2007/07/17

夏の広東地方の郷土料理の②




 さて、④の脆皮焼乳鴿/鳩の丸揚げも、ミッシェルのアイデア。
 以前、日本の福臨門には香港から広東地方新會産の仔鳩が届いたことがありました。
 福臨門だけでなく東京の一部の広東料理店では、合法非合法、冷凍物などを使った鳩料理が一時話題になったことも。が、その後、鶏ウィルスの一件で香港からの輸入は途絶えた。
 それが、最近になって福臨門では日本で飼育されたフランス産の供給ルートを確保。 種鳩はフランスのグリモール社の供給によるフランス南部のナント産のユーロピジョンのミマス。どうやら広東産とは品種が異なるらしい。それに、香港で消費されるのは、もっぱら生後5~6週間の仔鳩。
 ところが、日本で入手できるミマス、生後6~7週間のものが中心で、骨も肉も成長。ただし、成長している分、肉がしっかりしていて、味も濃く、野性味があり、風味が豊か。あの血の味、鉄分の味の濃さ、風味。赤ワインがほしくなるやつです。
 日本の福臨門ではその点を見極め、肉質、味、風味を生かしながら、いくつかの料理を提供。広東料理特有の料理方法ですから「家郷菜」とも言えます。
 鳩にはいろんな料理方法がありますが、代表的なものが丸揚げの「脆皮焼乳鴿」。湯通しした仔鳩をたれ汁に漬け込み、さらに中国たまり醤油で煮込んだのが「豉油皇乳鴿」。他に紹興酒で煮込んだもの、オイスターソースで煮込んだもの。また、身をそぎ切りにして、中国ハムの「火腿」と炒めたものなどもあります。
 dancyuで紹介したのは、油を一切使わない「豉油皇乳鴿」。中国たまり醤油の味、風味が、しっかり強くて濃い鳩の肉の味と合って鳩肉の持ち味、香りを引き立てる。
 今回、ミッシェルがリクエストしたのは「脆皮焼乳鴿」。
 テーブルに運ばれた丸揚げの仔鳩を見て、納得。
 「これって、5週間くらいの仔鳩じゃない?」、と私。
 「そうそう、だからロースト・ピジョンの「脆皮焼乳鴿」がいいんじゃないかと思って」、とミッシェル。

 美しい色艶、照り、揚がり具合。皮の裏についた皮下脂肪もしっかり揚がっていそうです。
 頬張ると「脆皮」という料理名通り皮はパリパリ、さくさく。肉を噛み締めると、やはりフランス産ってこともあって、鳩肉の味は濃く、強い。見事な自己主張。
 そこで、塩を溶いたレモン汁のタレに身をさっと浸してたべると、塩気とレモンの爽やかな酸味が脂っ気を抑え、なおかつ酸味が身に馴染んでさっぱりとした印象になる。それより、素材は日本で育ったフランス原産の鳩。なのに、調理法、味付け、出来上がった料理の味、風味は、まさしく香港ローカルの「脆皮焼乳鴿」だったのに、感心しました。
 懐かしい香港の仔鳩料理の味、風味です。旨かった。実に旨かった。
 ちなみに、料理人は張漢華さん。福臨門の社長の徐維均さんのお弟子さんで、大阪の福臨門にいたことがある人物。一時、大阪の福臨門の「脆皮雞」、炒めものは「鑊氣」があってすごい!と評判を呼んだことがありますが、張さんこそまさにその人。
 ⑤の豉汁涼瓜炆紅斑、苦瓜と紅はたの煮込みは私の提案。
 この時期、苦瓜が旨い。冬瓜などと同様に、体の熱を下げる効果があります。
 ご飯のおかずにうってつけな家庭料理なのが「豉汁」、醗酵大豆味噌、にんにくなどで作ったあわせ調味料で牛肉を炒めた「豉汁涼瓜炒滑牛肉」。鶏肉を使った「豉汁涼瓜炒雞」もごく一般的。

 ひとひねりすれば「鶏肉」を蛙に代えた「豉汁涼瓜炒田雞」ってことになる。さらにダメオシでもうひとつ。それは、豚の胃の先端部の「肚尖」と炒め合わせたもの。良質な「肚尖」は稀少な素材ってことから、宴会料理の一品に並ぶこともあります。が、残念なことに「田雞」も「肚尖」も、日本では入手が不可能。

 そこで、まてよ!と思い立ったのが「豉汁涼瓜炆海斑」。
 基本は「紅炆海斑」。揚げ魚の煮込み、です。
 魚を煎り焼きにし、別途豚肉の細切り、干椎茸の細切りなどを炒めあわせ、煎り焼の魚とともに二番だしの「二湯」で煮込んで醤油などで味付けしたもの。
 以前、魚のことで触れてきたとおり、魚はそれぞれに肉質、味、風味が異なる。香港でも蒸し魚の「清蒸魚」に使われるのが「石斑」、ハタの類。肉質は緻密でしっかり。しかも、はらりと身が崩れる。そんな「石斑」の素材そのものの良さを味わうには「清蒸魚」よりも、揚げて煮込んだり、「上湯」で煮浸しのほうがいい、というのが私の考え、私の好み。
 ことに大ぶりの「石斑」の砂ずり、鰭つきの部位を揚げて煮込んだ「紅炆斑翅」は、大好物です。
 しかし、「紅炆海斑」にしろ、「紅炆斑翅」にしろ、味がしっかりしていて、体を温めくれますから、秋冬の料理という印象が強い。 そこで、冷の性質を持った「涼瓜」を組み合わせて、バランスをとる。
 夏向けの料理になる。宴会料理の華にもなる。
「豉汁涼瓜炆海斑」ってのはどう?と、ミッシェルにメールしたら
「とてもおいしそう!」と、大乗り気。

 以前、銀座の福臨門が開店当初、「石斑」の入手が難しかった頃、あいなめを「什斑」と命名して使っていたことがありました。
 あいなめのあの身の緩さ、はらりと身がくずれ、しかも、ダシをしっかり含みながら、存在を主張という「紅炆什斑」は、俄然、私のお気に入りの一品となり、何人もの友人に勧め、喜ばれたものです。
 現在では流通のルートがしっかり確保され、この夜、紅はたにめぐり合った次第。上質のはたです。
 この夜の「豉汁涼瓜炆海斑」は、先の「脆皮焼乳鴿」と並ぶハイライト。
 しかも、その味、風味、洗練された味わいだけでなく、すっきりとしていて、シャープで鮮烈な力強さがある。
 日本ではこれまで食べたことがなかったというミッシェルも、大感激。
 その「豉汁涼瓜炆海斑」を食べながら、「あれ、これって?」と思い出したのは、福臨門の香港島の店に特徴的な味、風味、スタイル。
 日本の福臨門を統括する総料理長の呉錦洪さんが料理すれば、よりきめ細かで洗練した優しい味になる。その呉さんは九龍の福臨門の総料理長である羅安さんの愛弟子で、ふかひれ、あわび、燕の巣などの乾燥素材の料理の腕は、羅安さんが大いに信頼を置いている人物。
 一方、今回の料理人の張漢華さんは、徐維均さんの愛弟子。 いわば香港島の福臨門の直系の味、風味、スタイル。そんな両者の調理の味、風味の対比が面白い。
 そう、福臨門は香港島、九龍にあって、その2店、それぞれに特徴があって、味、風味がビミョーに異なります。という話は、いずれまた。 ともあれ、日本の福臨門の料理人の層の厚さを再認識した次第です。

 画像は「脆皮焼乳鴿」と「豉汁涼瓜炆紅斑」です。

2007/07/16

夏の広東地方の郷土料理の①


 三社祭でいつもお世話になっているのが斎木隆さん。元ワールドカップのダウンヒラー、つまりは滑降の選手で、ひょんなことから知り合いになり、雷門中部の青年部の一員だったことから、雷門中部の御輿担ぎの仲間に加えてもらうようになりました。
 松任谷由実のバックバンドのメンバーの市川くん、いつのまにか浅草の住人になってしまったダノイの小野さんも、同じ雷門中部で御輿を担いでます。
 今年の三社祭には香港出身で、イギリスへの留学を経て、今は東京でマネージング・ディレクターの職についているミッシェルを招待し、斎木さんに紹介。
 
 日本の伝統的な文化に関心のあるミッシェルは、祭りや御輿を見るだけでなく、祭り、御輿に参加できたことを大いに喜んでくれました。
 中でも感激したのは、時代を飛び越え、江戸の昔に紛れ込んでしまったような思いにかられる宮入りの儀式。鳶が御輿に乗ってリードし、見事に統制の取れた御輿担ぎの様を目の当たりにし、感銘を受けたそうです。
 そんな三社祭の時のお礼を斎木さんに、とミッシェルが計画したのが、広東料理のディナー。
 香港人らしく「不時不食」、つまり、季節にあらずは食さずという中国人の食の信条に倣い、この時期ならではの季節の素材、それに、広東地方ならではの「家郷菜」を中心に、ということでメニューを思案。
 「小倉さんも、なんかいいアイデアがない?」ってことで、メールをやり取りし、コース作りを手伝いました。場所は銀座の福臨門。
 ということで、決定し、食べたのは以下のメニュー。

