2009/06/28
新世代の料理人のあれこれ~その3
たまたま隣合わせになった二人組みの女性客、何度も「一碗水」を訪れてるそうですけど、ちらちらと覗かれたんで「これ、食べたことあります?」と尋ねたら「初めて!こんな料理、ここで見たことないし、食べたこともない!」、と。それより「毎月、通ってるんですけど、ここでは初めて出会う料理ばっかり。大阪にこんな店、他にないんです!」、なんてことでした。
「一碗水」の料理、コース設定、その調理、味付けや内容は、現在でこそ同種の料理店がいくつか登場ってことですけど、「一碗水」が登場して以来、話題、評判を呼んだ最大の理由は、その点にあった様子。つまり、大阪の従来の中国料理のイメージを覆すものだったから、というのはどうやら間違いのない事実のようです。
もう随分前のことになりますが「あまから手帖」で大阪、京都、神戸の当時最新の話題の中国料理店をレポートする機会を得ました。本誌に掲載した店以外にもあれこれ教えられた店をリサーチ。その後、機会があれば追っかけてきましたが、やっぱり、地元の人間じゃないんで、その実態はつかみづらい。
ですが、面白かったのは大阪、神戸、京都の中国料理は、料理人の個性、持ち味だけでなく、それぞれ土地柄、風土、なによりも地元の人の嗜好を反映していたこと。その3都市に限っても、それぞれ一線を画する特徴があるのを発見!
ことに大阪の中国料理。脂こっくって、味が濃いという日本特有の中華料理のイメージが一般的。そこんところは、全国共通、多くの日本人が思い描く、また、求める中華料理の味、認識です。
大阪といえば、一般的にはなんでもかんでもこてこて!「こってり味」というイメージ濃厚。ということであれば、脂っこくて味が濃い中国料理、中華料理はうってつけなはず。ところが、さにあらず。私の知る限り、出会った限りの大阪人、こてこてのこってり、濃厚な味が好みのようでいて、その実、本音は「やっぱり、さっぱりしてるのがええワわ!」といった「さっぱり嗜好」を隠せない。
たとえば大阪の「ポン酢」にかける執念こそはまさにその典型。それぞれのひいきの「ポン酢」のブランドがあって、その執着たるや並のものじゃない。そればかりか「ポン酢」の自作派の存在を見逃せない。“どう?俺のポン酢、試してみいひん?”と、くったくなく薦めてくれるようでいて、その眼差しは真剣どころか、否応なしに肯定の意見しか受け付けないような鬼気迫る気迫の勢い。「これがあかんちゅうんやったら、おつきあいお断りや!」と、顔に書いてあります。
目がそれを物語ってます!なんてたじたじの体験、何度したことか。
中華料理は「脂こくって、味が濃い」ものだと納得し、その味を求めながらも、そこに「ポン酢命!」的「さっぱり感」、「さっぱり味」がないと納得できない、収まらない、というのが、大阪人に共通した嗜好じゃないでしょうか。
かつての「あまから手帖」の取材の際、料理人の方に色々と話をうかがった際、「大阪の中国料理の料理人が抱えるテーマ」のひとつがまさにそれでした。
「ええ、ですから、脂っこくて、濃い味付けですけど、どうやってさっぱりした味にするか。そう、心がけてますし、さっぱりしたもんをお出しするようにしてます」
そんな話、料理人から何度耳にしたことか。
そういえば、お粥や家庭料理が旨いと地元で評判の神戸のとある店の紹介を書いた際、私の味覚だけじゃなく、日頃接してきた中国料理に比較しても、味が濃い。それも、塩味が強い。広東地方でも広州の都市部や順徳ではなく、その周辺部の郷土料理に特徴的なもので、塩味を強くして旨味を強調。
そんな話にもふれながら、郷土料理、というよりも田舎料理的な素朴でひなびた味つけ、塩味の濃さが特徴的だったことから「味が濃い」、「塩味が強い」と率直に書いたところ、店からその記述にクレームが!なんてこともありましたっけ。
「味が濃い」、「塩味が強い」と触れられるのは、店側にとっては大いに不都合な様子。それが事実であったとしても、直接的な表現はタブーなんですね。そんなこと、思いもしませんでした。
味は濃くてしっかり、それとも、味はこってり、なんて書いた後で
「ですが、さっぱり!」とすかさずフォローして、締め括る。 それが、フード・ライターとして生き残る処世術だと、知った次第です。
食雑誌の店紹介、料理紹介における「さっぱり!」には要注意!
2009/06/27
新世代の料理人のあれこれ~その2
「腌篤鮮」の「腌」は塩漬け、塩蔵の意味で、「鮮」は新鮮な豚肉。つまり、塩蔵の肉と新鮮な豚肉とともに、旬の味の「筍」、押し豆腐の「百頁(百葉)」を「篤」、つまりは煮込んだ料理です。ことに筍、春の筍だけじゃなくて、野生の筍が出回る頃に、その味、風味、さらには触感を味わう料理でもあります。
もっとも「腌篤鮮」、日本、東京では滅多に見かけたことがない。それが、ここ10年、東京で一挙に増殖中の中国本土からやってきた料理人を抱える店にはあるようで、ネットで紹介されているのを見かけたことがあります。
今回の「一碗水」の「腌篤鮮」は、香港や広州、江蘇/浙江省、北は北京周辺など中国本土に一人ぶらり旅の多い南さんが、現地で出会ったのがきっかけかだったのかも。それとも、どこかのレシピを見つけたんでしょうか。
で、「腌篤鮮」。普通、上海、及びその周辺の江蘇/浙江省の家庭としては、塩漬け肉、新鮮なバラ肉を組み合わせ、筍と一緒に煮込むのが一般的。南さんの場合には自家製の塩蔵した豚ばら肉に、新鮮な豚肉、バラ肉と脛肉だったような覚えあり。さらに、杭州式に倣ってなのか金華火腿も加えてある。「百頁」は出来合いのものを調達したそうで。
塩蔵肉を使ってあるだけあって、塩味しっかり。私には塩味が立った味付けの印象。しかし、きりりと引き締まった印象で、爽快で清々しく、若々しくて溌剌気分。まんま南さんの若さを物語るような味付けです。加えて、素朴でひなびた感じがする。
それより、その塩加減、味わいからすると、杭州の料理というより寧波の郷土料理のような印象。私が出会った寧波の料理って、上海の醤油味、甘味味に比べ、塩味が立っていて、素朴、朴訥な印象で、それに似てたからです。南さんの「腌篤鮮」も、素朴で朴訥。心和むような穏やかさ、優しさが汲み取れる。ほのぼのとしたのどかな田舎料理の味、といったところです。
新鮮な豚肉の旨味、塩蔵の豚肉、及び、金華火腿の醗酵味、ひね味が相まって、旨味が加味され、こくを増している。そんな塩味の立ったスープの味わい、風味が、この料理の味わい所、決め手のひとつなのは確かです。さらに、旬の味、筍の触感、さくさく感と、えぐ味をほんのり残した春筍の爽快な味、風味、それこそが肝心な素材。
そんな南さんの「腌篤鮮」、ほのぼのとしたひなびた味は中国本土に食探訪に出かけた南さんのお土産料理、素朴で朴訥が持ち味の郷土料理、家庭料理が狙い目ってことなら、面白しくて、楽しい。それに、日本じゃ滅多に出会いないってことを含めて合格点。ですが、一品の料理としての完成度ということでは、まだ課題あり、というか、工夫の余地がありなんじゃない?というのが正直な感想です。
う~ん、なんだろう? 塩漬けと新鮮な豚肉、金華火腿を加味していながら、今ひとつ旨味が物足りない。出しの弱さ、その力強さが、不足気味な印象。それに、キリリの塩味はともかくとして、新鮮な豚肉の旨味、そこに塩漬け豚肉や火腿の醗酵味、ひね味、旨味が加味されるなら、より緻密で洗練された味、風味も可能なはず。そんな味、風味の深み、奥行きが今ひとつ、というのが惜しい。
そう、杭州料理に特徴的な気品のある洗練や風格ですね。多分、南さんの狙い目は、寧波料理のような素朴さ、朴訥さじゃなくって、実はそこにあったんじゃないか、なんて思ったからです。火腿がその証。そんな南さんの目線が面白い。それに、南さんの心意気、本土の郷土料理への取り組み、その意欲が汲み取れます。
2009/06/24
新世代の料理人のあれこれ~その1
そもそもは昨年末、オールド・ボーイズ向けPOPEYE「OILY BOY」で、東京の若い新進気鋭の料理人をレポートしたのを発端に、新進気鋭の若手料理人がオーナー・シェフを務める店、中国本土からやってきた料理人が料理長を務める店に関心を持ったのがきっかけです。
いずれ、東京の最新の中華料理事情、もしくは、日本の最新の中華料理事情をレポートしてまとめたいという意思があってのことですが、出来れば中国料理に限らず、新世代の料理人を追っかけてみるのもおもしろいかも、なんて思いはじめたからです。
とはいうものの、なかなか時間が見つけられない。時間を見つけて出かけてみたところで、福臨門や「赤坂璃宮」銀座店のようにどの料理もレベルが高く、なおかつコースとしての構成、その緩急の妙や味、風味の変化を楽しめるのは、やはり難しいといのが現実だったりします。
それにこのブログ、香港の広東料理、あるいは中国料理の知られざる実態やその奥深さ、その背景にあるものを紹介したいというのが本来の趣旨、目的。それに関連して食の文化比較というのが根底のテーマですから、そうしたことに関わる何かを見つけないことには話も弾まない。小言ぢぢいの本領の発揮のしがいがない。
もっとも、興味をかきたてられた店、料理がないわけではありません。
たとえば、大阪の「一碗水」がその1軒。もはや旧聞に属する話題ですけど、この4月、大阪の新歌舞伎座に五木ひろしの公演を見に出かけた際、帰りに久々に立ち寄りました。
「一碗水」、大阪では予約が取れないと評判の店。そんな大阪での人気、評価の実態、かつてdancyu誌の創刊200号記念の特集「日本一旨い店を集めました」で同店を紹介した大阪の門上武司さんに尋ねましたが、忙しい身ということもあって返事はまだ戴けず。
その代わりに届いたのが「神戸元町別館牡丹園」の王泰康さんと息子の文良君の「父子鷹」を紹介した「魔法のレストラン」のDVD。こいつが面白かった。
あ、門上さん、「一碗水」のご返事、待ってますから!
