2007/07/17

夏の広東地方の郷土料理の②




 さて、④の脆皮焼乳鴿/鳩の丸揚げも、ミッシェルのアイデア。
 以前、日本の福臨門には香港から広東地方新會産の仔鳩が届いたことがありました。
 福臨門だけでなく東京の一部の広東料理店では、合法非合法、冷凍物などを使った鳩料理が一時話題になったことも。が、その後、鶏ウィルスの一件で香港からの輸入は途絶えた。
 それが、最近になって福臨門では日本で飼育されたフランス産の供給ルートを確保。 種鳩はフランスのグリモール社の供給によるフランス南部のナント産のユーロピジョンのミマス。どうやら広東産とは品種が異なるらしい。それに、香港で消費されるのは、もっぱら生後5~6週間の仔鳩。
 ところが、日本で入手できるミマス、生後6~7週間のものが中心で、骨も肉も成長。ただし、成長している分、肉がしっかりしていて、味も濃く、野性味があり、風味が豊か。あの血の味、鉄分の味の濃さ、風味。赤ワインがほしくなるやつです。
 日本の福臨門ではその点を見極め、肉質、味、風味を生かしながら、いくつかの料理を提供。広東料理特有の料理方法ですから「家郷菜」とも言えます。
 鳩にはいろんな料理方法がありますが、代表的なものが丸揚げの「脆皮焼乳鴿」。湯通しした仔鳩をたれ汁に漬け込み、さらに中国たまり醤油で煮込んだのが「豉油皇乳鴿」。他に紹興酒で煮込んだもの、オイスターソースで煮込んだもの。また、身をそぎ切りにして、中国ハムの「火腿」と炒めたものなどもあります。
 dancyuで紹介したのは、油を一切使わない「豉油皇乳鴿」。中国たまり醤油の味、風味が、しっかり強くて濃い鳩の肉の味と合って鳩肉の持ち味、香りを引き立てる。
 今回、ミッシェルがリクエストしたのは「脆皮焼乳鴿」。
 テーブルに運ばれた丸揚げの仔鳩を見て、納得。
 「これって、5週間くらいの仔鳩じゃない?」、と私。
 「そうそう、だからロースト・ピジョンの「脆皮焼乳鴿」がいいんじゃないかと思って」、とミッシェル。

 美しい色艶、照り、揚がり具合。皮の裏についた皮下脂肪もしっかり揚がっていそうです。
 頬張ると「脆皮」という料理名通り皮はパリパリ、さくさく。肉を噛み締めると、やはりフランス産ってこともあって、鳩肉の味は濃く、強い。見事な自己主張。
 そこで、塩を溶いたレモン汁のタレに身をさっと浸してたべると、塩気とレモンの爽やかな酸味が脂っ気を抑え、なおかつ酸味が身に馴染んでさっぱりとした印象になる。それより、素材は日本で育ったフランス原産の鳩。なのに、調理法、味付け、出来上がった料理の味、風味は、まさしく香港ローカルの「脆皮焼乳鴿」だったのに、感心しました。
 懐かしい香港の仔鳩料理の味、風味です。旨かった。実に旨かった。
 ちなみに、料理人は張漢華さん。福臨門の社長の徐維均さんのお弟子さんで、大阪の福臨門にいたことがある人物。一時、大阪の福臨門の「脆皮雞」、炒めものは「鑊氣」があってすごい!と評判を呼んだことがありますが、張さんこそまさにその人。
 ⑤の豉汁涼瓜炆紅斑、苦瓜と紅はたの煮込みは私の提案。
 この時期、苦瓜が旨い。冬瓜などと同様に、体の熱を下げる効果があります。
 ご飯のおかずにうってつけな家庭料理なのが「豉汁」、醗酵大豆味噌、にんにくなどで作ったあわせ調味料で牛肉を炒めた「豉汁涼瓜炒滑牛肉」。鶏肉を使った「豉汁涼瓜炒雞」もごく一般的。

 ひとひねりすれば「鶏肉」を蛙に代えた「豉汁涼瓜炒田雞」ってことになる。さらにダメオシでもうひとつ。それは、豚の胃の先端部の「肚尖」と炒め合わせたもの。良質な「肚尖」は稀少な素材ってことから、宴会料理の一品に並ぶこともあります。が、残念なことに「田雞」も「肚尖」も、日本では入手が不可能。

 そこで、まてよ!と思い立ったのが「豉汁涼瓜炆海斑」。
 基本は「紅炆海斑」。揚げ魚の煮込み、です。
 魚を煎り焼きにし、別途豚肉の細切り、干椎茸の細切りなどを炒めあわせ、煎り焼の魚とともに二番だしの「二湯」で煮込んで醤油などで味付けしたもの。
 以前、魚のことで触れてきたとおり、魚はそれぞれに肉質、味、風味が異なる。香港でも蒸し魚の「清蒸魚」に使われるのが「石斑」、ハタの類。肉質は緻密でしっかり。しかも、はらりと身が崩れる。そんな「石斑」の素材そのものの良さを味わうには「清蒸魚」よりも、揚げて煮込んだり、「上湯」で煮浸しのほうがいい、というのが私の考え、私の好み。
 ことに大ぶりの「石斑」の砂ずり、鰭つきの部位を揚げて煮込んだ「紅炆斑翅」は、大好物です。
 しかし、「紅炆海斑」にしろ、「紅炆斑翅」にしろ、味がしっかりしていて、体を温めくれますから、秋冬の料理という印象が強い。 そこで、冷の性質を持った「涼瓜」を組み合わせて、バランスをとる。
 夏向けの料理になる。宴会料理の華にもなる。
「豉汁涼瓜炆海斑」ってのはどう?と、ミッシェルにメールしたら
「とてもおいしそう!」と、大乗り気。

 以前、銀座の福臨門が開店当初、「石斑」の入手が難しかった頃、あいなめを「什斑」と命名して使っていたことがありました。
 あいなめのあの身の緩さ、はらりと身がくずれ、しかも、ダシをしっかり含みながら、存在を主張という「紅炆什斑」は、俄然、私のお気に入りの一品となり、何人もの友人に勧め、喜ばれたものです。
 現在では流通のルートがしっかり確保され、この夜、紅はたにめぐり合った次第。上質のはたです。
 この夜の「豉汁涼瓜炆海斑」は、先の「脆皮焼乳鴿」と並ぶハイライト。
 しかも、その味、風味、洗練された味わいだけでなく、すっきりとしていて、シャープで鮮烈な力強さがある。
 日本ではこれまで食べたことがなかったというミッシェルも、大感激。
 その「豉汁涼瓜炆海斑」を食べながら、「あれ、これって?」と思い出したのは、福臨門の香港島の店に特徴的な味、風味、スタイル。
 日本の福臨門を統括する総料理長の呉錦洪さんが料理すれば、よりきめ細かで洗練した優しい味になる。その呉さんは九龍の福臨門の総料理長である羅安さんの愛弟子で、ふかひれ、あわび、燕の巣などの乾燥素材の料理の腕は、羅安さんが大いに信頼を置いている人物。
 一方、今回の料理人の張漢華さんは、徐維均さんの愛弟子。 いわば香港島の福臨門の直系の味、風味、スタイル。そんな両者の調理の味、風味の対比が面白い。
 そう、福臨門は香港島、九龍にあって、その2店、それぞれに特徴があって、味、風味がビミョーに異なります。という話は、いずれまた。 ともあれ、日本の福臨門の料理人の層の厚さを再認識した次第です。

 画像は「脆皮焼乳鴿」と「豉汁涼瓜炆紅斑」です。