではおめにかかれなさそうな、広東地方の郷土料理もあり、ってことで、結構、私もその気になりはじめてました。

 誘いを受けたのは11月のある日のランチ・タイム。
 最近の事情は知りませんが、あの頃、昨年の11月ですけど、昼も夜も予約は満杯、という状態、だったそうで。

 もっとも、ランチ・タイムでも、私は飲茶の点心やランチのコースには興味なし。
 というのも、飲茶の点心は、小さい分、味がしっかり、濃いのが普通。いくつも食べられない。

 かつて香港で、飲茶の点心の歴史のフィールドワークを実施した時には、朝も昼も、あちこちの飲茶に出かけ、かみさんがうんざりするほどの点心をテーブルに所狭しと並べたものです。が、最近は、飲茶にでかけても、前菜代わりに点心、2~3品、あとは、野菜、小菜という香港スタイル。

 それに、ランチ・コースってのは、その店のお勧めの料理を集大成、と言う魅力がある反面、メニュー構成や料理内容はありきたりだったり、その店の経営方針にもとずく経済性がそこに介在。
 夜のディナーのセット、コースとは食事、内容が異なる、という現実があったりするのを見逃せませんから。

 そいえば、ネットの食批評で目立って多いのがランチでの体験話ですが、多くの場合、ランチのセットやコースとディナーのそれを同じに捉えるのは考えもの。別物って捉えた方がいいでしょう。
 むろん、ランチ・タイムでもディナー同様の料理内容、ポーションで供する店もある。むしろ、店の真価を確かめ、味わい、楽しむには、アラカルトから選ぶの理想的で格好だし、うってつけ。
 「ヘイフンテラス」にはアラカルトがありました。

 ともあれ、私は「飯」が食べたかった。「飯」にうってつけな旬の素材、日常素材を使った「小菜」が食いたい。というのも、伝え聞いていた「ヘイフンテラス」、香港のザ・ペニンシュラの「嘉麟樓」と同じ料理、同じ味を提供、ってのが売り文句、看板、でしたから。

 86年、ペニンシュラのリノベショーションで誕生した「嘉麟樓」で、話題になったのが、斬新で画期的な点心の数々。ふかひれの料理。広東地方の伝統料理を下敷きにした「小菜」の数々。ことに、煲仔の類の充実は、大きな話題になったほど。そう、XO醬もありました。

 丸の内、ザ・ペニンシュラのヘイフンテラスの席に案内され、手渡されたメニューで、最初に探したのは、ふかひれの料理。
 というのも、香港で広東料理を看板する店なら、ふかひれの料理こそが勝負のしどころ。 初めての中国料理店で、要チェックなのは、やはり、ふかひれの料理の数々。
 ふかひれの吟味、種類、その戻し方、調理で、その技術がわかります。 そのだし、上湯を味わえば、その店の経営、調理の基本方針がわかりますから。

 それが「ヘイフンテラス」のふかひれの料理の一覧を目にして、思わず「ン!?」。
 その最上段、1番目、2番目にあったのは「気仙沼」のふかひれ云々といった表記。
 正確にそれをここで紹介できないのは、メモ、写真(撮影禁止です、ヘンフンテラスでは!)も忘れたからですが、ともあれ、気仙沼で水揚げされた極上だか、特上だかのふかひれを使った醬油煮込みなど、ふかひれの料理が紹介されてました。

 「この「気仙沼」って、ことは、このふかひれ、「よしきり/牙揀翅」か「もうか/摩加翅」なの?」と白服の人に尋ねても「は?」と、返事はおぼつかない。
 そこに現れたの黒服の女性も、「ええ、あの、キッチンに尋ねてまいりましょうか?」と、要領を得ない。
 間が持てなくなった私、「あの「海虎翅」とか「金山翅」ね。それに「裙翅」のふかひれの料理はないんですか?」と尋ねても、返事をはぐらかされて、要領を得ない。

 香港のザ・ペニンシュラの「嘉麟樓」にでかけたことがある方なら、メニューのふかひれ料理のところに「裙翅」はじめ、ふかひれのなかでも上質で翅絲の太いふかひれを使った料理がずらり、なのはご記憶のはず。

 そういえば、「嘉麟樓」のふかひれの料理でも「干撈蟹柑魚翅」は話題を呼びました。
 上湯で和えたふかひれとは別に上湯を用意した「高湯魚翅」をもとに生まれたバリエーションで、上湯で和えたふかひれに蟹肉を配した「干撈蟹肉魚翅」をさらに変化させ、蟹肉を蟹の爪に変えたもの。それもメニューに見当たらない。
 ま、遠い昔の料理ですから、メニューから消えて当然ですけど。

 それより「嘉麟樓」に限らず、香港のホテル内のレストランはもとより、海鮮料理を看板にする一応の店では、「金山翅」、ことに「海虎翅」を「生翅」とし、あるいは「裙翅」を看板にしているのがほとんどです。
 「よしきり/牙揀翅」か「もうか/摩加翅」による「紅焼」や「清湯」のふかひれ料理は滅多にみかけない。あるとして、「包翅」として、だしに工夫を凝らし、ふかひれの煮込み鍋に使われるているのがせいぜいです。

 その理由は、以前にもふれてきた通り、「よしきり/牙揀翅」、「もうか/摩加翅」には独特のクセ、匂いがあって、香港の広東料理式のふかひれ料理、ことに「紅焼」や「清湯」にはいささか不向き、というのは地元の料理人の多くが認めるところ。
 そのクセ、匂いをいかになくして、様々な料理に活用、というのが現実、ってことですから。

 「あの「よしきり」や「もうか」でもいいんですが、ここでふかひれの原ヒレ戻して、調理してるんでしょうか?」と尋ねてみても、黒服の女性の返事は要領を得ない。

 ふかひれの料理を食べたいと思ってましたが、あきらめました。なんといっても、気仙沼のふかひれを使った醬油煮込みの値段は1万5千800円。試すにはリスクがありすぎる、と考えて当然でしょう。

 なら、スープを何か、ということで「例湯(本日のスープってとこです)は何ですか?」と尋ねたら、「「例湯」のご用意はございません」」と、黒服の女性はきっぱり。
 「をいをい!嘉麟樓なら、顧客用に例湯を用意することもあるんだけど」と、言いたいところをぐっと我慢。 なんせ、私、丸の内のザ・ペニンシュラのヘイフンテラスに出かけるのは初めてのこと。顧客なんかじゃありませんから!

 「なら、お勧めのスープは?」と尋ねたら、「瑶柱羹」やら「西湖牛肉羹」などがずらりと並べたてられた。ほとんどがメニューに並んでいるスープばかり。
 「あのう、今日は宴会じゃないんで!」と、さらに言いたいのをぐっと我慢。

 ちなみに、グーグルで「ヘイフンテラス」を検索すると、そのトップには「ザ・ペニンシュラ香港の広東料理レストラン「スプリングムーン」と同じ味をお楽しみいただけるヘイフンテラスは一皿ごとにお客様を魅了することでしょう。」なんて、一文が。

 そう、以前はそれをクリックすると、ヘイフンテラスの紹介サイトに飛んで、同じ一文が。 ところが、いつのまにか、その紹介、変わっってました。
 あれは「白い恋人」?、それとも「赤福」に「お福餅」? それとも「船場吉兆」の一件があってからかな。あ、関係ないことかもしれません。

 もうひとつ、グーグルすれば登場するヘイフンテラスの紹介に、「「ザ・ペニンシュラ香港」の味を再現する」、なんてのがあります。

 なんでも、「本場の味を再現するのが「ヘイフンテラス」」、だそうで、「「ザ・ペニンシュラ香港」内にある中国レストラン「スプリングムーン(麒麟楼)(*をいをい、嘉麟樓でしょ?)」の姉妹店。現地のメニューに日本の四季折々の食材を加え、コースから飲茶まで幅広く提供します」。

 それを見て、そうだったのかと、後で納得しました。
 日本の四季折々の素材、だけじゃなくて、日本の素材を使って、というのが、ザ・ペニンシュラのヘイフンテラスの料理の鍵、ポイントのひとつ、だったのですね。

 だから「気仙沼」で水揚げされたふかひれだったのか、と。 その種類、いまだ不明です。原ビレを入手して、もどして調理しているのかどうか、ってこともです。

 ヘイフンテラスでの料理撮影は、「あの、お客様~」ということで禁止です。 今回は画像なし。画像なしのコラムが続きます。

 けど、なんでdancyuの小山薫堂さんのコラムに、ポラロイドでとった写真が掲載されてるの? 
 内緒で撮ったやつ、なんですかね~ 

2008/02/09

「冬の広東地方の郷土料理」(5)


 さて、7品続いて、それで終わったわけではない。

 そう、中国料理の宴会、家族や友人と食事を一緒にする時だって、7品にはしない。それは、弔いのお供えの数ですから。それに、日頃気心の知れた、それこそ気の置けない仲間との食事ですが、一応、「宴」というともあって、縁起を担いで料理8品を基本に考えます。

 最後の締めくくりは、麵か飯。
 当夜の主宰者、メインは青木さん。ということでその内容は青木さんにおまかせというつもりでしたが、青木さん、その決定をゲストの斉藤さんにまかせました。

 斉藤さんのリクエストは「麵」。しかも、汁そば。
 「さっぱり、あっさりのがいいなあ!」、と。
 そんなことなら「上湯麵」以外にない。

 斉藤さんの言葉には大いに納得。
 というのも、今回のコース、前半のハイライトが大分、日田産の「梨子鹿」の異なる部位の料理が2品。後半のメインが「八寶鴨」。しかも、本来は8人から10人の宴会でもOK、という分量を4人でしっかり平らげたのですから。

 ということなら、「麵」でも「飯」でもなく「粉」。
 そうです「米粉(ビーフン)」の汁物ってのも、悪くはない選択。
 ですが「上湯麵」と思い浮かべた途端、すっかりその気分になりました。

  「上湯麵」は、麵の触感、味わいもさることながら、だしが決め手。具は青菜と「火腿」の細切りだけ。それが、何とも、しみじみとして味わい深い。
 といって、オヤジ、じじい好みな、いぶし銀系の滋味豊かな、っていうようなものでもない。
 なんといっても、だしに張りがありますから。
 といって、いきなりガツンときて「ンメー!」と叫んじゃうような、レトルト、インスタント食品育ちで、塩味たっぷりな味に慣れっこな、今時、アダルトグルメ系の脳天を刺激するようなものでもない。

 最初はすっきり。
 やがて、じわじわとだしの旨さが広がっていく。
 「ねえ、これ、結構、味、しっかりしてるね!」
 というように、麵を頬張り、だしを味わううちに、その美味が浮かび上がる。

 「上湯麵」の旨さ、余韻に引きずられ、食事の締めくくり、デザートのことをすっかり忘れてしまったほどでした。

 そこに、登場したのが、甘い点心。
 クスっと笑みが浮かんで、幸せな気分になりました。


2008/02/08

「冬の広東地方の郷土料理」(4)



 さて、「冬の広東地方の郷土料理」、当日のメニューは以下の通りとなりました。


①例湯(青紅蘿蔔牛尾湯、大根と人参、牛テールの煮込みスープ)

②焼雲腿炒梨子鹿片(鹿のフィレ肉、火腿の揚げ物添え)

③椒鹽焗圍蝦(殻つきえびの塩、唐辛子風味)

