「前菜」、「金銀蛋上湯浸菠菜」が決まったところで、メインの料理をどうするか。
今回、私を誘ってくれた食べ仲間の友人が目当てにしていたのは魚料理。それも、蒸し魚、ってことでした。 テーブルについて我々を最初にアテンドしてくれた白服君からメニューを手渡され、私がふかひれの料理の仔細を眺め回している間、友人がチェックしていたのは魚の料理と魚のリスト。
友人は白服君に、魚の種類や料理方法を確認。そのやりとり、白服君の説明がなんともトンチンカンで、友人にも私にもチンプンカンプン。
魚料理ということなら、私も異論はない。ですが、蒸し魚となると一匹丸ごと。その日、テーブルを囲んでいたのは3人でしたから、はたして小ぶりの魚の用意があるものかどうか。
種類とサイズ、魚の大きさ次第です。
それが心配になってふたりのやり取りの間に「あの、蒸し魚じゃなくて、煮込みなんかはどうなの?「紅炆海斑」とか「紅炆斑翅」なんか」と割り込んで入った私。
蒸し魚でなく、煎り焼きにして煮込む「紅炆斑翅」なら、大きな魚、丸ごと一匹でなくとも可能なはず。香港の一応の料理店なら、メニューに載っけていますが、それをメニューに見つけ出せなかった。もしかして、あったのかも。
ともあれ、そんな私の質問に「新鮮な魚ですから、蒸し魚がいいかと思います」という白服君の返事に、私は「?????」。
確かに、獲れたての魚は、煮て食え。寝かせた魚は生で食え、などといいますから。
つまり、獲れたての魚は、活きがいい。コリコリとした触感、爽快な鮮味を味わるものの、魚の味、旨味を味わうには、しばし寝かせたやつを生で食べるのが良い、ってことです。
白服君の言い分は正しい。
ですが、言下に「煮物よりも」という含みの有るような説明だったのに「ン?」。
「煮物にする魚も、新鮮なのがいいんだけど……」と、話をするものもややこしく、面倒そうなんで、またまたぐっと我慢。
仲間の友人も、白服君との話には、匙を投げた格好で、そのまま、魚料理の話は、要領を得ないまま、しばし頓挫。
そこで、件の黒服の女史が登場。
前菜、野菜料理を決めた後で、魚料理の話が復活。
黒服の女史、魚の種類、収穫地を話してくれましたが、やはり、サイズの大きな魚しかない様子。
改めて「紅炆斑翅」、「紅炆海斑」のことを尋ねましたが、ご存知ないのか、話が噛み合わなくって要領を得ない。
「う~ん(大きな魚)でも、いいや、蒸し魚にしましょう!」という友人の提案で、はたの「清蒸海斑」に決定。
前菜は家禽、野菜は煮浸し、魚は蒸し物と決まって、後は炒めものか、揚げ物、もしくは煮込みもの。そこで、素材は「えび」を選んで、炒め物か煎り焼きってことになりました。
とはいうものの、メニューでえびの料理を探しても、なんだかいまひとつで、ピンとこない。
「蝦仁」なんてあっても、冷凍ものを戻したむきえび、なのかな?と、不安もよぎる。
日本の中国料理店では至極当たり前、よくあることですから。
もちろん、冷凍の戻しでも、戻しのワザ、調理、調味の工夫次第で「これなら納得」という料理にお目にかかることもあります。が、初めての店では、疑心暗鬼でもないですが、ついつい用心深くなって、確かめることだってあります。
出来れば「活きえび」が良い。
才巻き、車えびなど、種類に応じて、調理、調味を考えるのは当然な話。それが「「活きえび」がございます」という黒服の女史の話。
「どんなえびがあります? 才巻き、車なら、殻つきの煎り焼き、もし、活きの大蝦があるなら「干煎蝦碌」なんかで」、と私。
「あのう、昨日、たくさん出てしまいましたので、ご用意できるえび、数に限りがあるかもしれませんので、今、確かめます」と、白服のアテンド君を呼び寄せ、キッチンにパシらせる黒服の女史。
その返事を待つ間に、煲仔を一品、ということになりました。
「嘉麟樓」に限らず、香港の広東料理店では、旬の素材の「小菜」を紹介したメニューがあって、煲仔類が紹介されてます。