①雲腿金銭鶏肝、中国ハムと鶏の肝、豚肉、豚背脂の重ね焼き
②焼鱔魚、ウナギの焼き物
③八寶冬瓜盅、八種の具材入り、冬瓜の蒸し物
④脆皮焼乳鴿 鳩の丸揚げ
⑤豉汁涼瓜炆紅斑 苦瓜と紅はたの煮込み
⑥百花蒸醸豆腐 蝦のすりみ載せ豆腐の蒸し物
⑦焼雲腿鴿蛋露筝 アスパラガス、中国ハムの揚げ物、ゆで鳩卵添え
⑧葱花皮蛋炒滑蛋蝦 ピータンと卵とエビの炒め物
⑨咸魚雞粒炒飯 塩漬け魚と鶏肉の炒飯
⑩官燕西瓜盅 燕の巣入り、スイカのデザート
 ①は、下に紹介したdancyuの8月号でも紹介した料理。
 広東地方の伝統的な郷土料理、焼き物のひとつで、かつて香港では宴会料理の前菜として登場。街中で豚、家鴨、鶏肉などの焼き物、たれ仕込みのものを専門に売る「焼蝋店」で見かけることがあります。
 現在では一般の料理店では扱われなくなったことから、「懷舊菜」、懐かしい、昔の味として、それを用意し、客集めの一品にしている店もあります。
 もっとも①。もともとは鶏の肝、豚肉、背油を甘い特製のタレにつけこみ、窯で焼くだけのもの。甘味のあるタレ、コクのある味こそがその特徴。そこに高価な中国ハムを追加、というところに福臨門ならでは工夫と技がある。
 「雲腿」とあるように、中国ハムのなかでも最良の部位を使い、しかも、中国ハムが持つ塩味、醗酵味、旨味を効果的に使う。結果、味、風味がより複雑に、重層的になる。さらには、洗練の味、風味を醸しだす、というのが実に見事です。
 そして②。ウナギは日本製。甘辛のタレをたっぷりつけた焼いた蒲焼とは趣が異なる。いわばうなぎの白焼きの広東風の趣。タレをさっと塗って、焼き付けたもので、皮はパリパリ、さくさく。身はしっとりのやわらかさを残しながら、素材そのもの持ち味、風味を生かしてある。
 実は、私、蒲焼が大の苦手。蒲焼を焼いてる匂いをかいだだけで、卒倒してしまうぐらいでなんですが、ようやく最近になって、白焼きだけはOKに。その広東風です。蒲焼はだめですけど、香港、中国式、それに、ヨーロッパ式のウナギ料理は、私は大丈夫。
 ③はミッシェルが絶対に、というお勧めの料理。夏場、冷の性質があって、体温を下げる効果のある冬瓜は、欠かせない。中でも、冬瓜の種など中心部をくりぬいて、ダシを張り、具材を丸ごとを丸ごと湯煎蒸しにした冬瓜盅は、宴会料理の華です。
 
 その具材、もともとは、家鴨肉、鶏肉、豚肉、各種の内臓類、乾燥素材に野菜類、というのがそもそものはじまり。後に、海鮮の流通が盛んになって、新鮮な魚介、蝦、蟹の爪なども加わるようになったもの。さらに、具はふかひれだけという豪華版の冬瓜生翅盅ってのもあります。思わずよだれがこぼれる絶品で、冬瓜盅の中では一番の好みです。
 今回は、伝統的な料理にならって「八寶冬瓜盅」で。食べすすめるうち、知らず汗がひいていくような涼味あふれる夏の味を満喫しました。
 
 画像はその「八寶冬瓜盅」。サーヴィスの人が運ぶ途中で蟹の爪を一個、スープの中に落っことしてしまいました。

2007/07/15

dancyu 8月号


dancyuの8月号「創刊200号、1万軒の結論。日本一うまい店、集めました」に寄稿しました。
 名店とは何か、愛する店を通して語るその真髄。食の達人たちが惚れ込む「わが名店」ってことで、寄稿したのは「テーブル高7センチ差の気配り」。福臨門の話です。
 また福臨門の話?と言われそうですが、私は福臨門を愛してやまない。ですが、タイトルには正直言って私自身、驚きました。

 福臨門で居心地の良さを覚える理由のひとつに、テーブルの高さがあります。それについてはdancyuでの拙文をご覧いただきたいところですが、その高さ、それに椅子、その按配は見事と言うよりほかない。と言う以前に、ごくさりげなく当たり前のようにあって、そんなことを微塵も気付かせない。それが福臨門の素晴らしさであり、私が愛着を覚えるところです。
 中国料理にはマナーはなし。好き勝手に食い散らかし、テーブルを汚してこそ、美食を堪能した証、などと語る人は少なくない。たしかに、昔はそうだったかもしれない。が、それでいて暗黙のルールがある。香港、次いで中国本土、さらには台湾で、それなりの食事の席に同席する機会を得て、観察し、知った事実です。
 たとえば、香港。招かれた高級な宴席でも、また、家族や気の置けない友人との日常の食事の場においても、手にする食器はご飯の入った茶碗だけ、というのは一緒に食事をしていれば気付くはず。料理を取り分けた小皿を手にして食べる、ってことは皆無です。小皿はテーブルに置いておくもので、持ち上げることはない。日本の食事の流儀、マナーとは異なります。
 
 そして、宴席の最後に炒飯が登場したとする。その場合、碗によそわれますが、それを手に持って箸でかっこむ、という無様なまねはしない。そんな場合には必ずレンゲが添えられていて、碗はテーブルに碗を置いたまま、レンゲで炒飯をすくって口に運びます。
 ところが、宴席の締めくくりに縁起を担いで登場する魚料理。それも、蒸し魚だったりすると、やっぱりご飯が食べたいという気分になる。蒸し魚そのものの美味もさることながら、煮汁の旨さ堪らない。それをご飯にかけて食べたくなる。で、ご飯を頼みます。ご飯の上に蒸し魚と煮汁を注ぎかける。が、魚の身もあるからレンゲでは食べにくい。ですから箸でかっ込む。そんな場合、当然、お碗を手に持って食べることになる。そう、それはOK。
 それが宴席ではなく、日常の食、家庭などで何皿ものおかずを前に食事をする場合、それを取り分けるのは小皿ではなく、白いご飯を入れた飯茶碗の上、ってのがほとんどです。家族や気の置けない仲間と街中の料理店で食事って場合、料理を小皿に取り分けることもありますが、小皿の料理を白いご飯の上に載せて食べる、なんてことはよるあること。
 子供の頃、ぶっかけ飯は厳禁で、ご飯の上におかずを載っけるだけで小言を食らった体験のある私は、そんな場面を目撃した時には、驚き、当初は抵抗を覚えたものですが、やがて慣れっこになって、私もそれに倣うようになりました。早い話が、私はかぶれです。
 
 ともあれ、福臨門のテーブルの高さ、もちろん、椅子の高さにも関係して、テーブルの上に置かれた食器で手に持つのは飯茶碗だけ。炒飯などはテーブルにおいて、レンゲを使って食べる。料理を取り分けた小皿をテーブルに置いたまま、箸で食べるのには格好の高さです。
 テーブルが低いと、小皿は手に持たないというマナー、ルールに準じれば犬食いになる。そんな無作法をしでかすこともない。

 そういえば、肘をついたまま、あるいは、片手をテーブルに置いたまま、なんてお気楽に食事をする人もいますが、そういう格好をするには福臨門のテーブルはいささか高すぎる。ま、そんな無作法な人は、福臨門ではめったにみかけることはない。
 いや、いたりするんです。あのテーブルの高さにして、肘を付いて、或いは片手をテーブルに置いて食事している日本人観光客。それも、身なりからすればおえらいさん。香港店や九龍店で、その光景、目撃したことがあります。その執着ぶりに恐れ入りました。たぶん、そういう姿勢でないと、食事、というより、飯食った気分がしない、ってことかも。ま、それはそれで、見事な主張でありますが、、、。
 画像はdancyuのHPからのパクリ、8月号の表紙です。

2007/07/08

夏野菜


 埼玉の東松山の農業、加藤紀行さんから夏野菜が届いた。加茂茄子、真黒茄子、青茄子、はぐら瓜、四葉胡瓜、万願寺唐辛子、日光唐辛子。待望の夏野菜だ。
 中でも楽しみにしてたのは四葉胡瓜。トゲトゲのイガイガつきで、水気が少なくって、身が引き締まっていて、パリパリさくさくの噛み応え。で、青くて、ほろ苦さがじんわり滲み出てくる。
 ぶつ切りを醤油で、ってのもいい。薄くスライスして、酢醤油で、ってのもいい。大雑把に叩き潰して、桂林醤、醤油、酒、黒醋、黒砂糖を按配よく調味したたれに漬け込んで食べる、ってのもいい。
 頑丈だから、と油で揚げて四川風に豆板醤ベースのたれで、というのは芝蘭の下風慎二さんのアイデア。チャイニーズレストラン直城の山下直城さんも加藤さんの四葉胡瓜、茄子がお気に入りだ。
 日光唐辛子はダノイの小野さんがフレッシュなものが取れる間、アリオリ・ペプロンチーニにして、お勧めのメニューにしている程。ACCAの林さんも、加藤さんの日光唐辛子を気に入った様子だ。
 加藤さんの野菜にエールを送る料理人は少なくない。見かけは無骨。が、頑丈でがっしり。大地の恵み、土の味がする加藤さんのじゃがいも。大きいのや小さいのがごろんごろんとしているのが当たり前だもの、とコートドールの斎須さん。ジーテンの吉田さんも、冬場の加藤さんの日本ほうれん草をきっかけに、加藤さんの作る野菜に関心を持ったそうだ。
 ですが、野菜は生もの、ではなく、生き物。その年の気候によって、出来栄え、味、風味は異なる。
 去年の四葉胡瓜と今年の四葉胡瓜は、味、触感、風味が違う。去年よりも水気が少なく、みが引き締まった感じで、甘味、ほろ苦さ、爽快な風味がある。
 甘味といえば、目を見張ったのがはぐら瓜。水気あり、なのに、噛み締めると水っぽくなく、清廉で無垢な青い甘味があり、生のまま、なんもつけずに、ぽりぽり食べちゃいました。
 本日の夕食は、日光唐辛子を使ったアリオリ・ペプロンチーニ。
 ダノイ・スタイルにするか、ACCA・スタイルにするか、迷った末に自己流でやりました。
 日光唐辛子を4本、刻むだけで香りが立つ。さらにニンニクの極ミジンを用意し、オリーヴ・オイルを引いた鍋で、優しく火を入れ、茹で上がり一歩手前のリングイネをゆで汁を加えながら入れ、ひと煮立ち。
 青くて、辛味だけでなく、爽やかでフルーティーな酸味、甘味があり、野菜の味がする日光唐辛子。優しいひり辛の味がじんわり浮かび上がる。リングイネ120グラム。残れば夜食の弁当、のつもりが全部、食べちゃいました。
 というわけで、今夜の夜食は、四葉胡瓜のスライスを、ポールの五穀パンにはさんだサンドイッチに変更。 今、それを食べながら、これを書いてます。

2007/06/30

周中~好朋友回來東京(2)

 ふかひれの姿煮と人参に生クリームを加え、ポタージュ仕立てにしたソースを組み合わせた「鱶鰭の姿煮キャロットソース、パールパウダー添え/珍珠粉 甘笋排魚翅」は、周中の創作料理である。