私が「一碗水」、オーナー&シェフの南茂樹さん、それに彼の作る料理に興味深々なのは、彼の目線、意図するもの、姿勢の面白さにひかれてのことです。吉祥寺の「竹爐山房」の山本豊さんのもとで修行し、薫陶を受けた一人だってことも理由のひとつ。
最近でこそオーナー&シェフによる新趣の店が大阪、神戸、京都に相次いで登場。その話題の店の数々の情報、耳に届きます。そんな新潮流の突破口のきっかけになったのが「一碗水」、というのはどうやら誰もが認める話のようですね。
例えば、今回出会った「腌篤鮮/塩漬け豚肉、豚肉、筍、百頁(押し豆腐)の煮込み」に、南茂樹さんの熱い気概、意気込みを感じました。
2009/06/22
鳥越祭 本社御輿渡御 2009の3
ともあれ、御輿を初めて担いで御輿にはまった私は、北沢八幡大祭の東北沢の町内御輿には毎年参加。しかも、それだけでは収まらず、ツテを探し出してあっちこっちの御輿担ぎに進出したもんです。
仕事仲間にも御輿好きを見つけました。それが、なんと御輿の同好会に入ってるという。ポパイなんかで写真を撮ってたカメラマンで、一時、三社祭のオフィシャル・カメラマンだったこともある小川よしのぶ君がその人。今では同好会も止め、御輿担ぎもやめちゃって撮影一筋、なんていいながら、三社祭でばったり出会ったりするとしっかり半纏を脇に抱えているような御仁ですから。御輿って、一度、味を占めちゃうとやめられないんです。反対に、一度きりでこりごり、なんて人もいるにはいます。
ところが御輿の同好会、ほとんどが毎週、週末に参加が必須の条件と聞かされ、当時の私には到底無理なことでしたから同好会への参加は諦めました。以来、知人、友人の地元で祭、御輿が出ると聞きつければ、半纏のゲットを依頼。どこでも地元の半纏がなければ御輿は担げませんから。
しかし、地元の方のご好意で半纏をゲットしても、世話してくれた方、その一家は御輿には参加せず。なんてのはよくあることで、御輿を担ぎに行っても、どこでも、ツレ、仲間なしのひとりぼっち。そんなことに慣れっこになっちゃいました。
ことに一人ぼっちの御輿担ぎ人はすぐにわかるもんで、なんだか共感を覚え、いきなり打ち解けて親しくなったりします。何度も同じ御輿を担ぎに出かけるようになれば、助っ人の同好会の人間でもないのに地元の人と馴染みになって「いつも担いでる地元の人の顔!」になっちゃうのが私の取り柄!
それに、馴染みになれば青年部の世話役さんがハナ棒に引っ張り込んでくれたりするわけですが、「いいです、いいです、お構いなく」と、面倒はかけずに担ぎます。というか、あくまでマイ・ペース。自分のやりたいようにやる、という性質なもんで。
そういや今年の三社の雷門中部ですっかり顔なじみになった青年部の方から、要領よく美味しいところを好き勝手に担ぐマイ・ペースぶりを「年をとった親父の賢くて美味しい担ぎ方、楽しみ方ですね」なんて感心されて、ハナ高々。なんて言われても、ただの御輿好きなおやじだけのことなんです。私ってほんと、馬鹿ですよねえ。そうだ、去年、出会った岡本さんも「御輿好きの人の良いおじさん!」というのが私の印象だったそうで。
ともあれ、岡本さん、昨年の鳥越祭で御輿デビュー。しかも、ひとりぼっちで、ツレ、仲間なし、なんてことに親近感を覚えて私はお節介。その岡本さん、話を聞けば母方の父親、つまりはお祖父さんが小島町に住んでらしたことから、引っ越してきたのが14年前。私だったら「わ、すげえ、毎年、千貫御輿を担げる!」と、それだけて盛り上がります。
そして、岡本さん、小島町に引越してきた翌年の鳥越祭の本社御輿の町内渡御で、玄関の引き戸のガラスが割れる災難に。
そうです、鳥越の本社の御輿の町内渡御は、引渡しこそ大通りですけど、すぐさま町内の狭い路地に入り込む。狭い町内の路地に千貫御輿とそれを取り囲む怒涛の人並みが一気に押し寄せるわけですから、何も起こらないわけがない。玄関前に並んだプラント・ケースは踏み潰される。無残に跡形もなく蹴散らされる!
それより、狭い路地で千貫御輿が左右に揺れて、通りに面した玄関の引き戸や窓のガラスが割れる、なんてのはよくあることです。ですから、本社の千貫御輿が通ることになった小路に面した家の玄関や窓は、その昔、台風の来襲に備えたそのまま、ガラスの入った引き戸や窓に板を貼り付けて防御。それも鳥越祭の本社御輿渡御がある日ならではの街の風情のひとつです。あの台風がやってくる日の胸のときめき、ざわざわ感がよみがえったりしますから。
小島町に引っ越してきて、翌年の鳥越祭で、ご自身は不在時にそんな被害にあった岡本さん。でも、災難じゃなくって「縁起がいいなあ!」って思った、と言うんですから度量があるというか心が広いというか、御輿への敬意、愛着がうかがえて頼もしい。それからも、そんな災難、じゃなくって「縁起のいい出来事!」が、何回かあったそうです。なのに鳥越祭の日は御輿を担ぎたいと思いながらやり過ごし、宴会をやるだけで過ごした年月、あっと言う間に10年以上!なんて話を聞いて「ああ、もったいない!」と私はため息。
それが一昨年、ご長男に「パパは御神輿を担がないでずるい!」と言われてグサり! それに昨年は本厄だったことから、厄払いのつもりで一念発起!そんな岡本さんに宵宮の小島三町会の連合渡御で1年ぶりに再会しました。
そして、翌日の本社の千貫御輿を待つ担ぎ手の中に、岡本さんの姿は見当たらない。どうしたんだろ?なんて思ううちに、本社の千貫御輿の渡御は開始。岡本さんと出会ったのは午後の町内御輿での渡御でのこと。本社の千貫御輿、ギリギリで間に合って、やっぱり今年も帯の締め方がわかんなくって、世話役の人に頼んだそうで。
それから、いざってことで千貫御輿、脇の後ろにくっついてたら、送りこんでくれる世話役の人がいて、何度が担げたそうです。でも、暑さにやられてヘトヘトになって、本社のあとはバタンキュー状態。誰しも同じだったわけですね。
今年の鳥越の本社の千貫御輿渡御は、ほんとに暑かった。くたばってしまうぐらい暑かった。けど、担がないではいられません。そんな鳥越祭、終わってしまえば「あ~あ、あと364日か!」と精気が抜けて、ため息ばかり。
鳥越祭が終わって梅雨の日々を抜ければ、夏がやってきます。
2009/06/20
鳥越祭 本社御輿渡御 2009の2
しかし、担がないから鳥越祭の日に越村さんちに伺わないのは、これまで散々お世話になってきたのに礼を欠く。それに、もしかして越村さん、寂しがってるかも。それよりも、ずっと越村さん同様、ずっと面倒を見てくれた故人の仏前にお参りもしたい。なんてことで、思い立って越村さんちを訪ねたのが宵宮の日の夕方。
越村さん、とても喜んでくれました。それも越村さん、5月の末から入院し、退院したのが祭りの2日前。なんて話には驚きましたが、そんな風には見えないぐらい元気な姿にひと安心。
「いやあ、今年は喪中だしね。でも、近所のお稲荷さんの世話役の代表もやってるから、喪が明けてから家族一同、鳥越神社でお払いは受けたんだけど。でも、ま、今年は祭りはお休みってことで。それに、入院して、戻ってきたのが二日目だったから、いろんな方に連絡も出来なかったんですよ。誰にも連絡はしなかったんだど、誰か見えないかなあって、心待ちにしてたところなんで、嬉しいなあ。いや、兄貴も昌平君も、それに昌平君の仲間も来ててね。町会の御輿の渡御がはじまるんで、さっきでかけたばっかり」と、越村さん。
兄貴というのは神田の嶋倉さん。息子の昌平君は地元神田の神田祭の青年部ってことから、神田祭では御輿の面倒を見るばかりで担げない。そんなことから、毎年、鳥越にやってきて、存分に担ぐのがなによりも楽しみ。嶋倉さんも昌平くんも、年に一度、鳥越祭の日に、越村さんちで顔をあわせるわけで、3年前に結婚した前後から今ではかみさんになった智子さんも御輿に参加。今年は神田祭の仲間も一緒でした。
そして、小島三町会の連合渡御が始まるというんで見学に。 そしたら越村さん「上に半纏、あるから着替えたら!そんな格好じゃ小倉さんらしくないよ!」なんて、いきなりの話に担ぐつもりじゃなかった私は、しどももどろ。
「え!でもあの、今年はやっぱり遠慮しますよ。身内ってわけでもないですが、お世話になってきたんで」
と返事したものの
「いいからいいから、祭りの日にいろんな人がきてくれるの楽しみにしてたのは、故人なんだから。供養にもなるからね!」
なんて話に
「はい、わかりました!」と、私。 素直、っていうよりも遠慮がないんですね。とは言うものの、御輿を担ぐ用意なんかせずに伺ったもんで、ダボなし、半纏を素肌の上に着込んで、町内御輿、3町連合渡御に参加。
それともうひとつ、昨年、本社渡御で知り合いになった岡本祐司さんのことが気がかりでした。
岡本さんと知り合ったのは去年の本社渡御でのこと。前の町会からの引き渡しの前に担ぎ手は待機。なんて時 「あのう、帯ってどうやって締めればいいんでしょうか?」 と尋ねられたのがそもそものきっかけ。口で教えるより、締めて上げる方が手っ取り早い。
話を聞けば小島1丁目の住人になって13年。鳥越祭を楽しんできたものの、本社渡御はもちろん、町内御輿を担ぐのも初めて!