④紅炆梨子鹿肉双冬煲菠菜(鹿鞍下肉の煮込み、日本ほうれん草添え)

⑤豉油王百花蒸釀豆腐(えびのすり身のせ豆腐の蒸し物、たまり醬油風味)

⑥八寶鴨(八種の具材入り、家鴨の煮込み)

⑦腿茸鴿蛋扒芥胆(鳩の卵の油通しと芥胆、火腿の微塵入りとろみあんかけ)


 ①は埼玉、東松山の農業、加藤紀行さんのビタミン大根と人参、それに牛のテールを煮込んだもの。ビタミン大根の滋味、人参の自然な甘さがしっかりと生きた煲湯です。
 以前、同じビタミン大根と人参に、牛の脛肉を組み合わせたスープを試したことがありますが、牛尾になると、牛の脂分も増えて味も濃厚。その人参と牛の脂の甘さもあって、本来ひつような棗は入れないでおいた、というのもうなずけます。

 ②の「梨子鹿」のフィレ。緻密で繊細な肉質、フルーティな味わいと、衣をつけて揚げた火腿のしっかりした塩味、醗酵味、旨味が織り成す美味は、見事でした。青木さんご持参のリシュブールとの相性もぴったり。

 ③は、狙いが当たって、目の前に運ばれてきた途端、蝦の殻の香ばしさが鼻腔をくすぐり、②の官能的な甘い濃密な余韻を瞬時に忘れさせる。

 殻付ききのままの蝦にむしゃぶりつくと、しっかりの塩味。同時に、ヒリっとした辛味。パリサクの殻も食べたくなる。で、殻を噛み締めると、すっと歯が入るえびの肉はレア。噛み締めると、甘味、ジューシーな味わいがほとばしる。きりりと味を引き締める、塩味、辛味との対比、バランスにうっとりとなしました。

  この手の料理には、やはり、シャンパーニュのピンク。
  実は青木さん、今回の宴の幕開けに用意してくれたのがシャンパーニューのロゼです。それをこの一皿のために残しておきましたが、大正解! 文句なしの組み合わせでした。


 そして④。「野味」を素材した広東料理の伝統的な料理手法では、もっともオーソドックスな柱候醬の味付けで、二湯で煮込んだ料理。腐乳にレモンの葉の千切りを沿えたたれも登場。先に「野味宴」でも味わってきたのと同じ料理。

 ですが、噛み締め、頬張った肉の様子からすると、「野味宴」の時の「梨仔鹿」よりも、いささか成長した仔鹿の様子。噛み締めた時の、歯が肉にはいる感触が違いました。きめ細かで繊細な柔らかい肉質ですが、味は濃密。少しばかり野味がかった印象。

 そんな「梨子鹿」の鞍下肉、なんだか、旨いラムの鞍下肉を食べたときの、触感、味、風味が思い浮かぶ。もっとも、鹿肉、ですから清廉。それにこれまで私が食べてきた蝦夷鹿の、濃密さ、コク、クセとも異なる。それでいて、腐乳のたれをつけてしっかり鹿肉としての味わいを主張。この料理にも、リシュブールはぴったり。


 それに続いたのが⑤。
 豆腐、もしくは、魚介の蒸し物か揚げ物、というリクエストに応えて登場したえびのすり身のせ豆腐の蒸し物、たまり醬油風味。 口代わり、というよりもなんだか心和む一品。結構、我家でも作ったりしますから。ですが、だしの按配、それに豆腐の蒸し加減が違いました。

 なんてことないシンプルな料理ですが、シンプルさに秘めた奥深さ、っていうのが、やはり福臨門ならではの調理と調味。


 そして「梨子鹿」の2品と並ぶ、当夜のハイライトの「八寶鴨」について、前述の通り。
 それに続いて、おまかせにした野菜。
 これがなんと、当夜のビッグ・サプライズ。予想もしてませんでした。

 素材のひとつは加藤紀行さんが栽培した芥胆。それに、なんと、鳩の卵の鴿蛋。衣をつけて油通ししたようすで、卵の表面はパリサクの状態。そこに、火腿の微塵をまぶしたくずひきのとろみ。

 鳩の卵の白身は、半透明。
 火の通った黄身は、菜の花に似た色あい。
 噛み締めると半透明の白身がぷるんと弾け、ねっとりとしてぬめりがあるコクが顔を覗かせる。
 鳩の卵は美味です。

 そして、芥胆。まだ若いせいか、芥子菜の辛味、よりも、ほろ苦さが。
 そのほろ苦さ「春遠からじ」、のあのほろ苦さ。

 画像は「椒鹽焗圍蝦(殻つきえびの塩、唐辛子風味)」と、「腿茸鴿蛋扒芥胆(鳩の卵の油通しと芥胆、火腿の微塵入りとろみあんかけ)」。

2008/02/07

恭喜發財

本日は農歴(旧暦)の1月1日、お正月です。
 昨日、我家に届いた「年糕」が旨かった。市販の「年糕」は派手に色々飾りたてられ、極彩色模様。それにくらべて「蘿蔔糕」も「芋頭糕」も、すっきりとシンプル。
 「蘿蔔糕」は、蝦米などが入って、大根のひりからの滋味が味わい深い。しっかり塩味も利いていて、素朴な味。なのに気品がある。
 「芋頭糕」は、ほくほくの芋のぬめり、粘りに「油鴨」のあのこくのある味、風味が混じって、「荔芋油鴨煲」を食べてるような感じでした。




節分、立春、除夜、春節


 3日が節分で、4日が立春。そして今夜は農歴(旧暦)の除夜で、明日が春節。
 今年も「丸かじり」の寿司を巻きました。
 去年はかみさんがパリ、フィレンツエ、ロンドンにでかけていたもので、ひとりお留守番。ですが「丸かじり」の寿司を巻きました。
 今年の節分、日曜日で、かみさんの中国語講座の日。メンバーのみんなに「丸かじり」の寿司をおすそ分け、ということになったので、寿司巻き担当の私、早くから叩き起こされ、眠くい目をこすりしばたかせながら、せっせと巻きました。一体、何本巻いたことやら。
 夜には南南東の方角に向かい、いわしを食べながら、一本丸かじり。
 昨年も書いたことですが、ここんとこ節分になれば「丸かじり寿司」は、東京はじめ、全国的に定着したそうで。
 家の前にあるセブン・イレブンではかなり前から太巻きの予約を受け付け。
 夜になってミネラル・ウォーターを買いにでかけた近所のスーパーでは、すでに「丸かじり」の太巻きが30%オフ!しかし、陳列されたパック入りの太巻きを見てびっくり。
 具がびっしりの太巻きはともかく、海鮮太巻きはじめ、各種のヴァリエーションあり、でしたから。
 大阪あたりで長年「丸かじり」の風習を守ってきた人なら「丸かじり」の太巻きの具は、精進物が普通のはず。唯一、精進を外れる具は卵焼き。
 と思ってたら、ちょっとヒットしたブログ、なんでも大阪のフードライターと思しき女史、海鮮巻きの「丸かじり」を食べたことを記してあったのに、思わず「をいをい!」。
 生の胡瓜を入れたり、アボガド入れたりなんて、まるでカリフォルニア式の節分の丸かじり太巻き。
 今年も節分前に、伊勢の木野本海苔店に答志島産の新海苔の「乾海苔」を注文。
 「今年、収穫した海苔なんですが、いつもに比べて……」と、木野本健造さん。
 ですが、到着した海苔をつまんでみると、関西人には懐かしい伊勢の海苔。
 浅草、有明などの「女海苔」とは違って、しっかりと頑丈な「男海苔」。
 噛み締めれば、味も風味も豊かです。
 そう、我家の「丸かじり」の太巻きに、答志島の海苔は欠かせない。

 そして、立春を迎え、本日は農歴(旧暦)の大晦日の除夜の日。
 嬉しいことに、春節に欠かせない「年糕」が届きました。
 ひとつは大根餅の「蘿蔔糕」。もうひとつはタロ芋で作った「芋頭糕」。
 その見映え、シンプルでエレガント。
 真心のこもった「年糕」だったのに、思わずうっとり。
 普通「年糕」は、煎り焼きにしたりしますが、優しく蒸して食べたくなりました。




2008/02/05

「冬の広東地方の郷土料理」(3)


 「冬の広東地方の郷土料理」とはいうものの、香港で冬に味わえる料理の素材、日本での調達は難しい。
 そんなことからまず大分、日田産の鹿肉、それも異なる部位を素材した料理を2品。それに「八寶鴿」に代えて、銀座の福臨門でOKということになった「八寶鴨」が、今回のハイライト。
 しかし「八寶鴨」は、本来は最低でも6人、普通は8人から10人用で、プライベートな宴会でなく、本格的な宴席にも通用する料理。それらをメインに据えて、他のメニュー、コースの設定はどうするか。
  本格的な宴席、宴会料理ということであれば、やはり干貨素材を使った大菜がないと格好がつかない。干し鮑、それに近頃値段が高騰気味な魚の浮袋はさておくとして、ふかひれ、なまこ、干貝柱を素材にした料理、ってことになる。
 「そうだ!」と思いついたのが、ここんとこ「懷舊菜」、昔懐かしい料理の復活が話題の香港で、再脚光を浴びつつある昔ながらのふかひれのスープの魚翅湯。それも、鶏の細切りと煮込んだ「鶏絲魚翅湯」にするのも一興だ。
 もしくは、干し貝柱の「瑶柱」、魚の浮き袋の「花膠」の細切りに、黄韮を加えた羹仕立ての「韮黄瑶柱花膠羹」と言う選択も、案外渋い選択。それもまた香港じゃ、近頃、人気再燃の様子。
 それに旧正月、香港の春節に必ず料理店のメニュー並ぶ縁起を担いだ料理のいくつか、例えば干した牡蠣と髪菜の煮込みの「發財好市」、丸ごとの大蒜と干し貝柱の煮込み料理の「蒜子瑶柱脯」なんてのもある。大菜としてもうってつけ。
 実にディープでマニアックな伝統的な広東料理の数々、紛れもなく「本地菜」の数々です。

 が、まてよ、青木さんはともかく、そこまでディープな選択だと、他のメンバーにウけるかどうか。
 それに「八寶鴨」が今回のハイライト。
 なら、煮込み風の味付けの料理が重複しかねない、ってことから考慮の余地、必要もありだ。
 そう、コースの設定で肝心なのは、素材、味付けが重ならない。それに、味、風味、香り、触感の変化というのも重要な課題、テーマです。
 そこで思い立ったのは、この時期の旬の野菜、冬野菜。
 埼玉、東松山、加藤紀行さんの野菜です。
 冬場に入ってからの青菜、ことにひと霜が降りたあとのほうれん草が旨い。それも、在来種の日本ほうれん草。刃先がとがり気味の剣葉で、ピンク色した根っ子がほくほくとしていて旨い。特に「梨子鹿」の鞍下肉の煮込みの付け合せにはうってつけ。

 それから根菜。大根と人参がある。
 加藤さんのこの時期の大根は、大蔵、ビタミン、沖縄と3種ある。大蔵は煮込み、ビタミン大根はスープの煲湯の具材向き。人参と一緒に煮込むと実に美味。
 もっとも、大根と人参だけでは旨味が不足。ということで、牛の脛肉、筋肉、テール、もしくは、豚の脛肉、スペアリブを組み合わせるか。
 それは、福臨門にまかせて、ともかく、老火湯、煲湯を考えた。
 さらに、加藤さんが初めて試みた芥菜がいい感じに育っている。芥菜の茎、つまりは芥胆を使った料理も可能だ。