 だし(上湯)が利いていて、人参のポタージュの滑らかな質感、人参特有の甘さの後、「火腿」そのもののピュアで繊細で洗練された上品な旨味、醗酵味が顔をのぞかせる。さらには、喉元の奥を立ち昇る繊細で優しく豊かな香りに「おお!やった!」と、思わず声をあげたくなったほど。

 これまで「白金亭」で食べた時のだし(上湯)は「火腿」の脂肪分の味、匂いが残り、風味を損ねることがあったからだが、その点は見事に解決されていた。
 それに、小ぶりのふかひれは、サイズ、形態からすれば、明らかに「よしきりさめ/牙揀翅」の半加工品。全体の値段からすれば、むべなるかなというとことだが、よしきりの半加工製品特有の臭みがなく、しっかり調理してあったのが天晴れだ。周中もその点に注意を払ったのに違いない。

 実はこの料理、今回は「輝く肌を作るパールパウダー添え」というのが重要なポイントらしく、パールパウダーの高価さ、値段の高さに、同席した方々は一斉に驚きの声を上げていた程。が、私には無縁なことで、旨くて、香り豊かであれば、それだけで充分、

 もう一品、だし(上湯)の素晴らしさが効果的に現れていたのが「冬瓜の変わり蒸し スッポンと鮑を詰めて/白玉蔵水魚鮑」だ。

 身体を冷ます効果のある冬瓜は、夏向けの料理だ。冬瓜に各種の具材を入れてだしを張り、湯煎蒸しの「燉」にした「冬瓜盅」はその代表的なものだ。他に各種の料理がある中で、ひと工夫したのが「白玉蔵」。それには冬瓜の果肉を薄く皮状に切りわけ、具材を包んだもの。あるいは、果肉を方形の箱状や円筒状のものを作り、そこに具材を包み込んだものがある。今回は、後者、それも台円形の形作った冬瓜に、すっぽん、鮑、干椎茸がスタッフィングされていた。

 そうした具材の切り分けの細やかさ、洗練された味付けに技があった。それを蒸した上で、「打獻」、つまりはとろみのついたくず餡がかかっている、という一品。感心したのは、上湯にオイスターソースの「蠔油」などを加味して作ったたれ、くず餡の上品で洗練された味、風味。しかも「蠔油」のこくのある甘味が生きている。そのこくのある甘味こそ、伝統的な広東料理では特徴的なもの。他ならぬ周中が最も得意とし、また、特徴とする味付けのひとつなのだ。

 ニューベルシノワ/新派広東の代表、その先鋭的存在とされる周中だが、その根っ子、基本は伝統的な広東料理にあり、ってことを物語る。その一品で、新派らしさを挙げるとすれば「打獻」、つまりは仕上げのあんかけ、たれのトロミ具合にあり、といえるかもしれない。

 舌に残ったたれの滑らかさ、感触、味からすると、どうやらジャガイモの澱粉製の片栗粉を使っているようだが、とろみの重さを極力控えてある。それは、上湯と「蠔油」などによるだしの味、風味、香りを生かし、また、気品のある洗練された一品に仕上げるためなのは言うまでもない。それが素材の持味、風味を生かすことにもなる。

 これが日本の一般の中国料理店なら、とろみたっぷり、というのは当たり前。結果、とろみあんの味ばかりが目立って、素材の持ち味、風味をそこねてしまう。この種の料理に限らず、ことに日本のふかひれの料理、ふかひれの醬油煮込みなどまさにその典型だ。某店のふかひれのブラウンソースなど、その最たるものであり、言語道断的な代物にも思える。が、それがまかりとおる、というよりも親しまれているのが、日本の中国料理の現状だ。だからこそ、周中の料理は、シノワと語られる理由にあげるようなのだが、「打獻」における、とろみ付けの薄さは、香港ではとっくの昔に一般化していることだ。

 さて、周中の指導のもと、実際に調理にあたったのは木下茂樹料理長以下、日本のスタッフ。木下料理長は、だしや「打獻」でしっかり腕を挙げた。スタップの「板」、素材の切り分け仕事も細やかになった。そして、木下料理長の課題のひとつは、炒め物の「鑊氣」、つまり、素材の持ち味、香、風味を引き出す勢いのある火の使い、鍋の技にあるようだ。
 たとえば「帆立と山芋の梅肉炒め/梅子炒鮮淮山扇貝」。同席した女性陣には、梅肉を使った爽やかな酸味の味が、好評だったようだ。周中の狙いも、そこにあったのは明らかだ。つまり、女性はさっぱりした酸味を好む、という点に焦点を絞り込んだもの。 が、私には、素材のひとつ、貝柱の鮮度はともかく、素材自体、旨味に欠けていたこと。その旨味を封じ込める火の勢い、強さがいささか不足して、貝柱の甘味、旨味よりも、油の重さを感じた。新鮮な山芋も厚みのあるスライスだったが、火の強さがいささか不足して、粘り、水気を感じる。
 梅肉はそれをカバーするのに効果的だったが、それ以上の効果はない。火を通せば梅肉の酸味が生み出すはずの甘味、旨味に、物足りなさを感じたからだ。

 とはいえ、木下料理長、開店しばらくの昨年の今頃にくらべれば、めきめきと腕を挙げている。これからが楽しみな料理人の一人である。

 そういえば、料理解説の漢方薬の先生、周中は、フルーツをふんだんに使っていて、ニューベルシノワです、とのお話だったが、広東地方では昔から新鮮な果物、干した果実を日常的に料理に使ってきたし、同様のことが中国の他の地方でも行われるなど、伝統的な料理の手法のひとつなのだ。にもかかわらずニューベルシノワ? もしかして、西洋や南方の外来の果物をふんだんに使っているからなのですかね? ともあれ、周中の料理の基本は、伝統的な広東料理にあり。ネオ・クラシックだ、というのなら、わからないでもないが。
 ま、美味しくて、香り、風味豊かであれば、私は文句ありません。

 画像は「冬瓜の変わり蒸し スッポンと鮑を詰めて/白玉蔵水魚鮑」です。美味!

周中~好朋友回來東京(1)


 以前にこのブログで紹介し、文藝春秋の別冊号でも紹介した周中が来日中だ。
  昨年、白金台のプラティナ通りの「周中菜房~白金亭」の総料理長に就任して以来、料理内容の監修、料理の直接指導のために頻繁に日本にやってくる度、出会って旧交を温めてきた。
 今回は香港で出演中のTV番組で、映画化もされて周自身も出演した「美女厨房」(香港グーグルで検索すると番組の一部を見ることが出来る)にちなんだランチ・コース、「美食同源~食べて美しくなる」をテーマに~女性に贈る夏のアンチエイジング~を始めたそうで「試食会をやるから、こないか?」との誘いを受け、出向いた次第だ。
 まず「開胃酒/アペリティフ」ってことでチャイニーズ・サングリア。乾果と香辛料入りのリキュールってことだったが、私には甘味が強すぎて、もったり。「開胃」ってことならブラディ・メリーで胃をこじ開けたいところだが・・あ、そか。それだと薬膳効果ははなし? けど、トマト・ジュース、たっぷりなんで。。。ヘルシー?でもないか。
 そして、点心3種、3品。苦瓜を素材に使った点心。緻密な作りで、調味料をつけて食べる必要がないほど、味はしっかりしている。が、香りがいささか乏しく、インパクトも薄れ気味だ。
 以後、「鱶鰭の姿煮キャロットソース、パールパウダー添え/珍珠粉 甘笋排魚翅」、「帆立と山芋の梅肉炒め/梅子炒鮮淮山扇貝」、「冬瓜の変わり蒸し スッポンと鮑を詰めて/白玉蔵水魚鮑」、「七種野菜の烏龍茶漬け/烏龍茶雑菜」、「トマトと伊達地鶏の冷やしそば ハーブオイルの香り」と料理が続き、デザートが「豆乳杏仁豆腐とパールマカロン」で、締めくくりは「チャイニーズハーブ・ティ 青」。 以上の中で印象に残ったのは「鱶鰭の姿煮キャロットソース、パールパウダー添え/珍珠粉 甘笋排魚翅」と「冬瓜の変わり蒸し スッポンと鮑を詰めて/白玉蔵水魚鮑」だ。
 
画像は「鱶鰭の姿煮キャロットソース」です。

2007/06/26

閑話休題~マカオ・香港の旅(24 )

 「生記粥品専家」については、GOOGLE-HKで検索すれば店の歴史、また粥の作り方がいくつかのサイトで紹介されている。

 それらによれば、まず、肝心のだしだが、豚骨、痩肉(つまりは豚の赤身肉)、干し貝柱の瑶柱がその基本。「妹記」のように地魚の「梭羅魚」など、魚をだし作りに使わないのは、豚の内臓や牛肉を具にした粥にはふさわしいくない、という理由があってのことだそうだ。その店、豚骨でとっただしは、具材の持ち味、風味を損なわないからだ、という。

 さらに、米。もともとは大陸産の「絲苗」を使ったいてものの、良質の米が得られなくなって以来、タイの香米に代えたそうだ。

 まず、だし作りは、店の営業が終わる夕方頃からで、1時間ほど煮込んで作り、一旦、火を落とす。その後、午前2時に店にもどり、だしに火を入れなおし、そこに米、腐竹を加えて煮込むこと3時間。店によっては砕いた米を使ったりすることもあるそうだが、「生記」では、ともかく原米から米が「開花」するまでじっくり煮込む。肝心なのは火加減、だそうである。

 「生記」で評判なのは「魚骨魚腩粥」。「鯇魚」のアラ、腹身肉を具にしたものだ。「鯇魚」が新鮮なことはいうまでもなく、確かに旨い。私の好みは「綾魚」のつみれの「綾魚球」と「鯇魚」の腹身の「魚腩」を組み合わせた「魚腩魚球粥」。ここの「綾魚球」は実に旨い。

 さらに、豚の内臓類も新鮮であるだけでなく、しっかり吟味されていて「及第粥」も評判だが、それに「鯇魚」の腹身の「魚腩」を組み合わせた「魚腩及第粥」というのも人気がある。ヴァレンタインに素敵な本を贈ってくれたミッシェルの好みの一品だ。

 それ以外に「生記」には「綾魚」のつみれを煎り焼きにした「香煎魚餅」というのがあって、少々油っこいが、風味があって旨い。そこまで書くと「鮮蟹粥」を忘れてませんか?」と「生記」マニアから突っ込みのチェックがありそうだ。

 それにしても「妹記」と「生記」の「粥」の味、風味は対照的だ。「妹記」の「粥」はねっとりとしていてコクがある。が、だしはすっきり、さっぱり。一方、「生記」の粥はきめ細かでさらりとしているが、だしはしっかり。たしかに、豚の内臓類、牛肉類をひきたてる味だ。いずれにしろ「粥」の炊き加減、舌触り、さらに、だしの按配、そのバランスが見事にとれていて、美味、風味を生み出していることには違いがなく、実は甲乙つけがたい。「粥」を食べるとなると、私はその日、その時の気分で「妹記」か「生記」を選ぶ。
文藝春秋別冊号の記事では実はその2店を紹介するつもりだったが、スペースの関係などもあって「妹記」だけの紹介と相成った。

 ところで「生記粥品専家」の近くに「生記清湯牛腩麵家」がある。「生記」の経営者だったか家族だったか、あの「九記」、さらには「太利」に倣ってはじめた「牛腩」が評判の店だ。私はまだ試していないが、かなりいける、とのこと。それより「牛腩」をはじめたこと、それに、米を大陸物からタイ産のものに代えたことなど、「生記」の欧さん、もしかして潮州人なのだろうか、とそんなことが気になっている。今度、取材していろいろ話を聞くつもりだ。 「妹記」と「生記」。「粥」はどちらかといえば苦手な私が、その旨さを知って香港の「粥」にはまってしまった2軒だ。いや、それ以外にも・・・

2007/06/25

閑話休題~マカオ・香港の旅(23)~復活!