「初めてでハナ棒を担ぐのは、う~ん、ちょっと厳しいかも。みんなハナ棒を担ぎたがるから。けど、脇の真ん中のところなら、人の輪も少ないし、後ろの脇なら、後ろについてれば、送り込んでくれるから!」なんて、訳知り顔でお節介を買って出た次第。
「う~ん、なら、出来る限り傍にいてください!引っ張り込むか、入れ替わるから!」ってことで、怒涛の本社の千貫御輿の渡御が始まった。私はいつも通り、担ぎ手が群がり、ひしめきあう御輿をとりあえずは観察。御輿が上がった途端に、御輿を取り巻く人垣を掻き分け、比較的人垣の薄い脇の真ん中に潜り込んで、御輿に歩調を合わせながら、担ぎ棒に手が届く隙間を見つければ、一気に肩から割って入って、担ぎ棒にしがみつく。
担いでしばらく、ふと見ると、御輿に並んで脇を取り囲む二重ほどの人垣の中に岡本さん。右手を上げて岡本さんに合図を送り、なんとか近づいてきた岡本さんと入れ替わり。そんな風に、繰り返し担ぎ棒にしがみついてた間、岡本さんを見つければ、引っ張り込んだり、入れ替わったのが3回、4回、ぐらいかな。御輿デビューで本社の千貫御輿を担ぐのは、ほんと至難の技だったりしますが、ともあれ、岡本さんの御輿デビューの手伝いを果たしたのでありました。
2009/06/14
鳥越祭 本社御輿渡御 2009
熱中症って経験がないんですが「もしかしてこれ?」なんて思うぐらい、暑さにやられてヘトヘトになりました。 夏の真っ盛り、そのど真ん中の8月15日、かんかん照りの日に富岡八幡宮の御輿を担いだことがありますが、そん時の方がまだまし!なんて思ったぐらいの暑さでした。
(桂)枝雀じゃないですが「お陽いさんが、カァ――!」状態。照りつける陽射しは頭皮を突き抜け、脳ミソを直撃!煮えくり返って沸騰寸前!なんて按配でしたから。おまけに、もしかして前日までの雨で濡れていた道路の水分が、照りつける日差しで蒸発し、湿気を帯びたムンムンの暑さになっちゃたこともへとへとのへたれになっちゃった要因、だったのかも。
小島一丁目の今年の本社の千貫御輿渡御、鳥越1丁目からの受け渡しは、予定では10時40分。それが、13分早まったと後で知りました。午後に担ぐ本社御輿の渡御に比べれば、人数、なんだか少ない印象で。ですが、町内御輿に比べれば担ぎ手の人口密度は尋常じゃない。
担ぎ棒の周りには、虎視眈々と担ぎ棒にくらいつくつもりの人波が幾重にもびっしり。
もっとも中棒のあたりは取り巻く人波の輪も薄め。そこに要領よく紛れ込み、担ぎ棒にほんのわずかでも隙間をみつければ、ひょいと担ぎ棒に手を差し伸べ、身体を真横にして、ぐぐぐ~いなんて感じで、担ぎ手の間に割り込みます。ですが、前と後ろの担ぎ手にはさまれて胸が締め付けられ、呼吸困難、酸欠状態に陥りそうになることなんかザラですから。
しかし、担ぎ棒にしがみつけたら、後はもう担げる限り担ぎ続けます。
そう簡単に担ぎ棒から離れない!
「ねね、おじさん、そろそろ代わってやったら!」
なんて言われてチラっと見るとどうやら今年初めて小島1丁目の本社渡御に参加の助っ人の若者のリーダー格の様子でした。
もう何年も担いでますから、町内の睦、世話役の方、常連の方とは顔なじみ。
それが、毎年、入れ替わり立ち代り、御輿の同好会の連中なのか、助っ人の新顔が入り混じり、その手のリーダー格が、なんでだか御輿の中棒の脇について、担ぎ手をミョーに仕切りたがる。引き連れてきた仲間、ことに女の子を担ぎ棒に入れたがる。よくあることです。
「え!?おれ?おれがおじさんかい?」と、しらんぷり!
けど、もしかして「おじさん」じゃなくって、「おやじさん」なんて言われりゃ
「は~い、はい!」なんてすんなり入れ替わってあげたかも、です。
そのあたり実にビミョーな(年季の入った御輿)オヤジの心理です!
意地を張ったわけじゃないですし、ま(年季の入った御輿)オヤジとしては、しっかり自己管理。前と後ろの担ぎ手に胸を圧迫され、呼吸困難に陥りそうになりなりがら、自分の按配見計らい、たまに抜け出して水分と酸素の補給を怠らず、今年もしっかり担ぎました!
2009/06/08
郷土料理が旨い~09年5月の『赤坂璃宮』銀座店の6
なにしろ、炒飯の種類、バリエーションは実に豊富。「赤坂璃宮」銀座店のグランド・メニューに紹介されている炒飯は6種。しかも、その一部にしか過ぎません。ということから、「赤坂璃宮」銀座店で出来る炒飯のすべてをすべて踏破するには、やっぱり毎日通わんと、ね。さて、「咸魚生菜炒飯」。
「この干したような魚の身が?」
「そうそう、そうです「咸魚」。塩漬けの醗酵させた魚です」
「くせがあって、風味がたまらないですね」
「これだけで、ご飯、何杯も食べられちゃうますね」
「でも、私、鶏肉の賽の目切りと一緒に炒めたのは食べたことがありますが、レタスとの組み合わせははじめて!」
「レタスのシャキシャキ感とかさっぱり感がいいなあ。その、えとなんだっけ「咸魚」?のくせ、風味を抑える感じで!」
「うん、レタスを炒飯に入れたことがあるんだけど、火が通り過ぎて、くたくたの感じになっちゃって。でも、これ、しゃきっとしてて、やっぱり最後にあわせてさっと炒めるのかな?」
「そのレタスの触感とさっぱり感が面白いよね、この炒飯」
「いや、レタスにしろ、青菜にしろ、私は、しゃき感よりもしっかり火が通ったくたくたのが好きなんですが。炒めものにしてもね。でも、この炒飯の場合は、しゃき感、さっぱり感がポイントだね」
なんて、話がはずみます。
私の個人的な感想としては、レタスのしゃき感、さっぱり感はグッド。ですが、それに対して、たとえば「咸魚」と鶏肉の賽の目やあら微塵の炒め物との組み合わせからすると、どうやら「咸魚」の分量いつもより控え目な感じ。
ですが、それでもやっぱりレタスよりも味、風味が勝っちゃう感じ。「咸魚」の存在感、でかいですから。それからすると「咸魚」にはその存在感に匹敵する鶏肉、あるいは牛肉、豚肉などとの相性がいいのかも、などと思った次第。
そういえば、レタスを使った炒飯では「レタスと牛肉の炒飯」といのが一般的。日本の広東料理店でも定番的なメニューのようで、今までにも何回かであったがあります。中でもいまだ忘れ難いのは(って、随分、ご無沙汰ですので)尾山台の「華門」の「牛肉とレタスの炒飯」。
もとホテルの中国料理店出身の御主人の自慢の一品、しっかりの味付けの牛肉とレタスのしゃき感、さっぱり感のバランスが取れていて、なおかつ洗練された上品な味わいで、風味があり。「華門」にはまたでかけなくっちゃ。
そしてデザートには皐月の季節らしく涼風を感じさせる一品が。名前は逸しましたが、小豆を素材にした冷製の甜品。ひとさら3切れってことですが、う~ん、食べたいけど、それ一品きりでおしまいなのはしめくくりのデザートには物足りない!