 以上のことから組み立てたコースは以下の通り。
①例湯(青紅蘿蔔湯、大根と人参の煮込みスープ)
②焼雲腿炒梨子鹿片(鹿のフィレ肉、火腿の揚げ物添え)
③椒鹽焗圍蝦(殻つきえびの塩、唐辛子風味)
④紅炆梨子鹿肉双冬煲菠菜(鹿鞍下肉の煮込み、ほうれん草添え)
⑤豆腐料理、蒸し物か煎り焼きか揚げ物
⑥八寶鴨(八種の具材いり、家鴨の煮込み)
⑦清炒芥胆菜
⑧麵/飯
 ②の焼雲腿(火腿の揚げ物)添え。先に大分、日田産の「梨子鹿」のフィレ肉をたべて、その柔らかさ、フルーティな肉質、持ち味から、もしかしてこれは塩味がしっかりで、醗酵味、旨味のある焼雲腿(火腿の揚げ物)を添えて、鹿肉と一緒に食べ合わせると、グッドかも、という発想から。後で知ったことですが、福臨門の冬のコース料理の一品に組み入れられてました。
 ③は海鮮を、ということから素材としては、えび、たいらぎ/貝柱、小魚などを考えた。で、素材をえびにして、調理方法、調味は先に「梨子鹿」の炒め物があることから、触感、味、風味を変え、「煎」、「炸/油浸」、もしくは「蒸」、それに、めりはりの利いた味付けで。しかも、中えび、小えびの殻付きなら一層、風味が増す。
 ②の味、風味の余韻を楽しみながら、ガラリと味、風味の変化を楽しむにはうってつけ。素材のえびへの親しみ、なじみやすさも効果的。おまけに、続いて「梨子鹿」のしっかりした煮込みが登場。といったことから「椒鹽焗」、塩、生唐辛子風味の揚げ物で。
 そして、煮込みの料理の「紅炆梨子鹿肉双冬煲」で、「梨子鹿」の旨さ、伝統的な手法による調理、味付けをしっかり味わった後で、⑤はいわば口直し。それには「豆腐」か、②同様に素材、調理、味付けの海鮮の魚介も良い。
 が、続いて、煮込みのしっかり味の「八寶鴨」が登場。しかも、ヴォリュームたっぷり。ってことからすると、やはり豆腐。蒸し物か、煎り焼きってことで、料理内容は総料理長におまかせ。
 それから野菜。
 締めくくりは、麵か飯。
 画像は、②の「焼雲腿炒梨子鹿片」。
 柔らかくてクセがなく、淡白でフルーティーな味わいの「梨子鹿」のフィレ。「火腿」の極上の部位に衣をつけて揚げた「焼雲腿」の組み合わせは、絶妙でした。
 仔鳩肉に「焼雲腿」を組み合わせた陸羽茶室の「焼雲腿鴿片」を思い出したりしました。
 しかし、大分、日田市産の「梨子鹿」のフィレの肉質は、仔鳩よりも緻密で繊細でした。

2008/02/04

「冬の広東地方の郷土料理」(2)


 それにしても「八寶鴨」、その量はたっぷり。
 鳩にふかひれを詰めて鮑汁で煮込んだ「仙鶴神針」を「あの量では、食べ足りない!」と言ってた青木さんも、さすがに4人で分けた「八寶鴨」の分量には驚いた様子。本来は6~8人用で、宴会料理の一品として登場する料理ですから。

 実は今回、当初、6人が参加、という話もあった。そんなことも「八寶鴿」を「八寶鴨」に変更した理由のひとつ。それ以前に、「八寶鴿」もさることながら、なんとかして日本で「八寶鴨」を食べられないものか、とはかねてからの念願、懸案事項としてその実現を銀座の福臨門にリクエスト。

 ところが「八寶鴨」を実現するのにふさわしい「家鴨」が日本では見つからない、見つけ難い、というのが最大の課題、テーマでした。
 「え? 家鴨って、日本にもあるでしょうが? だって、北京ダックってそうでしょ?」と「八寶鴨」にふさわしい「家鴨」を探し始めた私に、親切に教えてくれた人もいます。
 「ン!?、いや、あの~、探してるのは北京ダックや焼鴨、ほら、ロースト・ダックね、そいうのに使われてる「家鴨」じゃなくて、それよりも若くて、身が柔らかくって、肉質も濃くなくて、淡白なやつ。言ってみれば、ひな鴨ってとこかな。
 あ、そうだ、以前は、中国本土から北京ダック用の家鴨が輸入されてたんだけど、日本への輸入禁止品目になったり、その後、例のSARSの一件もあって、日本にはこなくなっちゃったみたい。最近はどうなんだろ?って、知らないんだけど。一羽丸ごとの冷凍物、ね。それ以前には、北京ダックだけじゃなくて、「樟茶鴨」、スモーク・ダックね、製品化されたのが日本にも来てたんだけど、硝石かなんか使ってるらしくて、肉の色が濃いの。味もそこそこでね」と、訳知り顔、知ったかぶりで話す私です。

 なんて書きながら、はて、誰もが好きな北京ダック、ですけど、今、日本の中国料理店で供されてる北京ダック、その素材の実態と実状、現状をつゆも知らない、ってことに愕然。こいつは調査の必要、ありですね。そ、冷凍の「餃子」の一件もあったことだし。
 もともと私自身、北京ダックにはさほど執着はない。食べるとしたら新宿の全聚徳にでかけるぐらいのもの。胸下のみぞおちの皮だけの部分を砂糖で食べる全聚徳の北京ダックの美味はたまらない。そんな全聚徳の北京ダックの「家鴨」は、北京ダックのためにだけに飼育されたもの、だったはず。(今度行ったら、再確認しておきます)。
 つまり、中国料理の「家鴨」、料理方法によって使いわける、というのが中国本土や香港では一般的。しかも、北方と南方では品種、飼育環境から、その差あり、ってことらしい。
 ところが、日本では「家鴨」そのものの需要が少なく、一般には広く流通はしていない、というのが現状、だそうで。ということから中国産の輸入が途絶えて以後、盛んに輸入されるようになったのが、台湾産のそれ。しかも、北京ダックだけでなく「焼鴨」の素材にしている店もあるようです。
 それ以外は、日本で一般に「鴨」として流通している「合鴨」で代用、という店も少なくない。それも、代用ってことじゃなく「家鴨」そのものへの認識の低さ、馴染みのなさから「家鴨」として調理という料理人も少なくないようです。私の知り合いの料理人もいましたから。
 
 ところが、日本で流通している「鴨」こと「合鴨」というのは、北京ダックには不向き、のはずなのですが、素材の持ち味、資質にはこだわらず、調理、調味で勝負、というのがほとんどの日本の中国料理店、料理人は、そんなことはおかまいなし、のようです。
 もちろん、素材の吟味にうるさい料理人もいて、そういう人たちは、台湾産、あるいは、イギリス、フランス、カナダなど、海外で飼育されている「家鴨」を使用。ところが、、欧米の「家鴨」の大半は、「北京ダック」、「焼鴨」のために飼育されている中国、台湾産のものに比べ、「鴨」に近く、肉質がしっかりで、味も濃い。
 
 そう、中国、香港、台湾の「家鴨」は、肉質はしっかりでも、味はいささか淡白。ともあれ、欧米の「家鴨」の資質、持ち味を見計らって、調理、味付けを施す、ってことになる。日本にもいます、そんな姿勢を貫く意欲あふれる料理人が。頼もしい限りです。

 話戻って、銀座・福臨門、青木さん主宰の「冬の広東地方の郷土料理」に登場した「八寶鴨」。それにふさわしい素材が見つかった、という話を聞いてみると、これがなんとフランス産の「家鴨」。それも小ぶりの物でした。どうやら、バリバリー種のものらしい。

 それを物語るように、調理、味付けは広東料理の「八寶鴨」を踏襲。しかし、肉質がしっかりで、味が濃い。その按配をしっかり見計らい、資質に合わせて、しっかりした味付け。それでいて、上品で洗練されている。
 かつて福臨門の香港島店で食べた「八寶鴨」とは「家鴨」の資質、持ち味は違いました。けど、調理、味付けは抜群、文句なし。97年のグラムノン、シラー種ですが、これが案外ぴったりでした。
 ちなみに、詰め物は、糯米、はと麦、干椎茸、蓮の実など。呉さんからその中味を聞くのを忘れてしまったので、今度、改めて尋ねておきます。
 で、画像は、切り分けた「八寶鴨」のひとり分。みなさん、しっかり平らげました。

2008/02/03

「冬の広東地方の郷土料理」(1)

 昨年の8月の「夏の広東地方の郷土料理」、11月の「秋の広東地方の郷土料理」に続いて、クリエイティヴ・プランナーでディレクター、デザイナーでもある青木保夫さん主宰の銀座・福臨門での「冬の広東地方の郷土料理」が実現。
 青木さんもさることながら、広東地方の郷土料理の取り憑かれたBMGの藤原君が、その実現になんとも熱心。今回は、藤原君の誘いで元EMIの斉藤正明さんもゲスト参加。
 その斉藤さん、東京でもコンサートでばったり、なんてこともありますが、それよりも香港や上海などで出くわして、会えば昔話に花が咲く、といった長年の知り合いです。ところが、食事を一緒するなんて機会がなくって、今回が初めてのことでした。

 さて、今回の「冬の広東地方の郷土料理」。これまで触れてきた香港の「冬の野味」をなんとか実現したかった。ですが、「蛇」、「果子狸」、「花錦鱔」、梧州産の「山瑞」、「羊腩煲」など、素材そのものが日本では調達、入手が不可能。
 梧州産の「山瑞」は日本産の「水魚」に、「羊腩煲」もマトンやラムに代えることも出来る。そういえば、この時期、フレンチ、イタリアンでは、ゲームを素材にした料理がメニューに並ぶ。そんなところから素材を調達し、広東料理の伝統的な手法、味付けで、ということも不可能ではないはず。

 とはいえ、まずは本場、広東地方で入手可能な素材に準じたものを使い、伝統的な調理方法、調味で実現、というのが東京、銀座、それに、丸の内、名古屋、大阪にある福臨門の基本方針。広東地方の素材の入手が不可能なら、出来る限り香港で使っている素材と同様、もしくは、近しいもの、なおかつ良質な素材のものを調達。しかも、調達した素材の資質、持ち味を見極め、それを最大限に生かす調理、調味を実践。
 そんな徹底的な追求の姿勢、方針の実践は、日本の中国料理店ではなかなか見られません。素材の持ち味、特質の吟味よりも、その種の素材を入手出来たことだけで、無条件にその種の素材を取り入れ、本場式、というか、広東料理の調理、味付けの手法で「らしきもの」を提供、というのがほとんどですから 。
 それが、福臨門の場合、例えば、日本で調達可能になった鳩。原種はフランス産で、日本での飼育状況、肉質、持ち味は、香港で使用しているそれとは異なる。という点を見極めて、調理。
 鳩に限らずスッポン等の類、それに、野菜などもそうです。それは、これまでにも触れてきた通り。ともあれ、あくまで素材重視。素材の持ち味、特質を見極め、それをいかに広東料理の伝統的な調理、調味で、料理を提供するか、という積極的かつ意欲的な姿勢、それこそ、私が福臨門を愛してやまない理由のひとつです。