 三社祭、鳥越祭、誕生日というビッグ・イベントも終わって、ようやく「マカオ・香港の旅」の復活です。復活、第一弾は香港の「粥話」の続編。

 香港には「麵通」がいるように「粥通」が存在する。しかも香港の「粥通」は「麵通」以上に「粥」を仔細に至るまで吟味し、評価する。
 まずは素材の米の産地、品種、種類、形状。さらには粥作りの為のだしのとりかた、だしの素材。 そして、炊き方。素材である米とだしの分量、その比率、炊き込みに要する時間。 
 さらに、炊かれた粥の形状、質感、舌触り、味、旨味、香り、などである。

 もともと中国の北方は「麵」、つまりは小麦粉が主食の中心を占める。それに対して中部から南部にかけては、稲作が盛んなことから「米」が主食の中心だ。それだけに広東省、及びその食文化圏に属する香港では、米を素材にした料理のひとつである「粥」にはうるさい。
 とはいえ、香港の「粥」、日本の「粥」とはいささか異なる。それは両者の「粥」を見比べれば歴然なのだが、日本の「粥」は、米粒を炊き込んであってもその原型を残しているのが一般的。それに対して香港の「粥」は、原型をほぼ残さず炊き込まれた糊状に近い。
 
 実は広東省でも東部の潮州ではふたつのタイプの「粥」があるが、その一種が日本の「粥」の形状に似ていて、米粒の原型を残している。雑炊に近いものすらあるほどだ。「粥」自体の作り方、米とだしの分量、炊き方など、いずれも広東式の「粥」とは異なる。

 さて、香港の「粥」の評価の基本のポイントは「綿」、「滑」、「甜」、「香」。
「綿」とは、とろけるような歯触り、舌触り。「滑」というのは滑らかさ、柔らかさ。つまりは、ほどほどに粘着質で、舌にとろけ、しかも、きめ細かな滑らかさが必須の条件というわけだ。「甜」というのは粥状になった米の甘味。中国では「鮮味」と語られる「旨味」をも意味する。むろん、それにはだしの塩梅、つまり、味、風味も関係してのことだ。だしがどのように作られているか、その素材、原料についての探求についてもうるさく、評価の重要なポイントになっている。

 「香」は、風味が豊かなことを意味する。むろん米の香り、「粥」そのものの風味を意味するものであるのは言うまでもない。しかも、香港で「粥」の名店とされる店は、粥状の米の状態が、きめ細かでさらっとしたタイプ、それとは対照的に、ねっとりとしたいわばコクのあるタイプ、の2派に分かれる、というのが面白く、興味深いところなのだ。その中庸、両者の間に位置するものもある。が、そうしたものはどっちつかず、ということで「ただの「粥」」としての評価を受けるだけのことがほとんどだ。そう、ご近所御用達で馴染みの味、口にあった味の「粥」という以上の評価を得ることはない。

 香港の「粥通」は、かように「粥」について、その仔細に至るまでうるさい。
 そして、先に紹介してきた「妹記」は「ねっとりとしてコクのあるタイプ」の代表と言える店。「妹記」の粥は、ねっとり、こってりとしていてコクがあるだけでなく、どっしりとした重量感がある。一碗食べれば、お腹一杯。しかも、腹持ちがいい。
 それとは対照的に「きめ細かでさらりとしてタイプ」の代表として挙げられるのが、上環の「生記粥品専家」のそれだ。香港では「妹記」以上に支持者が多く、香港一との評価を得ている店である。

 ところがである。「粥」そのものの歯触り、舌触り、滑から、きめ細かさ、とろけ具合やねっとりの質感だけでなく、「だし」の作り方、その味、風味も対照的で、それぞれに特徴がある。しかも、「粥」と「だし」のバランス、その一体感こそ、旨さを感じさせる最大の要因なのだ。そんなことでも、どっちが旨いか、すなわち、どっちが「口」にあっているかと、香港の「粥通」はうるさい。評価の分かれ目になっているところである。



2007/06/17

閑話休題~誕生日



この15日、誕生日でした。同じ誕生日の知人がいて、一緒にパーティーをやろう、ということになり、長野の某所へ。シャンパニューで乾杯して2005年のシャルドネとメルローをたっぷり飲んだ後、締めくくりはバースディケーキとソールテーヌ。フレンチブル君もお祝いに駆けつけてくれました。



2007/06/11

閑話休題~鳥越祭


今年も鳥越祭、担ぎました。土曜日の夜は、お世話になってる町会の宵宮、提灯御輿。日曜日、午前中は町会の御輿。ところが雨にたたられ、体が冷えました。午後遅くの本社の御輿渡御は雨も上がり、存分に楽しみました。とはいっても、千貫御輿はやっぱり重い。肩に重さがぐんとのしかかり、アップアップ。こらえられるまで担ぎ続けて、御輿を離れたとたん、また、御輿にくらいつきたくなって、出たり入ったりを繰り返し。町会の渡御の半分は担いでいたような。おかげて、ヘロヘロ。終わってしまうと、なんだがせつないです。画像は、鳥越神社の千貫御輿。

2007/05/22

閑話休題~三社祭


 今年も三社、担ぎました。土曜日は雷門中部町会の神輿を午後と宵宮に。日曜日は午前9時50分から本社(三之宮)。その後、午後と夕方に中部町会の神輿を担ぎました。それから、久々に宮入りを見学。
 三社といえば勇壮で豪快で、荒れたりもする宮出しが有名ですが、私はむしろ宮入りが好きで、これまでに何度となく見学してきました。ほんとは、宮入を担ぎたい!宮入りは、時空を飛び越え江戸の昔に紛れこんでしまったような錯覚を覚える風雅な趣がなんとも味わい深く、せつなくてはかなげい余韻に酔いしれ、来年の三社まであと364日か、としんみり気分にもなります。
 それより、今年の本社、いつもよりも神輿が重くって、三社が終わった翌日から、身体がガタガタで思うように身体が動かず。ブログの更新をサボったのはPCのせいだけでもありませんでした。歳のせい?でも、神輿は止められません!
 次は、鳥越ですから!

2007/04/29

閑話休題~マカオ・香港の旅(22)




 どうもPCの調子が悪い。漢字変換の具合が途中でおかしくなる。繁体字や標準文字以外の漢字表記が多いせいなのか。といって、それなしで香港や中国料理関係のことについては書けないのだから、お手上げ状態です。
 そんな間に、過日、尖沙咀、厚福街の「洪利」のリニューアル話を伝えてくださった東山堂ベーカリーの原田さんのブログに「妹記」の動画が!
 とりあえず、http://ameblo.jp/tozando/に行って、「下丸子ではたらく66歳の社長のブログ」をクリック。香港特集パート7に「妹記」が紹介されています。それも「粥」作りの作業まで撮影、ってのがすごい。
 原田さんの動画でもわかるように「妹記」の「粥」、あらかじめ作り置きしてある大きな粥鍋とは別に、小ぶりの銅鍋が用意してある。
 たとえばこの店の名物、「そう魚/鯇魚」の腹身の部分を使った「魚腩粥」。油を鍋に注ぎ、「鯇魚」の腹身の両面を「煎」する。表面に焼き色が付く前に、別の銅鍋で煮立ておいた「粥」を注ぎ入れ、ひと煮立ちさせる。「粥」と具を別鍋で準備。しかも鍋は熱効率の高い銅鍋を使用、というのが「妹記」の「粥」の特徴。旨くて、香りが豊かな秘訣、ってことです。
 それ以前に、基本の「粥」作りもこの店ならではの工夫がある。使う米は「絲苗米」。で、だし。基本は小ぶりの地魚の「梭羅(どうやらデンジクダイ属のいしもちの一種らしいが、厳密な学名や和名は不明)」をふんだんに使ってだしのベースを作り、豚骨や豚の舌、それに陳皮などの香辛料に湯葉を加えて煮込んだもの。
 で、米10に対してだし7の割合で6時間かけて「粥」を作り、それを先に触れてきた要領で注文に応じて銅鍋で再度煮立む、というのが「妹記」の「粥」。すっきりとしただし。「粥」そのものは、ふっくらとした仕上がりで、独特の触感、滑らかさ、それに、どっしりとした重量感がある。
 具についていえば、最も人気があり、評判を呼んでいるのが先にも触れてきた「そう魚/鯇魚」の腹身の「魚腩」。地元の「粥」通の間では、香港一として挙げる人も少なくない。この店の「鯇魚」は、その鮮度、質の良さが知られ、それが評判を呼んでいる理由のひとつに挙げられるほどだ。もちろん「鯇魚」の皮を湯引きし、生姜の千切りと一緒に出される「魚皮」も人気の品だ。
 さらに「魚腩」に手作りの豚肉のつみれの「肉丸」や、牛肉のつみれの「牛丸」を加えた「魚腩肉丸粥」、「魚腩牛丸粥」も評判だ。
 そして、「鯇魚」、「肉丸」、「牛丸」の「粥」とともにこの店で見逃せないのが「皮旦痩肉粥」。「皮蛋」に塩漬けにした豚の赤身肉を加えた広東粥の定番的なメニューだが、豚肉の下拵えの按配、それに、だしの味がしっかりした「粥」と一体化し、醸しだす味わいと風味は、穏やかで優しい。
 「魚腩粥」の野性味のある味、風味とは実に対照的で、奥床しく、上品で洗練されていて、味わい豊かです。
 画像は原田さんが撮影した「妹記」のメニューとキッチンの様子です。