うちのかみさんがヘイフンテラスのメニューをチェックした時、見つけた広東地方の郷土料理、というのはこれだったのかと納得。
とはいえ、グランド・メニューに並んでいるのは、季節を問わない定番的なメニューがほとんど。季節、旬の素材を使った料理は見当たらない。
もしかして「小菜」のメニューの用意があって、そこに紹介されていたのかもしれません。
ともあれ、グランド・メニューから「これにしませんか?」と友人が選んだのは「鹹魚鶏粒豆腐煲」。塩漬け魚の「鹹魚」、鶏の賽の目切り、豆腐を炒め、煮込んだ料理で、「鹹魚」好きな友人の好みの一品です。
が、ちょい不安がよぎった。
「「鹹魚」は「馬友」?それとも「曹白」なの?」と、ついつい口に出てしまった私です。
黒服の女史、一瞬、沈黙。
しばし間を置いて「「馬友」……だと、思いますが、キッチンに確認しておきますので」と。
いささか気弱な返事です。
それより、何を尋ねても、何でもかんでも、キッチンに確認します、という言葉。
黒服の女史、毅然としている割に、その日、店にある素材、なんも把握してないんだってことに、いささかがっかり、うんざり、というよりも面倒にもなって
「あ……いいです、いいです」と、その場つなぎにテキトーに返事してしまった私です。
香港の一応の店なら、白服君はともかく、黒服のキャプテン以上の立場なら、海鮮はもとより、野菜にしろなんにしろ、また、特別なものにしろ、その日、入荷し、客に提供できる素材を把握しています。
覚えきれなければ、ポケットからアンチョコをとりだし、顧客でなくてもしっかり応対。積極的に、時には執拗に売り込む、っていうのはごく当たり前、フツーのことなんですが。
キッチンから舞い戻った(パシリの)白服君が手渡したメモを手に
「中蝦、ございますので、どのように?」と黒服の女史。
ですから、「「生抽」か「老抽」の煎り焼きか、「蒜茸焗」で」と、
さっき話したこともすっかり忘れてしまった様子。
いや、もしかして、「生抽」か「老抽」の煎り焼きがわからなくて、知らんふり?
「あの、「豉汁炒」などでは如何でしょうか」と、黒服の女史。
いきなりの提案、いきなりの展開ですが、悪くはない選択。
「豆豉」、つまりは黒豆の醗酵味噌と香味野菜で作ったたれで炒めた料理、ってことです。
そうです。
友人、私、黒服の女史の会話の基本は日本語。
ですが、料理名、料理方法、調味に関しては、テーブルの上を広東(料理用)語がびしばしと飛び交い、繰り広げられる壮絶なるバトル! でもないか!
ともあれ、傍目で見れば「?????」なのに違いない。
異様なる光景だったことには間違いありません。
ということで、前菜は焼き物2品にくらげ、「豉汁炒中蝦」、「鹹魚鶏粒豆腐煲」、それから「金銀蛋上湯浸菠菜」、「清蒸紅斑」というところまで、こぎつけた。
素材、調理、調味に重複はなし。
とはいうものの「う~ん、なんだかもう1品」と、頭の中ではわだかまり。
肉好きな私としては、肉の料理がないな、というのがそのひとつ。
ま、普通の人なら「焼き物の前菜があれば、それでいいじゃん」ということでしょうが、私の素材区分、その分類では、肉と家禽は別物。
それに、口直しの役目も果たす揚げ物がない、というのが頭の隅っこにあった。
そもそもといえば、ふかひれの料理が正体不明の「気仙沼」ってことで、リスクを避けて踏ん切りがつかず、おまけに「例湯」がない!
そんなことにすべては起因する。
それに「清蒸紅斑」の大きさがわからない。
注文しすぎて食べきれない、というのももったいない話。
なんてことから「ま、これでいいっか!」ということで、とりあえず料理の注文を終えたのでありました。
「ふ~」と、思わずため息!
画像は、「あの、お客様~」ということで、ヘイフンテラスでの料理の撮影は禁止!
ですから、香港の「鏞記」の「干煎蝦碌」です。旨いんです、これが!