2009/08/27

閑話休題~カンピロバクターの1

 22日、明治座で石川さゆりの「2009コンサートツアー」の夜の部を観賞。
 「天城越え」。
 ストップモーションをリアルに再現してくれるエンディングの見得。最高の見ものです。
 思わずリプレイをクリックしたくなったりして。

 新曲「桜夜」、第一部、第二部で2回披露。 その第二部での「桜夜」の最後のサビ、だっだっだっだと爪先立ちで客席に迫っていく歌の踏込みが、実にスリリング。今週金曜日、朝日新聞の夕刊、文化欄にステージ評が掲載されますので、詳細は後日。

 終わって、担当氏と打ち合わせを兼ねて一杯。明治座は浜町ですから近場なら人形町。浅草も近い。ですが、思いあたる店、お休みの様子。なら、国際フォーラムの公演の後と同じになっちゃいますが、数寄屋橋で焼き鳥。

 久々の訪問です。
 到着早々、酒を頼むよりも前に「ソリ(レス)」の有無をチェック。

 だって「ソリ(レス)」が食べられないなんて、ここに足を運んだ意味がない。

 「あります。でも、ボンボチは終わっちゃいました!」
 「ボンボチはなくてもいいです。「ソリ(レス)」さえあれば!」

 「それと、あの、新製品があるんですけど!」
 「は?新製品って?」
 「いや、あの、背中の付け根のところにある筋肉、2本あるんですけど、一羽で都合、4本」
 「それがあるわけ?いきます、いきます、それ、それ。で、なんていう部位!」 
 「いや、一応、インナーマッスルってことで!」 
 「インナーマッスル?」と、思わず復唱!
 「ふ~ん」となんだかその名称に、一瞬、疑惑の眼差し。
 でも、試さない手はありません

 それから他にあれこれ注文
 「ね、刺身、メニューから消えちゃってるけど!」
 「いやあ、あの、それ、あ、ご存知ないですか。ほら、カンピロバクター食中毒の一件があってから・・・」
 「す、すんません、もっぺんお願い、なんだって?カンなんだっけ?」
 「カンピロバクターです。で、生肉関係は控えるってことで・・」
 「なるほど、私、近頃、外食から遠ざかってる上に、焼き肉関係とか全然、でかけませんから、そういう事情にうとくって」。
 なんてことで、最近の焼き鳥、焼き肉店での生肉事情を知りました。

 ここでは“とりあえず「ビール」”に匹敵する“とりあえず「わさび焼き」”。
 さっと炙った胸肉とわさびの鼻つん、それにひりが・・・
 のはずが、あれ?あれ?なんだかこれまでと様子が違う!

 肉はしっとり、ねっとりじゃなくって、繊維質。しかもチュウイー。噛み締めれば、甘味が次第に浮かび上がる。その甘味と、鼻つん、ひりとしたわさびの相性がいい。これまで未体験の新しい美食世界に頭をつっこんだ感じです。

 「ね、わさび焼きって、こんなにチュウイーで、噛み締めると甘い味がしたっけ?しかも、今までと違う甘い味。火が通した肉の甘味、旨味、風味なんだけど、なんだか新世界!」
 「いや、ほら、レアじゃないからじゃないですか?」

 言われて、「あ、そうか!」と納得。
 これまでの「わさび焼き」、表面炙って、中はレア。いわば「たたき肉」状態。
 それが、今回のは、火をさらに通してある。そんなことに気づかないなんて、私もいい加減、大雑把な人間です。

 言い訳じゃないですが、火の通り加減、ミディアム・レアの手前ぐらいで、噛み締めればチュウイーながら、ジュシーな肉汁が浮き立つ。レア状態よりも甘味が立つ感じ。塩の加減、そう、按配も見事です。そこに生まれた未知の美味の世界に入り込んじゃいました。ですから、かつてわさび焼きは、たたきそのまま、中はレア、なんてこと、すっかり忘却の彼方、だったという次第であります。

2009/08/23

閑話休題~蒸し暑い夏。今年もいつもと違う変な夏。去年よりも変な夏の2

 「鮑、切ってくれる?」。
 「どうします?硬いとこがいいですか?それとも柔らかいとこにします?」
 「あ、ちょっと待って!塩蒸しと生があるんだ。ここで生の鮑を食ったことあったけ?」
 「何言ってんの、昔から食べてたじゃない、両方!」
 「そうだっけ?ま、いいや。最初は塩蒸し!」
 なんて按配で、千葉の大原の鮑の塩蒸しのぶつ切り。
 
 ねっとりと歯にまとわる柔らかさ。
 「ええ、そこんとこ、殻にくらいついてる根っ子のとこです。甘いでしょ?」
 「うん、甘い。だけじゃないのね、香りがいいね。ね、もうちっと鮑食べたいな」
 「じゃ、これ!どうです?歯の丈夫な人はこんくらい硬いのがお好みなんですけど」
 わお!生の鮑はコリコリ!ことに端っこのとこは堅物でコリコリ。
 「生もいいけど、やっぱ俺は塩蒸しだな」
 「食べた後で、いつも同じこと言うんだから、もう!」
 「じゃあ、たこ、切って」

 鮨に突入。
 最初はこはだ。














 しっかり2枚、身に纏ったこはだ。
 それから、しまあじ。
 いか。















 「鯵が美味しい!」と隣はうっとり顔。
 「どこ?」
 「内湾ものです。いいでしょ、今日の鯵!」
 「今日のベストかも!」
 なんて話に惹かれて
 「じゃあ、鯵!」














 なるほど。これは旨いや。
 脂が乗ってて、旨味が舌にぐんとのしかかり、香りが口中に広がります。
 「確かに、ベスト。でも、まだ食べてないものがあるし・・・
 う~ん、じゃ、ちょっと舌を変えたいから、すずき。どこ?」
 「常陸です」。
 すっきりと爽やか。
 ですが、もちっと切り方、厚みのある方が爽快感を増したかも。

 「まぐろにします。えと、最初、赤身。中トロとトロの按配どう?」
 「そですね。う~ん、じゃあ、中トロ、トロ、一貫ずつにします?」
 「そね、あとで鉄火巻き食べるし」



















 「わお、なんだこれ、いつもより、2ミリ厚いじゃん!」。
 赤身を食べて驚きました。
 「なんで2ミリなの?そんなの、わかるわけないでしょうが。知ったかぶりしちゃって!」と、隣が声を上げます。
 「だって、舌触りが違うもん。いつもより厚いから。これ、絶対に2ミリ厚い!その分、味も香りも際立ちますね」
 「そんなことあんですか?」と、隣は付け板のむこうに尋ねます。
 「ええ、まあ、夏場ですし。いつもに比べて、ちょっと厚く切ってます」。
 「へ~、そんなことあるんだ」。
 「だから言ったでしょ?どんな魚も部位や状態で、ネタの厚みは切り分けてるって。それも季節に応じて、ね。食べてりゃ、わかるでしょうが!」。

 「いえ、まあ、食べて美味しいと思ってくれるように切ってるだけですから」。
 「そうね、美味しければいいよね。でも、鮨のうんちく語る人なら、美味しさの秘密、理由を探ってほしいよね。それが仕事なんだし。わかんない人、気づかないって人っていますから。(ネタの)切り方、厚みとか、部位とかによって変えてる、季節によって切り分けてるって」。

 「お、中トロとトロ、可愛く並びましたね」



















 「なるほどね。これなら、赤身がいいや!あとで鉄火を食べるから!
 「じゃあ、たこ」
 「詰めにします?」
 「うん。それからあなご、ね!」
 「私も!」
 
 「おお!3貫並んで、大阪の鮨みたい!」
 「へー、大阪じゃ3貫なんですか?」
 「そう、一皿に3貫」
 「でもね、最近、江戸前風とかで、2貫とか、なんでだか1貫の店もあるらしい」
 「うちでもいろんなもの食べたいからって、1貫ずつにしてくれってお客さん、いらしゃいますよ」
 「あ、そう。でも、私は2貫だな。食った気しないもん」

2009/08/22

閑話休題~蒸し暑い夏。今年もいつもと違う変な夏。去年よりも変な夏。

 中津川での「09椛の湖フォークジャンボリー」から戻ってしばらく、後遺症に。
 エンケンこと遠藤賢司、加川良、あがた森魚の歌に刺激され、朝日新聞の原稿を書き終えた後は、アルバムを洗いざらい。

 それより、ジャンボリーの大半は暴雨に見舞われてのこと。取材に同行したNさんが用意してくれた簡易椅子に座り、ポンチョをかぶって暴雨対策は万全。ところが、斜面に椅子を設置したこともあって、前屈み状態を長時間強いられることになって、腰がアウチ!

 腰痛からリカバーした後は、新木場での野外コンサートのワールド・ハピネス・2009へ。高野寛、ASACHAN&巡礼、いとうせいこう率いるザ・ダブ・フラワーズがグッド。ムーンライダーズはあら還オヤジ集団の底力と心意気をみせ、YMOも懐かしい作品で楽しませてくれました。

 そんなところで夏のコンサート通いはしばし休息。
 旨いもん食いたい、なんて思いながら、これまでミュージック・マガジンに書いてきたルポやインタビューをまとめた本をなんてことになり、しばしの間、ミュージック・マガジン通い。いろいろ食事の誘いなどもありましたが、涙を飲んでパス状態。

 救いは埼玉の東松山の農業、加藤紀行さんが送り届けてくれた各種の茄子、苦瓜、胡瓜に唐辛子。昨年もそうだったように、今年の夏もなんだか変。去年以上に変です。しかも、梅雨が明けないような蒸し暑い日々が続いて、食欲は・・・・ま、相変わらずなんですけど。

 この季節、体が求めるものがある。体の熱気を下げてくれて、体を浄化し、爽快な気分にしてくれるのが茄子、胡瓜、苦瓜、唐辛子。しかも、加藤さんが育てた野菜は美味しくって風味が豊か、という以上に頑丈で逞しいですから、鋭気が漲ります。

 ミュージック・マガジンがあるのは神田の神保町。しかも、通りを隔てたところに長年の馴染みの店があります。幸か不幸か、神保町に通った日々はお盆の真っ最中。当然、馴染みの店はお盆の休みってことで、諦めもつきました。

 ですが、お盆の休みが終われば営業再開。なんてことでその誘惑、頭をもたげて、気もそぞろ。とうとう、その誘惑にまけて馴染みの店に出向きました。

2009/08/12

夏到来!~09年7月の「赤坂璃宮」銀座店の9

 画像を見れば一目瞭然。その出来栄えは実に見事。調理の素晴らしさを物語っています。

 実はドライ・タイプの「干炒」にしろウエット・タイプの「炒河」にしろ、香港では誰にでも親しまれた一般的、かつ、大衆的な料理です。言わば、日本で焼きそばにあたるもので、焼きそばよりも好まれ、親しまれているもの。

 で、それが食べられるのは広東料理店、もしくは、香港式の洋食を扱う餐廳や咖啡舗でのこと。ちなみに幅広ビーフンの「河粉」は、メニューに「面或粉」の表示があるようにことに潮州系の「粥麵店」で食べられるますが、ほとんどはスープ仕立てのもの。

 というのも面粥店では炒め物は扱わず、提供しないのが一般的。ですから、香港の街中の「粥麵店」で焼きそばの「炒面」に出会えることは滅多にない。その理由は、どうやら「炒面」は「料理」の範疇に入るらからのようです。

 というわけで「炒面」、焼きそばは広東料理店、もしくは、小食店でのこと。それが「河粉」の炒め物に関しては、餐廳、咖啡舗のメニューにあります。しかも、その調理、味付けは、素朴で荒々しい。「干炒」は、ベタベタに油っぽくて味付けは濃厚。「炒河」のあんかけはとろみたっぷり、といった按配。

 しかしながら、日本のソース焼きそばがそうであるように、ソースの焼け焦げ味が粗雑で乱暴な調理をカバーして、なんだか食をそそる。郷愁を覚えます。そう、香港の餐廳や咖啡舗での「干炒牛河」は、まさしく日本のソース焼きそばのそれ。郷愁を覚える懐かし味です。そんなあの味!を求めて、たまらず餐廳、咖啡舗に飛び込む人も少なくない。香港B級グルメの上位ランクに位置する一品です。

 それが、広東料理店の「干炒牛河」、あるいは「菜遠牛河」となると、いささか趣も違ってきます。料理の一品ですから、具にする素材、その吟味、味付け、調理に工夫があります。それを看板にしている料理店もあります。

 たとえば飲茶で知られる陸羽茶室の「干炒牛河」は、メニューにも載っていますが、顧客、常連客の間ではその存在を知られた評判の一品。福臨門では、一時、お昼に粥麵のメニューでそれを紹介していたこともあります。が、どちらかといえば常連客、顧客のみが知る裏メニューの一品といえるかも。もっとも、香港の広東料理店ならどこだってメニューにはなくとも、頼めば作ってもらえます。

 そして「赤坂璃宮」銀座店の「乾炒沙河粉」。牛肉じゃなくって豚肉、それにパプリカ。ピーマン、レタス、セロリの細切りにもやし。そこに、玉葱のスライスも!というのが、実に憎い!その甘味、実は「干焼炒河」に欠かせないもの、だったりしますから。

 味付けは塩味主体で醤油を味、風味づけに。押し付けがましさのない奥床しくて上品な味付けです。餐廳のそれのようにベタベタの脂っこさは皆無。しかも「干焼」とあるように調味料、だしは「河粉」に絡み付いて、余計な煮汁はありません。

 そういえば先月の「柱侯牛腩河」での自家製の「河粉」、「自家製ってこともあって、長いのがあったり、短いのがあったり、厚みがあってぼってりしていたり。そこんところはご愛嬌」なんて紹介しましたが、今月のは、長さ、厚みは均一という見事なもの。

 つるんとした滑らかな「河粉」の触感、ぷるんと弾ける噛み応えがありました。しかも噛み締めれば「河粉」にまとわる味、風味が口中に広がります。
 「これ、ほんとに旨いよね!」
 「先月食べた「河粉」は、米の粉というか、米の味、そのものだったけど、味が絡んで、格別ですね」
 「スープ仕立てで「河粉」の滑らかさ、のど越しのよさを味わうのもいいけど、こうやって炒めるとまた味わいも違って。でも、この炒め方、見事な技に圧倒されますね」と、感心しきり。

 この「乾焼炒河粉」も「赤坂璃宮」銀座店の「家郷菜」を語るに欠かせない一品なのは間違いなしです。

夏到来!~09年7月の「赤坂璃宮」銀座店の8

 締めくくりの「面・飯」。
 なんと「乾炒沙河粉/自家製河粉の炒め」の登場です!!!!!!!!!!

 先月に続いて「赤坂璃宮」銀座店の自家製の幅広ビーフンの「河粉」が登場。 先月は牛のばら肉の「牛腩」と筋肉の「牛根」を「柱侯醤」で煮込んだ具にしたスープ仕立の「柱侯牛腩河/牛バラ肉入りスープ河粉」。

 今回の「乾炒沙河粉」は、先月もふれたdancyu「本格焼きそばに挑戦」(09年4月号)で譚さんが米の粉から作る河粉の作り方を実践指導。「もやしと鶏肉入り中華風きしめん」を披露して以来、大藤さんを通じてリクエストしていた一品。

 幅広ビーフンの「河粉」については先月の「柱侯牛腩河/牛バラ肉入りスープ河粉」のところで触れた通り。「河粉」を素材にした料理の中でも一番の好みは牛肉を具にしたドライタイプの「干炒牛河」なんてこともふれました。

 ドライタイプ?どいうことそれ?なんて思われたかもしれません。
 というのは「河粉」の炒め物、その具材の主素材が「牛肉」にしろ「豚肉」にしろ、野菜も一緒に炒め合わせる。

  その際、具材だけを炒め合わせ、とろみをつけ、あんかけ状にして、油通しというか素炒めした「河粉」に乗っけるのがウエット・タイプ。「菜遠牛河」、あるいは「牛肉炒河」というのが、その料理名。

 それとは違って牛肉や野菜と「河粉」を一緒に炒め合わせたのがドライ・タイプ。「干炒」と料理名についてます。「干炒」とあるように、素材に調味料やだしを「河粉」にしっかり絡み合わせ、調味料、だし、煮汁の気配なし。面に味がしっかり絡んでだし、煮汁のない「ソース焼きそば」みたいなもの。

 ところが、です。乾燥物を戻した「河粉」、ことに米の粉を溶いて蒸籠で蒸して1枚づつ丹念に仕上た生の「河粉」はその扱いが実に厄介。水っ気、水分を含んだものですからそれを炒めるとなるとかなりのワザ、技術が必要、というのは「河粉」を実際に扱ったことがある人ならご存知のはず。

 日本では広州の「沙河粉」はじめ、本場ものに「河粉」の入手が難しい。タイやベトナム産のは幅広ビーフンでも代用化。ですが、広州の「沙河粉」は特有の透明感がありますし、滑らかさ、舌触りが異なる。生の「河粉」を作る面倒さもあってか「きしめん」で代用というのが一般的。

 もっとも、茹でて、水っ気を切った「きしめん」は、まさしくうどんのそれ。というわけで、乾燥した「河粉」、生の「河粉」とは違う代物。むしろ緑豆の澱粉から作った「粉皮」に似ています。ぺろっと滑らかで、くたくたのへろへろの触感ですから。

 そういえば「その店の「炒飯」を食べれば、店の料理の良し悪し、料理人の技量がわかる!」と豪語される方がいますが、それって、相当に当てにならない話。それよりも「その店の「河粉」の炒めものを食べれば、店の料理の良し悪し、料理人の技量がわかる」というのがはるかに真実、本質をついた話であることは、香港の料理店の経営者、優れた料理人の多くが語ること。福臨門の徐社長もそんな話をしてましったけ。

 かように「河粉」の炒め物は、料理人の技量を問われる料理人泣かせの料理です。
 はたして「赤坂璃宮」銀座店の「乾炒沙河粉/自家製河粉の炒め」や如何に!