2007/04/20

閑話休題~マカオ・香港の旅(21)


これが文藝春秋臨時増刊号の表紙です、と画像をアップするつもりが、PCトラブル発生!
 早速、修理に出しましたが、その間、代替機に使ったPCが古く、ブログの更新どころか、日常のメールのやり取り、原稿書きにも支障をきたすような状態でした。ようやく、PC復帰。
臨時増刊号、発売からかなりたってしまいましたが、ムックですのでしばらくの間は店頭にある模様。ですが、店によって置いてある場所が違う様子、というのがちょっと厄介なのですが。
 さて、「麵屋」話に続いて「粥屋」話。と言いたいところだが、私、日頃から「粥」を滅多に食べない。そんなこともあって香港でも「粥屋」には滅多には行かないし、出向く店も限られている。
 とはいえ、香港に出かけるという方から、店の情報やコースの組み立ての依頼があった際、あわせて「粥屋」の情報をと、所望されることが多い。反対に「麵屋」についての情報のリクスエストは滅多にない、と言っていい程だ。

 どうやら「香港人の朝食はお粥」、「香港に行くなら、朝食はお粥」というイメージ、定説が今だに定着し、圧倒的多数を占め、それを信じて疑わないことによるものらしい。そうしたイメージ、定説は、間違いなく日本で、また香港を旅行する日本人によるものだ、と言っても過言ではないようだ。
 たとえば、「粥」を紹介した香港や中国のサイトには「「粥」は日本人が好んでやまないもの。さらに加えるとすれば、潮州人もそうである」と言った記述を見かけることがある。それにしても、いつ、誰が「香港人の朝食はお粥」、「香港に行くなら、朝食はお粥」といったことを紹介し、それが定着してしまっただろう。おそらくは、日本人の粥に対する親しみや、それを朝食にし、また、地方の名物になっていたりすることに、関係しているのではないか、と思う。
 むろん、香港にだって朝食に粥を食べる人はいる。が、粥だけが香港の、香港人の朝食でないことは、拙著「香港的達人」はじめ、雑誌の香港の食の特集などで何度もふれてきたことだ。「粥」ではなく、米の粉を蒸して作った「腸粉」を食べるという人もいるし、朝食にはむしろ「腸粉」を好む人が多いようだ。そういえば、啓徳空港時代の話だが、早朝の「美心餐庁」やビュッフェでの人気メニューは「粥」ではなく「腸粉」。順番を待つ人の列がそれを物語っていたものだ。
 それより、夜食の「宵夜」に「消化にいいから」という理由から、「粥」や「腸粉」を食べる、という人は案外多いようだ。その理由が物語るように、香港でも「粥」は消化のよさ、胃への負担のなさというのが重視されている。
 
 日本の各地に名物の「粥」がある。それも、朝食にうってつけ、ということで、私も一応それらを試したことがあるが、なんだか、物足りなかった。それよりも、「粥」といえば、「病気の時」、あるいは「病み上がり」の時の食事というイメージがある。実際、私が「粥」を作り、食べるのはそんな時だ。しわしわのしょっぱい梅干を「粥」に入れて食べる。具合の悪い時など、しみじみとその素朴な味わいにひとごごち、なんてこともあるのだが、日頃はそんなことなどすっかり忘れてしまっている。
 香港などでも「お粥は病気か、病み上がりの時ぐらいしか食べない」という人は少なくないのだが、その実態はあまり知られてはいないようだ。 とはいっても「香港に行くなら、朝食は絶対にお粥」というリクエストがある。また、市場調査!という目的から「粥」屋にたまに出かけることがある。もっとも、その大半は、なんだかなあ!と、しっくりこない。口にあわないのだ。
 そんな中で、あそこなら、という店が何軒かある。香港に通い始めた頃、やはり旅仲間に「香港の朝食はお「粥」」と執着する人がいて、しばしば出かけたのが中環の皇后大道中にある「羅富記」だ。それ以外では名前は逸したが銅羅湾にあったいくつかの店に何度かでかけた。
 尖沙咀では、深夜、場所の便利さから厚福街にある「洪利」にでかけたものだ。そういえば、東山堂の原田さんの最新の香港レポートに「洪利」がリニューアル・オープンした、という報告があった。過日のマカオ・香港の旅で、もし滞在先が九龍側ならもしかして、でかけたかもしれない。今度、香港に行ったら試してみることにしよう。
 で、最近のお気に入りの「粥」屋といえば、香港島なら上環の「生記」、九龍なら旺角の花園街市の上にある「妹記」である。

2007/03/27

閑話休題~マカオ・香港の旅(20)


 香港の粥麵事情のおさらいをするうち、以前紹介した蔡瀾さんの「香港美食大神」の「好旺角」を紹介した項目で、興味深い記述を見つけた。
 「好旺角」の「牛腩撈麵」と「牛筋撈麵」について「ここのは旨い」とほめたあとで「いまだに、広東人が作った「牛腩撈麵」と潮州人の作った「牛腩撈麵」がよくわからない人がいるが、実際にはとても簡単で、食べればすぐにわかる。またはタレを見ただけでわかるはずだ。広東人は味噌っぽい「辣椒醬」を使い、潮州人は、唐辛子をから煎りにした「辣椒油」(ラー油)を使う。この二つは決して一緒くたのものではない」、というものだ。
蔡瀾さんは「料理の鉄人」で審査員を務め、辛口の評で日本でもその存在を知られるようになった。これまでふれてきたように、ブルータスの96年12月1日号の香港特集で香港の食について語りあったこともある。また、映画人としての足跡については「香港音楽大全」(ミュージック・マガジン社)」で話を聞き、紹介してきた。
 香港を拠点に活動している香港人だが、生まれ、育ちは香港ではなく、シンガポール。潮州系の中国人である。幼い頃、映画館の上に住んでいたことから、映画館に出入りして映画の魅力にとりつかれ、その後、日本に留学。日大の芸術学部で学んでいた頃、当時、香港や東南アジアで人気のあった日本映画の輸出や翻訳の仕事にかかわり、やがては香港を本拠に、映画界で活躍。食へのあくなき興味、関心もあって、新聞などでも執筆するようになった文化人、という経歴の持ち主だ。
  「香港美食大神」はじめ、地元の新聞、雑誌で執筆しているコラムなどでは、辛辣な食批評、店紹介をしながら、時に、潮州人としての顔をのぞかせる。シンガポール出身の潮州人、つまりは、外国人として香港の食事情を捉える冷静な観察眼があり、また、潮州系の料理、店に関しての記述においては、その真髄を紹介すべく熱弁をふるう。
 先のコメントにも明らかなように、「潮州料理」は、「広東料理」の系列に組みいれられるが、実際には独自の食文化をもつものであり、「広東料理」とは一線を画すものである、という熱い主張がある。
 それが、蔡瀾さんのコメントの面白さ、魅力なのだ。が、「香港のほんとうの美食ガイド」(幻冬舎)では、単に「食文化評論家」として紹介されているだけで、そのあたりの蔡瀾さんの鋭い見解を日本の製作者、翻訳者は理解できなかったようだ。
  さて、蔡瀾さんの語る、広東系と潮州系の店における「牛腩撈麵」の違い。それは牛のばら肉の煮込みである「牛腩」そのものの調理方法が、広東系と潮州系ではまったく異なる、と言うことからも明らかだ。
 広東系の「牛腩」はじめ、各部位や臓物の煮込みには「柱候醬」などの調味料を使う。一方、潮州系のそれは「清湯」、つまりは、茹でて、アクをとり、煮込み続け、澄ましスープ仕立てにする。香港には茹でた牛ばら肉の煮込みの「清湯牛腩」を看板にする小食店がある。また、潮州系の「粉麵店」のメニューにある「牛腩」のほとんどは、その種のものだ。しかし、広東系の「粥麵店」、料理店でお目にかかれるそれは、「柱候醬」などで煮込んだものなのである。
 さらに「牛腩」につけて食べるタレ、というよりも、調味料だが、それは蔡瀾さんの記述通り。そうしたことからも、広東系の「粥麵店」と潮州系の「粉麵店」はまったく異なるもの、ということが理解できるのだ。
  「清湯牛腩」を看板にする店、しかも、評判の高い店の数は限られている。それにくらべて多いのが「牛什」、つまりは牛の内臓類、さらには豚肉の内臓類の煮込みを看板にした小食店、小販、つまりは手押し車式の移動屋台だが、その多くは、実は潮州系だったりするものだ。
  文藝春秋臨時増刊号でも紹介した鏞記の「清湯牛爽腩」。社長の甘健成さんの話によれば、アイデアは潮州式の「牛腩」のそれ。が、「潮州式の「牛腩」の煮込みとは違って、部位を限定して作った」、というのがご自慢だ。
 その部位とは、日本では「はらみ」、涎掛けとも称される横隔膜の肉だけを使い、じっくり煮込んだものだ。部位の入手が難しく、数が限られることや、作るのに手間隙かかることから、鏞記の「清湯牛爽腩」は、数量が限定された特別メニューになっている。
 
 画像は、蔡瀾さんの著作。内容充実、香港の食に関心のある人なら、必読の一冊です。

2007/03/26

閑話休題~マカオ・香港の旅(19)


 文藝春秋の臨時増刊号「黄金の10年へ」がこの22日、発売となりました。
 「夫婦で行く香港・マカオの旅」、ご高覧いただければ幸いです。
 ビジュアル主体なもので、執筆量にも制限がありました。それに、紹介した香港の店、香港リピーターにとってはおなじみの店がほとんどですが、メニュー、コース紹介はちょっとばかりひねり、工夫を凝らした。で、いよいよ発売となりましたので、これからは裏話など、ご披露したいと思っております。

