「香酥鴨」、つまり「家鴨の香り揚げ」は北方の料理で山西、山東省のが有名です もっとも「香酥鴨」、下味をつけた家鴨を丸ごと一羽を蒸してから揚げたもの。香ばしくて、さっくりとした皮の触感、ジューシーな肉が味わいどころ。
ですが「荔蓉香酥鴨」は、それとはちゃいます。家鴨の骨を抜き、身を開き、皮はそのまま残し、肉に里芋の一種の「荔浦芋」、もしくは「タロ芋」を蒸すか茹でて擂り潰したものをたっぷり厚みをつけて塗りつけ、というか貼り付け、揚げた料理です。
ほんとは丸ごと一羽の盛り付けなんですが、今回は少人数だったので半身仕立て。
広東地方の郷土料理の代表的な一品で、宴会などにも登場。
そういえば、先に「赤坂璃宮」の銀座店で紹介してきた「盆菜」が生まれた新界の「圍村」の名物料理のひとつ、なんて話を耳にしたことがあります。「圍村」で良い「荔浦芋」が採れるから、なんだそうで。実は「家鴨」も大事ですが「芋」も大事。採れ立てのものじゃなくて、しばし寝かせたひねの芋を使う、なんてこともあるようです。
この「荔蓉香酥鴨」、日本じゃ未体験。なんとか日本でも食べられないものかと願っていた一品です。それが今回の「青木宴」を実施するにあたって、調達可能な素材、新しいメニューを尋ねた際、リストの中の家鴨の料理にありました。見つけて、思わず狂喜。
今回の「荔蓉香酥鴨」、日本で飼育されてる「家鴨」を求め、あれこれ探して、ようやく日本で飼育されているフランスのバルバリー系のものを入手、なんてことでした。加えて、芋に関しては上質な台湾産の「タロ芋」が入手出来たそうで。
ちなみに香港なら「荔浦芋」を使いますが、日本では調達が難しい。台湾産の「タロ芋」、「荔浦芋」にくらべると香りの点では劣るものの、粘りがあって、蒸して潰した時の舌にとろける滑らかな触感は「荔浦芋」にも匹敵、なんてことだそうです。
さて、「荔蓉香酥鴨」。揚げた家鴨の皮はぱりぱり。「脆」の蝕感、そのままです。もっとも「脆皮鶏」のように、下拵えした鶏に熱い油を注ぎかけて調理といった感じでなく、油でじっくり揚げた感じ。そのせいか、表面は焦げっぽい感じの色あい。しかも、下拵えの味付けはしっかり。
じっくり揚げてありますから、しっかり火が通ってます。も少し肉がジュシーなのが好みかな、なんて思いましたが、おそらくはバリバリー系の家鴨だからじゃないでしょうか。もっとも、香ばしさ、風味は格別です。
一方、擂った芋を貼り付けた身の肉の表面、揚げて部分的には蜂の巣状。さくさくの触感。「香酥」とあるように、揚げて生まれる香ばしさが風味を増す。味わい所のひとつです。さくさくの歯触りは、まさしく「酥」そのもの。
噛み締めれば、しゅわっとした触感、それに、舌にまとわるねっとり感があります。そうだ、マッシュポテトのあのねっとり感を思い浮かべもらえばいいかな。おまけに、香ばしさだけでなく、こくのある甘味、濃密な味が、舌にのしかかってくる。
これだ、これ、この味! しっとりしてて、こくのある濃密な甘味! これもまた広東地方の郷土料理、それも伝統的なそれに特徴的なもの。 思わず、頬が緩みます。
そうそう、香港の飲茶の点心に「芋角」ってのがあります。「荔浦芋」もしくは「たろ芋」を茹でて、あるいは蒸して、擂り潰して、豚の挽き肉などを混ぜあわせ、掌におさまるぐらいの形にまとめ、揚げた点心です。蜂の巣状ですが、その見かけ、味、風味はまるで中華風のコロッケ。
「そうか、あれか!」と納得の人もいらっしゃるに違いない。「家鴨」の身に擂った芋を厚く塗りつけた部分は「芋角」そのまま。
「荔蓉香酥鴨」は広東地方の郷土料理の奥深さを知ることが出来る一品です。しかも宴席を飾ることも少なくない。日本で食べられるなんて、思いもよりませんでした。