2007/11/26

中国料理におけるメニューの選択、コースの組み立て(その2)

 とある料理ライター/フードジャーナリストが、東京に出店した香港の著名な料理店に初めてその店を1人で訪れた時の話。
 ふかひれなど干貨素材の料理で有名なその店で、とりあえずふかひれの料理を食べることだけは決めていた。しかし、それだけですませられない。とはいっても、ふかひれの料理以外、どんな料理を食べていいものか皆目わからず、料理も選べじまい。結局はメインにふかひれ料理、前菜から1品。もう1品は、その店の看板にもなっている炒飯を注文した、というものです。

 簡潔で簡単なメニューの選択です。が、正直言って驚きました。もっとも、誰にだって有り得る選択のようにも思えました。決して悪くはない選択ですが、中国料理の認識、知識不足を物語るものでもあり、もっと他に方法があるのにと、余計なお節介は承知の上で思ったものです。

 同じような話を、香港に出かけた知人からも聞きました。ひとり身だったものの、どうしても香港で有名なその店で食事をしたい。で、結局、選んだのは「白灼蝦(茹で蝦)」、「紅焼魚翅(ふかひれの醤油煮込み)」、「咸魚鶏粒炒飯」だったそうです。

 酒のつまみとして前菜を取る。しっかりした料理、しかも、その店の看板料理でその名を知られた逸品といことでふかひれの料理にする。で、締めくくりは炒飯か麵料理という考えも悪くはない。
 しかし、酒ではなく料理をメインに考えれば、私なら前菜はパス。せっかくの豪華なふかひれ料理を味わうには、いきなりのほうがいいと考えます。それに、ふかひれの料理を食べたのなら、それにふさわしいもう1品か、2品を考えて選びたい。

 肉、家禽、魚介類に、野菜の料理。もしくは、肉、家禽、魚介類に野菜を組み合わせ、味付けや調理方法の違った料理を選びます。それに、炒飯をとるよりも、ご飯にする。ということで、1品はご飯のおかずになるような料理を選びます。

 そこんとこ、すでにひとつ教訓があります。
 ポイントは「前菜」に「炒飯」。
 街中の大衆的な店での話ならいざ知らず、本格的なふかひれ料理が食べられる中国料理店に出かけるとなると、前菜を注文して、締めくくりは炒飯か麵料理。

 とまあ、中国料理の宴会のコース料理を思い浮かべ、それに倣ったやり方でメニューを選ぶことになるようですね。そんな儀式じみた刷り込み、思い込みこそが、メニーの選択、その幅を狭める理由、要因のひとつになっているんじゃないでしょうか。
 陥りやすいワナのひとつです。
 ともかく、前菜や締めくくりの炒飯や麵料理のことは、とりあえずは忘れる。

 ところで、中国料理における宴会料理のコースの組み立ては、昔ながらの伝統様式、スタイルがあります。宮廷での宴会料理を基盤に発達し、その影響下に形成された北方や、豪商等の富裕層の存在を背景に形成された江南南方のそれ。また、南部の広東省でのそれは、いささか異なります。さらに、香港などの場合には、もともとは広東省の広州をその源流としながら、流通の発達、整備を背景に、干貨海鮮だけでなく、新鮮な海鮮の魚介を素材にした料理がもてはやされるようになった、ということもあります。

 北方や江南、さらには南方での宴会料理の基本構成は、まず宴会の華、前菜に続いて最初に登場する主要な料理の「大菜」を中心に構成される。その「大菜」の素材として選ばれるのが「燕窩」、「魚翅」、「海参」。次いで、「熊掌」、「鮑魚」、「魚肚」。というのは『中国食文化事典』(中山時子監修、角川書籍)などでも記されていること。他に「全豬席」、「全羊席」、「全鴨席」など、いわば豚、羊、家鴨の三昧料理などもあり、ってことだそうです。

 もっとも、南方では干貨素材の順列は異なります。特にここ最近の香港における値段に準じた価値順列は、「鮑魚」、「魚翅」、「燕窩」、「魚肚」、「海参」、ってことだそうで。たとえば「鮑魚」、かつて貴重視された「窩麻」ですが、ここずっと品質の低下をいなめず、「吉品」と価値、値段の順序が入れ替わったそうです。
 それに、以前は「海参」に続く存在だった「魚肚」が、近頃はその入手が難しく、より稀少なものとなって値段が高騰。といったように、その順列は刻々と変化しています。

  さて、日本の中国料理の宴会のコース、そのメニューの選択は、北方や江南のそれにほぼ準じたもの。どうやら、大正時代から昭和初期にかけての中国料理への関心の高まりをきかっけに、宮廷料理を下地にした宴会料理が紹介されたこと。さらには、20世紀初頭に上海との文化交流が盛んになって以後、(当時)最新式の宴会様式として日本に紹介されたものが、基盤になった様子です。
 それをもとに、日本式に簡略化。ということで、まずは前菜が登場。、次いで、主要な「大菜」(当初はふかひれのスープ、後には、ふかひれの姿煮)をメインに据え、あと、調理、味付けを変化させた料理が並び、スープが用意され、魚料理で締めくくられる。

 そういえば、子供の頃、地方から我家に訪れた親戚、知人のもてなしは中国料理店での宴会料理というのがほとんどでした。その同席を許され、中国料理を食べるのが楽しみでした。その最後に決まって登場するのが鯉の料理、丸ごとの鯉一匹を使った甘酢のあんかけの「糖醋鯉魚」。

 とはいうものの、それまでに前菜をたっぷり食べ過ぎ、次から次へと登場する料理に手を出して、宴会の半ば過ぎには満腹状態。それでも卑しかった私は、満腹なのにもかかわらず、それが食べたくてしょうがない。

「食べ残しはご法度」と小さい頃から言い渡されていたものの、我慢しきれずに「食べられる!」と言い張って、分けてもらい、味わった甘酢あんかけの美味。結局は、すべてを食べきれずに、お小言を食らった思い出がある。それからも中国料理の宴会料理を食べに行っても、最後の料理の「鯉の甘酢あんかけ」にたどり着くまでに満腹になり、「鯉の甘酢あんかけ」を満足に食べ、味わえなかった恨み、つらみ、執念は、私の懐かしい思い出です。

 80年代後半以後、日本でも、オーナー/シェフの店を中心に、少人数、それも、二人からでも食べられるコース料理が紹介されるようになりました。その先駆者的存在とも言えるのが吉祥寺の竹爐山房の山本豊さん。
 
 同店での「おすすめコース」、「竹爐コース」などは、中国料理、それも北方や江南地方の宴会料理のコースに準じたもの。前菜に次いで、コースのメインの料理が登場。そのあと、炒め物、揚げ物、蒸し物など、肉、家禽、魚介に野菜、それも旬の素材を使った料理が並び、スープで締めくくられる。人数が多い宴会コースになると最後は魚で締めくくり。その前にスープが出てくるあたりに、本場の宴会料理を下敷きにしたコース設定の意図が汲み取れます。

 とまあ、日本での中国料理店でのコース設定は、本場の宴会料理に準じたものがほとんどです。コースには決まってふかひれをはじめとする干貨素材を使った「大菜」風、あるいはそれ仕立てのメインの料理が組み込まれている。

 そういうんじゃなくて、ざっくばらんに食事を楽しめるコース設定。しかも、お目当ての料理が組み込まれているコース料理には、日本の中国料理店ではほとんどお目にかかれない。あれって、どうしてなのか、どういう理由によるものなのでしょうか。