2009/08/09

夏到来!~09年7月の「赤坂璃宮」銀座店の7

 そうそう「馬拉盞(醤)」。 「蝦醬」でも固形の「蝦膏」を使い、干し海老の「蝦米」、干し葱頭、ニンニクに唐辛子を素材にしたものが一般的。

 そういえばマレーシア、インドネシアには「サンバル」といって塩漬けにした唐辛子をベースに、香味野菜なども加えた辛味調味料があります。それを「馬拉盞」だとする人もいるようですが、香港あたりだと「サンバル」はやはり「(馬拉)辣椒醤」、もしくは「(印尼)辣椒醤」と言うのが一般的な通称。

 マレーシア、インドネシアには「サンバル」とは別に唐辛子を塩漬けにしただけのものもあります。以前、クアラルプールに出かけた際、中華系の市場と隣り合わせになったマレー系の市場の唐辛子専門店でそれを発見。

 店先で味見させてもらったところ、辛味だけじゃなくて、フルーティな爽快感や甘味がある。なんてことで、たっぷり買い込んだことがあります。名前を忘れちゃいましたが純粋な唐辛子味噌で、かといって「サンバル」と言う名前ではありませんでした。

 「馬拉盞(醤)」は、そのの名称からするとマレーシア産かと思いがち。
 ところが、実際に一般に流通し、香港あたりで広く浸透しているのはタイ産のそれ。
 しかも「馬拉盞」は「蝦醤」でも固形の「蝦膏」、干し蝦の「蝦米」、唐辛子に香味野菜がふんだんに使われているものが多いことから「XO醤」の原型、それを生むきっかけになった、なんて説があるのが面白いところです。

 そして「馬拉盞通菜/空芯菜のマレーシア風炒め」。 「空芯菜」の炒めものといえば、シンプルに生姜の細切り、ニンニクの微塵切りなどの香味野菜と炒めあわせたもの。アミの塩辛ともいえる「蝦醤」、それもペースト状のもの、それに固形の「蝦膏」風味のもの。「腐乳」に唐辛子の小口切りの「椒絲」を加えたものなど、どちらかといえばクセのある調味料との組み合わせがグッドです。  
 「馬拉盞通菜/空芯菜のマレーシア風炒め」ってことですから、山下さん、柏木さんに頼んでどんな、それにどこの「馬拉盞(醤)」を使ってのものなのか、聞きそびれましたが、多分、タイ産のそれのはず。

 袁さんが調理したこの種の料理、目の前にした時、ふっとそのクセのある香りが鼻をよぎる感じで、会議に夢中だったりすると、気がつかない。
 それが、口にして、噛み締めた途端、クセのある味わいがじわ~、喉奥の鼻腔を独得の風味がくすぐり、鼻筋の裏にぬけていく。「馬拉盞」の使い方、按配が見事です。

 それより「空芯菜」、葉先から根元まで、一本そのままつながってます。それでいて、葉先は「空芯菜」の葉の味わい、一方で、根元の茎のあたりの味わい、全く違って、それぞれの味、風味、えぐみ、苦味の味わいの両者の対比が、噛み締めれば噛み締めるほと、味わえば味わうほど、くっきり、はっきり浮かび上がる。

 「すげえ!」と思わずひとりごち。
 「空芯菜」の葉と根元の状態を把握し、その対比を心得た火の通し方、味付けの按配の見事さ。「鑊気」すなわち「鍋の気」にあふれた調理、火の使いの鮮やかな鍋仕事の妙に、感心しきり。袁さん、すごいですね

 ふとみると「空芯菜」に絡んだ生姜の細切りの細さ、長さ、そうです「板」仕事の細やかさに目を見張る。なんて、いいながら、もぐもぐ、歯に触れた「パリ」とした触感。しかも、噛み締めれば香ばしい風味が。

 「あれ?これって「蝦米」?」
 そうか「馬拉盞」ですから、干し海老の「蝦米」があって当然だ。しかも、ペースト状の「蝦醤」以上に、旨味とこくがあるのは、固形の「蝦醤」の「蝦膏」だからでしょう。

 暑い夏の盛りにこそ、味、風味を増す「空芯菜/通菜」。
 しかも、旨味、こくのある味付けの「馬拉盞通菜/空芯菜のマレーシア風炒め」。
 香港、広東地方ではごくありふれたお惣菜。家庭でも作りますが、プロの技、味付けは違います。

 なんてことない「馬拉盞通菜/空芯菜のマレーシア風炒め」のようでいて、先の「乳香脆排骨」ともども、香港の、広東料理の家庭料理、郷土料理の「家郷菜」の豊かな味わい、その奥深さを改めて認識しました。

夏到来!~09年7月の「赤坂璃宮」銀座店の6

 そして「馬拉盞通菜/空芯菜のマレーシア風炒め」。
 「空芯菜」はヒルガオ科さつまいも属の野菜。「蕹菜(ようさい)」ってことですが、茎が空洞になってることから「空芯菜」、香港では「通菜」というのが通称です。

  改めて「空芯菜」について確認しようとネットで調べてみたら「空芯菜は登録商標です!」なんてのがあって驚きました。勝手に「空芯菜」としてその種子、成育したものを売買してはイケないってことですか?へぇ~!

 今回の料理、「馬拉盞」とあったの興味津々。 「馬拉盞」の「馬」は、日本語での料理名にもある通り「マレーシア(馬來西亜)」の「馬」。それが、「馬拉」と記されてるのは「馬拉糕」と同じく香港、広東地方でのマレーシアの通称で、滅多に「馬來」とは記されない。

 ところが「馬拉盞」として「盞」という言葉がつくとちょっとばかり意味が違ってきます。というのも「馬拉盞」というは「蝦醬」をベースに唐辛子なども加えた辛味調味料の「馬拉盞醬」の略語、だからです。

 マレーシアは「蝦醬」と「咸魚」の宝庫というか、ことにペナン産のものが良質ってことで有名。
 そういえば以前、私が「咸魚」、「蝦醬」、「腐乳」好きだと知った香港の歌手の譚詠麟(アラン・タム)。「「咸魚」はマレーシアのペナンのものに限る!」ってことで、わざわざペナンから取り寄せて、我が家まで航空便で送り届けてくれました。

 そればかりか「「腐乳」は香港の「○○記」のものに限る!」なんて言います。
 ある日の朝、香港からプラスティック製の小ぶりのバケツが到着。何かと思ったらバケツの中身は「○○記」の腐乳がたっぷり。香港からはるばる飛行機で運ばれ、我が家に届いた時には、揺られ揺られてきた結果、大半の「腐乳」の「角」がとれて原型の跡形もなくバケツの中でタップンタップン。
 アランの心憎い贈り物、嬉くって、大事に大事に扱って、全部、使いました。

2009/08/08

夏到来!~09年7月の「赤坂璃宮」銀座店の5

 続いて「金杯夏果牛/牛肉とマカダミアナッツの炒め」。 先ほどの料理が「乳香脆排骨/スペアリブの香り揚げ」でしたから、続いて、魚介、豆腐、野菜を素材にした蒸し物が登場?なんて、予測してました。香港の人たちのコースの組み立てならそんな感じですから。ところが、予想に反して牛肉の料理が登場。もちろん肉好きな私としては堪らない。

 「夏果」とは「マカダミアナッツ」のことです。といって「夏」の「果実」、「果物」、「木の実」って意味じゃない。「夏威夷(ハワイ)」の特産品ってことから「夏威夷果」、それを略して通称「夏果」。ですが、やっぱりこの夏の季節にあわせて「夏」にちなんだ「木の実」ってことなんでしょう。

 そんな「夏果」と「牛肉」と野菜を炒めあわせた一品。野菜は赤いパプリカ、ベビー・コーン、アスパラ。それに干し椎茸という内容。

 画像を見ればご覧の通り、牛肉、野菜のいずれとも、マカダミア・ナッツの大きさに合わせて切り揃えられています。結果、それぞれに鮮やかな色合いが目を捉えて離さず、食欲をそそるという按配。中国料理の基本で重要なポイントである「色・香・味」の「色」、見た目の美しさを絵に描いたよう。

 その味付け、塩味主体でシンプル。食べてみて「蠔油」つまりは「オイスター・ソース」の味が浮かび上がるという寸法。「蠔油」の効果的な使い方、味付けの加減、按配が上品で奥床しい。

 野菜のひとつひとつの味、香り、風味もしっかり浮かび上がる。ですが、一番面白いのはやはりマカダミア・ナッツ。ナッツにしては、サイズ大きめで、パリポリの噛み応え。そこにオイスター・ソースの旨味、風味が絡んで、ひと味違った印象。

 それに比べて、サイコロ上の牛肉は、表面がかりっとした焼き加減。噛み締めると柔らかくって、ジューシーな肉汁がほとばしる。そう、牛肉を噛み締めるたび、なんだか、ステーキを食べてるみたいに、リッチでゴージャズ、贅沢をしている気分になりました。

 で、牛肉や野菜を盛り込んだバスケット。普通、じゃがいもで作った「巣篭もり」ですけど、今回は色合いが違います。「食べられますから、是非どうぞ」と、山下さん。「小麦粉とカスタードで作った特製のバスケットなんです」。

 バスケットの端っこをパリッと割って、口に入れてみたら、甘い。なんだか、デザートの一品の脇役として登場しそう。アイスクリームやソルベを盛り付けるバスケットみたい。やがて、その甘さと、塩味、こくのあるオイスター・ソース風味の牛肉、それにマカダミア・ナッツの相性がぴったり、なんてことに気づきました。

 この「金杯夏果牛/牛肉とマカダミアナッツの炒め」。一見、創作料理風。食の雑誌、女性雑誌の編集担当氏やフードライターの方々が「新派」の趣なんて紹介しそうですが、素材の組み合わせ、味付け、調理は、広東料理の伝統的な郷土料理の手法にのっとったもの。こうした盛り付け、調理、味付けは香港ならではのものです。

2009/08/06

夏到来!~09年7月の「赤坂璃宮」銀座店の4

 それから「乳香脆排骨/スペアリブの香り揚げ」。 目の前にした時、「椒鹽排骨」だと思いました。 ですが、用意されたメニューを見ると「乳香脆排骨/スペアリブの香り揚げ」。
 なんでまた?
 
 食べてみてわかりました。
 料理名に「脆」とあるように、揚げたスペアリブは「さくさく」の「酥」じゃなくって、皮がパリパリの状態にからっと揚がった「脆」状態。噛み締めると表面の皮が、パリっと割れ、割けるような感じ。ところが、中の肉、歯がすっと入る柔らかさで、バラ肉ですからジューシーな肉汁だけでなく脂の甘味、こくまで顔を覗かせる。

 それだけじゃなかった。ジュシーな肉を噛み締めると、浮かび上がる独得のクセのある味、風味が浮かび上がる。目の前にした時じゃなくって、食べてみて、それが浮かび上がる、なんてところが憎いです。そうです、袁國星さんならではのワザですね。
 メニューをもう一度見直し「乳香脆排骨」に「乳」を見つけ出して思わず納得。
 クセのある味、風味というのは豆腐を塩漬けにして醗酵させた「腐乳」と、「腐乳」に赤麹を加えて醗酵させた「南乳」。
 「ほんとほんと!食べてたら、なんか、クセのある味、いい風味がするんで何かと思ってたら……「腐乳」なんだね!」なんて感嘆の声が上がります。
 もっとも、「腐乳」だけなら、塩味と醗酵味が強い。ですけど、炒めもの、調味料の添え物としての効果は抜群でも、揚げ物、煮込みものでは、ひね味はともかく、風味が損なわれがち。というところで「南乳」の効果絶大。煮込み料理に使われ、本領発揮。

 ですから、「腐乳」は煮込み料理の添え物にはなりますけど、本調味料としては「南乳」はその存在感と実力を発揮して、旨味、こくを加味。
 なんてこと、狙ったのかどうか、食べてみて「腐乳」だけの風味とは思えなかったので、山下さんに頼んで袁さんにそのヒミツ、尋ねてもらいました。
 そしたら「「腐乳」と「南乳」、両方を混ぜて使っているそうです!」。
 いぇい、大当たり。
 それにしてもこの「乳香脆排骨/スペアリブの香り揚げ」、出色の一品。見た目の派手さ、豪華さでいえば先ほどの「火焔酔翁蝦」はリッチでゴージャス。それに比べて質実堅固、なんてことないスペアリブの唐揚げ、なんですけどそこに工夫とワザが潜む。

 しかも、味わいも風味豊か。食べて、噛み締めて、「腐乳」、「南乳」のクセのある味、風味が浮かび上がるというあたり、なんとも奥床しい。過日、報告した「蝦醬鶏」と並び称せられる一品です。

 この種の揚げ物、油をたっぷり使って調理してありますから、カロリー量も高い。それに、唐揚げってことで油っこい料理と思われて、遠ざけられがち。ですが、腕のしっかりした、そうです「鍋」のワザに優れた料理人なら、油っこさを微塵も感じさせない。
 むしろ、唐揚げによるさくさく、パリパリ感、また、ジューシーな味わい、豊かな風味は、料理の流れを引き締め、口を変えるのに格好な一品。
 ということで、私は、「酥炸」、「椒鹽焗」、「油浸」の料理を、コース半ばに組み入れます。そんな時、格好なのが鶏、豚、魚の唐揚げの類。それも、クセのある風味ってことで「蝦醬鶏」を薦めますが、この「乳香脆排骨」はそれに匹敵する一品。
 「赤坂璃宮」銀座店、袁料理長の手になる「家郷菜」を代表する一品、定番のメニュー入りは間違いなし。袁さんの手になる「家郷菜」のコースを頼むとして、必ず組み入れたくなる一品。
 ですけど、「蝦醬鶏」にするか「乳香脆排骨」にするか、思案のしどころ思案橋。ってことで、悩みの種になりそう。
 「赤坂璃宮」銀座店のお気に入りの品が、またひとつ増えました。

2009/08/05

夏到来!~09年7月の「赤坂璃宮」銀座店の3

 そして「火焔酔翁蝦/活車海老の紹興酒おどり特上スープ湯引き」。
 この日「赤坂璃宮」銀座店に到着してテーブルに着き、用意されたメニューに並ぶメニューを見ながら「あ、夏到来、ね!」なんてニヤケ顔。ですが、そこに「火焔酔翁蝦/活車海老の紹興酒おどり特上スープ湯引き」を見つけ出し、思わず目を疑いました。一瞬、顔が引きつりました!
 「え、こんなのありなの!」と、その驚き、尋常じゃありませんでした。

 「火焔酔翁蝦」。
 懐かしい料理です。80年代半ばに香港で花開いた広東料理、海鮮料理を代表する一品です。海老を茹でる「白灼蝦」をヒントに、酒、紹興酒や玫瑰露酒などを注ぎいれて火を放ち、アルコールを飛ばして、上湯を注ぎ足して、蒸し焼き状の「焗」で調理したもの。アルコールを飛ばす際に燃え上がる炎の様を「火焔」と称し、パーフォーマンスとしてアピール。

 私の記憶が正しければ、湾仔にあった「麒麟閣」が発端で、次いで誕生した「麒麟新閣」、香港ホテルに生まれた「麒麟金閣」に受け継がれていったんじゃないかと思います。あ、もしかして、野味料理全盛の最中、それを看板にする料理店がはじめたのかも。舊資料をさぐれば、真相判明。ですが、今、その余裕はなし。

 ともあれ、80年代後半から90年代の初頭にかけて高級ホテル内にある料理店、街中の高級料理店がこぞってそれにならった料理を提供。最初は「紹興酒」だったのが「玫瑰露酒」など、酒の種類を違えてそれぞれオリジナルの「火焔酔翁蝦」だと主張し、アピール!というのが香港らしいですよね。

 懐かしい思い出はさておき、活けの車海老だってことだし、予算のことを考えればびびります。ですが、食欲には勝てない。
 「これがご用意した活けの車海老です!」
 柏木さんが、調理前の活け蝦を見せてくれました。
 一斉に歓喜の声、というより、ため息交じりの驚愕の声があがります。
 「これにお酒を注ぎ入れ、火をつけましてアルコールを飛ばしまして、その後、上湯を注ぎ入れまして、湯引きにいたします。あの、ここでアルコールに火をつけて調理したり、上湯を入れて湯引きしますと汁が飛び跳ねたりしますので、別の場所で調理したものをお持ちしますから」と、柏木さん。

 そうか!残念。紹興酒に火がついて燃え上がる火焔のパーフォマンス、見られないのはちょっとどころが、かなり惜しくて残念ですけど、いたしかたないっすね。
 私は何度も経験ありですが、おそらく、初体験の皆さんにそれをお見せしたかった

 ですけど、別の場所で調理された活車海老が目の前に運ばれた途端、皆さん、目を丸くして驚異の声。火焔のパーフォマンスなど、どうでもよかった感じ。ま、ごらんになれば、それはそれなりに、いや、大きく盛り上がったことは間違いなし。  「火焔酔翁蝦/活車海老の紹興酒おどり特上スープ湯引き」。
 熱々の蝦を手にとって殻を剥き、たれをちょっとつけて頬張ります。噛み締めるとぷりっとした噛み応え。茹でたえび、独得のもの。さらに歯を入れると、蝦肉の甘さに紹興酒の味が加味されて風味格別。

 誰もが蝦の殻を剥き、たれをつけて食べるのに夢中。蟹を食べる時には、誰もが無言になるなんていいますが、蟹だけじゃないですね。蝦もそう。それよりこの蝦、上湯で湯引きされたせいか、肉質そのものがリアルに浮かび上がる。

 蝦は火を通すと、旨味を増しますが、同時に、蝦自体の持ち味というのも、くっきりはっきり浮かび上がる。活け蝦、ってことに興奮し、産地、聞きそびれました。
 それにしても、豪華、贅沢この上ない一品だ。感動の嵐、竜巻が襲い掛かり、会議は沈黙、いずこへやら。

 やばいや、これは!会議どころの話じゃなくなりますもん!

