そして「賽螃蟹~“卵白の淡雪炒め」。
実はこれを発見したのが今回のコラムを記したくなった最大の理由です。
「賽螃蟹」は私の好きな料理の一品。香港の上海料理店で出会ったのがその馴れ初めです。そんなことから上海、及びその周辺の料理かと思いきや、源流は魯菜、山東料理、加えて宮廷料理の一品だったってことを知りました。
元は宮廷料理であることを物語る記述はネットでも検索出来ます。
曰く、清朝の慈禧太后が蟹を食べたいと所望。ところが北京は海から遠く、蟹を即座に調達するのは難しい。そんなところから宮廷の料理人、蛋の白身を使って蟹の肉を模倣、なんてあります。
ちなみに「賽」は「競う」ってことで、たとえば「賽馬」というのは競馬のこと。香港の街中で「賽馬」の字、いろんなところでみかけます。同時に「負けない」とか「匹敵する」なんて意味もあります。
早い話が「賽螃蟹」というのは「蟹(肉)もどき」、蟹(肉)に見立てた料理ってことです。
その素材、基本は卵白。加えて、慈禧太后の為に宮廷の料理人が加味したのは、どうやら干し貝柱だったようです。その旨味を活用してのことだったのでしょう。
それ以外に、基本は卵白でも、加える素材を「白身魚」に置き換えた亜流も登場。
ところが、かつての中国での流通事情からすれば、海鮮の魚介を首都北京での入手は困難。
沿岸地域では「白身魚」、さらには「黄魚」、つまりはいしもちなども利用されていたい様子。
しかし、内陸部では淡水魚がその素材として使われた。
「桂魚」ってこともあったかもしれませんが、一般には「鯇魚(草魚)」や、鯉の一種の「鯪魚」や、「烏魚」だったかもしれません。
「賽螃蟹」が上海に伝わったとされた当時も、どうやら淡水魚だった様子。それが香港の上海料理店に伝わってしばらく、淡水魚から海水魚に変わったという足跡、歴史があるようです。
そんな「賽螃蟹」、香港でしか味わえないものと思っていたら、なんと荻窪の「北京遊膳」のメニューに発見。「白身魚の卵白ふわふわ炒め」がそれです。
卵白を基本にしながら、干し貝柱ではなく白身魚を具材にし、ふわふわ状に炒め、仕上げに生卵の黄味が乗っかった料理です。
ところが、「香醋(黒醋)」が現れない。なんでまた?
というのも、この料理には「香醋」が必需品。
つまり、卵白を蟹の白身に見立てた料理を食べる際、より蟹の料理らしくってことで蟹を食べる際に用意される「香醋」を添えて、ますますそれらしく!というのがこの料理をより豊かに味わう方法。その流儀と言いましょうか。
サービス担当の斉藤さん(「北京遊膳」のオーナー&シェフ、ご主人)のおかみさんに
「すんません「香醋は?」って尋ねても、「は!」なんていぶかしげな様子。
「香醋」をお願いして、後から事情を説明。
当時、斉藤さんご夫婦もこの料理「香醋」を添えて食べる、それが必需品ってことをご存じありませんでした。
そんな話を「北京遊膳」に通う顧客のひとり、バードランドの和田さんにお節介ながらもご教授。この料理、「香醋」を添えて食べたら「旨い!」。ということで、この料理を頼んだ際には必ず添えられるようになったとか。
その事実確認もあって調べたところ、「賽螃蟹」には「香醋」が必需品。それあってこそのものだと知りました。
似たような話が他にもあります。 長江で5~6月頃、旬を迎える「鰣魚」。
「鰣魚」は身をまとう鱗、それも鱗の裏にひそむ美味こそが味わいどころ。鱗がついたまま火腿や冬菇などと一緒に蒸します。グリル、つまり「煎」にする料理方法もありますが、それは鮮度の落ちた「鰣魚」の調理方法。
鱗の下の身の味は、しゅわっと緻密で繊細。その触感、味、風味、上海蟹の肉に似てるわけです。そんなことから「鰣魚」の身、「香醋」を添え、それに身を浸し(上海)蟹に似た味、風味を楽しむ、という趣向です。
そういえばdancyuの「四川・上海料理」の特集で上海ルポを担当した安西水丸さん。食べた料理の中に魚の料理だったか「これは蟹の味がします」と現地の案内人だか通訳の人に言われたものの、「蟹の味はしなかった」なんて記述がありました。もしかして、それも似たような話かもしれません。
多分、魚の肉質、触感が似ていることから、「香醋」と一緒に食べれば「(上海)蟹)」の味が甦る。という妄想的な美味の発想に由来するもの、ではないかと。
ともあれ、「香醋」と食べれば「(上海蟹、河蟹)」の味が「思い浮かびます」。
と、案内人、通訳のかた、教えてあげればよかったのに。
編集担当の人にも、ちんぷんかんぷんだったのでしょう。
話戻って、今回の小林武志師傳の「賽螃蟹」。
記事には「北京遊膳」の斉藤さんの作る「賽螃蟹」の話も登場。
素材、調理する際の油の温度差などを紹介しながら、「食べる時に卵黄と混ぜ合わせ、食感、香りともに蟹肉のごとしが狙いである」と記されてるだけです。
香醋」を添えて「蟹」の味、風味を楽しむという中国料理の「粋」な味わい方など、なんも触れられてません。
卵白の作り、味が蟹肉に近い。それが「中華マジック」と触れられても、説得力に欠けます。
なんと言ってもこの料理、早い話が「(蟹肉)もどき」ですから。
だからこそ、「香醋」があれば、そんな「もどき」がもっとらしく、本物らしく味わえる。
それがこの料理の味わいところ、魅力のひとつです。
そんな話、この料理の由来について調べれば明らかなんですけど、その実態、真相、検証なんかしないんでしょう。もしかして「北京遊膳」でも「香醋」が添えられることなしってことで、ご存じないままなのかもしれません。
ところで、今回の「賽螃蟹」の上には生卵の黄味。
それがあってこそのものなんですが、ここんとこ、鶏肉、その内蔵、鶏卵の生のもの使用、保健所かなんかでご法度のはずではありませんか?
ところが、今回は卵白、干し貝柱の炒めものの上に、堂々と鎮座。
ということは、料理店での生卵の提供、OKになったんでしょうか。
こないだ沖縄のホテルの朝食で、生卵をお願いしたところ
「諸々の事情で、生卵、お出しすることができませんので」きっぱりと断われました。
けど、今回のdancyuの特集の撮影日、それより前の話のはず。
ということは、東京と沖縄では、やはり「時差」がある、ってことなんでしょうか。
その実態、知りたく思います。
追記
本日、最新のdancyuが到着。
その特集「餃子づくりの天才になる!」、
さらには「福をよぶ中国料理店」。
おもしろそ!