2008/03/25

ヘイフンテラスの謎と不思議の12

 続いて「鹹魚鶏粒豆腐煲」。
 土鍋でサービス、しかもぶくぶく煮汁が泡立ってる程の熱々の状態、というのが実に嬉しい。
 おかず、お惣菜という趣の素朴な色合い、鹹魚を使った料理独特の香りが食をそそります。
 この料理、いつだってご飯が欲しくなる。

 とはいうものの、だしの汁気が多目、というよりも、たっぷり。
 香港ではこの料理ではありえない。お目にかかったこともありません。

 ン?!
 どっかから天の声?いや、黒服の女史の声だ!
 「香港ではよくあること~お客様がご存知のはずじゃない……かな?」って。

 そうですね。私が知らないだけかも。黒服の女史にしてみればあり得るのかも。
 なんて、そんなことはないです、あり得ない。
 この料理、だしの煮汁は少なめ。多くてもひたひたか、ひたちょい多目、というのが香港では一般的。

 この「鹹魚鶏粒豆腐煲」はじめ、各種の具と春雨を炒め煮込みした「粉絲煲」など、土鍋を使った「煲仔」の料理が日本の多くの広東料理店、それもホテル内の中国料理店のメニューに乗っかるようになったのは、80年代に入ってからのこと。
 それ以前は、田村町の翠園酒家だけだったような。その辺りの事情については、後述します。

 ともあれ、広東地方の伝統的な郷土料理、家庭料理、特に「煲仔」が紹介されるようになったのは、香港の広東料理への関心が高まりが関係してのこと。香港の料理人が盛んに招聘され、新しい料理とともに、郷土料理も紹介されるようになった、というのがそもそものきっかけ、だったようです。

 ところが、日本の広東料理店で紹介されたほとんどの「煲仔」の料理、なんでだか、煮汁たっぷり。だし汁煮込みといった趣です。 
 なんでそうなったのか、私には不明です。
 そうです、だし汁、煮汁たっぷりのヘイフンテラスの「鹹魚鶏粒豆腐煲」は、明らかに日本の「煲仔」を踏襲したもの。

  それに、豆腐、鶏肉の切り方、下拵えのアバウトさは前述の通り。料理名にある「粒」の一文字が物語るように、素材の切り方、本来は賽の目切り。それも小ぶりのそれのはず。とはいうものの、香港でもその辺りはアバウト。それでも、豆腐、鶏肉のサイズはほぼ同じ。その辺りはきっちりしてます。

 ヘイフンテラスの「鹹魚鶏粒豆腐煲」。味付けは穏やかで上品。というあたり、ヘイフンテラスらしさがうかがえる。ヘイフンテラスならではのものだと言えるかも。
 とはいうものの、料理に力強さがない。それに、目の前の運ばれてきた時こそ、食そそそる香りはあっても、食べてみると、料理そのもの香り、風味に乏しい。

 「そういえば、このひなびた、素朴な感じの味わい、味付けに覚えあり、どこだったっけ?」と、記憶センサーが稼動しはじめる。
 結果、思い浮かんだのは、謝華顕さんが総料理長を務めるようになってからの「聘珍樓」で出会ったやつだ!

 「いや、まてよ。「板」と「鍋」の感じからすると、もしかして「赤阪璃宮」? けど、譚さんの料理に比べると、味にメリハリ、慎重なきめ細かさがない!」などと思い浮かぶうち、「そうだ、焼き物は「赤阪璃宮」で食べた味!」と、いきなり別の記憶センサーの回路が稼動。
 飯食ってる時の私の頭の中、だいたいそんな按配で、様々な回路が縦横無尽に入り乱れ。
 ま、普段もそんな風だったりしますけど。

 そして、「皮蛋」と塩漬け卵の「鹹蛋」を使い、炒めたほうれん草にだしの「上湯」を加え、煮浸しにした料理「金銀蛋上湯浸菠菜」。
 その色合いや見た目の美しさ、穏やかで優しく上品な味については、前述の通り。

 最近でこそ東京の広東料理店はじめ、オーナー・シェフの店などでのメニューに見かけるようになりましたが、案外、これぞというのにはなかなかお目にかかったことがない。
 鍵を握るのは「皮蛋」それに「鹹蛋」。ことに「鹹蛋」の質、状態。それに、なんといっても、だしが肝心。

 ということでは、ヘイフンテラスの「金銀蛋上湯浸菠菜」、だしがいささか弱い。それにほうれん草の下拵え、その切り方などがざっくばらん。それに「香」、「風味」が乏しい。
 そんな問題を抱えつつも、香港のそれをほぼ踏襲。福臨門の「金銀蛋上湯浸菠菜」に続いて第2位のポジションを確保。
 その日食べた料理の中ではベストの出来栄え。ヘイフンテラスではお勧めしたい一品です。

 さて、問題の「清蒸紅斑」。
 再び、黒服の女史の「あのう、香港ではよくあることですし、お客様の方がよくご存知のはずじゃないか…なあ」と、要は「お客さまがご存知ないだけ!」と暗にほのめかしたあの言葉が甦る、魚の腹を割いて蒸す「清蒸海斑」(と、私もいささかしつこい!)

 家に戻って、手持ちの資料やらネットで検索。
 確か香港料理大賞でそんなのがあったはず。
 ありました。2003年の魚料理部門で最優秀金賞を受賞した翠亨邨の《Steamed Spot Garoupa with Hashima》がそれ。もっとも、雪哈を魚の上にどっさりというもの。

 同年の受賞作には、他にも腹を開いた魚を蒸した料理が。ても、これだけで「香港ではよくあることですから」とは、言えないんじゃないか、って私もしつこいか。
 これ以外に、以前、香港の雑誌か新聞のクリップで見かけた覚えはありますけど、今や忘却の彼方。 

 ともあれ、ヘイフンテラス独自のスタイルなのは確か。
 ですが、調理は日本人の料理人だったことは、黒服の女史の証言にも明らかです。

 こうしてヘイフンテラスで食べた料理を振り返ってみると、「嘉麟樓」、それに香港の味というよりも、一時の(っていうのは、最近ご無沙汰なもんですから)京王プラザの「南園」、及び同店出身の料理人が総料理長を務め、独立して開店した店、さらに、謝華顕さんが総料理長を務めるようになって以来、より香港的な色彩の濃くなった「聘珍樓」のイメージが思い浮かび、重なる、というのが面白く、興味深いところであります。

 こんなことなら、やっぱヘイフンテラスのふかひれの料理、食べておけばもっと諸事情が明らかになったのかも。などと今になって後悔してもしょうがないか。
 いや、ふかひれを食べたら食べたで、別の展開があったかも、ですね。

 それにしても、料理全体を通して私の知る「嘉麟樓」ではなくて、「聘珍樓」のイメージがじわじわと浮かび上がり、やがて、日本、というよりも東京で香港と関わりのある料理店の面影が随所に顔をのぞかせる、というのは意外でした。

 画像は、おなじみ「あのう、お客様~」ということで料理撮影禁止。
 探し出したのは、だし汁ひたひた、しかも少なめの「煲仔」の「大馬站煲」。
 豚のアバラの焼肉、豆腐の蝦醬風味の炒め煮込みです。