2009/08/04

閑話休題~09椛の湖フォークジャンボリー

 行ってきました中津川の「09椛の湖フォークジャンボリー」。
 前日の31日に中津川に入り、翌日、ジャンボリーを見て、その日も中津川泊まり 東京に戻って、すぐさま原稿書き。翌日もその事後処理に追われ、結果、本日の朝日新聞の朝刊の文化欄に掲載されました。
 気合勝負、書きなぐったような内容で、曲名の表記間違いもあり、猛省しきり その詳細はいずれまた。

 そんな中津川で旨いものに巡りあえました。
 洋食亭KISAKU、といっても和風洋食じゃなく、トラットリアの趣で料理はすべてイタリアン。
 窯焼きのピッツアが旨い。その日のお薦めはフレッシュトマトとジェノヴェーゼのソース。
 フレッシュトマトの酸味がすっきり。  ピッツアの生地、サイドはもちもち、ボトムはクリスピー。
 
 翌日にもう一度出向いて、ピッツアの定番のマルゲリータ。
 とろけるモッツアレラがチュウイーになる寸前、という火の通し加減。
 なのに、生地はもちもちとクリスピーが同居。

 ピッツアを食べてパスタを食べないわけにはいかない!
 なんてことで、夏野菜のトマトソースのパスタも。
 ピッツアのトマトソースとは少々味わい、趣が違って 野菜の味が濃くてリッチ
 愛用のデジカメ、持って行くのを忘れたもんで、画像なし、なのが残念です。

2009/07/30

夏到来!~09年7月の「赤坂璃宮」銀座店の2

そして「清閏滋補湯/豚肉と薬膳の滋養スープ」。
 「これには花旗参、党参、紅棗、杞子、淮山などが入っておりまして……」 と、柏木さん。
 「花旗参」は野生のアメリカ産の人参、アメリカ産の朝鮮人参なんて語る人もいます。「党参」はききょう科のヒカゲノツルニンジン。これも漢方素材としては高価な貴重品。「紅棗」はなつめ。「杞子」はクコの実。「淮山」は干した山芋。

 なんてことから明らかなように、漢方素材をふんだんに使った滋養補給のためのスープです。滋養補給というと日本では土用の丑の日のうなぎが物語る通り、精のつくものを食べて英気を養うというのが一般的。ですが、香港、広東地方ではちょいと趣が違います。旬の、あるいは、日常の野菜、肉類を素材に、そこに漢方素材を取り込んで、体調を是正し、整え、暑さに対処したスープを作るのが基本理念。

 「あ!薬膳のスープですね。薬を煎じたような香りがする。心が洗われるような感じ!」
 思わず皆から安堵のようなため息がこぼれる。
 「いや、あの、薬膳のスープって言われりゃそうですけど、漢方素材ばっかり煎じても、苦くて、まずくて、そのままじゃ、煎じ薬でしょうが。じゃなくって、漢方素材を使ってますけど、美味しく食べるための工夫があるわけで、えと、この料理の場合、この味、旨味からすると、豚の赤身肉ね、脂身のない「痩肉」で「だし」をとってますから。でないと、こんな穏やかな旨味、生まれませんから!」と、私。

 念のため、山下さんを通じて袁さんに尋ねてもらってところ、やはり、豚肉の部位は腿肉。つまりは脂身の少ない「痩肉」。純な「だし」作りの必需品。豚の赤身肉は、牛肉よりもくせがなくって、旨いだしがとれます。鶏肉で取った出しよりも、押し付けがましさがなくって上品。

 「うん、言われてみれば。でも、豚肉からとるだしって、くせがなくって、上品で、穏やかなんだ。で、漢方素材と組み合わせるわけね」
 「でも、これってやっぱり、普通のスープと違うね。すっきりしてるのに、漢方の煎じたような、かびたような、ひねた様な味がするし、優しい味とかそういうじゃなくて、体によさそうなスープ。やっぱり、薬膳のスープだなあ」と、話題はつきない。

 そういえば、いつもの「例湯/老火湯」なら、スープは中味は別々に登場。ところが今回は具材も一緒にいれて、食べるという寸法。

 食べてすっきり。汗がすっとひいていく感じ。そればっかりじゃなく、じわじわとこみあげてくるものがある。「清閏滋補湯/豚肉と薬膳の滋養スープ」は、滋味豊かで体に優しく英気をもたらす夏の季節にうってつけなスープ料理でした。

夏到来!~09年7月の「赤坂璃宮」銀座店の1

 今月は夏の到来を告げる料理が並びました。
 そうそう、支配人の大藤さんが退社と相成り、後を引き継ぐことになったのが副支配人の橋本健太郎さん。もっとも、我らが会議の食事のアテンドは変わらず山下さんと柏木さん。もう1年以上、毎月、顔を合わせてますから気心の知れた仲。心強くって安心してまかせられます。

 たとえば海鮮料理の炒め物、揚げ物などに添えられる各種の醬の類の用意など、いつだって抜かりない。この種の料理にこれ、なんて料理に応じた調味料の類があらかじめ用意されてること自体、東京の広東料理店では珍しい。その用意がなかったとして、一回、お願いすれが、次回、その種の料理が出る時にはちゃんと用意されているという周到さ。

 店のサーヴィスってことでは、名前と顔、好みの料理、味付けを覚えられ、特別な素材や料理にありつけられるといった常連、顧客としての特権的な対応が、評価の対象になりがちなようです。初めて訪れた店で、そんな待遇を受けられれば文句なし、ってことなんでしょう。

 確かにそれも重要なことですが、私としては、テーブルの高さ、箸や分羹、れんげの用意、その素材の種類。さらには料理そのものがどうやってサービスされるか。熱いものは熱い皿で、汁気のあるものは皿ではなくて小碗で、といった料理の取り分けの按配。また、料理内容に応じた各種調味料の用意があってこそ、サービスは万全。それこそ料理店のサービスで一番不可欠なものだと考えるタイプです。

 というあたりの配慮、目配りに気配り、譚さんの指導あってのことなんでしょうが、山下さん、柏木さんはじめ「赤坂璃宮」銀座店のスタッフは頼もしい存在。以前にも触れたとおり、「赤坂璃宮」赤坂店の開店当初、ホテル式サービスを積極的に取り入れ、対人のサービスは他の街中の料理店にないものがありながら、料理そのものサービスに関していろいろ問題ありだった頃に比べて改良されたのは事実です。
 さて、まずは前菜。今月は「廣東焼味盆/前菜盛りあわせ」。一番手前が「焼肉」。その後ろ、右から「焼鴨」、「白切鶏」、「叉焼」。さらにその左、みょうがと白菜の漬物だっけ?あれれ、忘れちゃった。その後ろにあるのが「バラフ」。初めてです。

 それから右奥は青菜で包んだ海蜇(くらげ)。海蜇の細切りをXO醬で和えた一品。その味付けの加減が憎い。口に入り、咀嚼するうち、味付けが浮かび上がるという按配。味付けもさることながら、海蜇の切り方、その細切りが見事。噛み締めると海蜇のぱりぽりの触感が浮かび上がるという按配。上品で洗練されてます。

 「あ、海蜇!」なんて、思わず呟いちゃったのは私だけではありませんでした。細切りなのに、海蜇の触感を残した戻し方、切り分け、さらには、切り分けられた海蜇の細さに応じた味付けの加減は実に「ワザあり!」。

 その手前に並んだ焼味類。「焼肉」はいつも通り、しっかりしてます。「叉焼」も醤油を焼いた照り味と甘味のバランスがグッド。で、左上細葱入りのタレ。「なんで今日は細葱入りのタレがあるの?」って柏木さんに尋ねたら「鶏肉、今日は「白切鶏」なんでですが、その「たれ」なんです」。「え!「白切鶏」なら、葱のの微塵と油のタレでしょ?でも、今日は違うんだ」。

 なんてことで真ん中の「白切鶏」、画像左上の「たれ」をつけて食べたら、味が引き締まる。葱と油の「たれ」だと、広東料理独得の霞に包まれた茫洋的世界に引き込まれますが、醤油(たまり醤油に上湯みたいでした)の「たれ」だと、「白切鶏」の味、風味が引き締まる。新鮮な驚きがありました。

 見かけはいつも通り。なんてことないようで変り映えしないような焼味類の前菜ですが、実は毎月、ワザや工夫を忍ばせてる、ってことですね。
 もっとも、焼味類の中でも「焼肉」、「叉焼」と並ぶ王道的な一品のひとつ「焼鴨」なんですが、ちょっと気がかりなのは、なんだかここんとこ安定していない。下拵えというか、味付けは同じなんですが、焼き方、焼き加減、それに、素材自体の質が違うのか、ここんところ出来上がりがビミョーに違うんです。

 今月は、火が通り過ぎて、皮も肉質も乾いた感じ。焼きすぎたせいだけじゃなくって、噛み締めてみると素材の「家鴨」の質、持ち味が、以前とは違うみたい。今度、譚さんに尋ねてみます。

2009/07/28

夏野菜

 埼玉の東松山の農業、加藤紀行さんから夏の野菜が到着。
 日光唐辛子、真黒茄子、加茂茄子、青茄子、四葉胡瓜、奥武蔵地這胡瓜に新顔2種。包んである新聞紙をあけると深緑や紫紺の鮮烈な色彩が目に飛び込みます。艶々、キラキラと輝いていて、色合いが深い。

 今年の日光唐辛子、生をそのまま齧るとひり辛味の力強さが久々に復帰。辛味だけじゃなくて、青くて、甘味、旨味があってフルーティーなのが日光唐辛子の特徴ですが、一昨年、去年はじめ、ここしばらくひり辛味は控え目に。といってもちろん唐辛子のあの辛さはあり。ですけど、ひり辛味の強さが以前とは違ってました。それが、今年の日光唐辛子、以前のひり辛味が復活。

 「これって、サルディニア地方の唐辛子に似てますね!」と、かつてACCAの林さんが語った加藤さんの日光唐辛子が復活。それにしても、毎年、毎年、辛味、甘味、旨味がビミョーに変化。聞けば育てた畑はいつもと同じ。ですが、季候、天気の按配によってその出来映え、違ってくるんだそうで。

 おまけに、加藤さん、種撒きの時期、育て方、毎年、工夫を凝らして新しいことに挑戦。なんてことも、出来栄えに関係している様子。妥協がない、というより、凝り性の加藤さん、毎年、何をしでかすのかわからない。もしかして、永遠に試作農業青年のまんまの加藤さん?

 茄子は青茄子と真黒茄子をラタトウィユに。青茄子、育ち盛りの若いやつらしく、生で齧ると青さを感じました。肉質の頑丈な青茄子は煮炊きものぴったり。タイ風にしろインド風にしろ、カレーにして食べるのが旨い。ですが、とりあえずはラタトウィユ。一緒に煮込むと青茄子と真黒茄子の持ち味、違いがよくわかります。

 そして、新顔が2種。

 ひとつは「苦瓜」。見つけた時には思わず小躍り。香港の市場で見かける「苦瓜」と同じだったからです。沖縄産、及び、現在日本の市場で一般的に流通している表面とげとげで濃い緑のものではなく、お肌つるつる、色あいは薄緑。 生のまんま齧ると、やはり苦い。ですが、とげとげの「苦瓜」よりも、青くて、爽快で、フルーティーな甘味がある。

 もうひとつの新顔、なんだか加賀太胡瓜のような太さ。でも、体型はずんぐりむっくりじゃなくって、うんと胴長。一体どういう胡瓜?薄くスライスして食べると、実に瑞々しい。水分たっぷりでいて、青味が消え、甘味のバランスが程よくって、香りがいい。こいつは、キューカンバー・サンドウィッチ、胡瓜のサンドイッチにぴったり、うってつけ。早速、作って食べました。直系3センチはゆうにある太さですが、薄切りにして塩をなじませると旨味、風味が増す。バターとの相性もぴったりです。

 ところで、あの胴長の胡瓜、なんていうの?と加藤さんに尋ねたら
「奥武蔵地這胡瓜なんです。成長して、でかくなったやつです!」。
もしかして、収穫の暇がなくって、そのままにしてたら、勝手に育っちゃった、ってこと?

 ま、それはともかく、普通のサイズの「奥武蔵這胡瓜」と食べ比べ。
 うん、なるほど、味、風味は似てます。けど、普通のは青味が強気。でかいのはでかくなった分、水ッ気たっぷり。いくらか大味ぽいですけど、それでも青さじゃなくって、甘味がある。それに、肉質、真ん中の種のところ以外はしっかりしていて、瓜っぽくなる。これなら、炒め物、スープや煮込み物にぴったりかも。

 サンプルが届いた福臨門では豚肉て炒め合わせて試食したそうです。そんな目の付け所は実に正しい。スープにもぴったりなはず。「節瓜」代わりになるかもね。
 ですが、私は胡瓜のサンドイッチが一番。フォートナム・メイスンのティー・ルーム、コンプリート・アングラーのハイ・ティーの胡瓜のサンドイッチを思い出します。

 そして、苦瓜。まずはスープに。ほんとは排骨を探して「苦瓜排骨湯」にするつもりが、排骨=スペアリブのいいのが近所の店でみつからない。川越の「はぎちく」の岸健さんが選んでくれたスペアリブなら文句なしなんですが、川越まで手に入れに行く時間も余裕もない。送り届けてもらうにしても、豚の種類、吟味からはじまりますから、一週間、少なくとも数日前の注文じゃないと入手は不可能。そこまで待てませんから。

 幸いにして、近所の店で豚の腿肉のよさそうなを見つけたので「苦瓜痩肉湯」に変更。先月「赤坂璃宮」銀座店に出てきたのは、「梅菜涼瓜湯」で、「痩肉」じゃなくって「バラ肉」、それに「梅菜」と「大豆」が入ってました。漬物、といっても、梅菜、冬菜、大芥菜はおろか、榨菜もなし。大豆を入れる方法もありだけど、どうしようか。甘味を補充する何か。蜜棗もないしなあ。

 なら、シンプルに、苦瓜、痩肉、それに、杏仁と杞子で作ろう。ってことで、材料をすべていれて、一旦、沸騰させてあくをとったあとは、コトコトとろ火で煮込むこと2時間。そしたら、清々しくて爽快。野菜と肉の自然な旨味のあるスープが出来上がり。

 ですが、心配したとおり「苦瓜」の苦味が少々立ちます。そうか、痩肉じゃなくて、排骨なら、脂身も少しはついてるから、甘味とこくが出る。それに漬物がない分、ひね味、旨味が物足りなく思うのかも、というのが結論。

 でも、苦瓜と痩肉をとろ火で煮込んだスープは旨い。作るのに時間がかかります。そのくせ、食べるのはあっと言う間。ですが、手間隙かけるだけの値打ちはあります。体にもいいですから。

 もう一品はゴーヤ・チャンプルー。 味、風味の違いがわかりやすいかも、なんてことで到着した苦瓜と、冷蔵庫に眠っていた沖縄産の苦瓜、分量、半々にして炒め合わせました。

 私のゴーヤチャンプルー。まず川越の「はぎちく」で吟味してもらったバラ肉を塩蔵したものを常備してありますから、それをスライス。それに、冷凍保存で常備してある川越の小野食品の「お揚げ」。山下達郎、まりや夫妻に送ったところ、たちまちお気に入りになってしまった「お揚げ」です。

 それから「山出し」か「羅臼」のセカンド・ランクの昆布で出しを取り、だしがらの昆布は細切りにして具に使っちゃいます。そう、油通しした「苦瓜」のスライス、塩蔵のバラ肉、お揚げやだしがら昆布の細切りを炒め合わせ、出し汁ひたひたの感じに注いで「苦瓜」にだしの味がしみこむぐらい煮込む。

