2007/03/12

閑話休題~マカオ・香港の旅(17 )


 マカオ・香港の旅話が、なんだか横道にそれてしまった。が、この機会を利用して、香港の「粥麵」事情話をしばし拡大継続したい。

 香港に通い始めるようになってしばらく、知り合ったのが李添だ。もともとはミュージシャンで、レコード会社に入り、ディレクターを務め、林憶蓮/サンディ・ラム、などを手がけてきた人物だ。福建系の中国人で、父親は確かシンガポールの出身。彼自身は香港で育ち、イギリスのエセックス大学に留学という経歴の持ち主である。ところが、もっぱら英語で教育を受けてきたため、日常語の広東語、それに北京語を話すことはできるが、中国語の読み書きはどうも不得手なのである。料理内容、素材などに興味を持って彼に「漢字でなんて書くの?」と尋ねても、漢字で書けない。書けたとしても音が同じ文字をあてはめたあて字だったりする。そんなことがほとんどだった。

 一緒に食事に行っても、メニューを見ることはほとんどない。漢字のメニューだと理解しづらいらしいのと、好みの料理のメニュー名を覚えていたりはしないからだ。店の人と会話を交わし、料理の素材、調理方法など内容や特徴を伝え、店の人の言葉に「あ、それそれ!」とうなずくか、「あ、ちょっと違うなか」といった具合である。そうやって店の人に料理名を確かめ、私に伝えてくれる。私は、漢字表記のメニューなら料理内容を理解できるから、それを見て、彼に確認する。「どうする?頼む?」、と二人して相談し、ゴーにするか、ノーにするか、というのがいつもだった。

 李添は地元の庶民の間で評判の安くて旨い店、いわばB級グルメに詳しく、多くのことを教えられた。沙田の駅前のたまり場の「焼鴿(鳩のロースト)」、「雞粥(鳥肉入りの粥)」、深井の「焼鵞」、西貢の「海鮮料理」などだ。ことに西貢の「海鮮料理」が面白かった。

 80年代の初め当時、日本のガイドブックなどで紹介されていた海鮮料理の穴場(?)は、香港島の「アバディーン/香港仔」、九龍の「レイユーモン/鯉魚門」、新界の「ラウフーシャン/流浮山」、「ラマ島/南Y島」か「長洲島」ぐらいのものだ。西貢は地元ではすでに評判だったが、日本のガイドブックではさほど紹介されずにいた。

 もっとも、西貢の「海鮮料理」が面白かったのは、日本のガイドブックには紹介されない穴場だったからではない。漁船の船着場、水揚げ場所の近くに、店頭に生簀を並べ、「蝦」や「蟹」、貝類に「石斑」やベラ類など、海鮮の魚介を売る魚屋があり、その近くにそれらを料理してもらえる店があるのは、他の所とかわりない。

 ところが、西貢の魚屋、料理店には、近海の海鮮の魚介だけでなく、地場物の小魚などが豊富にあった。それらを「炒」、「炸」にするか、「煎」にしてからスープ仕立てするといった料理もいろいろあった。「海鮮料理」だけでなく、広東地方の郷土料理も豊富にあるなど、以前、紹介した湾仔の「生記飯店」が荘士頓道にあったころのメニューや料理内容にも通じるところがあった。

 油麻地の「麥文記」の「雲呑麵」も李添から教えられた。
 そんな彼が「魚のつみれの皮で作った餃子で「魚餃」っていうのがあるんだが、食べてみたい?」と言う。 連れられて行ったのは金巴利道と柯士甸道の境目、天文台道近くにあった小食店である。残念なことに、今はもうない。 店頭にはガラス張りの調理場があった。その佇まい、見かけは「粥麵屋」風だが、それまで知っていた「粥麵店」とはどことなく雰囲気が違う。

 メニュー内容もいささか違った。「雲呑」や「鮮餃」ではなく「魚丸」などの魚のつみれ類、「牛丸」、「肉丸」など、肉のつみれ団子を具にしたメニューが並んでいたのである。

 その「魚餃」。幻冬舎の蔡瀾さんの「香港ほんとうの美食ガイド」によれば「魚の餃子」として紹介されている。その訳からすると、魚を具にした餃子、と理解されてもしょうがない。実際には魚のすり身を皮にしたもので、具の餡に魚が入っていることもあるようだが、主に豚肉、野菜などが主体である。豚肉、それに、背脂などを使うのは、旨味、コクを出すためのものなのは明らかだ。さらに、太地魚、つまり、干しひらめ、もしくは干しかれいの粉末が風味付けに使われていることがある。青味の野菜も何か入っていて、それが清涼感を醸し出し、また、風味付けにもなっている。

 「ね、ここってさ、普通の「粥麵店」と雰囲気が違うね。メニューも違うし」と、私。「そういわれてみればそうだね。けど、そう言われるまで、あまり気にもしていなかったよ」と、李添。
 「いや、ほんとうは、香港仔に「魚餃」の旨い店があるんだが、今日は車じゃないし、遠出になるからね。でも、この店、尖沙咀じゃ、一番いいから。たまにここに立ち寄るんだよ」と、李添。

 魚のつみれで作った皮。といえば、日本人が想像できるのは、はんぺんの餃子仕立て、もしくは、かまぼこの薄切り包みの餃子、といったところだろうが。さにあらず、「魚餃」は、粉をつなぎにしてあり、しかも、皮が薄い。普通の餃子の皮の触感がある。たとえば焼き餃子の皮は、ぱり、さくっとしていって、むちっとした噛み応えがある。水餃子なら皮も厚く、もちもちとした触感、噛み応えがあるものだ。「魚餃」の皮は、歯触りは柔らかいが、軽い弾力、噛み応えがある。かまぼこやちくわのようにしっとりとした粘着質に近い触感や、魚のつみれの味、風味も残している。が、さくっとした噛み応えがある。

 後に、魚のつみれを平ったくのばし、細く「麵条」に切り分けた「魚麵」の存在も知ることになる。九龍城市、城南通の「創發」の知る人ぞ知るメニューのひとつにもなっている。

 「魚餃」で有名な香港仔の店、というのは、やがて「謝記」であることを知った。しかも、「魚餃」だけに限らず、魚のつみれ類から作ったいろんなものが旨く、それが看板であることもだ。

 そして、李添が教えてくれたその店をきっかけに、香港の「粥麵店」、それも、「麵」の小食店には、広東派と、潮州派があることを知ることになったのである。

 画像は湾仔にある「潮興魚蛋粉」の「四寶粉」。潮州系の「粉麵店」での定番的なメニューのひとつである。で、思い出した。「四寶」というのは、肉、牛肉、魚のつみれ団子に、かまぼこ風の魚片、魚餅などを四種、具にしたものだ。そこに「魚餃」は入ってないので、頼み込んでひとつ入れてもらった、ような記憶がある。手前に見える餃子風のものが「魚餃」である。