 さて、今回、メインの料理となったのは、これまでにも紹介してきた大分、日田産の鹿肉の料理。それも、部位を使い分けた2品をメニューに組み入れました。それからもう一品、「秋の広東地方の郷土料理」のハイライトだった、鳩にふかひれを詰めて鮑汁で煮込んだ「仙鶴神針」が、再登場の預訂でした。
 というのも、「4人で一羽は食い足りない!」との青木さんの話もあったからです。確かに、「仙鶴神仙」は、昨年、私が出会った料理の中でもベスト・ワン、ナンバー・ワンの一品。もう一度味わいたい、とは思ったものの、他に鳩を素材にした料理が頭をよぎった。
 それは、鳩に糯米はじめ色々な詰め物を施して、蒸すか、煮込んで、とろみあんかけを施した「八寶鴿」。それが、銀座の福臨門でも実現可能だと知って、青木さんにもその話をもちかけた。それが、なんと、鳩ではなく、家鴨でもその料理が可能と知って、俄然、色めき立ちました。そう、「八寶鴿」じゃなくって「八寶鴨」です。
 福臨門で「八寶鴨」を食べたのは、かれこれ20年近く昔のこと、だったでしょうか。「PRIME GARDEN」誌の香港取材を手伝うことになった際、福臨門の徐維均さんに、「昔、福臨門が出張料理をやっていた頃の料理で、何か面白い物ありませんか?」とせっついて、作ってもらったのが「八寶鴨」。
 その「八寶鴨」、今でも伝統的な広東料理を看板にする店でありつけます。例えば、飲茶で有名ですが、夜の料理も見逃せない「蓮香樓」の看板メニューのひとつ。調理、味付けはいささか乱暴だったりしますが、試す価値はありますから。
 それに「懷舊菜」、昔懐かしい味、料理の再現がここ数年の最新ノトレンドのひとつである香港では、その料理を看板にしている店は他にいくつもあります。もっとも、たいていの場合、要予約、ってことですが。
 ともあれ、色々な店で「八寶鴨」を食べてきましたが、極めつけはやはり福臨門のそれ。「八寶鴨」を味わえる、というだけでも大いに盛り上がりました。
 画像はその「八寶鴨」。出来上がり。そして、切り分けた後のものです。


2008/01/30

冬の風物、野味宴(6)


 さて、福臨門の猪肉の料理。それより、香港で猪を食べるのかどうか。その点を香港生まれのミッシェルに尋ねたら、彼女、これまで一回も食べたことがない、話にも聞いたことがないという。
 ネットで調べてみたところ、雲南あたりでは猪を食べ、ことに頭が好まれる、なんてのを見つけました。ところが香港では、新界に野豬が出没し、農産物に被害をもたらす、なんてニュースがほとんどで、料理に関することは見つけられない。
 日本の福臨門の総料理長の呉さんも、猪を料理にするのは初めだそうで、思案にくれた様子です。
 料理方法として考えられるのは「果子狸」や今回の「梨子鹿」の胸肉の部位の料理と同じく、柱候醬で調味し、二湯(二番だし)で煮込む野味素材特有の伝統的な料理手法と味付け。ことに赤身のこくのある肉質はそれ向き。ですが、先に「梨子鹿」をその料理方法でと決めていたので、今回はパス。
 となると豚の料理から猪向きにアレンジ。ということで、提案があったのが、大根と人参、もしくは、タロ芋との炒め煮込み鍋。それとも、漬物の「梅菜」を使って「梅菜扣肉」風に、というアイデアもあり。
 その「梅菜扣肉」風に俄然興味を覚え、リクエスト。
 というのも、猪肉の味、風味の魅力のひとつは脂にあり。そう、牛、豚、羊、子羊の料理では、それぞれが持つ脂こそが、味、風味を引き立てる。それぞれがもつ脂をどうやって生かすかが料理の決め手、出来栄えを決めるからです。呉さん、まずは猪の肉を「煎」、つまりは焼付け、紹興酒などを調味料に、二湯で煮込んだそうな。ともあれ、猪の脂と赤身、その持ち味、資質をどうやって生かすか、ってことが課題になった様子。
 さて、仕上がった「梅菜扣野豬」、猪の脂、それに赤身の味、風味を巧みにいかしたものでした。おまけに「梅菜」の甘味、醗酵味の酸味、旨味も効果的。「牡丹鍋」もいいですけど、味噌味仕立てでは途中で飽きる。そんな鍋仕立てとはまったく発想のことなる広東料理の伝統的な料理手法を踏襲した一品。お代わりしたくなるほどでした。
 これなら、猪を豚肉同様に、蒸したり、煮込んだりもできるはず。しかも、広東料理ならではの料理手法、調味で、猪特有の味、風味、クセをいかした料理が出来ると私は確信。
 ですが、猪を素材にした料理に、香港の人が関心を持つかどうか。日本の人が広東料理式の調理、味付けによる猪の料理に関心を持つかどうか……。
 ともあれ、大分、日田市産の「梨子鹿」、それに「野猪」は、日本でしか味わえない。しかも、広東料理の手法による調理、調味によるもの。日本でしか味わえない広東料理による「野味宴」に、大いに盛り上がった私でありました。

 画像は「梅菜扣野豬」です。

2008/01/28

冬の風物、野味宴(5)

 大分の日田産の鹿の美味。
 「冬筍炒梨子鹿片」と「紅炆梨子肉」、どっちがいいの?って尋ねられたら「どっちも!」ときっぱり答えます。久々の鹿肉との出会いもさることながら、その肉質、おまけに部位によって味、風味がビミョーに異なる。

 かつて香港で食べたことがある鹿の料理といえば「黄猄」を素材にしたバーベキューと煮込み鍋。大分の日田産の「梨子鹿」は仔鹿でも「黄猄」よりも幾分か成長している様子。肉の柔らかさ、味、風味がそれを物語る。それに、福臨門ならではの伝統的な広東料理の「野味」の料理の手法を踏襲した洗練の美味だったってことも見逃せません。

 そんな「梨子鹿」とともに、同じ大分の日田で収穫した「猪」が銀座の福臨門に届いているという話に、色めき立った。
 奇しくも昨年の暮れ、宮崎在住のかみさんの友達から「猪」が贈り届けられた。

 脂と肉の比率が半分ずつ、牛や豚で言えばロースと思しき部位の冷凍物。牡丹鍋のことを思い浮かべて、思わず涎がこぼれたほど。一体、こいつをどうやって食べようかと冷凍庫を開ける度に思案を重ねていたところです。

 そこに福臨門に猪が到着という話。しかも、生肉だと知って、日和りました!
 そりゃ、冷凍よりも、生肉でしょう!

 猪と言えば、思い出すのは牡丹鍋。もっとも、最初に食べたのは、我が家流。本格的なそれを食べたのは、それからずっと後になってから。

 我が父、親父は銃砲取り扱いの免許を所持し、冬には狩猟にも出かけてました。そんなことから、冬場になれば親父の収穫物、猟友会の仲間から届く野鳥、猪、鹿肉などがいつもありました。台所の横の物置きに、新聞紙にくるまれた野鳥がぶら下がっていたりしたものです。収穫してもすぐにはさばかず、肉を蒸らし、寝かせていたわけです。で、捌くとなると、羽むしりから。というわけで、雉や野鴨の毛むしりを手伝わされました。

 雉や野鴨はたいてい場合、親父の好みもあってすき焼き風か七輪を取り出して焼き鳥風、つまりはバーベキュー。 「これでいいの?ね、ね?」などと親父にお伺いを立てながら、雉や鴨も焼いたこともあります。
 猪の肉は親父の収穫ってこともありましたが、たいていは猟友会の仲間からのおすそ分けだったようで。ともかく、親父が肉の塊をそぎ切りにし、ダシに味噌仕立ての鍋にして食べました。というのが、私の牡丹鍋との最初の出会い。

  ある時、鍋にしても有り余るほどの猪の肉が我家に到来。猪だと牡丹鍋風に味噌味仕立て。ですが、毎日、牡丹鍋と言うのも飽きるもので、そこで我が母親、鍋で食べきれない猪肉の塊で、ハムもどきをこしらえた。猪の肉を茹でてから、燻すなどして見よう見真似でこしらえた物です。

 それまでに牛の舌を煮込んだり、塩漬けにして茹でて作ったコンタンもどきがなかなかの味、だったからじゃないかと思います。牛舌を煮込んだり、茹でたりするのも七輪で。七輪の火を起こしたり、火加減を見るのは、最初は母親、やがて私の役割になりました。

 猪の肉の塊でハムもどきを作った、とはいっても、昔のことですから、香味野菜といえば生姜に葱。スパイスも山椒、白胡椒ぐらいなもの。もちろん、市販の粉末のもの。粒胡椒なんかではありません。
 そう、黒胡椒はおろか、気の利いたスパイス類、ハーブの類など我家には皆無。当時、昭和20年代後半から30年代にかけて、一般の家庭には、そんなものはありませんでした。
 いや、もしかして、ベイ・リーフぐらいはあったかも。

 さて、我が母親がこしらえたハムもどき。猪の肉は旨いものの、香り、というよりも匂いが強烈。それが食卓に上った日の夜、一応は誰もが口にした。しかし、それ以後は誰も口にしない。私といえばそのクセのある味、香りというよりも匂いのする猪肉のハムもどきに病みつきになって、毎日、ひたすら食べ続け、すべてを平らげました。

 そういえばNHK-TVの「男の食彩」のキャスターを務めていた頃、陶芸家の鯉江良治さんのご自慢料理を紹介した際、近隣の方のおすそ分け、という猪肉の鍋を御馳走になったこともありました。

 画像は親父(左)と仕事仲間だった井上さん。親父の足元のポインターは、確か、この写真を撮った猟友会の人のもの。一時、我家にいたこともあります。その後、我家で飼っていたのはアイリッシュ、次いで、ゴードンのセッター。

 犬の散歩、それに、犬の食事の担当は私でした。
 生骨、生肉は猟犬には食べさせられないので、骨や筋肉を煮込んで犬の餌を作ります。
 私、牛の筋肉が何よりの好物なのですが、実は、犬の餌のために煮込んだ筋肉を、しょっちゅうつまみ食い。で、牛の筋肉の煮込みの病み付きになった、という次第であります。

2008/01/27

冬の風物、野味宴(4)


 日本で話題になり、実際に食べることが出来る中国料理の「野味」といえば、多くは「満漢全席」に登場する素材、料理がほとんどのようで。熊の掌、駱駝のこぶ、象の鼻や足、鹿のアキレス腱などです。

 熊の掌、象の鼻や足はともかく、駱駝のこぶや鹿のアキレス腱の料理は、上野毛の「吉華」はじめ、いくつかの店で食べたことがある。北京の北海公園にある彷膳飯店で開かれた、地元の知人の結婚式の祝宴でも、いずれの料理とも登場。
 それに比べ、広東地方で冬場に盛んな「野味」の料理が日本で食べられないのは、その存在があまり日本には知られていないこと。素材の調達が難しい、ってことがその理由にあげられるんじゃないかと思います。