 「苦瓜」も普通「しゃき感」が重視されるようですが、私は「しゃき感」をビミョーに残すか、つまり独得の歯ざわりですね、それを残しながらもやっぱり「くたっ!」としてるのがいい。ですから、油通しした上に、さらに、だしで煮込むってわけです。

 そういえば青菜の上湯煮浸しの要領です。「上湯浸苦瓜咸肉」ってところでしょうか。そして、「皮蛋や鹹蛋を使わない代わりに、仕上げに溶き卵をまわして、出来上がり。

 これが旨かった!沖縄産の苦瓜、やはり、苦味が直接的。それにくらべて到着した香港と同じ苦瓜、苦味のあたりがやわらかい。瓜の味、青臭さ、甘味、風味がしました。
 料理写真、旨くって、食べるのに夢中で、撮影、すっかり忘れてしまいました。

初音家左橋の「百川」

 寄席に行きたいとせがまれました。はて、どうしよう。

 上野の鈴本、浅草の演芸ホールに出向くのはこの暑さですからちょっと億劫になります。でも、鈴本なら池の端の藪、ぽん多、浅草なら弁天山に立ち寄れる。龍圓というチョイスも悪くないか。それからすると三宅坂の演芸場は居心地がいいですけど、帰りしなにどっかに立ち寄るにしては、電車を乗り継がなきゃならない。

 なら新宿の末広亭だ。「かわら版」を引っ張り出して出演者を調べたら、昼の主任が初音家左橋。中入り前後には権太郎、円歌、ロケット団、雲助、志ん駒、それに紫文なんて名前が並んでる。これはもう末広亭に決まり。

 もっとも、昼の部、しょっぱなからというのはいささかきつい。わがままですね。でも開口一番は左橋の弟子の佐吉。清志郎命、ロックン・ロール好きで落語家になっちゃって、今は二つ目。気になる存在。ですが、今回は避暑を兼ねて、のんびり、ゆったり気分のつもりでしたから、佐吉はあきらめて、中入り前後を目指して末広亭へ。

 休日だったもんで立ち見になるかも。でもいいやと思ってましたが、二階の桟敷が空いてたんで、ふたりしてどっかり。ゆったり気分で居座り。残念ながら権太楼には間に合わず。円歌も川柳が代演。寄席ではよくあることです。

 それよりうちのかみさん、末広亭の昔の芝居小屋的年季の入った佇まいがことのほかお気に入りの様子。売店で仕入れた柿の種をポリパリ頬ばりながら、ご満悦。エアコンもしっかり効いていますから、お手軽に避暑気分満喫、気分爽快でおおはしゃぎ。

 ちょっとした馬鹿噺でも笑いがとまらない。まわりの人の反応はしら~と言う感じで、かみさんは浮いてます。でも、東京の人って、なんであんなに冷静というかクールなんでしょうか。笑いにきてんだから、その元ぐらいとらなきゃ、ていうのは関西人、だからでしょうか?

 久々のロケット団。四字熟語シリーズが痛快でした。これまでロケット団を見たのはほとんどが国立の花形演芸会。花形演芸大賞の月例の審査会にあたるわけで前傾姿勢のままぶっとばし。威勢がよくて勢いがあるのにいつも感心。それとは違って、リラックス気分。でも、ぐいぐいひきつけていくあたりはさすがです。

 落語、というよりも漫談。いつも噺の中味、変わりばえしなくて、最後は手旗信号で締めくくりの志ん駒は、いつ見ても、何回見ても、楽しくて、面白い。それに続いて、柳家紫文。
 待ってました!と声をかけたくなるぐらい、私、柳家紫文のファンです。

 十八番の「長谷川平蔵」シリーズ、あやうくてぎりぎりの駄洒落、ネタバレのみえみえ落ちの噺が続いて、しら~と客が引いちゃいそうになるところに、ぐさり、ずぼっとはまる落ちでキメる、なんてところが痛快。寄席ならでは客との駆け引き、その按配がおもしろい。けど、この日、「あた帽よ」(あ、知る人ぞ知る、平蔵シリーズネタのひとつ)が聴けなかったが残念。

 主任、トリの左橋は「百川」。話の行き違い、勘違いによる滑稽話で、ほのぼのとしていて、暖かくって、面白くて、楽しい。歌舞伎の所作を交えた「七段目」や、リアルな臨場感に思わず背筋がぞくっとする「夢金」、しみじみとした味わいのある「芝浜」もいいです。ですが、この日の「百川」、そんなのとは一味違うくだけた面白さと楽しさ。寄席ならではの心地よい噺を存分に味わいました。

2009/07/25

サイモン&ガーファンクル

 暑さのせいだかPCがご機嫌斜めに。そのうちキーボードがぶっ壊れて、部品を調達。PC音痴の私ですが、部品交換ぐらいはできます!なんてことで部品が到着する間、古いPCをひっぱりだして代替機として使用したものの、なんせCPUの速度が遅くって動作がとろくて反応も鈍い。おまけに作業途中にも関わらず休憩を願い出るような始末で、日頃の仕事を片付けるのが精一杯。結果、長い間ブログ・アップはかなわず、要約部品が到着。復帰と相成った次第です。

 一時に比べて回数は減りましたが、コンサート通いは続いてます。16年ぶりの来日ってことで話題になったサイモン&ガーファンクルの公演もでかけました。出来れば武道館で見たいと思ってましたが、他の仕事と重なっていたことから、東京ドームでの公演の二日目に。

 サイモン&ガーファンクルの日本公演は、発売と同時に切符がほぼ売り切れた、なんて話を耳にしたぐらい前評判が高く、実際、各地で行われた公演は絶賛の声しきり。なんせ次から次へとおなじみのヒットが歌い継がれ、曲ごとに歓声が巻き起こる。懐かしい思い出がよみがえったなんて方が多かったんじゃないかと思います。

 ですが、アート・ガーファンクル、往年の美声はどこへやら、衰えはかくせない。それに比べて、ポールは年齢を感じさせぬ踏ん張りがあって意欲的。おまけに、音楽的にはポール主導方で、ポールが今、関心のある音楽展開をそのまま実現。俺の思い通りにやらしてくんないんっだったら、S&Gの復活なんてやる気もないし、興味もなし、なんて感じをそのまま絵に描いたようなステージの展開。

 もっとも、アートにも敬意を表して、それぞれのソロ・パートもあり。ところが、アートのパート、ポールのソロにくらべてスケールダウン。一方で、ポールといえば、アフリカのミュージシャンなどをゲストに迎え自身の最新のスタイルをアピール。これがなんとも躍動的でスリリング。まさに勝負あり。

 そして、締めくくりは「マリ・リトル・タウン」から「明日に架ける橋」とつないで大団円。とまあ、結局は、懐かしのヒット大会。ま、皆さんの期待はそこにあったからいいんですけど、私としては、なんだかなあ!
 思い複雑な一夜でありました。

2009/07/03

涼味が夏を呼ぶ~09年6月の「赤坂璃宮」銀座店の6

 締めくくりの面・飯。
 今月は「柱侯牛腩河/牛バラ肉入りスープ河粉」。 そういえば譚さん、dancyu「本格焼きそばに挑戦」(09年4月号)で米の粉から作る河粉の作り方を実践指導し「もやしと鶏肉入り中華風きしめん」を披露。 それにしても「河粉」を「中華風きしめん」だって。それはないでしょうdancyu君。

 「きしめん」は小麦粉から「河粉」は米から作るわけで、素材からして違います。出来上がりの触感、歯ざわり、味わいだって違います。せめて「幅広ビーフン」として紹介してほしいところ。読者にわかりやすいように、ってことなんでしょうが、なにがなんでも「中華風」ですませるっていうのはなんだが文化を強引に捻じ曲げてしまうようなご都合事的お手軽な紹介にしか思えません。おっと、いけない。

 譚さんがdancyuで紹介した自家製の「河粉」を「赤坂璃宮」銀座店のキッチンでも作ってる、ってことで、それが締めくくりの面・飯の主役。で、これまでにも紹介してきた通り「河粉」の料理は各種色々。私の好みは牛肉を具にしたドライタイプの「干炒牛河」。

 スープ仕立ても悪くはない。ですが、「河粉」、「米粉」の種類に応じて、具を選びます。たとえば「河粉」よりも細めで生の米粉の「粉」なら、魚、蝦、烏賊、牛肉のつみれを具にしたほうが相性がいい。潮州系の粥麵店、小食店で出会えます。実は陸羽のメニューにもある。福臨門でも用意されてますから。そして、幅広の米粉の「河粉」なら、やっぱり、しっかり濃厚な味付けの具材がいい。

 というわけで、今回の「柱侯牛腩河/牛バラ肉入りスープ河粉」。その料理名からも明らかなように、具は牛のばら肉の「牛腩」を「柱侯醤」で煮込んだもの。牛ばら肉だけじゃなくって牛の筋肉の「牛根」までも加わってました。

 牛ばら肉の煮込みを素材にした麵料理では、その昔、六本木の中国飯店、道玄坂の「井門」の「牛腩撈麵」が懐かしい。ことに中国飯店の「牛腩撈麵」は、香港の粥麵屋そのままこってりの濃厚な味付けでした。それからすると袁さんの手になる「柱侯牛腩」、「柱侯醤」を使ってありますから、味噌の旨味、こく、それもヒネ味の旨味が浮き出てる感じです。
 真ん中に居座るのがすじ肉の「牛根」、その周りが「牛腩」。いずれも、その色合い、醤油、蠔油で味付けして煮込んだ焦げ茶じゃなく、ライトなキャメル・カラー。なんてことからも、フツーの「牛腩」、「牛根」とはひと味違うのは歴然のはず。

 自家製の「河粉」。つるつると滑らかな舌触りで、噛み締めるとぷるんと弾ける感じ。ピュアな米の味、独得の風味があるのが面白い。ですが、自家製ってこともあって、長いのがあったり、短いのがあったり、厚みがあってぼってりしていたり。そこんところはご愛嬌。

 そういえば、近頃、米を素材にした麵なんていうのが話題になってます。中国料理かぶれの私には「米の麵」という呼称はなんだかヘン。米を素材にしてるんだから、米粉(びーふん)でいいじゃないとかと思いますし、それに「麵」といのは小麦粉で作られたものの総称なわけですから。

 ですが、問題は細長い形態の「(麵)条」に関わってのことで、それが日本で「麵」、っていうのが一般認識。ですから「米の麵」なんて不思議な呼称が誕生するわけです。でも、どうして「米粉」ではなんでダメなんでしょうかね。そのほうが素材もわかりやすいのに。

 ともあれ「赤坂璃宮」銀座店の自家製の「河粉」。みかけはきしめん風。それよりも、茹で上がった感じは麵の端っこが半透明状態になる稲庭うどん風。もっとも、うどん、きしめんのような腰はなし。
 実は、そこんところが「河粉」の肝心なポイント。つるつるとした滑らかな舌触りだけじゃなくて、のど越しのよさこそが身上です。しかも、消化がよくってもたれない。胃に負担がない。だからこそ朝食や夜食の「宵夜」に「粥」じゃなくって「河粉」って人、香港、広東地方では意外に多い。

 熱い「柱侯牛腩河/牛バラ肉入りスープ河粉」をフーフー、ハフハフ、一気にかきこめば、額一杯に汗がじんわり。汗をぬぐいながら、そうか、汗をしっかり出すのがこの麵の狙いなんですね、なんて気づいた次第です。

 「河粉」を冷まして特別な「みそ」で合えたり、具材を乗っけて食べる「拌河粉」もありですが、それには季節としてはまだ早い。熱いスープ仕立ての「河粉」で、たっぷり汗を流す。
 うっとおしい梅雨の時期、じっとり汗ばんで何だか冷たい料理が食べたくなります。もっとも、身体はまだまだ暑さに耐えられるように対処できてませんから、じっとりに汗につられて冷たいものを食べると身体をますます冷やすことになる。なんてことで、柱侯醤でじっくり煮込んだこくのある味付けの具材を熱いスープ仕立てで食べるのはうってつけ。

 そして、甜品。「紅蓮燉春蛋/ナツメと蓮の実、鳩の卵のデザート」。 

 その料理名に「鴿蛋(鳩の卵)」とあったのに、一瞬、目を疑いましたが、目の前には紛れもなく鳩の卵が2個、お碗の中にぽっかり浮かんでる。そんな鳩の卵の白身、鶏卵のよう純白のゲル状じゃなくって半透明状、というのがおもしろい。

 日本ではなかなか入手が難しい貴重な鳩の卵に出会っただけでも感激。卑しい私は、燕の巣と鳩の卵の上湯仕立てが、突如としてよみがえったりして。

 さて、「赤坂璃宮」銀座店の支配人の大藤さん。6月30日で退社という連絡を戴きました。これまでいろいろお世話かけました。有難うございました。感謝申し上げます!

2009/07/02

涼味が夏を呼ぶ~09年6月の「赤坂璃宮」銀座店の5

 それから「泡椒小扇貝/帆立貝と漬け菜の蒸し物」。ひと口でたべられそうなミニサイズの帆立貝の貝柱。ですが、帆立貝は赤や緑で彩られています。

 緑系は3種。香菜、あさつき、漬物で、濃緑から浅い緑へと緑のグラデーションを形成。
 赤は唐辛子の赤ですが、どこか潤んだ真紅の色合い。料理名に「泡椒」なんてありましたから、もしかして四川の唐辛子の漬物の「泡辣椒?」なんて思ったら、その通り。どんぴしゃでした。

 唐辛子を塩漬けにした「泡辣椒」は四川特有の料理方法の「魚香」に欠かせない。最近では海鮮の魚介類との組み合わせが話題なんだそうで。陸の奥地、盆地に囲まれた四川で海鮮の魚介?って思われる向きもあるでしょうが、河南の沿岸地域や香港あたりは言うまでもなく、東南アジアの水揚げ港から航空便で四川に運びこまれてる、なんて話です。

 それにしても袁さんが四川の「泡辣椒」を使うとは思いもよりませんでした。「泡辣椒」のまろやかな辛味、酸味、ひね味に興味をそそられてのことでしょう。さらに、漬物の酸味、醗酵味、ひね味が加味されて、旨味、こくを増幅。すっきり、爽やかでいて、奥行き深い重層的な味わいを醸し出す。

 面白いのは漬物。「雪菜」のような素朴でひなびた感じ、なんだけど「雪菜」独得の「へたれ感」がない。それよりも日本の高菜の漬物のように、爪楊枝を刺してお茶請けに格好なぱりぽりの触感、噛み応えがあって、なんだか爽快。なんて思ってたら「野沢菜」を使ってるってことでした。その辺りの着眼、融通の利かせ方も、袁さんらしい。ってことは、高菜でもOK?

 ところが、それだけじゃないんです。醤油、だし、「泡辣椒」や青菜の漬物の味、風味にプラスして、磯の香のする醗酵味、ひね味がする。「もしかして潮州の「魚露」?」なんて思ったら、なんと、ベトナム産のヌクマムでした。

 清々しくてすっきりなのに、旨味、こくのあるこの「泡椒小扇貝/帆立貝と漬け菜の蒸し物」。どんな調味料の組み合わせなのか、アテンドの山下さんに尋ねてもらったところ、実はこの種の海鮮の蒸し物に使う赤坂璃宮特別ブレンドの「海鮮醤油」というのがあるそうで。それに「ヌクマム」が加えられてるってのが判明。醗酵味3種「泡辣椒」、「野沢菜」に「ヌクマム」が、旨味、ひね味、こく、味に深み、奥行きをもたらしていたわけであります。

 そして、帆立の貝の右上に覗く緑の長方形の野菜、冬瓜です。
 これからの季節、広東料理、中国料理に欠かせず、主役を果たすことがほとんどの冬瓜が、こんなところで脇役として登場。上湯で蒸し煮にされたに違いない冬瓜は、歯触りを含めて上品な美味。奥床しい美味でした。

2009/07/01

涼味が夏を呼ぶ~09年6月の「赤坂璃宮」銀座店の4

 そして「例湯」の登場。
 今月は「梅菜涼瓜湯/苦瓜と豚スペアリブのスープ」。
 「涼瓜/苦瓜」がいよいよ登場。
「涼瓜/苦瓜」、最近では日本でも沖縄産のものが(なんでだか)通年、入手が可能になりました。ですが、旬は夏場、これからの時期。沖縄産だけでなく南九州あたりから北のほうへと産地が移動し、登場し始めます。

 しかし、日本産の「涼瓜/苦瓜」。風土、季候の差もあってか香港、広東地方のそれとは異なる印象。それは、たとえばクレソン、香菜、バジルなど南方系の香味野菜にも通じることなんですが、特有の苦味、えぐ味、風味が直接的強すぎる感じがするんですが、あれ何でなのか。香港や広東地方の「涼瓜/苦瓜」は確かに苦くて、青くて、えぐ味もありますが、どこか穏やかで、優しい感じ。青臭さも爽快だったりするように思えます。土地柄、風土の違い、なんでしょうか。

 ともあれ、広東地方の夏場の料理には各種の瓜が欠かせない。体温を下げる冷の性質を持ってる、というのも頻繁に料理の素材になる理由なのはよく知られています。中でも苦瓜は、冬瓜、糸瓜などとともに、夏の料理に欠かせない。