 さて、前回の書き込んだ「潮興魚蛋粉」について、色々とご質問が。いきなり「旨いんですか、あの店?」という突っ込みに、思わずどぎまぎ。
 
 いや~、正直言っちゃえば、並の店、一応、アベーレージは保っているが、これぞきわめ付けってわけでもない。湾仔の軒尼詩道と盧押道が交差するあたり2軒あります。どうやらチェーン店らしい。一軒は軒尼詩道、「永華雲呑麵家」の並び、もう1軒は盧押道、軒尼詩道と荘士頓道の間、修頓運動場に面したところにある。

 金鐘や湾仔のホテルに滞在時、小腹が空く遅めの「下午茶」として、あるいは、夜の食事が満たされなかったりしさ際の「宵夜」、つまりは夜食目当てに湾仔探索を試みた時に見つけたものだ。

 ここで紹介したのは、メニューを見ればお分かりの通り、潮州系の「粉麵店」としては、品揃えが豊富で、味もそこそこだからだ。それに潮州式の「粥」、「泡粥」もある。ここまで品揃えが豊富な店は、香港でもなかなか見つけられない。

 たとえば「肉丸」。黒胡椒風味の「黒椒肉丸」、普寧地方風味の「普寧肉丸」、干し貝柱いりの「瑶柱肉丸」、魚の浮き袋入りの「花膠肉丸」の4種がある。
「牛丸」も、黒胡椒風味の「黒椒」、手打ちの牛つみれ団子の「手打牛丸」2種。

 さらに、魚のつみれ団子の「魚蛋」、魚のすり身麵の「魚麵」があって、いずれも手打ちだ。魚のすり身を広げて伸ばして巻いた「魚扎」は「潮安」風味。「魚餃」は汕頭風味。メニューを見ているだけでも、胸が躍る。潮州系の軽食類を知るには格好の店なのだ。

 もっとも、そうした魚のつみれ類、すみいかの団子の旨さ、真髄を味わうのなら、やはり香港仔の「山窿謝記魚蛋」でしょう。拙著「香港的達人」では、街歩きのガイドの香港島島巡りの中に、その店の紹介を忍ばせた。

 「謝記」の魚つみれ類の「魚蛋」、「魚片」は、すっと歯が入るしっとりした柔らかさがありながら、噛み締めるとしなやかな弾力がある。歯ざわり、噛み応えが良い。しかも、しっかりとした味わいで、風味もある。ことに「魚扎」は、しっとりした質感と味わいがある。店の看板料理で、香港中で評判なのもうなずける。
 他に「牛丸」、それに「牛腩」などもあるが、やはり目当ては魚のつみれ類。

 しかし、場所は香港島の南側の香港仔で、足の便が悪い。中環はじめ島の北側などからだと、タクシーかバスで出向くことになる。
 もっとも、ウチのかみさんは、香港仔の近くにファクトリー・アウトレットの集合ビルが出来て以来、その帰りに立ち寄るが楽しみになったという。そんな目的でもなければなかなか出かけられないのが難点だ。

 足の便ということであれば、もともとは、何文田の窩打老道にあったが、現在は油麻地の新填地街の駿發花園に場所を移した「夏銘記」が便利だろう。残念ながら私はまだ新填地街に移転後の「夏銘記」には行ったことがない。
 窩打老道にあった頃、旺角に出かけたついでに何度か立ち寄った。 雲呑麵で評判の店で、麵も、雲呑も旨い。が、だしについては、う~ん、ちょいMSG、ってか、化学調味料が入ってる?な、感じなのだが、決して悪くはない。
 それより、この店の雲呑麵を食べたとき、一緒に「紫菜」が添えられていたことから「あれ!この店って潮州系?」と、思ったのだった。

 それより、雲呑麵を目当てにでかけたのが、店のメニューには「魚餅」、「魚片」、「魚餃」、それに「魚四寶」まであるではないか。ということは、紛れもなく潮州系の「粉麵店」である。そして、雲呑麵に添えられていた「紫菜」こそ、水戸黄門の葵のご紋の印籠ではないが、潮州系であることを自ら宣言しているようなものだ。

 「夏銘記」は雲呑麵も旨いが、それにも増して魚のつみれ類が旨い。
 ここでも、生のものを茹でたもの以外に「炸」したものがあって、これが滅法旨いのだ。

 最初に「夏銘記」に出かけたとき、雲呑麵だけでなく「四寶」を思わず追加注文。その時、店にいたのは私だけだった。で、私のテーブルに「四寶」を運んできた主人と思しき人が「これをつけて食べるといいよ」と、指差したのは「辣椒油」だった。

 早い話が「辣油」である。くすんだような赤い色あいで、みるからに辛そうだ。実際、ヒリリとしている。さらに、唐辛子を油で焦がした風味がある。

 我が家で麻婆豆腐を作る際、熱した油(花生油)に、唐辛子をわしづかみにして放り込み、即席の辣油を作る。あのこげ味に似ている。「夏銘記」の「辣椒油」が気に入った私は、早速、一瓶、購入した。
確か「謝記」でも「辣椒油」を売っていたはずだ。
 そういえば「麻婆豆腐」。名著「食は広州にあり」を記された邱永漢さんが毎年開かれている誕生日会でお目にかかり、知己を得た東山堂ベーカリーの原田一臣さんから四川旅行のお土産に頂戴した「陳麻婆豆腐」の即席パック。
 豆腐、葉ニンニク、擂り潰した花椒を用意し、あとは手順に従って調理するだけ。これがかなりの優れモノだったのに、驚いた。しかも、この種の即席の素にありがちな味精はなし。その分、塩味がしっかり利いている。正直言って、塩分が苦手な私には強すぎる。
 もっとも、地元四川では、おそらくこの匙加減なのに違いない。チャイニーズレストラン直城の山下直城さんの話では、近頃、塩加減が薄めになったとはいえ、四川での塩味の強さは日本のそれをしのぐそうだ。
 
 ともあれ、この即席麻婆豆腐の素の味はしっかり、風味も豊かだ。日本の麻婆豆腐の即席の素(試したことあるんです、一応!)なんて足元にも及ばないぐらい、素晴らしい。なんといっても、香りが豊かです。
 豆腐以外に、茄子、それに、きゃべつ(もちろん、東松山の農業、加藤紀行さんのものなら、文句なし!)の炒めものに、使ったりもしてます。画像は、原田さんに戴いた即席麻婆豆腐です。

2007/03/22

閑話休題~マカオ・香港の旅(18)

「麵」と言えば「小麦」。「麵粉」と言えば「小麦粉」だ。文字の順序を入れ替えると「粉麵」になる。中国本土では使われない、というか普通語にはない言葉のようだが、香港ではその言葉を頻繁に見かける。

 「米」を素材にした各種の「麵条」の形態である「粉」と、「麵」を素材にした各種の「麵条」の麺類を合体させた「米粉麵条」をひっつめた簡略的な表現である。ちなみにグーグルの辞書で調べたところ、繁体字→英語の翻訳で「noodle」と出ました!「麵類」の総称ということらしい。

 「粉麵」という言葉の前後に「粥」もしくは「飯」を付け加えることもある。たとえば、先に紹介した陸羽茶室の「各種粉麵飯品」のメニューなど、その典型的なものだ。さらに「粥粉麵飯」という表現もあって、料理本などの項目になっている。

 陸羽茶室のメニューにも明らかなように、香港の広東系の料理店では「飯」を使った各種の炒飯、あんかけ飯などとともに「粉麵」類も各種あり、「粉」、「麵」が各種常備されているものだ。 ちなみに福臨門にも「飯」、「麵」、「粉」に「粥」の各種の料理を紹介したメニューがあるのだが、見たという人は少なく、その存在はあまり知られてはいないようだ。

 潮州系の料理店でもそれらが常備されている。
 ところが、北京、上海、四川系の店では、「飯」、「麵」はあるが、「粉」をみかけることはほとんどない。しかも、「麵」の種類が広東系、潮州系の店とは異なる。

 さて、粥麵店。前述のように、広東系と潮州系がある。残念ながら香港のすべての「粥麵店」を制覇したわけではなく、私が体験してきた範囲での結論、というより、中間報告になるのだが、「粥麵」と看板を掲げている店の多くは広東系のそれ、と言っていいようだ。

 そのほとんどの店では「生麵」、「伊府麵」もしくは「全蛋麵」が常備されいる。「粗麵」といって、太めの麵を用意している店もある。また、細めの生ビーフンの「米粉」、幅広の生ビーフンの「河粉」も常備されている。

 そして、「粉麵店」と看板にあれば、ほとんどの場合、潮州系と言っていいようだ。 そういえば潮州には独特の「粥」があるが、潮州系の「粉麵店」では滅多に「粥」にお目にかかれない。潮州式の「粥」に出会えるのは潮州系の料理店、もしくは、潮州系の一部の「小食店」でのことだ。が、潮州系の「粉麵店」では「粥」がない代わりに、「粉」の種類が多くなる。

 「米粉」、「河粉」の他に「米線」がある。
 「米線」は「米粉」よりも細く、断面が円形状のものだ。「鏞記」などでお目にかかれる「瀬粉」に似ているが、それよりも細い。「瀬粉」は広東省の中山で生まれたものだから、潮州系の店にはない。その代わりに、潮州系の「粉麵店」には極細のビーフンの「米線」がある。生ビーフンだ。乾燥させた「米線」もあるが、「粉麵店」では置いてないようだ。

 さらに、イタリアのショート・パスタ風の生ビーフンの「銀針粉」がある。「銀針粉」という名称は、形状がもやし似ていることに由来するようだ。が、実際にはもやしよりも太い。 その「銀針粉」を、「龍髭粉」だったか、そんな名称で呼ぶことがあるようで、たとえば九龍城市にある「黄明記粉麵店」などがそうだったような覚えがある。「黄明記」のそれは、馴染み客には評判のものだが、数が限られていて、昼時になくなってしまうことが多い。

  潮州系の「粉麵店」では、牛肉、豚肉、魚のつみれが必ずある。牛肉のつみれの牛丸には、牛肉だけのもの、筋肉を使ったものなど、種類がいくつかある。店ごとに自慢のものがあって、牛丸を看板にしている店も少なくない。

 中でも有名なのは旺角にある「樂園牛丸王」だ。牛肉丸、牛筋丸の2種を常備している。尖沙咀の北京道と海防道の間、九龍公園径沿いにある海防道街市の中にある「徳發」も、牛丸、牛筋丸で有名だ。60年の歴史を持つ店である。