 広東地方、広州や香港では、鮮度重視で、冷凍ものなどには目もくれない。生きた物を絞めて、即調理。もしくは、それなりに寝かせる。エイジング、ですね。広州の清平市場に出かければ、その光景を目の当たりにすることができます。
 日本でも広東地方の「野味」の料理を再現するにあたって、SARSの一件までは現地から調達可能なものもあった。が、SARS禍以後、ほとんどの物がダメ。以後、冷凍物が中心となり、検疫検査済のものだけでそれに対処、という店もあったようです。
 そういえば、昨年の暮れ間近、銀座の「麒麟」で「果子狸」に久々にご対面! といっても、柱候醬を使わずに「紅焼」式の調理方法で。
 「麒麟」の総料理長の松島徹さんは、もともと上海料理畑の出身ですが、中国各地の地方料理にも関心を持つ研究熱心で意欲的な料理人。実は、とある月例の会議の場所が「麒麟」。というわけで、毎月、松島さんの料理を食べ続けてるわけですが、毎回、必ず意表をついた料理が登場。そんな一品だったのが「紅焼果子狸」。なんと豪州産を入手したそうで、懐かしい「果子狸」とのご対面に盛り上がりました。が、同席の方々、「旨い!」とはいいつつも、あたまの上には「?」という感じでした。

 日本で入手可能な「野味」の素材といえば、すっぽん。それ以外では、エゾ鹿がある。が、私が出会ったものは、肉の味、風味がいささか野生ぽいクセがあり、肉質もいささか硬かった。フレンチ、イタリアンでのジビエ的調理に比べ、素材重視の調理による広東式の調理では、いまひとつの印象。
 鹿肉といえば、食べることと音楽の趣味が私とぴったりなショーン&宏美のローソン夫妻、ハンティングが趣味のショーンが以前送り届けてくれた収穫物の鹿の腿肉が、たまらない美味でした。肉質は緻密で繊細。舌にとろけるように柔らかい。といって、脂肪分は皆無。肉そのものが、やわらかく、草や果実を食んだグリーンでフルティーな味、風味がする。カルパッチョにしたら実に旨かった。

 そんな若い鹿肉の美味、風味を久々に堪能しました。美味しい鹿肉の料理が福臨門で食べられるから、と教えてくれたのはミッシェルです。
 香港でも冬場には鹿を食べます。もちろん「野味」の料理の一品として。といっても、東京などに届く野性的なクセのあるエゾ鹿のように大ぶりなものではなく、仔鹿の「黄猄」が中心。そのフィレ肉、アバラ肉を焼烤、つまりはバーベキュー風に調理したり、伝統的な料理手法で煮込んだものが、「広東新派」が流行した80年代半ばから90年代初頭までの香港で食べられました。
 そして今回の福臨門の鹿は大分の日田市の産。どうやら、日本鹿らしい。が、仔鹿ほどの大きさ、だそうで。なんでも、草や木の芽だけでなく、梨を食って育った、という話です。
 そのフィレ肉を素材に、筍と炒め合わせたのが「冬筍炒梨子鹿片」。やはり、肉質は緻密で繊細。すっと歯が通る柔らかさ。しかも、すんなり噛み切れる。噛み締めれれば、クセがなく清廉で、フルーティな味わい、風味が浮かび上がる。その鹿の心臓と肝臓の薄切りの炒めものをつまみ食いしましたが、これがまた繊細な美味でした。

 同じ鹿の肉でも、部位の異なる鞍下から胸バラのあたり。それを素材に柱候醬で調味し、煮込んだのが「紅炆梨子鹿肉」。鹿肉の塊の断面はルビー色。鴨や鳩肉のよう。が、血の気、血の味の濃さを感じない。フィレよりもしっかりした肉質。しかし、やはり繊細で緻密。がその部位の調理、味付けは「紅炆果子狸」のそれと同じ。
 「果子狸」の美味、風味を思いだしながら、けど、肉の質、味、風味は違う。やっぱり、鹿肉。繊細で緻密でしっとり。噛み締めれば、弾力がありながら、ぬめっと柔らかい。純で潤いのある肉の味、風味、洗練された調理の美味に、頬がゆるみっぱなしでした!

 画像は、2種の鹿の料理。「冬筍炒梨子鹿片」と「紅炆梨子肉」です。

2008/01/26

冬の風物、野味宴(3)


  私が香港にのめりこみ始めた80年代、香港では「新派広東」が食の最新のトレンドでした。

 今、手元になく、表題を失念ましたが、周富徳氏の監修のもと香港の食の最新事情を紹介した「専門料理」の別冊号がそれらを大々的に紹介。それをよりどころに色んな店にでかけ「新派広東」の実状をフィールドワークしたもんです。

 当時の「新派広東」にも色々な傾向があった。
 そのひとつは、仏伊を中心とした西洋料理、それに日本料理の素材をとり入れたもの。仏伊はじめ西洋料理の素材を積極的に取り入れた料理を相次いで生み出し、センセーションを呼んでいたのが、当時「凱悦酒店」にあった「凱悦軒」の料理長だった周中師傳。
 実状を明かせば「凱悦軒」のキッチンと、「凱悦酒店」の西洋料理部、及び西洋料理の「AMIGO」のキッチンは隣合わせ。ボス、つまりはホテルのオーナーから新しい料理を考案するよう言い渡され、興味をそそられる面白そうな素材を隣のキッチンから頂戴し、新しい料理を工夫、考案というのがそもそもきっかけ、だったそうな。

 一方、日本料理の素材の起用に積極的だったのが東海、利苑など、街中に誕生し、話題を呼んでいた料理店。しかも、日本の素材を起用、といっても、ししゃも、蟹かま、たくあんなどのお漬物の類、だったのには目を丸くしたもんです。

 折りしも香港では音楽、ファッションはじめ日本ブームがブレイク。食に関しても、ラーメン、炉端焼き、回転寿司が相次いで香港に紹介され、一挙に日本食ブームが到来。それまで日本料理といえば、日本人の経営、日本人の料理人による高級店が中心で、香港の一般庶民には手の届かない高値の花だった。

 それが、香港資本、香港の経営者によるラーメン、炉端焼き、回転寿司の登場が相次いで、一挙に大衆化。そうした背景もあって、新しい素材を求めていた広東料理店の経営者、料理人が、炉端焼きのメニューに並ぶ日本の料理、その素材に注目!というのが、要因だったのでは?と私はにらんでます。

 西洋、日本の素材を取り入れた新傾向と同時に、伝統的な広東料理が見直されるようになったことも「新派広東」では見逃せない。それも、前回触れてきた通り、香港の経済的な繁栄を背景に、消費熱が盛んとなり、とりわけ食への関心が持たれ、かつて富裕層を中心とした特権階級の口にしか入ることのなかった高級食材を素材にした料理が、脚光を浴びるようになった。

 まずはふかひれはじめとする干貨素材。それに、流通が整備され、供給が盛んになった新鮮な魚介による海鮮料理もそう。

  同時に、広東地方独特の伝統的な郷土料理、しかも、大半が稀少で貴重で高級な素材による「野味」料理が、脚光を浴び、もてはやされるようになった。
 先にふれた周富徳さんの「専門料理」の別冊号でも大きく取り上げられてました。それをたよりに、色んな店を訪ね、いろんな料理を食べました。

 沙田の「雅苑」では、店内の一角で生きたままの「野味」を檻で囲って飼育、なんていう「野味動物園」さながらの光景を目の当たりにしたもんです。また、同誌で、最新の店として紹介されいたのが「東海海鮮酒家」や「利苑」。

 「東海」はその後いくつかの支店、さらにはより大衆的な「鴻星」、高級志向の「海都」などを開店し、事業を拡大。「本地伝統新派」を看板に、広東料理の伝統料理、さらには中国各地の地方菜を積極的に取り入れた新しい料理を開発、提供し、現在に至ってます。「利苑」もその企業規模を拡大し、とくにここ数年は、伝統的な広東料理、昔懐かしい「懷舊菜」を現代化した料理で、若い人々の間で人気、評価を獲得。香港の最新の食事情を紹介した日本のガイドブックでも必ず取り上げられています。
 それにしても、当時、「果子狸」はじめ、「新派広東」で甦った伝統的な「野味」の料理、いったいどれぐらい食べたことやら。
 そんなことから、84年だったか85年だったか「BRUTUS」誌での香港を紹介した記事を手伝った際、「果子狸」などを紹介。
 その時、一緒だったのが、カメラマンの三浦憲治。毛をむしりとられ、下拵えをほどこした褐色の「果子狸」を目の当たりにして、目が点になったのを、私は見逃さなかった。三浦憲治はその体験を、後日、ブルータス誌で明かしたものです。
 色んな店で食べた「野味」の料理では、だんとつに素晴らしかったのは福臨門の「紅炆果子狸」と「紅炆花錦鱔」。凱悦軒の「古法扣果子狸」。素材の吟味と調理、味付けが、他の店とは異なり、群を抜いていました。
 今、手元にある当時の福臨門の冬の小菜のメニューを見れば「野味」として紹介されているのは「菊花會五蛇羹」、「淮杞花膠燉蜆鴨」、「蒜子火腩紅焼山瑞」、「焼焗 禾花鵲」などです。メニューにはないものの、素材の入荷があれば顧客に伝え、供していたのが「紅炆果子狸」、「紅炆花錦鱔」や「羊腩煲」。

 「凱悦軒」では、80年代の後半から、毎年冬になれば「野味宴」を開催。周中師傳としては「野味宴」にはあまり乗り気ではなかったものの、ボスの命令には逆らえない。とはいえ、「新派広東」の先鋭的存在だった周中だけに、伝統的な手法を踏襲しながら、創意や工夫を凝らしていました。

 それに、中国各地から「野味」の素材を調達し、他の料理店とは一線を賀していたものです。「凱悦軒」の「野味宴」は私の冬の楽しみのひとつで、毎年、正月には必ず仲間を集って楽しんだものでした。それを紹介したしたのが「GULIVER」誌の「香港上級案内」(90年12月13日号)。
 以下がその時のメニューです。
吉林山鶏五蛇羹(吉林産の鶏と五種の蛇の羹)
醬爆野兎(野兎の焼き物)
畔塘水魚絲(すっぽん、蓮根、きくらげなどの細切り炒め)
家郷堀啄木鳥(きつつきの炒め煮込み)
川椒茄汁羊柳(ラム肉の四川風味)
京葱黒椒梅花鹿(日本鹿と葱の炒めもの、胡椒風味)
珊瑚八珍珠蛇(蛇肉入り腸詰の蟹みそあんかけ)
古法扣果子狸(ハクビシンの煮込み)
天麻燉夜遊鶴(天麻とこうのとりのスープ)
画像は、その時の記事です。

2008/01/25

冬の風物、野味宴(2)


 香港で蛇の羹の「蛇羹」は、私の知る限り香港では至極一般的。
 もっとも、蛇の炒め物や各種の料理になると「野味」としての趣が強くなる。一般の料理店でも「蛇羹」はメニューにあっても、炒め物や各種の料理を見かけることは少なくって、その種のものを食べるなら蛇を扱う専門店で、ということになります。そこまで出かけるのは、やはり、蛇好きな好事家ってことになるようで。
 
