白服のアテンド君に黒服の女史を呼んでくれるようパシって貰ったものの、黒服の女史はなかなか現れない。
そんな間に、注文した料理はすべて登場ということで、締めくくりを麵にするか飯にするか。
それとも、ブランチってこともあるし「甜品」で締めくくり?
なんて話になって、白服のアテンド君に「甜品」のメニューを頼みました。
「甜品」のメニューを見ても、正直、さほどそそられるものはなし。
テーブル仲間の友人も、どうやら同じ思いだった様子。
「やはり、黒服の女史がいないと要領を得ませんね!」と、友人。
そこに現れました、黒服の女史。
にこやかな笑みを浮かべてテーブルサイドに立つ彼女に笑顔で話しかけようとしたものの、やはり、わだかまりが再び頭をもたげはじめる。
甜品の相談は後回しだ。
「あのう~」と切り出す私。
ひと呼吸置いて
「この蒸し魚、火が通り過ぎ、だと思うんだけど」。
ということで、蒸し魚の身の状態、仔細を説明。
「魚を開いて蒸してるから、火が通りすぎるんじゃないかな?」
ということで、腹を開いての料理についての私なりの見解を説明。
ま、黒服の女史に説明するうちに、いつしか持論をまくしたて、いささか興奮気味になったのは事実です。が、それでも、一応のことは説明しました。
「は?」と黒服の女史。一向に動じない様子です。
とはいうものの、ジワジワにじり寄っていく私の気配を察してか、「一本釣り」、「釣り針」話を誇らしく我々に語りかけてくれた時の表情はどこへやら、次第に緊張の面持へと変わっていく。
というより、いきなりの私の言葉に「引いた」様子、ありあり。
ひと呼吸おいて、尋ねました。
「香港の料理人なら、ここまで蒸さずにこの手前で止めて、火が通ってても生な感じを残しているような。
ほら、特に中骨の身のあたりの火の通りの加減、按配。
それが、腹を裂いて蒸してるから、蒸し過ぎ、火が通りすぎになるんじゃないですか?
それより、この蒸し魚、もしかして、日本人の料理人が蒸したんじゃないの?
火が通り過ぎて、タイミングを外してるみたいなんだけど……違いますか?」
と、思っていたことを口にしてしまえばわだかまりも失せ、落ち着きを取り戻し始める私です。
尋ねたかったのは、日本人の料理人が蒸したのかどうか、という事実関係。
といって、誤解のないように。日本人の中国料理人の存在を否定しているわけではありません。
日本人の中国料理人には、一般的に言って独特のスタイル、個性なり持ち味がある。それはそれで面白く、日本独自の中国料理を形成する大きな要因にもなってます。
ですが、ここはやはり香港と同じ料理、味を提供、というのが看板(だったはず)の「ヘイフンテラス」ですから、一言、物申し上げたい心境にもなる。
それより、香港からやってきた総料理長って、提供する料理の味、風味の確認、管理をしないのか? 総料理長のもとで働く日本人のスタッフに、何故、本場の技術、方法論を教えないのか?というのが疑問の根底にある理由です。
もっとも、私、小言ぢぢいなもんで、言葉、表現は直接的すぎてきつかったかも。
といって、反省する私でもありませんけど。
沈黙の黒服の女史。
さらに続けて
「で、あの、料理が冷めちゃってて・・・」と、私。
その言葉を耳した途端、すかさず
「あのう、ここに持ってまいりました時は、(私の)手では持てないぐらい、お皿が熱かったんですが!」と、機を逃さず、言葉を返してくる黒服の女史。
きっぱり、毅然とした物言い。それも、激しさをしっかり内に秘めた強い自己主張が汲み取れる。
そうです、言い訳や申し開きなどではない。
「お客様、お忘れなのですか?」と、暗にほのめかすどころか、今にも言い出しかねないほど、いささか険しさが入り混じり始めた表情、語気の強さに、思わずたじろぎそうになったりして!
わお、返り討ちにあいそうだ!
これでまた、黒服の女史のファンが一気に増えるかも!
なんて、自分でツッコンで、ボケてる場合でもないんですが。
「あ、そうか!私の言い方が悪かったのね。言葉足りずですんません」、
などと思ってももちろん、口には出しません。
私が言いたかったのは、料理をテーブルの上に置いておくなら、料理が冷めない工夫が出来ないのか、てことなんですが。
すんませんね、黒服の女史。
それでなくとも、我らがテーブルの人数分からすれば料理の分量は遙かに超過した、大きな皿によろそわれた大きな魚の料理です。
一回でそのすべては取り分けられない。
当然、大きな皿に料理が残る。食べていくうちに、大きな皿に残った料理が冷めていくのは当然のことでしょう。
そんな大きな皿に乗ったままの料理を、テーブルに運ばれてきたままの熱い状態で、とは言わないにしても、2碗目の料理も熱いまま、温かいままで食べられるように工夫ができないものか。
それも、私が考えるサービスの基本のひとつです。
香港の一応の店なら、「嘉麟樓」もそうですが、テーブルの人数分、取り分けて料理が皿や土鍋に残ったら、そのまんま放置、なんてことはありえない。
ことに土鍋の炒め煮込みの煲仔など、ウォーマー、って早い話がカセットコンロだったりしますけど、必ず用意がしてあるもんです。
黒服の女史、そんなことに思いも至らない様子。
それより、テーブルに運んだ時には料理は熱かったのだと、いわば自身の正当性を主張することしか頭にないことは、その表情からもありありとうかがえる。
こりゃ、あかんワ、見込み無し。
ウォーマーのことを話してみても、おそらく、聞く耳はもたず。
それに、サービスの基本についても、、、、と。
サービスのことはあきらめて、
「この料理、蒸したのは日本人の料理人ですか?」と、しつこく食い下がる私。
ほんのわずかな沈黙の後で
「はい……そうです……」と、
黒服の女史のトーンは一気に下がる。
食事を終え、食後のお茶を飲んでしばらく、入り口そばのウェイティング・ルームに場所を移し、食後のコーヒー。
話が弾んで、コーヒーをお代わり。水もお代わり。
しばらくして、そこに黒服の女史が登場。
「申し訳けございませんが、夜の食事の準備がございますので、そろそろ……」、と。
無言のままでエレベーターに案内してくれる黒服の女史。
エレベーター・ホールでエレベーターの到着待ち。
「料理、魚料理以外は、いい感じですね」と、お世辞を述べる私。
「そうだね、いい感じじゃない?」と、相槌を打つ友人。
「有難うございます」と、一礼する黒服の女史。
「それで、魚を開いて蒸す料理方法なんですが・・・」
と、話し始めた黒服の女史・・・・・・。
「あのう、香港ではよくあることですし、お客様の方がよくご存知のはずじゃないか…なあ、とのことでした」
と、にんまり。
止めの言葉をさらりと口にして、黒服の女史の表情はすっきりとした様子。
もちろん、勝ち誇ったような表情だったことは言うまでもありません。
画像は、いつも変わらず「あのう、お客様~」と料理撮影禁止ですから。探し出したのは、香港のレストランの玄関脇の水槽で泳ぐ魚達。(撮影 ヒロミ・ローソン=笹本)。