 魚のつみれ類の種類が豊富なのは潮州系の店ならではのものだ。
 それには、魚のつみれ団子の「魚丸」もしくは「魚蛋」。魚のすりみをかまぼこ状にした「魚片」もしくは「魚餅」がある。いずれも蒸したものだが、それを「炸」、つまりは揚げた「炸魚丸/炸魚蛋」、「炸魚片/炸魚餅」もある。

 さらに、薄く幅広い魚のすりみを巻いた「魚扎」があり、それにも「炸」した「炸魚扎」がある。
 また、魚のすり身を皮にした「魚餃」がある。「魚餃」は、店によっては「魚皮餃」という名称だったりする。

 紛らわしいのは「炸魚皮」というのがあることだ。それは魚の皮の揚げ物で、「粥麵店」、もしくは「粥」を専門にする店にもある。もっとも、広東系の「粥麵店」、「粥店」では「鯇魚」、つまり「そう魚」の皮がほとんどだが、潮州系の店では魚の種類が違うことがある。

  また、「墨魚丸」、すみいかのつみれ団子も潮州系の「粉麵店」、さらには小食店には必ずある。  それに潮州系の「粉麵店」では、「紫菜」、海苔を添え物にすることが少なくない。それは広東系の店ではありえないことで、潮州系の店ならではのものだ。

 画像は、湾仔の「潮興魚蛋粉」のメニューである。

2007/03/12

閑話休題~マカオ・香港の旅(17 )


 マカオ・香港の旅話が、なんだか横道にそれてしまった。が、この機会を利用して、香港の「粥麵」事情話をしばし拡大継続したい。

 香港に通い始めるようになってしばらく、知り合ったのが李添だ。もともとはミュージシャンで、レコード会社に入り、ディレクターを務め、林憶蓮/サンディ・ラム、などを手がけてきた人物だ。福建系の中国人で、父親は確かシンガポールの出身。彼自身は香港で育ち、イギリスのエセックス大学に留学という経歴の持ち主である。ところが、もっぱら英語で教育を受けてきたため、日常語の広東語、それに北京語を話すことはできるが、中国語の読み書きはどうも不得手なのである。料理内容、素材などに興味を持って彼に「漢字でなんて書くの?」と尋ねても、漢字で書けない。書けたとしても音が同じ文字をあてはめたあて字だったりする。そんなことがほとんどだった。

 一緒に食事に行っても、メニューを見ることはほとんどない。漢字のメニューだと理解しづらいらしいのと、好みの料理のメニュー名を覚えていたりはしないからだ。店の人と会話を交わし、料理の素材、調理方法など内容や特徴を伝え、店の人の言葉に「あ、それそれ!」とうなずくか、「あ、ちょっと違うなか」といった具合である。そうやって店の人に料理名を確かめ、私に伝えてくれる。私は、漢字表記のメニューなら料理内容を理解できるから、それを見て、彼に確認する。「どうする?頼む?」、と二人して相談し、ゴーにするか、ノーにするか、というのがいつもだった。

 李添は地元の庶民の間で評判の安くて旨い店、いわばB級グルメに詳しく、多くのことを教えられた。沙田の駅前のたまり場の「焼鴿(鳩のロースト)」、「雞粥(鳥肉入りの粥)」、深井の「焼鵞」、西貢の「海鮮料理」などだ。ことに西貢の「海鮮料理」が面白かった。

 80年代の初め当時、日本のガイドブックなどで紹介されていた海鮮料理の穴場(?)は、香港島の「アバディーン/香港仔」、九龍の「レイユーモン/鯉魚門」、新界の「ラウフーシャン/流浮山」、「ラマ島/南Y島」か「長洲島」ぐらいのものだ。西貢は地元ではすでに評判だったが、日本のガイドブックではさほど紹介されずにいた。

 もっとも、西貢の「海鮮料理」が面白かったのは、日本のガイドブックには紹介されない穴場だったからではない。漁船の船着場、水揚げ場所の近くに、店頭に生簀を並べ、「蝦」や「蟹」、貝類に「石斑」やベラ類など、海鮮の魚介を売る魚屋があり、その近くにそれらを料理してもらえる店があるのは、他の所とかわりない。

 ところが、西貢の魚屋、料理店には、近海の海鮮の魚介だけでなく、地場物の小魚などが豊富にあった。それらを「炒」、「炸」にするか、「煎」にしてからスープ仕立てするといった料理もいろいろあった。「海鮮料理」だけでなく、広東地方の郷土料理も豊富にあるなど、以前、紹介した湾仔の「生記飯店」が荘士頓道にあったころのメニューや料理内容にも通じるところがあった。

 油麻地の「麥文記」の「雲呑麵」も李添から教えられた。
 そんな彼が「魚のつみれの皮で作った餃子で「魚餃」っていうのがあるんだが、食べてみたい?」と言う。 連れられて行ったのは金巴利道と柯士甸道の境目、天文台道近くにあった小食店である。残念なことに、今はもうない。 店頭にはガラス張りの調理場があった。その佇まい、見かけは「粥麵屋」風だが、それまで知っていた「粥麵店」とはどことなく雰囲気が違う。

 メニュー内容もいささか違った。「雲呑」や「鮮餃」ではなく「魚丸」などの魚のつみれ類、「牛丸」、「肉丸」など、肉のつみれ団子を具にしたメニューが並んでいたのである。

 その「魚餃」。幻冬舎の蔡瀾さんの「香港ほんとうの美食ガイド」によれば「魚の餃子」として紹介されている。その訳からすると、魚を具にした餃子、と理解されてもしょうがない。実際には魚のすり身を皮にしたもので、具の餡に魚が入っていることもあるようだが、主に豚肉、野菜などが主体である。豚肉、それに、背脂などを使うのは、旨味、コクを出すためのものなのは明らかだ。さらに、太地魚、つまり、干しひらめ、もしくは干しかれいの粉末が風味付けに使われていることがある。青味の野菜も何か入っていて、それが清涼感を醸し出し、また、風味付けにもなっている。

 「ね、ここってさ、普通の「粥麵店」と雰囲気が違うね。メニューも違うし」と、私。「そういわれてみればそうだね。けど、そう言われるまで、あまり気にもしていなかったよ」と、李添。
 「いや、ほんとうは、香港仔に「魚餃」の旨い店があるんだが、今日は車じゃないし、遠出になるからね。でも、この店、尖沙咀じゃ、一番いいから。たまにここに立ち寄るんだよ」と、李添。

 魚のつみれで作った皮。といえば、日本人が想像できるのは、はんぺんの餃子仕立て、もしくは、かまぼこの薄切り包みの餃子、といったところだろうが。さにあらず、「魚餃」は、粉をつなぎにしてあり、しかも、皮が薄い。普通の餃子の皮の触感がある。たとえば焼き餃子の皮は、ぱり、さくっとしていって、むちっとした噛み応えがある。水餃子なら皮も厚く、もちもちとした触感、噛み応えがあるものだ。「魚餃」の皮は、歯触りは柔らかいが、軽い弾力、噛み応えがある。かまぼこやちくわのようにしっとりとした粘着質に近い触感や、魚のつみれの味、風味も残している。が、さくっとした噛み応えがある。

 後に、魚のつみれを平ったくのばし、細く「麵条」に切り分けた「魚麵」の存在も知ることになる。九龍城市、城南通の「創發」の知る人ぞ知るメニューのひとつにもなっている。

 「魚餃」で有名な香港仔の店、というのは、やがて「謝記」であることを知った。しかも、「魚餃」だけに限らず、魚のつみれ類から作ったいろんなものが旨く、それが看板であることもだ。

 そして、李添が教えてくれたその店をきっかけに、香港の「粥麵店」、それも、「麵」の小食店には、広東派と、潮州派があることを知ることになったのである。

 画像は湾仔にある「潮興魚蛋粉」の「四寶粉」。潮州系の「粉麵店」での定番的なメニューのひとつである。で、思い出した。「四寶」というのは、肉、牛肉、魚のつみれ団子に、かまぼこ風の魚片、魚餅などを四種、具にしたものだ。そこに「魚餃」は入ってないので、頼み込んでひとつ入れてもらった、ような記憶がある。手前に見える餃子風のものが「魚餃」である。


2007/03/07

閑話休題~マカオ・香港の旅(16)


 「腸粉」を知ったのは香港に通い始めてしばらくのことだ。飲茶の点心にあったからだ。
 見かけは「小腸」のようだ。しかし、洗浄した豚や牛の腸のどこかくすんだ色あいと違って、「腸粉」は乳白色である。それも、畳んで包まれている。へなっとした形状だ。注文すると老抽に生油を混ぜたたれをかけてくれる。つるんとした滑らかな舌触りで、噛み締めればスっと歯が入るが、いくぶんか粘着質で、ぺたっとしている。噛み締めると米の味、風味がする。 
 街中には「腸粉」の専門店もあった。店先に方形の蒸籠が積み重ねられていて、その横で、蒸しあがった平ったい方形の「腸粉」を、出し巻き玉子をつくるような要領で、畳み、包んでいたりする。そんな光景を何度も見かけた。そんな「腸粉」の原料が米であることを知った時、正直、驚いた。
 「河粉」のことを知ったのは粥麵屋でのことだ。周りのテーブルを見ると、明らかに「麵」とは異なる汁物を食べている人がいた。乳白色で、幅広い、ひもかわ状のものだ。それが「河粉」であることを突き止め、すぐさま試した。米が原料であることも知った。
 が、当時、それが「ビーフン」と同一種のものだとは思いあたらなかった。それまで知っていた「ビーフン」とは、形状が違っていたからである。さらに「河粉」よりも細い形状の「米粉/マイファン」の存在も知った。
 「麵」にはいくつかの種類があること。「米」を素材にした加工製品が「粉」であり、それにもいくつもの種類があること。料理店に限らず、粥麵店、小食店、餐廳、咖啡舗などでは、それらが常備されていること。それらから好みのものを選びだし、ついで、「炒(炒める)」、「撈(和える)」もしくは汁仕立てといった調理方法、さらには具を選ぶ。それぞれ好みに応じて注文していることを知った。