どうしようか、なんて思ってたら「私、3切れは食べられない!」なんて、救いの手!
なんてことで、一切れおすそ分けしてもらいました。
これが、なかなかぐっど。かなり、ぐっど。
年代ものの「普洱茶」もいいですが、それよりも緑茶、それも「龍井茶」が欲しくなりました。
2009/06/06
郷土料理が旨い~09年5月の『赤坂璃宮』銀座店の5
「十角瓜」というのは石垣島産のものだそうです。
「赤坂璃宮」銀座店の5月の「今月お薦め&家郷菜~精選推介」に、この「十角瓜」を素材にしたいくつかの料理が紹介されていました。
ということなら今月のメニーに「十角瓜」が登場しそうとにらんでましたが、はたしてどうな料理で登場するか、興味津々。
それがこの「生熟蒜蒸勝瓜」、ガーリック蒸しだったという次第。それより「今月のお薦め」では石垣島産ってことと「旬」の味、なんて紹介されてました。うん、沖縄は南国ですから、もはや「旬」なんてことなんでしょうが、本土からすればまだまだ「走り」の産物。
そうです、「瓜」が登場ってことで、夏の気配を感じる。もっとも、それよりも先に「梅雨」が控えてますから、夏はまださき。でも、夏の風味、こんなに早くに味わえるのは嬉しいですね。
この「十角瓜」、香港、広東地方で「絲瓜/勝瓜」と称されているもの。それで中国料理名は「生熟蒜蒸勝瓜」なんだと納得。 「絲瓜/勝瓜」は「糸瓜(へちま)」の一種。なんて思ってましたが、今回、「十角瓜」を検索してみて、「へちま」と「おくら」を掛け合わせてできたものだと知った次第。
ぼってりとした瓢箪型の「へちま」とは違って濃緑色。しかも、細長くて稜角があり、その数10本、なんてことから「十角瓜」と呼ばれてる、なんてことをしりました。ちなみに「辻調おいしいネット」の連載コラム「好吃~中国料理」で「中国料理の伝道師」こと松本秀夫先生が「絲瓜/勝瓜」について紹介。要チェックです。
濃緑色の皮は厚みがあって、皮自体は苦味、えぐみもあり。ですが身のほうは瑞々しくって、爽快感あり。しかも、へちまにくらべれば甘味がある。それを大蒜を乗っけて蒸してあるので、皮は苦味、えぐみよりも青さがうんと引き立ってる感じ。2009/06/03
郷土料理が旨い~09年5月の『赤坂璃宮』銀座店の4
テーブルに置かれてなお、土鍋の中で「じゅうじゅう」と音を立てながら煮えたぎる鶏肉や豚のレバー。湯気が立ち昇り、あたり一面に漂う香ばしい匂い。醤油や味噌が熱々の火に焼け焦げていく時のあの香り。その香りからして、味の濃厚さが伝わってきます。
取り分けられた皿から、まずは鶏肉に食らい付くと、まだ熱々のまんま。唇にふれるのは濃厚なミソの味。噛み締めると鶏肉は柔らかくてジューシー。純な鶏肉を包み込むたれの味は、メリハリが利いていて、こってりと濃厚な味つけ。いつもの袁さんの料理、ほとんどは優しくて上品であっさりした清淡な味付け。ですが、この料理はまるで対照的。がつんとくる、(あ、そか、がっつり、って言うんですよね)パンチの効いたパワフルな味、風味。めちゃくちゃインパクトがあります。白いご飯がほしくなる味!
豚のレバーは鶏肉よりも柔らかくって、ねっとりの触感。ですが、それ以上にめりはりの利いた味付け。レバ炒めを通りこしたインパクトのある味付けで、パンチが効いています。これまた白いご飯が食べたくなる味。
その味、風味、土着的。気取りがなくって、直接的。ほら、関東地方以北で一般的な、里芋を醤油と砂糖で煮付けた「芋の煮っころがし」などにも通じる世界。いや、「芋の煮っころがし」よりも味はいささか複雑。塩味、醤油味に甘味だけじゃなて複雑な旨味、こくがあります。 料理としてビシっと止めを刺してあるのは、それこそ袁さんの技。
こんな風にメリハリの利いたこってり、濃厚な味付けの料理も、広東地方の郷土料理にはあります。惣菜、ご飯のおかずにはうってつけ、ですから。そうだ「家郷菜」を訳せば「田舎料理」ってことになるわけで、それからすると、この料理は、イメージそのまま、ぴったりな一品といえるかも。
この料理「豬肝滑鶏煲」なんてよりも「滑鶏煲」ってことで一般的。冬場の広東料理店の「小菜」のメニューでは「啫啫滑鶏煲」なんてことでメニューに載っています。ちなみに、「啫啫滑鶏煲」の「啫啫」は、熱々の土鍋で煮えたぎる素材が「じゅうじゅう」と焼ける音を形容した表現。
それに、街中にある大衆的な食堂で、各種の「煲仔飯」を看板にする店、たとえば九龍城市の「添樂園」などその代表ですが、そんな店の「小菜」の店で常備されてる一品です。
それより、この「豬肝滑鶏煲」、メリハリの利いた濃厚な味付けの元が気になってしょうがない。これまで食べた「啫啫滑鶏煲」よりも、こくがあって旨味が濃厚。 そういえば「酒」、「醤油」、「油」を同じ分量使って炒め煮込みした「三杯鶏」を思い出す。が、それよりも、旨味は重層的。ヒリリの辛味なんか頭を覗かせる。
わからないことは、袁さんに尋ねるのに限ります。なんてことで大藤さんに頼んで、味付けの調味料、尋ねてもらいました。
「え~、調味料は「柱侯醤」、それに「蠔油」、「オイスター・ソース」、それに「豆板醤」も少々、ってことです。味噌味したて、ってことですので!」、と。
なーるほど、「柱侯醤」。それが複雑な旨味、こくを生んだ鍵のひとつですね。味噌味の効果を発揮。さらに「蠔油」ってことで、甘味、それに旨味とこくをます。旨味が重層的でこくがあるのはそんなわけ、ですか。
ひりりの辛味は「豆板醤」。「啫啫滑鶏煲」で「豆板醤」を使うことがある、なんて知ってましたが……、あ、そか、もしかしてヒネ味の「郫県(ピーシェン)豆板醤」なら、辛味だけじゃなくって、旨味、こくをさらに増す。
うーん、めりはりが利いていて、パンチのあるパワフルな味。それだけじゃなくて、重層的な旨味、こくの秘密はそんなところにありってことでした。
「この料理って、ビールが欲しくなるよね~!」。2009/06/02
郷土料理が旨い~09年5月の『赤坂璃宮』銀座店の3
「はた」の切り身の炒めもの。料理名からすると「油通し」ってことになります。この料理、これまでなかなか注文する機会がなく、食べそびれなんてことがほとんど。
というのも、「はた」を食べるなら一匹丸ごと「清蒸海斑」にするか、上湯で煮浸しにした「上湯浸海斑」、もしくは醤油煮込み料理の「紅炆海斑」、中国式唐揚げの「油浸海斑」ってことになります。それとも「斑腩」の部位を醤油煮込みした「紅炆斑腩」か「油浸斑腩」なんて風で。
以上、上げた「はた」の料理からも明らかなように、「はた」の切り身、もしくはぶつ切りを炒めた(油通し)した「油泡斑球」の順位はうんと後ろの方。なかなかその出番は回ってはこない。なんて方、私以外にも多いんじゃないでしょうか。ことに香港での滞在日数や訪れる店も限られたりすると、絶望的、だったりしますから。
それでも、なんでだか日本の広東料理店のメニューに「はた」に限らず魚の切り身の炒めものが、結構、定番的なようで見かけることが多い。人気があるんでしょうか?
私は、2度ばかり試しましたが、いずれも散々な目にあって以来、注文したことがありません。
実は魚の切り身の炒め物、簡単そうでいて、技が物言う調理の難しい一品。 そうです「鍋」の技こそがその出来上がりのすべてを決める、といっても過言ではないかも。
「油泡斑球」は香港でも一般的で、これまでに何度か食べた経験あり。ですが、これぞ!というのには、滅多に出会ったことがありません。
まずは、魚の素材自体の問題。それに、下拵えと鍋の技、ことに「鑊気」鍋の気の有、無しで料理の出来栄えが決まっちゃいますから。
素材で言えば、やはり「はた」。
譚さんのおっしゃる通りです。異議なし!
