2008/02/28

お好み焼き 桃太郎


 ここ最近は神戸に戻っても、神戸で用事をすませれば東京へ直帰。
 しばらく前には帰途、大阪に立ち寄ったり、大阪にだけ仕事で出かけるってこともありました。そんな時、時間の余裕があれば必ず立ち寄ったのが生野区の勝山のお好み焼きの『桃太郎』。
 10年以上も前の話になりますが、週刊現代で「日々是好食」という食案内の連載コラムを執筆していた頃に紹介し(後に拙著「これはお値打ちKODAWARIの料理店」(集英社)に収録)、NHKの「男の食彩」のキャスターを担当していた時にも紹介したことがあります。
 随分前、夏場に大阪に頻繁に出かける仕事があった頃、知ったのが火事で焼け落ちる前の法善寺横町にあった「三平」というお好み焼き屋。そこの「いもすじねぎ焼き」が好みでした。
 その「いもすじねぎ焼き」、元をたどれば生野区、桃谷近くの勝山町の「桃太郎」がそもそもの発端、なんて話を地元の知人に教えられたのが「桃太郎」を知ったそもそものきっかけです。

 お好み焼き、といえば大阪では「豚玉」こそがその基本、というのは多くの人が認めるところ。大阪で生まれ育った我がかみさんもその主張を決して譲らない。
 かみさんと一緒に暮らすようになって、同じ関西の出身とはいうものの、私は神戸の生まれ、育ち。
 かみさんは大阪の生まれ、育ち。
 それに、私は勤め人の倅で、かみさんは商売人の娘。
 ということから、日々の食事、関西風を共通基盤としながら、些細なことで差異もあり、お互いカルチャー・ショックを味わったものでした。

 大阪に生まれ育ったかみさんにとって、お好み焼きといえば「豚玉」が基本。
 神戸に生まれ育った私にとっては「肉焼き」が基本。
 もちろん「肉」というのは「牛肉」。断じて「豚肉」ではありません。
 それにもうひとつ「すじ焼き」というのもありました。

 「すじ焼き」は牛のすじ肉を煮込み、柔らかくなったところで、細切りにしてそのままてお好み焼きの具にすることもあれば、牛のすじ肉を、糸こん(糸こんにゃく。といって「白滝」と称する極細のこんにゃくではなく、ところてんさながら押し出しこんにゃく状の太さのあるもの)をぶつ切りにし、砂糖や薄口醤油で一緒に炊き合わせ、お好み焼きの具にしたもの。

 猟犬と雑種の犬と一緒に育ち、やがて犬の食事番になった私が、犬の餌のために煮込んだすじ肉をつまみぐい、なんて話を以前しました。そんな犬の餌だったはずのすじ肉、我が母親が、牛肉の買い置きがない時、たまに煮込んだすじ筋に味付けし、お好み焼きの具にするってことがありました。
 そんなこともあって私の「すじ焼き」への思いは強い。
 そういえば、中学校時代、兵庫区や長田区から越境入学していた同級生の会話で、彼らにとってお好み焼きといえば「すじ焼き」なんてことを知ったものです。なんてことから「すじ焼き」は、神戸でも中央部から以西、兵庫区や長田区あたりがその本拠、なんてずっと思っていました。

 週刊現代で食のコラムを担当していた当時、なんとかお好み焼きを紹介したい、ということからお好み焼き行脚のフィールドワークを実践。
 私は神戸の「肉焼き」、「すじ焼き」、それに冬場の「牡蠣焼き」や、明石のたこを具にした焼きそばの「たこそば」をを紹介したかった。ですが、当時の編集担当の意向もあり、大阪にお好み焼きに的を絞りました。
 たまたま知己を得て、私の連載での大阪の店紹介を依頼した門上武司さんの知恵も借り、関西にでかける機会を見つけてはお好み焼きの食べ歩きに精出したものです。
 その時、やはり大阪は「豚玉」が基本だと、改めて認識。
 神戸のお好み焼きとの差異をまざまざと見せ付けられました。
 中には、すじとねぎを看板にする大阪で評判の店もありましたが、どっさりのねぎばかりが目立ち、すじの煮込みも味付け、風味が神戸のそれとは違いました。
 お好み焼きとしての旨さ、味わい、風味に欠ける。粉、すじ、ねぎの焼き物という印象でした。人当たりのいいサービスで、商売は上手い。ですが、味はいまいち。
 やっぱり「いもすじねぎ焼き」は「桃太郎」に限る。そう思いました。

 画像は「桃太郎」の「道頓堀極楽商店街」支店でゲットしたテイク・アウト用の「いもすじねぎ焼き」。
 新幹線に乗って、食べ初めてしばらく
「あ!画像!」と思いついて撮影したもので、食べかけですからその一部。
 揺れる新幹線での画像撮影です。