 一般の料理店のメニューに並ぶ冬の代表的な料理、それも「野味」ってことになると、その最たるものが羊のバラ肉を煮込み、腐乳風味のタレで食べる「羊腩煲」。ポカポカと体が暖まります。
 稀少なことから値段も張り、高級店のメニューでしか見かけないのが、スッポンの一種の山瑞。山間部の湖沼に長年生息した大ぶりのもの、特に梧州産のものが最上とされる。「紅焼山瑞」はその代表的な料理。それから、珠江に生息する大ぶりの河鰻の「花錦鱔」。
 ちなみに「花錦鱔」、部位によって値段が異なります。まずは頭部、それから尻尾。ついで、ヒレのついた部分といった按配。頭も場所によって値段が異なる。身がたっぷりな胴の部分はさほど値打ちなし、というのがなんとも面白い。いずれも秋が深まり始めるとともに、メニューに登場し、冬に入って最盛期を迎えます。
 ところで、香港で「野味」と言えば、「味の濃さ、香りの強烈さが堪らない!」と、誰もが口を揃えてその筆頭に挙げるのが「狗」。もっとも、長く英国の統治下にあった香港では「狗」を食べることはご法度、違法です。
 「ほんと、旨くて堪らない、あの味、香りが堪らない!」と、その味、風味を思い出し、涎をこぼさんばかりに「狗」の美味を讃える人に、「どうやって、どこで食べたの?」と尋ねると「いや、こっそり中国から持ち込んだのを料理してもらって!」と、プライベートでシークレットな「野味宴」だったり、「狗」を食べるだけのために深圳や中山まで出向いた、ってことでした。
 かつての国境、今では、香港特区の境界線を越えれば、野味料理はなんでもあり。野味好きにとっては桃源郷というにふさわしい「野味的天堂」。とはいうものの、SARSの一件以来、取り締まりが厳しくなったようで。とはいえ、そこは中国のことですから、闇のマーケットが存在する、ようで。
 いつだったかネットであれこれ調べていたところ、野味を扱う闇の業者を取材した記事があって、掲載されていた「野味」というのが以下の数々。
 「野豬、箭豬、梅花鹿、黃猄、銀狐、狗狸、白麵狸、果子狸、靈貓、水貂、野兔、芒鼠、鼯鼠、水雞、雪雞、斑鳩、鷓鴣、鸕鶿、青頭鴨、禾花雀、水律蛇、烏砂蛇、大王蛇、過山峰蛇、眼鏡蛇、榕蛇、洞庭湖野生水魚」。
 う~ん、思わず涎がこぼれます!
 あのSARS禍で、香港で食べられなくなった野味がいくつもある。たとえば、秋の実り、稲穂をついばんで南方に飛来する「禾花雀」。それから、SARSのウィルスを撒き散らした根源とされた「果子狸」のハクビシン。果実や木の実を餌にして育ったけがれのない肉の美味が語られる。もっとも、近年はその養殖が盛んに行われるようになった。やがて、その養殖舎で飼育された「果子狸」が、SARSの根源、ウイルスを撒き散らすことになった、なんて話だったはず。
 「果子狸」はもともと冬場の「野味宴」に欠かせない一品、ということで「中国名菜譜~広東編」にも紹介されてます。
 香港でも昔から「野味宴」には登場。それが、80年代を過ぎて香港で一躍脚光を浴びることになった「新派広東」の看板メニューとして登場し、香港でも広く知られるようになった。香港の経済的な発展を背景に、食への関心が高まり、かつては特権階級だけのものだった「野味」が、一般化するようにもなった。
 先にもふれてきたように「果子狸」の養殖化が盛んに行われるようになったのは、80年代から。という背景には、香港での「果子狸」の需要と、密接な関係あり、なんじゃないでしょうか。
 そう、「新派広東」というのは、西洋や日本の素材、料理手法を取り入れるということだけでなく、伝統的な広東料理の今日的再現、つまりはネオ・クラシック的な趣向も重要な要素だったのであります。
 フルーツを使った料理が「新派広東」 てわけじゃないんですよ。広東料理でフルーツを使うの昔から、ですからね!婦人誌、食べ物雑誌のフードライター、編集者諸氏。
 あ、いかん、しつこいか!
 画像は陸羽茶室の冬の小菜のメニュー。「三蛇宴」が紹介されてます。それに、各種の煲仔飯。メニューを裏返すと「羊腩煲」 、「大鱔魚」等の料理ずらり紹介されています

2008/01/23

冬の風物、野味宴(1)

 寒いですね。
 寒い夜は鍋に限ります、なんていうのは香港などでも変わらない。

 TVの天気予報で寒波がやってきたことを知れば「今夜は鍋!」と気もそぞろ。冬が短い香港では寒波がやってくる日々を待ちわび続けるお洒落な若者が少なくない。

 というのも、その日の為にわざわざ買い込んだダウンのパーカやコートに袖を通し、見せびらかせるから、っていうのが一番の理由。そう、リッチなマダム、マドモアゼルなら毛皮のコートを颯爽と着込み、背筋を伸ばして買い物やパーティーにお出かけです。

 ともあれ、寒波が訪れた日の夜は、鍋の専門店が大盛況。「寒い、寒い!」を声高に連発しながら鍋の専門店に足を運んで「火鍋」を囲みます。

 「火鍋」でも、昔ながらの鍋が「打邊爐」。ここ最近は、鍋の真ん中に仕切りがあって「清湯」、辛味味の「辣湯」など、2種のだしを用意した鴛鴦式が一般的。

 「火鍋」じゃないなら料理店で、体をぽかぽか暖めてくれるこ時期ならではの料理を食べます。大衆的な食堂風情の店なら、やはり煲仔飯。客寄せもあって店頭に小さなコンロをずらりと並べ、土鍋を乗っけて色々な煲仔飯を炊いている光景は、香港ならではの風物。

 煲仔飯の種類も色々ありますが、最も一般的なのが、豚肉の腸詰の「臘腸」、家鴨のレバー、血入りの「潤腸」、塩漬けの豚ばら肉の「臘肉」、塩漬けにして干した家鴨の「油鴨」等を具にした「腊味煲仔飯」。

 料理もこの時期ならではのものがある。
 タロ芋の「荔芋」と皮付きの豚ばら肉を炊き合わせた「荔芋扣肉」、「荔芋」に「油鴨」をココナッツ・ミルクで炊き合わせた「荔奶鴨煲」などはその代表的なもの。いずれも「中秋」が開けてからしばらく、季節の料理を紹介した小菜のメニューに登場します。

 本格的な料理店での冬の料理は「野味」。
 中でも「三蛇」、「五蛇」の蛇の葛引きの羹(あつもの)の「蛇羹」はその最たるもの。若い連中はさほど関心もないようですが、食にうるさい人、ある程度の年代の人なら滋養供給の意味もあって口にすることが多いようです。それぐらい「蛇羹」はごく一般的、日常的な一品で「野味」という認識など、さほどない様子。

 もっとも「秋風が立てば、蛇は肥え~」と語られるように、蛇が登場し始めるのは中秋を過ぎてから。冬眠を控えて滋養をつけた蛇の料理が店に並びはじめます。
 私も遅い秋から冬にかけて香港に出向いた時など、まず口にするのが「蛇羹」。というのも、香港に出向くとなると、たいていの場合、出発間際まで仕事に追われ、徹夜同然で体力も消耗。そこで、香港に到着するや否や、遅い午後の飲茶に駆け込んで、まずは「蛇羹」を一碗。鼻筋がすっと通って、みるみる元気になりますから。疲労回復にはもってこい。

 画像は「蛇羹」。ちょっとわかりづらいですが、ふかひれ、それも「海虎翅」の「生翅」入りです。

2008/01/20

中国料理におけるメニューの選択、コースの組み立て(その13)


 ここでおさらい。
 「エビチリ/干焼蝦仁」は、蝦を油通し(泡油)、もしくは湯引きか茹でて(汆水)、香味野菜を炒め、調味料、少量のだしを加え、蝦を戻して煮る(焼)。調味料入りのだしを煮詰め、蝦に煮絡める(干)。
 「麻婆豆腐」は、香味野菜と豚肉、もしくは牛肉をしっかり炒め(炒)、調味料、さらにはだしを加え、豆腐を入れてじっくり煮込む(焼)。
 「酢豚/咕嚕肉」は、主素材の豚肉を揚げ(炸)、湯引きか茹でる(汆水)、もしくは油通しした野菜などを炒め合わせ、くずあんをかける(溜/獻)。
 とまあ、野菜の和え物の前菜など以外、ほとんどの中国料理はいくつかの調理、調味過程を経て出来上がり。縁起を担いだ料理名、曰く言われのあるもの以外、中国語の料理名にそれが記されていますから、調理方法、味付けのあらまし、およその内容は解読、把握が可能です。が、「炒」、「炸」、「焼」といった用語一文字だけでは料理内容、調理方法や調味の解読は難しい。

 たとえば「炒」にも色々あります。「清炒」なら、たいていの場合、塩味の炒めもの。とはいえ、仕上げにだしを加え、煮含めるというのが一般的。「滑炒」なら、炒めた後で仕上げにくずひきあんでとろみをつけ、滑らかな舌触り、歯触りに仕上るという按配。
 「焼」(煮る)にしても、あらかじめ「炒」、「炸」「煎」、「煮(水煮)」、「汆水(湯引き、茹でる)」といった調理で下拵え。次いで「紅焼」ならたいての場合、醬油で味付けしただしで煮る。それが「干焼」の場合には、調味しただしは少量で、煮汁を煮詰め、煮含める、煮絡めて仕上る、といった按配ですから。
 さらに、香港、台湾、さらには中国本土と日本のそれを比べると、いささか事情が違ってくる。
 そう、決定的に違うのは、最後の仕上げのくずひき、とろみの付け加減です。
 私自身の体験に基づいた話ですが、香港、台湾、中国本土の北京、長江下流周辺では、それぞれの料理ごとにその加減、按配は見事に違います。素材の持ち味、調理、調味を生かしたもの。
 ところが、日本の中国料理のほとんどは、いかにものとろみの付け加減。これでもかとばかり言わんばかりに、みっちり濃厚。
 味の濃さ、脂っこさと共に、しっかりのとろみ加減があってこその中国料理、中華料理、というのは日本の中国料理、中華料理の長年の伝統であり、特徴でもありますから。日本の多くの中国料理店でのメニュー選びでは、その点を常に念頭に置いておかないとコースも組み立てられません。

 ということで、いよいよ次回からは「中国料理におけるメニューの選択、コースの組み立て」の実践編のはじまりです。
 で、画像は「清炒日本菠菜」。ほうれん草の炒めもの。ですが、ほうれん草は葉っぱの丸い西洋種とは違って、ぎざぎざの剣葉で桃色の根っ子が旨い日本ほうれん草。ほくほくの根っ子が旨い。その根っこを残して、軸付きの葉っぱそのまま、炒めたもの。
 目の前に運ばれた時、思わず、目が点になりました。香港などでは根っ子はもとより軸も切り落として葉っぱだけを調理というのが一般的、あたりまえですから。日本ならではのほうれん草の炒め物。いやはや驚いた。もちろん、ほうれん草の味の濃さ、甘い味わい、風味の豊かさにも、です。
 

2008/01/18

中国料理におけるメニューの選択、コースの組み立て(その12)