次なる問題は下ごしらえ、つまりは魚の切り分けと下味、衣つけ。
それから、如何にして調理するかという鍋の火の扱いの問題。油を媒介にするわけですから、その沸点の見極めもね。そして、素材の火の通し方、そのタイミングの見計らいに経験と技を要します。
これが「えび」あたりだと、そこそこの技術でも一応のものが仕上がったりする。ところが、「帶子」、つまりは生の帆立、それに魚、ことに「はた」の切り身となると、火の通し方、ビミョーです。そう、火の通りの按配を見計らうタイミングの見極めが肝心。なんて、自分でやれるわけもなく、食べるだけなのにねえ!とわかっていながら、オヤジ(私、です)はほざきます。
私にとって「油泡斑球」が魚料理の順番の後方で、なかなか注文しない訳も、その辺にあります。香港でも「油泡斑球」を自分で注文して食べるとなると、店がきまっちゃいますから。
なんて、長い前置き。
はたして「赤坂璃宮」銀座店の「油泡球」の出来栄えや、如何に。
日本で食べた「油泡斑球」では間違いなくベスト。
なんて、袁さんが料理してんですから、香港の味、風味まんまなわけで、日本のそれとは比較するのが間違ってますよね。
まず、感心したのは、魚の身の切り方。
魚の身は腹から尾に向かって狭まっていきます。その身を半分にして、腹半ばあたりは2センチ弱ほどの厚さ。で、尾に近い身は、幅たっぷり、つまりはぶつ切り。画像でそれがしっかり確認できます!
「はた」の下拵え、素材のそのままの感じで、すっきり、さっぱり。日本の広東料理店なら、一歩はみだし目の下味付けというのが一般的だと聞きました。というのも、多くの客にとって納得の行く「中華料理」らしい「濃い味」にはならないからだそうです。「はた」の身はみっちり肉厚。火を通すと肉厚の身が「はらり」とはがれ落ちる感じ。しかも、ほろほろの触感あり。蒸した「はた」なら、ほろほろの感じに、しゅわ感が入り混じる。それが、油を通した「はた」の身は、ほっくり感がむき出しになる。だからこそ、その切り身は程々の厚み、もしくは、ぶつ切りがぴったしなんだと、納得できます。
最初、まんま、何もつけずに食べると、素材のよさ、持ち味がしっかりわかる。腹半ばの部位の身はともかく、尾に近い身のぶつ切りはほんのり油がベタな感じ。 あ、そか!それなら「蝦醬」か「蠔油(オイスターソース)」をちょっぴりつけて!
「あ、これ、いい!これ、何だっけ?「蝦醬」っていうの?これ、ちょっぴりつけると味が引き締まる感じ。わかります、エージさんの言う「はらり」の感じの身の旨さ!」なんて声が上がります。
「オイスター・ソースだと、オイスター・ソースそのものの味が濃厚だし、べったりオイスター・ソースの味になっちゃうから、もったいないね。でも「蝦醬」の方が塩分濃厚なのに「はた」にぴったり、なのが不思議ですね。もっとも、ちょっぴりでいい感じ!」なんて声も上がります。
2009/06/01
郷土料理が旨い~09年5月の『赤坂璃宮』銀座店の2
「鮮魚二食」(もしくは「鮮魚两吃」だったか)というのは、丸ごと一匹の魚を2種の料理方法、味付けで調理、ってことです。たとえば、魚の半身を炒め物に、半身を蒸し物にしたり、煮込みものにする。高級な宴会料理なんかだと「石斑」、「はた」の類がその素材になります。
そういえば、魚で一番美味しいのは頭と砂ずり、ひれのついた縁側のあたり。なんていうのは、香港、広東地方だって同じこと。日本と変わりありません。たとえば、陸羽茶室など伝統的な広東料理店、高級な海鮮専門の店のメニューにある「紅炆斑腩」はその典型的な料理。大ぶりの「はた」のひれの付いた砂ずりあたりを煮込んだ料理です。「はた」ですから、時価で、値段もそれなり、ってことがほとんどです。
今回の「鮮魚二食」は、「頭腩」、つまりは、頭の部分、それに、砂ずりの部分やヒレ、中骨でスープを作り、残る身を炒めものにしたもの。「油泡」ってありますから「油通し」ってことになります。
そんな「鮮魚二食」の登場を喜びながら、素材が「はた!」と知って、驚きました。びびりました。予算オーバーな素材ですから。
「あの「はた」……ですよね!」と私。
「はい、いえ、あの、この料理は「やっぱり「はた」じゃないと」と、譚が申しまして!」と、大藤さん。
確かに。「はた」じゃなければ、この料理の真髄、味わえない。
ですが……、なんて恐縮しながら、そうだ今回は「赤坂璃宮」銀座店での会食、2年目に突入の1周年記念、だもんね!と、手前勝手な厚かましい解釈。
すんません!ご好意に預かります!と、すんなり受けちゃうあたり、美味の誘惑に勝てない食い意地の張ったオヤヂです。
最初に登場したのが「頭腩豆腐湯/ハタのあらと豆腐のスープ」。
スープ、それにその具は別皿に。じっくり素材をとろ火で長時間煮込んで、味、旨味、風味を引き出す「老火湯」を食べる時のスタイル。 
画像をご覧の通り、白濁、というよりもいくらか薄茶色がかったスープに、豆腐がぷかぷか。
これがスープの具材。 「はた」の頭や砂ずりなど、あらの部分は「煎」、つまり、煮込む前に煎り焼きにした形跡あり。広東系のこの種のスープで魚を使う時、煮込む前に魚を煎り焼きするのは基本のルール。それ以外に豆腐、広東白菜。それに「皮蛋」まで並んでいたのに驚きました。
「そうか「皮蛋」、こんな風にして使うこともあるんだ!」とひとりごち。
お粥の具に皮蛋なんてのはありますが……
「そうだ!「鯪魚」に「香菜」を煮込んだスープに「皮蛋」が入ってった!」と、九龍城市にあるタクシーの運転手のたまり場になってる食堂での「例湯」のことを思い出しました。
話がずれますが、徹夜明けに「香菜」たっぷりのスープ、なんてのは香港人がよく言うこと。「香菜」には「気」を鎮める効果がある、からなんだそうで。だから、煙草の吸い過ぎなんかにも、ぴったりだと。
話戻して「頭腩豆腐湯」、いつもの「老火湯」同様に基本的には穏やかで優しい味。
ですか、塩味がいつもより利いてる感じ。川魚を素材にした時特有の泥くささとは対照的に「海」の味、「磯の香」がするのは、やはり「はた」だからでしょう。それに、この手のスープに欠かせないのが「広東白菜」。自然な甘味と爽快な味、風味は、間違いなく「広東白菜」のそれ。
それより、この手のスープ、日本で食べるとやたら生姜の味が濃厚だったりするんですが、そんな感じ、微塵もなし。香味野菜、ふっと、鼻先かすめる感じでどこへやら。そうだ、どんな香味野菜を使ったのか、聞きそびれました。
それに、穏やかで優しいだけじゃなくて、味わい、緻密で濃厚。
「はた」を素材にした贅沢な「老火湯」、なんてよりも豪華な一品。
シアワセな気分になりました!
2009/05/31
郷土料理が旨い~09年5月の『赤坂璃宮』銀座店の2
「蓮藕餅」、直訳すれば「蓮根餅」ってことになります。 なんていうと「蓮根の挟み揚げ」を思い浮かべる人も少なくない。和食、居酒屋の一品、それに、天麩羅の店で見かけることもあります。TVの主婦向けの料理番組でも見かけたことがあります。それから、創作的な料理をメインにする中国料理店などでも。
「「蓮藕餅」?、あ!それならウチでもやってます!」となんてとある中国料理店の料理人の話に、内容、詳細を尋ねたところ、要は薄切りにした蓮根の間にえびや豚肉を擂り身にした餡をはさんで、揚げたものだったりしました。
「蓮藕餅」は広東地方の代表的な家郷菜の一品で、お惣菜として家庭でも頻繁に作られる一品。豚の挽き肉に「慈姑」、「榨菜」を混ぜあわせたり、「いか」、塩漬け魚の「咸魚」をトッピングして蒸した「蒸肉餅」、円形の小ぶりのハンバーグのパティ風にして煎り焼きにする「煎肉餅」、牛肉に陳皮を風味付けにした「陳皮牛肉餅」に似た料理です。
もっとも、煎り焼きの「香煎蓮藕餅」はこれまで色々なところで何度も食べましたが、蒸した「蒸肉餅」には出会ったことはなし。でも、どっかにありそうな感じがしないでもない。
で、「蓮藕餅」、「蓮根のはさみ揚げ」と違うのは、蓮根自体、ザクザクの賽の目切りにしたり、あるいは、擂り潰す。そこに、豚肉、えび、魚のすり身を加え、味付けして、ミニ・ハンバーグさながらの円形状にまとめ、煎り焼きにしたもんです。
おもしろいのは、店によって、家庭によって、蓮根の切り分け、下拵えが違うってこと。それに、一種にあわせる具材、それぞれ違います。そのうち、魚の擂り身ですが、広東地方、香港の場合、圧倒的に多いのは淡水魚の「鯪魚」。
これまで食べてきた「蓮藕餅」、全部、作り方、仕上がり、味、風味、違いました。以前、福臨門での青木宴で「蓮藕餅」、頼んで料理してもらいましたが、それもこれまでに食べたことのあるものとは違いました(07/11/10日、「秋の味」その5)。
というわけで「赤坂璃宮」銀座店の料理長、袁さんの「蓮藕餅」は一体、どんなものか。
見た目はこれまでに食べてきた「香煎蓮藕餅」と変わりなし。煎り焼きにされ、焼き色のついた「蓮藕餅」が醸し出す香ばしさが鼻腔をくすぐります。「なるほど、これは、蓮根の挟み揚げとは違いますね!」なんて声も上がる。
焼けてあつあつ「蓮藕餅」、ハフハフの感じで頬張って、ひと齧り、いきなり「ザク!」の感触!
