2008/01/18

中国料理におけるメニューの選択、コースの組み立て(その12)


 で、「酢豚」。
 「咕嚕肉」という中国料理語の料理名には、調理方法や調味のついての記述はなし。
 そこで、いつもの「中国食文化事典」(角川書店)を引っ張りだす。するとありました。曰く、溜、あんかけ料理のひとつ「焦溜」によるもので「炸溜」、「脆溜」、「焼溜」とも言うそうです。
 つまり、下拵えした素材を揚げて(「炸」)、くずあんを絡める(「溜」)というふたつの調理プロセスがある。しかも、色よく、カリカリサクサクの状態に揚げてあって、「脆」の歯触りを持っていること。なおかつ、くずあんは素材を冷まさない保温性があると同時に、滑らかな「滑」の舌触りを持っているのが必須の条件。
 ということからも明らかなように主素材の豚肉の「脆」と「滑」の触感、歯触り、舌触りこそが、料理の決め手。さらに、酢豚」は「溜菜」、「焦溜菜」の代表的なもの。また、くずあんの甘酢は醤油、醋、砂糖の甘酢味、そこにケチャップを加えたり、山査子餅(さんざしの実の汁を平ったく餅状に固めたもの)を溶かした甘酢味、などとあります。
  う~ん、その紹介、揚げた豚肉を包んだあんかけのとろ味の滑らかさ、噛み締めた時の衣のパリサクの歯触り。すっと歯が入って、肉を噛み締めた時の柔らかさ、ほとばしる肉汁、なんてのが肝心なポイントだってわかります。そう、かつて「珉珉」で出会ったごつごつの衣、がしがしの揚げた豚肉とは大違い。
 けど、ちょい、疑問なのは「焦溜」という料理方法には納得するものの、あんかけの「溜」という表現は、なんだか中国本土、それも北方や江南の料理を主体にした表現じゃないでしょうか。そう、香港の広東人なら「溜」とは言わずに「獻」と表現するはず。
 ま、その辺り、日本の中国料理研究や探求では、中国本土の料理、しかも、山東料理を背景にして生まれ、同時に、宮廷料理が生まれた北京を中心とした北方の料理こそが最上のもの。上海はじめ、長江下流周辺料理や西の四川、南の広東などは単なる地方料理、と言う認識にもとずいてのもの。ましてや香港の料理なんぞ、広東料理の傍系、亜流にしか過ぎない新参者、といった認識が日本の中国料理関係者の間で持たれ続けてきたからじゃないかと思います。
 実際には、戦後、ことに70年代以後の経済的な繁栄を背景にした香港の広東料理が、かつて広東料理の本場とされた広州のそれを凌駕するようになった、とは広東省出身者、食に従事する人たちの多くが認めてきたこと。しかも、78年の改革開放政策以後、かつて広東料理の本場とされた広州では、伝統的な広東料理を継承する一方で、海鮮料理などの新潮流については、香港、及び、台湾の資本導入、参加の結果、大きく変化してきた、というのもまた、多くの人が認めるところです。
  ところで、「酢豚」といえばパイナップル入りなんてのもあって、そのほうが馴染み深いって言う人も多いはず。最近ではパイナップルをキウイに代えたものもあるようで。
  ともあれ、パイナップルの場合には、甘味、酸味だけでなく、豚肉との相性のよさ、ことに消化酵素があることがうってつけ、なんていわれます。パイナップルだからって、お子ちゃまメニューでもないわけですね。
 パイナップルに限らず、中国料理、ことに広東料理では、もともと果物を使った料理が多い。婦人誌、食の雑誌でご活躍のフードライター女史などに限って、果物を使った料理を見ると、必ずと言っていいぐらい「新派」と書き添える方がほとんど。あれ、なんとかならんのでしょうか。あ、いかん、いかん!
 これまでにも触れてきましたが、広東料理で果物がふんだんに使われるのはその甘味、酸味、香り、風味を見極め、生かしてのことで、ことに火を通せば、旨味を増す、という効果、利点を生かしたもの。で、パイナップルが「酢豚」に使われるようになった。
 しかも、結構、昔からあった、というから驚きです。
 もっとも、パイナップルよりも、先にもふれた山査子餅を使ったものこそが伝統的で本格的。というわけで「懷舊菜」、昔懐しい味が人気を呼んでいる香港では、山査子を使った「山査咕嚕肉」を看板にしている店もあります。 
 日本では黒醋を使った「酢豚」が通好みとして大流行。香港では山査子を使った「山査咕嚕肉」が最新のトレンド、しかも、通好みの一品。その違いがおもしろい。
 で、またまた「酢豚」の画像はなし。
 ということで、「甘酢」味の一種、「梅子醤」を風味付けにした、豚のスペアリブの「排骨」とタロ芋を組み合わせ、春雨と炒めて煮込んだ「梅子芋頭排骨粉絲煲 」。
 いささかこじつけが強引すぎますが……なかなかの美味です!