2009/06/27

新世代の料理人のあれこれ~その2

 「腌篤鮮/塩漬豚ばら肉、豚ばら肉、筍、百頁(押し豆腐)の煮込み」は上海の郷土料理、家庭料理の一品で、冬筍に次いで春筍が出回る頃に作られる料理です。もともとは浙江省の杭州の料理のようです。確か香港の「天香樓」、「上海一品香菜館」、「老正興」のメニューにもあったはず。というのも「腌」と言う言葉、その意味を知ったのはそれらのメニューからでしたから。

 「腌篤鮮」の「腌」は塩漬け、塩蔵の意味で、「鮮」は新鮮な豚肉。つまり、塩蔵の肉と新鮮な豚肉とともに、旬の味の「筍」、押し豆腐の「百頁(百葉)」を「篤」、つまりは煮込んだ料理です。ことに筍、春の筍だけじゃなくて、野生の筍が出回る頃に、その味、風味、さらには触感を味わう料理でもあります。

 もっとも「腌篤鮮」、日本、東京では滅多に見かけたことがない。それが、ここ10年、東京で一挙に増殖中の中国本土からやってきた料理人を抱える店にはあるようで、ネットで紹介されているのを見かけたことがあります。

 今回の「一碗水」の「腌篤鮮」は、香港や広州、江蘇/浙江省、北は北京周辺など中国本土に一人ぶらり旅の多い南さんが、現地で出会ったのがきっかけかだったのかも。それとも、どこかのレシピを見つけたんでしょうか。

 で、「腌篤鮮」。普通、上海、及びその周辺の江蘇/浙江省の家庭としては、塩漬け肉、新鮮なバラ肉を組み合わせ、筍と一緒に煮込むのが一般的。南さんの場合には自家製の塩蔵した豚ばら肉に、新鮮な豚肉、バラ肉と脛肉だったような覚えあり。さらに、杭州式に倣ってなのか金華火腿も加えてある。「百頁」は出来合いのものを調達したそうで。

 塩蔵肉を使ってあるだけあって、塩味しっかり。私には塩味が立った味付けの印象。しかし、きりりと引き締まった印象で、爽快で清々しく、若々しくて溌剌気分。まんま南さんの若さを物語るような味付けです。加えて、素朴でひなびた感じがする。

 それより、その塩加減、味わいからすると、杭州の料理というより寧波の郷土料理のような印象。私が出会った寧波の料理って、上海の醤油味、甘味味に比べ、塩味が立っていて、素朴、朴訥な印象で、それに似てたからです。南さんの「腌篤鮮」も、素朴で朴訥。心和むような穏やかさ、優しさが汲み取れる。ほのぼのとしたのどかな田舎料理の味、といったところです。

 新鮮な豚肉の旨味、塩蔵の豚肉、及び、金華火腿の醗酵味、ひね味が相まって、旨味が加味され、こくを増している。そんな塩味の立ったスープの味わい、風味が、この料理の味わい所、決め手のひとつなのは確かです。さらに、旬の味、筍の触感、さくさく感と、えぐ味をほんのり残した春筍の爽快な味、風味、それこそが肝心な素材。

 そんな南さんの「腌篤鮮」、ほのぼのとしたひなびた味は中国本土に食探訪に出かけた南さんのお土産料理、素朴で朴訥が持ち味の郷土料理、家庭料理が狙い目ってことなら、面白しくて、楽しい。それに、日本じゃ滅多に出会いないってことを含めて合格点。ですが、一品の料理としての完成度ということでは、まだ課題あり、というか、工夫の余地がありなんじゃない?というのが正直な感想です。

 う~ん、なんだろう? 塩漬けと新鮮な豚肉、金華火腿を加味していながら、今ひとつ旨味が物足りない。出しの弱さ、その力強さが、不足気味な印象。それに、キリリの塩味はともかくとして、新鮮な豚肉の旨味、そこに塩漬け豚肉や火腿の醗酵味、ひね味、旨味が加味されるなら、より緻密で洗練された味、風味も可能なはず。そんな味、風味の深み、奥行きが今ひとつ、というのが惜しい。

 そう、杭州料理に特徴的な気品のある洗練や風格ですね。多分、南さんの狙い目は、寧波料理のような素朴さ、朴訥さじゃなくって、実はそこにあったんじゃないか、なんて思ったからです。火腿がその証。そんな南さんの目線が面白い。それに、南さんの心意気、本土の郷土料理への取り組み、その意欲が汲み取れます。