そうか「蓮根」、小ぶりの賽の目に切り分けられていて、「蓮根」のあの「バリ!ボリ!」の触感、そのまま残して、この「蓮藕餅」の味わいところのひとつにしてあるという按配。憎いですね。
噛みしめれば、つなぎの具、というか擂り身の餡は、潰してすり身したえびの味わい、風味もあり。えびのすり身入りの具、なんですね。と、同時に、舌の上をざらっとした触感が。しかも、ほのかに泥臭さ、えぐみらしきものが感じられる。
「ン!?、もしかしてこれ、擂り下ろした蓮根?」。「そうみたい!これ、えびのすり身だけじゃないみたい」なんて声もあがります。
蓮根のさくさく、ばり、ぼり感だけじゃなくって、外は焼き色がつきながら、噛み締めるとジューシーな肉汁がほとばしり、なおかつ、押し付けがましくない旨味がじんわり滲み出ます。浮かび上がります。
「蓮藕餅」をそのまんま一個、なんもつけずに味わったあとで、ふと「もしかして、リーペリン・ソースとの相性、バッチリじゃないか?」、と。
そう、日本で飲茶の点心もの、揚げ物にしろ、蒸し物にしろ、溶き芥子に醤油というのが一般的ですよね。ですが、私の好みからすれば、醤油よりも、ソース。それもリーペリン・ソース。
酸味がたっぷりで、匂いを嗅毛ば思わず「グフ!」とむせちゃうぐらい、酸味の強烈なリーペリン・ソース。それが、飲茶の点心、ことに揚げ物類にはうってつけ。餃子、それも水餃子にしろ焼き餃子にしろ、醤油じゃなくって、醋、できれば黒醋に辣油を少々、なんてのがすっきりさっぱり、なのと同じ要領。
「どう?リーペリン・ソース、ちょいとつけて試してみません?」なんて私の提案に、最初はいぶかしがっていたメンバーです。全員、最初はリーペリン・ソースの酸味の強烈さに「グフ!」と咳き込みながらちょいと浸して、ひと口。
「うん、これいい!この強烈な酸味が「蓮藕餅」にぴったり」。
「そうか、醤油だと、旨味が邪魔しちゃって、なんでも醤油の味になっちゃうけど、このリーペリン・ソースの酸味とだと「蓮藕餅」の旨さ、ますます引き立てる感じなんですね。それに、芥子とか辛味の醤とかもないほうがいい感じ。そういうの付けると、その味になっちゃうから!」なんて声も。
考えれば、要は蓮根のすり身をいれたハンバーグ、みたいなもんですよね。もちろん、肉をつなぎにした時には。それを、えび、魚のすり身に置き換えることもできる。
実は蓮根が余ってるとき、我が家ではこれを作ります。けど、難しいのは蓮根の下拵え、それに、具材の味付け。
袁さんの「蓮藕餅」を食べながら「これは叶わないプロの技!」、なんて思いました。
この「蓮藕餅」、間違いなく「赤坂璃宮」銀座店の「家郷菜」シリーズのグレイテスト・ヒッツの一品。
香港の味、風味、がそのまま味わえます。
2009/05/29
郷土料理が旨い~09年5月の『赤坂璃宮』銀座店の1
この連載シリーズ、今回で2年目に突入。ということで副題の5月に09年を追加。そして今回は家郷菜ならではの料理がずらり。おまけに一周年を記念して、なんてわけでもないでしょうが、宴会料理の花、豪華な魚料理が登場というビッグ・サプライズも!
まずは前菜、今月は(というのも、なんでだか前菜の中国表記名、毎月、変わるもんで)「広東焼味盆/前菜の盛り合わせ」は、「鶏肝」、「叉焼」、「焼鴨」、「牛展」。醋漬けの野菜は「蕪」、それに赤と黄色の「パプリカ」。

「鶏肝」は、甘味たっぷりの濃厚な味わい。普通、香港じゃ「麦芽糖」を使ったりするんですが、火が入った砂糖の蜜のじゅくっとした甘味、「鶏肝」のねっとりの触感に見事にマッチング。その少量ながらもそのこってり感、コクのある濃厚な味わい、風味がたまらない。
そうそう、このこってり感、こくのある濃厚な味わいこそ、関西方面で長年、伝統的に語られてきた「まったり」感、というにふさわしいもの。「エ!まじ?」なんて声も聞こえてきそう。
私の知る限り「まったり」というのは、こくがあって濃厚でこってり、ずしんとした手応え、しかも、舌に重くのしかかるような味わい、悪魔的でもう後戻りは出来ない魔境、けものみちに入り込んだような状態で、身も心もすべてお手上げ。なんてのが私なんかが意味するところの「まったり」。
ところが、近頃は、その言葉が使われる本場、関西でも、かつてはそのニュアンス、表現、違ってきたみたいですね。なんだか、ぬくぬく気分で放心状態的気分に陥った時の表現、なんてことで頻繁に語られるようになっているみたいです。
そういえば、大阪発の「あまから手帖」を紐解いていたりすると、店紹介における料理についての記述で、ライターの人の表現や形容、大阪、あるいは、関西圏共通の表現、語り言葉が使われていながら「あれ?これ、どういうつもりで書いてんの?」。「まったり」という表現に限らず、その嗜好、私がかつて神戸にいて、関西文化圏にどっぷりだった時代とは違ってるみたい、なんて思いますから。
話を戻して「鶏肝」。甘味のあるこってり味、ねっとりの触感で、風味が豊か。中国産のスピリッツ、広東料理なら米からできた焼酎なんかがほしくなります。それに、叉焼の旨さも、格別。
ところが、今月の「焼鴨」、いつものに比べ、味、風味いまひとつ。素材自体、時期を過ぎちゃった感じで、風味が乏しい上に、焼き加減もちょいと過ぎた感じで、皮のつや、肉もぱさつき加減。ま、こういうこともたまにありかも、なんて思いました。
そして、登場したのが今回のヒット作の一品、しかも「赤坂璃宮」銀座店の「家郷菜」のグレイテスト・ヒッツの一品にあげられそうな料理です。「袁さんにやってもらえませんか?」と、かねてより依頼していた料理なんですが、その願いが実現しました。
弁天山 美家古寿司の2
好みのものをその日の気分、体調にあわせて、というのが(大げさですけど)私の流儀。好みのものを食べながら、その日のネタのあれこれ、親方に尋ねて、軌道修正なんてのもよくあること。旬の味との出会いを楽しみに出かけるわけですから。
日頃、フレンチにしろイタリアンにしろ中国料理にしろ、おまかせとかコース仕立ては苦手で、アラカルト主義で自分でコースを組み立てます。
それが、四代目の榮一親方の握る寿司、でっかいもんで2貫ずつ食べてたら、次第にお腹が一杯になって、食べるネタの種類も限られてきます。 なんていっても、四代目が健在の頃、それに、五代目に代わってしばらくは、店にあるネタのほとんど、食べてました。大食漢、だったのであります。
それだけじゃなく、お酒を頼むとつまみが出てくる。あ、お通し、っていうのかな。魚介のあれこれを仕込んで、味付けしたもので、これがまた滅法旨くって、あれも、これもと食べたくなる。
いつもの居場所だった神保町では元親方(それに現親方のみっちゃんも)「何か切りましょうか?」と尋ねられ、「じゃ・・・」なんてのが、寿司を食べる儀式のはじまりでした。ところが「美家古」では、季節に応じた色々なつまみ、お通しの数々が。まさにアミューズ、ですね。寿司と同じくらい楽しみです。
もっとも、仕事の関係で外食に制限がかかるようになって以来、「美家古」には三社祭の時にでかけられるぐらいだけになっちゃいました。
「小倉さんに言っといてください、三社の時以外にも、おいでくださいって」
と、四代目の後を次いで下拵えを担当し、夜には五代目の脇に立つ大ちゃんが、私の知人に伝言。
すんません!
それに、日頃、おまかせはパスのはずの私ですけど、三社の時の「美家古」では、おまかせだけになっちゃって。なんだか、彼岸の折、浅草寺参りの帰りに「美家古」に必ず立ち寄る老婦人、みたいだな。でも、三社祭がある限り、私の「美家古」通いは廃れませんから!
2009/05/26
弁天山 美家古寿司
「美家古寿司」に通うようになってから一体ってどれぐらいになるのやら。
山本益博、それに当時益博さんの奥さんだった麗子夫妻に案内されたのがそもそのものきっかけでした。
そういえば「三社祭」の宮出しに連れて行ってくれたのも、当時の山本夫妻。宮出しを見終えた後で横浜に直行し「謝甜記」、「鳳城酒家」などをはしごしたのは懐かしい思い出です。
その後、年に何度か折りを見て訪れ、先代の四代目の内田榮一さんの握る寿司を食べながら、昔話を色々。その横に立っていた五代目の内田正さんは美味しいものが好きで、食べ歩きにも熱心。店を改装する間(って、去年じゃなくって、先の際)長期休業した折りに、正さんご夫妻と香港にご一緒したこともあります。
改装前の「美家古寿司」は、創業が慶応2年という老舗ながら下町の寿司屋独得のくだけた雰囲気、風情がありました。玄関入ってすぐのところ、付け板の一番端っこに、先代、10代目の馬生さんがひとり手酌で楽しんでいらしゃる姿を一度ばかりか何度も拝見。
日曜日、休日の昼に訪れると地方からお見えになったと思しき年輩のご婦人、その家族が和やかに寛ぐなんて光景も。
「うちにはね、彼岸の度にお寺(浅草寺)参りして、帰りに寄ってくださる。そんな長年のお客さんが多いんですよ」なんて、先代の榮一さんの話が懐かしい。
その先の改装以後、五代目の正さんが表に立って、四代目は裏に回って上でもっぱら下拵えに。なんていっても、たまに下に降りてきて、懐かしい顔を見つければテーブルに居座って昔話に花が咲く、なんてこともこれまた懐かしい話。
そうそう、先の際の改装で変わったのは店がこざっぱり。同時に、狭くなったこと!
