そして「汁なし担々麺」。
たっぷりの野菜の上にもやし。その上に挽き肉を味付けして炒めた肉末がどってりの感じで乗っかり、その上には香菜が。
さらに、お粥なんかと一緒に食べる揚げパン状の油條の薄切りが、随所に散らばっているという按配です。
香菜と肉末の奥から面を探り出したら、意外なくらいに太い。
讃岐うどん風の太さ。 しかも、つるつると表面が滑らか。喉越しのいい感じ。面に具、タレの味がしみ込むよりも、タレが絡まる感じ。
そのタレ、結構、濃厚で塩味が重い。いくつものミソを混ぜ合わせて創ったたれなのは歴然です。
「ね、このタレ、創くんが工夫して作ったの!」
「ええ、あの、四川に行ったり、あと、北京とか中国とか他でも色々担々麺を食べて、社長と一緒に工夫しながら作りました」 と創料理長。
「結構、色々な醤(ミソ)が混ざってるみたいで(味が)濃厚なんだね」
「芝麻醤、豆瓣醤、海鮮醤、蝦醤。それに蒜油、自家製の辣油、黒醋、花椒などですけど」
海鮮醤に蝦醤、なんてところが五十嵐久夫流ならではと思えるところです。やっぱり広東系の料理人、なんですね。もっとも、私には少々ミソ味が濃く、塩味がきつくて重い味。ここに乳酸醗酵系の味が少々加われば、酸味が……なんて思いましたが、ミソ味が重なってるから、効果の程は不明。
「あの、すんません、漬物、何かない?榨菜でもいいですけど、榨菜なら微塵切りにしてくれませんか?」と、どこまでもわがまま。自己主張が止まらないオヤジです。はたせるかな榨菜の微塵切り、混ぜ込むと、さっぱり感。
「広味坊 成城学園店」の「汁なし担々麺」、本場四川風というより広味坊独自のオリジナルメニューと納得。実は、ミソ味濃厚、しかも、うどんに似た太めの面、なんてことで思い出したのは、上海で食べた拌面のこと。やはり面はうどんみたいに太くって、具はミソ味の肉そぼろでした。それは、担々麺というよりミソ味の濃い上海炸醤面という趣き。
日本で上海料理と言えば砂糖と醤油をふんだんにつかった甘辛味なんてイメージ濃厚ですが、各種の味噌、料理に使います。ですから上海小吃、大衆的な食堂、屋台店同様の簡素な店構えの麺の専門店では、肉そぼろはじめミソで味付けした具を乗っけた汁なしの和え麺の拌麺があります。
そういえば上海の焼きそばの炒麺も、小麦粉を捏ねて打って切り分けたうどん状の太さのものが主流。街中に具なし、味付けはたまり醤油のみの面の専門店、なんてのもありました。
80年代半ば、揚州、南京に旅した際、最後の宿泊先が上海。市場にでかけて面の専門店、それに餅の専門的をみつけ、めぼしをつけておいて、帰国日の翌日に購入。ところが、餅関係は現金でもOKでしたが、麺の専門店では当時まだ配給券というか購入のために切符が必要。たまたま地元の人が一緒だったのでその難は逃れましたが、さらに難問。
面はひと束、二束ではなく、グラム単位の計り売り。いきなりの話に面の目方、分量がわからない。手っ取り早く1キロオーダーして、知人と分けました。そういや、北京に旅行したさい、餃子を頼んだら「何グラム?」なんて言われて麺、じゃなかった面くらったこともありました。
日本に持ち帰った上海のうどんそのままの面、早速、調理して食べましたが、もちもちの触感、捏ね具合、打ち具合、粉の旨さが実に絶妙。舌をうつ旨さでした。こんなことなら2キロ買っておければよかったと悔やまれました。
ところが翌日の夜、冷蔵庫にしっかりしまっておいた残りの面、調理しようとしたら、うっすら黴が付着してました。保存剤などナンもなしの面だとわかって感心しきり。けど、もうあの旨さは味わえない。
でも、欲をだして2キロにしなくってよかった、なんて複雑な思いにかられたことを思い出します。
話戻して「広味坊」成城学園店」で食べた「汁なし担々麺」。ミソ味仕立ての具で和えた上海の拌面に、辛味、山椒の痺れ味を加味したものだ、ってことに気づきました。