 そんな「涼瓜/苦瓜」。炒め物や鍋煮込みで登場かと思いきや、スープの素材として登場。それも、香港、広東地方では良くあることで、家庭料理の定番的なスープ料理の一品です。

 じっくりと長時間に煮こんで素材の味を引き出す「煲湯」の場合には、共に煮込んでだしをとる豚肉の部位、赤身の「痩肉」でも、すね肉の「爭肉」でもなく、骨付きのスペアリブの「排骨」だったりするのが一般的。香港や広東地方では皮付きのばら肉を使います。皮と肉と脂身が五層になるので「五花腩」。それが、日本では皮付きの豚肉の処理が認可されているのは確か3ヶ所だけなので、皮と皮下脂肪をはがした「三枚肉」が一般的。

 豚のばら肉、赤身の「痩肉」やすね肉の「爭肉」と違って、脂身がある分、だしの味、脂分の旨味、甘味が加味されて、こくがあって濃厚なものになる。それって「涼瓜/苦瓜」の苦味、えぐ味を相殺するには格好のもの。

 ところがこの「梅菜涼瓜湯/苦瓜と豚スペアリブのスープ」、それだけではありません。料理名にある通り「梅菜」が使われてます。「梅菜」はからし菜/大芥菜を漬け込んで、日にさらしてから、再度、漬け込んだ「客家」独得の漬物。塩っ辛い、しょっぱいだけじゃなくて、特有の甘味があるのがその特徴。豚ばら肉と煮込んだ「梅菜扣肉」はその代表的な料理。

 そんな「梅菜」の甘味、醗酵味、ひね味がスープの旨味、こくを増幅し、味わいを奥行き深いものにする。そこに「大豆」がたっぷり。大豆の甘味、それに干した豆特有のひね味がそこに加味される。

 日頃の「赤坂璃宮」銀座店の袁さんの手になる「例湯」。すっきりとしていて、優しく、穏やかで、素朴で自然な味わい、風味が特徴です。が、今回の「梅菜涼瓜湯/苦瓜と豚スペアリブのスープ」に限っては、こっくりとした味わい。舌の上にのっかるどっしりの重みがある。ばら肉を素材にしているからなのは言うまでもないでしょう。さらに、苦瓜の苦味と梅菜が醸し出す酸味がもたらす爽快で鮮烈な「涼味」が印象的。しかも、最後には大豆の素朴でひねた味が浮かび上がるという寸法。

 こっくり、濃厚気味な味なのに「涼味」がしっかり顔を覗かせるあたり、これぞ「夏」のスープ?
 いや夏間近、夏はすぐそこ、梅雨を抜ければ夏が来るってことで、うっとおしくて、ぐだぐだ、へなへな気分になってしまう梅雨の季節やその後に夏を迎えるにあたって英気を養うスープなのだと、納得しました。

涼味が夏を呼ぶ~09年6月の「赤坂璃宮」銀座店の3

 そして「例湯」。と思いきや「家郷小炒皇/五目炒め」が登場。
 「色合いが綺麗!」
 「見るからに旨そうな色合いですね」
 「素材が艶々としていて、炒め物なのに見た目がさっぱりというか、脂ぎっていないし、余計なとろみもついてないしね」
 「それより素材のひとつひとつの切り揃え、見事ですね。ほら、幅も、長さもぴったし同じだもの!」
 あ!それって私が言おうとした台詞ですけど。先に横取りされちゃいました。
 皆さんの目の付け所は鋭い。言ってみればなんてことない肉と野菜の五目炒め。ですが、素材は同じ幅、同じ長さに切り分けられてます。それぞれ色合いが違って、その存在を主張。それだけじゃなくって素材の分量、その按配、加減、バランスの妙も見事。見た目は派手じゃないのに、食欲をそそるものがある。

 この種の料理、普通は、材料をふんだんに使って、たっぷり、こんもりに盛り付けするのが中国料理、中華料理ならではと思われがち。ですが、それって日本のスタイル。香港でも、中国本土でも、ひと皿に盛る分量って、宴会料理だけに限らずカジュアルに食べる小菜だって、不文律でもないですけど、適切な分量、按配、加減があってそれを遵守。日本の中国料理では意外に見逃されがちなところです。そう、ラーメン中華の肉野菜炒めの大盛り、とはまるで一線を画す品格があります。

 「家郷」というのはこれまでにもふれてきたように「郷土料理風味」。香港や広東地方では家常菜、つまりは、家庭のお惣菜風、という意味がないでもない。田舎料理という解釈も間違ってはいませんが、田舎料理にしろ、郷土料理にしろ、日本でだとなんだか「芋の煮っ転がし」風の醤油たっぷり砂糖で味付けした濃くて甘辛い「お袋の味」的なイメージが濃厚になっちゃうのが、やっかいな所です。
 「小炒皇」というのは素材いろいろということで、各種の素材を取り混ぜたもの。日本風に言えば「五目」ってことになりますが、中国だと「五寶」、あるいは「八寶」と、縁起のいい数にちなんで素材の数を揃える。それが、日本だと「五目」ってことで、もとは陰陽五行説に由来したもの。ですが、なんでもかんでもごちゃ混ぜなのが「五目」というイメージ、今や圧倒的ですから。
  それで「五寶」でも「八寶」でもなくって「小炒皇」なのは、素材の数が「五種」、「八種」だけに止まらず、ってこともあるのと、「皇」の一文字が鍵を握る。つまりは吟味、精選された素材を各種みつくろい、炒め合わせた料理、って意味ですから、たとえば、美味しい旬の素材を取り揃えることもあれば、高価で贅沢な乾燥素材だけを取り揃えるなんてこともある。

 ちなみに今回の「小炒皇」。素材は豚肉、豚背脂、葉ニンニク、黄ニラ、赤と黄色のパプリカ、セロリの細切り。それに干し蝦の「蝦米」やピーナッツの「花生」も。味付けは塩だけ。それにだしですね。ともかく、幅、長さを切り揃えた2種類の肉と旬の野菜の数々を塩味で炒めあわせただけの料理です。
 それが、甘い。野菜特有の自然な甘さが一致団結、全体を支配して、甘い。しかも、素朴で自然な甘さが浮かび上がる。口の中で一杯になる。それだけじゃなくって、それぞれに青かったり、ほろ苦かったり、エグ味があったりなどなど、素材のひとつひとつの持ち味がくっきりと浮かびあがり、それぞれに存在を主張。存在を主張するのはその色合いだけではなかったのありました。しかも、それらがひと皿の中でひとつの味を形成、というのが見事です。

 素材ひとつひとつの持ち味、個性を引き出した火の入れ方、つまりは、鍋の扱いの巧みさに関心。まさに、鍋の気「鑊気」がありますから。それとともに皆さんの目を釘付けにした素材の切り分け、下拵えの見事さも。それが、鍋の技、火の通し具合を決める要因にもなってますから。

 袁さんの要求に応えて素材の切り分けをはじめ、入念な下拵えを担当する料理人は、橋詰太郎さん。大藤さんに尋ねてその名を知りました。日本の中国料理の料理人で、板の技に優れた料理人、何人か知ってます。しかも、板の技を徹底的に仕込まれた人ほど、名をなした料理人、多いんですが、それは知る人ぞ知る話。橋詰さんのこれからが楽しみです。

2009/06/30

涼味が夏を呼ぶ~09年6月の「赤坂璃宮」銀座店の2

 「蜆介炸魚丸/魚のすり身の揚げもの蜆介醤添え」の「(酥)炸魚丸」の「魚丸」。香港や広東地方では淡水魚で鯉科に属する「鯪魚」を素材にするのが一般的。 広東料理店、小食堂だけじゃなく、粥麵店で揚げた「炸魚丸」を看板にしてる店もあります。中でも有名なのが中環に店を構える「羅富記」の「小欖炸魚球」。

 揚げるんじゃなくて、粥の具にして炊き込んだものもある。 「鯪魚球」を具にした粥は、粥麵店の定番的な一品ですが、中でも評判なのは上環の「生記」のそれ。

 鯪魚をつみれ状にした「鯪魚球」の料理は、中国本土、南方は言うに及ばず北方にだってあります。しかも、調味、料理方法は様々で多岐にわたる。まず、つみれ状の団子をそのまま揚げたのが「(酥)炸鯪魚球」で、英語名クラムソースの「蜆介醤」を添えて食べる。

 それ以外に、茹でるか、煎り焼きにして、土鍋炒め煮込みにした「鯪魚球煲仔」なんてのもある。その場合も「蜆介醤」で味付け、風味付け。香港の福臨門の九龍店の小菜のメニューには、レタス、豆腐と一緒に炒め煮込みにした「生菜鯪魚球豆腐煲」があります。

 すり身を団子状にはせず、豆腐に乗っけ、蒸したり、煎り焼きにすることも一般的。そういえば半分に切ったピーマンに詰めたり、茄子で挟み揚げにしたりする。順徳地方の名物料理の「順徳三寶」の一品だったりすることもありますから。もっとも、その「順徳三寶」、店によって、素材、詰める具は様々ですが。

 さて、日本では「鯪魚」の入手が難しい。「鯉」で代用というのも悪くないかも。でも、まだ試した機会がありません。それに日本の鯉、独得のくせがありますから。そんなことから「鯪魚」を海鮮の魚に置き換えるしかない。ということで思いつくのは「あいなめ」か「すずき」、ですよね。

 それが、今年の初め、袁さんの新年を祝う「圍村大盆菜」の中に「魚丸」が。 これがなんと「すずき」を素材にしたものでした。
 「あ!「すずき」でこんな「魚丸」を作れるんだ。だったら、揚げた「炸魚丸」にして、「蜆介醤」を添えて食べる。もしくは「蜆介醤」風味の炒め土鍋煮込み「蜆介魚丸煲」が出来るんじゃないか!」。

 そんなことで、すずきを素材につみれの団子状にした料理の数々を譚さん、袁さんにリクエスト。その中の一品ががいよいよ、登場と相成ったわけであります。   
 

 からり揚がった「炸魚丸」。香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。その皮、というか表面は「酥」のさくさく感よりも「脆」のぱりぱり感。それをぐっと噛み締めるとジューシーな肉汁がほとばしる。身はやわらかい。
 すずき特有のくせのある味に加えて、香味野菜、香辛料のあれこれがふわっと顔をのぞかるあたりが憎い。いつもの袁さんならではの技と工夫があります。

 ところで、以前、触れたことですが、こうした魚のつみれ類。作るにあたっては、身を叩き潰した後で、香辛料、香味野菜なども加えて練り合わせる。その際、練り合わせる方向は一定のまんま。絶対に、逆に返したりはしない。そうすれば味が落ちる、純な味ではなくなってしまう、というのがその理由。まぜっかえしにはしないのが鉄則です。素材を切り分け、準備する「板」担当の料理人の涙ぐましい努力と執念があってこそ、この美味が生まれるわけです。

 「あのう、エージさん、そういう場合、日本だと擂り鉢と擂り粉木を使うでしょ?中国料理だと、擂り鉢とか擂り粉木、使うんでしょうかね?」
 なんて、鋭い質問に私はたじたじ。
 「粥麵店で、大きなボウルに材料入れて、かき回してるのは目撃したことがあるけど。擂り鉢に擂り粉木、ね~。見たことありません。今度、袁さんに尋ねておきます」
 なんて、その場をしのぎます。

 それにしてもつみれの団子の「魚丸」の味付け、その風味に感心しました。
 今年の初めの「圍村大盆菜」で登場した時に魚丸、茹でてありましたが、それよりも、こうやって揚げる方が、素材、つまりは、すずきの持ち味が引き立つ感じ。しかも、香辛料の加減、按配が見事。

 あまりに美味しいんで、一個、そのまま食べちゃって
「あ' いけない!残るはあと2個じゃないか!」
 残る2個の一個目、添えられた「蜆介醤」を付けて食べます。

 右上の隅っこ写ってるのが「蜆介醤」。
 それが、「炸魚丸」と並んだ「蜆介醤」に興味をそそられたらしい仲間のYさん。
 箸先にちょびっと「蜆介醤」をつけてひと舐め。
 「う~ん、これは良いわ!」と、ひと唸り。

 「この味、奥床しいのね。美味とか、旨いんじゃなくて、奥床しい!」
 なんて話に座が盛り上がる。
 「いや、ほんとにそうですね。これ自体が珍味というか、味わい深い。こうやって揚げたすり身の団子と一緒に食べると、日本にいることを忘れさせますよね」
 そんな感嘆、絶賛の声が上がります。
 揚げたすずきのすり身の団子と「蜆介醤」の絶妙の組み合わせに誰もが感動。

 その「蜆介醤」、以前にもふれましたが、英語名はクラム・ソース。ということなら「はまぐりの塩漬け」ってことになります。烏賊だとか、あみだとか、塩辛の一種、とも言えるわけで、塩漬けにして寝かせてありますから、醗酵味が加味されて、旨味を増している。ヒネた味もする。しっかりくせのある味、だから後引き。

 問題はその正体。英語表記に準じれば「はまぐり」ですが、「はまぐり」にしては小ぶり。むしろ「浅蜊」の感じ。ところが「浅蜊」、どうやら日本だけの表記、通称のようで、香港や中国あたりでは「はまぐり」の一種ってことになるらしい。私は小ぶりの「はまぐり」というよりも「浅蜊」じゃないかと思うんですが。その謎の解明、どなたかにご教示願いたい!

 ともあれ「蜆」、「浅蜊」、「蛤」話で盛り上がりながら「蜆介醤」の「奥床しい美味」、それをつければ味がひきしまり、なおかつ素材の美味が浮かび上がる「炸魚丸」の話題でもちきりとなったのでありました。

 すずきはこれからが旬。板担当の料理人には面倒をかけますけど、絶対一方向オンリーですずきのすり身を練り合わせてもらって、つみれの団子状にした「(鱸)魚丸」の料理の数々、そのバリエーションの登場、楽しみにしたい。

 なんて思ってたら「赤坂璃宮」銀座店の「今月のおすすめ」の「家郷菜コース」の一品に「椒塩攘豆腐/豆腐と魚すり身の香り揚げ」なんてのがある。おまけに「豉汁醸三宝/ 海老のすり身詰め三種豆豉煮込み」って、先の「順徳三寶」のバリエーションだ。リクエストしたい料理が早々と登場なんてあたり、これまた憎い。

「赤坂璃宮」銀座店の郷土料理の数々のチェック、怠れません!

2009/06/29

涼味が夏を呼ぶ~09年6月の「赤坂璃宮」銀座店

 あわや!と思いましたが、今月もセーフ。なんとか月末に間に合った月例の「赤坂璃宮」銀座店報告。
 まずは「羊城焼味盆/前菜の盛り合わせ」。
 あれれ、大藤さん!今月の前菜の頭の紹介は「羊城」ですか。 「羊城」というのは広州の別称、愛称で、かつて飢饉に襲われた広州に五人の仙人が5匹の羊にまたがって訪れて民を救った、なんて故事にちなんだもの、だったはず。

 ともあれ、広州式前菜ということで、右から咸水鴨(塩漬け風味の家鴨)、手前が焼肉(皮付きばら肉の焼き物)、奥が豉油鶏(伊達鶏の醤油漬け)、次いで叉焼。左の赤と黄色のボールは杏仁露酒に漬け込んだトマト。

 今月は「咸水鴨」がグッド。今度、厚めの切り方にしてもらって、前菜でたっぷり食べたいと思った次第。加えて、先月に続いて登場したトマトの「杏仁露酒」漬けが大評判。

 「これ、やってみたくなりますね、でも、ほんとに一晩、トマトを漬けただけでこんなになるのかしらん」
と、声も上がる。
 「問題は皮、じゃない?皮、そのまんまだと、こんな風な出来上がりにはなりそうにないし」
 「トマトって、皮の裏、美味しかったりするだけど。ほら、トマトを丸ごとオーブンで焼いたりすると、そんな感じでしょ?でも、トマト・ソースを作る時にには、皮を湯煎して剥いちゃってからでないと、なんだか、旨くないのはどうしてなのね」
 話はいつのまにかイタリアンのトマト・ソース話に。

 そして「蜆介炸魚丸/魚のすり身の揚げもの蜆介醤添え」の登場!
 「これこれ、この料理!なんとか袁さんに作ってもらえないかって、かねてより大藤さんを通して、譚さん、袁さんにリクエストしていた料理です!」と、私は興奮を隠せない。

2009/06/28

新世代の料理人のあれこれ~その4

そんな大阪の食事情、独得の風土、環境、歴史を背景に(ってオーバーですけど)登場した「一碗水」の料理内容、素材の扱い、味付け、調理方法は、従来の中華料理のイメージを覆すものだった、ようです。

 旬の野菜や魚介を素材にした前菜の数々。揚げ物、炒め物なども、素材の組みあわせ、調味、味付けに特徴があったこと。煮物などに加え、蒸し物が充実。スープ類も工夫とバラエティーがある。その料理手法、調味は、ほとんどが中国本土、香港や台湾のそれに倣ったもので、おまけに「咸魚」、「蝦醤」、「腐乳」、「XO醤」など、これまで滅多に表立って使わず、最近になってその存在が一般的になってきた調味料、香辛料がしっかり顔を覗かせ、強い印象を与えたこと。そんな物珍しさもアピールした、ってことじゃないでしょうか。

 おまけに味は淡白で清淡(それこそさっぱり)な料理があり、一方で、中国料理でお馴染みの揚げ物、炒め物などは脂ギトギトのこってり味ではなく、メリハリの利いた明快なものだった、ってことでしょう。毎月「一碗水」の料理を取り上げているらんぶろさんの「L'AMBORISIE+++PLUS」を見れば、それが即座にわかります。

 そんな南さんの料理内容や構成は、かつて東京の吉祥寺で「竹爐山房」の山本豊さんが供し始めた二人から楽しめるコースを思わせます。つまり、小皿盛りの前菜何種かに、乾物や魚介のメインの料理。炒めもの、揚げ物、煮込みものに、蒸し物を組み合わせ、スープと面・飯で締めくくり。あっさりした味とめりはりの利いた味の対比、組み合わせ。

 かつて「竹爐山房」のコースは話題を集め、東京の中国料理に新風を送り込みましたが、「一碗水」も同じように大阪の中華料理に新風を送り込んだ、ということだったのではないでしょうか。先にふれたらんぶろさんの毎月の「一碗水」レポートがそれを如実に物語る。

 南さんの料理を写し出した臨場感のある画像と、らんぶろさんによるシンプルで簡潔なコメントが、素材、その組み合わせ、調味、味わいの意外性、新鮮な驚きを雄弁に物語る。それまでらんぶろさんが体験し、イメージしてきた中国料理、中華料理のイメージを打ち破るものだったことは、想像に難くない。南さんが「竹爐山房」で修行していたことに加え、らんぶろさんのレポートがあってこそ「一碗水」、そして、南さんの料理に、並々ならぬ関心を抱くきっかけになりました。らんぶろさんに感謝!

