「黒醋のスペアリブ」がないなら「豚レバーの炒め」にしようか。
それより野菜を素材にした料理かな。
気になるのは「黄ニラとおもち炒め」。
「これ「韮黄炒年糕」でしょ?「年糕」の炒めもの?」
「そうそう「トック!」という王さんの話に、私はドギマギ。
「え!?「トック」?韓国のお餅なの?「年糕」じゃないの?」。
「そうそう、「年糕」よ!」 なんて聞いて、ひと安心。
そうか!「年糕」と言うより、韓流以来の韓国料理ブームからすれば、「トック」の方が、わかりやすいかもね。とすると「トッポギは?」なんてツッコミを入れたくなる関西人の私ですが、王さん(「寧波系」)上海人ですから。
「調理、味付けは「寧波風味」なんでしょ?「寧波」の名菜のひとつですよね「炒年糕」は!」と、いつも通り、私は知ったかぶり!
「あの「里芋と葱油炒め」って「葱油荔芋」だっけ?」
「いや、こう書くの!」と、私のノートの「葱油荔芋」を「葱油芋奶」と訂正。
「そうか、「荔芋」だと「タロ芋」になっちゃうか。里芋の「芋奶」ね」。
「そうそう!」と王さん。
「う~ん、今日は一人だしな、時間も時間だし、2品は食べきれないかな……」
「少なめにすることもできますよ!」と王さん。
「でも、一品にします。「葱油芋奶」にします!」
「里芋と葱油の炒め」は中国の家庭料理の定番的なメニューのひとつ。地方ごとに特色があって、ビミョーに調理、味付けが違ったりしますが、有名なのは浙江地方のそれ。ことに寧波の渓口、そうです!蒋介石と王さんのお母さんの故郷ですが、その渓口の奉化は、里芋の一種である「芋奶頭」の名産地。それに奉化の「芋奶頭」は評価が高い。
奉化の「芋奶頭」を素材にした「奉化芋奶頭」は浙江省寧波の名菜のひとつに数えられるほど。それに「葱油芋奶」は、代表的な郷土料理、家庭料理。寧波風味を特徴とする「蔡菜食堂」では、本場そのままの調理、味付けのものが食べられる!と、期待も膨らみます。
「葱油芋奶」と言えば、思い出すのは六本木、TV朝日通りの突き当たりの中国飯店。上海料理が看板の店ですが、香港、上海の食堂で食べられるような郷土料理、家庭料理のはそんなになかった。徐さん。愛想が良くって、いろいろな注文に応じてくれるんですが、たいていピントハズレ。そんな時「こんなのもあります!」ってことで出してくれたのが「葱油芋奶」。
そんなことから、中国飯店に行く度に「排骨面」ととともにリクエスト。
「蔡菜食堂」の「葱油芋奶」。 かつて中国飯店で食べていたそれとは違いました。中国飯店のそれは、油濃く、塩味もしっかりで濃厚な味。日本の一般的な中国料理店で出会うことの多い、味が濃くって、ぼってり、どってり、こってりの重さが特徴。
それからすると「蔡菜食堂」の「葱油芋奶」は、すっきりと爽やか。優しくて、穏やかです。しかも、塩味、やっぱり、味の要。ですが、例えば前菜の料理の数々や「雲呑」のスープに比べれば、きりりと味を引き締めるような使い方、印象でもない。塩味は利いていても、すんなり、すっきり。
それに油を使ってあるのに、脂っこくない。しつこさ、くどさがない。油を使いながら、その効果、効用を、しっかり見極めたような感じの調理、味付けです。それも、プロのそれ、というよりも、家庭料理のそれ、いわばお袋の味的な、工夫や技がある。
それが証拠に、口にして、咀嚼して、喉奥から鼻筋に抜けていく香りが印象的。しかもその味付け、メリハリを利かせた「料理人の技」的な大むこうを唸らせる様なこれ見よがしなものじゃない。ま、率直に言っちゃえば、だしが弱い。家庭で作るだしの味に近い。ですが、それが、素直で実直、素朴で飾りっ気がなく、無理のない自然な味、風味を生み出してます。丁寧に、丹念に、真心こめて作った家庭料理のそのままの感じ。
ねっとりとしていて、ホクホク。じゅわと味が滲み出る芋のうまさは格別です。 それも甘辛の芋の煮っころがしのような、田舎っぽさ素朴さをむき出しにしたものじゃない。かといって洗練の技というのでもない。
心と体に優しい味、風味。というだけでなく、そこにはしっかり何かを見据えた跡、気配、知的な観察による工夫と努力がある。子供の頃に馴染んだ味をそのままに再現、ってことだけじゃなくて、そのひと味の工夫に蔡さんらしさ、王さんらしさがある。二人の結晶、見事な成果です。なんとも奥深い!
ご飯と一緒に食べたくなって、白いご飯を注文。評判の焼きそば、炒飯は次回回し。こんど何人かで寧波風家庭料理によるコース料理、頼むことにします。その為に、どんな料理が他にも可能か、しっかり、下調査して質問攻めに!
ともあれ、念願の「蔡菜食堂」デビューを果たしたのでありました。