 ところがである。料理店、粥麵店、小食店、餐廳、咖啡舗では「粉麵飯」類常備され、「粉」と「麵」は、それぞれ用意されている。が、その調理など、いささか異なることを知ったのだ。
 たとえば「撈麵」。あえそばだが、主に料理店と粥麵店で見かけるメニューである。が、料理店と粥麵店の調理方法はいささか異なる。
 「撈麵」でもっともシンプルなのは「姜葱撈麵」。生姜と葱の細切りのあえ麵である。それが、粥麵店の場合には、茹でた麵に、細切りの生姜、葱を載せ、少々の油、あるいは、老抽と油を混ぜたタレがかかっているだけ。素朴で簡素としか言うより他ない調理方法による一品だ。それが、料理店のメニューにある「姜葱撈麵」だと趣も異なる。生姜と葱の細切りを炒めたあとで、上湯、もしくは、二湯のだしが注ぎこまれて、ひと煮立ち。場合によっては、打獻、つまりは生粉などによるとろみ付けが施されていたりもする。そして、ひたひた、もしくは、適度に汁が残されている。
 つまり、粥麵店のほとんどは、茹でる、という調理は行っても、炒める、という調理は行わない。
 たとえば、これまでに触れてきた「好旺角」だが、看板の料理のひとつ「炸醬麵」の「炸醬」を作るにあたって、「炒」の作業は欠かせないはずだが、店のメニューには「炒麵」もしくは「炒粉」の類はまったくない。「好旺角」をはじめ、粥麵店のほとんどがそうだ。
 それが、餐廳、時に小食店や咖啡舗になると、いささか事情が異なる。そこには「炒麵」、「炒粉」がメニューに並んでいたりするのだ。

 「炒粉」の中で、代表的なメニューであり、広東料理を看板にする店なら、必ずあるものに「星州米粉」がある。カレー味のビーフンの五目炒め、といえるだろうか。但し、「炒」の料理を扱わない粥麵店にはないのが面白い。それとともに、いや、もしかしそれ以上に香港人が愛してやまないのが「河粉」の炒めもの、それも牛肉を具にしたものだ。
 牛肉を具にした「河粉」の炒めものは2種ある。「干炒牛肉」と「牛肉炒河」、もしくは「菜遠牛河」だ。似たような料理名だが中味は異なる。
 前者は「ドライ」、後者は「ウエット」とも称される。つまり、「干炒」は、牛肉などに野菜などの具を先に炒め、そこに「河粉」をあわせ、老抽などで味付けしたもの。
 「炒河」、「菜遠牛河」は、「河粉」を炒め、それとは別途に牛肉、野菜などの具を炒め、味付けし、とろみあんかけを施した上で、先に炒めておいた「河粉」にかけたもの。もともとは「牛肉炒河」、「菜遠牛河」が「河粉」炒めの本来の料理方法だった。そして、コロンブスの卵的発想!?による「干炒牛肉」が生まれた。
 それは、日本軍が広州を陥落した前後のことだった、というからその歴史は案外浅いのである。 
 画像は、永華雲呑麵家の「爽滑雙丸河」、牛肉の団子、魚のつみれ団子を具にした河粉の汁仕立てなのだが、河粉は沈んでいて見えない!

2007/03/06

閑話休題~マカオ・香港の旅(15)

 「麵」といえば、日本では中国料理、あるいはラーメン屋の「麵」を指し、意味する。「中華麵」、と口にするは少ないにしても、その認識はあるはずだ。中国料理、ラーメン屋の「麵」である。そうした認識、イメージが浸透してるせいか、それがものごとの基準になっていたりもする。

 他方、「米粉/ビーフン」については、その存在や、米が原料であることも認知されている。そして「河粉」。原料は「米粉」と同じく米である。その製造工程が「ビーフン」とはいささか異なるが、簡単に幅広ビーフンと説明するのがわかりやすいのではないか。私はそう考えるのだが、現実にはそうではないらしい。

 もっとも「ビーフン」というのは、厳密には台湾語(閩南語)による表現で、中国では北京語で「ミーフェン」、香港では広東語で「マイファン」と称される。それからすると「幅広ビーフン」という表現もいささか強引かもしれない。単にその形状を捉えて「幅広のひもかわ状のもの」というだけでは、原料が不明で、よりわかりずらい。それなら、前述の通り、日本ではすでに「ビーフン」としてその存在、形態、さらには原料が米であると知られていることからすれば、「幅広ビーフン」と表現するのが簡単かつ明瞭に思えるのだ。

 それより、日本では小麦粉だけでなく、そば、粟、稗などの穀物類、根菜類、豆類などを原料とし、主に細長い形状のものは広義に「麵類」としてくくられている。そこに米を素材とした「ビーフン」が含まれている、ということもある。ともあれ、素材ではなく形状をもとに語られる総称である。それが、誤解を招く要因になっているようだ。


 中国で「麵」といえば「小麦」を意味する。日本で「麵」と語られるものについては「麵」の加工状態を示した「麵条」と表現するのが一般的だ。さらに「米」を素材にした加工製品を意味するのが「粉」である。さらに「小麦」は「小麦」、「米」は「米」であり、原料によって加工製品は区別されている。

  中国で米を原料にした加工製品だが、ほぼ主要なものとして「米粉」、「河粉」、「瀬粉」、「米線」がある。その歴史を香港グーグルなどで調べるのも面白い。

 曰く「五胡亂華」の時代、黄河流域から南方に逃れた人々が、かつて故郷で食べた「麵」から作った「麵条」に思いを馳せ、「米」でそれを再現したのがそもそもの起源だと記されている。 当初「米条」と称されていた、というのも興味深い。 ことに中国南部の広東省を中心に「米」を「麵条」のように加工する工夫、技術が考案され、結果、生み出されたのが「米粉」、「河粉」、「瀬粉」だというのだ。

 「米粉」は、福建省を経由して台湾にそれが伝来し、独自のものが生まれた。それがやがて「新竹米粉」を生み出す。「河粉」は19世紀半ばに広州で、「瀬粉」はほぼ同じ時期、広東省南部の中山で生まれた、という。さらに、前述してきたように広西省の桂林の「米条」にも何種類かある。

 「米線」は雲南省の産物だ。雲南省は、日本の米、そして、寿司のルーツはそこにありと語られるところだ。それ以外にも中国南方の各地域には「米」を「米条」に加工したものがある。 


 そういえば、日本で「ビーフン」といえば、最もなじみ深いのが台湾産の新竹ビーフンだ。
 ところが、香港の「米粉」は、各種ある。つまり、その細さがである。
 炒め物などに使われるのは、台湾のそれと同様に極細のもの。それが汁物なると、極細のものだけでなく、タイの「センレック」、ベトナムの「フォー」に類似した細めのものもある。製造工程が異なるからだろう。台湾の新竹ビーフンが乾燥させたものであるのに対し、生のままの「米粉」を使うことがあるからだ。

 極細のものということになると「粉絲」、はるさめがある。炒め物、汁物にも使われる。その「粉絲」だが「粉」と表記されてはいるが、原料は緑豆のでんぷんなのだ。というから、また、話がややこしくなるか。

 台湾の新竹ビーフンに似た「米粉」の類似品にタイの「センミー」があるが、「新竹米粉」などと同じか、もしくはそれよりも細い。
 さらに、タイには香港や広州の「河粉」に幅、厚み、触感が似た「センヤイ」がある。
 
 また、タイには「センケチャッップ」という角状のものがある。 ベトナムには生春巻きに使うバイン・チャン、ライスペイパーがある。
 そして、広東省南部、広州、さらには香港には「腸粉」がある。「河粉」、「米粉」とともに親しまれているもので、磨った米を拡げて蒸し、それを巻き上げたものだ。

 「ビーフン」が日本に紹介されたのは、どうやら戦後のことだったようだ。台湾からの輸入品がその最初だったらしい。「ビーフン」という台湾語(閩南語)がそれを物語っている。

 それにしても、米の生産国であり、米を主食のひとつとする日本で、どうして米を素材に、主食にもなりうる「米粉/ビーフン」や、同類のものが生まれなかったのか。もっとも、日本で、粳米にしろ、糯米にしろ、それを粉にして使われなかったわけではない。それは主にお菓子作りの原料となってきた。

 実は日本で米が一般家庭の主食として行き渡り、主食としての位置を占めるようになったのは、戦後、それもかなりたってからのことだ。それまで稲作が可能な地域は限られていた。そんな歴史的な事実を知れば納得のいく話だ。

  そういえば、日本でのパン食の普及は、戦後、日本がアメリカに占領され、アメリカの輸出政策の一環としてアメリカ産の小麦の輸入が実施されたことに関わる、というのはこれまでにも語られてきたことだが、日本におけるラーメンの普及の背景を語る際にも、その関係を無視できないのではないか、などとも思うのである。 

2007/03/04

閑話休題~白い粉!






 
 
 埼玉の東松山の農業、加藤紀行さんから「雨水」の収穫が届いた。「根三つ葉」である。
 爽やかで淡彩な葉の緑。すくすく真っ直ぐに育った太い根元の濃白。根こそぎもぎ取った時の冷ややかな感触が思い浮かぶぐらい瑞々しい。
 
 山出しの昆布を一晩寝かせ、枕崎のかつおを削ってだしをとり、三陸の生牡蠣を放り込んで、薄口醬油で味をつけて、お澄ましに。根三つ葉の葉の清々しい青さ、軸のさくさく、しゃりしゃりの舌触り、歯触り。ほろ苦さと香りがいい。
 根三つ葉の根は、洗って、きんぴらに。見かけはごぼう。だが、ごぼうのような強いえぐ味はない。甘味と、かすかなほろ苦さが入り混じった、素朴で実直、清廉な風味がある。冷たい土に潜り込んで根を張るはつらつとした青さである。いずれも、カミさんが作りました。
 そして、根三つ葉とともに、ビニール袋入りの「白い粉」。
 やばい!何!これ?
 電話して尋ねたら、なんと、米の粉。
 ここんとこ、「米粉(ビーフン)」話が続いていたので、「米粉」のおすそ分け、とのこと。
 それにしても、一体どうしたものか。
 早速、香港グーグルで「河粉」、「米粉」の製造方法を検索。が、実践に及ぶには手間隙かかりそうだ。まずは「腸粉」を試しに作るつもりだが、「これって、粉蒸牛肉に使えるじゃない!」と、ウチのかみさん。
 うん、それもいい。そういえば、雲南料理に「米粉」を使う料理があったはず。「米粉」について再勉強と相成りました。