 もっとも、「竹爐山房」で山本豊さんのもとで修行した南さん、そこで学んだすべて、まんまの料理を提供、ってことではなかったようです。中国本土の各地、香港の郷土料理、その歴史にも関心がある様子で、文献を紐解いてその再現を試みる。そればかりか、一人ぶらり旅を重ねて出会った料理、その味の再現、実践を試みる。意欲的です。先の「腌篤鮮」などはその一例として挙げられるものでしょう。 さらに、独自の工夫、スタイルで完成させたいくつかの料理がある。

 前菜に出てきた「酔鶏/紹興酒付けの鶏」など、その最たるもの。 舌の上でとろりとろけるゼリー状の煮凝りに包まれた鶏肉。滑らかで、しっとりとした触感。噛み締めれば、鶏肉の旨味、漬け込んだ紹興酒の風味が浮かび上がるという按配。

 聞けば、その作り方、従来の一般的なそれとは異なる、独自の調味、料理方法を思いつき、試みを重ねてのもの、だそうで。これまで食べた「酔鶏」では五指に数えられるもの。「でも、まだまだ、工夫の余地、やれる可能性はあると思うんですけど」と、謙虚ながらもその目線は意欲的。

 もう一品、今回、感心したのは「小豆菜の煮浸し」。「小豆菜」というのはユリ科の「雪笹」。茹でると小豆の香りがするから「小豆菜」なんだそうで。そんな「小豆菜」を炒めて、だしで煮浸しにした一品です。

 そんな「小豆菜の煮浸し」、そのだしにねっとり、べったり、舌にまとわるものがある。「小豆菜」とは異なる甘味、旨味。脂の甘味、旨味ですね。しかも、ゼラチン、コラーゲン質な感じ。てことは、「「鶏油」使ってる?」と尋ねたら「いえ、使ってません」。炒め油なら、こんな風にならないはずだし、だったら、だしそのものが濃密で濃厚ってことか。

 「ね、だし、去年と同じ作り方?それとも、変えた?」と私。「いえ、基本的には同じですけど。清湯をとるときには~」なんて話を聞きながら、去年とのだしとの明らかな違い、見逃せませんでした。

 「一碗水」。話題、評判を呼ぶ一方で、批判の声もある。その中に「あっさりしぎて、物足りない」なんてのがあったのに、大いに納得。脂こくって、こってり、ギトギト、味の濃い中華を求める人には、物足りないかも。「過大評価だ!」なんて声もあって、それもそんな意見に関係ありかも。ま、それだけじゃなくって、南さん、まだまだ色々と課題を抱えているのは事実ですから。

 ですが、南さんの目線、料理にかけるひたむきな意欲、努力、その実践に、興味と関心を抱かないではいられない。南さん、頑張って!

新世代の料理人のあれこれ~その3

 「一碗水」の「腌篤鮮」。
 たまたま隣合わせになった二人組みの女性客、何度も「一碗水」を訪れてるそうですけど、ちらちらと覗かれたんで「これ、食べたことあります?」と尋ねたら「初めて!こんな料理、ここで見たことないし、食べたこともない!」、と。それより「毎月、通ってるんですけど、ここでは初めて出会う料理ばっかり。大阪にこんな店、他にないんです!」、なんてことでした。

 「一碗水」の料理、コース設定、その調理、味付けや内容は、現在でこそ同種の料理店がいくつか登場ってことですけど、「一碗水」が登場して以来、話題、評判を呼んだ最大の理由は、その点にあった様子。つまり、大阪の従来の中国料理のイメージを覆すものだったから、というのはどうやら間違いのない事実のようです。

 もう随分前のことになりますが「あまから手帖」で大阪、京都、神戸の当時最新の話題の中国料理店をレポートする機会を得ました。本誌に掲載した店以外にもあれこれ教えられた店をリサーチ。その後、機会があれば追っかけてきましたが、やっぱり、地元の人間じゃないんで、その実態はつかみづらい。

 ですが、面白かったのは大阪、神戸、京都の中国料理は、料理人の個性、持ち味だけでなく、それぞれ土地柄、風土、なによりも地元の人の嗜好を反映していたこと。その3都市に限っても、それぞれ一線を画する特徴があるのを発見!

 ことに大阪の中国料理。脂こっくって、味が濃いという日本特有の中華料理のイメージが一般的。そこんところは、全国共通、多くの日本人が思い描く、また、求める中華料理の味、認識です。
 大阪といえば、一般的にはなんでもかんでもこてこて!「こってり味」というイメージ濃厚。ということであれば、脂っこくて味が濃い中国料理、中華料理はうってつけなはず。ところが、さにあらず。私の知る限り、出会った限りの大阪人、こてこてのこってり、濃厚な味が好みのようでいて、その実、本音は「やっぱり、さっぱりしてるのがええワわ!」といった「さっぱり嗜好」を隠せない。

 たとえば大阪の「ポン酢」にかける執念こそはまさにその典型。それぞれのひいきの「ポン酢」のブランドがあって、その執着たるや並のものじゃない。そればかりか「ポン酢」の自作派の存在を見逃せない。“どう?俺のポン酢、試してみいひん?”と、くったくなく薦めてくれるようでいて、その眼差しは真剣どころか、否応なしに肯定の意見しか受け付けないような鬼気迫る気迫の勢い。「これがあかんちゅうんやったら、おつきあいお断りや!」と、顔に書いてあります。
 目がそれを物語ってます!なんてたじたじの体験、何度したことか。

 中華料理は「脂こくって、味が濃い」ものだと納得し、その味を求めながらも、そこに「ポン酢命!」的「さっぱり感」、「さっぱり味」がないと納得できない、収まらない、というのが、大阪人に共通した嗜好じゃないでしょうか。

 かつての「あまから手帖」の取材の際、料理人の方に色々と話をうかがった際、「大阪の中国料理の料理人が抱えるテーマ」のひとつがまさにそれでした。
 「ええ、ですから、脂っこくて、濃い味付けですけど、どうやってさっぱりした味にするか。そう、心がけてますし、さっぱりしたもんをお出しするようにしてます」
 そんな話、料理人から何度耳にしたことか。

 そういえば、お粥や家庭料理が旨いと地元で評判の神戸のとある店の紹介を書いた際、私の味覚だけじゃなく、日頃接してきた中国料理に比較しても、味が濃い。それも、塩味が強い。広東地方でも広州の都市部や順徳ではなく、その周辺部の郷土料理に特徴的なもので、塩味を強くして旨味を強調。
 そんな話にもふれながら、郷土料理、というよりも田舎料理的な素朴でひなびた味つけ、塩味の濃さが特徴的だったことから「味が濃い」、「塩味が強い」と率直に書いたところ、店からその記述にクレームが!なんてこともありましたっけ。

 「味が濃い」、「塩味が強い」と触れられるのは、店側にとっては大いに不都合な様子。それが事実であったとしても、直接的な表現はタブーなんですね。そんなこと、思いもしませんでした。
 味は濃くてしっかり、それとも、味はこってり、なんて書いた後で
 「ですが、さっぱり!」とすかさずフォローして、締め括る。 それが、フード・ライターとして生き残る処世術だと、知った次第です。

 食雑誌の店紹介、料理紹介における「さっぱり!」には要注意!

2009/06/27

新世代の料理人のあれこれ~その2

 「腌篤鮮/塩漬豚ばら肉、豚ばら肉、筍、百頁(押し豆腐)の煮込み」は上海の郷土料理、家庭料理の一品で、冬筍に次いで春筍が出回る頃に作られる料理です。もともとは浙江省の杭州の料理のようです。確か香港の「天香樓」、「上海一品香菜館」、「老正興」のメニューにもあったはず。というのも「腌」と言う言葉、その意味を知ったのはそれらのメニューからでしたから。

 「腌篤鮮」の「腌」は塩漬け、塩蔵の意味で、「鮮」は新鮮な豚肉。つまり、塩蔵の肉と新鮮な豚肉とともに、旬の味の「筍」、押し豆腐の「百頁(百葉)」を「篤」、つまりは煮込んだ料理です。ことに筍、春の筍だけじゃなくて、野生の筍が出回る頃に、その味、風味、さらには触感を味わう料理でもあります。

 もっとも「腌篤鮮」、日本、東京では滅多に見かけたことがない。それが、ここ10年、東京で一挙に増殖中の中国本土からやってきた料理人を抱える店にはあるようで、ネットで紹介されているのを見かけたことがあります。

 今回の「一碗水」の「腌篤鮮」は、香港や広州、江蘇/浙江省、北は北京周辺など中国本土に一人ぶらり旅の多い南さんが、現地で出会ったのがきっかけかだったのかも。それとも、どこかのレシピを見つけたんでしょうか。

 で、「腌篤鮮」。普通、上海、及びその周辺の江蘇/浙江省の家庭としては、塩漬け肉、新鮮なバラ肉を組み合わせ、筍と一緒に煮込むのが一般的。南さんの場合には自家製の塩蔵した豚ばら肉に、新鮮な豚肉、バラ肉と脛肉だったような覚えあり。さらに、杭州式に倣ってなのか金華火腿も加えてある。「百頁」は出来合いのものを調達したそうで。

 塩蔵肉を使ってあるだけあって、塩味しっかり。私には塩味が立った味付けの印象。しかし、きりりと引き締まった印象で、爽快で清々しく、若々しくて溌剌気分。まんま南さんの若さを物語るような味付けです。加えて、素朴でひなびた感じがする。

 それより、その塩加減、味わいからすると、杭州の料理というより寧波の郷土料理のような印象。私が出会った寧波の料理って、上海の醤油味、甘味味に比べ、塩味が立っていて、素朴、朴訥な印象で、それに似てたからです。南さんの「腌篤鮮」も、素朴で朴訥。心和むような穏やかさ、優しさが汲み取れる。ほのぼのとしたのどかな田舎料理の味、といったところです。

 新鮮な豚肉の旨味、塩蔵の豚肉、及び、金華火腿の醗酵味、ひね味が相まって、旨味が加味され、こくを増している。そんな塩味の立ったスープの味わい、風味が、この料理の味わい所、決め手のひとつなのは確かです。さらに、旬の味、筍の触感、さくさく感と、えぐ味をほんのり残した春筍の爽快な味、風味、それこそが肝心な素材。

 そんな南さんの「腌篤鮮」、ほのぼのとしたひなびた味は中国本土に食探訪に出かけた南さんのお土産料理、素朴で朴訥が持ち味の郷土料理、家庭料理が狙い目ってことなら、面白しくて、楽しい。それに、日本じゃ滅多に出会いないってことを含めて合格点。ですが、一品の料理としての完成度ということでは、まだ課題あり、というか、工夫の余地がありなんじゃない?というのが正直な感想です。

 う~ん、なんだろう? 塩漬けと新鮮な豚肉、金華火腿を加味していながら、今ひとつ旨味が物足りない。出しの弱さ、その力強さが、不足気味な印象。それに、キリリの塩味はともかくとして、新鮮な豚肉の旨味、そこに塩漬け豚肉や火腿の醗酵味、ひね味、旨味が加味されるなら、より緻密で洗練された味、風味も可能なはず。そんな味、風味の深み、奥行きが今ひとつ、というのが惜しい。

 そう、杭州料理に特徴的な気品のある洗練や風格ですね。多分、南さんの狙い目は、寧波料理のような素朴さ、朴訥さじゃなくって、実はそこにあったんじゃないか、なんて思ったからです。火腿がその証。そんな南さんの目線が面白い。それに、南さんの心意気、本土の郷土料理への取り組み、その意欲が汲み取れます。

2009/06/24

新世代の料理人のあれこれ~その1

 怒涛のような、って鳥越祭の本社の千貫御輿だけではなく、一時、相次いだコンサート通いも、しばしひと段落。と、思いきや厄介な原稿やら早急に片付けや解決の処理を必要とする出来事が重なってアップアップ。そんな間隙を縫って、ひとりで、あるいはツレを見つけては、気になる店に出かけてみるようにしています。

 そもそもは昨年末、オールド・ボーイズ向けPOPEYE「OILY BOY」で、東京の若い新進気鋭の料理人をレポートしたのを発端に、新進気鋭の若手料理人がオーナー・シェフを務める店、中国本土からやってきた料理人が料理長を務める店に関心を持ったのがきっかけです。

 いずれ、東京の最新の中華料理事情、もしくは、日本の最新の中華料理事情をレポートしてまとめたいという意思があってのことですが、出来れば中国料理に限らず、新世代の料理人を追っかけてみるのもおもしろいかも、なんて思いはじめたからです。

 とはいうものの、なかなか時間が見つけられない。時間を見つけて出かけてみたところで、福臨門や「赤坂璃宮」銀座店のようにどの料理もレベルが高く、なおかつコースとしての構成、その緩急の妙や味、風味の変化を楽しめるのは、やはり難しいといのが現実だったりします。

 それにこのブログ、香港の広東料理、あるいは中国料理の知られざる実態やその奥深さ、その背景にあるものを紹介したいというのが本来の趣旨、目的。それに関連して食の文化比較というのが根底のテーマですから、そうしたことに関わる何かを見つけないことには話も弾まない。小言ぢぢいの本領の発揮のしがいがない。

 もっとも、興味をかきたてられた店、料理がないわけではありません。
 たとえば、大阪の「一碗水」がその1軒。もはや旧聞に属する話題ですけど、この4月、大阪の新歌舞伎座に五木ひろしの公演を見に出かけた際、帰りに久々に立ち寄りました。

 「一碗水」、大阪では予約が取れないと評判の店。そんな大阪での人気、評価の実態、かつてdancyu誌の創刊200号記念の特集「日本一旨い店を集めました」で同店を紹介した大阪の門上武司さんに尋ねましたが、忙しい身ということもあって返事はまだ戴けず。

 その代わりに届いたのが「神戸元町別館牡丹園」の王泰康さんと息子の文良君の「父子鷹」を紹介した「魔法のレストラン」のDVD。こいつが面白かった。
  あ、門上さん、「一碗水」のご返事、待ってますから!

 私が「一碗水」、オーナー&シェフの南茂樹さん、それに彼の作る料理に興味深々なのは、彼の目線、意図するもの、姿勢の面白さにひかれてのことです。吉祥寺の「竹爐山房」の山本豊さんのもとで修行し、薫陶を受けた一人だってことも理由のひとつ。

 最近でこそオーナー&シェフによる新趣の店が大阪、神戸、京都に相次いで登場。その話題の店の数々の情報、耳に届きます。そんな新潮流の突破口のきっかけになったのが「一碗水」、というのはどうやら誰もが認める話のようですね。

 例えば、今回出会った「腌篤鮮/塩漬け豚肉、豚肉、筍、百頁(押し豆腐)の煮込み」に、南茂樹さんの熱い気概、意気込みを感じました。

2009/06/22

鳥越祭 本社御輿渡御 2009の3

 初めて御輿を担いだのはイラストレイターの矢吹申彦さんに誘われ、北沢八幡大祭の東北沢の町内御輿でのことでした。30年以上も前のことです。遡れば子供の頃、神戸の生田神社の子供御輿、なんてのもありましたけど。

 ともあれ、御輿を初めて担いで御輿にはまった私は、北沢八幡大祭の東北沢の町内御輿には毎年参加。しかも、それだけでは収まらず、ツテを探し出してあっちこっちの御輿担ぎに進出したもんです。  

 仕事仲間にも御輿好きを見つけました。それが、なんと御輿の同好会に入ってるという。ポパイなんかで写真を撮ってたカメラマンで、一時、三社祭のオフィシャル・カメラマンだったこともある小川よしのぶ君がその人。今では同好会も止め、御輿担ぎもやめちゃって撮影一筋、なんていいながら、三社祭でばったり出会ったりするとしっかり半纏を脇に抱えているような御仁ですから。御輿って、一度、味を占めちゃうとやめられないんです。反対に、一度きりでこりごり、なんて人もいるにはいます。

 ところが御輿の同好会、ほとんどが毎週、週末に参加が必須の条件と聞かされ、当時の私には到底無理なことでしたから同好会への参加は諦めました。以来、知人、友人の地元で祭、御輿が出ると聞きつければ、半纏のゲットを依頼。どこでも地元の半纏がなければ御輿は担げませんから。

 しかし、地元の方のご好意で半纏をゲットしても、世話してくれた方、その一家は御輿には参加せず。なんてのはよくあることで、御輿を担ぎに行っても、どこでも、ツレ、仲間なしのひとりぼっち。そんなことに慣れっこになっちゃいました。

 ことに一人ぼっちの御輿担ぎ人はすぐにわかるもんで、なんだか共感を覚え、いきなり打ち解けて親しくなったりします。何度も同じ御輿を担ぎに出かけるようになれば、助っ人の同好会の人間でもないのに地元の人と馴染みになって「いつも担いでる地元の人の顔!」になっちゃうのが私の取り柄!