 で、「酢豚」。
 「咕嚕肉」という中国料理語の料理名には、調理方法や調味のついての記述はなし。
 そこで、いつもの「中国食文化事典」(角川書店)を引っ張りだす。するとありました。曰く、溜、あんかけ料理のひとつ「焦溜」によるもので「炸溜」、「脆溜」、「焼溜」とも言うそうです。
 つまり、下拵えした素材を揚げて(「炸」)、くずあんを絡める(「溜」)というふたつの調理プロセスがある。しかも、色よく、カリカリサクサクの状態に揚げてあって、「脆」の歯触りを持っていること。なおかつ、くずあんは素材を冷まさない保温性があると同時に、滑らかな「滑」の舌触りを持っているのが必須の条件。
 ということからも明らかなように主素材の豚肉の「脆」と「滑」の触感、歯触り、舌触りこそが、料理の決め手。さらに、酢豚」は「溜菜」、「焦溜菜」の代表的なもの。また、くずあんの甘酢は醤油、醋、砂糖の甘酢味、そこにケチャップを加えたり、山査子餅(さんざしの実の汁を平ったく餅状に固めたもの)を溶かした甘酢味、などとあります。
  う~ん、その紹介、揚げた豚肉を包んだあんかけのとろ味の滑らかさ、噛み締めた時の衣のパリサクの歯触り。すっと歯が入って、肉を噛み締めた時の柔らかさ、ほとばしる肉汁、なんてのが肝心なポイントだってわかります。そう、かつて「珉珉」で出会ったごつごつの衣、がしがしの揚げた豚肉とは大違い。
 けど、ちょい、疑問なのは「焦溜」という料理方法には納得するものの、あんかけの「溜」という表現は、なんだか中国本土、それも北方や江南の料理を主体にした表現じゃないでしょうか。そう、香港の広東人なら「溜」とは言わずに「獻」と表現するはず。
 ま、その辺り、日本の中国料理研究や探求では、中国本土の料理、しかも、山東料理を背景にして生まれ、同時に、宮廷料理が生まれた北京を中心とした北方の料理こそが最上のもの。上海はじめ、長江下流周辺料理や西の四川、南の広東などは単なる地方料理、と言う認識にもとずいてのもの。ましてや香港の料理なんぞ、広東料理の傍系、亜流にしか過ぎない新参者、といった認識が日本の中国料理関係者の間で持たれ続けてきたからじゃないかと思います。
 実際には、戦後、ことに70年代以後の経済的な繁栄を背景にした香港の広東料理が、かつて広東料理の本場とされた広州のそれを凌駕するようになった、とは広東省出身者、食に従事する人たちの多くが認めてきたこと。しかも、78年の改革開放政策以後、かつて広東料理の本場とされた広州では、伝統的な広東料理を継承する一方で、海鮮料理などの新潮流については、香港、及び、台湾の資本導入、参加の結果、大きく変化してきた、というのもまた、多くの人が認めるところです。
  ところで、「酢豚」といえばパイナップル入りなんてのもあって、そのほうが馴染み深いって言う人も多いはず。最近ではパイナップルをキウイに代えたものもあるようで。
  ともあれ、パイナップルの場合には、甘味、酸味だけでなく、豚肉との相性のよさ、ことに消化酵素があることがうってつけ、なんていわれます。パイナップルだからって、お子ちゃまメニューでもないわけですね。
 パイナップルに限らず、中国料理、ことに広東料理では、もともと果物を使った料理が多い。婦人誌、食の雑誌でご活躍のフードライター女史などに限って、果物を使った料理を見ると、必ずと言っていいぐらい「新派」と書き添える方がほとんど。あれ、なんとかならんのでしょうか。あ、いかん、いかん!
 これまでにも触れてきましたが、広東料理で果物がふんだんに使われるのはその甘味、酸味、香り、風味を見極め、生かしてのことで、ことに火を通せば、旨味を増す、という効果、利点を生かしたもの。で、パイナップルが「酢豚」に使われるようになった。
 しかも、結構、昔からあった、というから驚きです。
 もっとも、パイナップルよりも、先にもふれた山査子餅を使ったものこそが伝統的で本格的。というわけで「懷舊菜」、昔懐しい味が人気を呼んでいる香港では、山査子を使った「山査咕嚕肉」を看板にしている店もあります。 
 日本では黒醋を使った「酢豚」が通好みとして大流行。香港では山査子を使った「山査咕嚕肉」が最新のトレンド、しかも、通好みの一品。その違いがおもしろい。
 で、またまた「酢豚」の画像はなし。
 ということで、「甘酢」味の一種、「梅子醤」を風味付けにした、豚のスペアリブの「排骨」とタロ芋を組み合わせ、春雨と炒めて煮込んだ「梅子芋頭排骨粉絲煲 」。
 いささかこじつけが強引すぎますが……なかなかの美味です!

2008/01/16

中国料理におけるメニューの選択、コースの組み立て(その11)

 さて「酢豚」。いやはや「酢豚」と耳にしただけで甘酸っぱい味が口中に広がり、思わず生唾をゴックン!大好きです「酢豚」。なにしろ「ガツンとくる中華を食べたい!」なんて時、まず一番に思い浮かべるのが「酢豚」、ですから。

 初めて「酢豚」に出会い、その存在を知ったのは、遠い昔。大学1年の時。高校時代に世話になった体育の先生に連れられていった神戸、三ノ宮の「珉珉」でのこと。子供の頃から中国料理といえば、馴染みがあったのは宴会料理ばかり。祭事や田舎、地方から親戚の人がくれば、出かけるのは中国料理店、ということでそのお相伴に預かってきたわけですが「珉珉」に連れて行かれるまで「酢豚」はもとより「餃子」の存在も知らなかった。

 そういえば、ラーメンも長い間母親が作ってくれたそれらしきもの(支那そばと母親は申しておりました!)と、当時、流行し始めたばかりの即席ラーメンしか知らず、家以外ではじめてラーメンを食べたのは大学生になってから。それも芦屋の駅前近くに夜な夜な出現して評判を呼んでいた屋台店で食べたのがはじめてのことでした。

 そうだ! 即席ラーメンといえば、当時は日清のチキン・ラーメン。ですがある時、盆と暮れに我家に立て続けに届いた箱入りの「クリームファット」というブランドの即席ラーメンに夢中になったものです。日清のチキン・ラーメンに比べてさっぱり味だった、というのが夢中になった理由で、今だ記憶に残ってます。確か、神戸の灘か東灘で作られた製品だったような。ご存知の方、ご記憶の方はご一報を。

 話戻して「珉珉」の「酢豚」。「餃子」もさることながら「酢豚」は衝撃の一品でした。「鶏の唐揚げ」や「豚肉の唐揚げ」は宴会料理のコースに組み込まれていて、ことに「豚肉の唐揚げ」は好物でした。

 そうです、「豚肉の唐揚げ」は、関西の中国料理店の宴会コースや大衆的な中国料理店、早い話がラーメン中華の店では定番のメニューのひとつでした。その名残りは、神戸や大阪にある昔ながらの中国料理店や大衆的な中国料理店のメニューにもありますから。

 おそらくは「スペアリブの唐揚げの塩、胡椒風味/椒鹽排骨」が元、なんでしょうが当時「排骨」の入手が難しかった、ってことから、まんま豚肉を唐揚げにしたんでしょう。 それが「酢豚」では豚肉の唐揚げに、甘酢あんがからめてある。

 もっとも「珉珉」の「酢豚」、今だに記憶にあるのは甘酢あんの味、風味よりも、噛めばバリッ! と音を立てそうな、豚を包んだ揚げたガッシリの衣の分厚さ、豚肉のボリューム感。その印象が強烈でした。そう、だからこそ、旨かった。

 その「酢豚」、中国語の料理名は「咕嚕肉」。もしくは「咕咾肉」、「古老肉」。それを知って思わず「ン!?」って人も多いでしょう。その料理名、「麻婆豆腐」と同じく昔ながらの言われにちなんだもの。料理名に、素材、調理、調味についての記述はなし。

 言われといのは「咕嚕」というのが(甘酢の香り漂う酢豚を)頬張って、噛み締めるときの「ウゴウゴ」、「モグモグ」の擬態語で、おまけによだれがこぼれちゃう、ってことなんだとか。それに、昔ながらの味、といった意味もあるそうな。

 代表的な広東料理の一品で、その昔、広州に外国人居留地があった時代、お抱えの料理人となった
中国人がそれを作ったところ、欧米人に大いに受け、やがて世界中に紹介されていった、という逸話もある。

 もっとも、甘酢の味付けによるその料理、長江東部周辺や中国の北方にもある。その場合の表記は「糖醋肉」。それも長江周辺では、肉の部位は骨付きの豚のばら肉の「排骨」。というわけで、圧倒的に多いのが「糖醋排骨」。北方では、ヒレ、腿肉など脂身の少ない部位を素材にすることが多いようです。

 そういえば、ここ最近、日本でも人気爆発!なのが、黒醋を使った酢豚。かつて日本ではあまり馴染みがなかった中国の黒醋が一般的に広まったのは、確か90年代、それも半ば過ぎからのことだったはず。その黒醋の本場、鎮江の伝統的な料理のひとつなのが「鎮江排骨」。「排骨」を煮込んで、黒醋を使った甘酢あんでからめたもの。

 その鎮江近くにある無錫にも「排骨」を素材にした「無錫排骨」がある。これまた「糖醋排骨」のひとつ、ってことですが、甘酢味、よりも、たまり醤油の「老抽」が味つけ、調味のポイントで、近隣の鎮江の黒醋を使うものもあれば、使う物ものなし。「酢豚」というよりも甘味の強いたまり醤油味の料理で、ほのかに酸味が、というのが特徴。もっとも、そのたまり醤油をメインにした味、風味こそが、黒醋の酢豚の源流のひとつになった、とは、よく言われる話です。

画像は、、、ってさがしても「酢豚」の画像がないんで、ちょいまちです。あした作って、アップしようかな

2008/01/14

幻のタルトタタン

                                                                         
 焼き菓子が好きです。ミルリトン、アマンディーヌは私の大好物。いくつだって食べられます。しかし、一番好きなのはなんといってもタルトタタン。

 今はなき赤坂のビストロ山王のタルトタタンが、その最初の出会い、だった覚えがある。 焼け焦げのキャラメルソースと、林檎の酸味、風味が入り混じった濃密な味、風味がたまらなく素晴らしかった。
 テリーヌかパテ、それに腎臓のマスタードソース風味を食べて、締めくくりはタルトタタン。魚料理もうまかったですが、やっぱり、子羊か腎臓のマスタードソース、というのがビストロ山王の我が思い出。

 そして、タルトタタン。そのビストロ山王のそれをしのぐタルトタタンに出会ったのは、25,6年前、だったか。いつのことだったかははっきりと思い出せない。しかし、その時味わった旨さ、風味だけは鮮明に記憶に残っています。以来、それをしのぐタルトタタンには出会ったことがない。

 それを焼いたのは料理研究家の山本麗子さん。彼女の著作「山本麗子のおしゃべりなお菓子」(講談社)に、タルトタタンにまつわる話が紹介されてます。
 同著によれば、タルトタンこそは彼女がお菓子作りをはじめたそもそものきっかけ。そのお菓子の創作者、タタン姉妹の話を雑誌で読んで、作るのを思い立った。そして、材料を買い込み、パイ生地を作り、リンゴを切り揃え、砂糖で煮込んで、準備万端。ところが、それを焼くオーヴンがない!

