2009/10/08

秋の訪れ!09年9月の『赤坂璃宮』銀座店の6

 「辣酒煮花螺」といえば思い出すのが「大佛口食坊」のそれ。
 香港の広東料理が最盛期を極めた80年代半ばに誕生し、各地に支店を持った「大佛口食坊」は、海鮮料理の大衆化に貢献。と同時に、新しい料理を次から次へと発表。そのひとつがこの「辣酒煮花螺」。やがて香港中に広まり、後に「大佛口食坊」は結業、すなわち、閉店しましたが名物だった看板の料理は形を変えながら現在に至ってもいろんな店で受け継がれているという次第。

 袁さんもおそらく「大佛口食坊」、もしくはその流れを組む料理を食べたことがあるはず。なんせ、80年代半ば以後、香港の海鮮料理では大人気でしたから。あ、そか、もしかしてかつて袁さんがいたという「翠園酒家」のメニューにあったのかも。もっとも、今回の「辣酒煮花螺」、香港で私がいくつかの店で食べたそれとはいささか異なる。

 まず、香港では「バイ貝」でも殻に方形の斑点模様がついた「ソウゲバイ」や格子状模様の「ヤマグチバイ」が主体。ですが、それら日本ではなかなか入手が難しい。ということで今回の「白バイ貝(エッチュウバイ」になったんでしょう。

 それに、袁さんならでは工夫がある。そのひとつは煮込み用の酒。普通は紹興酒や玫瑰露酒、広州産の焼酎の米酒を使用するのが一般的。それが袁さん、前述の通り「五粮液」、「茅台」を使用。匂いというか香りが強烈で、しかも、アルコール濃度が高い。

 さらに、豆瓣醤、辣椒醤などを取り混ぜ、辛味と旨味、こくを付けるのが香港では一般的。それが袁さん、豆瓣醤はどうやら「郫県」のものを使用してるらしい。普通、赤色、もしくは、醤油系の濃い色のものが多いんですが、赤いレンガ色、というのがそれを物語る。

 加えて「痺れ味」、これって、香港の色んな店で食べた「辣酒煮花螺」にはなかったことで、いささか趣が異なる。実は、香港人、ことに広東人ですけど、その多くが中国山椒の「花椒」が苦手。しびれ味はともかく、その香り、風味、はっきり言ってその匂いが、受け付けられない!

 「え!? 麻婆豆腐に不可欠な痺れ味を生む「花椒」が苦手?信じられない!」、なんて人もいるでしょう。が、事実です。
 かつて日本では「花椒」の入手が難しく、痺れ味にも馴染みがなかった。それが「花椒」を使った本場式の「麻婆豆腐」が紹介され(私もdancyuで早くに紹介してきたひとりです、と書いておこう!)その入手が容易になって、いまでは「花椒」の「麻」の味も生かした本場式の「麻婆豆腐」が一般的。

 中には「花椒」の「麻」の痺れ味に病みつきになってしまった人も少なくない。多少の「花椒」では物足りない!「どばっ!」と入れて、かけて、と注文する人もいるそうな。なにしろ、最近の「麻婆豆腐」、そればかりか「四川料理」の評価の一番の基準は「辣」の辛味だけじゃなくて「麻」の痺れ味が過不足なく使われていないと潔しとしない。なんて具合ですから、なんだか不思議な按配。それも食の評論家にそうした発言をする人が多くて「をいをい違うだろが」って、あ、言わないほうがいいか。穏便に、穏便に。

 やっぱり日本人は味で判断。香港の広東人はそれに加えて香りも重視、というあたりに違いがある。そう、私の知る限り香港の広東人は「花椒」の痺れ味はともかく、香りを潔しとしない、嫌い、受け付けないという人が圧倒でき。それなのに香港からやってきた袁さんのこの「辣酒煮花螺」、痺れ味がする。「花椒」の味、風味がするのは「なんでまた?」と思って当然のことでしょう!

 橋本さんに尋ねてもらいました。
 「「馬拉醤」は使用していないそうです。調味料、香味野菜は「豆板醤」、「干し唐辛子」、「生唐辛子」・「山椒オイル」、「沙爹ソース」です」とのこと。

 そうか、カレー味談義(?)のもとは「沙爹ソース」こと「沙爹醤」だと判明。 「沙爹醤」、そもそもは干し海老の「蝦米」、海老みそ(あみの塩辛)の「蝦醬」をベースに各種香味野菜、香辛料を混ぜ合わせピーナッツ油でいためて作る、というのがその基本。中国南部から東南アジアにかけての国々に素材の内容が異なるものがあります

 そして「山椒オイル」を見逃せませんでした。それこそ「花椒」を素材した調味料で、しびれ味のもと、ですから。なんてことだと辛味だけでなく、ヒネた旨味が濃厚な「郫県豆瓣醤」(あ、未確認です!)、「山椒オイル」ということなら広東料理じゃなくって四川料理じゃないですか!しかも「五粮液」、「茅台」を使う、なんてのも広東系の料理人には「ありえな~い!」(って、ちょっと若ぶったりして!)

 袁さん、多分、日本にやってきてその種の調味料に出会い、その面白さ、発見したんじゃないでしょうか。ということなら、袁さん、香港の広東系の料理人の中でも頭が柔らかくって、好奇心と冒険心にあふれ、なんでも未知の味に積極的にふれ、こで自分が納得すればしっかと受け止め、バンバン使っちゃうというなんて意欲的、しかも創作意欲にとんだ料理人、ってことになります。

 その一方で、基本は広東料理。ことに伝統的な宴会料理と「家郷菜」がその基本とばかり、その信念を貫き通す頑固さもある。それは袁さんの手になる「家郷菜」からも明らかですから。そんな「保守性」と「革新性」が混在し、やじろべえや振り子のように、あっちこっちへといったりきたり。袁さんの料理の面白さのひとつです。