 それに、馴染みになれば青年部の世話役さんがハナ棒に引っ張り込んでくれたりするわけですが、「いいです、いいです、お構いなく」と、面倒はかけずに担ぎます。というか、あくまでマイ・ペース。自分のやりたいようにやる、という性質なもんで。

 そういや今年の三社の雷門中部ですっかり顔なじみになった青年部の方から、要領よく美味しいところを好き勝手に担ぐマイ・ペースぶりを「年をとった親父の賢くて美味しい担ぎ方、楽しみ方ですね」なんて感心されて、ハナ高々。なんて言われても、ただの御輿好きなおやじだけのことなんです。私ってほんと、馬鹿ですよねえ。そうだ、去年、出会った岡本さんも「御輿好きの人の良いおじさん!」というのが私の印象だったそうで。
 
 ともあれ、岡本さん、昨年の鳥越祭で御輿デビュー。しかも、ひとりぼっちで、ツレ、仲間なし、なんてことに親近感を覚えて私はお節介。その岡本さん、話を聞けば母方の父親、つまりはお祖父さんが小島町に住んでらしたことから、引っ越してきたのが14年前。私だったら「わ、すげえ、毎年、千貫御輿を担げる!」と、それだけて盛り上がります。

 そして、岡本さん、小島町に引越してきた翌年の鳥越祭の本社御輿の町内渡御で、玄関の引き戸のガラスが割れる災難に。

そうです、鳥越の本社の御輿の町内渡御は、引渡しこそ大通りですけど、すぐさま町内の狭い路地に入り込む。狭い町内の路地に千貫御輿とそれを取り囲む怒涛の人並みが一気に押し寄せるわけですから、何も起こらないわけがない。玄関前に並んだプラント・ケースは踏み潰される。無残に跡形もなく蹴散らされる!

 それより、狭い路地で千貫御輿が左右に揺れて、通りに面した玄関の引き戸や窓のガラスが割れる、なんてのはよくあることです。ですから、本社の千貫御輿が通ることになった小路に面した家の玄関や窓は、その昔、台風の来襲に備えたそのまま、ガラスの入った引き戸や窓に板を貼り付けて防御。それも鳥越祭の本社御輿渡御がある日ならではの街の風情のひとつです。あの台風がやってくる日の胸のときめき、ざわざわ感がよみがえったりしますから。

 小島町に引っ越してきて、翌年の鳥越祭で、ご自身は不在時にそんな被害にあった岡本さん。でも、災難じゃなくって「縁起がいいなあ!」って思った、と言うんですから度量があるというか心が広いというか、御輿への敬意、愛着がうかがえて頼もしい。それからも、そんな災難、じゃなくって「縁起のいい出来事!」が、何回かあったそうです。なのに鳥越祭の日は御輿を担ぎたいと思いながらやり過ごし、宴会をやるだけで過ごした年月、あっと言う間に10年以上!なんて話を聞いて「ああ、もったいない!」と私はため息。

 それが一昨年、ご長男に「パパは御神輿を担がないでずるい!」と言われてグサり! それに昨年は本厄だったことから、厄払いのつもりで一念発起!そんな岡本さんに宵宮の小島三町会の連合渡御で1年ぶりに再会しました。

 そして、翌日の本社の千貫御輿を待つ担ぎ手の中に、岡本さんの姿は見当たらない。どうしたんだろ?なんて思ううちに、本社の千貫御輿の渡御は開始。岡本さんと出会ったのは午後の町内御輿での渡御でのこと。本社の千貫御輿、ギリギリで間に合って、やっぱり今年も帯の締め方がわかんなくって、世話役の人に頼んだそうで。

 それから、いざってことで千貫御輿、脇の後ろにくっついてたら、送りこんでくれる世話役の人がいて、何度が担げたそうです。でも、暑さにやられてヘトヘトになって、本社のあとはバタンキュー状態。誰しも同じだったわけですね。

 今年の鳥越の本社の千貫御輿渡御は、ほんとに暑かった。くたばってしまうぐらい暑かった。けど、担がないではいられません。そんな鳥越祭、終わってしまえば「あ~あ、あと364日か!」と精気が抜けて、ため息ばかり。

 鳥越祭が終わって梅雨の日々を抜ければ、夏がやってきます。

2009/06/20

鳥越祭 本社御輿渡御 2009の2

 今年の鳥越祭の御輿は町内御輿も本社の千貫御輿渡御も見学だけのつもりでした。長年お世話になってる越村さんちで、昨年、不幸があり、神社の神事、祭りには不参加という事情があってのことです。身内ではありませんが、身内同様、面倒をみてもらってましたから、今年は担ぐのはお休みにするつもりでした。

 しかし、担がないから鳥越祭の日に越村さんちに伺わないのは、これまで散々お世話になってきたのに礼を欠く。それに、もしかして越村さん、寂しがってるかも。それよりも、ずっと越村さん同様、ずっと面倒を見てくれた故人の仏前にお参りもしたい。なんてことで、思い立って越村さんちを訪ねたのが宵宮の日の夕方。

 越村さん、とても喜んでくれました。それも越村さん、5月の末から入院し、退院したのが祭りの2日前。なんて話には驚きましたが、そんな風には見えないぐらい元気な姿にひと安心。
「いやあ、今年は喪中だしね。でも、近所のお稲荷さんの世話役の代表もやってるから、喪が明けてから家族一同、鳥越神社でお払いは受けたんだけど。でも、ま、今年は祭りはお休みってことで。それに、入院して、戻ってきたのが二日目だったから、いろんな方に連絡も出来なかったんですよ。誰にも連絡はしなかったんだど、誰か見えないかなあって、心待ちにしてたところなんで、嬉しいなあ。いや、兄貴も昌平君も、それに昌平君の仲間も来ててね。町会の御輿の渡御がはじまるんで、さっきでかけたばっかり」と、越村さん。

 兄貴というのは神田の嶋倉さん。息子の昌平君は地元神田の神田祭の青年部ってことから、神田祭では御輿の面倒を見るばかりで担げない。そんなことから、毎年、鳥越にやってきて、存分に担ぐのがなによりも楽しみ。嶋倉さんも昌平くんも、年に一度、鳥越祭の日に、越村さんちで顔をあわせるわけで、3年前に結婚した前後から今ではかみさんになった智子さんも御輿に参加。今年は神田祭の仲間も一緒でした。

 そして、小島三町会の連合渡御が始まるというんで見学に。 そしたら越村さん「上に半纏、あるから着替えたら!そんな格好じゃ小倉さんらしくないよ!」なんて、いきなりの話に担ぐつもりじゃなかった私は、しどももどろ。
「え!でもあの、今年はやっぱり遠慮しますよ。身内ってわけでもないですが、お世話になってきたんで」
 と返事したものの
「いいからいいから、祭りの日にいろんな人がきてくれるの楽しみにしてたのは、故人なんだから。供養にもなるからね!」
なんて話に
「はい、わかりました!」と、私。 素直、っていうよりも遠慮がないんですね。とは言うものの、御輿を担ぐ用意なんかせずに伺ったもんで、ダボなし、半纏を素肌の上に着込んで、町内御輿、3町連合渡御に参加。
  
 それともうひとつ、昨年、本社渡御で知り合いになった岡本祐司さんのことが気がかりでした。

 岡本さんと知り合ったのは去年の本社渡御でのこと。前の町会からの引き渡しの前に担ぎ手は待機。なんて時 「あのう、帯ってどうやって締めればいいんでしょうか?」 と尋ねられたのがそもそものきっかけ。口で教えるより、締めて上げる方が手っ取り早い。

 話を聞けば小島1丁目の住人になって13年。鳥越祭を楽しんできたものの、本社渡御はもちろん、町内御輿を担ぐのも初めて!

「初めてでハナ棒を担ぐのは、う~ん、ちょっと厳しいかも。みんなハナ棒を担ぎたがるから。けど、脇の真ん中のところなら、人の輪も少ないし、後ろの脇なら、後ろについてれば、送り込んでくれるから!」なんて、訳知り顔でお節介を買って出た次第。

「う~ん、なら、出来る限り傍にいてください!引っ張り込むか、入れ替わるから!」ってことで、怒涛の本社の千貫御輿の渡御が始まった。私はいつも通り、担ぎ手が群がり、ひしめきあう御輿をとりあえずは観察。御輿が上がった途端に、御輿を取り巻く人垣を掻き分け、比較的人垣の薄い脇の真ん中に潜り込んで、御輿に歩調を合わせながら、担ぎ棒に手が届く隙間を見つければ、一気に肩から割って入って、担ぎ棒にしがみつく。

 担いでしばらく、ふと見ると、御輿に並んで脇を取り囲む二重ほどの人垣の中に岡本さん。右手を上げて岡本さんに合図を送り、なんとか近づいてきた岡本さんと入れ替わり。そんな風に、繰り返し担ぎ棒にしがみついてた間、岡本さんを見つければ、引っ張り込んだり、入れ替わったのが3回、4回、ぐらいかな。御輿デビューで本社の千貫御輿を担ぐのは、ほんと至難の技だったりしますが、ともあれ、岡本さんの御輿デビューの手伝いを果たしたのでありました。

2009/06/14

鳥越祭 本社御輿渡御 2009

 いやあ、暑かった。今年の本社の千貫御輿渡御は、ほんとに暑かった!!
 熱中症って経験がないんですが「もしかしてこれ?」なんて思うぐらい、暑さにやられてヘトヘトになりました。 夏の真っ盛り、そのど真ん中の8月15日、かんかん照りの日に富岡八幡宮の御輿を担いだことがありますが、そん時の方がまだまし!なんて思ったぐらいの暑さでした。

 (桂)枝雀じゃないですが「お陽いさんが、カァ――!」状態。照りつける陽射しは頭皮を突き抜け、脳ミソを直撃!煮えくり返って沸騰寸前!なんて按配でしたから。おまけに、もしかして前日までの雨で濡れていた道路の水分が、照りつける日差しで蒸発し、湿気を帯びたムンムンの暑さになっちゃたこともへとへとのへたれになっちゃった要因、だったのかも。

 小島一丁目の今年の本社の千貫御輿渡御、鳥越1丁目からの受け渡しは、予定では10時40分。それが、13分早まったと後で知りました。午後に担ぐ本社御輿の渡御に比べれば、人数、なんだか少ない印象で。ですが、町内御輿に比べれば担ぎ手の人口密度は尋常じゃない。

 担ぎ棒の周りには、虎視眈々と担ぎ棒にくらいつくつもりの人波が幾重にもびっしり。
 もっとも中棒のあたりは取り巻く人波の輪も薄め。そこに要領よく紛れ込み、担ぎ棒にほんのわずかでも隙間をみつければ、ひょいと担ぎ棒に手を差し伸べ、身体を真横にして、ぐぐぐ~いなんて感じで、担ぎ手の間に割り込みます。ですが、前と後ろの担ぎ手にはさまれて胸が締め付けられ、呼吸困難、酸欠状態に陥りそうになることなんかザラですから。

 しかし、担ぎ棒にしがみつけたら、後はもう担げる限り担ぎ続けます。
 そう簡単に担ぎ棒から離れない!
 「ねね、おじさん、そろそろ代わってやったら!」
 なんて言われてチラっと見るとどうやら今年初めて小島1丁目の本社渡御に参加の助っ人の若者のリーダー格の様子でした。

 もう何年も担いでますから、町内の睦、世話役の方、常連の方とは顔なじみ。
 それが、毎年、入れ替わり立ち代り、御輿の同好会の連中なのか、助っ人の新顔が入り混じり、その手のリーダー格が、なんでだか御輿の中棒の脇について、担ぎ手をミョーに仕切りたがる。引き連れてきた仲間、ことに女の子を担ぎ棒に入れたがる。よくあることです。

 「え!?おれ?おれがおじさんかい?」と、しらんぷり!
 けど、もしかして「おじさん」じゃなくって、「おやじさん」なんて言われりゃ
 「は~い、はい!」なんてすんなり入れ替わってあげたかも、です。
 そのあたり実にビミョーな(年季の入った御輿)オヤジの心理です!

 意地を張ったわけじゃないですし、ま(年季の入った御輿)オヤジとしては、しっかり自己管理。前と後ろの担ぎ手に胸を圧迫され、呼吸困難に陥りそうになりなりがら、自分の按配見計らい、たまに抜け出して水分と酸素の補給を怠らず、今年もしっかり担ぎました!

2009/06/08

郷土料理が旨い~09年5月の『赤坂璃宮』銀座店の6

 そして今月の締めくくりの「面・飯」は「咸魚生菜炒飯/塩干し魚風味レタスチャーハン」。「赤坂璃宮」銀座店のグランド・メニューの「粥・面・鍋耙」のメニューに紹介されてる一品です。が、私、初体験。
 なにしろ、炒飯の種類、バリエーションは実に豊富。「赤坂璃宮」銀座店のグランド・メニューに紹介されている炒飯は6種。しかも、その一部にしか過ぎません。ということから、「赤坂璃宮」銀座店で出来る炒飯のすべてをすべて踏破するには、やっぱり毎日通わんと、ね。

 さて、「咸魚生菜炒飯」。
 「この干したような魚の身が?」
 「そうそう、そうです「咸魚」。塩漬けの醗酵させた魚です」 
 「くせがあって、風味がたまらないですね」
 「これだけで、ご飯、何杯も食べられちゃうますね」
 「でも、私、鶏肉の賽の目切りと一緒に炒めたのは食べたことがありますが、レタスとの組み合わせははじめて!」
  「レタスのシャキシャキ感とかさっぱり感がいいなあ。その、えとなんだっけ「咸魚」?のくせ、風味を抑える感じで!」
 「うん、レタスを炒飯に入れたことがあるんだけど、火が通り過ぎて、くたくたの感じになっちゃって。でも、これ、しゃきっとしてて、やっぱり最後にあわせてさっと炒めるのかな?」
 「そのレタスの触感とさっぱり感が面白いよね、この炒飯」
 「いや、レタスにしろ、青菜にしろ、私は、しゃき感よりもしっかり火が通ったくたくたのが好きなんですが。炒めものにしてもね。でも、この炒飯の場合は、しゃき感、さっぱり感がポイントだね」
 なんて、話がはずみます。

 私の個人的な感想としては、レタスのしゃき感、さっぱり感はグッド。ですが、それに対して、たとえば「咸魚」と鶏肉の賽の目やあら微塵の炒め物との組み合わせからすると、どうやら「咸魚」の分量いつもより控え目な感じ。

 ですが、それでもやっぱりレタスよりも味、風味が勝っちゃう感じ。「咸魚」の存在感、でかいですから。それからすると「咸魚」にはその存在感に匹敵する鶏肉、あるいは牛肉、豚肉などとの相性がいいのかも、などと思った次第。

 そういえば、レタスを使った炒飯では「レタスと牛肉の炒飯」といのが一般的。日本の広東料理店でも定番的なメニューのようで、今までにも何回かであったがあります。中でもいまだ忘れ難いのは(って、随分、ご無沙汰ですので)尾山台の「華門」の「牛肉とレタスの炒飯」。
 
 もとホテルの中国料理店出身の御主人の自慢の一品、しっかりの味付けの牛肉とレタスのしゃき感、さっぱり感のバランスが取れていて、なおかつ洗練された上品な味わいで、風味があり。「華門」にはまたでかけなくっちゃ。
 そしてデザートには皐月の季節らしく涼風を感じさせる一品が。
 名前は逸しましたが、小豆を素材にした冷製の甜品。ひとさら3切れってことですが、う~ん、食べたいけど、それ一品きりでおしまいなのはしめくくりのデザートには物足りない!

