それより「青木宴」の一番のテーマ、趣旨は、中国料理の根幹の思想のひとつである「不時不食」、つまり「季節に非ずは食さず」に倣って、旬の素材による広東地方の郷土料理を楽しみ、味わうところにあります。もっとも、素材の調達、香港と日本では事情が異なりますから、すべて現地、本場そのままというわけにはいかない。それなら、日本の素材を使って広東地方の郷土料理を再現、という試みもその目論見のひとつです。
というわけでいつもなら広東地方の郷土料理として再現可能な日本の素材をあたり、調達し、どのような調理がふさわしいのか。あるいは、日本ならではの素材を使って、広東地方の郷土料理が可能か、なんていうのを「青木宴」の実現前に調査、検討、下準備してきたものですが、今回は、充分な時間のゆとりもなし。
そんなことから、調達可能な素材と調理方法を問いあわせ、同時に、希望する素材の調達が可能かどうかを確認。で、本来の目的だった冬の野味の素材、鹿と豬ですが、いささか時期遅しで、入手可能な素材では調理方法も限られる、とのこと。
もっとも、青木さん、今回の「青木宴」までに、鹿や豬の料理のいくつかをすでに味わったそうな。うらやましい。中でもよかったのは鹿のフィレ肉の炒め物。それに、鞍下肉の煮込みだったそうです。
今年は機会を逸しましたが、昨年、食べる機会のあった福臨門が取り寄せている大分の鹿、豬は、いずれも味、風味ともに格別で、扱いも巧み。各部位ごとに味わいが異なります。ことに内蔵類など、タイミングよく出会えればその真味を堪能できるのが嬉しい。
そういえば青木さん
「鹿の煮込み料理と一緒に食べた「ほうれん草」が格別に旨かった」
と、ぽつり。
「根がついたのをそのまんま炒めたほうれん草、なんですけど」。
もしかして、それって「埼玉の東松山の加藤さんの「日本ほうれん草?」」と尋ねたら、
「そうそう、そうだってことでした」と、青木さん。
もっとも、加藤さんの「日本ほうれん草」が味わえたのも、2月半ばまで。
それに取って代わる葉物の野菜、なんかあるだろかと福臨門に問い合わせ。
そしたら「通菜(空芯菜)」の良いのが出回りはじめた、とのこと。
それ以外に、葉物ではないけれど「蚕豆(そら豆)」、「蜜豆(さとうさや)」を素材にした料理があると言う話。
そういえば、蚕豆にしろ枝豆にしろ、上海系や揚州系の料理をやる店ではお目にかかっても、広東料理系の店でその種の料理には滅多にお目にかかったことがない、なんてことに興味をそそれらました。
それに季節柄、貝類です。
蛤、それに、浅蜊を素材にした料理が可能なはず。
蛤といえば、昨年、春過ぎに豚の内蔵類の各種の料理を中心にした際、「蛤蜊蒸蛋」を依頼。それがとっても素晴らしかった。
その際、「金銀蒜茸蒸蛤蜊」にするかどうか、迷った挙句の選択だったことを思い出し、それなら今回はその「金銀蒜茸蒸蛤蜊」で、なんてことも思い浮かぶ。
とまあ、調達可能な素材を尋ね、その調理法をあれこれ思案。
そして、以下のように相成りました。
まずは前菜の「前菜三拼盆/三種の前菜の盛り合わせ」。焼肉(皮付き豚ばら肉の焼き物)、叉焼、くらげの3品。前菜というよりもアミューズといった趣で、焼肉、叉焼ともに一片ずつ。
焼肉、皮のぱり感とともに脂身、肉はしっとり。叉焼もジューシーな味わいを残した焼き加減で、じんわり甘味、旨味が浮かび上がる。それも、穏やかで優しい味、風味が口中に広がります。ことにくらげが旨かった。肉厚で、最初はこりっとした歯ざわり、ぱりぽりの噛み応えが快感。味付けの塩梅、めりはりのあるしっかり味で、風味がある。
いずれもその味、風味、さりげなくて奥床しく、それでいて存在を主張、なんてところが、福臨門の焼き物らしい、なんて思いました。