それから、握りのすし飯、ご飯の量が変わりました。ものによってはネタの切り方、厚みをビミョーに変えたりしながら、すし飯の量は、加減、少なめに。
四代目の内田榮一さんの握りはすし飯自体が大ぶりで、時にネタからはみ出していることも。どっしり、ぼってりの按配で、寸胴の体躯が足元に向かってスソ広がりにふくらんでいくような言わばペンギン体型。でも、すし飯の分量、しっかりだったのはいまだ記憶に残ってます。
そういえばJCだかBCだかフード・ライターの案内本に「美家古寿司」が紹介されていて、「昔にくらべすし飯(あ、もしかしてしゃりって書いてあったか)が大きくなった」なんて記述に?
先代、4代目の頃に比べると小ぶりになったのに、なんで?
「あれ、ご覧になりました?昔、って先代の頃の寿司、食べたことないのかな?」
正さんに話をむけても、正さん「ふふふ」と笑うだけ。
「ま、食味評論の方やフード・ライターの方は、お好きにお書きになりますから!」
2009/05/13
坂本龍一 グルーヴの躍動~ピアノデリック/PIANODELIC
その2曲、「hibari」、「composition 0919」、めくるめくグラス的ミニマル展開の妙はエッシャーの騙し絵さながら。旋律が螺旋状に果てしなく、止め処なく繰り返されるミディ・ピアノとの連鎖、快感、心地よさに、ナチュラル・ハイを覚えたものです。 当人の「いつ、一体、どうやって終わるのやら」なんてコメントも笑わせます。
当日のプログラムは気分次第ってことで「composition 0919」についで、いきなりコンサートの終わりを告げるかのような「koko」。それに似た作品ってことで「Aqua」のさわりも。といって、コンサートは終わりませんでした。
以後、演奏が繰り広げられる中、端整な演奏のメロディそのものが次第にグルーヴ感漂うものとなって行く。時にブルース風、あるいはゴスペル風になり、やがてタメを利かせたリズム・タイミングによるグルーヴ感溢れるビートが高揚感を生み出していく。そんなメロディとリズム、ビートの重層的なグルーヴの妙に自然に身体が揺れました。
アメリカやイギリスでなら、中南米、アフリカでの公演なら、間違いなく手拍子が巻きおこりそう。ですが、回りを見渡せば背筋すっくという観客が大半を占め、身体を揺れす気配すらうかがえない。なにしろ、咳きには冷ややかな視線。ま、当然な話ですが。そういえば、子供の泣き声?らしきものも聞こえてきたりして。それより、演奏終わりの拍手もお行儀良く簡潔に、なんていうのが暗黙の了解のようで。歓声をあげたり、拍手を長くしようものなら疎まれる気配が濃厚で、支配的。
そんな次第ですから、手拍子なんてもってのほか。そういや、坂本君、どっかの会場で手拍子が巻き起こったのに「拷問だ。手拍子、やめてほしい!」なんてコメント書き込んでましたっけ。でも、そんなかしこまったり、杓子定規な感じじゃなく、らく~に楽しみたいなんて思いながら、私は身体を揺さぶり、存分に楽しんだのでありました。そして、締めくくりは「戦場のメリー・クリスマス」。
アンコールでは思わず「イエイ!」と叫びたくなる「チベタンダンス」。それに「ビハインド・ザ・マスク」に「千のナイフ」まで。そう、この日の坂本龍一はあの「テクノデリック」のグルーヴをほうふつさせるソロ・ピアノによる「ピアノデリック/PIANODELIC」さながら。グルーヴの躍動に思わず興奮。
それだけじゃなくって、そこに坂本龍一という生身の人間、人となり、人間像が垣間見れたこと。それも、生、LIVEならではのもの。といって、それは単なる臨場感ということじゃありません。自身、そして、人、つまりは演奏者と聴衆としての対話。さらには、現代社会、人間社会、人類の、自然界の、この地球の、過去、現在、未来。その演奏が、自身とそれぞれとの関わり、対話、対峙の様を浮き彫りにするものだった、なんていうあたりがライヴならでは、なんてことです。だからこそ、グルーヴの躍動が生まれたのだと。
「すごいグルーヴ感だったね。特にアンコールからすごかったね。それまでもメロディ自体、グルーヴある感じの演奏になっていって、それから、リズム、ビートのグルーヴ感を増していって重層的なグルーヴが生まれるところが面白かったし、楽しかった!」
「そうでしょ?ファンキーだったでしょ?去年のYMOあたりからあの感じなんだよね、バンドのノリっていうか、細野さんもユキヒロもそうだし」
「そうそう、ロンドンとスペインのYMOのライヴ、良かったよ。年くったし、お互い張り合う感じとか、無駄なもんスッパリそぎ落として、ラク~な感じ、そのまんまの演奏ってこと?」
「そうそう、そうなんだよね」
「そういや、今日は『テクノデリック』を思い出したりして、私、あのアルバム大好きなもんで!」
そうです、人見記念講堂での一夜は『テクノデリッック』ならぬ『ピアノデリック』さながら、グルーヴの躍動がなによりも魅力的でした。今、一番、聴きたい音、音楽がそこにありました。
画像は内容充実のツアー・ブックレット。コンサートで演奏したい作品を収録した2枚のCD付きです。これがなかなかの聞き物!
2009/05/07
小坂忠&Soul Connection at BILLBOARD LIVE
懐かしいアルファ時代の「ありがとう」、「放浪」、「風来坊」、中でも「機関車」のソウルフルな歌唱が良かった。そんな小坂忠のMC、時折、現役の牧師として顔が覗きます。
画像は勝手に拝借バックを務めていたSoulConnectionのリズム・コンビを務めていたのは高橋幸宏と小原礼。いずれもモータウン、スタックス、ハイ、フィリー・サウンド、さらにはアトランティック系のNYのソウル・セッションのリズム・コンビをほうふつさせるプレイを随所に。それにDr.kyOnはニューオルリンズのピアノ・ブギ・フレイズをバリバリ弾きまくる。
バンド・マスターの佐橋佳幸はアラン・トゥーサンのサポートを得たジョン・サイモンばりのアレンジ・ワーク(ホーン・セクションの二人が特別参加)とともに、曲ごとに「あれれ!」、「おやおや」なんて思わず顔がほころぶ様な有名どころのギタリストのリフ、フレーズをそこかしこに。八面六臂の活躍ぶりです。
おまけに、とある曲のワン・フレーズの「音」のために、フェンダーのストラトをグレッチに替えるなんて「趣味人技!」が佐橋君ならでは!「だって、エージさんの書いてきたもんばっかり見てきたんだから、そうなんのも当然でしょう!」だって。はい、はい、恥ずかしい昔話です。
そういえば佐橋君、小坂忠&SoulConnectionと前後して山下達郎のツアーでもバリバリとギター弾きまくり。まるで《エンサイクロペディア・オブ・(ボーカル&インストルメンタル)ロック・ギタリスト》さながら、山下君の歌、曲のツボを心得た「あんなフレーズ、こんなフレーズ」を次から次へ。
そんな中、とある曲でエレクトリック・シタールの調べが流れてきたのに思わず「わお!」。ところが、山下君、佐橋君の手元を見ても、聞こえてくるフレーズを弾いてない!「なんでまた!」というその秘密、聞いちゃいました!
小原礼も曲に応じてベースを取っ換え引っ換え。ですが、基本はドスコイでガツンの小原ならではのフレーズと「音」。
「いや、そうなんだけどさ。ほら、中華なんかで料理によって調味料、ビミョーに使い分けるでしょ?あの感じ、あのノリだよ、がはは」と、豪快に笑って屈託がない。なんて、昔から変わらないまんま、オヤジになってもロックンロールの小原君。
そうそう、小原礼のかみさんの尾崎亜美が当夜のゲスト。アンコールに登場してオルガンの前に座った彼女、(スティーヴン・)スティルズ顔負けの豪快なフェイクをぶっ飛ばす、なんて夫唱婦随、あれ、もしかして婦唱夫随?