 どうしようか、なんて思ってたら「私、3切れは食べられない!」なんて、救いの手!
 なんてことで、一切れおすそ分けしてもらいました。
 これが、なかなかぐっど。かなり、ぐっど。
 年代ものの「普洱茶」もいいですが、それよりも緑茶、それも「龍井茶」が欲しくなりました。

2009/06/06

郷土料理が旨い~09年5月の『赤坂璃宮』銀座店の5

そして野菜料理の「生熟蒜蒸勝瓜/十角瓜のガーリック蒸し」が登場。
 「十角瓜」というのは石垣島産のものだそうです。
 「赤坂璃宮」銀座店の5月の「今月お薦め&家郷菜~精選推介」に、この「十角瓜」を素材にしたいくつかの料理が紹介されていました。
 ということなら今月のメニーに「十角瓜」が登場しそうとにらんでましたが、はたしてどうな料理で登場するか、興味津々。
 それがこの「生熟蒜蒸勝瓜」、ガーリック蒸しだったという次第。
 それより「今月のお薦め」では石垣島産ってことと「旬」の味、なんて紹介されてました。うん、沖縄は南国ですから、もはや「旬」なんてことなんでしょうが、本土からすればまだまだ「走り」の産物。

 そうです、「瓜」が登場ってことで、夏の気配を感じる。もっとも、それよりも先に「梅雨」が控えてますから、夏はまださき。でも、夏の風味、こんなに早くに味わえるのは嬉しいですね。

 この「十角瓜」、香港、広東地方で「絲瓜/勝瓜」と称されているもの。それで中国料理名は「生熟蒜蒸勝瓜」なんだと納得。 「絲瓜/勝瓜」は「糸瓜(へちま)」の一種。なんて思ってましたが、今回、「十角瓜」を検索してみて、「へちま」と「おくら」を掛け合わせてできたものだと知った次第。

 ぼってりとした瓢箪型の「へちま」とは違って濃緑色。しかも、細長くて稜角があり、その数10本、なんてことから「十角瓜」と呼ばれてる、なんてことをしりました。ちなみに「辻調おいしいネット」の連載コラム「好吃~中国料理」で「中国料理の伝道師」こと松本秀夫先生が「絲瓜/勝瓜」について紹介。要チェックです。

 濃緑色の皮は厚みがあって、皮自体は苦味、えぐみもあり。ですが身のほうは瑞々しくって、爽快感あり。しかも、へちまにくらべれば甘味がある。それを大蒜を乗っけて蒸してあるので、皮は苦味、えぐみよりも青さがうんと引き立ってる感じ。
 おまけに、身はジュクジュクでトロトロの触感で、甘味がじんわり浮かび上がる。もしかして「走り」の若い「十角瓜」の持ち味なのかも、なんて思いました。それで、生湯葉との上湯ソース仕立てや鮑汁(干し鮑を戻した汁です)仕立ての一品があったわけだと納得。
 ほかに「十角瓜とえびすり身あわせの煎り焼き」(というのは「煎百花醸勝瓜」ってことかな~?)なんてのもあり。そいうのもいいですけど、この「十角瓜」、生のえびでもいいですが、ぐっと家庭料理、お惣菜ぽく干しえびの「蝦米」、春雨の「粉絲」なんかと一緒に炒め煮込みした「勝瓜蝦米粉絲煲」なんか、これからの季節ならではの「煲仔」ですから。来月、リクエストしちゃおうかな。
 
 それより、調理、味付けはおまかせにして、どんな「十角瓜」を素材にした料理に出るか、楽しみにするのがいいかも。
 ともあれ、これからの季節、「十角瓜」に限らず、「瓜」の料理の数々、その登場が楽しみです。

2009/06/03

郷土料理が旨い~09年5月の『赤坂璃宮』銀座店の4

 そして「豬肝滑鶏煲/伊達鶏と豚レバーの土鍋煮込み」が登場。
 テーブルに置かれてなお、土鍋の中で「じゅうじゅう」と音を立てながら煮えたぎる鶏肉や豚のレバー。湯気が立ち昇り、あたり一面に漂う香ばしい匂い。醤油や味噌が熱々の火に焼け焦げていく時のあの香り。その香りからして、味の濃厚さが伝わってきます。
 取り分けられた皿から、まずは鶏肉に食らい付くと、まだ熱々のまんま。唇にふれるのは濃厚なミソの味。噛み締めると鶏肉は柔らかくてジューシー。純な鶏肉を包み込むたれの味は、メリハリが利いていて、こってりと濃厚な味つけ。

 いつもの袁さんの料理、ほとんどは優しくて上品であっさりした清淡な味付け。ですが、この料理はまるで対照的。がつんとくる、(あ、そか、がっつり、って言うんですよね)パンチの効いたパワフルな味、風味。めちゃくちゃインパクトがあります。白いご飯がほしくなる味!

  豚のレバーは鶏肉よりも柔らかくって、ねっとりの触感。ですが、それ以上にめりはりの利いた味付け。レバ炒めを通りこしたインパクトのある味付けで、パンチが効いています。これまた白いご飯が食べたくなる味。

 その味、風味、土着的。気取りがなくって、直接的。ほら、関東地方以北で一般的な、里芋を醤油と砂糖で煮付けた「芋の煮っころがし」などにも通じる世界。いや、「芋の煮っころがし」よりも味はいささか複雑。塩味、醤油味に甘味だけじゃなて複雑な旨味、こくがあります。 料理としてビシっと止めを刺してあるのは、それこそ袁さんの技。

 こんな風にメリハリの利いたこってり、濃厚な味付けの料理も、広東地方の郷土料理にはあります。惣菜、ご飯のおかずにはうってつけ、ですから。そうだ「家郷菜」を訳せば「田舎料理」ってことになるわけで、それからすると、この料理は、イメージそのまま、ぴったりな一品といえるかも。

 この料理「豬肝滑鶏煲」なんてよりも「滑鶏煲」ってことで一般的。冬場の広東料理店の「小菜」のメニューでは「啫啫滑鶏煲」なんてことでメニューに載っています。ちなみに、「啫啫滑鶏煲」の「啫啫」は、熱々の土鍋で煮えたぎる素材が「じゅうじゅう」と焼ける音を形容した表現。
 それに、街中にある大衆的な食堂で、各種の「煲仔飯」を看板にする店、たとえば九龍城市の「添樂園」などその代表ですが、そんな店の「小菜」の店で常備されてる一品です。

 それより、この「豬肝滑鶏煲」、メリハリの利いた濃厚な味付けの元が気になってしょうがない。これまで食べた「啫啫滑鶏煲」よりも、こくがあって旨味が濃厚。 そういえば「酒」、「醤油」、「油」を同じ分量使って炒め煮込みした「三杯鶏」を思い出す。が、それよりも、旨味は重層的。ヒリリの辛味なんか頭を覗かせる。

 わからないことは、袁さんに尋ねるのに限ります。なんてことで大藤さんに頼んで、味付けの調味料、尋ねてもらいました。
 「え~、調味料は「柱侯醤」、それに「蠔油」、「オイスター・ソース」、それに「豆板醤」も少々、ってことです。味噌味したて、ってことですので!」、と。

 なーるほど、「柱侯醤」。それが複雑な旨味、こくを生んだ鍵のひとつですね。味噌味の効果を発揮。さらに「蠔油」ってことで、甘味、それに旨味とこくをます。旨味が重層的でこくがあるのはそんなわけ、ですか。

 ひりりの辛味は「豆板醤」。「啫啫滑鶏煲」で「豆板醤」を使うことがある、なんて知ってましたが……、あ、そか、もしかしてヒネ味の「郫県(ピーシェン)豆板醤」なら、辛味だけじゃなくって、旨味、こくをさらに増す。

 うーん、めりはりが利いていて、パンチのあるパワフルな味。それだけじゃなくて、重層的な旨味、こくの秘密はそんなところにありってことでした。
 「この料理って、ビールが欲しくなるよね~!」。
 「うん、うん、それも言える!!」

2009/06/02

郷土料理が旨い~09年5月の『赤坂璃宮』銀座店の3

  そして「鮮魚二食」の2品目の「油泡球/ハタ切り身の炒め」。
 「はた」の切り身の炒めもの。料理名からすると「油通し」ってことになります。
 この料理、これまでなかなか注文する機会がなく、食べそびれなんてことがほとんど。
 というのも、「はた」を食べるなら一匹丸ごと「清蒸海斑」にするか、上湯で煮浸しにした「上湯浸海斑」、もしくは醤油煮込み料理の「紅炆海斑」、中国式唐揚げの「油浸海斑」ってことになります。それとも「斑腩」の部位を醤油煮込みした「紅炆斑腩」か「油浸斑腩」なんて風で。

 以上、上げた「はた」の料理からも明らかなように、「はた」の切り身、もしくはぶつ切りを炒めた(油通し)した「油泡斑球」の順位はうんと後ろの方。なかなかその出番は回ってはこない。なんて方、私以外にも多いんじゃないでしょうか。ことに香港での滞在日数や訪れる店も限られたりすると、絶望的、だったりしますから。

 それでも、なんでだか日本の広東料理店のメニューに「はた」に限らず魚の切り身の炒めものが、結構、定番的なようで見かけることが多い。人気があるんでしょうか?
 私は、2度ばかり試しましたが、いずれも散々な目にあって以来、注文したことがありません。

 実は魚の切り身の炒め物、簡単そうでいて、技が物言う調理の難しい一品。 そうです「鍋」の技こそがその出来上がりのすべてを決める、といっても過言ではないかも。

 「油泡斑球」は香港でも一般的で、これまでに何度か食べた経験あり。ですが、これぞ!というのには、滅多に出会ったことがありません。
 まずは、魚の素材自体の問題。それに、下拵えと鍋の技、ことに「鑊気」鍋の気の有、無しで料理の出来栄えが決まっちゃいますから。

 素材で言えば、やはり「はた」。
 譚さんのおっしゃる通りです。異議なし! 
 次なる問題は下ごしらえ、つまりは魚の切り分けと下味、衣つけ。
 それから、如何にして調理するかという鍋の火の扱いの問題。油を媒介にするわけですから、その沸点の見極めもね。そして、素材の火の通し方、そのタイミングの見計らいに経験と技を要します。

 これが「えび」あたりだと、そこそこの技術でも一応のものが仕上がったりする。ところが、「帶子」、つまりは生の帆立、それに魚、ことに「はた」の切り身となると、火の通し方、ビミョーです。そう、火の通りの按配を見計らうタイミングの見極めが肝心。なんて、自分でやれるわけもなく、食べるだけなのにねえ!とわかっていながら、オヤジ(私、です)はほざきます。

 私にとって「油泡斑球」が魚料理の順番の後方で、なかなか注文しない訳も、その辺にあります。香港でも「油泡斑球」を自分で注文して食べるとなると、店がきまっちゃいますから。

 なんて、長い前置き。
 はたして「赤坂璃宮」銀座店の「油泡球」の出来栄えや、如何に。
 日本で食べた「油泡斑球」では間違いなくベスト。
 なんて、袁さんが料理してんですから、香港の味、風味まんまなわけで、日本のそれとは比較するのが間違ってますよね。

 まず、感心したのは、魚の身の切り方。
 魚の身は腹から尾に向かって狭まっていきます。その身を半分にして、腹半ばあたりは2センチ弱ほどの厚さ。で、尾に近い身は、幅たっぷり、つまりはぶつ切り。画像でそれがしっかり確認できます!
 「はた」の下拵え、素材のそのままの感じで、すっきり、さっぱり。日本の広東料理店なら、一歩はみだし目の下味付けというのが一般的だと聞きました。というのも、多くの客にとって納得の行く「中華料理」らしい「濃い味」にはならないからだそうです。

 「はた」の身はみっちり肉厚。火を通すと肉厚の身が「はらり」とはがれ落ちる感じ。しかも、ほろほろの触感あり。蒸した「はた」なら、ほろほろの感じに、しゅわ感が入り混じる。それが、油を通した「はた」の身は、ほっくり感がむき出しになる。だからこそ、その切り身は程々の厚み、もしくは、ぶつ切りがぴったしなんだと、納得できます。
 もちろん、その炒めかた、油通し、火の通り加減がジャスト!だからこそ、その触感を生み出せることは言うまでもありません。そのタイミング、火のとおりの加減の見極めに、技があり。余熱の火も計算ずく、なんでしょう。

 最初、まんま、何もつけずに食べると、素材のよさ、持ち味がしっかりわかる。腹半ばの部位の身はともかく、尾に近い身のぶつ切りはほんのり油がベタな感じ。 あ、そか!それなら「蝦醬」か「蠔油(オイスターソース)」をちょっぴりつけて!
 なんてことで、アテンドの山下さんに早速「蝦醬」と「蠔油」をお願い。
 「あ、これ、いい!これ、何だっけ?「蝦醬」っていうの?これ、ちょっぴりつけると味が引き締まる感じ。わかります、エージさんの言う「はらり」の感じの身の旨さ!」なんて声が上がります。
 
 「オイスター・ソースだと、オイスター・ソースそのものの味が濃厚だし、べったりオイスター・ソースの味になっちゃうから、もったいないね。でも「蝦醬」の方が塩分濃厚なのに「はた」にぴったり、なのが不思議ですね。もっとも、ちょっぴりでいい感じ!」なんて声も上がります。
 なんたって「はた」ですから、贅沢この上ない。
 ごっつあんです、なんてよりも、ナンマンダ、ナンマンダブ!
 その美味を存分に味わったのでありました。

2009/06/01

郷土料理が旨い~09年5月の『赤坂璃宮』銀座店の2

 そして「鮮魚二食」ということで「頭腩豆腐湯/ハタのあらと豆腐のスープ」、「油泡球/ハタ切り身の炒め」の2品が登場。

 「鮮魚二食」(もしくは「鮮魚两吃」だったか)というのは、丸ごと一匹の魚を2種の料理方法、味付けで調理、ってことです。たとえば、魚の半身を炒め物に、半身を蒸し物にしたり、煮込みものにする。高級な宴会料理なんかだと「石斑」、「はた」の類がその素材になります。

 そういえば、魚で一番美味しいのは頭と砂ずり、ひれのついた縁側のあたり。なんていうのは、香港、広東地方だって同じこと。日本と変わりありません。たとえば、陸羽茶室など伝統的な広東料理店、高級な海鮮専門の店のメニューにある「紅炆斑腩」はその典型的な料理。大ぶりの「はた」のひれの付いた砂ずりあたりを煮込んだ料理です。「はた」ですから、時価で、値段もそれなり、ってことがほとんどです。

 今回の「鮮魚二食」は、「頭腩」、つまりは、頭の部分、それに、砂ずりの部分やヒレ、中骨でスープを作り、残る身を炒めものにしたもの。「油泡」ってありますから「油通し」ってことになります。

 そんな「鮮魚二食」の登場を喜びながら、素材が「はた!」と知って、驚きました。びびりました。予算オーバーな素材ですから。
 「あの「はた」……ですよね!」と私。
 「はい、いえ、あの、この料理は「やっぱり「はた」じゃないと」と、譚が申しまして!」と、大藤さん。

 確かに。「はた」じゃなければ、この料理の真髄、味わえない。
 ですが……、なんて恐縮しながら、そうだ今回は「赤坂璃宮」銀座店での会食、2年目に突入の1周年記念、だもんね!と、手前勝手な厚かましい解釈。
 すんません!ご好意に預かります!と、すんなり受けちゃうあたり、美味の誘惑に勝てない食い意地の張ったオヤヂです。

 最初に登場したのが「頭腩豆腐湯/ハタのあらと豆腐のスープ」。

 スープ、それにその具は別皿に。じっくり素材をとろ火で長時間煮込んで、味、旨味、風味を引き出す「老火湯」を食べる時のスタイル。  

画像をご覧の通り、白濁、というよりもいくらか薄茶色がかったスープに、豆腐がぷかぷか。




 

 

これがスープの具材。 「はた」の頭や砂ずりなど、あらの部分は「煎」、つまり、煮込む前に煎り焼きにした形跡あり。広東系のこの種のスープで魚を使う時、煮込む前に魚を煎り焼きするのは基本のルール。それ以外に豆腐、広東白菜。それに「皮蛋」まで並んでいたのに驚きました。

 「そうか「皮蛋」、こんな風にして使うこともあるんだ!」とひとりごち。
 お粥の具に皮蛋なんてのはありますが……
 「そうだ!「鯪魚」に「香菜」を煮込んだスープに「皮蛋」が入ってった!」と、九龍城市にあるタクシーの運転手のたまり場になってる食堂での「例湯」のことを思い出しました。

 話がずれますが、徹夜明けに「香菜」たっぷりのスープ、なんてのは香港人がよく言うこと。「香菜」には「気」を鎮める効果がある、からなんだそうで。だから、煙草の吸い過ぎなんかにも、ぴったりだと。

 話戻して「頭腩豆腐湯」、いつもの「老火湯」同様に基本的には穏やかで優しい味。
 ですか、塩味がいつもより利いてる感じ。川魚を素材にした時特有の泥くささとは対照的に「海」の味、「磯の香」がするのは、やはり「はた」だからでしょう。それに、この手のスープに欠かせないのが「広東白菜」。自然な甘味と爽快な味、風味は、間違いなく「広東白菜」のそれ。
 それより、この手のスープ、日本で食べるとやたら生姜の味が濃厚だったりするんですが、そんな感じ、微塵もなし。香味野菜、ふっと、鼻先かすめる感じでどこへやら。そうだ、どんな香味野菜を使ったのか、聞きそびれました。

 それに、穏やかで優しいだけじゃなくて、味わい、緻密で濃厚。
 「はた」を素材にした贅沢な「老火湯」、なんてよりも豪華な一品。
 シアワセな気分になりました!