2008/01/06

中国料理におけるメニューの選択、コースの組み立て(その10)


 さて、横道にそれてばかりの「エビチリ/干焼蝦仁」話の復活、続編です。

 「エビチリ」といえば即座にその内容ばかりか、味もおよその想像はつく。しかし、中国語の料理名の「干焼蝦仁」だと、即座にはその内容、味はわかりづらい。
 そこで、先の森枝卓士流や婦人誌などでの料理用語集に準じれば、「焼」の一文字から「煮る」ってこと、「蝦」って文字から「えび」が素材だってことは確かにわかる。
 かく言う私も「香港的達人」で似たような料理用語紹介をやってました。というのも、香港に旅行するまでに日本で勉強していた「中国料理(解明の)基礎用語」が、香港では一向に役立たずだったという苦い経験をもとに、香港の広東料理店での「菜単」、つまりはメニューや、中国本土の北、東、西各地の地方料理の料理本、文献の類を香港、広州で入手。中国本土への旅行体験、同時に入手した料理本、文献なども参考にしながら作成したものです。
 なんせ、中国本土に実際に旅して、日本で勉強した料理用語がさほども役に立たなかったという体験もあってのことでした。

 もっとも、後になって「炒」、「炸」、「炆」といった一語だけでは中国語のメニューの解読はいさかか厄介。むしろ「清炒」、あるいは「紅焼」、「紅炆」といったいわば熟語による表記を理解してこそ、その内実が理解しやすいという事実、現実を認識するにいたったからです。
 たとえば「エビチリ」。中国語名「干焼蝦仁」にも明らかなように「焼」の上に「干(乾)」がある。前述したように「干焼」というのは少量のスープを加えて「焼(煮る)」したもの。実際には煮る、煮込むというよりも調味料と共に煮含める、といったニュアンスが濃い。
 それまでに主素材のえびは、味付けをし、卵白、もしくは片栗粉をまぶして油通し、もしくは、湯通し、といった下拵えの作業がある。そして、香味野菜を炒め、豆板醤、あるいはトマト・ケチャップ、少量のだしを加え、下拵えしたえびを鍋に戻し、だしの入った調味料を煮詰めながら、とろみ付けを施し、仕上る、という行程を得て完成。
 「干焼」という2文字は、そうした調理、調味、仕上げの作業を物語る、というわけなのです。
 もっとも、が、料理人やマニアックな中国料理愛好者でもない限り、即座には理解しずらい。
 メニューを選ぶ時にそこまで考えたりはしないですよね。
 ともあれ、「焼」という一文字だけでは、味付けや調理方法、料理内容は判断しずらい。それには「焼」だけでなく「干焼」を理解していれば、その味付けや調理方法がわかるという寸法。面倒ですけど、それが現実です。
 そして「麻婆豆腐」。
 「麻婆豆腐」ついては、中国語の料理名を見ただけで、その味、料理内容を即座に把握。もやはそれぐらい馴染みがあるんじゃないでしょうか。
 日本で一般的なのは、豆板醤、甜麵醬を味付けの基本にした日本化されたそれ。さらに「麻婆豆腐」の前に「陳」の字が加わった「陳麻婆豆腐」なら、唐辛子の「辣」の味に、中国山椒の「花椒」の痺れ味の「麻」が利いた「麻辣」味、つまりは本場仕立ての調理、味付けによるもの、ってことも、すでに広く知られてます。
 その料理名の由来ですが、清代の頃、四川、成都で、材木運びの労働者に、有り合わせの素材をもとに作ったのが最初とされ、しかも、それを調理したおばあさんが、あばた面だったことから「麻婆」と呼ばれた。あるいは、たっぷり「花椒」の「麻」の味を利かせてあっことから「麻婆」と呼ばれた、という説もある。
 つまり、その料理名は、その創作者、及び、味に由来するもので、中国語の料理名には、調理方法についての言及はない。なんてことも、中国料理の料理名にはよくあること。
 「中国食文化事典」(中山時子監修、角川書店)によれば「麻婆豆腐」の調理方法、「家常焼」の一種ってことになるらしい。その「家常焼」、同書によれば「四川地方の特色をもった味の焼法~豆板醬を用い、その風味を充分に出した四川独特の調理方法」ってことで、「麻婆豆腐」もその料理のひとつとして紹介されてます。
 で、その調理。まずは生姜やにんにくの微塵切りなどの香味野菜を炒め、香りを出してからひき肉、もしくは、微塵に叩き潰した肉を加え、炒める。肉も本場式なら牛肉。で、肉は(肉の脂が透き通りぐらいまで)しっかり炒める(のがコツのひとつ)。そこに、豆板醬、甜麵醬を加えて炒め、だし(スープ)を加えてひと煮立ちさせてから、豆腐を加えて、じっくり味をなじませる。
 豆腐は絹、木綿と、好みによって違います。で、木綿の場合、弾力をつけ、味の馴染みをよくするために、あらかじめ湯通しを、と教える料理人が多い。
 そういえば、本場四川のそれ、豆腐は日本の木綿をさらに硬くした弾力のある中国ならでは豆腐だそうだが、近頃、日本の絹、木綿豆腐が四川の成都にも進出。その柔らかさがもてはやされて、日本式、日本風の豆腐を使った「麻婆豆腐」が評判を呼び、人気を得て最新のトレンドにもなっている、というから面白いもんです。
 話、戻して、豆腐に味をしっかり、じっくり煮含めてから、水溶き片栗粉を何回かに分けて入れ、さらに油を加えて、強火にして再加熱(というのが、2番目のコツ)。
 強火の再加熱の理由のひとつは、豆腐をとろみでしっかり包み込むため。さらに、注いだ油が豆腐を包み込み、同時に沸点を上げて豆腐の水分の乳化を促進し、柔らかな弾力のある触感を生み出すから、だそうです。プルンプルンのあの感じ、ですね。
 そう、「麻婆豆腐」は、油の使い方、油がもたらす効果を生かした料理、ってことになるわけです。
 話がまた飛びますが、銀座の「趙楊」では、趙楊さんが「おそらくは「麻婆豆腐」の原型になったのに違いない」と語る料理が、裏メニューにあります。ご飯の上に、豆腐をのっけ、その上に「麻婆豆腐」の豆腐抜き、香味野菜と肉を炒め、豆板醬などで調味した具をかけたもの。つまり、豆腐は、調味しただしで煮含めたものじゃなくて、まんまの豆腐。
 ほら、ご飯の上に豆腐をのっけ、おかかや葱の微塵をさらにのっけ、醬油をかけて、食べたことありませんか?
 そうです。言ってみれば「豆腐のぶっかけがちゃ飯」。それを麻婆風味にしたもの。これが、滅法旨い。豆腐そのものの純な味に、豆板醬や甜麵醬味つけの肉の具が入り混じり、醸し出す味、風味は「麻婆豆腐」とはひと味違って、素朴、なんだけど、パワフルなインパクトがあります。

 画像は「チャイニーズレストラン直城」の「麻婆豆腐」。本場仕込みの味、風味は、格別ですから!