2007/06/30

周中~好朋友回來東京(2)

 ふかひれの姿煮と人参に生クリームを加え、ポタージュ仕立てにしたソースを組み合わせた「鱶鰭の姿煮キャロットソース、パールパウダー添え/珍珠粉 甘笋排魚翅」は、周中の創作料理である。

 だし(上湯)が利いていて、人参のポタージュの滑らかな質感、人参特有の甘さの後、「火腿」そのもののピュアで繊細で洗練された上品な旨味、醗酵味が顔をのぞかせる。さらには、喉元の奥を立ち昇る繊細で優しく豊かな香りに「おお!やった!」と、思わず声をあげたくなったほど。

 これまで「白金亭」で食べた時のだし(上湯)は「火腿」の脂肪分の味、匂いが残り、風味を損ねることがあったからだが、その点は見事に解決されていた。
 それに、小ぶりのふかひれは、サイズ、形態からすれば、明らかに「よしきりさめ/牙揀翅」の半加工品。全体の値段からすれば、むべなるかなというとことだが、よしきりの半加工製品特有の臭みがなく、しっかり調理してあったのが天晴れだ。周中もその点に注意を払ったのに違いない。

 実はこの料理、今回は「輝く肌を作るパールパウダー添え」というのが重要なポイントらしく、パールパウダーの高価さ、値段の高さに、同席した方々は一斉に驚きの声を上げていた程。が、私には無縁なことで、旨くて、香り豊かであれば、それだけで充分、

 もう一品、だし(上湯)の素晴らしさが効果的に現れていたのが「冬瓜の変わり蒸し スッポンと鮑を詰めて/白玉蔵水魚鮑」だ。

 身体を冷ます効果のある冬瓜は、夏向けの料理だ。冬瓜に各種の具材を入れてだしを張り、湯煎蒸しの「燉」にした「冬瓜盅」はその代表的なものだ。他に各種の料理がある中で、ひと工夫したのが「白玉蔵」。それには冬瓜の果肉を薄く皮状に切りわけ、具材を包んだもの。あるいは、果肉を方形の箱状や円筒状のものを作り、そこに具材を包み込んだものがある。今回は、後者、それも台円形の形作った冬瓜に、すっぽん、鮑、干椎茸がスタッフィングされていた。

 そうした具材の切り分けの細やかさ、洗練された味付けに技があった。それを蒸した上で、「打獻」、つまりはとろみのついたくず餡がかかっている、という一品。感心したのは、上湯にオイスターソースの「蠔油」などを加味して作ったたれ、くず餡の上品で洗練された味、風味。しかも「蠔油」のこくのある甘味が生きている。そのこくのある甘味こそ、伝統的な広東料理では特徴的なもの。他ならぬ周中が最も得意とし、また、特徴とする味付けのひとつなのだ。

 ニューベルシノワ/新派広東の代表、その先鋭的存在とされる周中だが、その根っ子、基本は伝統的な広東料理にあり、ってことを物語る。その一品で、新派らしさを挙げるとすれば「打獻」、つまりは仕上げのあんかけ、たれのトロミ具合にあり、といえるかもしれない。

 舌に残ったたれの滑らかさ、感触、味からすると、どうやらジャガイモの澱粉製の片栗粉を使っているようだが、とろみの重さを極力控えてある。それは、上湯と「蠔油」などによるだしの味、風味、香りを生かし、また、気品のある洗練された一品に仕上げるためなのは言うまでもない。それが素材の持味、風味を生かすことにもなる。

 これが日本の一般の中国料理店なら、とろみたっぷり、というのは当たり前。結果、とろみあんの味ばかりが目立って、素材の持ち味、風味をそこねてしまう。この種の料理に限らず、ことに日本のふかひれの料理、ふかひれの醬油煮込みなどまさにその典型だ。某店のふかひれのブラウンソースなど、その最たるものであり、言語道断的な代物にも思える。が、それがまかりとおる、というよりも親しまれているのが、日本の中国料理の現状だ。だからこそ、周中の料理は、シノワと語られる理由にあげるようなのだが、「打獻」における、とろみ付けの薄さは、香港ではとっくの昔に一般化していることだ。

 さて、周中の指導のもと、実際に調理にあたったのは木下茂樹料理長以下、日本のスタッフ。木下料理長は、だしや「打獻」でしっかり腕を挙げた。スタップの「板」、素材の切り分け仕事も細やかになった。そして、木下料理長の課題のひとつは、炒め物の「鑊氣」、つまり、素材の持ち味、香、風味を引き出す勢いのある火の使い、鍋の技にあるようだ。
 たとえば「帆立と山芋の梅肉炒め/梅子炒鮮淮山扇貝」。同席した女性陣には、梅肉を使った爽やかな酸味の味が、好評だったようだ。周中の狙いも、そこにあったのは明らかだ。つまり、女性はさっぱりした酸味を好む、という点に焦点を絞り込んだもの。 が、私には、素材のひとつ、貝柱の鮮度はともかく、素材自体、旨味に欠けていたこと。その旨味を封じ込める火の勢い、強さがいささか不足して、貝柱の甘味、旨味よりも、油の重さを感じた。新鮮な山芋も厚みのあるスライスだったが、火の強さがいささか不足して、粘り、水気を感じる。
 梅肉はそれをカバーするのに効果的だったが、それ以上の効果はない。火を通せば梅肉の酸味が生み出すはずの甘味、旨味に、物足りなさを感じたからだ。

 とはいえ、木下料理長、開店しばらくの昨年の今頃にくらべれば、めきめきと腕を挙げている。これからが楽しみな料理人の一人である。

 そういえば、料理解説の漢方薬の先生、周中は、フルーツをふんだんに使っていて、ニューベルシノワです、とのお話だったが、広東地方では昔から新鮮な果物、干した果実を日常的に料理に使ってきたし、同様のことが中国の他の地方でも行われるなど、伝統的な料理の手法のひとつなのだ。にもかかわらずニューベルシノワ? もしかして、西洋や南方の外来の果物をふんだんに使っているからなのですかね? ともあれ、周中の料理の基本は、伝統的な広東料理にあり。ネオ・クラシックだ、というのなら、わからないでもないが。
 ま、美味しくて、香り、風味豊かであれば、私は文句ありません。

 画像は「冬瓜の変わり蒸し スッポンと鮑を詰めて/白玉蔵水魚鮑」です。美味!