(高橋)ユキヒロも「こんなにドラムを叩くことになるんて、ほんと久しぶり。ここまでやるとは自分でも思わなかったよ!」というほどの健闘ぶり。スネアのキメ、スマートでダンディなフィルイン、2/4のタムのかませ方など、ユキヒロらしさがそこかしこ。「あの頃」が甦ります。
そういえば70年代のフィリーやモータウン、それにスライの『暴動』から『フレッシュ』あたりまでやニューヨークのソウル・セッションのグルーヴ、ノリの再現、近頃、再び耳にすることが多いのが面白い。
ドリカムの新作も、かつてのフィリーや70年代のその種の「音」がそこかしこ。シェルリ・リンのあの感じ再び!なんてところが面白かったのですが、その雰囲気、気分はともかく、肝心の曲と歌詩がなんだかなあ、だったのですが……。
2009/05/06
五木ひろし 45周年感謝祭 なんばファイナル!歌・舞・奏スペシャル
日曜日には国際フォーラム・ホールCで中村中の「異常気象」。 一日置いて世田谷・太子堂の昭和女子大人見記念講堂で坂本龍一の「Ryuichi Sakamoto Playing The Piano 2009」。その翌日には六本木のBILLBORD LIVEで小坂忠&Soul Connection。
でも「なんでまた、五木ひろし?」という突っ込みがありそうで。
過日、あの秋元順子の「愛のままで」のオリジナルを越える大物歌手のカバーを耳にした触れた大物歌手とは、他でもない五木ひろしのことでした。五木ひろしの「コットン・クラブ」でのライヴを見てのことで、過日、朝日新聞のステージ評で取り上げました。
その「コットン・クラブ」でのライブ、今年の2月、五木ひろしがオリジナル作の『江戸の夕映え』とともにあわせて発表された『アメリカン・ポップス&スタンダード~テネシー・ワルツ』、『哀愁のヨーロピアン・ワールド~雪が降る』にちなんでもの。いや、そもそもは「コットン・クラブ」でライブが決まり、結果、その2枚を制作、というのが話の筋道だったなんて話も聞きました。
「コットン・クラブ」でのライブでは懐かしい日本語のカバー・バージョンによる往年のロカビリー・ヒットやロッカ・バラード、英語そのままのスタンダード、さらにはアダモのヒットなどを披露。そのどれもが拳を握り締め、身体でリズムを取りながらの五木節。英語の歌も、フランス、イタリア、ポルトガル語の歌も、演歌の心で取り組み、あの五木節が全開。和やかな雰囲気で盛り上がります。
そんな後に「やっぱり、最後は日本人ですから、お茶漬けの味で!」なんてことで、日本のカバー曲を。まずはギターの弾き語りで杉本真人の「吾亦紅」。その曲で、空気一変、次いで歌った「愛のままに」がすごかった。
きっちりとした人間描写で、熟年の人生模様を丹念に、リアルに描き出す。秋元順子のオリジナルは普遍的。「実はちょっと浮気しかけたことがあるんだけど亭主は知らないはず」なんて、ほのぼのとした井戸端会議的な俗っぽさがあり、ですよね。五木ひろしの歌の解釈、表現はそれはとは対照的に人生の歩み、道程、今、これからを明確に浮き彫りにしたもの。
そして、オリジナル「凍て鶴」。その最初の一声で、深閑とした厳寒の雪原の光景が目の前に浮かび上がる情景描写に、思わずぶるっと身震い、鳥肌が立ちました。
そんな五木ひろしの新歌舞伎座での今回の公演。
画像は勝手に拝借!その2部で、自身が歌謡界にデビューしてからの歩み、デビュー前後からの戦後昭和の歌謡曲の歴史を重ね合わせ、当人の年齢にちなんでメドレー61曲で足跡を振り返るという趣向がおもしろい。しかも、自身のヒットに、70年代、80年代のフォーク・ヒットがかなり織り込まれるという趣向。おまけに、ゲストはフォーク/ニューミュージック畑の歌手が出演という構成。私が見た日は杉田二郎でした。
そういえば昨年来話題の秋元順子の「愛のままで」、さらには異色の?演歌歌手JEROのヒットの背景に、70年代、80年代のフォーク/ニューミュージックの影が見え隠れ、というのは大いに気になっていたことです。というのも、いずれもそのオリジナル、ニューミュージック畑、フォーク歌謡の出身の手によるもの。それに、70年代、80年代にかけ歌謡曲、アイドル歌謡の担い手だった人物もいます。
そして五木ひろしの「凍て鶴」も、曲は三木たかしですが、作詞はかぐや姫のヒットを手がけた喜多條忠。その曲を収録したオリジナル・アルバムで江戸時代の市井をテーマにした『江戸の夕映え』も、実は歌謡曲畑とニューミュージック畑出身者による作詞、作曲家の作品が混在、というのがその面白さのひとつ。今の時代の「歌謡曲」を物語るものだといえましょう。
で、つい最近耳にした面白くて、興味深い話。
「70年代、80年代の歌謡曲に興味があるんですよ」という若者の話に
「一体どういう歌が?」と尋ねたら
「さだまさしとか松山千春、かぐや姫とか中島みゆき」という答えが返って。
「え!それってフォークじゃない!」とその話を耳にした人、聞き返したところが
「そうなんですか?」と、意に介さない風だったそうで。
ちなみに「ユーミンは?」と尋ねたら「あれは、ポップスですよ」ときっぱり。
なんて話と昨今の歌謡曲事情やら、五木ひろしの公演のことが頭の中でミックス・シャフル、つながる線が見えてきます。
2009/05/03
訃報 忌野清志郎
あれ、どうしたんだろうといぶかる私に「あの、忌野清志郎さんが亡くなられたんです」という話。
「エ!?、なんだって?」と、その話が信じられずに聞き返しました。
「清志君が亡くなった?どうして?」、と。
つい先頃、あがた君でのコンサートでのこと、清志君のマネージメントを手がける相沢さんに出会った際、清志君、昨年の復活ライブ以後、再び入退院を繰り返しているという話を耳にしていたんで「清志君、どうなの?大丈夫」と尋ねたら「大丈夫、元気でいるから」という話に、安心したものですが。
20年前のことになりますが、清志君とロンドンでしばし一緒に過ごしたことがあります。アルバム『RAZOR SHARP』の制作時のことで、その時のことは『忌野旅日記』にも記されている通り。
過激で大胆で向こう見ず、といった印象の清志君。ロンドンのとあるレストランでちょっとした出来事があって、アテンダントから「オー、ノー、ノーティ・ボーイ!」なんていわれて、それから「ノーティ・ボーイ」という言葉がお気に入り、なんてことがありました。
「ノーティ・ボーイ」ってのは、いたずらっこ、腕白坊主ってことですが、まんま清志君にあてはまりそう。ですが、その実、清志君、繊細で、人を気遣う細やかさを持った人物だってこと、ロンドンで共に過ごした一月あまりの日々に知ったのでした。
清志君のご冥福を祈ります。
2009/04/28
やったね!「蝦醤鶏」~4月の「赤坂璃宮」銀座店の8
蒸した糯米の上に「えび」、「貝柱」、「いか」のぶつ切りがのっかってます。
言わば「海鮮おこわ飯」。
私、糯米の炒飯の「生炒糯米飯」は、何度も体験あり。冬場には干しエビ、するめ、腸詰の「臘腸」「潤腸」、たまに干し貝柱なども加えた「糯米飯」は頻繁に作ります。ですが、新鮮な魚介を具にして蒸した糯米に乗せたこの「閩南糯米飯」は初体験。「閩南」ってことは福建、それも漳州あたりの伝統菜、なんでしょうか?そういえば「閩南」の食文化の影響下にある台湾でも各種の「糯米飯」がありますが、そのひとつなんでしょうか?
それにしても「えび」、「貝柱」、「いか」のぶつ切りが、なんとも豪華、贅沢でリッチな感じです。で、面白いのはこの「閩南糯米飯」のたれ。ニンニク、醤油の味、香りにプラスして、甘くてコクのある濃厚な味、香りを放つものがある。それも「脂っぽい」。
確実に醤油と脂が入り混じった味、香りです。こってり、というまでいきませんけど、独得のこくがある。なんてことから思いつくのは「ラード?」。でも「これ、ラードじゃないなあ!」。
その正体を知りたくて大藤さんを経由して袁さんに質問。
そしたら、たれは「海鮮豉油」ってことで、水、生抽、砂糖、老抽、芫茜、なんだそうです。
「ン!? ニンニクも脂ぽいものもなし?」、なんて思ったら
「蒸した糯米、バターとニンニクで炒め、別鍋で焼いた茸、海鮮を載せて、再び、蒸す」
なんてことで「そうか!」と納得。
そうです「バター」。それこそ、脂、甘味、コクのもとだったわけですね。残ってるご飯をバター、ガーリックで炒めたガーリック・ライス、頻繁に作るのに、その味、わすれてるなんて、私も大ボケ。
ともかく、バター、にんにく、生抽、老抽などで調味したたれの味、風味は大いに食欲をそそります。それに、えび、貝柱、いかなどの海鮮の具材にもぴったり。
締めくくりの「甜品」は「元朗水果涼粉/フツーツ入り仙草ゼリー」。画像でご覧の通り、果物たっぷり。それに、仙草ゼリーのほろ苦さがマッチングという爽やかなデザート。その料理名に「元朗」、すなわち、香港の新界にある町の名が!なんてのがにくい。
そうです、今回は料理の内容、素材、調味料にちなんだ「大澳」、「東麗」、「閩南」、「元朗」と、地名を織り込んだ料理がずらりだったのでありました。