そういえば「広味坊」には「河粉」を「きしめん」に置き換えた面料理があったことを思い出しました。 幅広米粉(ビーフン)はすでにタイ産、ベトナム産のものが入手できた頃ですが、あえてそれらは使わずに「きしめん」に素材を置き換えて料理を展開。
「河粉」を「きしめん」に置き換えるなんてことは日本ではよくある話。
「広味坊」では調味、調理にひと工夫。この「汁なし担々麺」をつるつるの讃岐うどん(風)に置き換えたのも同じ発想かも。そうしたあたりも五十嵐久夫さんならではのアイデア。創君も納得してのことでしょう。
あわせてスープを碗に少しもらいました。「ふかひれと黄ニラ面」、「鮑面」、「雲呑面」に使う基本のスープ、だそうで。独自の工夫、ありありと伺えました。
「これ、以前の千歳烏山で出してたスープと違うでしょ?だしの作り方、なんだけど」
「ええ、あの、社長と一緒にいろいろ考えまして……」
「基本は鶏系、みたいで、手羽先やもみじも入ってる感じだから。ほらコラーゲン質特有のゼラチン質、それに、独特のこくがあるでしょ。それだけじゃなくてなんだか動物性の肉の味、鶏系じゃないってことね、豚の腿肉とか使ってない?そうだ、牛のすね肉のような特有のクセも感じるなあ。それに火腿(中国ハム)みたいなんだけど、それに似た感じの肉、塩蔵肉とか醗酵肉……でも火腿じゃないんだよな……火腿特有の醗酵の味、風味じゃないから……」
「あ!それは、あの、生ハム使ってるからじゃないかと思うんですけど。火腿じゃなくて生ハムなんです!」と創料理長。
生ハムはともかく、牛すねらしき具材を大地魚とか干しエビ、干し貝柱などの海鮮の干貨ものにすれば、香港の面粥店に通じるだしの味。ですが、そこまでくだけた感じじゃなく、動物系のだしの感じがするあたりは、香港の市井の広東料理店風、なんてところがおもしろい。
このスープで、えびのすり身だけじゃなくエビのぶつ切りを潜ませたぷりぷりの触感、味、風味のある「鮮蝦雲呑」を具にした香港仕立て風の「鮮蝦雲呑面」を食べてみたい! 今度、事前予約怠りなく、創料理長にお願いすれば叶うでしょうか。
それにしても五十嵐久夫さん、色々と面白い工夫をするもんです。
五十嵐久夫さんの味の体系、広東料理を基盤に創作的な料理を編み出す独自性、その意欲に興味津々。話題の料理人となった娘の美幸さん。調理の技、独特の味覚、味のセンスとキメの確かさは天性のもの。リクツ抜きでそれを実践、という彼女ならではの持ち味、個性があります。ですが、味の基本、素材の組み合わせ、調味、調理のアイデアの元は五十嵐久夫さんにあり、なのは間違いない事実。そんな五十嵐久夫さんの薫陶を受けた創料理長は意欲満々。久夫さんのDNA、しっかり受け継いでいる様子。
成城という土地柄、実は地元の住民の財布の紐は固い。料理の選択もオーソドックスな保守派好みで、新趣の料理にはさほど感心はなし。「わ、これって成城らしい!」と進取の趣向を好むのは、成城の街にやってくる他所の人なんですね。 そんな進取の店、長く持って1年か1年半。早いときには半年も立たないうちに跡形もなし、なんてところです。
もっとも、サービスのスタイルはパーフォーマンスを取り込んだ進取の趣きでも、しっかり北京ダック、ふかひれの料理など、馴染みのある料理をメインに据えてあります。その着眼は鋭くて憎い。おまけに千歳烏山や大蔵の「広味坊」にまで足を伸ばしていた地元の顧客も案外多い、というのも大きな強味。
我が町の食に関して地元の住人の支持が高いのは、蕎麦の増田屋、川上デリの洋風惣菜、惣菜パンの豊富な成城パン(成城ベーカリー)。おっと、マルメゾンとオテル・ド・スズキの洋風焼き菓子も見逃せません。なんてことで、はたして「広味坊 成城学園店」、それらと並ぶ存在になるかどうか。
五十嵐創料理長、頑張って!