 というあたり、思い立ったら後先省みず、即座に行動に移さないではいられない、という常に前向きで意欲的な彼女の性格を物語る。たくましくて、頼もしい。おまけに面倒見がよくって、頼りがいがある。が、同時に、せっかちであわて者という一面もある。
 しかし、その時、ふと中華鍋とガスコンロが2台ずつあるのに気づき、咄嗟に即席のオーヴンを仕立てあげた。そんな機転の利かせようもまたいかにも彼女らしい。

 それも、コンロに載せた中華鍋に、もうひとつの中華鍋を重ね合わせ、かぶせた中華鍋の上にもうひとつのガスコンロを逆さまに置いて上火にし、どうにか焼き上げた、というのだから怖れいります。後にも先にも、そんな焼き方をしたのはその時限り、一度きりだったそうです。

 「あの時のタルトタタンを思い出して、あれはおいしかったと言ってくれる友人がいます」と、その時の思い出をふれていますが、その友人とは、かくいう私のことです。 中華鍋を重ね合わせ、ガスコンロをその上に載せて、という経緯とその発想には、ただただ驚くしかなかった。しかも、タルトタタンの出来栄えは、それは見事というより他なかった。

 砂糖で煮込み、あめ色、という以上に焦げるぐらいに際まで色づき、キャラメルにくるまれたリンゴの味、風味。酸味が利いていて、それ以上に、しっかり、こってりの濃厚な甘さ、香りの豊かさは、悶絶するぐらいに旨かった。タルトタタンの旨さ、素晴らしさを思い知った。以来、それが私のタルトタタンのスタンダードになってしまったのであります。

 リンゴが出回る季節になると、買い置いて、暇を見つけては麗子さんの真似して、何度か試みようとしたものの、うまくいった試しがない。麗子さんに電話し、コツを尋ねたのも、一度や二度だけのことではありません。
 結局のところ、リンゴを焦げる寸前まで煮る、というよりも焼き付けるようにするだけの、なんちゃってタルトタタンの手前止まりなのですが、それだけでも、なかなか美味しくて、いけるもんです。
 ともかく、こってりの甘さがたまらない。甘さ控え目のケーキなんて、問題外!

 つい先日、麗子さんから届いたクロネコの冷凍便を開けて吃驚!
 な、なんと、タルトタタン! 
 それを見つけた途端、嬉しくって嬉しくって、はしゃぎまわりました。
 一月早い、ヴァレンタインの贈り物、ってことでしょうか。
 いつも甘いものは食事の後に決めてますが、その日に限っては三時のおやつにタルトタタン。懐かしい思い出が甦りました。

 確かあの日、フランスからのお土産というラミルイのフォアグラのパテをディケムを開けてたっぷり、たらふく食べたあとで、麗子さんお手製のタルトタタンを味わったような・・・・

 アレ? 思い出がごっちゃになってるのかな・・・

2008/01/06

中国料理におけるメニューの選択、コースの組み立て(その10)


 さて、横道にそれてばかりの「エビチリ/干焼蝦仁」話の復活、続編です。

 「エビチリ」といえば即座にその内容ばかりか、味もおよその想像はつく。しかし、中国語の料理名の「干焼蝦仁」だと、即座にはその内容、味はわかりづらい。
 そこで、先の森枝卓士流や婦人誌などでの料理用語集に準じれば、「焼」の一文字から「煮る」ってこと、「蝦」って文字から「えび」が素材だってことは確かにわかる。
 かく言う私も「香港的達人」で似たような料理用語紹介をやってました。というのも、香港に旅行するまでに日本で勉強していた「中国料理(解明の)基礎用語」が、香港では一向に役立たずだったという苦い経験をもとに、香港の広東料理店での「菜単」、つまりはメニューや、中国本土の北、東、西各地の地方料理の料理本、文献の類を香港、広州で入手。中国本土への旅行体験、同時に入手した料理本、文献なども参考にしながら作成したものです。
 なんせ、中国本土に実際に旅して、日本で勉強した料理用語がさほども役に立たなかったという体験もあってのことでした。

 もっとも、後になって「炒」、「炸」、「炆」といった一語だけでは中国語のメニューの解読はいさかか厄介。むしろ「清炒」、あるいは「紅焼」、「紅炆」といったいわば熟語による表記を理解してこそ、その内実が理解しやすいという事実、現実を認識するにいたったからです。
 たとえば「エビチリ」。中国語名「干焼蝦仁」にも明らかなように「焼」の上に「干(乾)」がある。前述したように「干焼」というのは少量のスープを加えて「焼(煮る)」したもの。実際には煮る、煮込むというよりも調味料と共に煮含める、といったニュアンスが濃い。
 それまでに主素材のえびは、味付けをし、卵白、もしくは片栗粉をまぶして油通し、もしくは、湯通し、といった下拵えの作業がある。そして、香味野菜を炒め、豆板醤、あるいはトマト・ケチャップ、少量のだしを加え、下拵えしたえびを鍋に戻し、だしの入った調味料を煮詰めながら、とろみ付けを施し、仕上る、という行程を得て完成。
 「干焼」という2文字は、そうした調理、調味、仕上げの作業を物語る、というわけなのです。
 もっとも、が、料理人やマニアックな中国料理愛好者でもない限り、即座には理解しずらい。
 メニューを選ぶ時にそこまで考えたりはしないですよね。
 ともあれ、「焼」という一文字だけでは、味付けや調理方法、料理内容は判断しずらい。それには「焼」だけでなく「干焼」を理解していれば、その味付けや調理方法がわかるという寸法。面倒ですけど、それが現実です。
 そして「麻婆豆腐」。
 「麻婆豆腐」ついては、中国語の料理名を見ただけで、その味、料理内容を即座に把握。もやはそれぐらい馴染みがあるんじゃないでしょうか。
 日本で一般的なのは、豆板醤、甜麵醬を味付けの基本にした日本化されたそれ。さらに「麻婆豆腐」の前に「陳」の字が加わった「陳麻婆豆腐」なら、唐辛子の「辣」の味に、中国山椒の「花椒」の痺れ味の「麻」が利いた「麻辣」味、つまりは本場仕立ての調理、味付けによるもの、ってことも、すでに広く知られてます。
 その料理名の由来ですが、清代の頃、四川、成都で、材木運びの労働者に、有り合わせの素材をもとに作ったのが最初とされ、しかも、それを調理したおばあさんが、あばた面だったことから「麻婆」と呼ばれた。あるいは、たっぷり「花椒」の「麻」の味を利かせてあっことから「麻婆」と呼ばれた、という説もある。
 つまり、その料理名は、その創作者、及び、味に由来するもので、中国語の料理名には、調理方法についての言及はない。なんてことも、中国料理の料理名にはよくあること。
 「中国食文化事典」(中山時子監修、角川書店)によれば「麻婆豆腐」の調理方法、「家常焼」の一種ってことになるらしい。その「家常焼」、同書によれば「四川地方の特色をもった味の焼法~豆板醬を用い、その風味を充分に出した四川独特の調理方法」ってことで、「麻婆豆腐」もその料理のひとつとして紹介されてます。
 で、その調理。まずは生姜やにんにくの微塵切りなどの香味野菜を炒め、香りを出してからひき肉、もしくは、微塵に叩き潰した肉を加え、炒める。肉も本場式なら牛肉。で、肉は(肉の脂が透き通りぐらいまで)しっかり炒める(のがコツのひとつ)。そこに、豆板醬、甜麵醬を加えて炒め、だし(スープ)を加えてひと煮立ちさせてから、豆腐を加えて、じっくり味をなじませる。
 豆腐は絹、木綿と、好みによって違います。で、木綿の場合、弾力をつけ、味の馴染みをよくするために、あらかじめ湯通しを、と教える料理人が多い。
 そういえば、本場四川のそれ、豆腐は日本の木綿をさらに硬くした弾力のある中国ならでは豆腐だそうだが、近頃、日本の絹、木綿豆腐が四川の成都にも進出。その柔らかさがもてはやされて、日本式、日本風の豆腐を使った「麻婆豆腐」が評判を呼び、人気を得て最新のトレンドにもなっている、というから面白いもんです。
 話、戻して、豆腐に味をしっかり、じっくり煮含めてから、水溶き片栗粉を何回かに分けて入れ、さらに油を加えて、強火にして再加熱(というのが、2番目のコツ)。
 強火の再加熱の理由のひとつは、豆腐をとろみでしっかり包み込むため。さらに、注いだ油が豆腐を包み込み、同時に沸点を上げて豆腐の水分の乳化を促進し、柔らかな弾力のある触感を生み出すから、だそうです。プルンプルンのあの感じ、ですね。
 そう、「麻婆豆腐」は、油の使い方、油がもたらす効果を生かした料理、ってことになるわけです。
 話がまた飛びますが、銀座の「趙楊」では、趙楊さんが「おそらくは「麻婆豆腐」の原型になったのに違いない」と語る料理が、裏メニューにあります。ご飯の上に、豆腐をのっけ、その上に「麻婆豆腐」の豆腐抜き、香味野菜と肉を炒め、豆板醬などで調味した具をかけたもの。つまり、豆腐は、調味しただしで煮含めたものじゃなくて、まんまの豆腐。
 ほら、ご飯の上に豆腐をのっけ、おかかや葱の微塵をさらにのっけ、醬油をかけて、食べたことありませんか?
 そうです。言ってみれば「豆腐のぶっかけがちゃ飯」。それを麻婆風味にしたもの。これが、滅法旨い。豆腐そのものの純な味に、豆板醬や甜麵醬味つけの肉の具が入り混じり、醸し出す味、風味は「麻婆豆腐」とはひと味違って、素朴、なんだけど、パワフルなインパクトがあります。

 画像は「チャイニーズレストラン直城」の「麻婆豆腐」。本場仕込みの味、風味は、格別ですから!

2008/01/02

謹賀新年


 明けましておめでとうございます。
 年の暮れに、今年食べた料理のナンバー1をアップするつもりがなんやかやで慌しいまま、大晦日を迎え、新年に突入。
 今年も元旦の日、最初に食べたのはおせちとお雑煮。
 お雑煮は、澄まし仕立て、だしに鶏だしを加え、煮餅に具はほうれん草と金時人参。今年も、東松山の加藤紀行さんが特別に作ってくれた丸餅、それに、ほうれん草、金時人参も加藤紀行さんのものでした。
 今年の餅は格別に旨かった。昨年までの餅は滋味豊か。今年の餅は、餅の旨さを味わった。
 それにほうれん草も今年のは格別に甘かった。剣葉の日本ほうれん草で、桃色がかった根っ子のほくほくとした美味に、心和みました。
 年末の慌しさの一員は、暮れから新年にかけて香港を訪れるという友人、知人からの依頼で、せっせとお勧めの料理店、メニュー選択、コース設定にかかりきりになってしまったからです。自分がでかけるわけでもないのに、メニュー選び、コース設定に夢中になりました。
 ついでとばかり、これまで香港で食べた料理の数々のデータベースを作り始め、時間を取られちゃいました。そのうち、ブログで紹介します。
 そういえば、一昨年の暮れからはじめたこのブログ。あっちこっちと寄り道ばっかで、未完のシリーズ連載ばかりがふえていきます。それも、早いうちに解決しないとね。なんとかすべて、仕上げるつもりですから、お楽しみに とりあえずは新年のご挨拶。本年もよろしくお付き合いください。
 画像は3度目の登場。昨年食べた料理のナンバー1。
 昨年だけに限らず、これまで食べた料理の中でも、ナンバー1のひとつです。
 美味しいものに出会っても、すぐには「もっぺん食べたい」なんてことは滅多にない私が、こればっかりは心底打ちのめされ、すぐにでも「もっぺん食べたい」と思いました。
 鳩のふかひれ詰め、鮑汁煮込みの「仙鶴神針」。
 今月、また、食べることになりそうです。